topimage

2018-12

遠州灘のモチガツオがいちばん - 2018.08.28 Tue

ちょっとだけ涼しい。朝は風がある。29.3℃。
空のてっぺんに鱗雲がある。
まだ暑いながらも秋を感じさせる、里山は霞み。

基地で練習機のエンジン音がする。
アイドリングしてから飛び立ってゆく。
世間は今日もいつものように、まわってゆくようだ。

リタイア爺ィにはこれといって予定はない。
なにして過ごすか? なんて考えなくても、もたもたしてれば、
あっという間に一日過ぎる。生産性なんてなにもない。

生産性がない、とどこやらに書いたお騒がせ議員は、
経歴見ると過激なこという人なんだそうだ。
そういえばもう1人いたねぇ。

浪速のエリカ様なんていう炎上元議員さんがねぇ。
生産性云々議員とたしか同期だったらしい。
こちらはタレント宣言をしたけれど、需要があるんかえ。

 18828-a1.jpg

風が9時をまわるとなくなってしまう。
冬の空っ風は9時をまわると吹き始めるけれどねぇ。
エアコンをほぼ毎日いれてきたが、先月の電気料金は12000円。

普通でも7000円くらいは払ってるんだから、それほど多くはない。
ま、5000円で快適になれるんなら、いれなきゃ損そん。
ってことだな。冬の暖房のほうがやや高くつく。

電子レンジやら食洗機やら、ま、電気製品がいっぱいまわって、
これくらいなら便利=電気代の場卵子はとれる。
もう、年齢いったらラクチンしなくちゃ。

 ←click 

その涼しいなかで、ぐ〜〜〜すか眠ってた。
「ご飯にしていい?」って6時だった。
腹が減ってるのか、減ってないのか、食いたい気がない。

「なに?」
「炒めもの」
「..........................」

食べ始めたら皿いっぱいの野菜炒めをけっこう食べた。
なんとかかんとかいってたわりに完食。
「あら、食べられるじゃない」

片栗粉でとろみがついていた。
これが以外にも食うっていう気を誘ったのだ。
ねぇ。食うってデリケートなものだ。

目がねぇ、そんなに欲していないというか。
やや夏バテがあるのはたしかだな。まだ食える。
食えるうちは大丈夫だィ。食えなくなっちゃおしめーよ。

 18828-a2.jpg

古希を過ぎたときに、思ったのだよ。
「あァ、オレもホントの爺ィになっちまったァ」ってね。
60歳代とはエラい違う。響きがね。

さらに数年過ぎて思った。
いつまでも自意識過剰のトンガリ爺ィでいたら、閻魔さまに舌ぬかれる。
ここまできたらそれなりの分別しなくちゃ、ってね。

 誰かが怒っているのを感じるためには、
 本当の怒りとはどういうものか、
 まずきみ自身が知る必要がある。

 あの人は怒っていると言えるのは、
 きみ自身の中に怒りがあるからだ。

 あの人はわがままだと思うのは、
 きみの中にもわがままさがあるからだ。

 あの人はずるいと言えるのは、
 きみにもずるい一面があるからだ。

カナダのロビン・シャーマという人の言葉。
他人を理解できるのは、自分にも同じ要素があるってこと。
他人を嫌うとすれば、自分のその部分も嫌っているということ。

してみると他人は鏡なのかもしれない。
で、それを知ったらどうする?
おなじ轍を踏まないことだ。それが分別だろうな。

 18827-f1.jpg

活字離れといわれて久しい。
度重なる老舗雑誌の廃刊などは、実にもって哀しい限りである。
が、読むという習慣は、ブログ文化の流行で戻ってきたように思う。

webの世界ではだけれど、これがペーパーの本にはつながらない。
タブレッドがどれだけ普及するかわからないけれど、
電子書籍の時代になるといわれてかれこれ10年。実態は知らない。

本を読む人には二通りあって、
読み終わった本には関心がない人、後生大事にとっておく人。
オレは、後者の本を捨てられない人

だから、いっぱい溜め込んでしまって、にっちもさっちもいかない人。
ゆえに、電子書籍じゃ背表紙も愛でられないから、
物足りないだろうし、関心もいまのところはまったくない。

本を読む人は劇的に減った。
世間には、これだけのブログという文化が溢れている。
自ら書き、読むという習慣が、シニア層にも滲透したのはうれしい限り。

ブログに本の読後感などを、書いておいでのかたもあって、
そういう喚起があればいいのだが、いまどきの若い連中は、
ちょっと長い文章をみただけでのんばめるらしい。

のんばめるってのは遠州弁で、満腹、もう食えないって意味。
これってなんなんだろうね。
識者はスマホ世代だからっていう。

たとえば、就職してパソコンが使えないという若者が多いらしい。
いつの間にかパソコンからスマホへ。
そうなると、せいぜいtwitterくらいの短文だな。

ずら〜〜〜と続いてゆく長文はイヤになってしまう。
これはわからんでもないね。
オレが、ここで3行括りの文章書いてるんだってそのためだ。

長く続いてゆくと読む気がなくなってしまう。
なるべく、読みやすいように3行でいうこと括ってる。
ま、長文がいやならば、本は読めない。

めんどくさいことはいいじゃないかって思う。
とりあえず、書いて読む。気にくわなかったらスルー。
それが余分なことを背負わないための基本だ。

で、本を読もうよ。
もっと、もっと読もう。
自分の世界がもっともっと拡がるのにねぇ。

 18827-f3.jpg

そういえば、テレビでみたのだけれどね。
カツオの消費量のいちばん多いのは,さすがっていうか高知だそうな。
カツオの通り道に最も近いわけだから、これは当然。

で、2番がどこかというと、わが浜松なんだな。
なんか納得しているんだけれど、
マグロにはまったく興味がないものねぇ。

捕獲制限になろうが、価格が高くなろうが、
申し訳ないけれど関心なし。
トロがどうの、ってほんとの魚食いじゃないね。

高知の船はカツオを追って北上してくる。
大規模な船団だけでなくて、
ときに夫婦船で、途中の寄港地で漁をする。

これを世間船というのだけれど、
遠州あたりのカツオ釣り技術は、彼らがもたらしたといわれる。
漁港の一角にKOナンバーの船が舫ってる、高知の漁船だ。

カツオの群れがいるうちは、寄港地に魚を下ろして留まる。
遠州灘で、昼に上がったイキのいいモチガツオっていうヤツが、
夕方には街の魚屋に並んだのだ。

モチガツオちは、身がもちもちと新鮮なカツオの代名詞。
これに反してゴジってヤツもあるけれど、
釣ったヤツ抱えて頭をゴンとやって、氷の中につけて戻る。

朝までは泳いでいたのだから、うまいに決まってる。
だから、浜松の小料理屋あたりでは、
「本日モチガツオあります」と看板が出る。

三浦三崎生まれの爺ィちゃんは「カツゥ」といった。
これを1本買ってきたら捨てるのは、頭と尻尾だけだ。
刺身にして、焼いて,煮て、骨やらなにやらはアラ煮する。

煮魚の骨は最後にお茶かけてすすり込むから無駄はない。
ま、だいたい、こんなカツオの食べ方していたら、
マグロに興味がなくなるわな。

マグロ、マグロとうるさいヤツは、
ほんとのカツオを食べたことがあるのだろうかって思う。
あるとき2人でいった魚屋で見つけて買ってきた。

食べるおペケを黙って見ていた。
「これは美味いッ」といった。
「そうだろ、これがモチガツオだァ」って大威張り。

いっぺん食べておくれ。
遠州灘のモチガツオをね。
ほなあした.....................

20chaplin_20131128081945c5b.gifゆぁ・はっぴー?

⬅️更新ブログはこちらからどうぞ!!
⬅️メッセージはこちら
⬅️コメントをどうぞ。

拍手
関連記事

● COMMENT ●


管理者にだけ表示を許可する

逃げるが勝ちってこともある «  | BLOG TOP |  » ゴンベッサに会いたい

Pictlayer

写真は画像クリックで拡大
オリジナルサイズでどうぞ


ADMIN

It is when now?

天気予報

-降水短時間予報-

メールフォーム

 管理人への連絡はこちら
 要返信はメアドご記入下さい



 

twitter

フォローよろしく !!
  

写真アルバムへゆく

*アルバムを観る
 

*スライドショー
 

   

Counter

  total
  today
  yesterday

My Blog & site

 

 
 テンプレ/レンタル























ご訪問に感謝!!

プロフィール

ごんべ

Author:ごんべ
またの名をGombessaとも
ただ単に ごんべとも称する

すべての更新情報

 
 ごんべのWeb siteすべて
 の更新情報はこちらです

LINK

TUNE IN
浜松エフエム
NHK らじる☆らじる
Abema RADIO



*写真ブログの過去ログ
 

*自然を愛するカメラマン
 

 

プルダウンリスト

Twitter

 

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する