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2017-10

なんだ、11月もおわりか - 2016.11.30 Wed

曇りだ。気温も18.5℃。明日から師走だものね。
どっちみち今日は休養。
明日も雨だから紅葉撮りは明後日かな。

心地よい疲労だけれどね。足が痛いということもなし。
方広寺羅漢坂はけっこうきついが、
いまは整備されているので、ラクラク登ってゆける。

この寺の管主さんは、たしか100歳を超えておいでだが、
法話の会があるようで、方丈へ入っていく団体さんが多かった。
本堂裏の急坂をあがると奥院があって仏舎利塔がある。

ご本尊様は「国重要文化財釈迦三尊像」で、昨日はご不在だった。
東京で重文展かなにかあって、そちらへお出かけ。
何年かまえに修復が行われ、特別開帳で拝見したことがある。

昨日は寺宝の十六羅漢が開帳されていた。
さすがは後醍醐天皇第七皇子が開祖の古刹とあって、なにかと凄い。
そういえば、うちの横の電車はこの門前まできていた。

 161129-hh10.jpg

開祖が皇室ゆかりであるだけに、その墓所の奥院へは、
この土地を寄進した奥山氏と宮内庁職員しか入れないそうな。
井伊家の墓所がある隣にも、そういう場所がある。

で、こちらもご祭神はというと、
おなじ後醍醐天皇の第四王子なのだよな。
神社裏に墓陵があって宮内庁管轄。

遠州は、都との距離が適度であったために、
長子以外の皇子が出家させられて、開祖となった寺がある。
これは継承争いを避けるためだったらしい。

で、天皇になにかあれば還俗して都に戻る。
それが万世一系維持のためのシステムだったのだ。
ただし、後醍醐は傍流ではあるけれど...............

 「奥山方広寺ホームページ」←Click

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途中に「おんな城主直虎」の井伊家菩提寺の龍潭寺がある。
11時ころの往路は駐車場が満車だった。
帰路は2時ころだったが半分くらい。

駐車場を増やすようにないから、大河ドラマが始まったら混雑必至。
この付近の観光というと、規模の大きな鍾乳洞の竜ヶ岩洞臥臥あるが、
あたしゃ閉所恐怖症ゆえ、詳細は知らぬ。

てなわけで、昨夜おそくまで頑張って、
アルバム・スライドショーができたので、
よろしければご覧くだされたく..............

 「奥山方広寺の紅葉 1」 ←Click

 「奥山方広寺の紅葉 2」 ←Click

 161129-hk01_20161130095307fff.jpg

光と影だねぇ。
いつまで経っても写真表現には果てがない。
ああすればもっとよかったか、という反省ばかり。

ま、こうして悩みつつ終わってゆくんだな。
カメラという器械を通して思うがままにならないという、
苦を背負いつつ、だから愉しいって、その矛盾が写真。

相棒との久しぶりの撮影行だった。
留守番のパトさんには門前で、むかしながらの厚揚げと、
五平餅の味噌を買ってきて、昨夜はおでん。

 161130-r3.jpg

さてと11月も終わりだァ。
別に、さて といわなくても、明日から師走だけれどね。
あれぇ、青空がでてきたが、けっこう寒いよ。

最近上がりがおそいけれど「てんちゃら...........」は年中無休。
書き手が暇だからねぇ。
ほかにな〜〜んもすることがない。

なんだかんだいって、すぐに大晦日がくる。
今年は、格闘技かボクシングがあるのかしらん?
いっときテレビの格闘技が衰退して、大晦日つまんなかったけれどね。

なんで格闘技が好きかっていったら、
「ボクさ、ボクサー見習い」って19歳があったからで、
細い身体の練習生は後楽園ホールのリングにあがるのが夢だった。

ま、自分は挫折したけれど、
有能な選手が外連味なく栄光へ駆け上ってゆく姿には感動する。
いいなァ、と思う。

 161129-hh42.jpg

ちゃんちゃかちゃかちゃかちゃん ちゃらー♪
って琴の音が流れて、七福神の図柄がでてきて、あ、めでたや。
寒くなったと思ったら、すぐ正月だよ。

めでたいといえば七福神が乗った宝船で、
正月にはよくでてくる図柄だね。
で、この七福神のなかに日本人はひとりだけなんだっていう。

大黒天、恵比寿、弁財天、毘沙門天、寿老人、布袋、福禄寿だが、さて?
諸説あるけれど、タイを抱えた恵比寿さまは、
大国主命の第三子である事代主命 (ことしろぬしのみこと) だからねぇ。

大国主の息子とすると出雲系の神さまだが、
案外とあちこちの神社に大和系の神さまと一緒に祀られている。
あれぇ? と思ったら、大和の神だったともいう。

国譲りの際に、釣りをしていた。
なので恵比寿となったともいうし、ここいらへんは混沌としている。
ま、勝者の大和がつくった神話だから、ほんとはわからない。

そうそう、めでたいといえばマダイ。
正月の焼き鯛には、チダイあたりがおおいけれど、
マダイだと思って食べれば、鯛一族だからどーてこたァない。

万葉仮名では魚の王にたとえて太位と書いている。
このころ、貴族たちの食物の三尊は海のタイ、川のコイ、鳥の鶴であったらしい。
で、この時代の日本人の好きな色は赤であった。

だから色鮮やかなマダイが珍重されたのもうなずける。
赤飯なんてのもこの類なのだね。
が、現在の意識調査では、それが変わって日本人の好む色は青系だそうな。

タイと名がつく魚は数多あるが、ホントの鯛族は7種だけ。
そもそもが、平たい魚という意味のヒラタイだから、
身体が扁平するだけのあやかりタイはなんぼでもいるんだ。

なので、真正のタイであるからと「真鯛」と呼ぶ。
で、鯛の字が魚偏に周であるのは、
周防の国、山口県あたりでよく獲れたことに発するんだそうな。

これを備長炭でじっくりと焼きあげる。
「鯛は殿様に焼かせよ、餅は下男に焼かせろ」というのだね。
魚は気忙しく焼くものではないってことらしい。

余談だが、紫式部はイワシが好きだったらしい。
当時は、風呂に入らない。
高貴な佳人でも香をたきこめて誤魔化すくらいだった。

それを、あえて「イワシが好き」と広言した紫式部は、
魚食いごんべには、すばらしいお人。
ただ、それゆえにご亭主が難儀したという記述があるらしい。

で、「まゐらぬはなしと鰯をへらずぐち」と、
江戸川柳でからかわれるんだな。
これのどこがおもしろいかというと..............

あんた臭いんじゃないの、と亭主にいわれて、
紫式部が、どこにでもあった石清水八幡宮とイワシをかけて、
こう返したっていう下敷きがある。

「日の本にはやらせ給ふ岩清水 まゐらぬ人はあらじとぞおもふ」

庶民はイワシなんだ。
「添乳して棚に鰯が御座りやす」
長屋の女房は乳飲み子に添い寝したまま、そこにイワシあっからねって。

江戸川柳が大好きなのだな。
こういう余裕が欲しいと思う、今日この頃でありますよ。 
世知辛いからねぇ。

魚蘊蓄だとなんぼでも語るよ。
ほなあした.............

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