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2019-10

人世いろいろ、オシマイもいろいろ - 2019.04.02 Tue

桜が気に なって「いこうか」ということで、
お昼を食べずに家を出て、まずは、お寺。
命日に2日はやいけれど、おまいりする。

広い墓地を、風に向かって歩く。
風が冷たい。帽子を抑えないと飛んでしまう。
寒かった。花冷えか。

それで、寺の跨線橋から、お城入り口をみる。
右折車線はかなりの渋滞。
それではとクロスする税務署側へまわる。

向う側が詰まっていて道路を渡れない。
しかたないから左折して、市役所まえでUターン。
こっちからは20分待ちくらいで駐車場へはいった。

もうひとつ目的があって、市役所へいって期日前投票をする。
市長選、県議と市議の補欠選、区を減らす市民投票。
え? そんないっぱいあったの。

それで市役所からでたら、風が強い。
新しくできた天守を見上げる広場のベンチへ座ったら、
ありゃァ、帽子がすっとんだ。

 1941-c11.jpg
  ↑ 新広場から見上げる天守

桜は5分咲き。だから写真映えはしない。
天守広場に大勢の人がいて、韓国からの観光客か??
韓国語が飛び交っていた。

フィリピンの若いママがいて、子供が可愛い。
おペケは必ず声をかけるから、ママと話している。
浜松って、外国の人たちが多いんだね。

いつものコースで、作左山から日本庭園に下りる。
石舞台で台湾リスに遭遇。
外来種だけれど、この公園の森に住み着いている。

下りていって、芝生広場まえに露店が並んでいて、
おペケはなにか買う気になっていた。あ、お昼ぬきだった。
ベンチで食べようとしたが時計をみたら3時半。

「買っていって家で食べようか」
「晩ご飯、これでいい?」
えぇ、このごろ手抜きが多くないかぇ??

 ←click 

なんかいっぱい買って帰った。
それで、カメラの電源切り忘れ、おまけに、
ムービーのボタン押したまま、家までの15分間まわってた。

なにこれ? パソコンで再生して大笑い。
2人の会話が15分間ずっと続いているんだからね。
ケンカしてなくてよかった。

 1941-c12.jpg

「令和」がいろいろ取り沙汰される。
漢文がどうの、万葉集がどうの、違和感がどうの。
そりゃま、最初はあるわいな。慣れればどうーてことはない。

令は命令の令で上から目線だって??
こじつければなんとでもいう。
令は秩序、和は調和、日本人らしくていいではないか。

こういうときにいらんこという人があるが、
ま、いつの世にもゴネ吉、スネ衛門はおるもんじゃ。
それで、へそ曲がり度がわかったりする。

石破氏が違和感あるといったとか。
この人、近頃どうしてしまったのかなァ、終わったか。
とま、いろいろ見えてくるんでありますな。

外国が右傾を心配しているというけれどね。
それは、そういう色眼鏡をかけてみるからでしょ。
日本は独自の日本。

オレは、令和をどれだけ生きられるかわからない。
が、誇りをもって生きる。
昭和に生まれ、平成に仕事をし、令和に終わる。

 1941-c10.jpg

爺ィと婆とふたーり。
けっして豊かではないけれど、今日食べるものに困るわけじゃない。
家がなくて、雨風凌げないわけでもない。

昨日、お城の露店で「たこ焼き」買って、
そこのおねーさんに「仲がいいわねぇ」といわれて、
「ほーら、ごらん」とおペケがえらい喜んでた。

だから、そーとそーと帰る。
彼女の心のふんわり壊さないようにね。
おねーさん、些細なシアワセをありがとう。

まァ、ここまでくれば多少あちこちにいうことあっても、
不治の病に苛まれてるわけでもない。
眠って起きれば明日がくるし、明日は明日なりの日常がある。

 なにも変わらなくたって、明日が迎えられればいい。
 先のことはなんにもかわらん。
 でも、これが人の世の常だからね。しかたがない。

 が、生きている意味はある。
 みんなそれぞれにある。
 それが思うようにならなくたって、意味はある。

 なにかわからないままに終わってしまっても、意味はある。
 この世に生まれてきて、なにげに今日一日を過ごし、
 明日という日をなにげに迎えることができる。

般若心経の現代訳がこんなだったと思う。
これだけだってシアワセ。
おぼろげだがそう思う。わけわからんなりにそう思う。

今日は昨日の続きなんだし、今日の続きに明日がある。
その積み重ねがオレの人世。ふた〜り重ねて、2人の人世。
明日がこのまま続いていってくれればいい。

 1941-c07.jpg

テレビで葬祭会社が終活の宣伝をする。
オレは、あの葬祭会社に酷い印象を背負わされたから、
あァいうことはまったく信用していない。

ま、そんなことの顛末をここでいう必要もないから黙っとく。
オレが承知しとけばいい。
老人ビジネスに、最近は「終活」ってものが加わった様子。

「人世の最期をよりよいものとするために..........」
生前中にその準備をしておくものなんだそうな。
オレ、そんなもんク○クラエだから関心はない。

で、人世の最期にどうありたいか。
なんて人それぞれ。
オレはオレでいい。おペケはなんやら考えている。

ついこのあいだまで、
野垂れ死にけっこうってヤツだったからねぇ。
「よりよいもの」ってなんだ? てクビひねってしまう。

さらにいえば、よりよいものがお仕着せでいいのか? ってことだ。
が、これとてもヘソ曲がりごんべが、
お仕着せの「よりよいもの」なんて要らないよ、っていってるだけ。

「よりよいもの」の準備万端ととのって、それが安心ならばそれでよし。
人世いろいろ、オシマイもいろいろ、
誰もそれがどうなるのかが、わかっちゃいない。

いまこうであるのは「来し方の結末.......」 っていうおかたがあった。
仰る通り。たしかにそうなのだ。
別に、それにも反論はしない。する必要もない。

そのおかたが、いま、シアワセと感じておいでならば、それでいい。
要は、たったそれだけのことなんだ。
来し方が違えば、シアワセ感だって、当然ながら違う。

だから、それを押しつけられたくないだけのこと。
他人の基準だからオレにはどーでもいい。
価値観なんてものは、人それぞれ違うんだからねぇ。

おペケとオレだって違う。
だから、残ったほうの価値観で始末つければいい。
そうじゃないかえ、皆の衆。じゃ、終わっちゃう。

人にはそれぞれの生き方があるんだから、
本質的に他人はどーでもいい。
心が触れあう部分だけ共鳴しておけばいいんだ。

そのとき限りだって、かまやしない。
ま、これがBlog民の付き合い方の基本だと思う。
アクセス多くてなんになる? 嗤ってる人が増えただけかも知れない。

あ、終活ね。で、オレの終活ってなんだ?
考えてみたこともないが、ま、その日まで屈託なく生きてりゃイイ。
そんなもんか。

そうじゃないかえ、皆の衆。って今度はホントの終わりだ。
ほなあした..............

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