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2017-08

皺くちゃのラッキーストライク - 2017.03.27 Mon

昨夜11時頃、さて、寝ようかと書斎へゆき、
パソコン落とすと窓の外で、どぼどぼと強烈な雨音がしていた。
もう冷たい雨ではない。

今朝にはあがって、ぼけぇぇ...................... と見上げる空は、
しっろっぽく霞んだ春の空。
twitterにも、ぼちぼちと桜の蕾が開いたとの報せがある。

午後の散歩の距離をすこし延ばした。一昨日の倍くらい。
で、帰りに靴擦れして痛いのなんの。
「明日はやめだ」って、まァ、情けないはなし。

なので、線路跡の遊歩道ではダメだね。
今日は佐鳴湖までいってみようかと思う。
往路は写真を撮ってゆき、帰りはひたすら歩く。

 17326-aa2.jpg
 
この遊歩道は、遠州鉄道奥山線の線路跡。
いまは、○○駅跡などのパネルが置いてあるだけだが、
小学生のときは軽便列車をみたし、中学生では電車だった。

それが懐かしくて、ググったら、あったね。
なんかしらん、懐かしくて、パトさん呼んでみてしまった。
とくに井伊谷あたりのド田舎田園風景がジーンときた。

 「遠州鉄道奥山線」 ←Click

当時の国鉄二俣線、いまの第三セクター天竜浜名湖鉄道と、
平行して走るところは記憶があるのだ。
奥山方広寺へ遠足にいったときかもしれない。

昭和39年に奥山線は廃止になった。
え? オレが所帯持った年には走っていたのか? へぇぇ。
随分とローカルなはなしで、すいません。

 17326-aa1.jpg

昨夜の「井伊直虎じゃァ」というところ、よかったね。
「直親、春馬さまが死んじゃったァ、おい、おい、おい。
 イイ男がもうみられないィ......」てパトさん泣くんだけれどねぇ。

オラ知らね。
12回で直親はじめ、みんな死んでしまう。
次郎が直虎になって虎松の育つまでおんな城主であらねばならぬ。

え、こんなにはやくみんないなくなって、あと9ヶ月が大丈夫??
直虎は信長の本能寺の変までは生きるわけだから、
三方原の戦があるし、長篠の戦があるし、ま、なにかはあるんだ。

たとえば、三方原では井伊谷城は武田側に落とされ、
直虎自身は浜松城に身を寄せていた。
それで、信玄公の撤退から領地奪還などと下地はある。

家康、信長にも激動があるわけだから、
傍流井伊家を本流の家康、信長にどうからめてゆくか。
もう描き尽くされた歴史の主流を、脇から描くっていうのもおもしろい。

作者、森下桂子さんの対談を週刊文春で読んだ。
いま脚本が5分の3を過ぎて、心臓破りの丘をドーッと登って、
最後の周回にはいった感じ........... だそうな。

いよいよ直虎登場。
和製ジャンヌ・ダルクが凛々しく井伊家を背負ってゆく。
次週が愉しみだねぇ。

 17326-f3.jpg

そうだな、オレは長距離選手だったんだねぇ。
それからボクシングもちょっとだけやった。
山も登ったし、海へもいった。

だけど、いまはこの腹もてあましてるな。
腹筋も、背筋も、
どこかへいっちゃったしィ。

 ちょいでぶは
 シニアのご愛嬌とか
 いいながら
 ほんとは
 運動きらいな怠けもん 

これだもんねぇ。
部活でトラック周回黙々とやってるときも、
なんでオレは、地味ィに走ってるんだ。

バスケだって、野球だって、あんなにモテるのに、
黙々と走ってるオレなんて、だれもみやしない。
って、どこかでヘソ曲げてたけれどねぇ。

1年にいっぺん全校マラソンのときだけのヒーロー。
わざとゴール前までちんたら走って、
ゴール前で30人抜きしてやったさ。アハ。

 17326-f4.jpg

里山が霞んでいて、てっぺんの薄青から、見事なグラデーション。
雨降って、大風が吹いて、車がまっしろけ。
洗車にいってきてよ、とパトさんにいう。

オレは閉所恐怖症だから、乗ったままの洗車機はダメなんだね。
木曜日にゆくから.............
そうなんだな。木曜日はGSでティッシュ1箱くれる。

パトさんが道路に慣れてきて、
このごろ、なにかというと車に乗ってでてゆく。
オレ、ラクチンだが、ちょっとだけ心配。本人はけろっ。

 17326-f4.jpg

オレの好きな小説家開高健氏が、冥界に旅発たれて28年の歳月を数える。
この小説家のダンディズムに憧れ続けた。
しばしば画面でみた、ロッドの脇に置かれた皺くちゃのラッキーストライク。

だから、オレはこの煙草をくわえていた。
28年のうちに小説家が最後まで愛した琥珀色の液体を飲まなくなった。
ポケットに、ラッキーが入っていることもなくなった。

モンゴルの川で待望のイトウを釣り上げ、
背中の痛みを琥珀色のスコッチで誤魔化していた。
あれが、あのかたの笑顔を見た最後だった。

一度だけ、お会いしたことがある。
握手したときのふっくらと暖かい掌の感触が蘇る。
そう、長良川河口堰の反対運動の折だった。

そうか。
はじめてサツキマスを見て感激してから30年になるのか。
いまの時勢、なんとおっしゃるか聞いてみたい。

ボキャブラリーが足りない...
ベトナムのジャングルで随行した米軍小隊が壊滅にちかい状態となった。
そのなかの僅かな帰還者として戻ったとき、開高健氏はこういった。

ジャングルのなかでの有様は、どんな言葉をもっても言い表せず、
どんないいまわしでも伝え切れない。
だから沈黙するしかないといい、やがては釣り竿をもって海へでていった。

オレが、この小説家を敬愛し続ける理由はここにある。
安保デモに参加したことのないノンポリでも、
あの時代の若者には、いろんな理不尽に抗う気持ちはあったのだ。

「ひとり寝の子守歌」も「アカシアの雨がやむとき」も、
オレたちの青春と、その背景にあったストリーのBGMである。
いまだに、この曲が不覚にも涙腺をゆるませるのだ。

かの小説家はいった。
笑われることを恐れてはいけない。
偶然の一致を求めてもいけない。

好奇心を持って新発見をすることに意義がある。
これを重ねていれば、神様はいつかご褒美をくれる。
オレは、この言葉を座右の銘として、今日まできた。

随分とぐーたら自堕落しているけれど、
これが終着駅ではない。
まだまだ、線路は銀河の果てまで続いてゆく。

オレは小説家の生きた歳月をはるかに超え、馬齢を重ねたきた。
まだまだ涸れはしない。
涸れてしまっては、棺に片足つっこんだに等しい。

生涯かけて天真爛漫に好奇心を持ち続け、
オイらの歴史を増やし続けていきたいと思っている。
あ、五木寛之氏の言葉だねぇ。

 想い出は個人の歴史である。

直虎ほどでもない。家康なんてとんでもない。
些細な、些細な、オイらの歴史。
今日から明日へのちっぽけなちっぽけな歴史。

さて、イイ天気だ、なにして遊ぼ?
ほなあした...............

20chaplin_20131128081945c5b.gifゆぁ・はっぴー?

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