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ちょっと前なら 24時を過ぎて、
さぁ、オレの時間や...と嘯いていた。
夜が更けると、眠るのが惜しくなってしまう。
たしかに、ごんべのいたギョーカイは、
夜中に平気で仕事するようなところだったから、
それが、倣い性となって、24時過ぎると頭が冴える部分はあった。
それは、リタイアしてからも、ずっと続いていたのだが、
なぜか、一人になってからは、宵のうちから眠くなり、
ま、一人きりの夜がつらいのもあって、世間の爺ィ並みに早く寝ちまう。
そのうち、踏みつぶすのではないかと思うのだが、
寝るときに、眼鏡をどこではずしたかも、分からないくらいに、
寝床へ、どたっと...と音をたてて倒れ込む。
で、だいたい、7時間か、8時間たっぷり眠る。
「ああ、こんな大事なところで負けて...」
阪神の負けを嘆いた後に、どたっ...だったから、昨夜は23時就寝。
で、目覚めたら、カーテンの隙間から赤い光り。
6時10分。まだ、眠かったけれど、覗いてみたら見事な朝焼けだったから、
カメラ持ち出して写真撮る。
早起きは3文の得。
なんでもない、ほんとなんでもない...
隣のアパートの水槽タンクがシルエットで主役だね。

夜がね、つらいんですよ。
家内のいた空間が、
真っ暗闇で静まりかえっているんですからね。
男やもめの先輩から聞いた言葉。
そのときは実感沸かず、さもあらんと他人事だったのだけれど、
いま、カミさんの部屋の闇の空虚さが、ひしひしと迫りくるんだね。
だから、秋の特番のバラエティ番組観てけらけらと笑い、
なるべく他愛のないもの選んで、独り言いいながら笑い疲れて、
布団の中へどたっ...
最近は、ごく短い周期で、
達観したような日と、心に隙間風が吹いて寒いような日とが交互にくる。
人恋しいのに、人嫌いになったり... よくわからん。
オレ、いつまで...
こんなことしてるんだろうか...と思ったり。
ごんべっさ て、なんだべっさ...という質問をいただく。
ごんべというハンドルネームは、「権兵衛が種蒔きや...」でもないのだね。
Gombessa はシーラカンスが発見されたコモロ島での現地名。
生物の進化を語るとき、必ず何種かの魚や動物があげられるが、
その中の代表的存在がシーラカンス。
ごんべは、この魚に惚れ込み、その前に半日座り込んだ男。
恐竜がこの地球上に現れたのが約2億年前で、
こいつは、それより前の3〜4億年前に生息していたといわれる。
学者の間では7000万年前に絶滅したと考えらていた。
化石でしか目に触れることがなかったからなのだけれど、
1938年12月のこと、南アフリカ共和国のインド洋で、
操業していたトロール船が、1匹の奇妙な魚を捕らえたのが事の発端。
硬い鱗に覆われ、鰭とも手ともつかないものが、腹にも背にも付いていた。
これが7000万年前に絶滅したとされていたシーラカンスだった。
さぁ、大騒ぎになった。世紀の大発見だった。
戦後になって、わが日本では魚類学者、末広恭雄博士が捕獲に情熱を燃やし、
1972年以降の艱難辛苦の末に1匹のシーラカンスを持ち帰る。
私は油壷マリンパークのがイベントで展示された、
ごんべは、このゴンベッサの前で4時間動かなかった。
まさに、進化途上の摩訶不思議な魚であった。
シーラカンスとは、ギリシャ語で「中空の脊椎」という意味らしい。
背骨は頭から尻尾まで白い軟骨のパイプ状で、
なかには油状のものが詰まっていたといい、内蔵を保護する肋骨もなく、
その役割の半分は刺の付いた鱗が務めている…という。
だから、魚体の構成そのものは両生類に近かかったようで、
海から発した生物は進化途上で陸に上がり、再び、海に戻ったり...
そんな太古のロマンが、この硬い鱗の向こうに見えた。
ごく最近になって、インドネシアの市場に、
こいつが転がっていたのを、新婚旅行にいっていた若い学者が見つけた。
この海域にもシーラカンスが生きている。
で、こうした泳ぐ姿が捉えられるようになったのだが、
なぜか、ごんべは醒めていく。
ロマンはベールを脱いではいけないのだね。
ハンドルネームを替える気はないけれど、
生きたシーラカンにの会いたいという生涯の夢は、
もう、どうでもよくなってきている。

末広恭雄博士の娘さんが書かれた「ごんべっさよ、永遠に」という本がある。
(1988年12月初版/小学館刊)
その中で、博士がシーラカンスの身をナマで食うくだりがある。
歯ブラシを水につけて噛んだようなものである。
あきれたまずさだった。
シーラカンスのアミノ酸は三億年から進化していないのでまずいのだろう。
こう、末広博士はおっしゃったとか。
これに、ごんべはシビレるのだ。いってみたいではないか。
これぞ、男が生涯かけたロマンの結末の言葉ではないか。
ごんべも、ちっちゃなロマンだけれど実現した。
それには、献身的なカミさんの協力があってのことだったけれど、
わが生涯の最大の幸せだと思っている。
その幸せの余韻を噛みしめる暇もなく、
逝き急いでしまったカミさんへの思いは、だからこそ、強いのだねぇ。
髭を剃って しまった。
カミさんの通夜の日からずっと伸ばしたままの髭。
鏡の中の自分をみているうち、衝動的におとしたくなったのだ。
この6ヶ月間への訣別である。
ちょっと若くなって、のっぺらした自分が鏡のなかにいる。
よし、ごんべよ、再生せよ。
にやっと笑って、
ナルシストごんべは、髭のない顎をつるりと撫でた。
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さぁ、オレの時間や...と嘯いていた。
夜が更けると、眠るのが惜しくなってしまう。
たしかに、ごんべのいたギョーカイは、
夜中に平気で仕事するようなところだったから、
それが、倣い性となって、24時過ぎると頭が冴える部分はあった。
それは、リタイアしてからも、ずっと続いていたのだが、
なぜか、一人になってからは、宵のうちから眠くなり、
ま、一人きりの夜がつらいのもあって、世間の爺ィ並みに早く寝ちまう。
そのうち、踏みつぶすのではないかと思うのだが、
寝るときに、眼鏡をどこではずしたかも、分からないくらいに、
寝床へ、どたっと...と音をたてて倒れ込む。
で、だいたい、7時間か、8時間たっぷり眠る。
「ああ、こんな大事なところで負けて...」
阪神の負けを嘆いた後に、どたっ...だったから、昨夜は23時就寝。
で、目覚めたら、カーテンの隙間から赤い光り。
6時10分。まだ、眠かったけれど、覗いてみたら見事な朝焼けだったから、
カメラ持ち出して写真撮る。
早起きは3文の得。
なんでもない、ほんとなんでもない...
隣のアパートの水槽タンクがシルエットで主役だね。

夜がね、つらいんですよ。
家内のいた空間が、
真っ暗闇で静まりかえっているんですからね。
男やもめの先輩から聞いた言葉。
そのときは実感沸かず、さもあらんと他人事だったのだけれど、
いま、カミさんの部屋の闇の空虚さが、ひしひしと迫りくるんだね。
だから、秋の特番のバラエティ番組観てけらけらと笑い、
なるべく他愛のないもの選んで、独り言いいながら笑い疲れて、
布団の中へどたっ...
最近は、ごく短い周期で、
達観したような日と、心に隙間風が吹いて寒いような日とが交互にくる。
人恋しいのに、人嫌いになったり... よくわからん。
オレ、いつまで...
こんなことしてるんだろうか...と思ったり。
ごんべっさ て、なんだべっさ...という質問をいただく。
ごんべというハンドルネームは、「権兵衛が種蒔きや...」でもないのだね。
Gombessa はシーラカンスが発見されたコモロ島での現地名。
生物の進化を語るとき、必ず何種かの魚や動物があげられるが、
その中の代表的存在がシーラカンス。
ごんべは、この魚に惚れ込み、その前に半日座り込んだ男。
恐竜がこの地球上に現れたのが約2億年前で、
こいつは、それより前の3〜4億年前に生息していたといわれる。
学者の間では7000万年前に絶滅したと考えらていた。
化石でしか目に触れることがなかったからなのだけれど、
1938年12月のこと、南アフリカ共和国のインド洋で、
操業していたトロール船が、1匹の奇妙な魚を捕らえたのが事の発端。
硬い鱗に覆われ、鰭とも手ともつかないものが、腹にも背にも付いていた。
これが7000万年前に絶滅したとされていたシーラカンスだった。
さぁ、大騒ぎになった。世紀の大発見だった。
戦後になって、わが日本では魚類学者、末広恭雄博士が捕獲に情熱を燃やし、
1972年以降の艱難辛苦の末に1匹のシーラカンスを持ち帰る。
私は油壷マリンパークのがイベントで展示された、
ごんべは、このゴンベッサの前で4時間動かなかった。
まさに、進化途上の摩訶不思議な魚であった。
シーラカンスとは、ギリシャ語で「中空の脊椎」という意味らしい。
背骨は頭から尻尾まで白い軟骨のパイプ状で、
なかには油状のものが詰まっていたといい、内蔵を保護する肋骨もなく、
その役割の半分は刺の付いた鱗が務めている…という。
だから、魚体の構成そのものは両生類に近かかったようで、
海から発した生物は進化途上で陸に上がり、再び、海に戻ったり...
そんな太古のロマンが、この硬い鱗の向こうに見えた。
ごく最近になって、インドネシアの市場に、
こいつが転がっていたのを、新婚旅行にいっていた若い学者が見つけた。
この海域にもシーラカンスが生きている。
で、こうした泳ぐ姿が捉えられるようになったのだが、
なぜか、ごんべは醒めていく。
ロマンはベールを脱いではいけないのだね。
ハンドルネームを替える気はないけれど、
生きたシーラカンにの会いたいという生涯の夢は、
もう、どうでもよくなってきている。

末広恭雄博士の娘さんが書かれた「ごんべっさよ、永遠に」という本がある。
(1988年12月初版/小学館刊)
その中で、博士がシーラカンスの身をナマで食うくだりがある。
歯ブラシを水につけて噛んだようなものである。
あきれたまずさだった。
シーラカンスのアミノ酸は三億年から進化していないのでまずいのだろう。
こう、末広博士はおっしゃったとか。
これに、ごんべはシビレるのだ。いってみたいではないか。
これぞ、男が生涯かけたロマンの結末の言葉ではないか。
ごんべも、ちっちゃなロマンだけれど実現した。
それには、献身的なカミさんの協力があってのことだったけれど、
わが生涯の最大の幸せだと思っている。
その幸せの余韻を噛みしめる暇もなく、
逝き急いでしまったカミさんへの思いは、だからこそ、強いのだねぇ。
髭を剃って しまった。
カミさんの通夜の日からずっと伸ばしたままの髭。
鏡の中の自分をみているうち、衝動的におとしたくなったのだ。
この6ヶ月間への訣別である。
ちょっと若くなって、のっぺらした自分が鏡のなかにいる。
よし、ごんべよ、再生せよ。
にやっと笑って、
ナルシストごんべは、髭のない顎をつるりと撫でた。
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2008.10.07 Top↑
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