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2017-11

不尽の高嶺に雪は降りける - 2016.05.21 Sat

寝足りて目覚めたらあたりは明るくなっていた。
いつも通りに一気に眠った。
めずらしく隣のベッドも眠ってる。時計みたら7時だった。

ま、2人ともよく眠ること。
この家の居眠り妖怪でぃは2匹になったらしい。
睡眠は長ければいいってもんじゃないらしい。

平均して6.5~7.5時間がベストで、これくらいが統計的に、
いちばん長生きしているそうで、これ以上眠っても惰眠らしい。
オレ、ここのところ平均6時間30分。

珈琲片手にぼけぇぇ..............
電線にはぐれ雀が1羽、周りを見渡して、しょんぼり。
仲間はどこへいったのか、いつも4、5羽はいるのにねぇ。

ま、以前の住み処のような自然はないけれどねぇ。
住めば都という通り、ここへ超して、あとすこしで11ヶ月。
はやいもんだねぇ。

16521-a1.jpg

昨日の桝添知事の会見を呆れて見ていた。
「第三者の厳しい精査を受ける」とこれしかいわなかった。
あんなもん。釈明になってないよ。

突っ込むメデイアもアマいよねぇ。
自分の選んだ第三者なんて結論はわかってんだろ。
都議会も解散されると困るので、これ以上糾明しないのだとか。

なんだこりゃァ、で終わっちゃうよ。たぶん。
どなたかが、弁護士というならば、かの橋下さんでは? といった。
これは適任だと想う。

でも、自分にヤバイ人は人選しないね。
いいのかこれで..............
怒れ !! 東京都民。

15515-r3.jpg

痩せるには食べないのがいちばん、どなたかがいった。
そりゃそうかもしれない。
が、食うってことはオレにとったら、かなりの愉しみだからね。

体重は現状維持、増えもしないが減りもしない。
掛かり付けセンセにそういったら、股の筋肉押さえてみて、
これだけ筋肉がついてれば、別にダイエットすることもないですよ。

血圧も正常値だし、これでいいです。
え? って思った。
自慢の足は、ぱんぱんに硬いし、年齢なりの筋肉も健在。

朝はキャベツだけ。昼はパンとチーズ1切れと野菜。
晩はちょっと多いけれど、ごらんのようにご飯もちょっぴり。
肥満の要素はないのにねぇ。

おひとりさまのときに食べていた十八穀ご飯を、
なんとしたかパトさんが採用した。
2人とも赤飯が好きだから、固めに炊けるこれがいいと意見一致。

まァ、この穀物類になんらかの効果はあるんだろうか。
いれないよりはよかろう。
それくらいの意識しかないけれど..........

15516-s4_2016052108124819c.jpg

よいしょ............ と声かけて立って、
いてててぇ............ というのはオマケ。
痛いんだ。どこがって腹の皮か、そのへんの筋肉かな?

スクワットと腹筋の30 回1セットを3回こなす。
両手に2kgずつのダンベルもってね。
で、余裕あれば足踏みを足首がナマってくるまでする。

その、いてててぇ.......... がパトさんの口から出た。
なんだ、なんだ。ぎっくり腰か??
動けないなんてヤだぜ。オレが動かなきゃいけないじゃん。

背中に、湿布薬貼ってやった。
効いたって、車に乗って買い物にでてゆき、なんかしらん、
いまごろ着るんだって、上着を買ってきた。

ま、いいでしょう。
それくらいのバイタリティあればね。
え? また買ったのかえ??

15515-r1_2016052108125135a.jpg

万葉歌人の山部赤人に、
 「田子の浦ゆうちいでて見れば 
  真白にぞ不尽の高嶺に雪は降りける」がある。

蒲原から由比に至る駿河湾沿いからの富士山の眺めは、
万葉の歌人も弥次さん喜多さんも、
いま新幹線の車窓から見ても素晴らしい。

田子の浦といえば、製紙工場の垂れ流しヘドロで、
有名となってしまった田子の浦港が頭に浮かぶけれど、
赤人の頃は薩捶峠から富士川の辺りの海を田子の浦といったらしい。

「ゆ」であるから「由」、つまり、このあたりを通ったら、
富士山がキレイだったねぇ.........
ってことだとずいぶんまえに教わった憶えがある。

常に、この富士山を背景に釣るのが清水港、
日本一のロケーションを誇るクロダイ釣り場なのだ。
興津に明治の元老、西園寺公望公の別荘坐漁荘があった。

ここにときの政府の要人がお伺いをたてにくる。
さらには政商も加わり、興津の浜から船をだしての遊興釣り三昧。
時には三弦の音色も聞こえたという。これを大名釣りという。

この船宿の名残が、いまの清水港のクロダイのカセ釣り。
不肖ごんべもずいぶんと通い詰めたものだが、
いまはどうなったことやら..........

駿河湾へ東名高速が一気に下りるのが薩捶峠。
平安のころに漁師の網で薩捶地蔵の石像が引き上げられ、
その山の上に安置したのが地名の由来だとか。

あまり高い峠ではないが海岸に迫り出し、
当時の旅人にとっては難所であった。
貴人は船で往き来し、庶民は干潮時に浜を駆け抜けたとか。

現在も東海道線、国道1号線に加えて、
延々と続くテトラポットに守られた東名高速が狭い間に並ぶ。
ま、なんにしても、現在も東海道の急所ではある。

いまでこそ漁船が漁場を知るには、人工衛星を使ったGPSで、
誤差も少なく往くことができるが、
ひとむかし前までは漁師のヤマタテに頼ったのだ。

つまり、海岸ちかくの峠や小高い山の目標物を繋ぎ、
海底にある岩根の所在を知った。
駿河湾は日本一深い湾なのだが、ここの湾口に石花海という瀬がある。

これは、駿河湾口にそそりたつ海嶺 (海の中の山) の頂上で、
最も浅い所で水面から37mほど。
その東側は2000mの駿河湾海溝、西側は800mの斜面となっている。

この起因は2つのプレートのぶつかりあう皺らしいのだが、
これを八丁艪で漕いでゆく時代にどうして知り得たのかが不思議。
それをまた、ヤマを繋いでゆけた先達の知恵は驚異に値する。

こんなエピソードがある。
大正15年、海図作成のために役人は石花海への案内を漁師に請うた。
が、漁師たちは親代々の米櫃である瀬が知られるの恐れて、拒んだという。

やむなく出て行った測量船が、駿河湾口で石花海を探り当てるのに、
かなり苦労をして数カ月を要したらしい。
こういうはなしを聞くと、むかしの人は凄いなァと思う。

今日の記事は、ごんべエッセイ「釣り百話」からの抜粋。
ほなあした...........

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