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2017-09

屁理屈こねすぎて知恵熱でそうだ - 2017.04.24 Mon

今朝も雲が多いなァ。デスクで21.8℃だ。温い。
今朝方、布団が半分ベッドから落ちて、さむゥゥ....... と目が醒めた。
ということは夜が温かくなって、オレの動きが大きくなったんだ。

寒かったら布団へしがみついて動かない。
横臥就寝のクセつけてるので、寝返りは180度になる。
アクション大きくて、布団が落っこちる。

横臥で、つまり、横向いて眠るのは無呼吸症候群なわけで、
テニスボールをストッキングに入れて、背中に背負って横向いて眠った。
これには、並々ならぬ努力をしたわけなのだ。

そんなわけで、今年度初布団落っこちで季節推移を感じた次第。
ますますよく眠るねぇ。なんで、こんなに眠るんだ。
隣のベッドの小すてれんきょーも、そりゃァまよく眠るよ。

 1458-ue08_20170424102343528.jpg

昨夜は、Dash村の0円食堂が伊豆だったから、ここからテレビ観て、
続いて「直虎」を観て、なにげにチャンネル換えて、
井岡選手の防衛戦に気づき8ラウンドから観られたんだな。

あいかわらずの井岡らしいボクシングだった。
相手のノクノイ・シットプラサート選手がこういっている。
「素晴らしい技術を持つ選手だったが、超一流まではいかない」

まァ、正直なところ、挑戦者のいう通りでもある。
実況アナの具志堅さんの戦績と並んだとの言葉が虚しく聞こえる。
比べちゃいけない。

それで、判定の結果を観てからWOWOWにしたら、
ボクシング映画「サウスポー」やってて、なんだかボクシングばっかり。
2015年制作 (米) の転落したチャンプが再起するまでのストーリー。

キライじゃないから、それも見終わって11時、ぐったり疲れた。
いつもの、うとろうとろがないからだな。
ボクシング三昧だと肩に力が入って、なんか、疲れちゃう。

パソコン落としにデスクへ座ったら、
マウス握ったまま、すこぶる気持ちよく10分ばかりの寝落ち。
炬燵でうとろうとろがしてないからねぇ。

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オヤジの晩年もそうだったな、と思い出すのだが、
テレビを見ていて、知らない間に目が潤むのだ。
ちかごろドライアイなので、ちょうどいいのだが、それはさておき。

なぜか悲しいシーンでは、そうはならない。
涙腺のせんぼの自動開閉センサーが、
いつの間にか、シアワセにだけ敏感に反応するようになった。

新しい生命の誕生だとか、シアワセをつかみかけた2人だとか。
そういうシーンの感動に反応する。もう悲しみは要らない。
そういう感情がどこかに根強くある。知らぬ間に拒否している。

パトさんがこれまた泣き虫でねぇ。
なにごとも、すぐに感動して、ぽろぽろ、ぐちゃぐちゃ。
素直に感動することはわるかーない。

これが、加齢による大脳の機能低下だなんていわれちゃうと、
身も蓋もないわけだが、
前頭葉に最も早く機能低下が起こるんだっていう。

感情抑制のコントロールができにくくなるのは、
すぐキレるってのとおんなじ。
キレるよりは、おんぼろろろのほうが害はなくてすむ。

オレもだいぶ感情抑制がコントロールしにくくなったわけだが、
これはこれでいいじゃないかと思う。
老化だろうとなんだろうと、感動したら素直に泣けばいい。

これは年齢相応の経験知からだともいう。
そうなんだな。オレもあんなときうれしかったよなァ、ってね。
そう、感激ってのは共感でもあるんだ。

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5月3日にバァちゃん、父親の連れ合いの一周忌なのだ。
早いもので、オレがバァちゃんを預かって1年。
最近は、亡くなった人への関心が薄い社会なんだっていう。

べらぼうな費用がかかる葬儀っていうものへの抵抗もあろうが、
なんかしらん、薄情な世の中であることは否めない。
日本人ってどうなっちゃうんだろうね。

オイらに別離がのしかかって、どうにもなならないとき、
月詣りの帰りに庫裡によって「どうすれば...........」と訴えたら、
ポケットサイズの般若心経をくださった。

これを無心で唱えてあげなさい。
観自在菩薩行深般若波羅蜜時。
意味もわからんけれど、お経のルビを読んでゆく。

なんか落ち着いた。
ま、それでいいだろうって思った。
誰のためでもない、残った自分のためなのだ。

仏教の行事というのは、ひとつ、ひとつが区切り。
なんの区切りかというと、
残ったおのれの心のふんぎりに合わせて、法要がくる。

ふんぎりというのは時間の経過でもあり、
四十九日がきて、盆がきて、一周忌がきて、
それなりの自分の心の往生ができていくのだ。

言い換えると、そのひとつひとつの行事によって、
亡き人との距離ができてゆく。
いつまでも、足踏みしていてはダメなんだからね、という。

寺の行事は、残った人の心のケアなんだ、って思う。
本堂の薬師如来さまのまえで、無心に般若心経唱えていると、
あ、1つの区切りがついたな、と心が穏やかになる。

墓は要らない。そこいらに散骨しときゃそれでいいって、
風潮が広まってるらしい。
メンタルの強い人はそれでいいんだろうけれどね。

それで、ハイ、終わり.............
これには納得しないんだなァ。
オレ。

1458-ue17.jpg

そもそも人間にはというか、生き物には、
ある種の能力が備わっているのだ。
どんな環境でも、生きるっていう潜在的能力ってものがね。

たとえば、時が経つと悲しみが薄れるっていうのもそう。
そういうのを振り切って逞しく生きていかないと、種が滅びてしまう。
現代人は、そういう能力を退化させているだけ。

だから、誰でも窮すれば、
その能力をちょっとだけ復活させるんだな。
うまくできている。

メンタルをちょっとだけ後押しするなにかがあればいい。
生きてく、だなんていうと切羽詰まって聞こえるかもしれない。
なにが愉しいかって、とりあえずは、食うことだろ?

どんな悲しみのなかでも腹は減る。
腹の虫の大合唱に、あ、オレは生かされてる。
そう、感じるんだ。

食うのが愉しいって思えればしめたものだからね。
そのうち、遊ぶのが愉しくなる。
なんだ。まだまだ捨てたもんじゃないぞ、って思えてくる。

いま、パトさんが料理してくれる。
で、ひとくち、ひとくちがタイヘンに美味い。
「なにもしなくていい」ってのが復活したことがうれしい。

パトさんはパトさんで、
オレが「美味い........」っていう言葉が心地いいんだ。
これも人間の適応能力なんだろうな。

いまある環境に自分を乗せて、
毎日が愉しいよ.........
って、思わせていくテクニックなんだな。

人間は、その能力を潜在的にもっている。
だから、どんなときも、
まだまだ捨てたもんじゃない............... ってことだ。

屁理屈こねすぎて知恵熱でそうだぞ。
ほなあした..........

20chaplin_20131128081945c5b.gifゆぁ・はっぴー?

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