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2018-12

涙ちょちょきれの日だったねぇ - 2018.10.13 Sat

薄日は差しているけれど、午後からは曇りの予報。
明日も曇りのようだ。
なんかさ、秋晴れぇぇ...... てのがないんだな。

昨日の基地の滑走路エプロンは西風強くて、
オレは半袖でいったら、ちょっとだけ寒かった。
「風邪引くよ」とおペケにいわれたが、帰りには汗掻いてた。

昨日一日はTシャツ短パンでいられたが、夕方に寒くて上だけ長袖。
下は半ズボンでそれほど寒くはなく、おペケにいったんだ。
「あんたがスカートで寒くないのはこれだな」

女性がスカートでいられるわけがわかったような気がした。
今朝は23.7℃なので、さすがに長いジーンズ穿いてる。
長いのは鬱陶しいのだが、来年の4月まではしかたがないか。

 181012-aa1.jpg

広報館の売店でおペケが、背中に航空自衛隊と書いた、
ジャンバー買ってあげようか、というのだけれど、
オレはそのむかし、少年自衛隊試験落ち組だからこっぱずかしい。

そのかわりブルーのカレンダー買ってもらった。1400円。
で、コンクリートの住宅は鋲がうてない。
壁紙も布系だから、フックもダメ。

結局は和室の引き戸の板になった。
ここはソファーに座ってしまうと背中だが、しかたがない。
で、2019年カレンダーかかったし、来年がくるぞー。

 181013-aa2.jpg

朝ご飯食べてきた。ご飯じゃないね、キャベツ皿いっぱい。
かれこれ15年ほど、朝キャベツやってる。
最初はこれで6kg痩せたこともある。いまは効かない。

ただ、血糖値などの数値は下がる。
美味いと思うからイイんだ。いやいやだったら続かない。
キャベツの皿に大好きなサバがのっていた。

昨夜のおペケの分を残してオレにくれる。
涙ちょちょきれの、サバが+αあって美味かったァ。
ありがと。

 ←click

どなたかにメルヘンといわれて喜んでいたおペケ。
彼女の料理は、彩りにこだわる。
赤のトマトは欠かせない。

モッツァレラチーズなんてオレは苦手だが、おペケは大好き。
これは私用です、ってでてくる。
オレなんて、サバと大根おろしあれば、それでいい。

 181013-a4.jpg

この写真の山は、たぶん、浜名湖の北にある湖西連峰。
書斎の窓から2000mmレンズだと、ノートリでこれが撮れるんだ。
昨日の滑走路からは富士山がキレイだった。

下の写真の工場は本田技研浜松製作所で、そもそもホンダの発祥地。
この滑走路は、航空自衛隊の発祥地。
どっちもで、ここで誕生した。

オレが中学生くらいのとき、工場見学にいったら、
工場の天井にセスナ機が吊ってあって、社長の意気込みがうかがえた。
いま、ホンダジェットが世界の空を飛ぶ。

おペケが毎日ウォーキングしている和地山公園広場で、
飛行機のアクロバットがあったそうな。
宗一郎少年は天竜から何時間もかけ、これを見に自転車できたという。

「よし、いつか自分の手で飛行機を創って空を飛ぼう」
バイクや車は飛行機に至る手段だったわけで、
少年の日の夢を叶えた偉大な先達をオレはいまも誇りに思う。

 181013-a6.jpg

twitterで「けさのいろいろ」を毎朝呟いている。
さりげなくリツイとイイネが2、3人ある。
それでいいのだ。

SNSに過度なつながりが果たして必要なんだろうか?
コメントに一喜一憂するのはつまらない。
ちかごろは、そう思うのだねぇ。

ま、Webの世界はおいといて、人はリア充であるかだよね。
オレがこれまで心を尽くしたのは、
周囲がおペケを、ごく自然に迎えてくれること。

迎え入れた彼女が孤立してしまっては、なんにもならない。
リアル実生活で充実するための努力をしたつもり。
とりもなおさず、これがオレの誠意でもあるし、それの成果がうれしい。

下孫がメールをくれて、重い買い物があったら、
一緒にいってあげるからいってね、
とこれまた涙ちょちょ切れのこと、いってくれる。

重いものは通販の宅配してるからありがと、ってReメールしといた。
最後の関門の孫が受け容れてくれて、ほんとうれしい。
なんかシアワセな気分だったね。

 181013-a7.jpg

うなぎっていえば浜名湖って、なんで? と聞かれたことがある。
別に、天然うなぎが、たくさん捕れたわけではない。
「うなぎ養殖システム」を全国に先駆けて確立したのが浜名湖なのだ。

浜名湖には、ほかに「海苔」「牡蠣」の養殖があるけれど、
いまや産出が減って、美味いけれど当然ながら希少価値でお高い。
これも、むかしのように気軽には食えなくなった。

ときおり、おペケが生海苔を買ってきてくれる。
もう、口へ入れたときの風味がたまらない。
暖かいご飯にのっけて、ちょいと醤油がうまいねぇ。

うなぎは、明治33年、服部倉治郎という人が養殖に成功した。
浜名湖に遡上するシラスウナギを捕り、これを養殖池に入れて飼育する。
昭和の初期にかけて、海苔、牡蠣の養殖とともに養鰻池が増えていった。

すでに大正の終わり頃、池の増加とともに、
シラスウナギも、供給が浜名湖だけではまかなえず、
利根川、霞ヶ浦の捕獲に依存するようになっていたという。

戦時中の休止から戦後の養殖業の回復はめざましく、
昭和40年の年間5000トンが浜名湖でのピークとなっている。
が、ご存じのように稚魚激減で泳ぐダイアとなったのが現状なのだ。

いま残っている池は、ハウスで温度管理をし、
短期に出荷できるシステムを構築しているらしい。
いずれにしても、稚魚確保が年々難しくなって親魚放流もしている。

オレが釣りの現役で、浜名湖へ夜釣りにいくころ。
希に90cmもある大うなぎが釣れた。
こんなもの天然でいるわけがないのだな。だから外来種。

これは推察だけれど、輸入稚魚には外国の大うなぎ系もあるとか、
それが逃げたのかもしれないってはなし。
よせというのに、父親が食べてみるといって持ち帰った。

大きな蒲焼きができたそうな。
味は? 脂はのっていたが、大味だったという。
それみたことか、都言ったのを憶えている。

意外と知られていないのがスッポン。
これは服部さんがウナギと同時に始めたというから、
養殖の歴史はずいぶんと古いんだな。

スッポン鍋はちょっとグロだけれど、そりゃァ美味い。
翌る朝、ほっぺにべっとりと脂が浮く。スタミナがつくそうな。
しばらく食べてないからいってこようかねぇ。

ま、うなぎだけじゃない、
外食全般に値上がりして庶民の危機感つのるから、
財布の紐閉めて外飯を控えるっていう世の中ムリもなかろう。

で、アベノミクスなんたら、
庶民にゃ、なんら実感ないって世論調査結果だからねぇ。
おいそれと財布の紐が緩みはしないな。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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