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2017-07

昭和は遠くなりにけり - 2016.04.29 Fri

雨後の風が夜遅くまで窓を鳴らしていた。
まるで真冬のような強い風だったが、寒くはなかった。
明けてGW初日の今朝は真っ青な空。

通勤の車の渋滞がすくないと思ったら、旗日だね。
あ、これも死語だな。日の丸だしてる家なんてないもんな。
今日は「昭和の日」。昭和天皇の誕生日だった。

6chローカルで昭和のモノを探すコンテンツがある。
この家も2人が大断捨離したおかげで、
昭和のモノはほぼなくなり、あるのはオレたち2人くらいか。

16429-a1.jpg

パソコンデスクの向こうの三つ並んだ本棚の隅にあったね。
オレが大事にしている昭和のモノ。
このカメラはMINOLTA SR-7 といい、昭和40年に買った。

不肖ごんべが初めて買った一眼レフ。
なんでか、捨てずにとってある。
そういえば、娘が高校生のときにも写真部でつかってた。

露出計がカメラ内蔵になりはじめた頃で、まっしろけ写真は激減した。
この次のボーナスで現像用具一式を揃え、
週末の夜は風呂場にこもって、現像、焼き付けをしたのだ。

以来半世紀、カメラもずいぶんと進歩した。
小学生で父親からもらったフシカシックスより始まって、
何台つかったかしらないけれど、このSR-7が原点。

15511-km5_201604290929127f4.jpg

中二階にカビ臭い叔母の書斎があって、
そこに無造作におかれた革のトランクがあり、
ある日そっと開けてみるとフィルムが一杯詰まってた。

そのフィルムの中から、蛇腹式のカメラが出てきたのだ。
それがフジカシックスだったかは記憶がない。
FUJICAだったのはかすかに憶えている。

で、これを父親にもらいうけ、写真を撮ったのが小学5年生くらい。
夢中で撮ったけれど、バァちゃん撮れば首が切れるゥ。縁起でもないと叱られたァ。
当時のカメラはむつかしいのなんの。

それを父親にいったら行きつけのカメラ屋につれていってくれ、
新しい二眼レフを買ってくれるというんだからうれしかった。
実際に手にして、ファインダー覗いて、もう有頂天。

時代は二眼レフになっていて、リコーフレックスを憶えている。
が、それっきり父親はこなくなった。
だから、学校帰りにカメラ屋のウインドー覗いて溜息つくのだ。

結局は二眼レフを手にすることはなかった。
父親の会社が倒産したからだ。
家財道具の赤紙べたべたは、このちょっとあと。

15511-km7_20160429092914357.jpg

バイト時代に、キャノンオートボーイ買うんだね。
これが自分で買ったカメラの初代。
測光のセンサーがレンズの周りについてた。

そろそろカラープリントの時代になっていたが、
なんかしらん、モノクロームで撮る。
社会派という写真家の真似事で、あえてモノで撮っていた。

このころ、ちょっとだけ写真講座を受けたことがある。
食うや食わずのボンビー野郎だったから、
なにを教わったかは憶えていない。

このときの勉強仲間からプロと呼ばれる人が二人。
のちに、某所でであって酒を飲むのだが、
そのうちの一人はセンセと呼ばれるポジションになった。

オレはっていうと、喀血してTB病棟ゆくわけで、
考えてみれば、オレのカメラへの思いは挫折ばかり。
やっとSR-7を手にしたのは所帯もって2年目。

あァ、昭和は遠くなりにけり。
活躍した人々の旅発ちも寂しい限りではあるが、
よき時代を生きたのはたしかだから、ま、よしとする。

15511-km8_20160429092915f3f.jpg

永井荷風の作といわれ、
淫文としては有名な「四畳半襖の下張」(野坂版)の書き出し。
で、野坂昭如氏の現代語訳全文が、このサイトのどこかにあった。

 なにはさておき男の楽しみは、○○○○につきる。
 それは十人十色、札束積み上げてニタニタ笑い、
 地位、権力を手中にご満悦の..........

いつしか、その存在を忘れ、リンクも消滅。
いつぞやのリストアで完全に消えてしまったようだ。
ま、それはいいとして.....

野坂昭如氏の現代語訳が昭和47年、猥褻文書として摘発され、
いわゆる「四畳半裁判」で敗訴した。
たしかに伏せ字が連発されるが、内容としたら現代小説のほうが凄い。

さほどに、性に関するタブーは雪崩的にオープンになってきた。
で、Blogなるものが普及すると、さらにエスカレートも極みに近づく。
アダルトのカテゴリーでやられる分には、どーてこたァない。

そこにいくいかないは、個人の意志だからねぇ。
ただし、いかに匿名性があるとはいえ、一般のカテゴリーで、
それらしきタイトルがちらりほらりする。

後学のために一度は覗きにいく。
閨の事々、自らあからさまに晒してあるのをみると、
オレは、尻に帆掛けて逃げてくる。

大正は浪漫といった。昭和の戦後はエログロナンセンス。
ま、早熟のごんべ少年、こういう戦後どさくさ文化も知っている。
あれはあれで昭和らしさであった。

インターネットをはじめたのは、1999年。
ADSL以前のもうイライラする接続のなかにおいて、
タイムイズマネーだから、オンライン、オフライン繰り返した。

で、NTTの請求書みれば、卒倒しそうな金額。
興味のひとつがエロにあったのは否めない。
PGFがどうしたのという徒花情報が行き交っていた。

制限されるから見たがる。DLがままならぬから見たがる。
しかるに、海外直リン画像があふれる現在、
そうしたものには嫌悪しか感じないのも事実ではある。

物事過ぎたるは及ばざるがごとし。
おまえがジジィになったからだろって? ま、そういうなかれ。
昔からエロスの神髄は、そこはかとなきところにあるのだ。

そこはかとなき着衣の下のチラリ覗く丸みに、
久しくうたた寝の愚息が目を醒ますのだ。
が、四畳半といって、ピンとくる世代はどこまでだろう。

いまは、ワンルーム、鰻の寝床のようであるからね。
ごんべが棲息していたのは、四畳半ならぬ、
都会の片隅の、雨が降るとどこやらから蛞蝓でてくる三畳間だった。

万年布団に座り机がひとつ。押入はない。
部屋の四隅に本が山と積んであった。
三畳だと、足を机の下にいれないと寝られない。

薄暗い部屋の裸電球に照らされた、天井の染み眺めつつ、
己が行く先考えて、青春悶々の日々を送っていたのは最初の1年。
後は麻雀屋にくすがりこみ、食うも寝るも成り行き次第。

喀血して療養所に移るとき、
三畳間の畳には布団の跡がくっきり残っていた。
ま、戦後の昭和がやっと活気づく直前のはなし。

四畳半襖の下張、最後の一節。
次に記して、本日はおしまい。

 ともに横たわり、手を握りあっていた、
 そしてようやく、これが女と合点がいった。
 この夜に較べりゃ、他はすべて白漬みたいなもの、 
 俺は女を落籍せて........... (あとは汚れて判別しかねる)

最後の章は「自分史よりの抜粋」なり。
ほなあした.......

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