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2017-06

豊饒の湖の行く末はどうなる? - 2017.03.24 Fri

今朝は案外とはやかった。9時に起きてきたからね。
ぼけぇぇ................. とする間もない。
新聞読みながら、ご飯食べる。

むかしは、「なにか見ながらご飯食べちゃイケません」と、
叱られたものだが、せっかちなオレはご飯食べるのが速いので、
新聞の小説を読みながら箸をとめつつ、ゆっくり食べる。

この間から静岡新聞で「家康 不惑編」の連載が再開したので、
朝ご飯のときの愉しみにしている。
今回は、三方原で戦死した将兵をともらうところから始まった。

で、今日は家康が征夷大将軍となって江戸幕府が成立した日なんだと。
1603年ことだからねぇ。400年前だよ。
オレが生まれたのは19世紀半ばだから、それほど経ってはいない。

 17323-k4.jpg

ブログが流行るまえは、Web Diaryだったのだ。つまり日記。
オレもね、1999年の yahoo diary から始まってる。
そのあとに公開する「さるさる日記」が一世を風靡したんだな。

そして2004年頃からBlogがでてきて、
いまの猫杓子ブームになるわけだが、それでもレンタル日記はあった。
しかし、ここ関連で使っていたもの2つが今月末で閉鎖するそうな。

それで昨夜、ほかをあたったのだが、
日記レンタル各社が昨年末から次々に撤退しているようだ。
これも時代の流れ。

つまり、レンタル数がすくないと広告収入が伸びない。
なのでサーバーの維持料金でペイしなくなる。
ひとつの時代が終わったということだな。

時代はモバイル。スマホの時代。
LINEしてたら......... インスタしてたら..............
レンタル日記なんて需要がないもんな。

「ひとりついったー」は2009年からだったが、
撤退とあってはしかたなし。
次になくなるのは掲示板かも知れないねぇ。困るなァ。

 17323-k3.jpg

早春のいまの時季に浜名湖へ入ってくる魚がある。
それはサヨリ。
抱卵して腹がパンパンになっている。

釣りあげて握ると卵がこぼれ落ちることもある。
それが可哀想で春のサヨリ釣りはやめた。
なんかそんなこと思いだしたのだ。

 サヨリは うすい サヨリは ほそい
 ぎんのうお サヨリ おねえさまに にてる

北原白秋作詞の「さよりの歌」の一節なんだな。
もう、これだけでサヨリを言い尽くしたような感じがする。
食べるに惜しいような美魚だからね、

最後の「ぎんのうお サヨリ おねえさまに にてる」では、
なにか、大正時代の、ほっそりした女性を、思い出させるではないか。
いまどき、イメージが湧かないか? 

いかにも美人薄命で、というイメージがサヨリにはある。
寿命が2年なんだな。
湖内で産まれて外海へ旅発ち、春に親になって入湖し、産卵して生涯を閉じる。

浜名湖でのサヨリ釣りは、昭和40年代の後半に考案された。
ときを同じくして、湖面がサヨリで埋まるほどに大繁殖をしたが、
この大繁殖から普通の状態に戻るまで6年かかった。

繁殖しすぎることは、種の保存のためにはならないので、
産卵数が減ってバランスをとるのが自然界の摂理。
うまくできているんだ。 

 17323-k1.jpg

昨日は浜名湖と鰻のはなしを書いたけれど、
その浜名湖のことを今日は書いてみようと思う。
いまから15年ほどまえのこと、1人の老漁師が廃業した。

先輩は校長センセだった人だが、退職後にうなぎ漁師になった。
「うなぎ壷」という漁法で天然鰻を捕る。
が、アマモ帯の後退で漁が成り立たなくなったのだ。

先輩はこういった。
家庭排水でもなんでもいい、とにかく、なんでもいいから淡水を湖内に注げ。
魚を浜名湖から追ってしまわないことが先決だと主張した。

なにを意味するかというと、淡水の供給が激減したのだ。
豊穣の湖は汽水がもたらしたものである。
つまり、淡水と塩水の絶妙のバランスが生産性の高い湖をつくった。

忘れもしないが2002年の夏に浜名湖でトビウオが飛ぶのを見たのだ。
それは湖内が外海といっしょになったことを意味する。
それだけ、表浜名湖の塩水化が進んだことにほかならない。

なにが浜名湖にあったのか。
一つだけ致命的なことがあったのだ。
浜名湖に注ぐ最大の河川、都田川にダムができた。

淡水の供給が激減したのだ。
その頃からエイという魚が湖奥にまで棲むようになった。
あきらかに魚の棲息範囲が変わってきた。

バランスのとれた汽水域にはアマモという藻が生えていた。
魚たちの産卵場所であり、稚魚のゆりかごであるアマモ帯は減少の一途となり、
かわって湖底を覆うアオサが繁藻した。

いまアサリの不漁が伝えられる。
これが関わっているかはわからない。
ここで先輩が主張していたことを思いだすのだ。

先輩はこういった。
豊穣の湖を救う手だてはある。浜名湖は恵まれている。
解決方法はあるのだから、行政が決断すればいいだけのことだ。

都田川ダムの貯水利用は100%ちかくだそうである。
が、天竜川の取水量は余っているという。
天竜川の余剰量を都田川ダム利用分と代替すればいい。

都田ダムを廃すればいいのだ。
そして、浜名湖に流してやれば汽水のバランスは復活するはず。
先輩はあらゆる機会にこういった。

最近は、だれもこんなこといわなくなったな。
先輩の主張も疎んじられ、やがて忘れられてしまった。
誰かが考えないといけないのに........

 17323-k2.jpg

20年ほど前のデータだが、
浜名湖には360余種の魚たちが棲息していた。
これは、瀬戸内海に棲息する種の数を遙かにしのぐ。

ちょうど、外海からの潮通しがよくなり、
湖内の淡水とのバランスがとれていた時代であった。
それは今切口の固定に始まる。

その時点での浅海開発事業の成果であったことは間違いない。
が、それを讃えたのは1つの事業が成功に向かっていく時点で、
成功を讃えんがためのデータではなかったか。

先輩に聞いたところによると、
浅海開発事業が終わってからのデータは、関係機関にまったくなかったという。
事業が終わった時点でピリオドが打たれていたらしい。

だから、実体を知らない役所は20年前の知識のまま、
外海系の魚が増え、漁獲量が増したことを未だに讃えるのだ。
こう主張した先輩はやがて疎んじられ、主張の場を失った。

浜名湖が、豊穣の湖であるためには
バランスのとれた汽水域であり続けることだと思う。
アマモが密生し、多くの魚たちが産卵し、育って外海へ旅立っていく。

浜名湖は魚たちの揺りかご。
これは30年前にオイらが自著で浜名湖を讃えた言葉であった。
いつまでもそうあってほしいのに...........

魚たち、貝たちは、そこが産卵、稚魚の育成に適さないのであれば、
そこをライフサイクルの場所としないだけである。
すでに、浜名湖はその方向にむかっているのかもしれないのだ。

便利さを求めてなにかを失う。
いつになったなら目覚めるのかねぇ。
オイら、おっちんじまうけどな。

風が強いねぇ。さぶいど。
ほなあした.........

20chaplin_20131128081945c5b.gifゆぁ・はっぴー?

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