寝不足の脳味噌はセンチメンタル
- 2008-11-26(08:15) |
- 遊々爺的生活
脇腹の上あたり が、しくしく痛い。
この腰骨あたりというのは、腎臓結石が動き出した痛み。
内臓の痛みというのは、耐え難い。
ベッドへ入ったが眠れない。
冷蔵庫のなかの座薬の場所だけ確認しておいて、
テレビで映画をみていたら、知らぬ間に眠っていた。
で、次に目覚めたのが3時40分で、
四角四面の炬燵に首まで潜り、綿入り半纏抱えたまま、
痛みが突き上げるようになってきたので、辛抱たまらず座薬を入れた。
効いてくるまで...とパソコンスイッチ入れたが、
マウス握ったままで、こっくり、こっくり。
そのうち、窓の外が明るくなって、全部つないでも睡眠4時間の夜が明けた。
座薬が効いているから痛みはない。
食べもの変化からだろうか、この間から、結石が動く。
内臓エコー検査は、結石以外になんら異常なし。
うちの家系の男は癌がひとりもいない。
朽ち木の枝が、ごくごく自然に、己の重みで折れるように、
そぉぉ...と折れて、永い眠りにつく。
ごんべも、そうありたい...とは思うが、
こればかりは天の思し召し、
掌の端までまわり込んでいる生命線みながら、ため息つく。
父親や祖父の大往生した年齢まで、あと20数年。
オレって、どう生きていくんだろう。
おまえって...
寝不足の脳味噌はセンチメンタル。
久々に、ちょっとだけ眼球が濡れた。
最近の涙は理由がない。ちょっとだけ想い出して、ちょっとだけ瞼濡らす。

マグロが高くなる というニュース。
ま、その日に獲った魚がたべられるという土地柄だから、
ごんべは、カツオ派である。
だから、ごんべ個人にとっては、
マグロが食べられなくても、それほど大きな問題ではない。
たまに、カツオが食べられればいいわけだ。
マグロが食べられないと困るゥ...というけれど、
そろそろ、いつまでも飽食のままでいられないことを、
われわれも悟らなければいけないのだね。
ごんべは、マグロのトロよりも、
セグロイワシの刺身や、アジのタタキが好きな人である。
なぜならば、新鮮でないと出せない魚であるからだね。
都会に住んでいるときには、恋こがれた味でもあった。
だいたい、沖へ釣りにいくときは、
今晩の肴用に別のクーラーボックスを持参し、処理万端整えて持ち帰る。
釣って鈎を外したそのときから、
こいつを今夜食おう...と決めて丁寧に血抜きをし、
適度な海水に適度な氷を入れ、その中に適度な数の魚をいれてもって帰る。
これほどに、手を尽くせば旨くないはずがない。
釣り師冥利に尽きるのである。
わが家の伝統に従って、ごんべも最初は厨房にたった。
が、いつしか、包丁研ぎだけになった。
カミさんの手際がよすぎて、次第にごんべのでる幕がなくなったのだ。
大きな骨を切るときだけ、お呼びがかかる。
旨い魚が食えるのは釣り師の特権。美味い魚が食いたくて釣りにいく。
だから、食わない魚はハナから釣らない。
無益な殺生はできるだけ避ける。
釣ってから放すのは、魚に対して失礼だ。
食わない魚に関わりを持ってはいけない。
キャッチ&イート。釣ったら食う。食わない魚は釣らない。
これが、ごんべの釣り哲学。
ああ、美味い魚が食いたいなぁ...

愛用のデジガン PENTAX *istD が寿命尽きたかも知れない。
測光があやしいのだね。
ちょっと明るい被写体だと露出オーバーもいいとこで、真っ白トビ。
2004年購入だったから、ま、酷使して5年というところ。
あと2台あるからいいけれど、この機種の写真の出来には愛着がある。
今年買ったK200Dでは、逆立ちしても出せないのだ。
しかたないから、もう1台をめざす。
10万円貯まったときの最上級機をターゲットにする。
撮れたものが違うのだから、やはり、カメラはカネを出さなくてはダメ。
ああ、底なしの道楽だな。
ま、これが生き甲斐だからね。
最近のごんべは メカ音痴というか、深く考えたくないというか、
理屈をこねたくないというか、
もう、難しいこといい並べる人は苦手になってしまったのだね。
写真なんてフィーリングだけで、いいじゃないか...と思っている。
メカを憶えようとする暇があったら、
カメラワークの感性磨いたほうがいい...と思っている。
理屈はあとで考えればいい...という、
いくら理屈講釈いったって、作品はすべてを物語るわけだし、
考えてる間に動いた方が賢明ではないか。
が、機械の性能というのは、どうしようもない。
普及機で充分、腕前でカバーなんて、おこがましいね。
カメラだけは、高価なものがいいのだな。
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この腰骨あたりというのは、腎臓結石が動き出した痛み。
内臓の痛みというのは、耐え難い。
ベッドへ入ったが眠れない。
冷蔵庫のなかの座薬の場所だけ確認しておいて、
テレビで映画をみていたら、知らぬ間に眠っていた。
で、次に目覚めたのが3時40分で、
四角四面の炬燵に首まで潜り、綿入り半纏抱えたまま、
痛みが突き上げるようになってきたので、辛抱たまらず座薬を入れた。
効いてくるまで...とパソコンスイッチ入れたが、
マウス握ったままで、こっくり、こっくり。
そのうち、窓の外が明るくなって、全部つないでも睡眠4時間の夜が明けた。
座薬が効いているから痛みはない。
食べもの変化からだろうか、この間から、結石が動く。
内臓エコー検査は、結石以外になんら異常なし。
うちの家系の男は癌がひとりもいない。
朽ち木の枝が、ごくごく自然に、己の重みで折れるように、
そぉぉ...と折れて、永い眠りにつく。
ごんべも、そうありたい...とは思うが、
こればかりは天の思し召し、
掌の端までまわり込んでいる生命線みながら、ため息つく。
父親や祖父の大往生した年齢まで、あと20数年。
オレって、どう生きていくんだろう。
おまえって...
寝不足の脳味噌はセンチメンタル。
久々に、ちょっとだけ眼球が濡れた。
最近の涙は理由がない。ちょっとだけ想い出して、ちょっとだけ瞼濡らす。

マグロが高くなる というニュース。
ま、その日に獲った魚がたべられるという土地柄だから、
ごんべは、カツオ派である。
だから、ごんべ個人にとっては、
マグロが食べられなくても、それほど大きな問題ではない。
たまに、カツオが食べられればいいわけだ。
マグロが食べられないと困るゥ...というけれど、
そろそろ、いつまでも飽食のままでいられないことを、
われわれも悟らなければいけないのだね。
ごんべは、マグロのトロよりも、
セグロイワシの刺身や、アジのタタキが好きな人である。
なぜならば、新鮮でないと出せない魚であるからだね。
都会に住んでいるときには、恋こがれた味でもあった。
だいたい、沖へ釣りにいくときは、
今晩の肴用に別のクーラーボックスを持参し、処理万端整えて持ち帰る。
釣って鈎を外したそのときから、
こいつを今夜食おう...と決めて丁寧に血抜きをし、
適度な海水に適度な氷を入れ、その中に適度な数の魚をいれてもって帰る。
これほどに、手を尽くせば旨くないはずがない。
釣り師冥利に尽きるのである。
わが家の伝統に従って、ごんべも最初は厨房にたった。
が、いつしか、包丁研ぎだけになった。
カミさんの手際がよすぎて、次第にごんべのでる幕がなくなったのだ。
大きな骨を切るときだけ、お呼びがかかる。
旨い魚が食えるのは釣り師の特権。美味い魚が食いたくて釣りにいく。
だから、食わない魚はハナから釣らない。
無益な殺生はできるだけ避ける。
釣ってから放すのは、魚に対して失礼だ。
食わない魚に関わりを持ってはいけない。
キャッチ&イート。釣ったら食う。食わない魚は釣らない。
これが、ごんべの釣り哲学。
ああ、美味い魚が食いたいなぁ...

愛用のデジガン PENTAX *istD が寿命尽きたかも知れない。
測光があやしいのだね。
ちょっと明るい被写体だと露出オーバーもいいとこで、真っ白トビ。
2004年購入だったから、ま、酷使して5年というところ。
あと2台あるからいいけれど、この機種の写真の出来には愛着がある。
今年買ったK200Dでは、逆立ちしても出せないのだ。
しかたないから、もう1台をめざす。
10万円貯まったときの最上級機をターゲットにする。
撮れたものが違うのだから、やはり、カメラはカネを出さなくてはダメ。
ああ、底なしの道楽だな。
ま、これが生き甲斐だからね。
最近のごんべは メカ音痴というか、深く考えたくないというか、
理屈をこねたくないというか、
もう、難しいこといい並べる人は苦手になってしまったのだね。
写真なんてフィーリングだけで、いいじゃないか...と思っている。
メカを憶えようとする暇があったら、
カメラワークの感性磨いたほうがいい...と思っている。
理屈はあとで考えればいい...という、
いくら理屈講釈いったって、作品はすべてを物語るわけだし、
考えてる間に動いた方が賢明ではないか。
が、機械の性能というのは、どうしようもない。
普及機で充分、腕前でカバーなんて、おこがましいね。
カメラだけは、高価なものがいいのだな。
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