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2017-06

いまほんとに似合う人いるのかな - 2017.02.19 Sun

いい だねぇ。空に雲ひとつない。
お隣は引っ越しのようで、朝早くから業者さんが挨拶にきた。
このマンションは案外と遮音はよくて、物音一つしない。

ただ上階の小さなお子さんがベタベタ歩くのは聞こえる。
ま、それくらいで、住みやすい所ではある。
もう1年半も住むからね、早いもんだ。

天気はいいけれど、ときどき突風みたいな強風が、
窓を揺らしてびっくりする。
カラのビニ袋が、3階の高さまで舞い上がって飛んでった。

 17218-f4.jpg

釣り師料理は、なんでもかんでも唐揚げなのだ。
最近はこれをパトさんがマスターしてくれて、
唐揚げか竜田揚げがでてくるのは、すこぶるうれしい。

「あげもん」しておけばニコニコしてる人だからね、オレ。
油もん控えるストレスよりも、
喜んでる精神満足度が高けりゃいいって思わない??

だけど「煮物食べなさい」というのがついてくる。
バランスだから..................... っていわれる1/3くらいは、
なんとか食べるけれどねぇ。どうも苦手だな。

 17219-r3.jpg

このまえもちょっと書いたけどね。
男がオシャレで帽子かぶるのは難しいんだな。
だから、テレビスタジオにかぶったままでてくるのは違和感がある。

ましてや、食事シーンで男が帽子かぶってるのはサイテー。
ありゃァ紳士のオシャレじゃないね。
ジェントルマンってのは、マナー違反じゃオジャレではない。

いつだったか、麻生太郎氏が ボルサリーノ をかぶって海外へいった。
それをみて、平成の若い衆が、マフィア・ファッションだなんて騒いでたが、
戦前の紳士っていうのは普通にソフト帽をかぶっていたね。

こういうのはハンフリー・ボガードだな。
ボルサリーノにトレンチコートがよく似合ったねぇ。
ダンディってのはああいうのをいう。

そうそう、麻生さんの爺ィちゃんにあたる吉田茂氏は、
あのスタイルに葉巻くわえて、
けっして進駐軍あたりには、ひけをとらないダンディだったね。

 17218-f2_2017021910265558b.jpg

うちの父親もダンディだったからソフトをかぶってた。
維新以降の日本人の男の90%は、外出に帽子を欠かさなかったからね。
ちょんまげ切って散切り頭が寒かったんだ、きっと。

スーツ着るとソフト帽だったり、着流しでハンチングだったり。
けっこう着こなしていたと思うよ。
ごんべの小学校では、白襟に白いカバーのついた学帽だった。

いま、若い俳優やタレントたちが帽子かぶるよね。
あれは、トータルのオシャレ感覚が必要だから,誰もが似合うとはいえない。
なんか紙一重のような気がする。

辻仁成氏なんかは慣れている感じ。
このかたの前の前の奥さんは南果歩さんで、
いまのご主人は渡辺謙さん。うん。なんかもってるな。

ジェントルマンのオシャレっていうのは、
格好だけすればいいってわけじゃなくて、風格だからなァ。
つまりはエチケットを含めてのね。

それをわきまえろっていうんだな。
いま平成の若い衆がいい加減なこというが、
麻生さんのスタイルはさすがのダンディぶりだったのだよ。

そういえば、オレもボルサリーノをもってる。
いつもシーンズだから、オレのはハンチングだけれどね。
爺ィはハンチングってのも定番だから、野暮にしないのはむつしいねぇ。

女性も帽子をかぶったよね。
ふと浮かぶのは「旅情」のキャサリン・ヘプバーンかな。
日本でいうと、高峰三枝子さんか。

上原謙さんとのフルムーンCMでは、
2人とも帽子かぶって、カッコよかったが、
いまほんとに似合う人いるのかな。

 full.jpg

2004年公開の「この世の外へ クラブ進駐軍」という映画がある。
戦後の心の荒廃からジャズに希望を見いだした若者達のストーリーで、
たしか、オダギリジョーさんが主演だったと思う。

引っ越しで、このビデオを捨ててしまったのを、すごく悔やんでいる。
オレには断片的にでてくる時代背景が興味深かった。
焼け跡の、家とは名ばかりのバラック。闇市でやたらと目に付いたハングル文字。

これらは、オイらの育った下町の小路の先の風景と重なるのだ。
朧気な記憶だが、こういう映像をみると、
ニオイや嬌声までが、ネオンのチカチカという音とともに、鮮明に蘇ってくる。

ジャズとアメリカ兵とダニーボーイ。これが、この映画のテーマ。
小学校低学年のころ、ここの基地にも連日のように大型の輸送機が離着陸した。
基地の有棘鉄線の向こう、滑走路の端に胴体の太い飛行機が停まっていた。

その手前にカーキ色の幕舎が並んでいたんだ。
近くの谷に、彼らたちが食べたあとのカンヅメ缶が捨てられていた。
オレたちガキどもはこれを拾いに行く。

かすかに残るパイナップルの甘い香りはアメリカの匂い、
ラベルに描かれたヤンキーの文化は、強烈な印象を子供たちの心に残した。
そうそう、初めて有棘鉄線の向こうに黒人兵をみた。

その柵まで寄ってきて、チョコレートやガムをくれたのも黒人兵だった。
チョコレートやガムの甘さはこの世のものと思えなかったが、
黒人兵の大きな目の光りが悲しそうだったのを、いまでも憶えている

彼らたちは、朝鮮戦争の最前線に赴き、その大半が死んでいった。
その数、米兵だけで15万人。
ま、それ以上のことはいうますまい。

戦争を放棄した日本は、この戦争特需によって戦後復興の礎を築いた。
進駐軍という名の米兵たち、そして朝鮮戦争に送られていった彼らの思い。
幼い心にも染みついている戦争の影を、こうした映画を観るとしみじみ感じる。

いまや、風化してボロボロになり、
アメリカと戦争したことすら知らない若者がいる。
そうだよな。もう、歴史のはるかな彼方なのだからねぇ。

Oh Dnny Boy♪ がこの映画の中で、
意味をもつソングとして扱われていた。
第一次大戦直前にヒットした曲だが、次のような詩をうたっている。

 おおダニーボーイ いとしきわが子よ
 いずこに今日は眠る いくさに疲れた体を

 やすめるすべはあるか おまえに心を痛めて
 眠れぬ夜を過ごす 老いたるこの母の胸に

 おお ダニーボーイ 
 おお ダニーボーイ帰れ

故郷を遠く離れて、
日本に進駐していた若い兵士たちの胸に、
ずしんとくる歌詞であったろうと察するのだねぇ。

さて、今日はテレビ三昧かな。
ほなあした.............

20chaplin_20131128081945c5b.gifゆぁ・はっぴー?

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