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2017-10

ブログシステムが?? らしい - 2017.05.30 Tue

今日もいい だ。朝から26.5℃あるからね。
ニシムクサムライ、明日で5月も終わりか。
なんかアツイ夏だって予想もある。

家中の窓開けてね。カーテンがさわさわと揺れてね。
いまんとこ快適。よく眠れるねぇ。ほんと。
書斎にあまりいなくなった。

居間にオレ専用ソファを買ってからは、居場所ができたので、
タブレットもってそこにひっくり返ってる。
そこでうとろうとろしてからベッドへゆくとバタンキュ。

無為にパソコンまえにいる時間が減ったのだ。
いい傾向にはあるよね。
タブレットは目が疲れて、これも眠くなるからよろしい。

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昨日の「てんちゃら...........」やっつけて、もとい書き終えて、
街中へ車を走らせ、仏具店へいった。
位牌へ母の戒名を書き入れてもらう。2000円なり。

生花だとか、供え物などの手配は終わったので、
これで、兄妹だけのささやかなお盆の支度はできた。
なにかとタイヘンではある。

これひとつクリアすると、夏がくる。
やれやれ、アツイなァといってるうちに秋がくる。
かくして2017年が終わる。ま、その繰り返し。

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「三日月さんだよ」とパトさんが呼ぶ。
「どれどれ........」とカメラもって観にゆく。
細いお月さんがでていた。

そのうち空が赤くなってきて、ビルの向こうに沈みかける。
夕方だからぼけぇぇ.............. とはしてないが、
刻々とかわりゆく空の色を半ぼけぇで、デッキチェアで眺めていた。

やがて太陽はビルの向こうに沈み、
その余韻の残映が空を茜に染めていったころ、
キッチンからニンニクのニオイがしてきた。なんだろ?

「ごはんできましたァ」
炒飯だった。まだひと仕事ある。
ごはんの写真を撮るのはオレの役割になってる。

最近、われながら「ごはん写真」が上手になったと思う。
コツがわかってきたようだ。
つくるほうも努力して、お互いに切磋琢磨だからね。

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日曜日の午前中のニュースバラエティは6chを観ている。
8chにもおんなじような漫才師がMCの番組があった。
1回だけ観たことがある。

それきり観ていないのは、オレにはおもしろくなかったからだ。
おなじニュースを茶化すとしても、
なんか違和感があったように思ったのだ。

で、なんかやらかしたらしい。
ネットのパロディネタをパクって、パネルまでつくって、
そのソース確認もせずって、なんだかなーだよな。

テレビコンテンツつくる側の質が劣化しているってことだよな。
事実確認もせずに、そのまま番組に流してしまう。
そういう事象が多すぎる。

こんなことしてたら、テレビは自滅する。
受け取るほうに、これはフェークなのかって、
判断させるようでは、メディアとしての値打ちはない。

 「こんなはなし」←Click

 15523-m03_20170530122311368.jpg

「あんたはね、尻をまくるのがはや過ぎるんだよ」
そういわれたことがある。
自分でもそう思う。あまり執着しない。先を急ぐ。

ときにこれが好判断であることもあり、
もうちょっと我慢すれば解決するかもしれなかったと、
思うことはあるが、それで後悔したことはない。

オレはなぜか「行き急ぐ」のだ。
いつまでも囚われている暇はない。
躊躇っているくらいなら、そんなもん捨てて前進すればいい。

いつ形成されたのかなァ。
母の愛を求めて七転八倒した少年時代なのか。
結核療養所で、人世の縮図をみたころからなのか。

心のそこから「死にたくない...」と、
死んでいった粟粒結核の学生仲間の思いが、
いまでもどこかに引っかかっている。

あれは忘れられない。
どんなにベッドで悶々としていても、
ストレプトマイシンの注射でぼろ切れのように眠るのだ。

命の極限に............. といっても、
戦争にいったひと世代前の若者とは比べものにならないかもしれない。
オレを可愛がってくれた叔父は、いわゆる予科練くずれ。

死を覚悟した若者が、終戦後の価値観激変に迷い込んで荒んでいた。
そして、最後はヒロポンによって、路上で野垂れ死にした。
少年ごんべが彼にうけた影響も大きい。

10歳になるかならないで、
「生きるということ」を教えてもらったのだからねぇ。
「生きてりゃァなんとでもなる」といった叔父の声が脳の襞にある。

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オレも過酷な逆境に身をおいたことはある。
が、自ら死のうと思ったことは、これまでに一度もない。
おのれが愚図だというからだけではない。

ベッドを並べた同輩や、さらには死を見続けた叔父がいて、
彼らはオレに死というものを深く考えさせたけれども、
それが「オレはなんとしても生きるのだ」なんて思いになったわけでもない。

が、たった1度だけ............
「.おまえのとこ、いこうか」
洗濯干しのフック見て、75kgが吊り下がっても大丈夫だなってね。

ちょっとだけ弱気になったのだ、あのとき。
ま、それだけ心底応えていたことはたしかなのだねぇ。
ぶら下がってしまう勇気はなかったけれど............

あの結核療養所からでてきて、
抗生物質の後遺症でずたずたになったこのオレを、
はち切れそうな笑顔で救ってくれた、あの人だったからね。

オレにとって菩薩だったのだよ。
縋るものを見失って、オレは狼狽し、何度目かのずたぼろになった。
そのなかで、袖摺りあった人たちの菩薩の心にも救われもした。

 愚図ぐずしてちゃダメだよ、おまえ。
 さァ、立ち上がんなよ。まえむいていきなよ。
 それがおまえの本来だっていってんだろ。

いつも前を向いてきたはずの人世の流れのなかで、
大事な人を失うという予期せぬ出水に遭遇して、
猛り狂う濁り水に翻弄されながら泣き笑いしたのだった。

その濁流も徐々にひいてくると、次第に穏やかとなり、
ようやくにして河口にちかい汽水域へ達し、
上げ潮に押し戻されたり、下げ潮に下って潮騒を聞くところまできた。

あっちへひょろり,こっちへひょろり。
いましばらくここを漂っていたい、と思うようになり、
まァ、そのうち大海に消えていければいいかってね。

ところが、その大海原に異変が起きて、
知らぬ間にだいぶ押し戻され、気がつけば寄り添って漂う人がいた。
それを意識してから、2人を舫う杭棒を探した。

慌てず騒がず漂いながら、
ようやく1本の杭に舫いをかけた。
いつまで、ここにいられるか、それはわからない。

すべては人世の流れのまま。
抗うことはできない。ただ漂うのみ。
そうじゃないかぇ、皆の衆。

やっとサーバートラブルが解消したようだね。
ほなあした............

20chaplin_20131128081945c5b.gifゆぁ・はっぴー?

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