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2017-11

ほどほどに生臭くゥ............. - 2016.06.29 Wed

灰色の梅雨空だ。
起きてはきたが、身体の芯に疲れがある。
昨夜は何時に寝たのか記憶がない。

母を父親の許へ送った。
天寿を全うした大往生といっていいだろう。
施設で8年間穏やかな日々をおくり、眠るように旅発っていった。

ひょっとして100歳まで、と思っていたのだが、
それは残念ながら叶わなかった。
この春にパトさんを伴っていったときの笑顔が心に残る。

オレにしてみると父親の後添いであり、
義理の仲ということだから、
思春期をはさんで、なにかと葛藤があったのは事実。

ときには姉弟喧嘩のようなケンカをし、
まァ、母という感覚はもたないままだった。
が、昨日の最後の別れで、不意打ちを食らったのだ。

あそこで涙を浮かべていたのは、
ついこの間、旦那さんをなくした末妹とオレだけ。
兄妹それぞれに受け取り方がちがうけれどねぇ。

顔をのぞき込んでいると、
それがなにかはわからないが、
瞬間に涙腺のコックが開いたようだ。

14722-km12_201606290557076de.jpg

父親の会社のタイピストであったこの人は、
18歳で18歳年上の父親の許へきた。
オレの記憶にあるのは、舗道を歩いてくる靴音だけ。

いったのだそうな。
「こんなヤツ。オレのカァちゃんじゃない」
それは18歳の心に刺さったらしい。

「とと姉ちゃん」をみていて思った。
へぇぇ。戦前のタイピストは職業婦人だったのだ、ってね。
父親は当時、従業員300人の会社の社長だった。

オレはバァちゃんにぶら下がって育ったから、
就学以前のこの人の記憶はあまりない。
それから5人の子供を育て、父親を見送ってのちは施設のお世話になった。

それぞれの子供の連れ合い、孫と曾孫の総勢36人。
考えてみれば、これだけ多くの絆を残したのだなァ。
まさに、母は偉大であるのだ。

父親は、この人を残してゆくことが、相当に辛かったらしい。
自分の死を悟ったとき、オレの手を痛いほど力を込めて握り、
「たのむ」と何度も何度もいった。

そのあたりの年の差婚の機微っていうものが、
いまごろになって理解でき、
「オヤジ、さぞや切なかったろうな」と思うのだ。

で、オヤジの元へ旅発っていったわけだが、
もしも、そういう世界があるとすれば、
父親がテレながらも喜んで迎える姿が目に浮かんでくる。

14722-km08_20160629064759523.jpg

シアワセな人であったと思う。
父に溺愛された18歳の幼妻は、そのまんま我が儘バァちゃんとなり、
子供たちに「もう........」といわれながら91年の生涯をおくった。

そして、昨日の夕方バァさんはちいさな箱に収まって、
わが家へやってきた。ここからは、不肖の倅が供養をしてゆく。
パトさんも、この春にあってもらっといてよかった。

そのとき「よかったねぇ」と喜んでくれたからね。
ま、なにごとも縁。
2人で大事にしてゆきたいと思っている。

喪主を務めたわけだが、ああいうのは疲れるねぇ。
腰に鈍い痛みが残った。
参列者は、その縁のうちの身内だけ。

せんぶを、用意してくれていたわれわれへの想いで賄った。
ま、ありがたいことだった。
我が儘バァさんだったが、最後の始末は自分でしていったのだ。

14722-km06_201606290648001a4.jpg

つかれたびーってのが本音。
お寺さんにもセレモニー会社にも、
かわってきたか、という印象があった。

詳しくは知らないが、amazonでお葬式が買える時代だよね。
普通は4人さんのお寺さんも、2人さんで受けていただき、
セレモニー側も、こちらの考えに添って運んでもらった。

いままでみたいな、とんでもないオカネがかかるってのは、
いつまでも通用しないと思う。
だからといって、なんにもしないっていうのもねぇ。

少しずつ時代が動いてゆき、
それぞれなりの思いを故人にかけてあげれられる。
そういう日がきているように思った。

14722-km04_201606290648030a1.jpg

こういう集まりを通してパトさんの居場所ができる。
彼女は、すんなりと何十年も傍にいるようだった。
みんなの受け容れも自然でありがたい。

正直にいうと、オレの心の中には、なんかしらん。
ほんのちょっぴりの違和感というか、申し訳なさというか。
そんな本心がどこかにへばりついている。

いつだったか、以前の住み処で下の交差点で事故があり、
その救出に時間がかかって、大きな声が飛び交って、
それが、オレの潜在意識を刺激してか、気分が悪くなったのだ。

亡き人をを救急車に乗せるまでの情景が、
ごんべの頭んなかでフラッシュバックして混乱した。
軽いパニック症状になっていたのだ。

振り払っても、振り払っても、消えずに、
しかたないから、デパスのお世話になって眠った。
これが6年目くらいのことだからねぇ。

カフカフ仲間に聞いてみたら、
「どんまい、どんまい...............」
10年経っても、消えはしないよっていわれたのだ。

パニック症状になると、脳味噌が混乱する。
救急隊がくるまで、心臓をマッサージしていた感触と、
カミさんを連れ出した救急隊員の大きな声とが蘇って息苦しくなる。

涙がとめでもなく流れて、偏頭痛がするのだ。
昨日の最後の別れで、どこか肩込み上げてくる感情を抑えきれず、
洟水ポタポタ落とし、あれぇ?? と思ったのも、まだ、残っていたそれ。

いつだったか、伊集院静さんの「いねむり先生」を買ってきて、
そんなつもりじゃなかったのに、読みかけて放り出した。
オレの潜在感情とがオーバーラップして読めなかった。

主人公であるサブローが、つまり伊集院氏が、
女優であった妻のポスターをみて混乱するシーンがあった。
妻、夏目雅子さんを失ってのちフラッシュバックに悩まされ続けたという。

そこがオーバーラップするから、その先が読めない。
いつか読める日がくるまでと、書架へしまいこんであるが、
いまだ読了はしていない。

人の死が応えるだけではないと思う。
そのヘンの感受性というか、センサーが敏感になったままなんだ。
でもね。素直に涙を流せばいいと思っている。

隠すことでもないしね。
流す度にオレの心が素直になってゆく気がする。
あまりにも素直だとホトケになっちゃうから、ほどほどに生臭くゥ。

さて、花瓶を買いにいってくるどー。
花束をさすほどの大きなものがないのでね。
ほなあした................

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