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2019-09

スパークして火花が散らなくなった - 2019.09.24 Tue

8時に家を出て行った。家出じゃないよ、帰省。
ま、タイヘンだねぇ。
1日短縮になったから26日に帰ってくる。

お惣菜を冷蔵庫いっぱい買っておいていったから、
ま、あとはチンでよろしいようで.........
あれはこうして、これはこうして、とまァ、わかってるちゅうの。

心配してるんだから、ハイハイと聞く。
何時に着くのか。
東京で乗り継ぎ1時間待ちだというから、午後4時頃かな。

昨夜、おペケがちらっとホンネをいった。
「なんか、直前になったら億劫になっちゃった」
うん。わかるなァ。

オレがついていかない理由がそれだもの。
めんどくさい。何時間も新幹線に乗ってるのがねぇ。
ま、こうなっちゃ、おしまい。

「頑張っていっといでぇ.........」
と、お尻をひっぱたいて、たぶん、これが.......... だからね。
存分に遊んでおいでーな........ って、ほんとは法事だった。

 ←click

さて、気儘でござる。(*・`ω´・)ゞ
4年とちょっとぶりにおひとりさまに戻ってねぇ。
明日は.ごんたクンと遊びにいく。

 明後日はどうしよう?
 だれか、遊びにくるゥ??

そういえば、横浜の友人に不幸があって、
東京で遊ぶってはなしは中止。
1日はやく帰ってくる。

 19924-a1.jpg

おペケは三女だけれど、独身だったから母上と暮らしていた。
で、母上亡きあとは市営墓地に墓をつくった。
ところが、こっちへきてしまえば、墓守する人がいない。

なんとかせねば、と二人で考えていたところ、
市営の慰霊塔を造り、そこに安置する募集計画を聞いて、
墓地スペースを空けるから、優先して慰霊塔へと何度か電話。

おペケはおペケなりの終活を頑張った。
最終的に、それが聞き入れられて、
今回の墓仕舞と永代供養塔移転となったわけで、うまく運んだと思う。

あとは自分たちの墓を、やはり慰霊塔に移さないといけない。
嫁にいった娘が、私の代にはお世話します、といってくれている。
それはありがたいが、自分たちで始末しておくつもり。

うちの寺でも、永代供養塔ができている。
寺も時代の趨勢に合わせてきているので、これはありがたい。
これは、どなたも必ずぶつかる問題だと思う。

あとの世代に世話を残さない。
オレはそう思って、おペケの場合も含めて計画した。
これだけはやっておきたかった終活なのだ。

 19924-a2.jpg
 
オレたちも昨年の3日間の停電を経験している。
ま、いつもあるべき電気がこないってことはタイヘン。
あることが普通になれてしなっているからねぇ。

こちらでは、中電さんが徹夜の仕事をしてくれて、
それでも3日ですんだから、
感謝こそすれ、文句なんぞいおうとは思わなかった。

今回も自衛隊さんが頑張ってくれている。
なのに、外部からイチャモンつける人たちがいて、
ほんと、みっともないと思う。

この動画での地元の人たちの感謝の気持ち。
みていてわかる。
お世話になった。感謝する。これぞ日本の心だーな。
 
「死に別れは大変なんだってさァ........... 」
そのむかし、どこかでそんな噂ばなしを聞いた。
なにが大変だって、いつまでも心に抱いてるからねぇ。

バツだったら愛が失せたわけだから、新しい愛もすんなりなのか?
そこは経験してないからわからない。
でも、忘れてしまいたい、っていってた人は知ってるよ。

死に別れはタイヘンだっていうことを、オレは否定しない。
まァ、ここへもずいぶんとカミさんネタ書いてきたものねぇ。
いまだって、ちょろっと書いてる。

いつかバツ組にいわれたことがある。
いつまでぐずぐずいってんだ?
でも、しかたがない。これがオレなんだから、って突っ張った。

死別組は、とくに寡夫は愚図なんだって実感した。
まずは、ひとりになった翌る日からぜんぶ自分でするのだから、
いなくなったという実感が、これでもか、と重たくのしかかる。

ちょっとだけ、心を寄せてくれる人がいた。
で、あるとき溜息ついて、
あなたの心には、ワタシの入る隙間がないって見事にフラれたね。

もっとも、こっちだって、
心に隙間がないくらいだから、まだまだ、なにも考えられない。
3年くらいは、まさにそれだった。
 
 19924-f2.jpg

それでは、寡夫寡婦同士だとどうかっていうと、
お互いに、別れの辛さが染みついているから、かなり憶病。
なにかといやァ......... あんな辛いのはもうごめんという。

「いまからだと、それほど別れが遠くないしねぇ」
って、最後は、溜息ついて、笑って誤魔化して、おしまい。
これも偽らざる実感なんだな。

心のなかの亡き人を封じる気はなかったし、
これがオレだからといってきたのに、それでもいいという人がいた。
はじめは戸惑った。かなり。

で、オレの心の頑なな部分をすこしずつ融かしてくれた。
融けてしまうまで2年かかった。
ありがたいと思っている。

でも、いっしょに住むってまでは思っていなかった。
ま、心の支えでいられれば......... そう思っていたのだが、
この5時間かかるところをきたんだな。

「わたし、よくきたね」
おペケがいまになってそういう。
うん。よくきたもんだな。

 19924-f1.jpg

世間にはヘソ曲がりはいっぱいいる。
twitterあたりでも、ヘソを曲げて炎上している人が頻繁にある。
オイらも、そのヘソ曲がりのひとり。ん? だったのだ。
.
世間体を気にしていたら、自分らしくは生きられない。
てやんでぇ、ってね。
自他ともに認めるヘソ曲がり、天の邪鬼はよーく承知している。

だけど、ヘソ曲げてばかりじゃ世間は通れないんだ。
ゆえに、テキトーに曲げられる場所と時をわきまえているんだな。
あんまり曲げてると偏屈者になっちゃうしねぇ。

つまり、一人前のヘソ曲がりは、
背に腹のかえよう............. もわきまえているってわけだ。
裏と表がよくわかる。

ちゃらんぽらんではあるけれど、
所詮人生なんてこんなもんさ、ってね。
そのなかで自分を大切にするから、いい加減な妥協はしない。

ちゃらんぽらんのクセしてね。
頑固者の所以はここだ。
どこかに反骨精神を抱えてるゥ。

オレはナルシスト。
あ、いっとくけれど、わが姿に見惚れてって、
そういう風じゃないんだねぇ。

あそこで、世間をハミだしちゃったものだから、
「いまのオレってカッコイイかな」
と、いつも自分を意識して生きてきた。つまり自己チェック。

世間をハミ出したんだから、いつも自己責任だろ。
おのれでおのれのチェック機能が要る。
カッコワルイ生き方するなよ、そういい聞かせて生きてきた。

実をいうと、おペケの生き方もこれだった。
彼女も女一代独身貫いて、いっぱい頑張ってカッコよく生きてきた。
だから、お互いに理解できることは深く理解できる。

が、わかりすぎて反発もする。
電極がおなじだから、反発するんだ。たぶん。
当初は、けっこう、それがスパークした。

でも、あの人失ってぼろぼろになったあとのオレは、
ぺしゃんこになって這い蹲ったおかげで、
思いきり曲がってたヘソも、9年かかって元の位置に戻った。

所詮粋がったって、1人よがり。
人の情けも身にに沁みて、いままでのオレはなんだったって、
ま、考える時間がいっぱいあってのこと。

1年経ったらね。
おペケとの電極弾きあいもネタが尽きたようで、
スパークして火花が散らなくなった。

感謝している。
後先考えず飛び込んできてくれたことに、
ほんと感謝しているよ。

あら、曇ってしまったか。
ほなあした..............

20chaplin_20190104115545e01.gif ゆあ・はっぴー?

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