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2019-09

くらくら目眩を感じ、あれぇ、きたでぇ - 2019.09.17 Tue

曇り。起きた時は青い所もあったが、いまは雲が覆った。
プラゴミ集積場はちょっと遠い。
おペケがいってきて「まだ暑いわ」とエアコン入れた。

「ゴルフ練習場いってスーパーへ」
ま、忙しいひとだこと。
昨日は旅行の衣装ぜんぶだしてコーディネート。

彼女はオレの「目」に信頼を置いているので、
色の組み合わせのアドバイスをする。
けっこう時間をかけて選んで納得したようだ。

オレの元の商売柄、「見ている」のだね。
自分のオシャレもだが、わりとうるさい。
ゆえに信頼をしているようだ。

タイヘンだなァ。
女性が旅行するとなるとねぇ。
どこからカネがでてくるのか、不思議だなァ。

が、口にチャック。
4年ぶりの帰郷だし、次いけるかわからんし、
存分に自分の裁量で過ごしてくればいい。

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2人きりなのに、片一方が弱るとタイヘン。
もう2年前になる。10月だったね。
おペケが急性難聴とメニエルで倒れて入院した。

今度の旅行も墓仕舞いとか、親友たちとゴルフだとか。
ま、のびのびと独身に戻って愉しんでおいでって、
オレは口をださない。

「旦那は大丈夫?」といわれているらしいが、
なーに、3日か、4日いなくたって、
コンビニがあれば、なんとか生きていくわぇ。

昨日もオレが物入れ、大きな音がさせたら、
おペケが駆けつけて「だいじょうぶゥ?」という。
まァね。老人夫婦だからして、いつも気にしている。

「どこにいる??」
「ここだよ」

一日のうちにこういう会話が何度かある。
挙げ句に、いなくなっちゃったのを体験してるからねぇ。
なにかと心配性になってしまう。

確かめあって生きる
お互いがお互いのこと知っていて暮らす。
そういうことだな。

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おペケの主婦も4年目を過ぎた。
ということはオレのぐーたらも4年over。
なにがいちばんシアワセかっていったら、ご飯が美味い。

人がつくってくれたご飯は美味い。これに尽きる。
だから、ごくろうさま。美味しかった。
との感謝は欠かさない。

朝から忙しく動いて、あちこちに花を飾って、
塵ひとつ残さずコロコロして、まるでコマネズミ。
だからオレのない5日間もいいかなと思うのだ。



最初は2人でゆくか、といっていた。
そのうちに、帰りに東京で隅田川の屋形船だの、
計画がどんどん広がっていく。

なので、あんただけの気儘旅行にしなよ。
ってことになったというわけ。
オレも、久しぶりのおひとりさまで、なんか愉しいヮ。

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おペケが車へ乗ってでていくだろ。
残ったオイらは足がないから、しかたなくうとろうとろ。
帰ってきて、テレビみながら、また、とろうとろ。

なんだぇ。寝てばかりじゃないか。
ということなかれ。
これでいいんだな。のんべんだらりん。

その、のんべんだりんちゃんぽらんに、
適度な刺激があれば、そのときだけ踏ん張って、
えっちらおっちら、ひとやま超えてゆく。

これで、1週間過ぎ、1ヶ月が過ぎ、1年が過ぎ、
日々是平穏で、ほっと気がついたら、
オイら、90歳になっていたなんて............. そうはいかんか。

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10年くらい前の夏に婿殿と御前崎港の大突堤に釣りにいった。
けっこうアツい日で、昼過ぎになって、
なんかしらん身体が急に動かなくなった。

だからといって釣りやめるヤツじゃない。
やがてフラフラになり「なんかオレ、おかしいぞ !!」といったら、
婿殿が異常に気づいた。

クーラーボックスの中の氷を砕いて首に当ててくれ、
もう、ひと欠片をしゃぶって、なんとか倒れずにすんだ。
さすがに釣りをやめて、車の戻って、コーラを2本飲んで人心地ついた。

それ以来気をつけてはいるはずだったが、
あの、引っ越し荷物の仕分けの真っ最中にも、
くらくらと目眩を感じ、あれぇ、きたでぇ。

そういってるうちに立っていられなくなった。
ヤバイ。これは熱中症と違うか?
水がぶがぶ飲んで、ベッドへ倒れ込み、5時間くらい眠った。

目眩はなくなったが、頭のどこやらが痛かった。
ま、ここまでやったからと、片付けを以後3日休んだのだった。
そうなんだよね。あれぇ、おかしいというときには遅い。

あれから4年経っている。
オレも、4年なりに劣化した。実感ないが、そのはず。
だから、秋までは無理しない。

オイらが磯釣りを始めた頃は、
伊豆諸島神津島へ1時間あまりで航行するなど、
夢にも浮かばない時代だった。

汽船に揺られていくしかなく、この汽船がまったくのおんぼろ。
錆止めのペンキの厚さが1cmもある厚化粧で、
大海原の真ん中でエンジンの音が怪しくなった経験もある。

で、島に渡ったはいいが海が荒れれば幾日も足止め。
半月も島にいてやっと帰ったら会社に席がなかったってな、
笑えない話もあるとか。

1年一度の行事に、
ちぃっちゃな連絡船をチャーターしての釣行があった。
船底に100人余りがギュウギュウの寿司詰め。

沼津発だと6時間掛かって神津島に着く。
オレみたいな船酔い人間にとって、船室はまさに地獄の入り口。
狭い空間に交互に寝る。つまり、頭、足、頭。

鼻先に他人の臭い足があって、船酔いの前に人に酔う。
ムンムン充満する男臭さに酔う。
まあ、かなりの難行だったな。

初めていったときは、これで一睡もできなかった。
それでも磯の上に立てば瞬時に苦しさを忘れる。
オレも若かったがねぇ。

けっこう難行だったのに、
帰ってくると、すぐにまたいきたくなる。
喉元過ぎれば熱さも忘れてしまうのが人間の特性なんだな。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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どうせだから最後まで押し通そう - 2019.09.16 Mon

今日はアツいのだ。書斎で30.3℃。
たまりかねたか「エアコン入れるよ−」とおペケ。
空は真っ青。風はそよともない。

エアコンは、居間の南の端で書斎は14畳を経て北の端。
利いてくるまで30分はかかるでぇ。
いつまでも暑いねぇ。たまらんち。

だから扇風機をまわした。
いつも足でスイッチ押すが、踏み損なって壁に手を突いた。
なんだか、バランス悪くなったね。

真っ青な空。これぞ秋晴れだな。
千葉の被災地は雨だとか。こっちは皮肉にもこの暑さ。
あ、世間は三連休野最終日か。来週もそうだな。

365連休。
いやァ、ユーモア溢れたオレたちの身分呼称だな。
ブロ友さんのBlogタイトルに喝采。

あと少しで、彼岸花だろ、コスモスだろ。
こうしちゃいらえねぇ。
新しいカメラとレンズで頑張らな..........

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 ↑イマソラ

昨日からtwitterで流れている動画。
素晴らしい光景に多くの人が感動した。
このキーガン選手は日系カナダ移民第一号のお孫さんだとか。

日章旗も旭日旗も日本の誇り。
この国の人たちはけっして、国旗を粗末にはしない。
それも誇りに思っている。

ナスが好きじゃない。なんってったって色がキライ。
あんな紫色なんて食い物じゃないって思う。
ま、これはあくまでも個人的な感想ではあるけれど........

食べることもある。
はからずも紫色が消えてしまっている料理だな。
オレが子供の頃、バァちゃんが丸焼きにした。あれは食べた。

七輪でまるごと焼く。そうすると真っ黒けになる。
この焦げた皮を剥いて、生姜醤油で食べた記憶がある。
でも、子供が食べるにはしぶいねぇ。

次に、おひとりさまでやった料理。
焼き肉の後のフライパンで、薄く切ったナスを焼く。
これは、たぶん、外遊びの鉄板料理空発したと思うのだ。

これだと、ナスの体をなしていないから食べる。
うな丼のタレで焼いてごらん。
1年もうな丼牛ご無沙汰だと、うな丼かと思う。←個人的感想です。

 ←click

で、まァ、オレにナス食べさせようとしたらおペケもタイヘン。
おかげさまにて、美味しくいただきましたッ。
ありがとさま。

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自分でも承知しているが、オレは本質的にものぐさなんだ。
なにもせずに通れれば、一日中でもぼぅぅぅ...... としていたいと思う。
誰にもなにもいわれず、窓の外をいく雲を見てすごしたい........ と思う。

ま、だいたいが、怠けもんなのだが、
朝方には、この「てんちゃら........」をやっつけ、もとい書き、
写真をブログにアップし、と怠けもんにしては、けっこうマメではある。

ここにオレの性格がモロにでている。恥ずかしいくらい。
興味のあるものは熱中する。
凝りやだから、トコトンのトンでもある。

が、興味が薄れると簡単に放り出してしまう。
いうなれば、熱しやすく醒めやすいという.............
遠州男の最も遠州男らしいところをしっかりともっている。

だから、自分で自分を上手に煽るんだね。尻叩くんだねぇ。
で、この「てんちゃら........」も200万hitを達成し、
「あなたの生き甲斐」とおペケがいうが、あながち偽りでもない。

このモチベーションを持ち続けているうちは大丈夫。
って、なにが大丈夫なかはしらんが、
ま、ボケちまうこたァあるまーに。←あるまいに。オヤジギャグ

 19916-f7.jpg

「もうひとつ、おくれ......... 」ってついつい食べるから、
おペケに「KYだからね」っていわれる。
ダイゴ流にいうと、これ以上はやめなさいってこと。

だけど「MY」だぞ。目の前にあったらやめられるかって。
そうしたらおペケが「JK」だってさ。
じゃァ、買ってこないからね、って、結局は「BH」墓穴掘ってるゥ。

ま、ええからべぇがキャッチフレーズだし、
いつも「そのうち、なんとかならァ」と思ってるから、
なにがなんでもこうせにゃならぬ、ってのが苦手なんだな。

これはバァちゃんっこからの、
単なる「わがまま」ってことかもしれん。
いまのところおペケが許してくれてる。それから先はわからん。

こういう話がある。
一休禅師が亡くなるとき弟子たちに1通の手紙を渡し、
どうしようもなく困ったときにひらけ......... といったそうな。

で、月日が流れ、それを開かねばならぬときが訪れた。
なんて書いてあったと思う?
「心配するな、なんとかなる」と書かれていたってはなし。

案ずるな。前へ進め。なんとかなる。
こう思っていられたらシアワセだよなァ。
ってことは、オレ、シアワセだァな。

もうひとつ。
植木等さんの父上は牧師さんだったのだが、
なにか感ずることがあって、坊さんになった。

その息子はミュージシャンとなり、
「そのうち、なんとかなるだろう」って、
無責任男の台詞で一世を風靡した。

けれども、ほんとは律儀で真面目なかただったらしい。
あの頃の映画をBSで観る。
てなこといわれてその気になって....... で通れたらラクチン。

世間にゃ、狐も狸もない。
すちゃらかちゃんののんべんだりん。
心配するな、なんとかなる。

おペケにそれでいいか、っていったことがある。
それでもいいっていったんだから、
このボンビー船が沈んでもとことんいっしょ。

あ、たしか50年前にもいったような気がする。
なんだ。オレの人世「なんとかなる」でここまできたのか。
どうせだから、これで最後まで押し通そうぜ。

そうじゃないかえ、皆の衆。
ほなあした............

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泳ぎ続けるマグロ人間も力尽きたか - 2019.09.15 Sun

朝は25.4℃だったが、お昼で29.5℃。
エアコンは入れないで通れそうだ。
ただ、下の階でタバコを吸うんだ。煙があがってくる。

たまらず窓を閉めたけれど、これが迷惑。
あんなに臭いもの、よくも吸っていたもんだ。
そろそろ禁煙して20年。

で、オリンピック代表選手決定のマラソンを観ていた。
3位の小原選手が4秒差、よく追い上げた。
だから、いまから「てんちゃら...... 」をやっつけるゥ。

この暑さの中のレース。大変だったと思うよ。
遙かなむかし、長距離選手だったオレは、
このクソ暑いときのマラソンの苦しさが多少はわかる。

タイヘンだろうな。
スポンサー絡みで、この時期にやらなきゃいかんらしい。
酷暑の8月だからねぇ。

64年の東京オリンピックでは、ブルーインパルスが、
競技場の空にカラーの五つの輪を描いた。
当時はカラースモークは塗料だったので、弊害があった。

以来、展示飛行ではまさに、白いスモークだったが、
害が及ばない仕掛での実験が行われているようで、
来年の五つの輪は、オリンピックカラーで描かれるはず。

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前の住処では、郊外っていやァ郊外だったから、
6時に起きるとどこかで鶏が鳴いて、
遠くの寺から鐘の音がご〜〜〜んと聞こえてきた。

コケッコウーとゴ〜〜〜ンが朝の音。
街中のここの朝は、ン?? 音がないぞ。
スズメも巣立ってどこかへいっちゃったしィ。

だからっていうわけでないが、なんぼでも眠れる。
1度起きて居間にいったら、「まだ、6 時40分」とおペケがいい。
ベッドに戻ったら、また1時間ちょっと眠れた。

おペケが「一日中パソコンで昼寝がないからねぇ」と気付いた。
そうだな。テレビ観ながらのうとろうとろがない。
最近は、テレビコンテンツにおもしろいものがないからねぇ。

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この ↑ 花は萩。政令都市になるまえの浜松市の市花だった。
ここ三方原台地は、萩の原っぱだったらしい。
合併後のいまは「みかん」だそうな。三ヶ日みかんだな。

市の木は、以前もいまも「松」で、
鳥は「ウグイス」だっていう。
浜松のまえは「引間野」で、城下になって「濱松」になる。

 引間野にほふ榛原入り乱れり 衣にほはせ旅のしるしに

これは持統天皇だが、
万葉の時代の富士山が遠望できる浜松はいかがだったろう。
江戸に時代が下ると、広重の浮世絵がある。

7月に、平野美術館で浮世絵展を見てきた。
広重の東海道五十三次「濱松」は「冬枯れの図」で、
たぶん、植松あたりから城下を望んでいるようだ。

で、松らしきものが描かれていて、
人足が焚き火して知り炙っていて、なんか寒そうな絵だ。
ま、オイらが子供の頃だってあまりかわりはしない。

そのあたりで街が途切れると、東海道の松並木。
中の町の宿までは、砂埃舞い立つでこぼこ道路だった。
いまは、天竜架橋を片側五車線かなんかで超えていく。

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焼津の姪御さんが、マグロの塊をくれるのだが、
これが解凍してみないと、どんな身かはわからない。
さすがにトロの部分はわかったので、このまえ刺身で食べた。

「ちょっときてぇ.... 」
「なんだ?」

今度のは赤身だった。やや黒い。
「ステーキだな」
「そうね」

 ←click

オレの皿は地味だな。
おペケの皿はなかなかに派手。
パブリカはいらん。美味いとは思わん。アハ。

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2ヶ月くらいまえから、左耳の聴力がさがって、
なんか籠もって聞き取りにくかったが、右は正常だから、
って、オレなりの正常だが、ま、しゃーないかと思ってた。

いつからそうなのかわからない。
気がついたら、そうなっていた。
で、さっきマラソン観ていて、あれぇ?

試しに右をせんぼしてみたら、少し回復している。
21歳のときからの難聴障害だから、治るとは思っていない。
まァ、日常的に不便を感じなければ、よしとする。

「お〜〜〜い」と呼んだら、
「ちょっとまって、手が離せない」って返事。
ちょっと「間」があって「なーに?」

「あ、もう、いいよ」
ってね、間があったから、
おペケを呼んだ用事を忘れてしまった。

オレの薬害聴覚障がい難聴に加齢がくわわってきたから、
「もうちょい」で補聴器を考えないといけないかな。
長年の難聴だからイイ加減に聴いていても話は理解しているけれどね。

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ある後輩が、といっても60歳後半だが、
やはり奥方をなくして5年ほど、後添いを迎えるそうだ。
で、お相手が20歳年下だそうで、オレはただただ敬意を表したい。

たしかに、いろんな意味で昨今の老人ってものは、
「すこぶる元気がいい」のである。
いろんなっていうのは、イイもワルイもなのだねぇ。

70歳過ぎても生臭い殺人をするし、
老いらくの恋の鞘当てで揉めたりするらしい。
老人は、かくあるべきもの、なんて枷はなくなってしまった。

この御仁が、オレのおひとりさまのとき、よく電話をくれた。
どうしている? と聞くから、ひなたぼっこしていると答える。
あんたらしくもないなァ......... といわれてもねぇ。

たまには仕事するか、といった。ギョーカイはおなじ。
請けてしまったら気ままにはやれないので、迂闊な返事はしない。
もう、いいや............ と答えると、しばらく無言。

オレは生涯現役だ。そういう彼とは気持にギャップがある。
別にいいのだよ。人それぞれ。
彼はバリバリのつもりで通せばいいし、オレはひなたぼっこでいい。

で、そのあとで、彼の倅の専務に会ったら、
「もう、いなくてもいいんですよ、ほんとは」という。
ま、会社にでてくることで元気でいてくれればと、専務は笑った。

それを聞いて、ニヤリとしたオレであった。
「それでさ、あんた、どうするの?」と、彼がいった。
どうもしないよ、このままでいい。と当時はいってたのだ。

「ふーーん」
この毎日の気儘さは、彼にはわかるまい。ふふ。
といった直後に、彼の糟糠の妻が亡くなった。

さすがにしょんぼりして、「あんたの気持ちがわかったわ」といった。
泳ぎ続けるマグロ人間も力尽きて、
マンボウ仲間ができたかと、思ったけれどとんでもない。

オレは、マグロから変じて、波間に漂うマンボウ。
仲間ができたどころか、アイツは年の差婚なんぞしてからに、
まだまだ現役じゃァ、って、なんだ、このパワーは?

そうじゃないかえ、皆の衆。
ほなあした..............

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そんなに急いでどこへゆく? - 2019.09.14 Sat

25.4℃。窓を閉めた。今朝も風が冷たい。
しのぎやすいね。昨日は終日ノーエアコン。
13日金曜日仏滅も無事におわったか........ ってときに、あれ?

夕日を撮っていたサブカメラが、突然にフリーズ。
カメラもフリーズするんだね。
電源入っているけれど、動かない。

ネット検索して、いろいろやってみた。
で、10年保証がついているから、買った店に電話した。
でないのだ。時間外になっていた。

それでもう一度、スイッチオン。
あら、フリーズ解除した。やれやれ。
カメラも電子機器になったから、こういうことがある。

で、昨日は中秋の名月。
カメラフリーズ騒動で、でてくるタイミング外した。
幼稚園のとんがり屋根の上で捉えたかったのに。

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 うさぎ うさぎ
 なにみて跳ねる
 十五夜お月さん 見て跳ねる

童心に返ってお月さんを観ている。
おまえ、ススキの穂をとっておいで.......
バァちゃんがそういって、得意のヘソ団子つくったな。

メリケン粉丸めて、手の平で抑えて平らにして、
最後に指でまんなか押してヘソつくる。
砂糖醤油付けて焼くだけだけれど、うまかったな。

オレがこんな感慨に耽っている傍らで、
おペケが空の財布をあけて、満月にお願いしている。
どうかオカネがはいりますように...........

なんだかなァ。
男はいくつになってもロマンチスト。
女性は、がっちりリアリスト。

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おペケが「ここに住んでよかった」という。
たしかに便利である。
ま、窓の外は無機質な風景ばかりだけれどね。

郊外だった前の住み処は、
ヘンないいかただが、それでもまだ郊外だった。
いま思えば、スズメちゅんちゅんの声で目が醒めたからねぇ。

このあたりにも、雀のちっちゃな群れがいる。
ときどき4羽か5羽が隣の瓦屋根で遊んでいたりする。
コンクリートでできた街のほんのちょっとの潤い。

 ←click

「今年は蚊が出なかったね」
「そういえば.......... 」

ま、コンクリートの街に、
ボーフラが沸く水溜まりはないらしい。
それに、この酷暑ではボーフラも育たない。

蚊食鳥。
前の住処では夕方になると鎮守の森から出て飛んでいた。
あ、蝙蝠のことね。

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ここへきてからクシャミが酷かったのは、
たぶん、シックハウス。
内装がキレイだねぇ....... なんていってられない.。

さすがに、4年経ったら薄れた。
そのかわり、大きなゴキブリがでた。
3匹だけ。

 くさめして帽子目深に野分けかな   ごんべ

野分け、野分き。
台風余波などの風が強いさま。
以前は、ススキの原を風がわけてゆく光景があった。

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木曽路はすべて山の中である。
島崎藤村の「夜明け前」の冒頭だが、
この小説は藤村の実父がモデルだという。

尾張藩は木曾の人々に山へ入ることを禁じた。
それは木曾に暮らす人々の暮らしを奪うものだった。
ゆえに、葛藤が生じた。

尾張藩の政策は間違ってはいない。
太平の世になってから江戸復興のための資材切り出しで、
木曾の山々は荒れ果てていたからだ。

尾張藩はその荒れた山を元に戻そうとした。
が、生活のすべてを山から得ていた人達にとって、
その政策は過酷であった。

やがて維新となり、
木曾の人達は一縷の望みを新政府にかけたが、
現実はもっと厳しい森林政策であった。

大政復古、昔のおおらかな時代に戻るとの期待は裏切られた。
木曾の森林は、尾張藩領から御料林となり、
戦後に国有林となっている。

徳川300年の間、将軍はそれぞれの大名に領地を与えてきた。
その徳川が崩壊し、新政府は大政復古によって、
御料林という形で国の財産を作ったのだ。

その森林は生産性の高いものでなければならなかった。
雑木林が伐られ杉の苗が植林されていく。
これが100年後の災いを招いた。

日本人は実に変わり身の早い民族である。
維新になってわずか5年、ざんぎり頭に洋服を着て、
岡蒸気に乗るのだ。

敗戦後も同じだった。
もはや戦後ではないといわれて10年経たないうちに、
高度成長を成し遂げる。

わずか100余年のうちに、
2回も見事な変わり身の早さをみせている。
なりふり構わず突き進む力は大したものである。

オレもプレ団塊の世代の一人として、この時代を突き進んできた。
が、いまにして思えば、変わり身の早さってのは、
惜しげもなく過去を捨てるということでもあるんだな。

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南方熊楠が身を呈した運動を起こしてから100余年。
この100余年間、国は何をしてきたのか、
そして森を敬う風習を捨てた人々はなにを選択してきたのか。

雑木林を伐採して植林ののち40年経っても、
その中を流れる沢の水量はもとに戻らないという。
ブナの林がいちばん保水力があるらしい。

針葉樹に覆われて水を貯える力を失った山は、
まとまった雨が降ると一気に水を吐き出す。
これが、いわゆる鉄砲水。あちこちで起きたあれである。

これを防ぐために小さな沢にまで無数の砂防堤が造られ、
下流の災害を防ぐために大規模なダムが造られる。
現状においては、これが防災のためであることはたしかだ。

が、これは100年の歳月をかけたマッチポンプでもあるのだ。
落葉樹の森は豊饒の海をつくる源であり、落葉樹の葉は土に還る。
栄養分を含んだ腐葉土は山に貯えられた水に解けて川を下る。

植物性プランクトンを動物性プランクトンが食い、
その死骸を海の藻が餌とする。
つまりは、海の食物連鎖を支えるのは山なのである。

しかるに、幾つものダムに堰かれて、
植物性プランクトンは底に沈殿し、
あえなくダム底のヘドロと化してしまう。

20年ほどまえ、南会津のブナ林が伐採されようとした。
100年もかかって、築いてきた、伐採、植林というシステムは、
そんなに簡単には方向変換できないのだろう。

そこには地域振興と雇用促進が生まれるからだ。
しかし、その結果をまざまざと目にしているではないか。
もう、いい加減にこんな愚行はストップしなければならない。

インターネットは黎明期であったけれど、
オレたちは、この会津ブナ林の伐採反対の署名運動に参加した。
そして、それは役所を動かして保存の結果を得た。

南方熊楠は明治の終わりに「神社合祀」に反対した人である。
熊楠は植物学者、民族学者であった。
明治33年(1900年)にイギリス留学を終え、故郷紀州へ戻っている。

その熊楠が、神社合祀への反対を表明したのが、
牟韋新報に反対意見を書いた時である。
明治42年であった。

なぜ、学者である南方熊楠が、神社合祀に反対したかは、
その時代の背景を説明する必要があるだろう。
明治政府は国の近代化を急いでいた。

原敬首相は市町村制を進め、近代化の能率を図ったのだ。
つまり、中央主権化である。開国して僅か40年余り、
近代国家へ仕上げていくためには当然の施策であったかもしれない。

日本の村落というのは小さくまとまっていた。
4つの村落が1つにまとまれば、1つの神社があればいい、
というのが、神社合祀である。

小さな社、祠は潰して統合すればいい、というわけだ。
植物学者の熊楠が、直接反対したのは
鎮守の森が伐採されることに対してだった。

鎮守の森は、もちろん樹木の豊かなところであり、
鳥や虫、熊楠の研究していた菌類の豊富な所でもあった。
伐られた樹木は単に薪となり、その土地は利権の場となった。

やがて、熊楠は無為に森が伐られることの虚しさを、
人々に訴え続ける運動を起こし、何度か獄に繋がれてもやめず、
身を張って守った森が紀州には多いという。

南アルプスの森林を潰してまでリニア新幹線を通そうとする。
100余年を経てなおも、おなじことを考える。
価値あるものを捨ててしまうのも、なにも変わっていない。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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真ん丸膨らんでるヤツを水んなかへ - 2019.09.13 Fri

寒いぞ。気温25.8℃。空気が冷たいから、窓を閉めた。
なんでまた? 今日だけらしいけれど......
そういえばねぇ。今日は13日の金曜日なんだな。

それだけだったら、西洋のさんりんぼだが、
仏滅も重なっているんだね。
おペケにそれをいったら「赤飯炊きましょうか」ってぇ。

そういえば、「9.11」の報道がなかった。
あれは2001年だった。風化してしまったのかしらん。
空を突くような高層ビルに旅客機が突き刺さった。

そして崩れ落ちてゆく。
まるで映画のCGで創られたようなシーンが、
TV画面から流れ、テロの恐ろしさに戦慄したのだ。

日本列島でも自然災害が頻繁に起きる。
地震や大量降雨の土砂災害。
今回の千葉も大変な事態になっている。

自衛隊をはじめとする並大抵ではない努力がで、
すこしずつ復旧へむかっているが、
twitterでわりと目にする違和感をもつ言葉がある。

「内閣改造する暇があったら、千葉復旧に努めよ」
この勘違いに対してくどくどはいわない。
いいたいこといえる時代って、いいのかわるいのか?

 19913-a1.jpg

「妹さんたちは5時過ぎに晩ご飯食べるんだってぇ」
おペケが女子会で聞いてきたことを話す。
「そりゃそうだろ、朝5時起きだもの」

早起きして、ご飯前に散歩をすませる。
規則正しく、模範的な老人の姿なんだっていう。
オイら、未だに深夜まで起きてるし、不健康老人そのもの。

昨日はめずらしく、どこへもゆかなかったおペケが、
「ちょっと早く台所してみようか」
そういって4時頃からキッチンへはいった。

で、晩ご飯のあと、居間に戻るのがえらい早かった。
「あとがラクだよね」
使った食器を洗うだけ、って食洗機いれるだけ。

 ←click

洗面所hゆくのに、台所を通る。
このマンションはバブル期の建築だから、
アイランドキッチンなんて洒落たものじゃない。

ここのまえに見たマンションは、それだった。
でもダイニングが8畳くらいだから、狭かった。
そのあとに、ここへきたから余計に広く見えたのだ。

で、おペケの後ろを通ったら、アレの匂いと音がした。
アレってなに? たいしたもんじゃない。
「ばんごはん」へひっぱってひっぱってという作戦なだけ。

まえにも、この手を使ったから、3番煎じだな。
おかげさまにて、大勢さまにみてただいて、
おペケが、恥ずかしがりながら、喜んでおりまする。

 19913-a2.jpg

レンタルサーバーが契約更改だってメールがきた。
え? 早いものであれから1年。
去年の今頃は、サイトの引っ越しをやっていたわけだ。

yahooは、長年のジオシティのサイトスペースと、
yahoo Blogを廃止して、どこへ向かうんだと思ったら、
zozoを吸収するんだっていう。

ま、yahooはどうでもいいのだが、
毎日、まいにち、引っ越しやってたのが1年前か。
はやい。

 19913-ss2.jpg 19913-ss3.jpg

 19913-s2.jpg 19913-ss4.jpg

ご飯食べたあとに、
「ごちそうさま。美味かったよ」と必ずいう。
これはつくってくれる人への感謝の気持ちなのだ。

おひとりさまのとき自分で食事つくって、
その苦労を知ったからだな。
物事知ればおのずと感謝の気持ちが生じるものなのだ。

テレビの食事風景では,ドラマでも食レポでも、
必ず手を合わせて「いただきますゥ............」とやるのだが、
オレたちは、手を合わせるのはやらなかった。

あるデータによると全国で食事前の手合わせする地域が60%。
愛知県はやらないらしいが、オレたちもやらない。
高年齢は手合わせに違和感もつ人がけっこういるらしい。

孫に聞いてみた。
「なぜ手合わせするんだ?」
「みんなするから......... 」

おペケも手は合わせなかったといい、
「でも、肘ついたら叱られたよね」っていう。
躾はけっこうきつかったね、オレも。

 19913-f2.jpg

オレたちの子供の頃は、けっこう頭下げる所があったのだ。
奉安殿という天皇陛下さまのお写真がおさめてある所は、
オレらが入学するとすぐに壊していた記憶ある。

八幡さまの鳥居をくぐるときは、頭ぺこりと下げた。
バァちゃんがやってったからだな。
境内で遊んでいても絶対に立ちションベンしなかったしね。

ま、むかしのガキは、どこでも半ズボンの裾から、
つまみ出してやったけれど、
ここでやったらチンチン曲がるぞ、って所はあった。

バァちゃんは朝のおてんとうさま拝んでたし、
うちには仏壇がなかったけれど、
神棚には、顔洗ったあとにきちんと手を合わせた。

それでも、ご飯のまえに手は合わせなかった。
正座して「いったらきまーすゥ」といった記憶はある。
食べながら喋るには御法度、肘つきはもってのほか。

これをトータルして考えてみると、
あの頃っていうのは、働く人が見えるから、
誰に感謝すべきかを知っていて、ものを粗末にしなかった。

「参道のまんなか歩いちゃダメだぞ」といわれ、
まんなかは神さんが通るところ。
端っこ歩け........... とガキ大将が教えたんだな。

そういうことをしっかりと子供に教えたのだといえる。
手を合わせるけれど、いつの間にか、それが形骸化して、
みんながやるからわたしもやるになっているのだ。

ときどき観るのだが、
蒟蒻はなんでできてる? ひじきはなんでできてる?
ってテレビ番組がある。

「知らなーい。考えたことない」んだな、いまは。
だから、インスタ映えさえすれば、その食べ物は要らない。
すべては飽食のなれの果てか。

ま、オレたちだって飽食を存分に味わってきたけれど、
オレたち世代の気持ちの隅には「勿体ない」がある。
食いたくても食えない時代を経てきたからねぇ。

もったいないで思いだしたはなしをひとつ。
浜名湖に釣りにいてったころ。
どこにでもいるエサ盗人がクサフグなのだね。

こいつらがよってたかって高い餌を食ってしまう。
たまに20cmを越す大物もいて、これもまた美味いのだそうだ。
だから、けっこう素人調理をする人がいる。

ある日、今切口でクロダイ釣りをしていた。
大きなアタリがきて合わせると、
クロダイとは引きの様子が違い、大きなクサフグ。

で、ハリを外して海に返そうとすると、後ろから声がかかった。
「もったいない、ワシにくれぇ」
胡麻塩頭に鉢巻きして背中に孫を背負った、どうみても元漁師。

「大丈夫かィ」と聞くと「たまには舌先が痺れる」。
さらに、「10年に一人くらい、誰かが死ぬな」だと。
聞こえないふりして、真ん丸膨らんでるヤツを水んなかへ放り込んだ。

おあとがよろしいようで。
ほなあした................

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そんなに急いでどうする? - 2019.09.12 Thu

パソコンデスクで寝落ちして、ベッドへたどりつき、
バタンキュで眠ったのが11時頃か。
居間が冷えているので、寝室がやや暑く感じる。

それもほんのいっとき、身体が慣れてくると、
寝るにはそれくらいがちょうどいい。
今朝は明け方に布団を探したくらいに冷えた。

いま10時半、エアコン入れてない。
気温は30.3℃。風が温風ではないから暑くない。
そうだな。もう12日だから、すこしは秋らしくないとね。

秋の気配というには早いかもしれないが、
季節の変わり目が見えてきたな、とは感じる。
なんかバタバタしている。あ、おペケがね。

郵便局いって、あそこいって、ここいって、あっちへいって、
最後にゴルフの練習場にゆくから、帰りは遅くなるゥ.............
そういっておペケがバタバタとでていった。

そろそろ帰るころかなという時間に、
北のほうから暗くなって、ゴロゴロと鳴り出し、
篠突くような雨が降り出した。

ま、どこかにいるでしょ。
って思っていたら、駐車場で車からでられなくてっていて、
小降りになってから、ただいまァ。

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鯖缶は身体にいい.。納豆は身体にいい。
とかなんとか、いっぱいある。
ま、いいものは、悪いものよりはいいとは思う。

でも、悪いもっていわれるのも、
食べるっていう要素には欠かせない。
塩分へらせっていうのに、塩辛が欠かせないとか。

ってさ。
人間は食いたいもの食べるのがいちばん。
成人病の総合商社だってオレがここまで生きてるから大丈夫。

🔽 ごはんめも


ご長寿の方が共通しておっしゃるのは、
「気儘がいちばん」だよね。
つまり、ストレスがない。これってオレじゃないか。

なーんも考えてない。
それでぐ〜〜〜たらして1日暮れる。ええなァ。
これでテキトーなとこまで生きられたら最高だァな。

 19912-a1.jpg

もう、9月なんだから、やっぱり、この暑さも異常。
残暑だなんてもんじゃない。
なんてね、たしか去年のいまごろもそういってた。

ってことは、こうなるのが普通なのだな。
つまり、日本列島はもはや亜熱帯ってことだ。
まだ、Tシャツ短パンのままだし、汗掻いて何枚も着替える。

まだ、彼岸花が咲いたとの情報はない。
万葉の森公園の彼岸花みてきたいが、まだ、暑いからな。
ま、体調次第ってことでムリしない。

はやく涼しくならないかなァ。
外に連れていったことのないレンズが2本、カメラが1台。
おんもに出たいと泣いてるよ。

 19912-f2.jpg

なにかと問題のJR東海のリニア新幹線。
静岡県も通るんだ。一応、地図の上ではね。
南アルプス貫通トンネルだから、その残土で渓を埋めるだけ。

おまけに、大井川の水源になっている南アルプスの地下掘るんだから、
その地下水がどこへいくやら、これは大井川水系各市町村には死活問題。
愛知県のええ加減知事が上から目線でいうことではない。

すでに山梨県では水源が涸れた地域もあるとか。
で、その補償は50年間で、そのあとは荒廃あるのみ。
だからこそ、ちったァ、開通遅れたって、しっかりせにゃいかん。

で、その残土処理場所が、
南アルプスエコパーク申請場所のなかだっていう。
こういうこと平気でやるんだよ。

いままで散々やってきて、
大規模な自然破壊して、生態系壊して、
それを、また、繰り返すんだよ。

いつのころだったかいったよね。
「せまいニッポン、そんなに急いでどこへゆく」ってね。
ほんと、東海道新幹線があるだろうにィ。

ここに一番ちかい駅は、飯田市の元善光寺付近らしいが
JR東海は地方駅なんかどーでもよくて、
東京←→名古屋を40分で走れればいいってのが本音だろ。

どっちにしろ,オレは木枯らし紋次郎。
「あっしにゃ,かかわりのないことで.........」
リニア開通までこの世にいるかそうかわからん。ほんとに。

 19911-f1.jpg

その元善光寺というお寺さんに興味があるんだな。
ひとっ走りしようと思うけれど、
中央道ちかくまで山道がけっこうあって躊躇ってる。

最後にいったのは亡き人とだったかしらん。
郡上八幡へいった帰りに、中津川から中央道へ乗り、
昼神温泉から峠をいくつか越え、奥三河から東名高速へでた。

あの頃は60歳代なかば、平気だったけれど、
いまは体力ないかも、っていうより気力がない。
三信遠を結ぶ道路を造っているけれど、これが遅々として進まない。

飯田線ごとごとっていう手もあるか。
なにに興味があるかというと、この「元」なのだ。
へそ曲がりごんべの琴線にふれるのだ,こういうのが.ねぇ。

善光寺といえば,牛に引かれて...... っていう大きなお寺。
かなりまえに放浪旅の途中で寄ったことがあるけれど、
そもそも、ここのご本尊は,元善光寺にあったものらしい

皇極天皇元年(642年)のこと、
勅命により本尊は芋井の里へ遷座され..... とある。
なんでも、難波の堀でみつかったご本尊らしい。

ご本尊さまは月のうちの半分は、
元の善光寺に帰られるのだそうで、
どちらか一方だけゆくのは片詣りといわれる。

元のほうにも、ご胎内巡りがあるっていう。
もっとも、閉所恐怖症のごんべ,10万円もらっても暗闇はイヤ。
100万円だと?? 脂汗垂らしてゆくかもしれない。

長野って好きなんだね。南信州はよくいってたし、
浜松市と飯田市も隣合わせになった。
秋が深まったら、途中までいってみようか。

南信州は、塩の道でつながっていたから、
方言なども似たものがある。
いま、静岡でほぼ絶滅の「ずら」は長野で生きている。

塩の道は、相良から信州へ市を運んだ道。
都邑までは、秋葉山詣での秋葉街道としての賑わいがあって、
秋葉神社以北は、細い山道が三州街道と合流するまで続く。

現存するところを歩いたことがあるが、
ビックリするほどの細道で、これを塩を担いで歩いたのだ。
むかしの人は大変だったと感じるけれども、翻ってリニアだよね。

ほんとうにリニアって要るのか。
自然破壊と引き換えにするほどのものなのか。
JR東海の横暴さをみていると、そう思う。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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駅でもどこでもいっといでぇ - 2019.09.11 Wed

台風後の異常な蒸し暑さ。なんか天候不安定。
さっきも暗い雲に覆われて雨でも降るかと思った。
で、その1時間後に青空出て入道雲。

そういえば、夕方の書斎の窓から東にもくもくと積乱雲をみて、
なにげに、それを写真撮ったのだ。
それで暗くなったら、その雲の向こうが不気味に光る。

「お〜〜〜い。きてごらん」
おペケは稲光が好きなヘンな人。
「うわァ、すごいィ」と感激して観ている。

 19911a1.jpg

あれは、雲の中になにかいるね。ぜったい。
がちゃがちゃがちゃ。
なにか振りまわしているね。



おペケが切符を買いにゆくという。
「そんもの、ネットで買えないか?」
で、なにか調べていて、やっぱりいってくるという。

おペケは2ヶ月に1度は、こっちへ遊びにきていたので、
JRのジパング会員だった。ネットだと、その特典がないらしい。
割引がないんだったら、いっといでよ。

浜松←→秋田の新幹線往復料金が44.110円。
ジパング会員だと、なんと30.880円だっていうから、
駅でもどこでもいっといでぇ。

夕餉は、デパ地下惣菜でいいからな。
って..........................
で、その結果は下記でござい。

 ←click

オレとおペケは似たもの同士だから、ものの価値観は似ている。
だいたい物事は楽観主義で考えるから、
2人揃って、ええからべぇになるけれど、ま、それでいい。

それをどうのこうの、どっちもいわない。
いわないでいいのか? とときどき思わんでもないが、
それで通れれば余分なことはいわないでいい。

彼女も、仕事一筋に独身できた人だから、
それなりの頑固さ、強さはある。
けれども、オレが寄っかかるほどの強さでもない。

弱さ、脆さを残しているから、
お互いの居心地がいいのかもしれない。
まァ、女性は強いばかりでは、持て余す。

最初は強さが勝っていて、擦り合わせがタイヘンだったけれど、
おかげさんで、それもなくなった。
すると、オレの屁の突っ張りのような他愛ない意固地も消えた。

時の経過というものは、悲しみはもちろんのこと、
屁でもない突っ張りも、みな薄い皮膜の中に包み込んで、
けらけらと笑っていられる日常に換えてゆく。

 19910-a1_2019091111352906d.jpg

インスタはガラケイだからやってない。
FBは、なんかしらん、ズルズル繋がるのがイヤで、
すぐにやめてしまったが、twitterはかれこれ10年続いている。

いま240人前後のフォローをいただいて、
けっこう愉しく遊んでいるよ。
で、ほかの人がいいこといってると、メモしておく。

 こころ、って何だと思う。
 人体的な部位でもないし。

 こころって何だと思う。
 傷ついたり喜んだり複雑な気持ちになったり。
 心を動かしているのは脳の指令だと医学的には言うけれど。

これは、太田光代さんのつぶやき。
爆笑問題の太田さんの奥さんで、プロダクションの社長さん。
いいこといってたからメモした。

そうなんだな。
こころって,身体的な部位ではないけれど、
人間にとって大事なもの。

 19911-aa1.jpg

その呟きをヒントに、オレの呟きをリツイした。
心って文字はいろんな気持ちを表している。
素晴らしいね、日本語ってのはね。

 りっしんべんは
 心なのだね
 快いっていう
 情けでもある
 それから怖でもある

 したごころは
 思うだし
 恋だし
 耳赤くしての
 恥ずかしィでもある

 若い心でいると
 惹かれる
 囲ってしまうと
 悶える
 心の置き場所なんだ

 偲んだり
 忍んだり
 悔やんだり
 恨んだり
 ぜんぶ心なんだなァ

「あんたといると疲れるゥ......」
と、3歳年上の彼女がいった。
21歳のずたぼろ青春のまっただなかのころ。

彼女に溺れようとするが、溺れきれず、
そうなると無性に疎ましくなってケンカする。
オレが生涯背負った「業 」であったかもしれない。

ややこしいヤツなのだ。
こいつの手綱は並大抵では握れやしない。
オレの心は捻れてこんがらがっていた。

23歳でボンビー所帯もった。
あの人は、オレのそんな心をすこしずつ、すこしずつ、
ほぐしてくれたのだ。

「あの頃、あなたは尖った目をしていたよ」
そういったね。
いま、だらしなく下がった目をしている。

ま、人世っていろいろある。
だから、すべての心に添うなんてのは大変なこと。
でも、1つだけ方法がある。

できるだけ相手の心を慮ること。
これで、すこしは添うことができる気がする。
気がするだけでもいい。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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血が騒ぐのは当然かもしれない - 2019.09.10 Tue

居間に朦朧として入ったら、エアコンついてた。
「あっついよ」とおペケがいう。
オレ、知覚が醒めないうちだから、ひんやり寒かった。

いつまでも暑いのー。かなわんのー。
昨日も暑かったァ。
おペケが眼底検査するというから付き添い。

洒落れた今風の眼科でねぇ。
キレイなおねぇちゃんがずらっと並んで、
「いらっしゃいませぇ」とお出迎え。なんやこれ?

キャバクラの開店か? ってオレいったことないけれど。
なんの目的で検査をやったんだ?
「目の健康診断だってぇ.......... 」

別に異常なし。やっとけば安心。
瞳孔が開くと、歩きにくいからって1時間ついていたが、
軽い薬でやりました......... って普通に歩いていた。

「いてくれるだけで安心だね」
ま、そりゃァそうだ。
1人よりは2人のほうがむにゃむにゃだーな。

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晩にご飯支度できないかもしれないからって、
お昼に買い物いってきて、
手のかららないようにと、お惣菜を用意。

最近は、お向かいのスーパーも、
お惣菜コーナーを充実させて頑張ってるんだそうな。
もともと、ここの本店は週末だけの倉庫風の営業だった。

ま、すこしスマートにしないと若い人はきてくれない。
ドンキができて、ライバル意識があるならいいこと。
おもしろくなかったら流行らない。

おペケが、郷里へ帰っているうちは、
オレ、おひとりさま4日間だから、お世話になるからねぇ。
「変わったよ−」というから愉しみ。

 ←click

毎月3日の月命日に墓参りする。
掃除して花を換え、お線香をあげ、手を合わせる。
で、おペケにいわれた。

「はやッ」
ま、手を合わせて3秒かな。
いつも無心。ここへきた、ってことだけでいい。

「なにも考えていないの?」
そういわれてみると考えたことがないな。
ほんと。

そこにいる。
そこへゆこうと発して、そこにいる。
それだけでいいのではないか、と思っている。

 19910-a5.jpg

おペケは月末に秋田へ帰り、墓仕舞いをして、
母親のお骨を共同慰霊塔へ移す。
それは、母親の面倒をみてきた彼女の最後のお勤め。

オレは、いい加減で不信心なヤツだけれど、
自分が、いまここに生きている縁を大事にする気持ちは、
ずっと心のなかにもっている。

本人は.友だちと会い、ゴルフ仲間とコースへでるのが、
うれしくてしかたがないみたいだが、それはさておき、
おペケがけじめをつけてくることの応援をオレは惜しまない。

そういうものの上に、
現世のオレたちのシアワセが成り立っている。
そう思うのだな。

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この歌が流行ったとき、
オレは悲しみの坩堝の真っ只中にいて、
この歌が嫌いだったから、聞いたことがなかった。

 私のお墓の前で 泣かないでください
 そこに私はいません 眠ってなんかいません

そらぞらしくてイヤだったのだ。
だってねぇ。
本人は哀しみの主人公を演じているんだからね。

けれどいまは、
あの人は千の風になってあの大きな空を、
吹きわたっているかもしれない。

と、いつのまにか肯定している。
どたばたした挙げ句に悲しみを昇華させ、
明日の朝を、素直に迎えられるようになったからだろうか。

亡き人はオレにとって菩薩だった。
いまは傍らにおペケ大明神がいる。
ありがたいこっちゃ、と思う。

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季節が春だったけれど、思いだした句がある。
浜名湖のなかには2つの漁港があり、
その船団が外海との水路の今切口を勇壮にでてゆく。

 春潮の満ちくるを往くシラス船  ごんべ

この早朝に浜名湖から一斉に出るシラス船の光景が好き。
エンジンの音と潮の音とが入り混じって、
オイらの大好きなサウンドだな。

ま、三代前は漁師なんだから、血が騒ぐのは当然かもしれない。
オレね、酒飲んだり、ここいちばんっていうとき、
タオルで鉢巻きしたくなる。海の男の血がね、そうしたがる。

あ、シラス船だったね、
これで、外海の太平洋にでていってしまうと、網は2艘引きで、
きらきらと光る波間をゆっくりと2艘が平行して進んでゆく。

うちの冷蔵庫にはだいたい何種類のシラスが入っている。
普通の干しちりめん、それから太シラス、
その日のうちに食べるのが、生シラス、釜揚げシラス。

これを食べるとき、いつも思う。
あァ、晩年をふるさとで暮らせてシアワセだなァってね。
都会の片隅で暮らしたころ、これを渇望した。

帰省する度にクーラーボックス満杯に買って帰った。
ゆえに、こういうものが、普通に食べられるのは、
シアワセなんだとつくづく思うよ。

ある日、都会からのお客さんがね。
ピカピカの太刀魚をみて、
生の魚をみて、はじめて美味しそうだと思ったといった。

単純に、塩焼きしただけなのに、
「こんなに旨いんだ、魚って....... 」と感激してくれた。
そこなんだよ。故郷ってものはね。

だから、おペケの気持ちもわかる。
故郷のありがたみもわかる。
この感情は、離れて暮らしてみないと生まれてこない。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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爽やかなめんどくささがあるのかぇ - 2019.09.09 Mon

夕方から雨が降り始めた。さほど強くはなかった。
寝ようとして0時に台風経路の確認。
伊豆大島南西50kmだった。すると新島か神津島か。

静岡県は東西に長い。東部の伊豆半島に暴風警報。
西部のこちらは、これくらいがピーク。
首都圏は通勤にタイヘンだな、冠水もしたらしい。

ま、地方は毎年やられているけれどね。
蒸し暑いぞ。書斎のデスクで31.6℃。
おーい。エアコン入れてぇ.....................

え? 今日は35℃まであがるの。
そりゃァ、タイヘン。
おペケが、午後3時から眼科で眼底検査する。

オイら、その送り迎え。
あれは、瞳孔ひらいて見えなくなるからね。
待ってるのもタイヘンだぞ。

オレは。たぶん、動脈硬化の検査でやったのだと思う。
1回だけどこかでやった記憶がある。
どこのセンセも検査がお好きなようで........

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「どれ食べる?」
オレのいつものは「銀座カリー」だけれど、
おペケが見慣れないレトルトカレーを2箱もってきた。

「この真っ黒いの、食べてみるか」
岩手県産の「男の極旨 黒カレー」だった。
なんか、まっくろけが美味そう。イカスミではない。

お向かいスーパーが、
全国のご当地カレーコーナーをつくったそうな。
ピアゴのドンキが開店したから、お向かいも頑張るのだ。

中辛のほどほど刺激と玉葱の甘さがなかななか。
えぇ。これチキンだぞ。おい、おい。
って、食べてしまってから気付いてもおそい。

オレ、チキンは嫌いだった。
知った途端に美味さ半減。
「ごめん」といたってお腹へ入ってしまったよー、ったく。

 ←click

でも、いまどきのレトルトってうまいねぇ。
つくってごらん、簡単だよ。おひとりさまのときいわれた。
あの、翌日に残ってあっためて詰まったカレーはたしかに美味い。

けれどレトルトのストック買っとけば、
あ、カレー食いたいってときに,即できる。
だから,いつまでもカレー鍋ごとごとが実現しなかったな。

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お昼食べるのはだいたい1時。
食べながらテレビ観ている。
ひな壇のタレントさんが、何分かに一度爆笑している。

気の利いたコメントをいい、それで他人を笑わせって、
それが番組の構成かもしれないが、観ていてなんかバカバしい。
テーマがけっこう社会問題だからね。

まだ、おペケがみている「徹子の部屋」のほうがいい。
そのあとの、老人ドラマは辛気くさいから見ない。
他局の韓国問題も観るほうが疲れた。「疲韓」そのものだな。

ここまできて仲良くできるか?
次から次へと繰り出すイヤがらせ。そういうものに屈するか?
あの国と未来志向になれるか?

だからって、このままじゃいけない、っていう。
こじらせているのはあっちだよ。
どうにもならない。

BSのニュースショー観ていると、
文政権の行く先は、反日、離米での半島統一なのだから、
向こうに修復のの気持ちがない。こっちからは、どうにもならない。

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ほかの宗派はどうか知らない。
うちの曹洞宗では般若心経に馴染みが深いんだな。
いつもお経っていうとこれだからね。

 先のことは誰にも見えないんだ。
 無理して見ようとしなくていいんだよ。
 見えないことを愉しめばいい。
 それが生きてる実感ってヤツなんだからね。

Webの某所で般若心経の現代訳っていうやつがあって、これ。
このおかたの訳には異論があるらしいけれど、
門外漢は、これで納得するわ。

 hn11.jpg

なんか、オレのちゃらんぽらん精神に通じるんだな。
先のことなんかわかりゃしないんだから、
日々の生きてるって実感を大事にすればいいだろっていう。

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もう10年間になる。うん。そうなんだな。
あの人の初盆で寺施餓鬼にいったら、
ポケットサイズの般若心経をいただいた。

オレ、いたたまれなくなったら、仏壇前に座ってこれを読んだ。
自分の気持ちを落ち着かせるためにね。
2年くらいはやっていたと思う。

あの頃に、カフカフ仲間の、とくにおばはんに聞いた話だと、
いなくなった人を感じるときがあるらしい。
オレはほんとうになにもなかった。

なにかあるかと思ったが、まったくなにもなかった。
そこに、たしかにいた、雰囲気があった.。
なんてまったくなかった。

あの人は、オレをどう思っているのか。
最初はそう思っていたが、忘れられない夢を3つみたから、
あれが、あの人の伝えたかったことだと思っている。

ま、死んでしまうってことは、
物理的に、無になってしまうことと感じている。
オレが愚図だから、いつまでも引きずっていただけだ。

おペケは、亡き人のことをよく聞いてくれるし、
毎日の朝の挨拶も欠かさずにしてくれて、ありがたいと思う。
そういう人だったから、いっしょに住む気にもなったのだ。

で、ときどき寂しそうな顔をちらっと見せる。
けれども一言もいわない。
オレは心のなかでおペケに詫びる。ほんとに。

いなくなったがゆえに、心に残る。それはある。
そうだよな。むかしからいう。
死別男はめんどくさい。たしかにそう思う。

某所で、爽やかに亡き人を心に残す方は素晴らしい。
なんて書いてあったけれど.。よくわからん。
爽やかに????? どういう意味だ??

爽やかなめんどくささがあるのか。
いえることはひとつ。亡き人はこの世にはいないのだからね。
いま、いま傍にいてくれる人がいちばん大事ってこと。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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まゐらぬ人はあらじとぞ思ふ - 2019.09.08 Sun

台風がこっち向いている。直角にくれば真っ正面。
ヤバイと思ったが、やや東へ寄って関東へ向かった。
列島に前線がないので、雨は台風本体だけ。だから急にくる。

3年ぶりの関東圏へ直撃らしい。
明日の朝だっていうから、出勤がタイヘンだ。
で、その余波のヘンな風が吹く。

「なんで鉢巻きしてるの?」
それなんだな。書斎の窓から風がバンバン入る。
さっきから髪の毛逆立ってるゥ。

カーテンは風孕んで顔にかかるし、うるさいから鉢巻き。
似合うねぇ,,,,,, とおペケが笑うけれど、オイらは鉢巻きが大好き。
なにせ4代前は三浦三崎の漁師だかんな。

「こっちに風がこないよ」
台風の風は東だから居間のほうへは入らない。
ま、こっちも温風だから、エアコンいれなよーって。

それで起きてきて、
なにはともあれハグしようという約束ごと。
ちかごろ、それを忘れるのだな。

ふたーりともにね。
「ハグしたっけ?」
「さっきしたよ............」ってウソをつく。

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 🔼 デジタル拡大400mmの月面

「お味はどう?」
「うまいよ。でもこのまえのほうが.........」
「わかった。そこを工夫してみる」

ときどき台所からお呼びがかかって、こんな会話がある。
「おーい。これ見てぇ」
「どれどれぇ。あ、いいの撮ったね」

オレが、その時間にベランダで夕日を撮って
帰りに台所寄ってカメラのモニター見せてゆく。
こうしてお互いの喜びを共有する。

お互いの関心事を、わがことのように喜ぶ。
無関心ってダメだね。モノ忘れしたらいっしょに考える。
思い出して、笑うんだ。思い切りね。

 ←click

珈琲や水などをイオン通販で買う。
重いものは玄関まで運んでもらうのだ。
まとめて5000円以下だと、配送料300円。

それでも運んでもらうのだから、
これもシニアの知恵。
こういうもの活用しないとね。

 1998-a1.jpg

夕方空を見上げると、隣のマンションの上にお月さん。
あかね色に染まった西の空に、
飛行機雲が現れて、短く引いては消えてゆく。

このなかに縦横無尽に雲をひくのは、
どうやらお仕事中のAWACS。
背中に背負ったレーダーで不審侵入機の監視を続ける。

あ、そういえば河野外相が交代らしくて、
あれだけいいたいことズバリいう方をなぜ........... と、
思っていたら防衛相候補だとか。

お、その手があったか。
もし、そうであれば適任。
いまのご時世に派閥均衡組閣なんか不要。

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イワシなどを下魚といい、その逆にあるのがタイだな。
ほんとうはタイといわずに真鯛。真のタイなのだ。
アコウダイ、キツネダイ、ブダイなどのアヤカリ鯛が多いゆえ。

本当の鯛属ってのは、ごくすくなくて、
マダイ、キダイ、クロダイ、チダイ、キチヌくらいのもの。
タイは日本書紀の頃から赤女、平魚と呼ばれていた。

平魚 (タイラウオ) はタイ。
万葉仮名では魚の王にたとえて太位と書いている。
魚ヘンに周とあるのは、周防の国で捕れたからだとか。

このころ、貴族たちの食物の三尊は海のタイ、川のコイ、
それから鳥の鶴あったらしい。
この時代の日本人の好きな色は赤であった。

色鮮やかなマダイが珍重されたのもうなずける。
赤飯なんてのもこの類だしね。
赤飯にタイの尾頭付きはいまでも祝い事には付き物だ。

 1998-f1.jpg

オレが大好きなシラスはカタクチアイワシの稚魚。
プリン体ダメなのに大好きで、これが食卓に欠かせない
食べ続けたから、オレの骨密度は40歳代。

そのむかし、イワシやサンマは下魚といわれた。
なんぼでも獲れるから田や畑の肥料になったのだ。
おせちに欠かせない田作、五万米 (ごまめ) と名前がある。

その呼び名は肥料にしたっていう名残。
いまや獲れ高減って、下魚どころか格上げだからね。
そう、サンマも不漁で高騰らしいし、庶民はタイヘン。

紫式部、いや和泉式部という説もあるが、
当時は下魚だったイワシが好きだったといい、
こんなはなしが残っている。

あるとき、夫の留守にイワシを食べていたところ、
突然に帰ってきたので、慌てて隠した。
なにをかくしたのだ、と問われ石清水八幡宮を称える古歌で答えた。

 日の本はいははれ給ふいわしみず
 まゐらぬ人はあらじとぞ思ふ

これがなにかというと、
石清水 (いわしみず) とイワシをかけたわけで、
「いわしは肌にいいから、食べなさいよ」と旦那さまにいわれたとか。

 まゐらぬはなしと鰯をへらずぐち

で、江戸川柳ではこうからう。
江戸川柳には、こういうのがちょくちょくある。
そういう洒脱なセンスがあったのだ。

紫式部の時代にいまの風呂ははなかった。
ま、庶民は行水でもなんでも気楽だけれどね。
貴族はっていうと、何枚も何枚も衣装を重ねていた。

さぞや........... であったにちがいない。
で、それゆえにお香を焚くわけだよな。
おまけに神殿造りはあけっぴろげでだだっぴろい。

そりゃま、寒くて、何枚も何枚も重ね着する。
イギリスやフランスの貴族もそれに似て香水が発達したっていう。
ま、はっきりいえば、むかしの貴族はくさかったのだ。

で、江戸川柳に「黒たひは白木の台へのらぬ魚」というのがある。
マダイは古来から祝い事に付き物で、白木の台に鎮座しているが、
おなじタイ属でも、クロダイはけっして白木の台には乗らなかった。

成長するにつれて名前の変わる魚を出世魚という。
スズキが有名だが、クロダイも魚体によって名称が変わるのに、
出世魚とはいわない。そのうえババタレなどという地方名まである。

この差はなんだろう??
もう一つ、「食いようによって黒鯛罪になり」という川柳もある。
江戸時代には、黒鯛は女性の血を荒らすと信じられていた。

つまり、黒鯛を食べると堕胎の罪を犯すということ。
ゆえに「黒鯛をいのちにかけて下女喰らい」ということになる。
ただし、これに医学的な根拠はないそうだ。

想像するのに、当時は川から海へ汚物を流した。
これに群がったクロダイは、
悪食ゆえにこんな汚名を着せられたのではないだろうか。

と、まァ、本日は魚蘊蓄語り。
ほなした..................

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盥から盥へうつるちんぷんかん - 2019.09.07 Sat

朝がたは 涼しいを 通り越して寒かった。布団を探したのだ。
7時半に起きてきて、書斎の温度計が27.2℃。
風がほんのすこし冷たい。もう9月も7日だもの。

が、じわじわァ、と暑くなってくる。
「もう、げんかいィィ........ 」と、30.5℃に達したのが11時。
エアコンいれた。ついでに書斎の扇風機もまわした。

眠いねぇ。あ、薬のんではいない。
昨夜、ふ、と気付いたら パソコンデスクで眠っていた。
いつものことだけれど、これが気持ちいいのなんの。

目が醒めて傍らの時計見たら深夜1時だった。
小1時間くらいマウスもったまま眠ってたらしい。
なにしていたのか、覚えていない。

とりあえずシャットダウンしようと画面出す。
なるほど、これか、とちょっと弄る、
で、ベッドへ行ったのが1時半だからねぇ。

ベッドに転がったら、即眠る。
おペケは睡眠のいちばん深いところだから、
われ関せずのぐーすかぴー。

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「真上にお月さんだよ」
おペケが呼ぶからベランダへでた。
上弦の月が輝いてる。そのすぐ下に明るい星。

金星なのか。土星なのかわからん。
お月さんの横によく星がくっついている。
オレ、写真撮るだけだから、その星がなにかはしらない。

そうか。9月だと中秋の名月か。
この月の満月は13日。
この写真は3000mmなのだね。さすがに1脚使った。

月の裏側を観たいね。
都市伝説だと、宇宙都市があるとか、かんとか。
他の生命体基地があるとか。

むかし、2つの月があって、地球を周回していた。
あるとき、それが衝突して、
大きな月の裏側まで、小さな月が突き抜けた。

ゆえに月の裏側は、
地球から見える面とはまったく違うとか。
そんな話をどこかで読んだ。

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食欲ってぇのは、まず目から入る。
「え、ステーキ?? 食えるか」
と、まず夏バテ気味の胃袋がたじろぐのだ。

それで、ひとくち入れて、うん。イケるゥ。
ま、1枚ペロッと食べるんだから案じることはない。
でもねぇ、あとひとくちのご飯に乗せた塩辛が美味かったァ。

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このさ。真っ白いご飯にのせたイカの塩辛ってのは、
好きな人はたまらんけれど、生もの嫌いな人には卒倒ものらしい。
ま、それぞれの苦手があるもんだ。

わが日本においては、ってのも大袈裟だが、
漬け物キライってのはマイノリティ。
その扱いってのは、さんざんお世話になった弁当に現れる。

あの、白いご飯に、無造作に散らばった芝漬け、
そのピンク色に、染まった飯粒への痕跡。
オイらにととっちゃ、ま、なんともおぞましい。

それが普通という弁当屋の気配りのなさが、
マイノリティのオレには、なんとも許せないのだよ。
タバコの嫌煙権はちかごろ確立された。

ところが漬け物キライの権利は絶対にない。
「あんた、日本人?」
なんていわれると一瞬なれど殺意がわく。

 1997-aa1.jpg

水清ければ魚棲まず.......... という。
綺麗で透き通った水のなかに魚は棲まないものだ。
と、まァ、釣り師の常識ではある。

で、人もあまりにも高潔で行いが正しいと、
とっつきにくくて、一人ぼっちになってしまうということでもある。
孤高の人にはなりたくはない。

オレのような凡俗、煩悩にまみれた人間は、
適当に、ちゃらんぽらんと暮らしていても生きていける。
あまりにも、孤高の人であると、きっと寂しいにちがいない。

スケスケに澄んだ水のなかは、海でも川でも魚は少ないもの。
とくに海ではそうだ。
人の存在が魚から見えて警戒心が増すのも理由のひとつ。

ほんとの理由は、プランクトンが少ないから水がきれいなだけで、
食物連鎖が成り立たないから、エサのないところに魚は棲まない。
すこしくらいのええからべぇが暮らしやすいのも、そんなもんだ。

 1997-aa2.jpg

不肖ごんべの辞書に「退屈」の文字はない
ま、むかしからそうだけれど、遊ぶことは上手だね。
昨日の午後はパソコン前から動かなかった。

アメリカ・ヤフーにTumblrとう巨大サイトがある。
写真、動画なんでもござれのSNSでなんといっても無料がいい。
それで、アカウントとって、書き込みして、なんとかつくりあげた。

 [My Tumblr account] ←click

あの9年間はね。
一人っていうのは自由気儘、したい放題だから、
ブレーキがかからないのだな。

夢中になったら、ご飯たべるのも忘れている。
ブレーキがかからないっていう性格は、
むかしからそうなわけで、いまはじまったことじゃない。

40歳以降は、その好きなことでおまんま食ったのだ。
こんなシアワセな人世はない。
と、傍からみればそう見えるだろうね。半分は当たってる。

いまは、一応、傍らにブレーキかける人がいるが、
そもそもが365連休なんだから、ご飯だからこっちきなさい。
といわれるくらいなものだ。

あ、そうか、もう一つ気がついた。
その傍らにいる人がブレーキかけるから、昼間だけじゃ時間が足りない。
だから、深夜まで寝るのも惜しんでなにかやっていたりする。

そういう意味の深夜族だったのだ。なるほどね。
で、いまは、ストレスないから、すぐ寝てしまう。
なっとく。

おひとりさまのころに、ある人から、
「いままでも1人できたんだ、これからも1人でかまわない...」
と、いわれたことがある。

はっきりいえば、フラレちゃったのだけれども、
シングルで生きるということは、それだけ頑張らなくちゃいけない。
一人は気儘でいいってのは負け惜しみ。

すくなくてもオレの場合はそうだった。
頑張って、頑張って、頑張る人ほど、
ほかの人との接点ってむつかしいのだと思う。

自分を大事にするってことの意味は、いまは理解できる。
いくら求め合う気持ちがあったとしても、
1人で培った部分を、どれだけ抑えきれるかなのだ。

 愛は砂上の楼閣 みたいなもの
 一波くれば見事に消え失せてしまう

「愛の流刑地」の作家、渡辺淳一さんが、そう書かれている。
解りかけた頃に人は死んでしまい、それで得たものは一代限り。
それが証拠にだねぇ。

万葉集のむかしから愛の言葉は数多く残っているけれど、
男と女は未だに同じことを繰り返している。
それゆえに最も人間らしい部分ではあるのだけれどねぇ。

あ、オレがいうんじゃないよ。
渡辺淳一さんが著書のなかで、そう書かれている。
いつまでたっても人間の本質は変わることがない。

 盥から盥へうつるちんぷんかん 

これは、小林一茶の辞世の句。
産湯のたらいから湯灌のたらいへ、
人世なんて、ちんぷんかん、わけわからんものだよな。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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くわばらくわばら、触らぬ神に祟りなし - 2019.09.06 Fri

涼しいのだよ。エアコン慣れしてるから入れたい。
ちょっとだけガマンといってるうちに、書斎で30.7℃。
「もう、あかん。入れてぇ?」

オレが窓を閉めてまわったら、おペケ殿は、
でんと座っていて動きもせん。
「たまには動きなさい」って、でんとしたまま山の神。

青い空にね。
白い雲が浮かんでる。
ちぎった綿飴。

おとつい、お墓から帰ったときもそうだが、
「おーい、アレだね」
欲しいものが一致する。汗のあとのアイスがうまかったァ。

どこかへいってきて、1.5 kgくらい減ったとしても、
体の水分がなくなっただけだから、そんなもん、すぐ戻る。
脂肪燃焼はわずからしいから、ただの繰り返し。

ただし、あとがかなり応えるようになった。
おペケも認識し、オレも自分で承知して、がっかり。
ま、しかたがない。

アイスを毎日食べるのはやめた。
緊急時だけ食べる。エラいんだ、オレ。
自制が利くんだからすげぇ。

 1996-a1.jpg

おペケは郷里へ帰って、
あっちのゴルフ友だちと、1日コースヘでるらしい。
それで、昨日も練習場へでかけた。

すぐ近所に浜松餃子の「味彩」の店がある。
「買っといでよ」
そのまえに郵便局いくっていう。

「それじゃ、隣のコンビニでラーメン買ってきてぇ」
そうしたら、たっぷり打ってきてもいいよ。
って、オレはなんてものわかりがいいんだろうね。

あんたさ。法事にゆくの? 遊びに行くの?
なんて野暮なこたァ、金輪際いわない。
え? いま書いたってぇ。アハ。

帰りに東京でも一泊して遊ぶらしいよ。
いいんだ。いっぱい遊んどいでぇ。
オレは、コンビニ弁当食べてっからさ。

なので、昨夜はラーギョ。
ご飯粒なし。
けれどカロリーは高いよな。

 ←click 

歯磨きしながら、鏡に映った わが顔ちらっとみた。
斜め横の窓から差し込む光りに、白髪がキラリと光った。
で、よくよく見ると額の生え際あたり、黒い毛がでてきている。

もっと近づいてみると髭の鼻の下にも黒い部分がある。
なんで? 黒くなるんだ?
ま、これはいまのオレの心模様を表しているのかもしれない。

古希を超えてからしばらくになる。
次は76歳喜寿か。
そのまた次は80歳の傘寿、88歳の米寿、90歳の卒寿だっていう。

とりあえず、喜寿、傘寿は楽勝。
米寿くらいはなんとかなるか、そのさきゃわからん。
おペケは、ダメぇ............ といってるが、そりゃわからん。

爺ィちゃんも父親も90歳超えだった。
だから遺伝子的には、そこいらへんまではいけると思うが、
母方の遺伝子もけっこう強いから、そこいら年はねぇ。

オレもおペケも、これから先を愉しく生きるために、
いっしょに暮らすことにしたんだし、そのために支え合うわけで、
それは、すこしでも長いほうがいいに決まってる。がんばろ。

 1927-ff1_201909061119390c2.jpg

App Storeによくあるのだが、今朝はamazonだった。
つまり、不審者が侵入しようとしたので、
セキュリティ上の理由でシャットアウトしたというメール。

なので、24時間以内に下記のリンクから入って、
手続きをしないとあなたのアカウントは永久に閉鎖される。
これが、見慣れたamazonやApp Storeの書式でくる。

そのリンクをクリックして、パスワードなどを換えさせるが、
すべて乗っ取られ、勝手に買い物されて請求がきてビックリ。
と、ま、こういう詐欺なのだ。

まずは、そのリンクをクリックしないこと。
カーソル重ねて、左下にでるURLに、
amazonやAppleの文字がでなければ、それは怪しい。

このまえは、みずほ銀行の口座凍結というメールがきた。
ここに口座はないから即迷惑メールポッチン。
くわばら、くわばら、触らぬ神に祟りなし。

 1996-m1.jpg

よちよち歩きの頃から入り浸りの近所の劇場が、
可愛がってくれた劇場主のオバちゃんが亡くなって代替わりし、
息子が経営するようになると、ストリップ劇場になった。

ちょっと色気づいていて
カストリ雑誌まわし読みしていたから中学1年か2年。
ガキ仲間と、ストリップなるものを観にいいこうじゃんと話がまとまる。

あれは正月興行だったか。
オーバーの襟たてて、オヤジの鳥打ち帽かぶって潜り込んだ。
踊り子さんがでてきた。あきらかにオバちゃんだった。

うひゃー、うちのカァちゃんと一緒や、と相棒がつぶやいた。
見事に膨らんだ三段腹だった。
それでも、最後の暗転間際に脱ぐものを脱ぐ。

馬鹿馬鹿しくもなにも見えなかった。
ゼニ返せぇ.......... と誰かが叫び、拍手の一つもなかった。
カストリ雑誌で鍛えてあるから、期待に反して肉体的にも無反応。

祖父母が亡くなると、オイらの居場所がなくなった。
幼い異母妹たちとは相容れず、中二階の書斎に潜り込むことを覚えた。
黴臭いその部屋は、性に目覚め始めた少年の好奇心を充分に満たした。

窓際の明かりで読み耽ったのは「江戸川乱歩全集」の全5巻。
「譚海」という雑誌もあって、これも隠れて読んだ。
中学1年ですべて読み切った。

木戸御免の劇場がストリップになってしまったが、
そこはそれ、父親の関わりで株主券という招待券が手に入ったから、
映画観るのに不自由はしなかった。

プロレスの招待券ももらえたので、
最盛期の力道山の、この街の興行ほとんどみている。
若き日の馬場さんとお会いしたこともある。

力道山 x ザ・マミーの試合をリングサイド6列目くらいで観た。
これが力道山の最後の試合となった。
10日も経ないうちに、彼は腹を刺されて呆気なく逝ってしまった。

部活で、いつも真っ暗になって帰るから、
親はまったく気づいていなかったが、陸上部はとっくにやめていた。
で、下町の幼馴染みの家にくすがり込んでいた。

この一年で煙草を覚え、酒の味を知った。
しかし、受験を目前にして父親の会社は倒産し、
家中の家具には全部赤紙が貼られ、すべてが暗転した。

が、それ以上はグレもしなかったし、
大して頑張りもせず、志望校に受かった。
やることさえやっておけば、世の中なんとかなるもんさ。

15歳にして、そう嘯く生意気なヤツ。
幼馴染みの相棒は大阪へ就職し、なぜか2ヶ月で自死した。
そう、オレは暗い目をした15歳だった。

あ、なんか鬱陶しい〆になってしまい、ご勘弁。
ほなあした................

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心を揺さぶる魑魅魍魎が潜んでいる - 2019.09.05 Thu

曇り。涼しい風が入る。と思ったらとまった。
朝晩は涼しくなった。ただ、夕凪でピタッととまる。
暑さ寒さも彼岸までだから、あと少しの辛抱。

一日遅れて、月命日の墓詣りにいった。
いやァ、暑かった。丘の上を熱風が吹き抜けていた。
で、帰りに1800円分のお米券があったので、スーパーへ寄る。

このお米券は敬老の日の頂き物で、デパート系でしか使えない。
新米こしひかり5kgが買えて、ありがとさま。
これだけで汗ぐっしょり。

ハイ、着替えて.......... とぜんぶ脱がされて洗濯機へ。
と、おペケが、ポケットに免許証がはいってたァ。
お、オレも出すのを忘れていて、あえなく水没。

どんまい、どんまい、don't mind !!
いまの免許証は紙じゃないから大丈夫。
そのまま干しておけばいい。

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眠気もやっとぬけて、午後から夜はずっとパソコン前。
なにかいい写真展示スペースはないかと、
WIXにAmebaにはてブロ、試してみては削除の繰り返し。

WIXなどはカッコいいけれど、900/月額はちとイタい。
今日はこれからTumblrとWordPressを試してみる。
なんか、こんなことしていると愉しいね。

WordPressは、10GBまでの空きサーバーをもっているから、
やってみてもいいけれど、これ以上はオカネを遣いたくはない。
って、ここだな。テンプレひとつだって, けっこうなお値段。

要するに、既存Blogだっていいのだが、
なんといってもデザインがちまちまとダサい。
かといって、オレに創るスキルがあるわけじゃなし。

ま、迷って遊んでるくらいでいいのかと思う。
暇つぶしできれば、それでいい。
写真ブログもマンネリだから、なんとかしたいけれどねぇ。

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鮭や鰆などの西京漬けを焼いたのは好きなのだ。
オレがおひとりさまのときも、よく買ってきたのだが、
焼くのに真っ黒けになるって難点がある。

それはおペケもおんなじで、
昨夜は、これに小麦粉を付けて焼くって手法を考えた。
なんか旨味をなかに閉じ込めたようで美味かった。

ナイス、おペケ !!
たまにはやるじゃん。
ってことで、いつもごくろうさん。

 1005-f1.jpg 1995-f2.jpg

パラリンピックの扇のデザインを旭日旗だといい、
選手村の食事を放射能汚染だと難癖付ける。
いいですゥ、それならきていただかなくても.........

もう、いちいち取り合うのもうんざり。あ、韓国のこと。
そうじゃないかぇ。
根本は歴史認識っていたって、それはねつ造。

もう、いいです。
ほんと、関わりたくない。
そういう声が日増しに強くなってくるのも当然だべや。

よかったァ。 朗報 !!
これで来月の浜松基地エアフェスタも6機が飛んでくれるゥ。
オリンピックの五輪飛行のテストも行っているようだ。

ブルーインパルスの展示飛行でお馴染みのスモークは、
むかしはカラースモークだったわけで、
1964年の国立競技場上空の五輪の輪はカラーだった。

なぜやめたかというと、地上の車の屋根についたとか、
そういう話があって、いまは単なる煙り。
カラースモークを知っている世代は、なんとなく寂しかった。

で、来年のオリンピックに向けて無害なスモークを開発。
先週から松島基地でテストを行った様子。
カラーの五輪が観られるのはまちがいなさそうだ。

 19829-f2.jpg

オレは幻想、妄想の好きなマセた子供だった。
で、そのまんま大人になったかもしれない。
未だに稚気痴気ばんばん、それほどの恥気はないからねぇ。

 私がこれまで思い悩んだことのうち、
 98パーセントは取り越し苦労だった。

これは、マークトゥインさん。
一晩中まんじりもせず、悩みに悩んだって、
朝になって、窓から差す光りのなかではアホみたいって思う。

オレは若い頃の蛞蝓三畳間で悶々としている頃にこれを悟った。
悟ったけれど、避けられない。
夜の闇には、心を揺さぶる魑魅魍魎が潜んでいる。

だから、ぐーすかぴーと眠ってしまうに限る。
って、トリスをがぶ飲みしては、げぇぇ......... とやって、
弱いんだから飲むんじゃないよ、と3歳年上の彼女に叱られた。

森繁久弥翁が、ご存命のころにいった言葉がある。
「いつまでもすけべぇでいたい」ってね。
このかたの「すけべ」はおおむねリップサービスであったらしい。

それにしても、こういうものは下品とは紙一重。
オレがそういう爺ィになりたい.................. と思っても、
簡単に、あの飄々としたスケベ爺ィにはなれるもんじゃない。

つまり、色ボケの変態爺ィではないんだからね。
洒脱な女性賛美をさらりといってのける。これだからね。
なんにしても、オレにはキャリア不足ではある。

かといって、いまさら励むには時間が足りない。
せっせと乏しいスケベ心に磨きをかけよう。
そのむかし、殿山泰司というビリケン禿頭の役者が好きだった。

この役者さん、ジャズが好きで、エッセイの文才もなかなかだった。
映画では、どこまで役で、どこまで地なのか、
その境がわからないという飄々とした存在感が好きだった。

ドがついてはいけない。
むっつりでもいけない。
オイら、好奇心旺盛でどこへも首つっこみたがる。

そのくせシャイで、いざとなったら床へ「のの字」を書いてる。
ま、こんな愚図だけれどねぇ。
自分でいっちゃァ、なんだが、そのゥ............. 案外とモテる。

男の終焉は「赤い玉」がころりとでるって戯れ言を読んだ。
たぶん、十代の頃だったと思う。
あの頃は艶笑譚という分野があって、粋な言葉で語られた。

しかし、あァいう文化って、どこへいっちゃったんだろ?
いつだったかに、おばば連中にそれをいったのだな。
真に受けて、「あんた、もうでたのか?」と問われた。

もとより、そんなものはない。
男には打ち止め限りがあるというたとえだな。
オレか? むにゃむにゃ....... にしとこ。

で、女性はっていうと、
大岡越前守の母御が火鉢の灰をかきまわしたというアレ。
つまり、おしまいはないらしい?

オレも色気のある爺ィでいたいと思うが、
いかにせん枯れかかっている。
ま、これも世の習いでいたしかたない。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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オレ、ごめんっていってるだけだもんなァ - 2019.09.04 Wed

偏頭痛はとれた。あ、よかった。
鼻炎薬を飲んで、ほとんど、うとろうとろの一日だった。
3時頃からベッドへいって2時間眠った。これが効いたのだ。

すっきりとはゆかない。まだ眠い。
3日間はダメだな。だからよほどでないと薬は飲めない。
普段でも寝坊助なのに、その3倍くらい眠る。

それで、ベッドでふと目が醒めた。
外は赤く染まっている。あ、夜明けか。まだ起きるには早いな。
うん? 練習機が飛んでるぞ。

ここまできて、やっと夕方だと判別がついた。
のこのこ起きてゆく。
「あらァ、晩ご飯出来てるわよ」とおペケがいう。

「写真は私が撮っておいたからね」
「う................ 」
Gさまは、まだ返事出来るまで醒めていないのだ。

▼「ごはんめも」


今回から「おペケのごはんめも」は ↑ のリッチリンク。
この枠内のどこでもクリックすれば、該当ページへジャンプ。
ご利用ください。

このリッチリンクってけっこう使える。
twitterにカード形式で貼りたいのだが、その手順がわりと難しい。
難しいというよりめんどくさい。

ま、なにごとも慣れだからねぇ。
明日あたりに、挑戦してみようと思う。
まだボケてる暇はない。

 1994-af1.jpg

オレが、バラエティ番組みてケラケラケラ笑ってると、
「平和でいいね」といわれる。
そうなのだ。それに間違いない。

笑ってるオレの頭んなかいたって平和なんだな。
ひょっとして平和ボケしてるかもしれない。
その隙間に、ほんとの呆けが侵攻してくるしねぇ。

近頃の地上波テレビは恣意的ニュースが多いし、
まともに観ていると、腹が立つから時事はBSしかみない。
あるいははネットで観る。

昨日の午後も、2局が隣の国の法相のスキャンダルを、
長々とやるからそれほど興味ないし、
BS3で古い映画ぼモーリン・オハラの西部劇観ていた。

 19828-a2_201909041231349bd.jpg

ひょっとすると、今年あたりが免許書き換えかな。
ま、もう1回はやっておこうと思う。
車返上したら、ほんとに籠もっちゃうからねぇ。

あの記憶力のテストってイヤ。
思い知らされる。突きつけられる。
おまえな、ほんとはこうなんだぞ............. てね。

1枚のパネルに4つの絵が書いてある。
これを4枚。
4x4で16コ。

意地悪くほかの講習を挟んでおいて、
さて、なんの絵だったかを書きなさい、っていうのだ。
前回は、7つまでとんとん。あとは真っ白だった。

あれぇ !!
オレの脳味噌ってこんなかぇ?? 正直いってショック。
で、次にヒントをみて書きなさい....... これだと全問書けた。

暮れにはハガキがくるはず。
ま、イヤだけれどしかたがない。いってくる。
いってくれば3年はいい。

 19940aa1.jpg

前回のとき作戦を考えていった。
あの絵の頭文字を記憶してみたのだが、
あにはからんや、さっぱりでてこなかった。

いちばんの認知症テストは、○から書かされる現在時刻。
ありゃ、いちばん上はいくつだった?? 短針はどっち?
こうなったらヤバいよ。ほんと。

まさか、と思う。けれども、いざ書けといわれたら??
マルを書いて12分割する。
それから12、3、6、9を順に書いてゆく。

普段わかっているのに、いざとなると戸惑うんだな。
まァ、あまりにも普段がのんべんだらりんし過ぎるとヤバイ。
そう思い知るのだな。あのテストってね。

で、オレも、しっかりしないと。
そう、あらためて思わないといけない。
世間のこたァ、われ関せず。

のんべんだりんちゃらんぽらんとわが道を往く。
ぼけぇぇ....... と空ゆく雲をみあげていれば、
今日という日がくれるわィ。

って、これはこれでいいけれど、
たまには世間へ出てゆくんだからさ。
それなりに関わる分だけの責任もたな、いかん。

記憶テストができなくても、
免許証を返上せぇ....... とはいわないらしい。
明らかな認知症が認められれば、医師の診断で返上だそうな。

だから、その双方を上手に行き来する。要領よくね。
それができなくなったら、返上したほうがいいに決まってる。
自分ためにもね。

 1994-aa2.jpg

さすがのおペケも、ここへきての最初の年は胃炎に悩んだ。
あれがストレスからだとすれば、おペケも人並み。
強い人だけれど、新しい環境がストレスになったのだ。

「最近はケンカしないもんね」
「そうだな.........」
擦り合わせ要件がなくなってきたからケンカはしない。

 あの人はわがままだと思うのは、
 きみの中にもわがままさがあるからだ。

 あの人はずるいと言えるのは、
 きみにもずるい一面があるからだ。

カナダのロビン・シャーマという人の言葉だ。
人の振り見て、われを知れってこと。
で、知ったらどーする?

その轍を踏まないことだ。それが分別ってもの。
だなんて、エラそうなこといったって、
なんだかんだめんどくさいのが、人ってもの。

わかっていても、疳の虫ってのがいる。
わかっていても、そいつが飛び出してくる。
わかっちゃいないんだな、ほんとは。

なんでケンカするの? といわれても、わからん。
腹なんかへおいといて、仮面かぶって、上手にイナしてゆく。
そんな芸当ができない2人だってことはたしかだ。

すくなくても、オレには無理。
腹んなかのもやもやは溜めずに吐き出してしまう。
ここまで、そうしてきたからねぇ。

いいたいことはいえばいい。
いっときのケンカになったって、
たとえば自分に非のあるケンカなら、素直に謝る。

それで、おわりりにすればイイのだ。
意地張ってはいかん。
ごめん、っていうことだ。双方ともにね。

そういうケンカができるってことはだ。
ひょっとして、オレよりおペケがエライんだ。
たぶん。

オレ、さんざん威張った挙げ句に、
ごめんっていってるだけだもんなァ。いつも。
女性は強し。

そうじゃないかえ、皆の衆。
ほなあした..............

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いばるだけの男ってまだ一流ではない - 2019.09.03 Tue

起きてきて7時。昨夜はというと、
おペケより先にベッドへゆき、11時前には眠ってた。
で、偏頭痛がする。鼻炎だな。薬飲むか、迷う。

3日だからね。丘の上にゆく予定。
「明日にすればいいじゃない?」とおペケがいう。
ちょっと迷って「そうすっか」ってことに。

薬飲んで1時間くらい、ぼぅぅ................... としてきた。
眠〜〜〜〜〜い。が、痛みは和らいだ。
ま、今日一日うとろうとろしてれば治るはず。

あ、ドクターヘリ、飛んできたぞ。
「カメラもっていかなくちゃァ」とおペケが煽る。
眠い。けれどベランダへいった。

「暗示かかってるんだ、きっと。薬飲んだら眠いっていう」
そんなことはない。めっちゃ眠いのだ。
写真撮って少しだけ目が醒めた。

 1993-w1.jpg

春と秋の季節になると、鼻炎でぐちゃぐちゃになる。
隣のセンセに勧められて、しゅぽしゅぽっ外用薬を使ってみた。
最初は強くて、鼻の粘膜が爛れて剥がれてきた。

で、くしゃみ洟水は劇的に改善された。
でも、ときどき今日のように偏頭痛に悩まされる。
これで、健保適用外だなんと、ええかげんにせーやって怒ってる。

50年前、耳鼻科のセンセも、
もちろん世間も認知していなかったころに、
なんの因果か、オレは最先端をきって鼻アレルギーになった。

クシャミを連発すると、間違いなく笑われたね。
指差して笑われた。
ま、世間ってそういうものだ。他人のことはわからない。

もう、腹減って死にそう.............. っていったって、
そいつが空腹でぶっ倒れるまでは他人にわかりはしない。
そういうものなんだな。

でも、「お腹減ったの、可哀想だね」
といってくれる人がいると、また違ってくる。
これが理解者っていうもの。

つまり、空腹の辛さは免れないけれど、わかってもらえると、
「食い物にありつくまで頑張ろうか」
っていう心もちにはなるものだ。

ある時代から猫も杓子も、ほんとに犬も猿も、
世間の大勢 がはっくしょんはっくしょんと鼻炎になった。
そーら、みたことか、さんざんオレを笑いやがって...........

と、思ったのだが、オレも再発してりゃ世話はない。
センセいわく、症状は治りますゥ。アレルギー体質は治らない、
って、あっちゆくまでのお付き合いらしい。

 1993-a2.jpg

おペケが歯医者いって帰りに買い物とでていった。
「暑いから気を付けておゆき...... 」
そういって、オイらはエアコン効いた部屋で居眠り。

台風のときもそうだけれどねぇ。
「気を付けて」だとか、「ご注意ください」だとか、
この自然の猛威にどう注意するんじゃって、オレはヘソ曲げる。

加えて「頑張ってぇ」というあれもそうだ。
ま、ハックションを笑ったのに似た他人事なんだ。
それじゃ、黙ってりゃいいのか。

スーパーボランティアの爺ィさんを久しぶりにTVで観た。
オレは、またもや、そっとしといてあげなよ。
って、思うのだが、オレの思いって違ってるだろうか。

 ←click  

「あつィ」とおペケが帰ってきた。 
「重いものはイオンの宅配に頼んだのよ」
うん、それが賢い。

「今日はお惣菜でいい?」っていう、なんの異存もない。
クソアツのなかを「ごくろうさん」でしかない。
暑いのももうすこしだ。がんばろ。

 1993-a1.jpg

藪から棒だけれど、オレは尻フェチなのだ。
胸には,それほど関心がない。
で、男のこういうのには,からなず理由 (わけ) がある。

オレを育ててくれたバァちゃんは、
実にもって、18貫もあったのだから、いわゆる巨乳であった。
オイらは、このいくら吸ってもでてこない乳房にぶらさがって育った。

だから、大人になって巨乳好きになったか....... というと,
それがそうでもないから面白い。
母の乳の匂いを知らないから、案外と関心がないのかもしれない。

いつも、どこへでもくっついていき、
バァちゃんの大きなお尻にしがみついてたから、
どちらかというと尻フェチなのだな。

けれども、バァちゃんみたいにでっかいのはダメ。
小ぶりながら、きゅっとあがったのがいい。
こういうのを、いわゆる小股の切れ上がったという。

これってなにかといえば、
「股が長くてすらっとした、粋な女の姿をいう」とある。
あ、江戸時代のはなしだよ。

ま、だいたい、あの時代の女性は、
ずんぐりだったから、小股の... なんてのはめったにお目にかかれない。
おまけに着物を着ているわけだから、足はみえないのだ。

いうなれば背丈があって、お尻が持ち上がった、
均整の取れた女性なわけで、柳腰ともかかわるけれど、
あの時代にもいたんだねぇ、こういうお方が。

 1993-a4.jpg

またまた唐突だけれど、オードリー・ヘップパーン。
先日、「ティファニーで朝食を」の1シーンを観たのだ。
この映画は1961年の公開。昭和36年なんだね。

そういっちゃなんだけど、
その頃の日本の女の子は、実にもってむにゃむにゃだったから、
オレ、スクリーンのオードリーの美貌に背筋がブルッときた。

あちらには、こんなに綺麗な女の人がいるんだなァって、
ニキビ華やかなりしころのごんべ君は感嘆し、
となりのオペチャG・Fの顔を思わず覗いたんだねぇ。

サユリストのオレが、付け加えておくと、
吉永小百合さんの「ガラスの中の少女」が1960年。
「キューポラのある街」が1962年。

そのオードリー・ヘップバーンが亡くなったのが1993年。
晩年は、ユニセフ親善大使として活躍した。
享年63歳は若すぎる。

以前はネットにサイトがあって、晩年の写真が見られた。
アフリカでの奉仕中の姿だけれど、きれいだった。
まったく化粧っけもなくて、そのまま。

ごんべ爺ィの背筋は、またもや、ブルッ。
女性の美しさにも内面から滲み出るものがる。
プチ整形もなにも要らない。

 成功は誕生日みたいなもの。
 待ちに待った誕生日がきても、
 自分はなにも変わらないでしょ。

彼女は数々の名言を残していて、
素敵な生き方をした女性であることは、
誰しもが認めている。

 いばる男の人って、
 要するにまだ、
 一流でないってことなのよ。

ぎゃは、これは痛い。
そうだ、空威張りだけの男は張りぼてだ。
まだ、遅くない。威張らない男になろ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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夢やロマンほど厄介なものはない - 2019.09.02 Mon

すこぶるいい天気。まだ夏の雲もくもく。
ゴミ捨てにいったおペケが悲鳴をあげて帰ってきた。
「まだ、あぢィ。外にでないほうがいいよ」ってね。

だから、今日もむにゃむにゃ............... だ。
明日は月命日だから、ちょぃとだけ外でて丘の上にゆく。
Tシャツ短パンでいこう。

7時間ぐっすりこんこん、寝足りてなお、ぼけぇぇ..........................
窓開けたら、ふわァァ........... とカーテン膨らんできた。
でも、風が温いのだ。残暑なかなか。

月半ばになれば 秋を感じる。
早いもんだ。今年もあと4ヶ月だなんてねぇ。
彼岸花終われば、コスモスだァ、紅葉だァ......... で今年が終わる。

  曼珠沙華もつれもつれて黒揚羽 ごんべ

毎年こんなこといって、毎年、あっというまに終わる。
ま、これがeveryday sunday族の余生。
短パン脱いだら、すぐに炬燵だもの。

 1992-a4.jpg 1992-a5.jpg

「もう、せっかちなんだから.......... 」
いつもいわれる。で、おペケはどうかというとだね。
ギリギリまでなにかやってる人で、ここは噛み合わない。

オレがせっかち人間なことは充分招致している。
いまに始まったことじゃない。
ギリギリまでなにかやってる人の気がしれない。

年のため辞書ひいた。
「急きがちな人」とあった。
さらに、落ち着きがなく急ぐさま、だってぇ。

さらに、さらに、
思い立ったらすぐ実行しないと気がすまない性格。
ここまでくると、もう、笑っちゃう。

その通りでなにが悪い。
おペケは遅刻常習者だったそうな。
ま、プラスマイナス、よくもいっしょにいるもんだ。

 ←click  

「ご飯ゆっくり食べなよ」とおペケがいう。
若いときからの歴代彼女もそういった。
だってしかたがない。こういう性格なんだから............

おひとりさまのときは、食卓のまえの壁に、
「ゆっくり食べる」と書いて貼ってあったが、
そんなもんで直るのは見たあとの3分くらいのもの。

 1992-a1.jpg

パソコンデスクで寝落ちして、12時ちょっと過ぎにベッドへ。
バタンキュで眠ったから9時間はぐーすかぴー。
寝るほどラクはなかりけり。バァちゃんがいつもそういってた。

三年寝太郎のはなしを聞かせながらねぇ。
テレビはない。ラジオだってめったに聞かなかったが、
むかしの人は物事をよく知っていた。

うちのバァちゃんも物識りだった。
くっちゃべることが唯一の娯楽でもあったからね。
あァして、庶民の智恵を言伝していった。

それは文化の伝承だけではなく、
家族の絆のコミュニケーションでもあったのだと思う。
父母を、祖父母を殺めるだなんて絶対に思わなかった。

いまの家族形態は、生き物のあるべき姿に、
反しているのではないかと思うのだが、いかがだろうか?
日本人よ、どこへゆく?

 1992-zz3.jpg

猿が毛づくろいしていて、される方が恍惚の表情していると、
こいつら、このなかのでの一生かもしれないが、
それはそれでシアワセなんだろなと、レンズ通して見ていてそう思う。

いつだったか、野生の猿がこの山にたどりつき、
外から羨ましそうに見ていたという。
こういう仲間がほしかったろうにねぇ。

おひとりさまのときは、背中が痒くても孫の手で掻くしかない。
そう、この孫の手が、独り暮らしの友、重要アイテムだった。
まさに、痒いところに手が届く。

いまは、おかげさまにて、
もう、ちょっと上、いきすぎたァ、 あ、そこそこ、イイ。
なんて、たまにはやるけれど.............

これって多分にメンタルな部分の要求であって、
肉体的には、孫の手で充分だからして、
いまでも各部屋に1コずつおいてあるのだよ。

で、それがどこかへいってしまうと、さァ大変。
イライラしつつ部屋の柱に背中こすりつけるっていう、
まるで猫か、かいい~~のっていうカンペイちゃんかって姿。

これね。
炬燵のスイッチ切れるし、リモコンの引き寄せできるし、
マジックハンドの役割もこなすからねぇ。

背中がかゆいのは孫の手で解消できる。
おひとりさまで困るのが、背中への貼り薬なんだな。
これはどうにもならない裏の柿の木。

なんかあるだろうとamazonで検索したら、あることはある。
当時のカフカフ仲間の1人が、それほど高いものでなしと、
これを買ったのだった。それで.............

どうだった?
それが、3回に1回くらいの成功率かなァ。
ま、これは個人の感想であるけれど..........

 1992-z3.jpg

オレはもともと聴覚障害すれすれの難聴だし、
耳の中に、抗生物質飲んで以来半世紀もずっとセミが住みついてる。
ジーン、ジーン、耳鳴りも長年付き合ってるといつしか慣れる。

意識しなければどーてこたない。
この夏も「セミが鳴いてるねぇ」とおペケがいうのだが、
オレの耳のなかの鳴き声と同調してしまって聞こえてはいない。

ストマイの難聴ってのはある周波数だけ聞き難いのだ。
ただし、これも慣れで、日常的に困ることもない。
ふん、ふん、へぇぇ、ほうほう........ と聞こえたふりしてればいい。

どーしても大切なところは聞き直す。
最近は怪訝な素振りを察すればおペケが通訳してくれるから、
それほど不自由だと思ったことはない。

阿吽の呼吸という。
ま、四六時中傍にいれば通じるようになるものだからね。
オレの耳代わりでもあるが、ちかごろ、そのおペケもやや聞こえなくなった。

テレビ観ていて足をトントンとやったら、
おペケが、なにもいわずに靴下脱がせてくれたのだけれど、
あれは指先が痒かっただけなのだがねぇ。

年がら年中いっしょだけれど、
まだ、ちょっとだけ年数が足りないかもしれない。
なにごとも一朝一夕にはゆかない。

サラリーマンを社畜だといい、それがイヤなら飛び出せという。
いうほどに一朝一夕の簡単なもんでもない。
成功した起業家ってのは、そりゃもう身を粉にして働く。

それはもしかすると、余所の企業に働いていたら、
かなりの賃金になる時間かもしれないんだし、
それは社畜でいるひうが少ないかもしれないのだ。いわばblack。

ではなんのために?
やり甲斐だという。心の充実だという。
きれいごとじゃない。必ずこういう努力がある。

オレも起業したときは給料もだせない会社に、夜遅くまでいながらも、
イヤだと思ったことは一度もなかった。
なんかオンボロビルの一室がバラ色に輝いていたからねぇ。

気持ちのもちようだけではオマンマは食べられないが、
生きる喜びはいっぱい感じられる。
ま、ここんとこの裁量がむつかしい。

夢を食って生きてられるのは、想像上の獏だけ。
家族は夢食って葉生きられない。
夢ほどに厄介なものはないんだな。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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いまよりイイことあるかしれない - 2019.09.01 Sun

イイ天気 だな。夜は涼しくて、ようけ眠ったヮ。
え? 毎日そうなんだけれど、くどくなるからその件はやめ。 
はい、9月なんだな。そしてもう日曜日なんだなァ。

最近はみないけれど「24時間テレビ」のマラソンから1週間。
光陰矢の如しどころか、光速ですっ飛んでゆくね。
おペケもそういってた、

視聴率が悪いというNHKの大河ドラマ「いだてん」を観ている。
日曜の8時は「山の中の一軒家」を観るので、
「いだてん}はBS6時からなのだ。

浜松出身の田畑政治さんだし、そのうちフジヤマのトビウオだし、
郷土愛に溢れるオイらは観るのだよ。
そもそも視聴率云々がナンセンスになっている。

観る形態はさまざま。BSやら、録画やら、パソコンやら。
多様化するそのすべてに視聴料とるというNHK。
スクランブルかけてくれぇ、っていうのは、ほんとホンネだな。

それが公約のN国党も正体みえてきた。
ま、揺さぶっても、NHK、びくともせんわぇ。
次の選挙にはどうなることか。

 1991^a2

今年になってからカメラ機材もだいぶ入れ換わっ4。
3本出して、4本買ったから、
サイトの機材ページをリニューアルした。

レンズ沼の底も見えたし、ついでに財布の底も見えたし、
ま、9月に入ったからフィールドへでにゃいかん。
月半ばになれば、彼岸花も咲くしねぇ。

▼機材ページ ↓ クリック


今朝もカメラもって外に出た。
日差しが斜めになってきて、ベランダに日が入る。
もう秋の日差しなんだな。

で、カメラをおいて、あれぇ、Dark Night Navy !!
このカメラは特注品で、特殊塗装が施してあって、
観る角度によってblackから Navy blueに変わるのだ。

いまPENTAX userをペンタキシアンと呼び、
一説では絶滅危惧種であるとか。
つまりは、メーカーとしてのPENTAXが危ないといわれて久しい。

そうかもしれない。
たしかに新型がでてこない。
特注品でなにやら誤魔化していやァしないかってはなし。

ただ、いっとくけどNikonもおんなじようなもの。
どう変わってゆくか、このギョーカイも厳しいようだ。
ま、ペンタキシアンでもゾンビでもいい。オレはとことんPを愛する。

 1991-a1.jpg

ナオミちゃんは優しい子だね。ほんとに。
がんばれぇ。

昨夜のアジも沼津加工だけれど、ちと塩がきつかった。
いっしょにでていたのが塩辛で、干物が塩からいといえば、
「塩辛やめておいて....... 」といわれるから、黙ってた。

先々月の検査で、なんかの数値がやや高かった。
センセがいつもの「塩分控えてくださいね」だったから、
これはおペケに伝えておいた。

「あ、塩辛やめてぇ」
おペケが気がついて叫んだけれど、もう遅い。
温かいご飯に塩辛どばっと乗せたあとの確信犯やでぇ。

 ←click 

朝が遅かったのでお昼が食べたくない。
トウモロコシ半分でいいや。
それじゃ晩は「焼きそば」でいいかしら? ていう。

「豚肉がないから牛肉でぇ」
「え、それはダメだぞ」
それは、オイらのこだわり。

豚の脂がソバにまわって美味くなる。
ほんとは、鉄板で肉焼いて、そのあとにソバを焼きたい。
肉の欠片が焦げかかって混じっていたり、あれが美味いのだ。

それは、部屋が臭くなるからダメぇっていう。
食べたかったら焼き肉屋にいこうよ。
ってね、街道の向こう側にあるんだ、牛角が。

 1991-rr1.jpg

「あら、またトイレなの?」
なんか頻尿なんだな、っていったら、よく飲むものね..... という。
とにかく水分摂っておかないとね。

毎日が、いつ、ぶっ倒れても不思議はない暑さだからねぇ。
去年もこんなに暑かったかしらん、と、たしか去年もいってたと思う。
ふと駐車場みると、車の屋根の色がなんとなく鈍い。

そうだ、この車に換えて4年になるのだ。ワックス切れてるぞ。
そのまえのワゴンは9年乗った。そういえば思い出す。
あの人が「車替えてもいいよ」といって発注したのは倒れた5日ほど前だった。

そのころ乗ってた4駆車では、
亡き人が助手席に上がるのが大変だったし、
彼女の障害では、障害者駐車場へ停めることはできなかった。

なので、一般スペースでは酸素瓶を携行してのドアの開閉が、
狭くて大変だったからスライドドアの小型車にすれば、
乗るのにもラクだから換えようってことだった。

そういって、あの軽バンを発注したのに、
あの人は助手席に一度も座れなかった。
あんたのために発注したのに.........................

で、こればっかり書くから、
あんたの心のなかは、「あの人の面影」がいっぱい詰まってて、
誰も入る隙間がないんだよ、といわたものだ。

そうかもしれない。それならそれでいい。
それを否定するならば、別に孤独だってかまやしない。
けれども、その頑な心にスーとはいったねぇ。おペケは。

基本的に、だれとでも仲良くやりたいと思う。
オレ、あまり虚々実々とは駆け引きのできない人でもある。
すぐに態度にでる。ヘタなんだな。

許せないものは許せない。いい年こいてつっぱちゃう。
だから、自分から自分の世間を狭くしているってのは否めないのだ。
なんで? ったって、それがオレだから、しょーがあんめィ。

エエカッコシィだからね、さっさと退き下がる。
ぼろぼろになってから、退き下がるのがイヤなだけ。
考えてみれば、これも子供のときから身についていた。

愚図ぐずしてるより前を向いてゆく。
いまよりイイことあるかもしれないってね。
寂しがり屋のオレが憶えた処世術には違いない。

で、おんなじような人がいたのだ。
その名をおペケという。
これがまた、いかず後家できた人だから、真っ向からぶつかる。

めちゃ素直なかまとと乙女なところと、
ここまで1人で生きてきたそりゃァ頑固な強さが、
小さな身体に漲っていたからね。

まァ、喧嘩した。本気で喧嘩した。
いやなら喧嘩をするもんか、って歌があったけれどそれ。
なんかしらんけど、ハナからいうと6年目。

ありがたいと思ってるよ。
それで、ここへきて換えた車が4年になる。
はやいよねぇ。

そうじゃないかえ、皆の衆。
ほなあした..............

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