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2017-08

昨夜は歴史番組三昧だった - 2017.06.16 Fri

いつものように珈琲片手にベランダへ出ようとしたら.........
ぼけぇぇ........ とした、ぼやけ脳味噌ががすっ飛んだ。
朝からやや冷たい風が吹いていたね。お、さむゥ。と窓を閉めた。

天気図見たけれど、あいかわらず梅雨前線は太平洋どまんなか。
低気圧かぶっていて、東に高気圧だから、冷たい風の吹き込みが納得。
火曜日に マークがあるが、それまで降る気配はないなァ。

浜松市の水瓶の天竜川が干上がってきたそうな。
安倍川は瀬切れ、表にでている水脈が途切れて鮎が干上がったといい、
大井川はダムがそろそろヤバイ貯水量だっていう。

いずれもまだ家庭の節水まではいたっていないが、
このままだとピンチだな。
降るときにゃ降らんといかんのだよ。

 17618-a1.jpg

隣の瓦屋根にスズメが5羽ほどきて、樋の下へ入ったりでたり。
スズメが減っているのだ。秋口の群雀がみられない。
2004年頃に撮った憶えがあるが、最近は群れがなくなった。

代わって郊外の空を群れて飛んでいるのはムクドリ。
スズメが巣を作る瓦屋根が減り、郊外の餌場はムクドリに乗っ取られ、
スズメには住みにくい環境になったのだ。

 おまえたちも、
 なんか、可哀想だよな。
 頑張れよ。

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明日の夕方にパトさんの姉上がいらっしゃる。
さて、どちらへご案内しようかと思案中。
なにを食べていただくか。これがまだ決まらないのだ。

鰻でいいのか、御前崎までひとっ走りして旬のカツオか。
ま、着いてからでいいんじゃないの。
オレはいつもええからべぇ。

食べるもの、ゆくところ、いっぱいあるからいいんだ。
ひとっ走りすれば、いろいろあるけれど、
日曜日だから「直虎」関係は避けようってことに、いま決まった。

でぇ、「てんちゃら...........」やっつけて、もとい書き終えて、
馴染みのうなぎ直売所へ白焼きを買いにゆこうか。
だったら平日だから「大河ドラマ館」へ寄るか?? って。

 14613-fp19_20170616093914202.jpg

8時頃にテレビの前へ座り、
地上波はいつものどんちゃん番組ばかりでおもしろくもないしィと、
BSまわしたら、あったねぇ。

BS3chで「三方原の戦い」の検証だっていう。
2015年の番組の再放送だったが、
はからずも二夜続いての三方原だが、見解違うから興味深かった。

なんにしても、家康にとっての「三方原」は生涯一度の負け戦。
したがって、後世に「大権現」を伝えるには情けない資料は消したと思われ、
この戦はエポックであったわりには謎に包まれているのだ。

いままで信長の援軍は三千とされていたが、
名だたる将がきているのに三千はでおかしいではないかといい、
ほかの史書では2万ちかいのではないかといわれている。

すると武田3万、徳川2万八千。
兵力はほぼ互角であるのに、これでも無惨に負けた。
まず、織田の援軍の将には家康の気兼ねがあった。ゆえに統率がとれていない。

そしてなによりも信玄は戦さ巧者であった。
磐田原を下りた武田軍は、そのまま直進して浜松城を攻めるかと思われたが、
天竜川添いに北へまわって三方原台地へあがった。

なおも祝田坂から湖北へ下りる気配を見せたから、
徳川軍がこの狭溢な地で、軍列が長くなったところを攻めようと追走する。
あにはからんや、武田軍は台地の上に魚鱗の陣をしいて待ち受けていた。

徳川織田連合軍の鶴翼の陣はたちまちにして崩れ、
多くの将兵を失いながら浜松城へ逃げ帰るしかなかったのだ。
なるほどねぇ、と納得。

信玄率いる武田軍は強かったのだ。
この進軍は将軍義昭に急かされての信長包囲網の布石であったわけで、
新城で信玄が結核に倒れなかったら............. 歴史の「if」がここにもあるよねぇ。

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一昨年だったか、天守の南側に堀の遺構が発見され、
浜松城がかなり堅固な城であったという見解が発表されたのだが、
ここに籠城して信玄をやりすごせば、家康は無傷だったはず。

武田の軍勢は、春になれば確実に田植えのために甲斐へ帰るのだ。
兵は大事な農民でもあったからね。
士農が分離されて確立するのは秀吉以降、徳川の時代になってからだ。

ではなぜ、やりすごさずに三方原まで出向いてちょっかいを出し、
大きな犠牲を払って、逃げ帰ったのか? という疑問が残るが、
ま、この敗戦があったからこそ、徳川300年の泰平があったのかもしれない。

晩年の家康公のイメージは狸親父。
鳴くまで待とう.......... なんぞと耐えに耐えてわが道をゆくのだが、
若き日の家康はかなり短気であったらしい。

浜松城の目の前を信玄が通過するのを許せなかった、これがひとつ。
よしんばやり過ごして無傷であっても、家康の評価は落ちるよね。
とくに同盟の信長に対しての意地があった。さもあらんと思う。

それから民だよな。
東からは武田が攻め寄ってきている。その狭間は熾烈な草刈り場だ。
西では織田が勢力を伸ばしている。

年貢を納める民たちは、どっちにつくのが有利かをみている。
この領主であれば、わしらも託せるってのをみせなければいけない。
最後に忠心を誓う家臣の信を得なければならない。

よって、三方原では大きな損出を出したけれど、
のちの徳川の天下のための大きな礎になったということだねぇ。
いやァ、おもしろかった。

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昨夜はこれでは終わらなかったのだ。
21:00からはBS4chで「築山殿殺害と嫡男信康切腹」だったからね。
歴男というか、家康贔屓の地元愛というか、オイらには、もうたまたん。

正室築山殿をなぜ殺害したのか。あるいは信康に切腹を命じたか。
これは家康の苦悩の果てであり、その決断をせざるを得なかった内心は、
のちに2人を手厚く供養したことでもわかる。

結論からいうと、大賀弥四郎を主謀者とする武田への寝返り画策があり、
それに乗って鬱憤を晴らしたかった築山殿と、
父への不満を募らせた嫡男信康の苛立ちの末があったのだ。

このときに家康は浜松城にあり、正室築山殿、信康は岡崎城内にあった。
姑の於大の方もいて、この家康生母との仲は最悪だったらしい。
で、城下の築山のある庵へ移り住んだのが築山殿の名前の由来だとか。

オイらが思うには、築山殿、つまり瀬名姫には、
今川家の姫であったプライドと、その血をひく信康にかける今川再興の執念が、
家康との不仲のなかにあって、めらめらと燃えさかっていたと推察する。

これは鬼嫁どころの騒ぎではない。
このころ家康は従妹にあたる於万の方とのあいだに子をなしているが、
双子であったので、西郷の局が産んだ秀忠が二代となっている。

で、この岡崎に武田の手の者が入り込む隙ができた。
信康には、信長の姫が嫁しているが、瀬名の激しい血であるのか、
粗相した侍女を殺害するなど粗暴な性格であったという。

家康も彼の世継ぎとしての適性を見抜いていただろうし、
その行状は、娘を通じて信長に逐一報告されていたらしいから、
そちらからのプレッシャーもないとはいえない。

この謀反は、結束の固い三河武士が大賀弥四郎に加担するわけもなく、
発覚して街道に首だけ出して埋め、竹鋸で首をひくという惨い刑に処せられた。
信康は二俣城にあったが、家康の命で切腹して果てた。

築山殿は家康から浜松城に呼ばれ、浜名湖から船に乗せられて、
佐鳴湖の東岸小薮についたとき、白い幕が張られているのをみて、
すべてを悟って刃にかかったという。

このとき殺害に関わった者たちは、
みな不慮の死を遂げたということで、住人は畏れて手厚く供養をした。
オイらたちは子供心にも、子の周辺になんか畏怖心を抱いていたね。

このとき太刀を洗ったとされる池があった。
オレたちがこのあたりで遊ぶ頃は食虫草の生えた湿地帯であったが、
いまは医療センターの一角に碑があるのみ。

築山殿の亡骸は台地にあがった所に廟を造って手厚く葬られた。
いま西来院という寺の一角に廟がある。
大河「直虎」で、瀬名は直虎の友人という描かれ方をしていた。

ドラマ展開が築山殿の最期を描くかはわからない。
このドラマでは、菜々緒さんの瀬名も話題になったのに、
ここ最近は登場してはこないが、これからの後半にでるのだろうか??

長々とご静聴 (読) ありがとさんでした。
午後からは、姫街道たどってうなぎ直売所へゆく。
ついでに「大河ドラマ館」へ寄ってくるつもり。

いやァ、歴史って愉しいねぇ。
ほなあした.........

20chaplin_20131128081945c5b.gifゆぁ・はっぴー?

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