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2017-08

これも屁の突っ張りにもならん - 2017.03.22 Wed

春眠暁を覚えず。どんどん朝が遅くなる。
自衛隊のT-4練習機が飛ぶ音で目が醒めたら、あれぇぇ10時。
昨夜寝たのが深夜1時だった。それでも9時間眠った。

なんとも寝坊助で、どんだけぇぇ............... 眠るんだ? ってはなし。
昨日なんかしたかな、っていうとなんもしてない。
あ、共同作業でメダカの水槽を洗ったか。

2ヶ月に一度くらい、水替えと底砂洗いとフィルター交換する。
オレ一人でやると、そこいらへん水浸しにするから、
水運びなんぞはパトさんがさせないのだ。

 17322-a2.jpg

昨日の雨は昼ごろにあがり、そのまま晴れるかと思ったら、
夕方近くにはまた霧雨になって飛んできた。
なんかないかとカメラもってうろうろしてたら、西の空が明るくなった。

で、ひょっとしてと書斎にいって窓から東の空覗くとね。
ほ〜〜〜ら、見事な虹だった。
小雨の水滴が空中に残っていて、それに太陽が当たれば虹がでる。

山登りと海釣り、長いこと観天望気してたから、それくらいはわかる。
パトさん呼んで写損撮った。
それでtwitterにあげると、でるわ、でるわ。虹の投稿ラッシュ。

それでわかったことは、虹って自分の前にあるように思うが、
かなり広範囲でみているんだな、ってこと。
市内でも中区、北区、それから浜名湖わたる新幹線のなかとか。

東名高速、新東名高速などと、はままつtwitterまとめサイト経由で、
ざっと100くらいのアカウントから、
浜松いまそら「レインボー・ナウ」が投稿されていた。おもしろいね。

 17322-a1.jpg

オレの誕生日が近づくから「ほしいものない?」といわれ、
なんどか amazon 覗いたりしてるが、ないんだな。
ま、あるにはある。けれど、欲しいものは10万円単位だからねぇ。

16万円の望遠レンズ買ってくれとはいえない。
で、この間からいてったETC装置を付けてもらうことにした。
スマートインターチェンジがあちこちにできる。

つい先日も近いところにできたのだが、これを利用するには、
ETCを装備しなけりゃいけない。
取り付け込みで14000円くらい、オー○バックスへいってくる。

ちょっと脚を延ばしたいところはいっぱいあるのだが、
以前のように国道バイパス走って寄り道するってのも億劫になった。
ETCついたら、いちばん先に御前崎から水平線の丸いところを見せてあげたい。

パトさんは日本海の人だからねぇ。
静岡県最南端の御前崎から太平洋の大海原と、
そこに浮かぶ伊豆諸島がみえたら感動してくれると思うよ。

 17321-s4.jpg
 ↑ 雨しずく☆画像クリックで拡大します

瀬名姫が「おんな城主 直虎」でも、気の強い女性に描かれていて、
家康さんはお尻の下というようなイメージなんだな。
10歳年上であったという説から、同い年というものまで諸説あり。

瀬名を演じる菜々緒さんもモデル出身とかで、170 cmの大柄からか、
飄々とした阿部サダヲさんの家康が、尻の下というイメージになってしまう。
この作者さんもそう仕上げるのかな、と思わせるキャスティングだね。

山岡壮八著の「徳川家康」でも、武田に通じた悪女に仕上げられているのだが、
果たしてそうだったのだろうか?
取材にきた山岡氏に、西来院和尚が違うイメージでと頼んで断られたらしい。

幼い家康を人質に奪った今川義元の姪であったからか、
瀬名は今川滅亡の2年後に岡崎城に引き取られるが、
正室ながらも城内には入れず、築山のある離れに居住したという。

築山殿といわれるのはそこからだが、岡崎衆には憎き今川の姫ゆえか、
あまり歓迎される存在ではなかったようだ。
家康は浜松城にあり、たまに岡崎に帰っても愚痴いわれるから逃げる。

とくに家康が生母の於大の方が嫌ったといい、
夫のかまってくれぬ築山殿の葛藤はいかばかりかと、察するのだ。
ここで、孤閨の寂しさゆえにという築山殿悪女武田謀反説が描かれる。

そして浜松城の家康からお呼びがかかった。
やれうれしやと、浜松にむかい、船が着いた佐鳴湖子薮で刃にかかる。
長子信康も信長の娘を娶って二俣城にあったが、切腹させられた。

瀬名姫は本当に悪女であったのか。
正室を斬らざるを得なかった家康の側の創ったものではなかったのか。
とかく歴史とは勝者の論理で描かれるものだからねぇ。

時代に翻弄された心優しい女性であった、と浜松ではいわれている。
亡骸は斬られた小薮からほどちかい広沢の西来院に葬られ、
戦災以降に再建した築山殿廟が境内にある。

信長を呪うという最期の言葉があったといい、築山殿祟りの噺がいまに伝わる。
浜松城内に青年家康の像があるけれど、
その建造に携わった人たちが、次々と亡くなったというのも、そのひとつ。

「おんな城主 直虎」ではどう解釈するのか?
瀬名は次郎法師と友好があったように描かれていたし、
素通りではないと思うが、どうだろう。

 17321-s2.jpg

そういえばねぇ。
いまの浜松医療センターの駐車場付近に、
「太刀洗いの池」の碑があったと思う。

ここで築山殿を斬った太刀を洗った伝えられ、
オイらが子供の頃はモウセンゴケなどの食虫草があった湿地だった。
子供心にもなにやらありそうな雰囲気に怖かったのだね。

必ず前を通るときは足を止めて一礼したのを思い出した。
むかしのガキは、かなりの悪戯小僧だけれど、
そういうガキ大将が伝えるタブーは、しっかり守ったんだ。

体罰がいけない、ケンカすれば大事になる。過保護にはちがいない。
ガキ大将が教える秩序だとか、虫取りや魚取りから学ぶ生命の尊さなど、
いまは失せてしまったけれどねぇ。

むかしをただ懐かしむだけじゃない。
なにかを捨ててしまったという喪失感あるのだなァ。
大事なものをねぇ。道徳の時間増やしたって養えはしないよ。

 17321-s5.jpg

そうそう、お稲荷さんの赤い鳥居のまえでも八幡さまの大鳥居でも、
オレたちは必ず足を止めてぴょこんとお辞儀したね。
学校には奉安殿というところがあった。

ただし、オレたちは国民学校から小学校へ変わってからだから、
なんか立派なものを壊していたな、というくらいしか記憶がない。
となりの二宮金次郎もどこかへもっていったね。

奉安殿には、天皇と皇后の写真に教育勅語が納めてあったということを
あとで知ったわけだけれど、このまえで足を止めて頭を提げる習慣は残っていた。
センセだよね。そういうことをさせない怖いセンセがいた。

例の森友学園で教育勅語がでてきたね。
オレはデモにもいかないノンポリだったし、だからといって右でもない。
けれども、戦後の教育はなにかを捨ててしまったと思っている。

ここら先は以前に書いたことだけれど、
もういっぺん書いとくよ。
おれがいまいいたいことだから.........

テレビなんかの食事風景だと、大人が必ず手を合わせて、
いただきますゥ............. ってやる。
オレたちの年代、すくなくともオレんちは、あれをやったことがない。

オレたちの時代にも学校給食はあった。
ただ食べる前に手を合わせることはしなかったはず。
これがGHQのお達しだったとは聞いたこともないしねぇ。

なんで手を合わせるのか、って若い人たちに聞いたことがある。
深くは考えたことがないらしい。
食べ物を作ってくださった皆さんに感謝するんじゃないですか?

めんどくさそうにそういった。
これってさ、習慣的にやってるだけだよな?
テレビでも食事のまえのシーンでは必ずやるしィ。

オレたちのガキの時代は、こういうことをことさらやらなくても、
日常的にいろいろなものへの感謝はあたりまえだった。
感謝すべき人たちを知っていたといってもいい。

それぞれのお仕事をする大人たちに尊敬の念があった。
自分たちを養ってくれる父親の仕事には、もちろん尊敬と誇りがあった。
大人たちがお天道さま拝んでたり、お仏壇へご飯あげたりしてたのを見ている。

箸の持ち方や、テーブルへ肘つくなだとか、
目上の人への口の利き方、礼の尽くし方って、いろいろうるさかった。
オレは下町育ちだから、悪戯したらとなりのオバちゃんにも叱られたよな。

いま、そんなことしたらタイヘンらしい。
うちのコになにするんですか、って近隣トラブル間違いなし。
たしかにうるさかったが、子供はみんなが育てたんだ。

いま、この小言をいう人がない。
新入社員がタメ口きくから叱ったら泣いたそうな。
親にも叱られたことがないのにってね。

つまり、家庭での日常にしつけがない。感謝がない。
なんでもあってあたりまえが罷り通る。
学校で道徳の授業時間を増やすっていう問題じゃないな、たぶん。

手本になる大人たちだろうね。
それから,その大人の子どもへの接し方もある。
手を合わせたって、それが形骸化してれば,屁の突っ張りにもならない。

でも、こんなこと書いたって、これも屁の突っ張りにもならんのだな。
いまの社会は、こうなってしまったのだからねぇ。
この、うるせぇ爺ィが........,,,,,,,,,..... っていわれるだけ。

オレはもうじき消滅するわいな。あとはしらん。
ほなあした..........

20chaplin_20131128081945c5b.gifゆぁ・はっぴー?

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「屁の突っ張りとは・・・

「屁の突っ張りにもならん」と、母がよく言ってました。私の両親は四国出身です。
  ↑ このセリフは四国地方または関西地方で使われていたんでしょうか?

「箸とらば天地御代の御恵、祖先や親の恩を味わい、兵隊さんありがとう、いただきます」
といって、食事の前に手をあわせていました。私の場合は・・・、食べるものなんか無い
学校給食のときに唱えました。(昭和19年、国民学校一年生のころです)

こんしちさま、コメありがとうございました。

私は、バァちゃんっこなので、「屁の突っ張り」はよく聞いてましたね。
バァちゃんは愛知県の三河出身でした。
こちら浜松は遠州ですが、年配者はこの言葉をいいましたよ。

それから小学校はララ物資世代です。すこし後輩のようです。
鼻つまんで飲むまずい脱脂粉乳と、コッペパンでしたが、
手を合わせたかは記憶がないし、それ以降の習慣となっていないので、
「いただきます」だけだった気がします。


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