目覚めると自分以外の物音がする...
- 2009-01-04(08:11) |
- 遊々爺的生活
一人でないのは いいね。
目覚めると、自分以外の物音がするのは9ヶ月ぶりだもんなぁ。
娘の計らいで、そのまた娘の Nagi が昨夜からきている。
アニメヲタの彼女は、CS放送のアニメを一日中見ているのだけれど、
それでも、そばにいてくれるのは愉しい。
きっと、このコが大好きだったカミさんも喜んでいるネ、きっと...
昨日は、月命日なので娘と一緒に丘の上へいってきた。
正月の墓地にはけっこう人がいて、線香の匂いがほのかに漂う。
誰かがきてくれたあとで、まだ、お線香が燃え尽きてはいなかった。
で、今朝は風もなくて穏やかな日和。
Nagi がメモみながらつくってくれた雑煮をカミさんに供えてやった。
「ひとつくらい食べてよ...」と、いつもいっていたね。
あの人は雑煮が好き、ごんべはあまり好きではないが、
仏壇から下げてきた雑煮を一つだけ食べる。
なぜか、鼻の奥がツーンと痛くなった。柔らかな餅が美味かった。
もう、4日。すっ飛ぶように月日が過ぎていく。
いつまでも悲しんでばかりはいられない。
2009年をごんべ再生の年にしなければ...

三年前 の正月の日記。
穏やかな日和。カミさんも元気になって、まずまず。
心配した娘がきてくれて、二人は並んで珈琲を飲んでいる。
朝、キッチンの音で目覚めた。
朝餉の匂いもする。大丈夫か、声をかけて起きる。
芯があって強い人だから、いつも、ごんべに弱いところ、見せまい...とする。
だから、昨日だって酸欠で倒れて冷たくなってしまうのだ。
あと、2時間....発見が遅れたら笑い話ではすまなかったかもしれない。
現実に2時間くらい意識がトンでいるのだ。
障害のこと、
もう一度二人で向かいあってみないといけない。
この倒れたのが自殺未遂だった...と知ったのは、通夜の夜中。
初めて娘に聞いて、ごんべは号泣した。
眠剤を半年貯めて飲んだのだが、いまの薬は死にはしない。
ごんべに負担をかけまいとする。
一日でも長く、傍にいたい... けれど、体力は日に日におちていく。
このまま、寝込んでしまったら...
その葛藤を思うと、いまでも胸を締め付けられる。
あなたより三日は余計に生きなければいけない...
そういっていた人が、自ら命を絶つほどの苦悩を抱えていた...
その事実は、ごんべを打ちのめした。
彼女がいなくなって、ごんべが落ち込んだのは、
哀しさ、寂しさ... からではなかった。
彼女の苦悩を分かってやれなかった悔しさ...である。
のほほんとしていた自分への悔しさ...である。
いまでも悔いている。
で、その数日後の日記。
ね、ね、ね。こっちでテレビ観てもいい?
カミさんが、珍しくも、ごんべの部屋でテレビ観ている。
それが「冬のソナタ」なんだね。
横目で観ていると、まどろっこしい。
カミさんも初めてみるんだと。あ、これは「君の名は」だと(フルいねぇ)。
我慢出来ずにカメラもって外に逃げ出した。
ごんべは迂闊にも気がつかなかった。
それからあと、カミさんはなにかと理由つけては、
ごんべの傍で過ごすことが多かったのに...
1月はつらい。
その日、14日が近づいてくる。
どこかに逃げ出してしまいたい。

一昨年あたりは 正月前後に「爆弾低気圧」が頻繁に通過していった。
誰が名付けたかは知らないが、この名称は好きではなかったが、
今冬あたりは、なぜか、こないようである。
風化したか、あるいは、まったく知らないのか。
この国だって、「爆弾」という言葉に無反応な人ばかりではないはず。
戦争の悲惨さを背負っている人たちは、いまも残っている。
幼子だった、ごんべの記憶のなかにも、
うおーん、うおーんと不気味な爆音を響かせて高空を飛ぶB29がある。
電気に黒い布を被した記憶もある。
あちこちの"穴ぼこ"は爆弾穴だったし、
誰某の家は"爆弾直撃"で家族全員が一瞬で消滅していたという話も初中終きいた。
60余年過ぎたって、あの記憶は消せるものではない。
この街は、何度も、何度も...
空襲によって爆弾攻撃を受けている。
無神経に「爆弾」という言葉を使うけれど、はなはだ不愉快である。
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目覚めると、自分以外の物音がするのは9ヶ月ぶりだもんなぁ。
娘の計らいで、そのまた娘の Nagi が昨夜からきている。
アニメヲタの彼女は、CS放送のアニメを一日中見ているのだけれど、
それでも、そばにいてくれるのは愉しい。
きっと、このコが大好きだったカミさんも喜んでいるネ、きっと...
昨日は、月命日なので娘と一緒に丘の上へいってきた。
正月の墓地にはけっこう人がいて、線香の匂いがほのかに漂う。
誰かがきてくれたあとで、まだ、お線香が燃え尽きてはいなかった。
で、今朝は風もなくて穏やかな日和。
Nagi がメモみながらつくってくれた雑煮をカミさんに供えてやった。
「ひとつくらい食べてよ...」と、いつもいっていたね。
あの人は雑煮が好き、ごんべはあまり好きではないが、
仏壇から下げてきた雑煮を一つだけ食べる。
なぜか、鼻の奥がツーンと痛くなった。柔らかな餅が美味かった。
もう、4日。すっ飛ぶように月日が過ぎていく。
いつまでも悲しんでばかりはいられない。
2009年をごんべ再生の年にしなければ...

三年前 の正月の日記。
穏やかな日和。カミさんも元気になって、まずまず。
心配した娘がきてくれて、二人は並んで珈琲を飲んでいる。
朝、キッチンの音で目覚めた。
朝餉の匂いもする。大丈夫か、声をかけて起きる。
芯があって強い人だから、いつも、ごんべに弱いところ、見せまい...とする。
だから、昨日だって酸欠で倒れて冷たくなってしまうのだ。
あと、2時間....発見が遅れたら笑い話ではすまなかったかもしれない。
現実に2時間くらい意識がトンでいるのだ。
障害のこと、
もう一度二人で向かいあってみないといけない。
この倒れたのが自殺未遂だった...と知ったのは、通夜の夜中。
初めて娘に聞いて、ごんべは号泣した。
眠剤を半年貯めて飲んだのだが、いまの薬は死にはしない。
ごんべに負担をかけまいとする。
一日でも長く、傍にいたい... けれど、体力は日に日におちていく。
このまま、寝込んでしまったら...
その葛藤を思うと、いまでも胸を締め付けられる。
あなたより三日は余計に生きなければいけない...
そういっていた人が、自ら命を絶つほどの苦悩を抱えていた...
その事実は、ごんべを打ちのめした。
彼女がいなくなって、ごんべが落ち込んだのは、
哀しさ、寂しさ... からではなかった。
彼女の苦悩を分かってやれなかった悔しさ...である。
のほほんとしていた自分への悔しさ...である。
いまでも悔いている。
で、その数日後の日記。
ね、ね、ね。こっちでテレビ観てもいい?
カミさんが、珍しくも、ごんべの部屋でテレビ観ている。
それが「冬のソナタ」なんだね。
横目で観ていると、まどろっこしい。
カミさんも初めてみるんだと。あ、これは「君の名は」だと(フルいねぇ)。
我慢出来ずにカメラもって外に逃げ出した。
ごんべは迂闊にも気がつかなかった。
それからあと、カミさんはなにかと理由つけては、
ごんべの傍で過ごすことが多かったのに...
1月はつらい。
その日、14日が近づいてくる。
どこかに逃げ出してしまいたい。

一昨年あたりは 正月前後に「爆弾低気圧」が頻繁に通過していった。
誰が名付けたかは知らないが、この名称は好きではなかったが、
今冬あたりは、なぜか、こないようである。
風化したか、あるいは、まったく知らないのか。
この国だって、「爆弾」という言葉に無反応な人ばかりではないはず。
戦争の悲惨さを背負っている人たちは、いまも残っている。
幼子だった、ごんべの記憶のなかにも、
うおーん、うおーんと不気味な爆音を響かせて高空を飛ぶB29がある。
電気に黒い布を被した記憶もある。
あちこちの"穴ぼこ"は爆弾穴だったし、
誰某の家は"爆弾直撃"で家族全員が一瞬で消滅していたという話も初中終きいた。
60余年過ぎたって、あの記憶は消せるものではない。
この街は、何度も、何度も...
空襲によって爆弾攻撃を受けている。
無神経に「爆弾」という言葉を使うけれど、はなはだ不愉快である。
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