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2019-11

喜怒哀楽の真ん中2文字が抜けているような... - 2019.11.20 Wed

1度起きたら6時台で、二度寝したら9時だった。
昨夜は一旦眠ったあとに抜歯跡が痛み、起きて薬飲んだ。
だから、いつもより余計に眠った。

20.8℃の書斎はけっこう寒い。ダウンベスト着た。
そうだね あと10日すれば師走だもの。
ベランダへ出て花鉢みまわる。バラの新芽が伸びてきた。

風はあるが、日差しが温い。
天然暖房があれば、過ごしやすいね。
なるべく花鉢へ日が当たるように配置する。

「肥料やって........ 」
とおペケがいうから1鉢ずつ肥料をおく。
寒くなるから頑張っておくれぇ.............

パソコンへすわるまえに、こんなことして、
どんどん遅くなっるけれど、
ま、ほかにすることあるわけじゃなし。

 191119-aa1.jpg

日が落ちて残照が、次第に暗色に変わる一瞬に、
紫色のグラデーションになる。
これがトワイライトタイム。

昨夜は気にしていて、これを捉えた。
そう、ほんのちょっとのタイミングなのだ。
撮れれば愉しい。

写真ってみつけること。
ほんのちょっぴりのみつける努力。
それが実ったときの喜び。これだね。

 191119-aa2.jpg

いまどきの新聞は生温いことしか書かない。
韓国のGSONIA破棄についても、
日本の努力が足りないようなこと書いているから呆れる。

これまでのように、土壇場で韓国のいうこと聞け、
とでもいうような論調であるけれど、
どっちの立場で書いてるの、とソース元みたら共同通信で納得。

韓国の文在寅大統領がTVでこんなとをいったそうな。
それがtwitterに流れているが、
なんとも呆れた、嘘で丸めた情報操作であることか。

 日本はなんの話もなくある日突然、輸出管理強化をとった。
 日本がGSOMIA終了を望まないのであれば、
 輸出管理強化解決に努力していかなければならない。

日本の新聞もTV地上波も報道しないけれど、
なぜ、これはこうだと、本当のことを報道しないのか。
不思議でしかたがない。

 問題になっている高純度フッ化水素は、
 核兵器に使用されるウラン濃縮のための材料にも転用可能。

 文政権になって日本からの輸入が激増し、
 それに対しての日本側の度重なる問い合わせを、
 3年間も無視し続けた挙げ句の輸出管理強化。

つまりは、どこへやったのかはうやむやにし、
GSOMIAに復帰してやるから、
輸出管理強化を元に戻せと、次元の違う話を絡めているだけ。

たぶん、GSOMIAは破棄される。
それは、当初からの文政権の基本路線だからだ。
先日も、米高官に軍事費負担の増額を拒否したとの報道がある。

アメリカ軍は韓国から撤退するかもしれない。
そのとき、アジア情勢は激変する。
どうするんだ日本は? ってことだ。お花畑ではいられない。

 191120-s4.jpg

夕方ちかく、おペケが買い物へゆくといい、
「なにか食べたいものある?」
「ない。出たもの食べる」と素っ気ないオレ。

「秋刀魚のお刺身だよ」と帰ってきた。
この時間帯だと2割引だよ、って、そうなんだね。
オレも、それ狙いでいったもんだ。

 ←click

ブログ主から専属カメラマンに注文がつく。
「もうすこし横のアングルで撮ってよ」
ライトの具合なんぞあるのだが、おかまいなし。

カメラマンはカメラマンの都合があるのだぞ。
で、テキトーに誤魔化しておく。
あれ、これを書いたらバレちゃうか。


 
映画「カサブランカ」。1942年、アメリカ。
ラストシーンの夜の空港で、トレンチコートを着た、
ハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマンがカッコいい。

仏領カサブランカで、ナチスに抵抗する男を描く。
オレも若いときにトレンチコートなるものを着たけれど、
なんで、あちらの人が着ると合うのかねぇ。

戦前の日本の男もソフト帽をかぶったね。
うちの父親も余所行きにはボルサリーノをかぶってた。
最近だと麻生太郎財務相がこれををかぶって海外へいった。

それをみて平成の若い衆が、
マフィア・ファッションだなんていう。
戦前の紳士っていうのは普通にソフト帽をかぶっていたんだ。

ハンフリー・ボガードはトレンチコートも似合うが、
ボルサリーノも似合うな。
オイら、ハンチングくらいしかかぶらないが..............

で、麻生さんのあのスタイルってのは、
爺ィちゃんにあたる吉田茂氏譲りだね。
ソフト帽に葉巻くわえて、実にダンディだった。

けっして,進駐軍あたりには、ひけをとらなかったね。
あ、そうか。←シャレだぞ
麻生さんは爺ィちゃんのあやかりなんだな。

「カサブランカ」などは著作権の及ぶ年数を超えている、
なので、ネットで探すと全編物がある。
けれど、字幕付きなんてのはないからねぇ。

 191120-s3.jpg

ちかごろのオレはっていうと、
よく笑い、泣きはしない、あまり怒りもしない。
喜怒哀楽の真ん中2文字が抜けているような、いうなればホトケだな。

あまり怒りもしない。
これは、おペケにいわせると、ちょっとウソらしい。
ときどき静かにキレてる。

世間の矛盾にはよく怒ってるが、
テレビ画面に向かって「そんなこたァない !!」と、
いってるくらいのもんだ。

いったって、どうにもならん。
だから、いっておいてすぐに黙るゥ。
たまにはおペケに八つ当たりして、オレが怒られる。

ま、笑ってるに限るんだ。
苦虫かみつぶしたような顔ばかりしてたって、
人世な〜〜〜んも愉しくはないもんな。

あのね。おひとりさまのときは、
せいぜい独り言いうくらいで、感情の吐き出し口がなかった。
だからストレスは溜まるね。

そのとき気付いた。
ご機嫌悪いってのは、相手があってのこと。
1人では、感情の捨て場がないから、しかたなく溜め込む。

高齢者がキレるってのは、こういうこともある。
うちに溜めたら、どこかで爆発する、
自分の感情に素直に生きられればいいのだが、そうもいかない。

世間というものは、おおよそ、知らん顔してるもの。
あまり関わらずに、そーと通り過ぎようとする。
これすなわち「鈍感力」なのだけれど、これも善し悪し。

ま、エラそうなことはいうまい。
オレだって、狼狽えて、慟哭し、われを失っていた。
そんなときに、周囲から差し伸べていただいた手に気づいた。

で、心からの「ありがとう......」と口にして、
それが自然体とようやくわかってきた。
それだって、地べたへ這いつくばって初めてわかったのだ。

 人生は、
 幼年期には遠くから見た舞台装飾に、
 老年期には間近に見た舞台装飾に似ている。

ショーペンハウエルさんがこういった。
人世を通り過ぎて、知ってしまったから、
きらびやかには見えはないけれど、舞台はまだ続いている。

最後の幕がおりるまでは、どったんばったんするんだな。
だから、どうする? たってどもならん。
どうせ、なるようにしかならんから、笑っていようぜ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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昔のバラエティ番組は質が高かった - 2019.11.19 Tue

うひゃァ」いつもの通り、ベランダへ出て悲鳴をあげた。
クロッカスサンダルに水が溜まっていた。
昨夜、雨が降ったらしい。

「そうなの、浜松の雨は夜に降る」とはおペケ説。
で、靴下びしょ濡れ、どうする??
「そのまま。上がってくるとき穿き換えて...... 」

この人は黙ってると、そのまんま、
濡れ靴下べちゃべちゃ上がってくるとはご明察だヮ。
はい、そのとおり。見つかってしまった。

風はあるけれど。天然暖房が温かいのだ。眠くなっちゃう。
バラの新芽がいくつかでてきた。
ポインセチアの葉が、どんどん赤くなる。愉しい。

どこかで、バババババァ........ と道路を斫る音。
暮れと年度末は工事が多い。
それにしても、日向は温いねぇ。

またしても眠くなった。
室内は書斎で22.7℃。
でも、それほど寒くはない。

 191119-a4.jpg

2時半予約で歯医者へゆき、40分待って、
ぐらぐらの奥歯を2本抜いた。
麻酔したが、かなり弱っていたらしく、あっさり抜けた。

「晩ご飯はどうする?」
一応ぽっかり穴があいてるので、噛まずにすむもの。
「うどんがあれば?」

 ←click

2つに切ってもらって、つるんと喉を通る。
ご飯をもらって、「うどんおじや」ってぶかっけ飯。
けっこう美味しかった。

そうなんだね。
食いしん坊は、食べるものみな美味い。
シアワセじゃ、ござんせんか。

 191119-a1.jpg

もうじきおペケの誕生日がくる。
以前は、裏の小路にイタリアンレストランがあって、
なにかといったのだが、ご主人が亡くなって締めてしまった。

また、割烹のデリバリー弁当にするか。
で、散歩道にフランス人のケーキ屋さん見つけたというから、
そこの好きなもん、買っといで........ ってことで落着。

上を見れば キリはなし。
おこがましくも下を見る必要はなし、
ほぼ毎日、ぼけぇぇ......... と空はよく見上げる。

けれども、高望みは一度もしたことがない。
オレはねぇ、幸か不幸か、
父親の栄華とどん底、幼いながらも見てきた。

だから、どっちも知っている。
ボンビーながらも、
起ち上がってゆく父親の背中をみて育った。

な〜〜〜に頑張ってりゃ、
なんとでもなるもんだ、と子供心に擦り込んでしまった。
これに足して、生来の楽天主義。

もうひとつある。
ほどほどでよかったら、
それがいちばんイイんだってこともね。

191119-f3.jpg

夕食後に、一応はテレビの前のオレさま御席に座ったが、
なんか面白くないし、書斎に戻って、
パソコン音声を外部スピーカーで出してyoutube観た。

懐かしの映画テーマから始まって、
おペケのリクエストとを交互に聴いていた。
テレビを要らない夜があってもいいね。

ひとつ気付いた。
若き日のブリジット・バルドーはほんとチャーミングだが、
加賀まりこさんって和製バルドーだったのだな。

それで行き着いたのが、テレビ黎明期の番組。
あるもんだね。
クレージーキャッツの結成10周年の舞台をみた。

あのころは実演といったけれど、
浜松での公演を2回ほど観た記憶があるから、愉しかった。
最後に ↓ シャボン玉ホリデー。

オレがボンビー所帯もったころだな。
1万円で買ってきた中古テレビ。
当時のバラエティの質の高いこと。凄いねぇ。

それから、ナベプロ全盛期を感じたし、
クレージーキャッツの音楽性の高さをいまさらながら感じた。
ハナさんのドラム、谷啓さんのトロンボーンは超一流。

 

この街に、大正創業の老舗「地ソース」っていうのがある。
ソースでも、「地」がつくんかい、って思わんでもないが、
オレたちがガキの頃は、普通に使ってたものが、いまや付加価値ついた。

 「トリイソース 」←ホームページ

亡き人の生まれた街の、もういっこ向こうの街だった。たしか。
いつだったか、誰かにお歳暮にもらって、
そのときは、名古屋在住で、「うわぁ、浜松の味」って感激した。

最近は向かいのスーパーにもおいてあって、
おペケも、いつのまにかトリイ派になってご贔屓。
なんか、クセになるんだな。

記憶が定かではないが、
自転車の三角乗りして、買いにいったことがあるような?
むかしのガキはおつかいしたんだな。

「ちょっと、ジィちゃんのお酒買いにいっといで......... 」
そういわれて、自転車でドブロク買いにいかされた。
その濁り酒の立ち飲み屋は、いまじゃ、立派な韓国料理屋になった。

大人の自転車は、サドルに座ると足がとどかないから、三角乗り。
子供自転車? そんなものはない。
みんな大人の自転車で、いんぐりもんぐりペダル漕いでた。

それを、だ~~~れも不思議に思わなかった。
オレは、コメを母親の実家までとりにいかされた。
自転車の後ろにくくりつけて、いんぐりもんぐり、いんぐりもんぐり。

天竜川の橋のたもとにおまわりさんがいて、
闇米を取り締まるのだが、まさか、いんぐりもんぐりが、
コメ運んでるとは思わないのか見逃された。

老舗が脚光を浴びる。
継続は力なりっていうのだろうか。
赤電の沿線には、昔ながらの醤油屋があったりする。

これをローカルのTV番組が取り上げて、
いうなればテレビ文化がつくったブームっていうか。
ま、続けていてよかったと、老舗が思えるなら、それでよし。

こういう食レポ番組で、女将さんや大将が、
「なになにでございますゥ」って配膳するとホッとする。
老舗が「なります」じゃ、オレはげんなり。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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すべては愉しく暮らす方便じゃないか - 2019.11.18 Mon

穏やかな朝で、気温も22.5℃。青空が気持ちいい。
こんな朝は外のほうが暖かい。
ベランダへ出て、ぼけぇぇ................................

8時間眠ったのに、こうしていると眠くなる。
外の椅子に新聞をもっていって、小説の「家康」を読む。
いま本能寺の変の件り。

この作者は理屈っぽいが、事の記述は細かい。
光秀がなぜ信長を討ったか。そのあたりに触れている。
そういえば、来年の大河は光秀らしい。

その奥方役の女優が薬物で逮捕された。
最初からでているんだってね。さて、どうするNHK。
今年は足袋屋役が逮捕だし、御難続きだな。

某左翼系発言の多いタレントが、twitterでこんなこと呟いた。
政府が追究されると芸能人が逮捕されて、報道をそらす。
あらかじめ準備されているような.............

なんと他愛もないことをいうもんだ。
というリプライが殺到して、彼はほとんどをブロック。
いうけれど聞かない。こういう人が多いね。あちら界隈には。

もうひとつ。
竹田恒泰氏がTwitter上における名誉毀損で、
一人の著述家と一人の一般人と思われる人を訴えた。

これは、竹田氏の講演会場にガソリンを撒くとの脅迫電話で、
講演が中止となった件に付随したやりとり上のこと。
匿名だからなにをいってもいい、ということにはならない。

かどうかは、法廷にもちこまれることになった。
橋下徹氏の訴訟では、リツイをも含めて勝訴しており、
ま、裁判の行方が気になるところ。

 191118-aa1.jpg

その新聞だけれど、今日は週間誌の広告があった。
最近はなんだねぇ、老人専門誌かってな見出しだな。
年金、遺産相続だろ。薬やサプリだろ。

P誌が「薬のやめどき教えます」だし、
G誌は「サプリと薬、危険な組み合わせ」だし。
たしかに、こういう警鐘はいいと思う。

ま、だからといって、センセはいまの処方をやめない。
門前薬局で、週刊誌が? と聞いてみたことがある。
むにゃむにゃと要領を得なかった。

若者が活字ばなれして久しい。
ひところは、袋とじが話題だったがエロ路線も、
いまやスマホに凌駕されて、老人しか読まないのかな。

午後に歯医者の予約とうか、予約の合間の待ちがとれた。
待合室で読むことにしよう。
あ、そうか。高齢者層も待合室読者なのかしらん。

 191118-b2.jpg

遅く起きてきては、午後までかかってBlog 書いてる。
「そろそろお昼にしよう」っておペケがいう。
「もうちょいだから終えてゆく」って返事する。

おまえのBlogは、
ぐだぐだ、行数使ったわりには中身がない、っていう。
それだけのはなしで、どうも、すんまへん、ってオレがいう。

ま、これも道楽のひとつ。
なにか書いてれば精神衛生上まことによろしい。
てなわけで、お昼食べてくる。

 ←click

お昼はトースト1枚。
これにシーチキン乗せる。
飲み物は飲むヨーグルトに牛乳混ぜたもの。

朝は焼きキャベツ1皿にコーン乗せ。
これで、6時30分の夕餉まで、腹がすくこともない。
なのに体重減らないねぇ。なぜだ?
 

この曲は、BAGDAD CAFEのテーマ曲 Calling You。
ここで散々書いたから省くが、
1987年公開の西ドイツ映画「バクダッド・カフェ」だね。

rout66の沿道にあるカフェに、
太っちょのドイツ女性がやってくるところから始まる。
すったもんだのストリーがあるわけでもない。

モーテルに住む元カーボーイのおっちゃんが、
これまた、オイらの大好きな悪役俳優のジャック・パランス。
ネタバレするから最後は書かないが、オレ、この映画も大好きだ。

海外で1ヶ所だけ行きたいところをいえといったら、
砂漠のまんなかの、この実在するカフェなんだな。
いまでもあるのか、あのモーテル。

「rout66」といえば、オレたちの年代の人はなつかしいね。
1960〜1963まで続いたアメリカのドラマで、
日本の黎明期のテレビでは人気ドラマだった。

残念ながら内容はまったく忘れた。
オレ、あの蛞蝓三畳間アパートの食堂で、
冷えた下宿飯食べながら観ていたように思うのだが...........

 
 ↑ こんなんだったか
 
オレね、眠るって 努力をしたことがない。
だから起きている努力もしたことがない。
眠ければ眠る。

なにか面白いことがあれば、いつまでも起きている。
21時過ぎに、書斎にいて、おペケは見えない。
けれど近頃は雰囲気でわかるようになった。

彼女が眠っているのがね。
で、見にゆくとマウス握ったまま、傾いている。
10時過ぎならば「ベッドいきなよ」と声かけする。

ま、オレだって、居間の定位置で、
本なんぞ開いたら、すぐ眠っちゃう。
いま読みたい本があるけれど、読んでない積ん読本も2冊ある。

カメラの本もよく眠れるね。
カタカナの羅列も興味のあるところは、すッと理解できる。
が、どこかでひとつ躓くと、その先ちんぷんかんぷん

読み戻って理解しようとすると、
「そりゃァ無駄や.............」 と、脳がサボろうとする。
まァ、いいや、って目を閉じたら、もう..........

だいたい日が代わるまで書斎にいる。
なにしてるの? というが、あるんだな、暇つぶしが。
昨夜は、カメラのボディッスーツを探していた。

あっちこっち引っかかりながらだから、時間はすぐに経ってしまう。
それで、ベッドにいったら、すこんと眠りにつく。
これが健康かどうかはしらないが、最低8時間はぐっすりこんこん。

ま、オレにとって、寝ること、食べるということは、
大袈裟にいえば、生きていくなかで、
かなりのウエィトではあるからねぇ。ほかにないのか。

生きてく、だなんていうと切羽詰まって聞こえるかもしれない。
が、人世なにが愉しいかって、
とりあえずは、遊ぶことだろ、食うことだろ、眠ることだろ。

その食うことに、つくるって愉しみが加わって、
おひとりさまの最後のほうは、ほんとうに愉しかった。
いま、おペケがつくってくれる。

で、ひとくち、ひとくちが美味いのだね。
どこかに潜んでいた「なにもしなくていい」ってのが復活し、
本来の怠けもんの愉しさも加わっての愉しさ。

おペケだって、
オレが「美味い........」っていう言葉が心地いいってわけだ。
これも人間の適応能力なんだな。

いまある環境に自分を乗せて、
毎日が愉しいよ......... って、
思わせていくためのテクニックなんだな。

すべては、愉しく暮らす方便じゃないか。
そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした............

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わが映画好きのルーツの四角い穴 - 2019.11.17 Sun

花に散水 しながら、ベランダの椅子にすわってるとアツイ。
室内は21.3℃だけれど、天然暖房はありがたい。
今日は風がないからね。

たまりかねておペケを呼ぶ。
「おーい、帽子持ってきてよ」
アツくてたまらん。

「ついでに物干し竿拭いて........ 」
イイ天気だからシーツを干すんだっていう。
オレは、1鉢ずつ花の手入れ。

バラはこうして手をかけてやると、
必ず応えてくれるから、愛をそそぐのだ。
太い新芽が何本か出てきた。頑張れぇ。

「Blogは終わったの?」
「まだ........... 」

マイペースで、きて下さる方に申し訳けない。
気儘にのんびりやりますゆえ、
おつきあいくだされぇ。

それにしても、ええ天気じゃのう..........
おペケが「温かくてシアワセぇ.........」という。
故郷は先日の木枯らし一番でタイヘンだったらしい。

故郷とは10℃も温度差があるといい、
「もう冬支度なのよ」と友人がいってたらしい。
こっちは空っ風がないと、体感温度は温い。

そろそろパソコンをもって、
温い炬燵に引っ越ししようかいの。
あそこはいちばん温かい。

 191117-a1.jpg

豚肉カルビ。
しばらく食べていないのだ。
焼き肉屋にいかないからだな、

おペケにリクエストした。
ほんとは鉄板でやりたいけれど、おペケはNo。
床がべとべとになるからってダメ。

食べたいなら「牛角」へいこう。
と、なると誰かがいっしょでないとね。
で、ささやかなるカルビ。

 ←click

「脂っぽいけれど美味しいね」
「う 」噛めない。
来週はどうしても歯医者へいってこよう。

 171210-y3_20191117132701ad1.jpg

紅葉の季節になったものだから、
あちこちのブログにキレイな紅葉の写真があるのだけれど、
いやァ、これは凄いや...... って写真に出会う頻度が多くなった。

なにをいいたいかというと、
もはや、写真を素材にしたデジタルアートだなと思うのだ。
自然にはありえない仕上がりになっている。

つまり、カメラ機能と写真処理ソフトの精度が上がったものだから、
そういっちゃなんだけれど、どーにもなるんだ。
ただ、オレはそれを否定はしない。

それが,その人のめざす表現ならば,それでいいのだ。
いわゆる銀塩といわれるフィルムからデジタルにかわるとき、
そんな、あとでいじれるものなんて写真であるもんか、といわれた。

いまも若い人たちにフィルムカメラの人気がある。
うちのカメラ庫にも2台のフィルムカメラがあるけれど、
いまさらフィルムで撮りたいとは思わない。

なんで??
めんどくさいだろが。
アハ。

 171210-y2.jpg

オレの好きな映画に「ニュー・シネマ・パラダイス」がある。
何度も、何度も、何度も観たのだが、
ストリーの細部を忘れていて、観る度に新鮮なのだ。

2時間バージョンアップと3時間の完全版とがあって、
ラストシーンが異なるのだね。
どちらかというと完全版のラストが好きかもしれない。

映画好きのトト少年が、オレの少年時代と重なって、
感情が入ってしまうのだねぇ。
それから、映画のなかのスクリーンで、映画が観られる。

あ、これはシルヴァーナ・マンガーノの「にがい米」だとか、
若き日のブリジッド・バルドーがチャーミングだなァとか、
チャップリンがとか、これも映画好きにはたまらんのだ。

オレもトト少年のように映写室へ入り込んで、
あの四角の穴から映画を観ていたので、
アルフレッドおじさんが元気なころのシーンがたまらない。

この映写室のはなし。
ずいぶんまえに「てんちゃら...........」へ書いたことがあって、
それが通じるかたがおいでになった。

たしか実家が映画館を経営されていたとか、
やっぱり四角の穴から映画を観たんだっていう。
最近は、ブログ更新がストップしているが、どうされただろうか。
  
 ポローニャフィルハーモニーオーケストラによる
 映画「ニューシネマパラダイス」の「愛のテーマ」

映画「ニューシネマパラダイス」のトト少年は、
視力を失った映写技師アルフレートを慕い、師事しつづける。
そして、映画監督になって故郷の街を訪れる。

オレも、近所の映画館に入り浸りで、
幼い頃はいちばん前の桟敷で寝転がってきていたし、
少しおおきくなってからは、映写室に潜り込んで、小窓から映画を観ていた。

ただ、ここの映写技師のジィさんは、いつも酒臭くて、
カラカラとリールが順調にまわっていれば、椅子に座ったまま居眠りしていた。
で、たまにフィルムが切れる。

「おーい、また、居眠りかァ」と客席から声がかかって、
ジィさん目覚めて、慌てて映写機を止める。
残念ながらアルフレッドのように尊敬するところはなかった。

ときおり、和服の女性が訪ねてきて、
そんなときは蝶ネクタイでちょっとお洒落するんだな。
だから、映写室を覗いてみて、ジィさんが蝶ネクタイしていれば遠慮する。

ジィさんというけれど、いま思い返せば50歳になっていたかどうか。
ある日「オレも映写技師になりたい」といったのだ。
そうしたら即座に「やめておけ」といった。

この頃は、ただ単に毎週映画が観られるのがいいという理由。
あたし、ケーキ屋さんになりたーいという女の子と同じ。
だって、毎日、ケーキが食べられるもん、ってね。

やがてはこれが映画に携わりたいという夢に変わっていき、
都会へでていくわけだが、そのころの映画は斜陽といわれ、
いわゆる五社体制は崩れかけていた。

裕次郎や三船がプロダクションをつくり大作に挑んでいた。
そしてテレビの時代へと突入してゆく。
一浪してからは、バイト生活の日々。例の蛞蝓三畳間だった。

夕方から銭湯に行き、帰りに屋台で、コップ酒1杯。
ほろっとしたところで映画館へ寄る。
オールナイトで、観るのはいわゆるピンク映画だった。

この手の映画館しか深夜営業をしていなかったからね。
若手監督が自由奔放な映画をつくっていて、それを見るのが愉しかったのだ。
たいていは、観はじめていくらもしないうちに眠ってしまう。

アルバイトの肉体労働が若いとはいえ、体にこたえていたのは否めない。
街は、オリンピックを控えて大きく変貌を遂げる途中だった。
工事現場でのアルバイトはいい時給になった。

朝方になって、体が痛くて目が覚める。
横に、オカマさんがぴったり寄り添って眠っていることもあった。
彼らには、石鹸の匂いのする学生さんといわれていた。

そのなかの1人、休学中の先輩と親友になった。
なんどか、彼のアパートで朝飯を食べさせてもらったこともある。
オレはノンケだけれど、彼の映画の知識には一目おいていた。

雀荘で喀血したときも、病院へ担ぎ込んでくれたのは、彼だった。
そのケもないし、そういうことにもならなかったが、
なぜか彼には可愛がられ、オレも慕っていた。

「いいのよ、2年や3年、人世ながいんだから....... 」
挫折を嘆くオレに彼はこういった。
あれから半世紀余り、わが青春の日々は遙か遠くなりにけり。

眠くなってきたぞ。
ほなあした..................

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勇気と想像力、そして少しのお金 - 2019.11.16 Sat

空っ風の赤ちゃん が這い出している。20.2℃。
ベランダにいると頬に当たる風が冷たい。昨日とは大違い。
ほんとに秋が短かった。ただ、1月は温かいらしい。

おペケは夕方4時過ぎに散歩にでかけてゆく。
「一緒にいく? 」と無駄なことを聞く。
暗くなってから帰ってくる。もう、寒いからね。

そういえば、先日の検診で、
センセに「歩いてますか?」と聞かれた。
「大丈夫ですゥ」と答えた。

いいはしたが、なにが大丈夫なんだかねぇ。
腹筋、スクワット、足踏みはやっている。
鼻炎が酷いときはお休み。

実は、ここんとこ歩くのが億劫でねぇ。
ま、大昔のアスリートも、ざまーないやってところ。
怠けもんの神さんがねぇ。デスクの端へ座っていう。

「あんた、そう、しゃかりきにならんでも...............」
もう、ええやろ........... っていうから、
素直に、ハイ、そうしようかってぇ。

 191116-a2.jpg

2年前に、右下の2本分が差し歯になり、
初体験だものだから、違和感ありありで歯茎が痛かった。
で、左臼歯が健在だもんだから外していた。

おペケが歯医者センセに、
「外しているけれど、いいんですか?」と余分なこといい、
センセも「それで通れるならいいじゃないですか」といい加減。

だから2年間なしでいたら、さすがの左側も弱ってきた。
なので、差し歯をいれてみたら、あれぇ、痛くない。
たぶん歯茎が縮んだのだ。で、昨夜から差し歯入れ生活はじまり。

よくしたもんだ。
左側に全負担を強要しないから、痛みが消えた。
いちいち、洗うのがめんどうだけれど.........

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おペケが、タチウオの美味さに目覚めたという。
昨夜も刺身を買ってきて、「美味しいねぇ」と食べる。
けっこうなこと。

でも、オレは差し歯生活に慣れないので、
しこしこ系のタチウオは、どこで噛めばいいのやら。
味がわからない。トホホホーだねぇ。

 191116-a1.jpg

ここのところAppleを名乗る偽メールが頻繁にくる。
これは、個人情報収集が目的のフィッシングメールだから、
なりすまされるし、金銭の被害にも繋がりかねない。

Apple ID をもっていなければ、完全無視の即削除。
IDもっていると、まずは書式が本物そっくりだし、
騙されやすいが、見破る点がある。

この画像では「お客様各位」というところ。
本物は登録のフルネームでくる。
これがメールアドレスなどであれば即削除。

で、このメール内のリンクは一切さわらないこと。
フィッシングページに誘導される。
以上、お気をつけくだされたく。

 nise.jpg

 191116-m8.jpg

広小路に面して洋画の3番館があった。
いまアクトシティのあたり、
通称まぐ○通りに邦画の3番館があった。

名画館は、デパート5階と東宝地下と肴町にもう1館。
そうなんだね。昭和30年代前後ってのは、
映画が娯楽の王様だったからね。

そのうちの何館かが、19時から50円くらいの夜間料金。
10時に終わって外へでると、街はほんとに暗かった。
ネオンもなく1号線をときどきトラックが通るくらいのもの。

30年代後半の裕次郎映画観たってそうだった。
浅丘ルリ子を振り切って、クラブの喧噪から外へ出ると、
街灯のほかに灯りはなく、夜の街はほの暗い。

寒々とした街で裕次郎が、
トレントコートの襟を立てて煙草を吸うんだ。
そのつもりで、あの時代の映画を観ると夜が暗いことに気付く。

ネオンチカチカ不夜城はバブル期以降だろうか。
浜松の街は、市営バス西循環最終の22時30分以降は、
歩いている人もいなかったね。

その「まぐ○通り」というのは、奥のほうに貨物駅があって、
そこから日通が荷物を運び出すのだが、
当時はこれが荷馬車だから、馬が落とし物をする。

それが通称の由来だったが、馬の落とし物を拾う商売もあって、
そこはそれ、世の中うまくまわってた。
3本立てを観に通うころは、荷馬車からオート三輪になっていた。

オレの想い出は、オレの頭のなかにしかないが、
よき時代に夢をいっぱい描かせてもらってシアワセだったと思う。
チャップリンの「ライムライト」での言葉がこれ。

 人生は恐れなければ、
 とても素晴らしいものなんだよ。

 人生に必要なもの。
 それは勇気と想像力、そして少しのお金。

映画っていろいろなことを教えてくれた。
いまはWOWOWだけれど、
毎日ほぼ1本の映画を観ている。

 191116-m1.jpg

長野県と接するところのヒョー峠で、国取りの綱引きが行われる。
わが遠州勢は、何度か負けて、境界は南へ押されている。
今年は遠州勢が勝ったとか。

いまや大合併で長野県飯田市と静岡県浜松市が、境を接するようになった。
思いもしなかったことだが、なにせ市の面積としては、
浜松は全国2位なのだ、1位はたしか高山市。

20年ほど前のこと、知人がこの峠を向こうへ下った里で、
川前結婚式なる酔狂なものを挙げた。
遠山川を前の結婚式は、渓流釣りが結びの縁の二人にふさわしかった。

オレも、都会から帰ったばかりで、ヒョー峠を越えたのは10年ぶりくらい。
滞りなく式も終えた昼過ぎに、いとまを告げて峠を登った。
ほどなく峠を越えて下りにはいる。

しばらく下って気づいた。先ほど登った林道下の集落ではないか。
信州側から峠を越え、また、信州側へ降りてきたのだ。
あれ、まだこんなところに? そういって、ほかの知人が峠へ登っていく。

狐に化かされた、とはいえないから、黙って後をついていった。
なんのことはない峠を越えた集落で、
直角に曲がるところの標識見忘れ、直進して元に戻っていたのだ。

あれが夜だったら、
峠を越えては元に戻り、狐に化かされ続けて、
いたかもしれない。

もともと、この地域とは、「塩の道」で結ばれていた。
信州からみれば秋葉街道だし、遠州からは信州街道である。
昔は荷担ぎ人や駄馬が盛んに往き来したのだ。

ただ、いまにのこる塩の道は、驚くほどに狭い。
青崩峠を越えるR152は幻の国道。
地図を広げてみても、ここは途切れている。

これの迂回路がヒョー峠となる計画で、三信遠を結ぶ。
青崩峠はフォッサマグナの露出部分にあって、
崩壊著しく、道路として維持していくことができない。

ゆえに途切れた幻の国道。
要するに長細い日本列島の裂け目なのだ。
三信道路はここを避け、草木トンネルを造りヒョー越へ抜ける。

南アルプス前衛の聖岳は3013m。3000m級としては最南端。
その西側の枝沢の水を集め、
延々と下って時岡ダムで天竜川に合流するのが遠山川。

オレが初めてこの渓を訪ねたのは、川沿いに軌道跡が走っていた頃。
本谷の川幅いっぱいに恐怖を覚えるほどの流れが迸り、
一日詰めてもやっと加々良沢あたりだった。

本谷に取水堰ができ、北又沢にも幾重ものダムができた。
久々に訪れたのが降雨跡とあって、往時を偲ばせる水量だったが、
渓に降りてみれば、あの淵にも、この瀬にも、昔日の面影はなかった。

寂しくはある。が、それ以上はいうまい。
滔々と流れるあの遠山川は、オレの脳裏の中にある。
遠くにありて偲べばいい。

今朝は南ア前衛の山が見えていたよ。
ほなあした............

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なにごとも、さりげなく、さりげなく...... - 2019.11.15 Fri

起きてきて、書斎に座ったら20.4℃だった。
寒くはないぞ。長袖のヒート下着を着た。
珈琲飲みながらベランダへでた。風がないから温い。

まさに小春日和だな。
遠州は風が吹かないとこうも温かい。
しばらくベランダの椅子に座っていた。いい気持ち。

昨日の午後に、おペケにせかされて衣装替え。
夏物をしまって冬物を出す。
あるわ、あるわ。窮屈なTシャツがいっぱい。

「捨てる?」
「まだ........... 」

断捨離できないオイらであった。
「衣装ケースいっぱいだよ」
聞こえないふりのオイらであった。アハ。

 191115-a2.jpg 181113-a3_2019111511363451c.jpg

地球がこんなにも動いているって知ってる??
左の写真が昨夜撮ったもの。右の写真が3日前のもの。
ゴルフ用品店の広告塔を挟んでこれだけ動く。

「その理由」 ←click

リンクしたページにわかりやすい図がある。
地軸の傾きの変化なのだが、文字にするとようわからん。
この図をみるとなんとなくわかった気がする。

気にもしなければ、知らずに通ってしまうが、
「だいぶ日が傾いてきたねぇ」とこれは意識している。
西日が部屋の中にはいってくるからね。

地球は動いている。
オレたちはその上に乗っかっている。
それだけでも意識すると、気持ちが変わると思う。

 191115-a1.jpg

故郷の知人が栗を送ってくださった。
おペケが栗ご飯にしようと剥き始めたのだが、
これが虫食いが多くて、食べられるものが少ない。

せっかくの大きくていい栗なのに、
黒くなったところをとってしまうと、小さくなる。
たまりかねて、直送の生産農家に電話した。

おペケの正義感なのだ。
故郷の名産がこんなんでは名を落としてしまうという。
そうしたら、代替えを送るという。

要らないといったが、送るという。
が、それっきり、半月経っても音沙汰なし。
なんかすっきりしない結末だった。

 ←click

昨夜は、その虫食いを避けて小さくなってしまった栗で、
「栗おこわ」を炊いた。美味しかった。
食べながら、もう忘れよう............. おペケがそういった。

 171122-a1.jpg

室生犀星の詩には、単に故郷を想うのではなく、
金沢から東京に出てきて、食い詰めては故郷に帰る、
自分の惨めな気持ちが込められている。

 ふるさとは遠きにありて思ふもの
 そして悲しくうたふもの
 よしや
 うらぶれて異土の乞食となるとても
 帰るところにあるまじや

犀星は、家庭の事情のため、人の世の孤独を知り、
貧しさに苦しみ、愛情の飢えに悩んだ。
オレは、あの蛞蝓三畳間でこの詩に自分を投影していた。

おペケがいうのだ。
「あなたは郷土愛が強い」
うん。だいぶ屈折しているが、そうかもしれない。

故郷の有り難みは、
離れてみて、初めて、
ひしひしと胸にせまるもの。


まったくその通りだと思うので転載させていただく。
野党の「自分のことは棚に上げ」て、
「余所のことは追及」する狂態にはほとほと嫌気がさす。

オレのこのポジションを、
ネトウヨというのであれば、それでけっこう。
わけわからんこと繰り返す野党に憤りすら感じる。

 191115-a3.jpg

人と人との触れ合いは、触れ愛。
人はいろんな思いを、触れ愛で誤魔化して生きているんだ。
愛といっても、 love じゃない human loveね。

午後に、映画を見はじめたのだが、テーマが重くて見られなかった。
まだ、見られないモノがある。
他人の絵空事と思うことができないものがある。

自分でも意外だったが、心の傷っていうもは深いものだな。
何年経っても、心に瘡蓋が残っている。
知らず知らずに避けている。

いっぽうで触れ愛に癒されて、きれいになった部分もある。
もちろん、おペケとの日常でも癒やされる。
これは近しい愛にもとずくもの。

人と人が心のアンテナで交わす人間愛。
どこかで、自分の心と触れ合う部分があれば心が和らぐ。
それは心の糧になる。

接する人へも優しくなれる。
誰しもたまには隙間風が吹くけれど、
その触れ合っている時間だけでも温まればいい。

ほんとの自然体ってこれではないのか。
自分自身のハートに心地よい流れ。
そして、お相手のハートにも和かな流れ。

残念ながら、
これがわかったのは年齢がいってからだったし、
大事なものを失ってからだった。

 大部分の人たちの才能は、
 おしまいには一つの欠点となるものだ。

 老人になるにつれて、
 この欠点はますます顕著になってくる。

サント・ブーヴという人がこういった。
年齢がゆくと、くどいというのがこれだろうね。
自分はなにも気がついていない。

年齢がいったならば、
なにごとも、さりげなく、さりげなく..............
しゃしゃりでてはいけない。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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燃え尽きて残り火もないらしい - 2019.11.14 Thu

冬の空だ。朝から空っ風 が吹くが、それほど寒くはない。
23.1℃。ベランダは天然暖房でポカポカ。
昨日は偏頭痛がして、高いところへ上がれなかった。

おペケに照明器具をセットしてもらったのだが、
「やればできるじゃん」といったら、
「わたしだって、1人でやってきたんだからね」という。

それは、それは.........
女性の一人暮らしはそれくらいのことするんだな。
だから、ときどき自信過剰になるけど、知らんぷり。

それで、午後から鼻炎の薬をのんだのだ。
30分くらいすると効いてきて、後頭部のあたりが、
スーと軽くなるが、途端に眠い。

たまりかねて1時間ほど眠ったら、
軽い目眩もなくなった。
やれやれだな。

 191114-a1.jpg

ベランダが温いからしばらくいた。
あれぇ。発見したぞ。
去年のポインセチアの葉が赤くなり始めたよ。

あの、夏の外壁塗装のときに枯れて、
再生したが葉っぱが緑になって、捨てようとした。
緑は目に優しいからおいといても........... とおペケがいったのだ。

それから新芽がいくつかでて、
ここんとこの気温低下で、赤くなってきたのだね。
真っ赤にはならないだろうけれど、ごくろうさん。

ほんとかどうかは知らない。
植物って、それなりに手をかけてやると心が通じるっていう。
オレ、花を落とすときには必ずありがとうをいうよ。

いつも声かけして、枝を落としたりする。
それは、自然で遊んでたころから続けている。
別に特別なことではない。

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寒いな、と思ったら、居間の窓が開いていた。
「秋刀魚焼いたから、ちょっとごめんね」
煙がキッチンから流れてきていた。

1尾100円だったという。
たしか、去年が120円だった。
普通に獲れれば、このくらいの価格なんだな。

オレがタチウオ釣りにゆくころ。
その餌にするので秋刀魚を買ってくるが、
20年前とそんなに違いはない。

もっと前の40年くらいまえだって50円。
こうして考えてみると、卵とおなじで、
秋刀魚の値段ってあまり変わっていない。

 ←click

そういえば、釣り師は暮れになると「魚供養」をする。
釣って食べてしまった魚の供養だけれど、
「オレ、あんまり釣ってないけどな」とヘタクソがいう

「だってさ、魚釣れなくても餌だって殺めるだろ」
ま、そうなんだよな。気持ちの問題。
なんだかんだいって、忘年会兼ねて酒飲むだけだけれどね。
 
 
立憲民主党の蓮舫議員がこういったとか。
「あなたたちも桜の会を行っていた、とか。
 出席してたでしょ、とか。つまらない反応です」

え? 自分たちのはいいんだ。で、人のはダメ??
あれは民主党の時代のことです。
いまは立憲民主党なので知りません、っておいおい。

鳩山さんが総理のときは、
安倍総理より多くの人数を招いていたらしいとか。
いま6chで取り上げているMCもしっかりでていたとか。

なにやってんだか。
もっとマジメに審議することあるでしょ?
これって素直な国民の気持ちなのだけれどねぇ。

もういい加減にしてほしい。
なんのための国会議委員なのか。
酷いねぇ。

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さっき、twitterで柴犬の動画観ていて思い出した。
オレがNコロに乗ってたころ、うちにも芝犬がいたのだ。
こいつ、気ばかり強くてオレにもときどき反抗した。

でも、弱点があって、車に酔う。
そのくせ、海に連れていってほしいのだ。
「海にいくよ」というとうれしそうな顔する。

そのくせ、ドアを開けて、
「おいで.....」というと、ちょっと躊躇う。
で、走ってすぐに、ほんとうに情けなさそうな顔する。

オレに訴えるんだな。
「窓開けてぇ........... 」
窓をあけてやると、顔だけ外へだしている。

海に着いてリード解くと、砂浜に転がり、波と戯れて、
愉しくてしかたがないって顔して、走りまわる。
「帰るよ」っていうと聞こえないフリ。

「おいてくよ」と窓閉めるとしかたなく寄ってきて、
「入れッ......」と窓あけると逃げてゆく。
そんなこと2、3度してから、情けない顔して入ってくるんだ。

なんかしらん。
あいつの情けない顔を思い出したよ。
遙かなるむかしのこと。

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テレビに、ギョギョってでてくるさかなクンっていう人は、
ほんとうにシアワセな人なんだろうな、って思う。
あの素っ頓狂な声で、うれしそうに跳ねるとき、それが伝わってくる。

テレ東の「テレビチャンピオン」という番組で、
最初に観たのは小学生だったと記憶しているけれど、これは違うみたいで、
魚全般の知識でチャンピオンになったのは、高校3年だったらしい。

たしか、いまは講師か助教で魚の学問に関わっているようだ。
好きなことのなかに、どっぷりいられるのは、
なによりもシアワセなのだな。オレはこれを知っている。

若いとき一緒に写真コンテストの常連だった人が、
いまは、写真家の先生といわれる立場になっていると聞いた。
あの情熱でカメラひと筋を貫いたのはご立派。さぞやシアワセだと思う。

食べているときの大食らいギャル曽根ママもそうだけれど、
ほんとに、好きで、好きで、
それに関わる仕事をしていられれば、そんなシアワセなことはない。

オレが釣りに首までどっぷりのとき、
釣りが大好きで、どっぷり浸かって、これで飯が食えたらいいなァと、
大勢の人がこう思っているのに気付いた。

で、実際に行動を起こした人もけっこういる。
が、成功した人は、ほんのひとにぎりのなかのひとにぎり。
ウキメーカーとして成功した知人がいたが、そりゃ苦労したらしい。

かく申すオレだって、
好きで好きでしかたのないことで、オマンマ食った人だけれど、
たしかに、愉しい。ふわふわと毎日が過ぎてゆく。

好きなことに、どっぷりつかっていられて夢みたいなもんだ。
だから、さかなクンのシアワセ感が、自分のことのように伝わってくる。
が、それゆえの悩みも苦しみもあるのだね。シアワセばかりじゃない。

ふわふわしてばかりもいられない。それで生計たてるとなるとね。
さかなクンは独身だったよね。
けれどお嫁さんは大変だよ。うちの亡き人とおなじでね。

ま、なにごとも、ほどほどに、趣味として楽しむのがいいんだなァ。
そのオレが、あの人亡くして、
まったく釣りにいかなくなったのだから、われながら不思議。

むかしの仲間が、「あの、おまえが.......」と絶句した。
そう、あの、オレが.......
釣りにゆく気がまったく失せたのだ。

婿殿に何十万かけたかわからない釣り具をそっくりくれてやったが、
自分でも意外なほどに執着がなかった。
釣ってきた魚を喜んで食べた人がいない。それが応えたのだ。

玄関のピンポンでとんできて、
嬉々としてクーラーボックス覗く人がいなくなったんだから、
もう、どうでもよくなったって、しかたないよねぇ。

おペケがいっしょにいってあげようか?
そういってくれたけれど、燃えてこなかった。
燃え尽きたんだ。もう、残り火もないらしいんだよ。

そういうもんらしい。
ほなあした.......................

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そういえたらオレの人世万々歳だァ - 2019.11.13 Wed

曇りだが 寒くはない。風がないからだな。22.8℃。
なのでデスクへ座ってしまうまえに一仕事。
昨日買ってきたシクラメンを、寄せ植えにした。

冬に向かうから、ホムセの花売り場にはなにもない。
ビオラがあるくらいのもの。
シクラメンが3鉢で800円だった。

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2人で出かけるのは久しぶり。
書斎の照明だけが蛍光灯だった。ちかごろ暗い。
なのでLEDのサークル灯を買いにいった。

ここへきたとき、6000円前後だったが4000円しなかった。
少しは安くなったんだな。
読み書き光だそうで、やっと書斎に文明がきたわけだ。

それで、取り付けるのにデスクに乗るのだが、
オレの体重では不安がある。
私が上がるというので、おペケに頼んだ。

そっちじゃない、左だ、右だ。ひねって!!
「なんか怒られてるみたい」
ま、なんとか。共同作業で取り付けできた。やれやれ。

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それから、隣の100円ショップ・ダイソーへゆく。
ここの花鉢はなんたって100円。
靴下12足の大人買いだなんていっても、3足200円。

これでもつからね。家で履くには充分。
毎年、カメラ用の手袋も調達する。
滑り止めがついていて、3本の指カット。

そのまた隣のドラッグストアでは、洗剤類。
ちょっとした衣類コーナーがあって、
オレのパンツを8枚と、おペケが大人買い。

まだまだある。
最後に、そのまたまた隣の食品センターで、
弁当をみたけれど、鮭弁がなくてやめ。

ぜんぶで2時間半ばかり。
2人が両手にいっぱいぶら下げて階段あがった。
あ、しんど。

 ←click

「鮭食べたいなら在庫があるよ」
というから、夕餉に焼いてもらった。
高齢者2人の夕餉はこんなもん。

毎度まいど、見栄えもしないけれど、
Blogの「ばんごはん」に拍手をくださる。
「ありがたいことです」とおペケが申しておりまする。

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昨夜は月の出をしっかり調べて、
電線のなかからお月さんが頭をだすところから、
カメラ構えてまっていた。

「ほら、でてきたよー」
って、おペケを呼んで、2人でみていた。
早いんだね。あっという間に屋根をはなれてゆく。

地球の自転を感じる一瞬だよ。
ちょっと手を休めてみたほうがいい。
日常のなかの非日常を感じる。

普段は忘れているけれど、
オレたちは地球の上に住んでいる。
自分勝手しているけれど、自然のなかにいる。

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オレは、飛行機写真を撮るのだが、
航空機写真マニアではなくて、写真マニアのなかの飛行機撮り。
なんか屁理屈だけれど、自分の中ではそういうポジション。

だから、全国の航空ショーを観にいくほどじゃなくて、
自分ちの上を飛べば撮り、たまには滑走路脇へでかけてゆくくらい。
ま、横着であることはたしかだ。

子供の頃の通称赤トンボといった複葉練習機から、
みているわけで、飛行機に親しみはあるんだな。
浜松基地は、航空自衛隊の発祥の地なんだからねぇ。

でも撮っていれば欲がでてくる。
もうすこし大きく撮りたいとか、迫力つけたいとか。
ま、これはしかたがない。

  

これは高圧線鉄塔の保守用ヘリで、
うちのちかくを斜めに通り抜けてる高圧線の保守で、
半年にいっぺんほど現れる。

普通のヘリは羽が4枚だが、これは2枚。
撮ってみて、あれま、そういうのもあるんだと、
気付いて調べてみるのも愉しいよ。

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折に触れて、人間ってものは、
けっこうしたたかなものなのだって思う。
ほら、「人間往生こいたらなんでもできるゥ」っていうだろ。

仏教で往生というのは、
「極楽浄土に往って生まれ変わる」ということ。
弁慶の立ち往生は、主に忠義を尽くした死に様だな。

われわれが、普通に「往生こく」というと、
行き詰まって、にっちもさっちもいかず、困り果てることをいう。
そこで開きなおっての奮起一番っていう、悟りみたいな意味でもある。

なので、「往生こいたらなんでもできる」 ってのは、
「死んだつもりになれば、なんでもできる」ということであるんだな。
じたばたするけれど、ここ一番が火事場のクソぢからってことだ。

開き直りでもある。
往生こいてしまえ、運を天にまかせとけ。
どうせ、なるようにしかならないじゃないか...... ってね、

ま、オレってヤツは、
思春期のむかしから、よ~~く「往生こいて」きた。
なので転機での切り替えは早いつもり。

往生こいて、ちゃらんぽらん。
開き直って、気持を入れ替え、往生こいてしまえば、
随分とラクになるものではある。

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人間っていうものは、いくつになっても、
多くの煩悩抱えてなかなか往生できかねるのなのだけれど、
不肖ごんべ、12年前に往生こいた。

1人で放り出され、それを予期していなかっただけに、
どーしてぇな、っていう............. 往生は往生でも、
にっちもさっちもの立ち往生だった。

狼狽えて、われを失い、置かれたいまに納得できなかった。
あれはまさに、立ち往生だったと思う。
それで無常観ってものができたとすれば、それはあきらめ。

そこから、すこ〜〜しずつ這いだしてきた。
背負っているのは「寂しさ」と「悔しさ」だから、
それを癒してくれる友を得たのは、なんともは大きい。

あれぇ、1人も気儘でいいじゃないか.........
こういえるにも5年がかかっている。
ちっちゃなちっちゃな往生をいくつも重ねながらね。

ま、日頃からえらそうなこといっても、
ほんとのほんとは、おのれの年老いるという現実さえも、
なかなか往生できないもの。

染みついた煩悩、屁の突っ張りにもならないプライドが、
ついてまわるものだからね。
ぜんぶ捨ててしまえ、毎日、呆けてろよ。もう、いいじゃないのか。

そう考えたってそうはいかないのがいまの世の中。
その往生だってままならないのだ。
あのころいわれたね。

いまの結末は、あんた自身の来し方の延長線上にある。
そういわれればその通り。
ただし、それを評価するのは自分自身でもある。

じゃァ、どうする?
なんとかするべきか、このまま孤独死するのか。
ま、往生のしどころだ。

そこへ、ねぇ、肩寄せあって生きていこうよ?
そういう人が現れた。答えをだすのに2年かかった。
そして、オレたちらしい新たな未来をひらくことにした

その決断をだしてから6年になる。
早いものだねぇ。
1日はけっこう長いけれど、1年ははやい。

これで、ほんとの往生際に、
「あァ,面白かったァ.....」
そういえたら、オレの人世万々歳だァ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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オレのヘソ曲がり一代はここからはじまった - 2019.11.12 Tue

今朝は木枯らし。冷たい風が吹く。
晩秋を通り越して冬だァ。デスクで22.3℃。
昨日の午後、にわかに北の空が暗くなったのだ。

そのうち雨が降ってきて、いやァ、寒かった。
竜巻注意報が出て、雷ゴロゴロ。
寒いよーといってたら、浜北区では雹が降ったそうな。

11月の浜松で道路が白くなるって異常だね。
寒いっていうわけだ。
夕方にはあがって、また温かくなった。

近所にクレーンが忙しなく上下して、棟上げちかい家がある。
最近は、餅投げもしなくなった。
子供のときは楽しみだったのにね。

地面に食べ物が落ちて不衛生だっていうらしい。
ひと頃は、餅がビニ袋にはいっていた。
なにせ、除夜の鐘がうるさいからやめろ、っていうご時世。

そういわれちゃうと、お寺さんもやめちゃうのだそうな。
これは現代病。ジコチューエゴだよな。
うるさいとは思うよ、正直いって。

でも、一年一度だからガマンする。
いっとき我慢すること知らないのかねぇ。
こんなことで、培ってきた文化が失せるなんて情けない。

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雨があがって、しばらくして、
虹でもでていないかなと、窓を開けたら、
電柱の上にお月さんがあった。

屋根の上にあるところを撮りたかった。
今日の夕方に、もう一度アタック。
そういえば、11月11日1時11分の時計の写真の件。

24時間でセットしてあるから、午後だと13時でアウト。
なんか、アイデア倒れだったぞ。
昨日は11.11だからポッキーの日だってぇ。

横にすると二の字二の字だから下駄の日かなと思ったら、
あにはからんや、下駄の日は7月22日。
下駄の寸法は七寸七分、22は二の字だっていう。

ちなみに今日は「洋服記念日」「皮膚の日」らしい。
「洋服記念日」は礼服が袴上下から洋装になった日で、
「皮膚の日」は語呂合わせ。

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太刀魚の旨さに目覚めたおペケが、
今度は煮てみるといって、
また、太刀魚を買ってきたのだが、サイズがねぇ。

釣り師は太刀魚のサイズを指の幅でいう。
指3本幅とか、指4本だとか。
あまりにも細いのは白髪なのだ。

で、指3本くらいがいちばん美味しい。
4本となると脂がのりすぎて、腹周りはちと脂っぽい。
で、昨日のはやや太すぎた。

おペケがいう。
「あまり、タチウオって食べなかったかも.... 」
はい、お勉強。

 ←click

魚を美味く食べるって、実は難しい。
むかしは、魚屋が吟味して店頭にならべたが、
いまは、スーパーのパックだからね。

たしかに安いかも知れないが、
その価格差は、魚を美味しく食べるためのノウハウ、
吟味などの付加価値なんだな。

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いまはすくなくなったが、
この「てんちゃら...........」を通じて、
まわりの女性たちとホンネで語る機会がわりとあった。

なぜか、男性はなかったし、あっても長く続かなかった。
あれってなんだろう。
男どうしって、あまり余計なことはいいあわないからか。

女性は語る。男性は黙する。
でも、人世を語るにおいて、世代の隔たり、
あるいは男女の隔たりは、あるようでないのだと思う。

むしろ、オレが女性たちに啓蒙されることが多かった。
それは、女性たちの隠しもった逞しさかもしれない。
母は強し、女は強し、寡婦もまた強し。

ま、陰ではちょっぴり弱いけれど..........
みんな、背負った人世のしがらみモノともせず、生きていた。]
ときには、男なんて他愛のないものだと思った。

男は支えを失って地面に転がらないと、それに気づかない。
ま、のほほん亭主のそのまんま、人生終われる人はいっぱいいる。
それはそれでシアワセだと思う。

けれども、そういうシアワセなおかたは、
そのシアワセすら気がつかない。
たぶん。

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オスカー・ワイルドがこういってる。
3回くらい繰り返して読むとなんとなく意味がわかる。
とくに男はね。

 すべての女性は、
 彼女の母親に似るようになる。
 それが女の悲劇だ。

 男は彼の母親の思い通りにならない。
 それが男の悲劇だ。

女性は母親に似る。たしかに.........
男は、その母親の傍からはやく逃れたいと思うらしい。
母親を知らないオレでも、なんとなくわかる。

つまり、妻の意のままになりたくないぞーって亭主の抵抗は、
いつまでたっても反抗期から抜けきれないでいる、男の性であった。
と、オイらは解釈したのだが、さて??

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オイらが暮らしていたおんぼろ学生アパートは、
雨が降るとどこやらから蛞蝓がでた。
名付けて、ずたぼろ青春なめくじ三畳間。

もとは、物置だったっていうカドの三畳間で、
隣は共同の炊事場だから、年中なんとなくじめじめ。
だから、ほかの部屋より1000円安かった。

朝晩の賄い付きで、3500円だったと思う。
ここに万年布団と先住者がおいてった座机ひとつ。
三畳だから足は座机んなか突っ込んで寝る。

最後のほうは微熱だして、うとろうとろの夢現。
その微熱がなにかはわかっていたが、バイトゆけないから、
カネなくなって、近所の路地奥の質屋へいく。

暖簾くぐると、鼻眼鏡のバァちゃんが上目遣いでこっちみて、
どうせ、おまえはロクなもん持っちゃこないんだから................
ってな顔して、帳場の向こうで、じろり。

3歳年上の彼女が買ってくれたスーツが出たり入ったりして、
バイトで買ったギターもおなじくいったりきたり、
挙げ句は両方とも流れちまった。

夜も更けて、切なげに膝小僧抱えて溜息つくんだ。
そのうちバイト先の麻雀屋の洗面所で喀血し、
やむなくTB病棟へゆくことになった。

もう、そのころの結核病棟はがら空きで、空きベットが目だった。
週に3日、スプレプトマイシンの注射を尻のほっぺに打つ。
すると、すぐに瞼が重くなり、2時間ほどは眠りこける。

することはないんだ。
注射打ってひたすら安静に寝ているだけ。
入ってすぐに雑菌吸い込み、40℃超える熱を出した。

ほら、重病人はいってきたぞ、と見にくるんだな。
みんな暇だからねぇ。
検痰の21日過ぎて新患部屋から2人部屋に移った。

そこには、おないどしの大学生がいた。
この彼がねぇ。
夜ごとに、死にたくないとピーピー泣くんだ。

そのうち粟粒結核ひどくなって、ほかの部屋へいった。
1人になったオレは窓開けて、外をぼけぇぇ......................
することないから、いつでも、ぼけぇぇ..................

オレのぼけぇぇ............ は21歳のあそこからはじまってる。
まァ、年期入ってるんだな。
しばらくして、ほかの部屋へいった学生はあっちへイっちゃった。

抗生物質できてからは、
あまり亡くなる人はいなかったけれど、余病を併発。
なんともはかないもんだって、21歳で、しんみりほろろ。

ここに1年半もいた。
なんかしらん世間を斜に見るようになっちまう。
オレのヘソ曲がり一代はここからはじまったんだな。

ま、そんなこたァ自慢にゃならない。
ほなあした.............

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2人にせめられて、オレ、しょぼん - 2019.11.11 Mon

今日は、平成1年11月11日。11時11分に写真撮ろうと思う。
だいぶ寒くなった。昨夜から毛布入れた。
アツくもなく8時間の快眠。もっとも立冬は8日だった。

3時から「祝賀御行列の儀」をおペケとみていた。
パレード途中で皇后陛下が目頭を押さえるシーンがあった。
感慨深かったものとお察しもうしあげた。

素直に日本人としてお祝いし、日本人として皇室の弥栄を祈る。
これでいいではないか。
あまりにも、そこに何かをつけたがる人が多すぎる。

上皇陛下のご成婚のパレードは馬車だったね。
何度も、なんども、テレビで観て、
上皇后のおきれいなことに感激したものだった。

いまの若い人は感心がないみたいだが、
昨夜も大河ドラマ「いだてん」を観ていたが、
前のオリンピック前夜のあれこれは、追憶につながってゆく。

オレが大人になったばかりの頃だ。
自分の実体験として遺っているからだろうね。
空に五輪の輪を描いたブルーインパルスしかり。

聖火をもって階段を駆け上がったサカイヨシノリ氏は、
その後どうされているのか。
2020年オリンピックも、多くの人の心に遺って欲しいと思う。



上の左奥歯のブリッジにガタがきて、
固いものが食べられない状態が、ここ3日ばかり続いていた。
それで、昨日午後に喉飴をなめていたのだ。

なにげなく、その浮いたブリッジでぐっと噛んだ。
すると、すると、なんとまァ、
しっかりとブリッジが元の鞘におさまったのだ。

え、治った?
おペケを呼んで「ここへ瞬間接着剤つけてよ」というと、
「やだァ、歯医者いってよ」ってあたりまえ。

ま、大事にならずに接着だけですむかな。
って、歯医者きらいだねぇ。
子供みたいだが.................

  ←click

それゆえに、ポークステーキが美味かった。
歯だねぇ。歯はいのちだ。食いしん坊の。
で、今朝のこと。

起きてきて、ぼけぇぇ.................. としていた。
1時間経っても、
まだ、ぼけぇぇ..........................

「ご飯にする?」とおペケ。
「食べたくない」
「あらァ、こりゃタイヘンだ」

オレが食欲なくなったら、
おしめーよって、いつもいうじゃない。
覚悟しなくっちゃ............. だと。

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うちの家系は、大酒飲みなのだけれどね。
オレは、どうやら、この件の遺伝子は継いでないのだ。
キライじゃないよ。積極的に呑まないだけ。

若いときってのは勢いで呑む。
あれぇ。オレは、それほど強くはないぞ、と気付いた。
だから、バカっ騒ぎはしらふでもする。

それで、血圧の薬やらなにやら飲み始めてからは、
コップ1杯でも異常反応をすることがある。
なんともないときはなんともないが、飲んでみないとわからん。

これは怖くて飲めない。
ときどきビールのジョッキを一気にあおって、
あれ、呑めるじゃないっていわれる。

けれど、へたすると、これだけで悪酔いする。
呑んでみなけりゃわからないってのは困る。ほんと。
ちかごろは、おペケが呑んでも、呑みたいとは思わない。

この家系には、もうひとつ遺伝子があって、
こと髪に関しては若禿家系らしい。
中年過ぎたらツルピカなのだ。オレも覚悟はしていた。

シャンプーすると手応えはめっぽう減った。
まァ、この歳でもこれだけあるから、よしとしよう。
母方の遺伝子に感謝。

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そういえば、自分のことを泥鰌に擬人化して、
カッコよさはないけれど、誠実だなんていった元総理がいたね。
あの時代が悪夢だったかは別として................

泥鰌って魚は、ほんとはしたたかなのだ。
オレらの子供のときは、
水がなくなった田圃の泥を掘ったら泥鰌が出てきたからね。

あいつら泥鰌には肺がない。
だから、鰓呼吸もするし、腸呼吸するし、皮膚呼吸もする。
のらりくらりと生きるんだから、あのたとえは的を外していた。

で、オレたちだって泥鰌みたいなものかと気づいたんだ。
ときどき2人して世間へでていって、
シャバの空気を吸うっていう泥鰌のふり。

ま、これでいいのだよ。
あまり世間に対して文句もいわず、じっとしているが、
その実、したたかに生きてやる、ってのがね。

でも、老害がしゃしゃり出るのは傍迷惑だから、
ひっこんでりゃいいんだと思う。
ただ、モノはいうな、カネだけ吐き出せって....................

てやんでぇ。
そうはいかねぇぞ。

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まだ、おペケの存在を娘に隠していたころ。
娘との会話は、ときどき買い物に誘ってくれる車のなか。
その日も、こんな会話になった。

「こんなになんでもで自分でできる人、
 なかなかないからね。
 いつまでも元気で自分でしてね」

そんなこといわれてしまって、
いつ、いおうかという段階だったので、お尻がこそばゆかった。
で、冗談めかして、ジャブをちょい、ちょい。

「酔狂な人がいたらどうする?」
「でも、それだけ自分でできるんだから、いらないよね?」

と、相手もさるもの、軽く上体そらして、
オレがくりだしたジャブを、ひょいとかわしたのだった。
で、続けて..........

「やってくれる人がいたら元の木阿弥、
 なんにもしないよね、たぶん」
「そうかな、半分ぐらいするかもしれないよ」

で、最後に娘が鋭いアッパーだしてきた。
「けれど、相当にうるさいよね」
「ウフフフフ.............」

と、まァ、こんなだったから、あのときも、
「わたしはかまわないよ......... 」
そう、あっさりといわれて、え? と思ったくらい。

やっぱり見事に木阿弥さんにはなったな。
ただし、あまりうるさくはないよ。
なんたって、自分がやらなくていいんだから.........

手も出さなきゃ口も出さない。足も出さずにどてぇ。
口うるさくはない。
どういう味付けがいいのかと、聞きにくるんだ。

だから、口なんか、出すわけがない。
「たまにはやってみる?」
「いえいえ、そんな.............」

ありがたくいただくゥ。
その値打ちを誰よりも知ってるからな。
それで、なんかのときは、娘に叱られる。

ダメですよ。
おペケさんを哀しませちゃ。
2人にせめられて、オレ、しょぼん。

あ、雨降ってきた、さぶゥ。
ほなあした.............

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コテンッと音がしてマウスを落っことす - 2019.11.10 Sun

列島日本晴れ。天皇陛下即位祝賀御行列の儀にふさわしい。
昨夜の祝賀祭典をテレビで観ていた。
最後の万歳三唱が続いたのに違和感がなかっただろうか。

お祝いだから国民のバンザイが自発的に湧き上がるのは、
自然のなりゆきだが、伊吹氏のあとに、
誰かが音頭をとって続いていたように見受けた。

それが誰なのかは、わからないらしい。
あのお祝いの万歳は、手の平を内側に向けて、手を挙げる。
これが礼儀なのだそうだ。

平成のとき、こういう祭典やったかな。
記憶がなかったが、調べるとやらなかったようだ。
本日3時よりパレード。テレビでお祝いしたい。

皇室の弥栄を祈る。
日本人であるから当然のこと。
これは日本人の誇りだと思っている。

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夕食後に、オレは定位置でテレビを観ている。
おペケも隣の自分の定位置にきて、いっしょに観ているが、
身体が傾いてるな、と思うと眠っている。

起こしはしない。
しばらくして、自分のパソコンへいって、
また傾いている。

「身体が痛くなるよ、ベッドへいきなよ........」
といったって、そういう格好で、
耳元でサントラ鳴っていて、それで眠るのがいいんだ。

さらには、コテンッ。
と、音がしてマウスを落っことす。
まァ、早起き主婦には、至福のときなんだな。

「はなしていいべか」
「なに?」
「わたしは毛布だすけれど、どうする?」

「あ、オレのもだして..... 」
今朝は21.5℃だった、そろそろいいかな。
電気毛布はまだいいよ。

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オレは漬け物が大キライのマイノリティ。
日本人だって、たくわんキライなヤツはいるんだど。
オレが食べばないのはいいけれど...........

そのマイノリティに連れ添うとなると漬物が食べられない。
前任者も食べられなかったが、
単身で家を空けてる間に食べていたらしい。

で、帰る3日前に電話すると、気配は一切消えていた。
おペケは年がら年中いっしょだから、一切食べらないのだ。
「漬物なくてはダメっていうほどでもないし.......... 」っていう。

よくしたもんだな。
そういう人と巡り会うなんてね。
が、最近は一夜漬けなんぞ食べてるよ。

  ←click

ブリは出世魚なのだ。
この辺では、ワカナゴ→イナダ→ワラサ→ブリ。
幼魚のワカナゴは堤防からでも釣れる。

おなじサイズのパチッコ、カンパチの幼魚は、
なんとか食えるがワカナゴは水っぽくて身がかたい。
だから2kg級のワラサでやっと刺身でイケるようになる。

で、イナダはまだ身が固い。
「うまいよ」って、おペケはその固いのがいいらしい。
オレには??

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秋鯖は嫁に食わすな、食わすなら秋鯒にしろといったとか。
鯒 (コチ)の旬は夏。なんとも昔の人はひどいことをいったものだ。
これはホンゴチのはなし。

もっと差別を受けているメゴチは女鯒と書く。
釣り師にもタイヘン嫌われる。
その理由は、全身に付いているヌルヌル。

江戸の戯れ話に、
このヌルヌルが女という字を当てる語源だというが、
真偽は定かではない。えっ、なぜ? 

ネズッポとメゴチは同属亜種らしいが、
釣り人は混称している。
ハゼ釣り、キス釣りの厄介な外道なのだ。

ハリを外すには、
タオルではネバネバになってしまうので、
その名もメゴチバサミが便利。

食味はコチの仲間なので悪くはない。
ヌルヌルを取るのが面倒だが、煮付け、天麩羅ともに美味しい。
オレはメゴチ好きで、もって帰って天麩羅にした。

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江戸時代の四国阿波藩には「御釣御用役」がいたそうな。
久蔵、藤三郎、清兵衛の三人の釣り師が召し抱えられ、
羽織紋付、帯刀も許されていたという。

御用の声が掛かると、
お殿様に満足の行く釣りをしてもらうのが仕事なのだ。
お殿様がオデコの不興をかえば打ち首覚悟である。

武士の待遇は受けていても、
これほど厳しい釣りもなかったろうと思う。
オレはいやだ。

後に三人扶持支配、
五石を与えられた釣り士が15人もいて「御釣町」ができたという。
服部直達著《釣りの資料室》(あき書房刊)にある興味深い話。

釣りに対しての栄光と悲哀のはなしだが、
いまも各トーナメントで活躍する名手の多い阿波には、
こうした伝統があったのだ。

打ち首、切腹を覚悟の腕前だから「釣り士」でもよかろう。
ただの釣り好きが、多少の腕がたっても、
師にはなり得ず「釣り人」だとの主張もあった。

屁理屈ではあるが、そんなことはどうでもいい。
オイらの師事した先達は逝くまで士で通した。
ところが士も師も意味合いはあまり変わらないという。

オレは、釣り師という言葉を使う。
黒鯛師などはその釣り一筋、極めるものを持っていれば師だ。
それなりの拘りもって自然と接していれば師でいい。

どっちに転んでも屁理屈には違いない。
己の気持ちの持ちようだと思う。
どっちでもいい。

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オレがいつもいく釣り船の常連に夫唱婦随の釣り師がいた。
とにかく仲がいい。乗合船の釣り座決めは抽選なのだが、
常連さん公認でいつも隣合わせにしてあげる。

御前崎沖の金洲が最盛期の頃だった。
女性釣り師が乗っていれば、ほかの船が覗きにきた時代。
ま、それくらい女性釣り師は珍しかった。

その日は金洲のトンガリにいた。
朝からアタリは少なく、僚船は一つ消え、二つ消え、
10時頃にはわれわれ1隻だけになった。

カド瀬に戻って「ワラサが食ったよォ」と僚船が無線で伝えてくる。
が、この船は動かなかった。
船長の潮が変われば必ず食うという言葉に、乗船客一同が賭けたのだ。

大物を狙うからには、
クーラーボックスが空でもという気風がまだ残っていた。
11時になった。

トンガリに居続けたが、船長も客にも焦りの色は拭えない。
ジャンボイサキが忘れた頃にポツリと食うだけ。
早朝3時起きだから睡魔が襲う。

スパンカーの上を赤トンボの群れが飛ぶ。
時速22マイルで走って1時間半。この洋上に赤トンボが飛ぶのだ。
と、「潮が速くなった」と船長のアナウンス。

眠気を催していた一同に緊張が走る。
「きたっ」
胴の間と舳がダブルヒット。

その合間に挟まれたオレは仕掛けを上げる。
10分ほどの闘いで魚が上がった。
5kg台の丸々と脂の乗ったブリだった。

ご亭主がそのうちの1尾を上げ、奥方は大喜びする。
「あと1時間、頑張って」と船長の檄が飛んだその直後、
奥方の竿が一気に海面に突き刺さる。

短めの竿がパットまで曲がり、糸は引きだされていった。
「大きいぞ、5分だけ耐えろっ」と船長。
隣のオイらも、ほかの客も仕掛けを上げて協力する。

これはマナーだ。
糸が絡めば瞬時にキレる。
自分がかけたときにも、そうしてくれる。

トンガリの端のガケまで、100m持っていければ深くなる。
「バラスなよ」
ご亭主の声がかかって、糸を引き抜く。

10分ほど、奥方はよく耐えた。
「水深200m、さァ、もういいよ」と船長。
それから10分、ついに水面に横たわったのはヒラマサの12kg。

ほかの客のやんやの祝福のなか、
「もう死んでもいィ」と奥方。
「それは困る」とご亭主。夫唱婦随の至福のときだった。

この話を、昨夜、イナダの刺身を食べながらした。
よくしたもんで、20年まえの光景が、
はっきりと頭の中のスクリーンに浮かぶのだねぇ。

さて、お昼だ。
ほなあした...................

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シアワセな気分でいられればいい - 2019.11.09 Sat

冬っぽくなってきた。今朝は21.3℃。小寒い。
朝のうちは曇っていて、ベランダへでたら天使の梯子。
雲間から日差しが漏れて、光の筋になっていた。

ついこの間までのアツイのなんのがウソみたい。
それなり寒くなってきたけれど、
いまの気候が寝るときはちょうどいいみたいで、2人とも睡眠8時間。

おペケは10時しか予約がとれないといって、
早くからバタバタして美容院へいき、
1時頃までは帰ってこない。

女性にとっての美容院は気分転換になるみたいで、
ここ2、3日「どうしようかな............ 」と躊躇っていたから、
「いってくればいい」と背中押したら、でていった。

みんなニコニコ気分よく。
明るい笑顔がいちばんではないか。ねぇ。
てなことで、オレは高齢者講習の予約でもするかぇ。

きたんだな、ハガキが。
めんどくせー、もう。
この頃は2回に分けてやるんだね。

ま、他人ごとじゃないけれど、
高齢者が頻繁にどこかへ突っこむんだな。
踏み違えオートストップの車を義務化しないダメか。

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毎朝メールチェックするといくつかの迷惑メールがある。
AppplのメーラーでYahooとgmailを管理しているが、
かれこれ3年ほどは、毎日30通ほど転がり出る。

これは迷惑メールフォルダーにはいるから、
除去ソフトにオカネをかけて、自動仕分けさせておく。
この手はメーラーの受信拒否してもダメ。

毎日まいにちアドレス換えて発信してくるから、
こっちのアドレス換えるしかない。
だから、不審なメールは開かないで即削除すること。

3年まえに、WOWOWからのメールと間違えて、
マルウエア (ビーコン) 入りのメールを開けてしまった。
ま、自分で蒔いたタネではある。

心当たりのない迷惑メールってのは、
間違いなくビーコンはいってるからね。
海外発信だから、サイバー警察どうしたってのもナンセンス。

マルウエア (ビーコン) とは、
ランダムで送り込んでくる迷惑メールに仕込まれていて、
1ピクセル程度の極小スパイウエア。

そのメールがきていても、
それはコンピュータによるランダム発信なので、
相手先はアドレスを知って送ってくるわけではない。

このメールを不用意に開くと、
「あったりィ!!」と知らせるわけで、メアドまでは相手に知れる。
まァ、翌日あたりからタイヘン。

迷惑メールが、どかどかどかと束になってやってくる。
で、迷惑メールも進化してる様子で、
着信拒否をしたらそれが察知できるのか、以降に倍増して30通。

携帯電話は、いまだにガラケイ。
電話帳にはいっている人しか受信しない。
ゆえに迷惑メール皆無。

毎日が日曜日族には、ガラケイで充分。それとiMacがあればいい。
スマホにする必要性がないのだ。
娘夫婦がここにきたって、2人とも会話よりスマホ。

なんだかなァ............. って思う。
どこへいってもスマホ、スマホ。これってダメだな。
日本の思考をダメにする。

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毎日、ご飯献立考えるタイヘンさは充分承知している。
オレみたい「イイ加減めし」をつくるのだってタイヘンだった。
それがわかってるから文句はいわない。

黙って食べる。完食する。
終わったあとに美味かったという。
それなりのときも、黙って美味かったという。

  ←click

物足りない顔しているときもある。
隠し献立がでてくるときも、ないときもある。
昨日はシラスをもらって、シラスおろしにした。

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オレねぇ、喋ることが大好きなんだな。
ただ、おペケにいわれることがある。
人の話をぜんぶ聞いてから話しなさいねってぇ。

せっかちなんだな。
で、子供のときに、親戚で遠州のしゃべくりといわれた。
大人になっても、書くのが好きだし、喋るのも大好き。

公民館で「あること」の講師やってたこともあるし、
ラジオのレギュラーしてたこともある。
喋る、って愉しいし、聞いてもらえるってうれしい。

年齢を重ねるに従って聞く愉しみも憶えた。
もっと人の話も聞かないといけない。
北野たけしさんがこういってる。

 料理人に会ったら料理のこと、
 運転手に会ったらクルマのこと、
 坊さんに会ったらあの世のことでも何でも、
 知ったかぶりせずに、素直な気持ちで聞いてみたらいい。

 自慢話なんかしているより、
 ずっと世界が広がるし、何より場が楽しくなる。
 たとえ知っていたとしても、一応ちゃんと聞くんだ。

そうなんだな、これが会話が愉しくなる極意だ。
さすが、たけちゃん、いいことをいう。
それは違うと説き伏せたり、論破しても、それほど満足感はないはず。

お相手の話を聞いてるほうがずっと愉しい。
オレのせっかち、なんとかならんか。
これからはおペケにつねってもらおうかねぇ。

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昨日の検診で、アレルギーの薬をもらってきた。
偏頭痛を伴うといったら、新しい薬を処方してくれたのだ。
で、すこし眠くなりますってセンセがいう。

普通の人がすこしだったら、オレにはかなり眠い。
だから、いまだってキーボード叩く手がとまったらヤバイ。
そのまま眠り落ちしそうなのだ。

ほんと、薬のせいかよく眠る。
よくいう形容の「泥がごとく」によく眠る。
そもそも「でぃ」っていうのはなんなのか。

中国の深海に棲む架空の生物だそうな。
泥と書く。
これが泥のようによく眠るって語源だ。

泥ぃが渚に打ち上げられてると、
べちゃァ..................... としていて、
なんだか、得体のしれぬ物体になるっていう。

得体の知れぬもの。正体もなく眠る。
これに通じて、泥のように眠ると表現するらしい、
たぶん、深海の軟体動物なんだろうと思う。

得体の知れぬ、わけわからんヘンなヤツ。
オレ、はやくなりたいなァ、コイツにって思ってた、
それを愉しみに、64歳まで働いてきたのだ。

 な〜〜んも考えなくてもいいだろ?
 ひたすら眠ってりゃいいんだろう?
 そうするために、いまを頑張ろう。

リタイアしたら、これになろってぇ。
いま、やっとやっと、それになりかけているよ。
でも、まだまだ先はある。

おペケがしみじみいった。
「あなたと出会えてよかった」
だって、こうやって案じることもなく暮らしてゆけるんだもの。

なにも案じることがない。
これがいちばんのシアワセだな。
ささやかでも................

 君が長生きするかどうかは、
 運命にかかっている。

 だが、充実して生きるかどうかは、
 君の魂にかかっている。

セネカという人がこういったそうな。
魂というのも大袈裟だから、気分にいいかえてみる。
そう、自分がシアワセな気分だったらいい。

それがおペケに通じて、
2人がおなじ気分でいられればね。
そうじゃないかぇ、皆の衆。

あ、眠い。
ほなあした..............

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これで笑えったって笑えやしない - 2019.11.08 Fri

イイ天気やねぇ。朝のうちは 無風。冬パターンだな。
午後になると空っ風の赤ちゃんがハイハイ始める。
左サイトの降雨予報みても、全国的にほとんど雲がない。

いつまで続くのか。
そういえば、この冬は1月まで暖かいそうな。
秋たんぽぽも咲いてるしね。秋蒲公英は冬温かし。

20時になるのを、わくわくして待っていた。
井上尚弥 vs ドネア WBSS バンタム級の決勝戦。
結果論でいうのではないが、簡単には勝てないと思っていた。

なにせ、相手はレジェンドとはいえ、五階級制覇の強者だ。
で、2回に井上選手が右目上をパンチカット。
早い回に倒すだろう、なんて予想はこれで消えたと思った。

で「ドネアが2人に見えた」と本人がいう状態となり、
ジャブは出ないし、いつもの井上選手らしくない動き。
9回には辛うじて、クリンチに逃げるシーンもあって、一進一退。

11回についに伝家の宝刀、左ボディが炸裂。
苦悶のドネアが膝を突いた。なんか、カウントが遅かったぞ。
レフリーは誰に忖度したのか。

ドネアいわく、
立っていられたが、次のパンチで仕留められる。
ここは膝ついて凌ごう。

それでも、フィリピンのレジェンドはさすがの闘いをみせ、
12回の終了ゴングで双方がファイトを称え合った。
ジャッジは、166-111、117−109、114-113で井上選手に栄冠。

ボクシング史上に残る名勝負だった。
モンスターといわれる井上尚弥の底が見えた試合。
ゆえに、さらなる進化が期待される。

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午後から隣のセンセにいって、
インフルエンザワクチンしようと思ったら、
まだ、ストックがないらしく、20日過ぎでの予約。

今年はおペケがやってくれるというから、すこしは安心。
2人で寝込んだらタイヘンだからね。
以前にいっぺんあるけれど、あれは悲惨だった。

3時から病院へいったのだが、薬局終わって帰ると4時半。
空が暗くて、あらら、もう、晩ご飯の支度ゥ? と、おペケが嘆く。
1日終わるのがはやいこと。だって、もう金曜日だもんな。

 ←click

で、夕食はオレのリクエストの「ワカサギ唐揚げ」だった。
おひとりさま時代のお得意料理。
甘酢掛けにしたりして、よくやったよな。

小魚はこれに限る。
多少の骨は二度揚げしたら苦にならないし、
頭から食べられるから、カルシューム補給にいい。

 19118-a2.jpg

今朝がた、30分かけてOSのバージョンアップした。
そうしたらレインボーがくるくるまわってばかりで、
さっぱり捗らず、待っていると眠くなる。

バージョンアップってね。いいことばかりはない。
ときどき改悪もあるみたいで、
あっち改良すればこっちがって、それは困る。

実は、いまMojava 15.14.6というOSをつかっていて、
10月に入って、Catarina 15.15.1がリリースされたけれど、
完全64bit移行で使えなくなるデバイスがあるからアップしていない。

加えて、itunesの進化形を備えたOSだし、
多くの不具合が指摘されてるから、あえてアップしなかった。
要するに、iphone提携、ipad一体化だから必要ない。

 19118-s2.jpg

なんにもしないめんどくさがりを増幅したのは、
ま、どうせ、誰もきやしないさ...................... ってな、
どーでもいいや感っていうか、あるいは開放感っていうか。

ま、そういうものだな。
おひとりさまに慣れてくるとねぇ。
この誰にも支配されないっていうのは、たしかにラクチン。

なにせ、これを8年半やって、
その分のめんどくせーを断捨離しまくって、ここにいる。
けれどまえにも増して、なんにもしなくなった。

してくれる人がいる分、なんにもしないで通れる。
オレって、シアワセだなァ、
ってますますモノグサ横着になってゆくわぇ。

 191180rr5.jpg

やほー・ニュースによると、
新国立競技場の工事によって182人分の人骨がでてきたそうな。
なんでも江戸時代の墓地だったとか。

夜は墓場で運動会、ゲ、ゲ、ゲゲのゲ♪って秀逸なコメが、
入っていたけれど、それはおいといて、
当時の人の暮らしぶりを知る貴重な研究材になるらしい。

土壇場へきてマラソンが札幌だとか、いろいろある。
別に真夏に開催しなければいいものを、IOCのmoneyの都合だからね。
都市で開催っていうのに、矛盾がでてきているようだ。

そのうち、五輪を受けるところがなくなりはしないか。
オカネがかかりすぎる。
もっと柔軟にしないとねぇ。

NHK大河ドラマ「いだてん」をみている。
まーちゃんこと田畑政治氏が浜松出身てこともあるが、
あの時代にオレたちの人世スタートでもあったから共有できる。

 19118-rr6.jpg

年齢いくと、たしかに涙もろくなるんだな。
男なら黙って歯を食い縛れ...........
オレを育てたバァちゃんは、喧嘩して泣いて帰ってくることを許さなかった。

なので、負けて泣いても2軒くらい隣で涙を涸らして家に帰った。
もっとも体格だけはよかったからねぇ。
そのうち喧嘩が強くなって、同級生には敵なし。

ある日のこと、無謀にも4つ年上に挑んで勝ちそうになったら、
そいつに下駄で頭を殴られた。
このときばかりは、八幡様の境内で気絶したけれど、泣きはしなかった。

オレ、生涯にノックアウトされたのが2回ある。
この八幡様境内と、ボクシング練習生のときのスパのアッパーカット。
あれは、脳震盪を起こしているから痛くはない。

ぼわ〜〜〜ん、と気持ちイイ。
で、中学生からはガチ硬派で軟派野郎を毛嫌いしていた。
不良とケンカして、尻へナイフ刺されたこともある。

男は泣くな。歯を食いしばれ。
以来、亡き人との別れまで、大人の涙は2回くらいしか記憶がない。
ま、普通はそうだよね。

ただ、あの人が涙腺のセンボをもっていっちまったか、
それとも、単に涙もろくなるっていう爺ィ現象なのか?
そこんところがよくわからんけれど、ちかごろよく泣くんだ。

そのまた、おペケが涙もろくて、すぐにティッシュに手がゆく。
昨夜もなんだったか、テレビ観てうるうるしてたんだねぇ。
で、パソコンデスクのネタ帳には、涙って書いてある。

涙もろいのに比例して、忘れっぽくもなる。
たしかに、涙と書いてあるのだが、それがなんだったか、
いま、ぜんぶ忘れて、なんの役にもたたないっていう。

泣くという行為は、感情のガス抜きみたいなのもので、
反比例してキレることはすくなくなる。
だから、家庭円満のために努めて泣くべし。

いまどきの年寄りはキレやすいっていう。
たしかに、世の中に老人のクレーマーが多いらしい。
思うようにならんのだな、きっと。

いっちゃなんだけれど、
世間は敬老の精神を失ったがごときだし、お国は年金削るし、
消費税あげたし、そりゃまァ、キレたくもなるんだなァ。

これで笑えったって笑えやしないよ。
せいぜい涙落としてガス抜きするこった。
キレたって1円の得にもなりゃしない。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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三文安どころか千両の愛 - 2019.11.07 Thu

雲ひとつ ない空。幾日つづけて、こう書いたかな。
22.7℃。小寒いが、ええ天気でござる。
本日は隣のセンセの検診。午後イチにしようかいの。

あらら。うちのまえをパトカーが2台。
けたたましいサイレン鳴らして走っていった。
暮れ近くなると、郵便局強盗や、明け方のコンビニ強盗があったりする。

いまも野次馬根性旺盛で、書斎の窓あけて覗いていたりする。
なんだ、なんだってね。
覗いたってなんにもわかりゃしない。

が、ネットでの人の思いはいろいろあって、
首つっこむだけアホらしいと、近頃はそう思っている。
クスッと小さく笑ったり、もう、とちょっとだけ怒ってみたり。

今朝もtwitterみていて、たしろまさし氏逮捕に情けない思い。
断ち切れないんだな。ここのところYouTubeで、
PVが増えかかったらしいが、収入あれば薬買っちゃうのかねぇ。

最近のオレのネットでもスタンスはっていうと、
来る人拒まず、去る人追わず。
いまは単なる「八方美人」と自覚している。

ことさら嫌われることもない。
なんだ、おまえは、それだけのヤツかといわれたって、
いいわけもせず、へらへら笑っていればいい。

しいていえば、めんどくさいことは、もうごめん。
おのれの居心地だけ考えてればよろしィ。
それで本望でござい。

 19117-a1_20191107103207515.jpg

いつのまにか日差しが斜めに、
部屋のなかに入ってくるようになった。
南高度っていうんだよね。

太陽の日差しの角度がいちばん低い日は冬至前後。
今年はたしか12月22日。あ、そういえば...........
「あんたの誕生日がもうじきだね」

「今年はなにを買っていただけますか?」
そういう返事だったから、聞こえないふりした。
だってね、この人は............

欲しいときに欲しいモノを買っていて、
これがいちばんシアワセだっていってるじゃない。
だいたい、見たモノなんとかだしィ。

「あなただって、そうじゃない」
あ、藪をつついたかな。アハ。
オレは、来年のカメラ新型発売まで欲しいものなし。

 19117-a4.jpg

トントントン。キッチンから包丁の音がする。
今日はやる気になってるじゃん。
そんなこといっちゃいけない。いい直す。今日もだ。

そのうち魚を焼くニオイがしてきた。
いいなァ。魚が大好き。
覗きにいったらタチウオだった。

 ←click

自分でいうのもなんだけれどねぇ。
オレ、タチウオ釣りの名手だった。船頭がいったよ。
「あんた、上手だな」ってぇ。

太刀魚ってのは太刀のようにピカピカだし、
立って泳ぐから泳層が微妙に変わるのだ。
それから歯が内向きになっていて、これが鋭い。

おおむね、こういう歯をした魚は捕食がヘタ。
1度食いついたら離さないぞ、って構造になっている。
だから、餌食いもデリケートなのだね。

すぐに変わる泳層を予測して探る。
せっかちなオレはせっせ、せっせと探る。
ま、オレの性格と魚の習性がマッチしたってことだ。

自分で釣った太刀魚はピッカピカ。
この銀色の成分は、銀のマニキュアや、人工真珠の材料。
焼いたら脂がじゅわァって美味いよ。

「いつもはなしだけ.......... 」
「ごめん。食べさせられなくて....... 」

 19131-a1_20191107111547fc5.jpg

ベランダへでて空をみあげていたら、練習機が飛んでゆく。
そのちょっと上に昼の月があったから、重ならないかなと、
写真の構図的な興味だけで、待っていたけれど、ぜんぶ下だった。

カメラもて、されば開かれん。
なんか撮るものあるもんだよねぇ。
ま、毎日観察眼のトレーニングのつもりではいる。

カメラもってうろうろ。
1日に何回うちのなか歩くことか。
見慣れた風景のなかからネタを拾い出す。

写真って、半分は「あッ」っていう発見なんだね。
自分の「あッ」ていう感性なんだ。
だから、「あッ」はひとつでも多いほうがいい。

 121125-h17_20121130090142_20191107114149cd9.jpg

このちっちゃなお城は昭和33年にできた。
戦後間もない昭和25年に、城址で復興博覧会が行われ、
この天守からは駕籠の形をしたロープウエイがあったような。

利町の公園に市役所の仮庁舎があったのを憶えている。
で、市役所横の坂道を自衛隊が造っていたような。
軽便の線路傍で遊んでいたが、あまり、はっきりした記憶はない。

オイらの生まれは、六間道路沿い。
戦争の激しい頃は1号線沿いに住んでいたが、
町が焼け落ちるまえに疎開した。

小学校の何年生だったか、この城址公園一帯で、
子供博覧会っていうのがあって、そのときに初めてテレビを観た。
そのあとに動物園になって、街中に象の雄叫びが響き渡った。

父親が接待で酒を飲み,酔っ払って帰ってくるときは、
人力車じゃない、輪タクだな、
自転車の後ろにホロの客席がついたやつ。

あれに乗ってくるのだけれど、
父親は自分もでルノーかなんか持っていた。
ま、世間が食うや食わずのときに、自家用車もってたんだ。

この街で一番の軍需工場やってた父親の羽振りが知れる。
だから、オイらは何不自由なくシアワセに育った。
いうなれば、乳母日傘のおぼっちゃん。

バァちゃんが、オレのかァーちゃんじゃないって、
その頃わかったが、それほどのわだかまりも生じることなく、
なんともいい加減に育っていった。

それを育んだのは、やっぱりバァちゃんの愛だろうな。
オレにとっては、三文安どころか、千両の愛。
いまになって知るんだけれどねぇ。

爺ィちゃんが枯れ枝が落ちるようにあっちへ逝って、
あんなに気丈だったバァちゃんがすぐに後を追ったのだ。
で、そのころに、のほほんと思春期を迎える。

裏の小路の奥のほうへゆくと、
「ちょいと、おにーさん寄ってきなさいよ」
それほどおおっぴらでなく、忍びやかに声がかかった。

赤提灯などのしもた屋が並んでいたのだが、
ここの赤提灯の倅がオレの親友で、
彼とネオンがチカチカする2階の部屋で煙草を喫っていた。

彼とは、とりとめなく思春期の思いを語りあっていた。
たまには、中学生が酒飲んで酔っ払っていたが、不良じゃない。
ここで,そうしていただけ。

親友のカァちゃんも,店の女たちも誰も咎めなかった。
ほどなく父親の会社が倒産し、下町の家は人手にわたった。
途端に、ボンビーのどん底だけれど、あの家庭は底抜けに明るかった。

あれはなだったろう。
なーに、そのうちなんとなかる。
って、どっしり構えた父親の背中のせいか。

いま、この天守閣を見上げると鼻の奥がキナ臭くなるのには、
こんなわけがあるんだが、ま、たいしたはなしじゃない。
この城を見上げる丘の上に、亡き人が眠っている。

寺から、来年は13回忌だとのハガキがきた。
年が変わったら、娘の都合のいい日に供養してあげよう。
そうか、12年になるのか。

月日の経つには早いものだねぇ。
ほなあした......................

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気息エンエン木炭バスのはなし - 2019.11.06 Wed

雲ひとつないよ。日本晴れだァ。でも、22.4℃。
外出たら、ぽかぽか陽気。
この晴天続きになってからエアコン要らず。

日差しが斜めになってくると、
わが家でいちばん温かいのが、カド部屋の和室で、
ここに炬燵があるが、今年はまだ炬燵布団もだしてない。

この部屋は明るすぎて、眩しくて、
エアコンを15畳用にしてから、炬燵へ入らなくなった。
ここで、本読みながら昼寝するのも、悪くはない。

ま、寒いのは北の果ての書斎だね。
窓は広いけれど、日は差さない。
冬だけパソコン抱えて、和室へ避難しようか。

 19116-aa1.jpg

去年の今頃のログみると、こんなこといってる。
なんだ、なにも進展してないのか。
もっとも、あちらが、アレだから、こっちもコレだな。

 韓国大統領府に国民請願始まる。
 「日本旅行と韓流の規制を...... 」

これって、こちらにさしたるデメリットもない。
困るのはそちらさんでは? って去年に書いたんだ。
で、どうなった? あちらの航空会社は軒並み赤字だそうな。

なんか大きな勘違いしている、としか思えない。
この問題も、こんなこといてった。
で、どうなったか?

 日韓政府と企業による元徴用工賠償の財団設立を提案
 =韓国与党討論会=

これね。あちらの議長が、おなじこと提案したそうな。
いわゆる慰安婦基金の10億円のうち、6億円が宙に浮いてる。
そりゃま、一方的に解散してしまったからね。

それを基にして、さらに両国で寄付金募って、
元徴用工賠償にあてるという提案だが、日本政府は即座に断った。
そう、それでいい。もう過去の轍は踏まない。

こういう手に乗って、「それで収まるなら..... 」と、
いままで、どれだけ反古にされてきたのか。
出す根拠のないカネは出さなくていい。非韓三原則貫くべし。

 19116-aa6.jpg

一昨日のは「冷蔵庫一掃鍋」のつもりだったが、
再度おペケがいったのだ。
「まだ、稲庭うどんときりたんぽがあった」ってね。

「いいじゃん。それで、もう一回鍋にすれば....... 」
「続いてもいい?」ってわけで、
また、「稲庭うどんきりたんぽ消費なべ」とあいなった。

「じゃァ、散歩しながら具を補充してくるわ」
と、おペケがリュック背負ってでていった。
この頃、彼女もまったく歩いていないからね。

 ←click

2時間ほどして帰ってきた。
バイパスのドラッグストアいって、あそこいって、
ここいってと、ま、相当の距離だな。

「明日はいっしょにゆく?」って、
「やなこった」
でも、そろそろ公園ランチにいこうか。

 19116-u2.jpg

そろそろ隣のセンセにゆかないと..........
おペケがそういう。
そうだ、11月だから、インフルエンザワクチンだな。

名古屋在中のときに、こっぴどくやられ、
あれ以来インフルエンザワクチンを欠かさずやって、
流感にはかかっていない。

が、一つ問題がある。
おペケが絶対に注射をしないのだ。
痛いからイヤだと子供みたいな理由でね。

頼むからやってくれ、といっても、
「わたしゃ、流感に罹ったことがない」と、そりゃま頑固。
だって、出歩くのはあんた、もって帰れば共倒れ。

今年も懇願する。
「どうする?」といってみた。
「日を変えてやろうか」

お、やる気になったらしいぞ。
ワクチン接種のあとでちょっと怠くなる。
それを心配している。わかった、協力するってことで.......

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ある日、教室に何十本もの日の丸の小旗が持ち込まれ、
明日は2時間目が終わったら駅に行きます... と先生がいう。
何でも天皇陛下が関西へいらっしゃる。そのお迎えだという。

そのころ、この東京から浜松までは電化されていて、電気機関車。
ここの駅で蒸気機関車に換えて西へ向かっていた。
そう、昭和27年頃の話。

小学生が駅のプラットホームに小旗を持って並ぶ。
まんなかに小さな台があって、その横に市長が待機している。
静かに、ほんとうに静かに、小豆色の車両がホームに入ってきた。

市長の真ん前に、菊の紋がついた窓がぴたりと止まった。
そこに、昭和天皇がお立ちになって手を振られていた。
市長が台に乗ってバンザイと叫ぶ。

子供たちが、それに合わせてバンザイとつづく。
お召し列車といえども、機関車を換えるので、この駅に停車する。
先生たちが抽選して、オレらのクラスが当たった。

曖昧なのがいやなのでググってみた。
東海道線の電化は昭和28年に沼津まで。
昭和30年には名古屋、大阪までは昭和31年とあった。

案外と電化のテンポが早かったようだ。
で、いくら検索しても、浜松までという記述がない。
旅客列車が、この駅で機関車を換えたのはほんの一時期だったようだ。

その10年ちょっと後には、
東海道新幹線が走り抜けるようになる。
いま思うとそのテンポの早さに驚く。

1964年10月3日。
初めて新幹線に乗ったこの日は覚えている。
すげーと車内探検をしているうちに東京駅に着いた。

 19116-u7.jpg

小学生の頃、なぜか、床屋というものをイヤがって、
なんやかやと一日延ばしにした記憶がある。
オレたちの時代は生まれたときから丸刈り。それで高校まで過ごした。

だから学帽ってやつが欠かせなかった。
2年生まで付属小だったから、白いカバーの学帽に半ズボン。
みんなボッチャン刈りだったけれど、オレはクセ毛だったからイガグリ頭。

床屋といえば、ある情景が浮かんでくる。
もっと小さな頃だな。
なぜか遠くの坂の上にある床屋さんにいかされた。

父親は、戦時中は軍需工場やっていて、
その床屋さんも、そこで旋盤まわして鉄砲弾造っていたという。
で、月に1回、バリカンでさっぱり、くりくり頭にしにいく。

まだ、電気バリカンじゃない、シャキ、シャキと耳の上で音がした。
男の子でも、おのれの顔がデカイ鏡に映るのは面映ゆく、
だいたいは狸寝入りしている。

早く終えて帰りたいから、ときどき目を開け、鏡の横の時計を見る。
顔を剃るのはオジサンがいい。
オバサンはイガグリの額の生え際を丸くする。

オジサンの直線角張ったほうがオニィちゃんに見える。
だから、狸寝入りしながらオジサンがくるよう祈ってる。
カミソリを皮ベルトでこするとき、大きくパッパッとやるのがオジサン。

だから、狸寝入りしていてもパッパッ、を聞くとほっとする。
男は男らしく凛々しくなければいけない、
ちっちゃいながらそう思っていた。

時代がかった木枠のついた立派な鏡。その横にプロマイド。
丸顔の少女が馬と一緒に写っていて、
これが「馬」という映画だと知ったのはずっと後。

その床屋さんは坂の上にあった。
木炭バスが気息エンエンであがってくる。
背負ったお釜から白い煙を吐き出す姿が、鏡の中に写る。

鏡の中の木炭バスだけの記憶なのだ。
ほんとに気息エンエン。
胸突き八丁にある床屋の前では、もう停まりそうだった。

すると、近所の悪ガキがお釜の横の木材カゴに、
ぶら下がったりする。
昭和25年までは、あの気息エンエンが走ったという。

けれど、そこんとこは記憶がない。
いつしか、ガソリン車になって、通り過ぎるとイイ匂いがした。
道路の真ん中に飛び出して、ガソリンの残り香かいでくんくん鼻鳴らす。

車なんて、次々くる時代じゃないから、道路真ん中でも危なくはない。
で、自転車の練習だって街道の真ん中でした。
子供用自転車なんて持ってる人はない。大人用へ三角乗り。

みんなこれで覚えた。
ペダルの上の三角部分。あそこへ右足入れてペダル踏む。
ちょっと慣れて立ち乗り。

サドルにお尻が届くのは中学生になってからだ。
補助輪もなにもない。何度も何度も、
どでんっと転びながらに三角乗りして乗れるようになる。

片一方ずつペダルを踏んで、いんぐりもんぐり。
遠出すると尻の皮が破れて血が出る。
で、父親が、ホィールサイズの小さな自転車を特注してくれるという。

そりゃァ、うれしかった。
毎日、わくわくしながら、門扉の上にまたがって父親の帰りを待った。
約束の日を過ぎて、いつまで経っても自転車はこない。

そのうち父親も帰らなくなった。
なんと父親の会社が倒産していたのだ。
しばらくして、家財に差し押さえの赤紙がベタベタと貼られた。

遙かなるむかしのはなし。
ほなあした................

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ゴンズイの蒲焼きのはなし - 2019.11.05 Tue

今日もイイ天気♪。って、サザエさんのオープニングみたい。
昨日は午後からちょっとだけ風が吹いた。
ってことで、遠州冬パータンになってきたでぇ。

なんも書くことありゃせんし、どうする?
ま、書き始めてたら、なんとかなんべぇ。
昨日もやや強めの鼻炎薬飲んだので、かなり眠い。

はっくしょ〜〜〜〜〜ん。
「そんな大きな声でしなくても.......... 」とおペケがたしなめる 。
どうせ、するなら思い切りする。このほうが気持ちいい。

職人のおっちゃんが、
はっくしょい、こんちくしょーめ、って、
おまけつけてたのが、よーくわかる。

どうせでるならば、景気いいほうがよかろ。
「でも、夜中にそんな大きな声で.......... 」
出物腫れ物所嫌わず、っていったら、おできじゃないよってぇ。

ほーら、書き出しなんとかなったやろ。
頭んなか引っ掻きまわしたら、なんかこぼれでるよ。
え? からんからんと音がしたって??

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ほんでもって、昨夜は鍋だった。
なに鍋だ? って聞いたら、冷蔵庫内容物一掃鍋だと。
うん。美味かったわ。

いつまでも離れがたくて、結局、ぜんぶ食べてしもた。
鍋って会話がはずむっておペケがいう。ま、ナベミュニケーション。
今夜は具を足して、稲庭うどんが入るそうな。

 

高野豆腐。
食べておりまする。
あまり美味しくはござなくそうろ。

たしか、バァちゃんは凍み豆腐 ( しみどうふ)といってたと、
記憶のどこかにあるのだね。
高野山の土産に売っていたから、高野豆腐らしい。

つまりは、フリーズドライだよね。
凍らせて、水分飛ばせて乾燥させる。
たぶん、僧坊の保存食だ。

アイハートさん、ありがとう。
今日は、バター焼きにでもしてもらおう。
血糖値下がるまでガマンして食べるゥ。

だけどさ。おペケだって、
去年はあれほど食べた切り干し大根。
飽きたってうから、目先かえるのタイヘンだよ。

こういうアイデアは、
オレのほうがでるかもしれない。
めちゃくちゃ流だからね。いっちょ、やってみるか。

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「鉢に水やったァ」とおペケ大明神がいうものだから、
「へぇ、へぇ、ただいま、やりますだァ」とベランダへでた。
アツイや。頭のてっぺん、お天道さまが炙ってエラい暑い。

あらら。
おペケもほっかむりして、洗濯物干す。
「アツイからね」って。

老人は日に当たらないといけない。ほんとか?
太陽の光が皮膚に直接、当たることで、
ビタミンDができる、ってか。

だから散歩にいこう。
って、おペケがいうけれど、オレ連れってったら、
300mで帰るゥっていうぞ。足手まといだぞ。

 19115-a3_20191105115253eb0.jpg

その、てっぺんとは天辺と書く。天の辺り。
遠州弁では「てんこちょ」という。
しからば、天とはなんぞや。

「大」とは人を表す。
その上に空の位置を示す「一」を置いて、
広い宇宙を表す「天」である。ってどこかに書いてあった。

そのむかし、季節のめぐりがそれほどの狂いもなく、
それによって順調な収穫があれば、これ即ち天の恵みであった。
で、逆に大雨が続いたって、これをとめることはできない。

つまり、天とは喧嘩にならない。
だから、むかしの人は、行い正しくして天の恵みをいただいた。
お天道様の下に出て恥ずかしくない行いを心がけよ。

そういって己を戒めた。
これは、おのれの恥を知るという自制の念でもある。
踏み外せば恥知らず。

これが日本の恥の文化の根本にある。
つまりは、世間さまに恥ずかしくないように生きたのだ。
が、このすべてのタガが外れた。見事に外れた。

気象は異常がつづき、
人の心は恥を忘れ、政は民を思わず。
あァ、オレはそのうちいなくなるけれど、この先どうなるんだ?

 19115-a4.jpg

釣りってのは外道も釣れる。つまり、本命でない魚だね。
で、これもついでに食べてみるんだな。
実際に食べてみなけりゃ、モノはいえないってぇ。

ゴンズイ という魚がある。
こいつは厄介ものなのだ。
背中の毒棘に刺されたらハオコゼの比ではない。

知り合いで指の関節に棘を刺し、
骨髄炎になって第2関節から落とした男がいた。
これ、ほんとのはなし。

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 ↑ コイツがゴンズイ

で、モノの本でゴンズイの蒲焼きが美味い,って記事を読んだ。
仲間のゲテモノ食いがこれを見て、
「やってみようじゃん」ということになった。

だいたい、このゲテモノ好き男は、
アニサキスにやられて、救急に担ぎ込まれ、
痛みの正体わかって、内視鏡の先でつまんでとったら治ったってヤツ。

普通はこれに懲りるものだが、対処法がわかったからと、
こんなうまいもんやめられねぇと、いいはなち、
痛くなったら病院いってつまんでもらえばいいって、また生サバ食らう。

仲間が称して「兄貴刺す男」だ。
で、また病院へいってセンセに呆れられたという。
ここまでいったら、魚食い釣り師の鏡というが、世間は迷惑だな。

アニサキスというサバの寄生虫が胃袋に食い込んでいき、
そりゃもう痛いのだそうだ。
内視鏡で,つまんでとってもらえば途端に痛みが消えるという。

オレね、こういう話は嫌いじゃない。
で、ゴンチャンを釣りに行った。
浜名湖の堤防へ夜釣りにいったら、間違いなく釣れる。

で、5匹を確保。
まずは、ニッパーで毒棘を切り落とし、捌いて蒲焼きにした。
ごんべがゴンチャンを食う。ま、共食いだな。

それで、食後の感想。
これが、ゴンチャンだという先入観念がなければ、
まずは、美味いといえる味だった。

で、これに似た海ナマズというのがいる。
ゴンズイのように横縞がない。毒棘がない。
海で釣れなければ、まったくの淡水のナマズといっしょ。

これが御前崎で釣れた。
早速、兄貴刺す男のところに持ち込む。で、蒲焼きにした。
「味は?」と聞くとさすがのアニィ、う~んと唸った。

八つ目ウナギってモノがある。
ホントはエラだけれど、目らしきモノがならんでいる。
目が多いから効くだろうって、江戸のむかしは煎じて目の薬。

精力剤ってはなしもあるが、
江戸に四目屋という媚薬、精力剤なんぞ売る、
いまでいえばアダルトショップみたいな店があったそうな。

で、四目屋よりもさらに四つも目が多いのだから、
さぞや、あっちにも効くだろって、八つ目ウナギが珍重されたってはなし。
ま、効くと思えばなんでも効くもので............

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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石鹸カタカタ鳴らして銭湯にゆく - 2019.11.04 Mon

3日続きの小春日和。ベランダの花弄りが心地いいでぇ。
綿みてぇな雲がぽっかり、おらァ......... ってな天気だ。
毎日日曜日族には関わりないが、世間は3連休の最終日だな。

文化の日の振り替え休日か。
つまりは明治節。明治天皇の誕生日だ。
明治の日にって声がある。大賛成だね。明治は素晴らしい時代だった。

昨日の午後からバイパスの坂下ってお墓にいった。
日曜の車列ってのはけっこう忙しないのだ。
街中がわりと混んでいた。

停止線手前で黄信号なんてのは、ALL GO !! だしな。
平日とは運転のしかたが違う。せかせか通勤のクセだ。
そんなに急いでどこへゆくの??

前日に妹3号がいったというので、花は買わずにいった。
掃除もしてあったので、お線香だけ。
呆気なくて「なんか早すぎない?」とおペケがいった。

境内のカエデが赤茶けて、紅葉とはいえない色だった。
この前のは雨台風だったが、潮風に焼けたのか。
里山の紅葉は大丈夫だろうかねぇ。

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小春日和のベランダにでてゼラニュームを撮る。
今年の春だったろうか。
機材の機微というか、使えるけど古いものは古いと感じた。

なにをいいたいかというと、新しいカメラには、
新しいデジタルに適したレンズのほうが、いい絵が撮れる。
ま、こんなことあたりまえかもしれん。

最近の鉄道写真でも、飛行機写真でも、カワセミ写真でも、
細密画像が増えてきて、写真ってこうだっけ? と思う。
なんとなく、それに抵抗していたけれどねぇ。

今年の春に、自分がそういう新機材使ってみて、
なるほどと思った。いい機材はいい写真を撮り得る。
でも、写真ってこうだっけ? という気持ちは拭えない。

オールドカメラマンの、この感情はなんだろうねぇ。
だから一方ではフィルムカメラや、
オールドレンズに重要があって、それを愉しむ人が絶えない。

よくわからん。
よくわからんから、自分の好きでいいんじゃないかってこと。
でも、それを押しつけないでほしい。

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やっぱ好きやないねん。
あ、高野豆腐の一件だよ。身体にいいってものを、
すべからく実践している長妹宅に倣って、食べ始めたけどね。

あの、噛むと染み出てくる、あの味がダメなんだな。
たしかにネット検索したら、血糖値を下げたと書いてあるし、
糖尿病にもいいとかいうけれど、ま、ガマン比べやな。

なんかほかの調理方法ないのか?
おペケに懇願した。その件、検討いたしまーす。
って、たのむわァ。ほんと。

 ←click

考えてみると、オレ、あの噛んで、
なんか滲み出てくるのが苦手なんだな。
あの大根の煮たのなんか、子供のときは大嫌いだった。

大根は大人というか、爺ィになったら好きになった。
けれど、切り干し大根はダメだ。
あ、今年はおペケもやらないぞ。なんで?

「そういえば、切り干し大根どうした」
「やり過ぎて飽きたァ」
これ、過ぎたるは猶及ばざるが如し。

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それでね。昨日は、たかじんさんで、
あとで、ショーケンの「大阪でうまれた女」を聞いてみて、
なんか切ない男女の歌ってのは、大阪弁が心に沁みるんだな。

ショーケンも今年になって鬼籍へいっちまった。
オレ、よう知らんけれど、いまの歌手で、
こういう心に沁みる歌ってあるのかしらん?

もう、声でてへんわ。ショーケンも。
それでも沁みてくる。
久しぶりでカラオケゆきたいねぇ。

 

明治政府は、大阪に首都をおくことも考えたらしい。
そうしたら、大阪弁が標準語だった。
それも、面白かったと思うでぇ。

なーに、いま標準語だっていってるのは東京弁なんだし、
おペケに聞くと、秋田だって子供たちに訛りはないっていう。
つまりは、テレビ語なんだよな。

遠州弁ってのもほとんど消えた。
いま大河ドラマで田畑政治がいうのだけれど、
「なんとかじゃんねぇ....... 」なんていうのは懐かしいくらい。

あと50年もしたら、お国訛りも消滅するよ。
それで全国統一のテレビ語になる。
たぶん。

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猫舌猫体、つまり、熱いものが苦手なんだな。
だからというか、風呂だって、
「あれ、もうでてきたの?」とおペケがいう。

風呂なんざ、身体ひととおり洗ったら、
ほかにすることがない。さっさと出る。
暑いし、狭いし、長居するところじゃない。

おひとりさまのときは、半分くらいまで温るめのお湯を入れ、
身体を沈めてから熱い湯を入れていた。
はじめから熱いのをガマンすることができない。のぼせちゃう。

徐々にならしていって、ちょうどよくなると出ちゃう。
だから、なんかめんどくさくて、
いかにも、もったいないっていう風呂だったのだ。

いまは、おペケがアッつい一番風呂に入って、
なにしてんだか、30分もいて、オレはそのあと。
ご主人さまが一番風呂だなんて野暮なこたァいわない。

昨日も書いたが、幼い頃はジィちゃんと銭湯いってた。
まだ明るいうちの、ご隠居しかはいってない時間帯だから、
そりゃァま、あついのなんの。

オレが躊躇ってると、ご隠居さんたちが囃し立てるんだ。
おまえ、男湯はいってんだから男だろがー。
タマぎゅーとにぎってガマンして入れぇ........ ってねぇ。

たしかに、男の急所ぐぅっと握るとガマンできる。
ちっちゃいながらも、オレは銭湯の一番風呂で男磨いてたのだ。
で、チンチンになんか生えてくるまで、銭湯にいってた。

都会の片隅にいたころも、
そのころの学生アパートにバストイレなんて絶対になかったし、
石鹸カタカタ鳴らして銭湯にゆく。

浪人3年なんて猛者は、
共同洗面所のタイルの上に座り込んで水風呂してたしねぇ。
ま、みんなおおらかにボンビーしてわけで...................

バイト料入ったあとだと、
石鹸カタカタ銭湯の帰り道に、酒屋に寄って立ち飲みだな。
受け皿のついたコップ酒を1杯やる。

ビールなんて飲めやしない。
ほろっとして帰る夜道が気持ちいい。
この歌が流行ったのは、オレの時代の、もうすこしあとだった。

 いつも私が待たされて
 洗い髪が芯まで冷えて
 小さな石鹸カタカタ鳴った

こういう神田川的風景はなかったねぇ。
小汚なくて雨が降ると蛞蝓の出る万年布団のボンビー三畳間だから、
3歳年上の彼女は、ついぞ、あがらなかった。

考えてみると、
60年安保デモで樺美智子さんが亡くなったのが昭和35年、
その衝撃のあとだから、なんとも青春の日々は遠くなりにけり。

先の東京オリンピックは、その3年後だ。
まさか、2度目のオリンピックが観られるとは思わなかった。
長生きしてみるもんだわぇ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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自分がラクなペースを守る - 2019.11.03 Sun

いい日和が続く。24.2℃。無風。
たっぷり眠って8時30分に起きてきた。
しばらくぼけぇぇ........................... のまんま。

そうだ。昨日も鼻炎薬を飲んだのだった。
ぐるしィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い。
念力も失せて洟水落としけり。情けないが..............

今日は明野と入間の航空ショーかな。
いい日でよかった。twitterでみると大勢の人が集っている。
浜松は天候が............... 返す返すも残念。

3日だったね。亡き人の月命日。
これが終わったらちょっくら墓参りいってくる。
朝ご飯たべようと椅子を引いたらおペケがいう。

「手をあわせた?」
「あ、忘れた」と仏壇へいったら、
亡き人が好きだった珈琲がほのかに湯気をたてていた。

ほんと、ありがとう。
オレとおなじ気持ちで、亡き人に接してくれる。
これが、なによりのオレへの愛情だと思っている。

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「んだのよ」ってわが家では、秋田弁と遠州弁が飛び交う。
まァ、故郷からの電話には全開だな。
秋田弁はほとんどわかる。固有の言葉を除いてね。

洗濯物干していたおペケが部屋に入って、
いやァ、あったけぇ................
どれぇ、とでてみた。ほんとだ、ぬくとい。

こさぶったくなるといるところがない。
小寒いとね。
いるところが定まらんというか。

ソファーでは落ち着かない。
ベランダへでたら、こっちのほうが、ぬくとかった。
墓地をあるいたら汗掻くかもしれないね。

 ←click

高野豆腐は血糖値改善、糖尿病予防にも効果的ってはなし。
この前、妹たちがきたときに、この話をしていった。
それで、さっそくおペケが買ってきて煮たのだ。

妹のところの旦那さまは数値がさがったという。
オレも、それの薬をもらっている。
あんまり好きじゃないのだよ。子供のときからね。

バァちゃん料理では定番だった。
これと油揚と切り干し大根の煮物なんて、
いまでもぞっとするくらいにキライ。

健康のため。
今朝も目を瞑って2切れ食べたぞ。
いやァ、染み出てくるな。

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さすがに11月ともなると、
もうシャワーだけってわけにはいかない。
バスタブに湯をいれるけれど、猫舌猫体だから,まァ、日向水。

だから、風呂はおペケが先に入る。
あ、「ひなたみず」っていわなくなったよね、要するにぬるい。
どっちみち、カラスの行水だ。

オレがちっちゃい頃は、バァちゃんがね。
タライへ水を張って庭へおいといて、これがぬるま水になる。
つまり、日向水だよね。夏場だけれど。

それで行水したのだが、そんな情緒は消え失せたなァ。
近所のおばちゃんが行水していて、色気づいた中学生が垣根から覗いてた。
ま、下町裏通りの路地には珍しくない光景だった。

爺ィちゃんは銭湯が好きで、内風呂沸く前にゆくんんだ。
オイらも,湯銭要らないからついてゆく。
で、早い時間の銭湯は町内の爺ィばかりだから、そりゃもう熱い。

「男だろ、タマァぎゅっと握って入れッ」
爺ィさんたちにそういってはやしたてられ、
小さいながらも男ごんべ、股間かたく握って入るのだな。

女性はどうかしらないけれど、
男はあそこを握ると熱いのも耐えられる。
なんたって,男の中心だからね。臍下丹田っていうヤツ。

ゆえに、半世紀以上経ったいまでも、
予期せぬ熱い湯に入ると、
知らぬ間に股間握ってるのだなァ。

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21歳のとき, オカマの先輩がTB病棟に見舞いにきてくれて、
「これでもやれば...... 」と歳時記をもってきてくれた。
暇はいっぱいあるから、無手勝我流の俳句をはじめたのだ。

どうせ、シャバへの思いが鬱積してるから、
いつでもくら〜〜〜い句しか浮かんじゃこなかった。
まったく憶えていないけれどね。

ただ、21歳の感覚が珍しいのか、
同人誌の選者が拾ってくれて選に入った。
2年くらいはやっただろうか。

ま、いまでも、ひょいとでてはくるけれど、
セオリーもなにも心得てはいない我流駄句ばかりで、お恥ずかしい。
ほとんどは直感に頼ってばかり。

 手水場に華やかさあり落ち紅葉   ごんべ

浮いたもみじを乱さないように手水場の隅のほうで、
そっと手を湿したのだが、
それを表現できなかったのは力不足もいいところ。

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つい先日、たかじんさんの「やっぱすきやねん」を、
上沼恵美子さんが歌って、この人の歌もうまいけれど、
本家のこの歌はよかったなァと、ちょっとだけ目が潤んだ。

思い出すよ。おひとりさま何年目くらいだっか。
たかじんさんが亡くなって、その追悼番組をみていて、
そのあとで、オレ、泣き寝入りしたことがある。

あの人の反骨精神が好きで、奔放のようでいて繊細で、
なんかそういうのにオレは弱くて、涙腺せんぼ緩んで、静かに泣いた。
「元日に死んだらシャレならん」

そういった、たかじんさんが最後の最後に、
「傍にいてや...........」て奥さん抱きしめるんだな。
人間ってな、強がりばっかしじゃあかん。そう思った。

1人でゆくんは寂しィんだろな。
その日は、ちょっとだけ弱気の独居爺ィごんべだったのだ。
ま、強がりいってもそんなもん。

 

そのあとで、泣き寝入りしてしまったみたいで、
何時だったかわからん、目覚めて、ベッドへいったのだけれど、
布団のなかへはいって、足になんやしらん巻き付いてる。

あんな。
フリースズボンが片一方の足に、まだ、まとわりついてた。
われながら笑って、それで寝ぼけから醒めたァ。

たかじんさん、あんた、あんなんつっぱてても、
死ぬときゃ寂しいんやな。
先日は、そのときの自分を思い出したのだ。

歌って、なんかの拍子に、
自分の過去の瞬間につながることがある。
あれは歌詞じゃない。旋律でもない。

あのときの自分につながるから、その背景があって感動する。
自分の琴線に宿った感情に共鳴するのかも知れない。
なんて、言葉ならべて、余計のわけめになってしまったか。

たかじんさんが、なんで好きかというと、
この方の東京嫌いや味の素事件なんぞで見せるへそ曲がり。
彼が亡くなったとき、関東ではだれ? だったそうな。

いまのオレは、日々がおだやかに流れていく。
これでいい。別に枯れたわけでも、
いつまでも遠くを眺めているわけでもないのだ。

自分がラクであるペースは守っていくのが基本。
でも、それが頑なでもない。
おかげさまで、オレもずいぶんと素直になってきた。

人はそれぞれ思惑をもっている。
接点はさまざまだけれど、オレは人と出逢うのが大好きだ。
でも、「付きあうのはヘタだよね......」といわれる。

不器用かもしれない。ウソをつくのがヘタだ。
不快にさせないための方便であってもすぐバレる。
そういうヤツにできている。

けれども、あまり執着はない。
執着しないっていうのは、そのとき心が満たされたか...... だと思う。
じわじわ、じわと心に浸みてくる思い。そういうのがいい。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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なにが背中を押したかはわからない - 2019.11.02 Sat

まさに小春日和。空は淡い青のグラデーション。
風もなくて、ベランダで動いていたら暑かった。
北の書斎では23.3℃。調子づいて窓開けたら寒かった。

眠いのだ。油断したら上の瞼が下がってくる。
鼻炎が酷くて薬飲んだ。
たぶん、文章ひっちゃかめっちゃかやど。

はやく「てんちゃら....... 」やっつけて、もとい書き終えて、
午後からは居間の定位置でグースカピー。
居間は温かくて、眠るにはちょうどいい。

2、3日前は空っ風の赤ちゃんくらいの西風が吹いたが、
今日は11時過ぎても無風。
だいたい11時過ぎれば吹き始める。

むかしに比べると、
毎日ひゅうーひゅうーてな空っ風がすくないと思う。
オレ、小学校へゆくとき斜めになって歩いてたからね。

電線や木の枝を鳴らす風の音を虎音笛 (もがりぶえ) という。
それが少ないというのは、温暖化を信じるに足る事実だな。
すぐそこで、風が生まれるわけではないからね。

子供の頃なんて、風の音に負けないように、
怒鳴りあってるような、
大きな声で話してたのがウソみたい。

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ここにきて初めての冬に、西向きのサッシを修理した。
長年の空っ風で、曲がってしまっていて、
隙間ができて、ひゅうーひゅうーと笛が鳴っていた。

でも、弱くなったと思う。
遠州弁の人あたりが柔らかくなってきた気がする。
むかしは怒鳴りあってたからねぇ。

遠州は言葉が荒いっていう。
別に悪気はないのだが、大きな声でないと風に負ける。
いまはだいぶ温和しくなった。

浜松城の天守閣にあがって西を望むと、遙かに霞む浜名湖がある。
その浜名湖渡りの風が、城内の松を揺らし続けたのだ。
悩み多き家康公の胸に、「松籟」がしみわたったらしい。

松籟とは松に枝を揺らす風のこと。
これは実感する。
ここで家康公は艱難辛苦に耐え、爪を噛んだのだ。

遠州人は空っ風とともにあった。
これを赤石颪というが、そもそもの赤石山脈は真北に位置する。
なんで西から吹くんだ? というのがオレの疑問。

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「これさ、勿体ないよな」とオレがいう。
「考えて見たら、そうよね」とおペケ。
そらそうだわ。納豆にイクラ、オマケに玉子の黄身。

「豪華でいいじゃない」
「粘り過ぎだよ」
文句いいつつ猫まんま好きのオイらご満悦。

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ま、おペケでなくてもミスマッチはある。
オレの男料理なんてよくあった。
ただ、ときどきコロンブスの卵がある。

誰もやらないが、やってみたら美味かったという。
めったにはないけれどね。
オレ、セオリー知らないから、発明料理はお得意だった。

つまりは、ええからべぇな誤魔化し料理。
たまに、おばば連中に教えてやる。
で、「あんたに教わるとはねぇ」といいやがった。

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大海原を前にしたとき、この海をまっすぐ、まっすぐ、
どんどんまっすぐいったならば................
などと夢想したことないだろうか? 

オレの「大海原どんどこまっすぐ経験」は、
下田から神津島まで2時間、御前崎から金洲まで1時間、
浜名湖から大陸棚の端まで2時間。

さらには、長崎から五島列島まで高速船3時間、
あと男女群島があるかな。
普通の凪の日は、同じような波の海が果てしなく続く。

どこまで行って海。これはあたりまえだ。
これがシケ模様だったり、季節風が吹いたりすると、
風の通り道がはっきりとわかるんだな。

たとえば、遠州灘の沖合に向かって40分ほど走ると、
突然、水平線がギザギザになる。つまり、風波がたっていて、
船長がスロットル絞って「ダメだこりゃ...」という。

マイクをつかんで、
「海況が悪いので断念します」
と、船内放送するって状況になる。

駿河湾にも、大井川港からでて30分は波もそれほどにないのに、
湾口の石花海へ2/3もきたところで、突然に船がもみくちゃになってくる。
ここでは、船長が無線のマイクつかむんだ。

「どぅだい、この波はぬけられそうかのー」
などと先行の僚船に呼びかけたりする。
これはいうなれば「風の道」なのだと思う。

遠州灘にも駿河湾にも、これがある。
気象と背後の山の関係、本州の背骨を超えてくる風の具合だな。
ベテラン漁師は、雲行きでだいたいこれを読みとっている。

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10年ほどまえのこと。
神津島に向かっていた遊漁船が転覆して犠牲者がでた。
後輩たちゆえオイらも心痛めた。

新島の手前、魔の海域といわれる「ひょうたん瀬」だ。
瀬、つまり、浅瀬であって、潮流、風が絡まって、
しばしば巨大な三角波がたつ。

おまけに、速い潮が抜けて房総沖へ突っ走る。
このときも、大荒れの秋雨前線上の低気圧に台風崩れが合体し、
発達して北上した直後だった。

自然の前では臆病なくらいの用心深さを、
貫いてきたアウトドア爺は海だけではなく山でも、
犠牲者がでることを、残念でならない

この日は、トモ(後部)を高波に持ち上げられ、
前からくる大波へ船首が突っ込んで横転したようだ。
この日の出船が無謀であったかどうかは、結果論である。

オイらにも経験がある。
逆に、神津島からの帰りに、この海域で怖い思いをした。
朝はなんともなかった海況が、局地低気圧の発生で荒れ始めてきた。

で、新島を過ぎ鵜渡根島あたり、この海域に差しかかると、
突如として、それまでに見たことのない巨大三角波が襲いかかった。
目の前に盛り上がってくる大波の壁を、船は全速で駆け登る。

そして、波の頂上に行くとスロットル絞り、
今度は谷底めがけて波とともに下る。
50歳代のベテラン船長も必死で操船していた。

通常なら20分で抜ける海域を、
1時間かけてへとへとになって脱出した。
船酔いに弱いオレは精魂尽き果てていた。

キャビンの手摺りパイプをつかんでいた指が、
曲がったまま伸びないのだ。
1本づつはがすように起こして、やっと放すことができた。

やがて左手に灯台の明かりが見えてくる。
下田沖根、神子元島灯台である。
ここまでくると、海面は今までの大時化が嘘のように凪いでいた。

海というもの、こういうものなのだ。
ただ、こういう海況になるかもしれない、
という状況下にはあった。

乗船するのをやめるという選択は勇気がいる。
船長も、乗客もだ。あえてキャンセルしたら海が静かで、
船長と気まずくなった経験も多々ある。

が、自分の命は自分で守るもの。
気まずい思いしたって死ぬよりはいい。
オレはいつも、そう思ってキャンセルした。

その根本には、泳げないってのがある。
救命胴衣をしっかり身にまとい、股に食い込むほど紐を締め、
一睡もせずに船酔いに耐えていた。

そうまでして、なんでいったのだろうか?
そこに海があるからか。血の中の漁師のDNAが騒ぐのか。
なにが背中を押したかはわからない。

さて、なんとか書き終えたね。
ほなあした............

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なにかを手中にするとなにかを失う - 2019.11.01 Fri

さて、11月。今年もあと2ヶ月になったわぇ。
光陰矢のごとし。
オレたち老人は大気圏突入の隕石がごとし。

おペケがカレンダー破りながらいった。
11月3〜4日はまた休み。
「日曜日が文化の日だから........ 」

それ聞いて「休みばっかりじゃん」と365連休の爺ィがいう。
こんな休みばっかりで世の中まわるのかねぇ。
そう、ブラックなギョーカイにいた爺ィは思うのだよ。

最後にいた会社は隔週刊誌を出版していた。
日数勝負だから休んじゃいられない。
ま、若いスタッフ休ませても、オレはいつも会社だな。

いまの時代だったらどうするんだろ?
老婆心ながらそう思った。
製造業だってそうだろうな。ラクチンはいいけれど。

カレンダーがあと2枚。
浜松基地広報館へいって、
来年のブルーインパルスのカレンダー買ってこよう。

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去年の今頃はYahoo!のジオが廃止だってので、
サーバー引っ越しで、しこしこデーター弄っていたんだな。
たしか暮れも押し詰まってから終わった。

来年度の契約でオカネ払えってきたから、振り込んだ。
100GB契約だからあと80GBくらい残っている。
生涯かかっても遣いおうせない。

それでWorldpressでブログつくろうかと思って、
やりはじめたが、めんどくさい。
やれないことはないが、とにかくめんどくさい。やめた。

そうなんだな。
最近はアタックする気持ちが退化している。
めんどくさいことは回避したがる。

ま、納税はしっかり年金天引きだから、
めんどくさくても世間に不義理はないけれどね。
ケケケケ................ って、久しぶりに怠けもんの神さんでてきたゎ。

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大阪の妹のお土産「八つ橋」があって、
おペケが買ってきた味噌饅頭とモナカがあって、
「おやつにする?」っていうからねぇ。

夕方になっても腹がへったという感覚がない。
遅くていいよ、とぎりぎりのばして、
食卓座ったら、なんとか普通に食べるのが不思議。

それで、ご飯はふるさと農家直送の「あきたこまち」ときて、
いやァ、腹へらないどころか、ぺろりと食べた。
干物と肉じゃが、これまた、たまらんちゃ。

  ←click

下向くと不快だから、ふんぞり返っている。
なのでキーボードのミスタイプが多い。

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つい先日、マーク・トウェインの言葉を記憶だけで、
書いてしまったが、メモがでてきたから正く書いておく。
ちょっと長かったね。

 我々が虹をみても、
 未開人のような敬虔な気持ちになることはない。
 それは、虹はどうしてできるか知っているからだ。

 我々は、そうしたものを詮索することによって、
 獲得したものとおなじだけのものを失っている。

現代人は、なにかを手中にするとなにかを失う。
世の中は、そういう仕掛けになっている。
便利さを得て失ったものは多い。

人類は、この100年間に驚異的な社会的進歩を遂げたのだが、
それと同等のものを、この地球上から消し去ってもいるのだ。
これが愚かな行為であると、とっくに気づいているのに制止がきかない。

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こっちへ越してきてから5kg増えている。
となりのセンセも、それ以上増えなきゃイイですよ、
って、アマいしねぇ。

前の住処のセンセは厳しかったァ。
やれメタボ。それメタボ。どっこいメタボ。
妹たちにも誰もいない。オレだけ。

たった1人をのぞいて肥満はいなかった。
爺ィちゃんは痩身だったし、
父親も太っていた姿はみたことがなかった。

そう、たった1人のDNAが、この身に伝わったんだなァ。
バァちゃんは18貫というから80kgちかくか。
妹がいった。背も大きかったよねぇって。

オレはいつも、でっかいお尻に隠れていたから
背丈の記憶は薄いが、160cmはあったんじゃないかっていう。
明治の女で160はたしかにでかい。

ジィちゃんも背は高かったよ。
とすると、オレの170cmは、もっとあってもいいな。
その超でっかいパイオツにぶらさがってオレは育った。

おっぱいから肥満の遺伝子が伝わったわけじゃないだろうが、
オレは受け継いでしまったんだな。
オレをあんなに可愛がって、育ててくれたんだ。

その遺伝子を慈しむ気持ちはある。
いいじゃないか、腹くらい少々でかくたってぇ。
どすこいだァ。

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初めてホームページをつくったころは、
ホームページ作成ソフトがなかったから、HTMLの手書きだった。
タグ辞典を見ながら、指定を書いていったのだね。

なんて、エラそうにいってるけれど、
娘がセンセで「さっきいったじゃない、もう忘れてぇ..... 」なんて、
イライラしたセンセに叱られてばかりいた。

1999年か。たった3ページのホームページをつくった。
2年くらい経って、やっとMacにPage millというソフトができて、
ま、なんでもやってくれるから、感激したものだった。

たとえ、わずかでもスキルがあるのは、そういう経緯があるからなのだ。
もちろん、ピポパポポパ... と音がするダイアル接続だったし、
少しでも、ネットしている時間が長いと請求書見て、びっくりこいた。

少なくてもNTTに3万円くらい払っていたからねぇ。
2001年の秋にADSLになって、速いこともさることながら、
常時接続に、定額の接続料という革命みたいなことになった。

いまは、光接続、光電話となって、
ピポパポポパ......... からみたら別世界。
あの、おひとりさまだって、どれだけ助けになったか。

たぶん、いま、ネットがなくなったら、
オレは、退屈死するだろうね。
ありがたい、こっちゃ。

いま情報に疎い人を情弱という。
つまり、情報弱者。
もはや、既存のテレビ、新聞は信用するに足りない。

それは自らが、そういう状態をつくってしまったからだ。
たとえば、先日の河野防衛大臣の「雨男発言」の速報扱い。
言葉の切りとりによって、貶めようとする報道にほかならない。

公共放送のNHKでさえ、恣意的な番組構成によって、
偏った情報操作をするのだから、もはや信用するに値しない。
真実を書かないマスコミに存在意義はないといえる。

たとえば、愛知トリエンナーレ展で、
慰安婦像の展示は報道されたが、
昭和天皇の侮辱動画の展示物の存在を、マスコミは一切報じていない。

ネットに溢れる情報がすべて正しいわけではないが、
すくなくとも、隠された情報を多くの人が知ることができる。
それを認めないのは既存メデイアだけではないのか。

しかるにNHKは、
「真実の報道をが出来るのはわれわれだけだ」という意味のことを、
番組内でいって失笑をかっている。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

 20chaplin_20190104115545e01.gif ゆあ・はっぴー?

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