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2019-08

それってシアワセなことだと思う - 2019.08.06 Tue

朝焼けを久しぶりに観た。
昨夜は「眠るゥ」といったのは21時だった。
小用に起きると、窓が赤くなっていて、いま陽がでるところ。

カメラを.......... と思ったが、気力がなかった。
もちろん、もう一眠り。次に起きたら6時だった。
ますます朝型になる。今夜も21時には眠くなりそうだ。

前の住処では、朝焼けの富士山をよく撮っていた。
ここは富士山が見えないからねぇ。
あまり早起きしない理由はこれ。

早起きするから眠い。
って、9時間は眠っているが、まだ眠い。
「暑いからなにもせずにいなさい」

おペケにこういわれて、それじゃァと居間の定席で眠る。
目覚めて「3分くらい眠ったか?」と聞く。
「ハイハイ、3分ですよ」

こういうときは30分は眠ってる。
こんな自堕落な毎日だが、この暑さは尋常じゃないからね。
ま、爺ィはこれで酷暑をやり過ごす。

婿殿はジムに通ってムキムキマン、パキパキの腹筋が自慢なのだが、
オレにも「ジムにいきなさい」と顔をみればいう。
やーだね。こんな自堕落爺ィがゆくわけがない。

で、歯医者の隣がジムなので、受付でパンフもらってきた。
「あ、これは無理だわ」と即座にいったね。
なんだりかんだりとけっこう会費が高かったのだ。

それで、おペケに聞いた。
「ジムとゴルフとどっちがいい?」
「そりゃァ、ゴルフに........... 」

「な、そうだろ」
「オレだってレンズ買ったほうがいい」
 かくして、ジムの話は流れたのでありました。

 1984-a4.jpg

日本人ってのは、みんなせかせか。
それが元気の証しだって迷信があったのかもしれない。
ましてや、ちかごろは体を動かすことが美徳だって風潮がある。

でねぇ。世間に高齢者が多くなって、
中途半端な爺ィは自分の衰えを認めようとしない。
ま、ときにはこれが迷惑かける。

70歳爺ィが単独で南ア前衛に登り、滑落して助けを求めた。
やめときゃいいんだ。その年齢までいったらね。
ま、オレがいうのも大きなお世話かぇ。

つでにいっとく。
やれメタポだとかなんだとか、大きなお世話だわィ。
ほっといてくれぇ。

ちかごろの週刊誌は高齢者雑誌になっていて、
めったやたらと、いままで医学常識といわれてきたものに、
反論しているのが面白いねぇ。

だいたいが老人は過度の運動をしないほうがいいんだ。
なぜかというと、老人と呼ばれる人々の年齢が上がってるからだそうな。
60歳前後のプログラムを70歳以上がやったら、誰がみたってダメぇ。

65歳過ぎたら、ぼけぇぇ............ としているほうがいい。
なんにもしないほうが長生きできるかもよ。
オレのは単なるものぐさなだけだけれどねぇ。逆もまた真なり。

 1984-a1_20190806105408619.jpg

韓国が反日一辺倒になってきた。
大統領周辺が次々と日本けしからんといいだして、
不買運動はますますエスカレートしてゆく。

1ドル=1200ウオン台に突入して、通貨危機はすぐそこなのに、
反日で目をそらそうってことか。
まさか、こんななかで、日本へスワップ要請もできまい。

北朝鮮と経済協力したならば、すぐにも日本に追いつくと、
とうとう文大統領のホンネがでてきたが、
そうなったら世界の大半の国は相手しなくなるよ。

このウオン暴落で,
1997年当時の通貨危機再来があるやも知れず。
この1週間で何かがみえるとの噂しきり。で、どうする??

 1986-f1.jpg

歯だけは自慢だったが、いまはガタガタ。
一応は、ブリッジで全部の歯が揃っているようにみえるが、
あまり、そっちでは噛みたくはないわけで........

いいたかァないが、カタいものは辛くなった。
とろっとろっの角煮みたいな柔らかいもを、
「いいじゃん、これぇ」っていうようになってしもうた。

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でも、左半分は大丈夫なので、少々固くても食える。
料理人おペケには異論があろうと思うが、
できれば柔らかいほうがありがたいのだねぇ。

 1984-a2_201908061054101ba.jpg

これ、オレが2005年に書いた、このブログの一節。
あれから15年になろうとしている。
世の中は変わっただろうか。

 ある衝撃的な事実を知った。
 小学生で3人に2人、中学生で2人に1人。

 これがなにかというと、「人間は死んでも生き返る」と答えた数。
 オレたちが子供のとき、こんなことを考えたヤツがいただろうか。

 親との葛藤があったとき、その苦悩から逃れるために、簡単に殺す。
 それは、目先の苦しさを回避することのみの思考である。

 ゲーム脳のせいなのか。核家族のなれの果てなのか。
 オレにはわからない。ただただ、いく先がおそろしい。

先日、オレたちの時代の父親像を書いたけれど、
あの人なりの子どもへの接し方が、折に触れて思い出される。
いまになってみると偉大な父親だった。

最近になって、妹たちと話す機会が多くなって、
父親なりの子供たちへの愛が浮かび出てきたからかもしれない。
ある意味、子どもは勝手に育つものでもある。

オレたちは兄妹は、それぞれがそうだった。
子は親の背中を見て育つけれど、
まァ、どこまでが親の責任なのかねぇ。

オレは、獅子のようになんべんも崖から落とされた。
おまえは跡継ぎだからといわれたのだ。
けれども幸か不幸か、2代目の役立たずといわれずにすんだ。

オレが継ぐ前に父親野会社は倒産してしまったからね。
で、なんべんも崖から落ち、その度に谷底から這い上がってきて、
自分でしたことは自分で始末する、それを徹底して叩き込まれたのだ。

ある意味でほったらかし。
それだからこそ、自由におのれの将来を描き続けることができた。
それではそれで、シアワセだったと思う。

自分の夢の実現ヘの途は、
並大抵ならぬ努力の向こうにあることを、
身をもって教えてくれた父親だった。

41歳で起業したとき、それを報告にゆくと、
わずかながらも出資をしてくれた。
要らないといったら、おまえの夢に加担したいといった。

3年経って、それを返しにいった。
いつになく酔いがはやく、
いつになく饒舌だったのを記憶している。

そのとき、オレの心のなかの氷河がちょっとだけ溶けた。
若い頃は理由なき抵抗であった。
オレの行く手に立ちはだかっていた父親の背中が大きすぎたのだ。

奔放な人だった。
オレにもおんなじ血が流れている。そう感じたこともある。
が、それを抑えたままでいままできた。父親は反面教師でもあった。

そんなオレを包んでくれたのが亡き人だった。
余所の女性のところへは一度もいかなかったが、海へすっとんでいった。
が、これぽっちの文句もいわずに往かせてくれた。

育んでくれた父親にも、いっぱい包んでくれたあの人にも、
大いなる感謝をしている。
母親にも感謝したいが、あまりにも接した時間が短かった。

そしていま、愛をそそいでくれるおペケにも感謝してる。
オレは「ありがとう」っていわなきゃいけない人が多いのだな。
が、それってシアワセなことだと思う。

ほんとうにありがとう。
オレはそういって目を瞑る。
って、まだあっちへイッちゃいけないね。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

20chaplin_20190104115545e01.gif ゆあ・はっぴー?

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