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2017-08

きょとんとするほど呆気なかった - 2016.02.24 Wed

ぼけぇぇ..... と起きてきて、今日は なん日だと、
カレンダーみて見つけたどー。今年は閏年なんだな。29日がある。
サラリーマンのときは、なんか損した気がした。

ま、1日多いってのも、毎日がサンデーではどーてことない。
今日を明日へつないで一日を過ごす。
なんかしらん。いいご身分やねぇ。贅沢いっちゃいけない。

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 ↑ 朝フォト

なんて愁傷なこといってるのは、
ネットニュースで切ない記事を読んだからなんだね。
83歳の夫が妻を殺害し、食を拒否して亡くなったというニュース。

 「こんなはなし」←click

老々介護の果てなのだから、身につまされる。
それにしても、食を断つという意志の強さはどうだろう。
自ら手にかけざるを得なかったことへの意志なのだな。

つまりは、愛と償い。
なかなかできるこっちゃない。
してみると、「なぜかわからない」という警察談話の白々しさ。

そういわなければならない、なにかがあるのか。
若者たちがコメでこれを指摘している。
なんにしても、切ないニュースであった。

あの不倫議員の補欠選挙に2億円かかるとか。
ええ加減にせぇや............
怒りが、沸々と湧いてくるねぇ。

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めったに余所さまのBlogをのぞいてもコメを残さない。
心を伝えるってコトに臆病になっているかもしれないのだな。
残しても、できるだけ簡潔にしている。

不肖ごんべ、ま、よく泣いたもんだねぇ。
「てんちゃら...........」はぐしょぐしょBlogだったこともある。
泣くということは、ストレス解消であったのだ。

人間は、おのれの弱さを知ったときに泣く。
ただし、自分のハートを立ち直すのは、自分でしかない。
この鉄則も学んだ。

やがては、泣いてばかりではおれんでぇ...... に変化する。
ここがねぇ。人間の脳のメカニズムの優れたところだねぇ。
みずから立ち直ってゆこうとする。

つまりは、変わり身のできるのが人間。
そして、おなじ穴凹にいる人の心に敏感になるんだな。
わかったような気がしてしまうのだ。

これが、しばしば、ややこしや........ のもとになる。
傷心だからこそ、デリカシーの壁はある。
ここが肝心なのだ。

たとえば、おなじように別離に戸惑っている人がいても、
そっと見守ってあげたり、一緒に振り返ってあげることはできる。
けれども、それ以上は踏み込んではいくことはできない。

静かに見守ることで、
その共鳴の余韻を消さずにいけたら、それでいい。
踏み込みすぎると、ときに不協和音になりかねないからねぇ。

触れあえそうで、すれ違った人も何人かある。
不協和音には、非情になってもいい。
なぜならば、おのれのハートがいちばん大切だからだ。

それを守るのは最優先なんだな。
そっと逃げる。
それ以上は触れあわずに、そっと逃げる。それでいい。

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食後の炬燵にずんぶりで、
ロンハーの私服がダサいRankingみたいなのを観ていた。
あの、泣き節ばかりのころから、バラエティしか観ないのだ。

たとえば、ドラマをみれば、その他人の絵空事が白々しくて、
わが身の不幸ばかりが、おのれを責めるから、
けらけら、けらと笑って、あとになんにも残さないくだらいのがいい。

いつでも心をかばってる。
最近になって、ようやくのこと、
テレビの映画がみられるようになった。

もう、まえのようには泣かないけれど、
涙もろくなったなァと思う。
心がぬかるんだままってことはないはず。単なる加齢だけだな。

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新しい生活に向けて踏み切ったのは、昨年の5月だった。
娘と婿殿に、かくかくしかじかとはなしをしたのだ。
娘は、あっさりと「わたしはかまわないから......」といった。

父親としてのごんべはかなり構えていたのだねぇ。
もしも、娘が「それは受け容れがたい」といったならば、
そのまま、おひとりさまでいるつもりだった。

母を失ってからの娘の時間経過と、連れ合いを失った父の時間経過に、
かなりのズレがあったことは事実であった。
父は現実的にならざるを得ない。娘は母を失った哀しみの向こうに父をみている。

その時間のズレはつよく感じていたから、
それなりの覚悟はあったのに、
娘の返事は、拍子抜けするほどあっさりしていた。

いつのまにか、母親という眼鏡がなくなって直接父を見ていたのだねぇ。
娘の時間が父の時間に同期するのに8年かかったのだけれど、
かまえていたオレが「え?」と、きょとんとするほど呆気なかった。

 独り身も八歳となりぬ青紅葉  ごんべ

あのときの心象であった。
窓の外の青い紅葉の葉が清々しかった。
父親としての思いは伝わっていたように思う。

世の中は皮肉なものだねぇ。
熟年離婚して、あァ、せいせいしたという人もあれば、
連れ合い失って哀しみの坩堝にはまる人もある。

家族の絆に憧れて、それを大切にしてきたのに、
そのオレが、なんで独り身の晩年を送らねばならんのか。
そう嘆いたこともあったのだ。

最近になって、
パトさんと娘が笑って話してるのをみて、
あのときの迷いは、無駄でなかったと心から思う。

さて、このヘンにしてどっかゆくよ。
ほなあした...........

20chaplin_20131128081945c5b.gifゆぁ・はっぴー?
 
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● COMMENT ●

寒い日ですよ~~☆

>パトさんと娘が笑って話してるのをみて、
>あのときの迷いは、無駄でなかったと心から思う。
良かったね~♪
とてもいい光景が私にも見えました^^

息子が結婚をした時に、一抹の寂しさ・・・。
喪失感に襲われましたが
ごんべさんに、
いつか、大きな喜びになって返ってくるよ、、、って励まされて。
今私もそれを実感しています。
息子が結婚をしないでいつまでも家に居ることよりも
今がどんなにか幸せだとはっきり言えるまでになりました。

なんていうのだろう

気持ちの持ちようが、どんなにか大事なことだよぉ~と。
いい方向へ向かせてくれる人が居る幸せ。
そう感じて行動が取れたから
私も、誰かに声を掛けてあげれる日が来たら嬉しいわ!


おめでとう、
春にふさわしい、素敵な光景でしたね。

ありがとう (^_^)/

菜菜さん

>今私もそれを実感しています。

家族の絆って、ごんべにも菜菜さんにもタカラモノ。
絆があってシアワセって思えるものね。
はからずも満たされないときがあったからこそ、
いまはそれの真の価値を知ってるんだと思う。
ほんとうに大切に思えるんだね。

うん。もっと大きなタカラモノ。
お孫ちゃんはいつだろうね? ね?


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