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2019-08

なんとかなるものはなんとかなるはず - 2019.08.31 Sat

雲は多い が晴れ。八月尽の土曜日。
8.31で「野菜の日」だそうな。ゴロだけだな。
毎日なんかの日だ。記念日協会に申請すればいいらしい。

夜がだいぶ涼しくなった。おかげでよく眠る。
え? おまえはいつものことだって。
そりゃそうだけれど、いつもよりよく眠った。

朝になると夏布団にしっかりくるまっている。
秋眠暁を覚えず。え、ちがう?
このままあっちへいっちゃったらクチンだな。

オレ、疲れ知らずのアクティブ・タフ爺ィだったけれど、
って、なんだか過去形が哀しいが、
最近は眠いというバロメーターができたのだ。

疲れたってのは眠いことだと知ったのだねぇ。
8時まわったら眠くなって、それに逆らわず寝てしまうと、
目覚めるのが夜中の3時。いくらなんでも3時じゃねぇ。

眠いのをガマンして、ガマンして、
パソコン画面をみているような、眠っているような、
11時までは頑張らないといけない。

あんまり早く起きると、おなじ睡眠時間なのに、
なぜか1日中眠いのだ。これは困る。
体内時計に逆らうと、ヘンに偏頭痛したりする。

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先日買ったレンズの備品がだいたい整った。
あと1品だけ、三脚座がレンスに欠品だったのでメーカー相談室に、
メールすると丁寧な応対の末に代引きで送付となった。

フィルター類は送料無料だと、普通郵便で送付される。
4日間かかって昨日届き、これで注文全品が整った。
ま、郵送料をケチると追跡もできず、イラつくってことだ。

通販の買い方も上手になって、不満をもったことはそれほどない。
一度だけ中国から発想されてくるモノを買い、
28日待たされてイライラしたが、以降は到着日の遅いモノは避ける。

中国発想は、ぐちゃぐちゃ梱包で中身が見えかかっていた。
横浜に船で着き、そこからの日本郵便がまた悠長だからねぇ。
アメリカアマゾンはからの取り寄せはタイミング次第。

まとまって航空便でくるようで、
ちょうど便のあるタイミングだと、4日くらいで届いたりする。
為替レートの問題だが、国内より安いことがある。

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「いまの時期ってネギはなかったけ?」
「だから、おペケ流すき焼き風豚肉鍋にしといてぇ」
アハ、長ったらしいが、そういうこっちゃ。

「では、豚丼といきますか」
だいたいが、猫まんま、ぶっかけ飯が大好きな、
お世辞にも上品とはいえないオイらには、これがうまい。

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まァ、ふたーりともよく眠るんだ。
「おペケさんがいてくれて、考えることないんでしょ」
妹にいわれたのだが、これはあたってる。

たしかに、たいした屈託はない。
いまのところ悩むこともない、ってないない尽くし。
あいかわずオカネもないけれど、ま、なんとかなるだろ。

 幸福は身体にとってはためになる。
 しかし精神の力を発達させるものは悲しみだ。
            
マルセル・プルーストいう人がこういった。たしかにねぇ。
オイらはあの悲しみがあったから、
いま安閑と眠っていられるのかもしれない。

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「浜松の女性が600万円の被害だってぇ」
新聞読んでいたおペケがそういう。
それにしても、毎日のように詐欺事件が新聞に載っている。

これだけ世間に周知されているはずのオレオレ詐欺が、
いまだに被害者を出すのは、
家族への情という人の弱点からだろうか。

ま、情報弱者というか、世間に疎いおかたが一定数おいでになる。
ちと脱線するが、ちかごろのNHKはときおり偏見恣意的な番組を放送する。
なんで? という違和感をもてる人は信じないかもしれない。

NHKがウソをいうわけはない。
これが危険なのだ。知らぬまに刷り込まれてしまう。
ま、民放も新聞もそうだれどね。

電話といえば、引っ越しのときに、
光電話だけとし、いわゆるNTT電話は保留とした。
この際、電話債券ゼロ価値になったNTTはどうでもいい。

ま、0120がかけられないとかの、多少のデメリットはあるが、
これは携帯電話が補ってくれるし、勧誘セールスや振り込め詐欺など、
要らざる電話は絶対にかかってはこない。

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男には、にぎるものがある、守らねばならぬものがある。
この自覚ってのは、ずっと持ち続けてきた。
いまも、かなり薄まったけれどないことはない。

亡き人には、支えて貰ったという感謝があり、
おペケには、ともに人世全うしようなっていう強い思いがある。
そりゃァま、1人でも生きられる。たしかに.........

9年間をおもしろおかしく1人で暮らしてきた。
けれども、1人より2人の方がいいに決まってるゥ。
価値観共有するってなによりもシアワセ。

娘が幼い頃だった。夜中にかなり大きな地震があった。
オレ、跳ね起きると部屋を飛び出した。
すると、「どこゆくのー」と亡き人が大声だした。

娘の部屋にゆき抱えて戻ってくると、
「ごめんね、1人で逃げると思ったァ...........」
あれは咄嗟の無意識だったのだが、面目保ったなァと思う。

このはなしを、ここに書いたところ、
うちのおとーさんは自分だけで家から飛び出していった。
ほんとに薄情な人だって、いまだにいうおかたが2人もいた。

守らねばならぬもの、無意識のうちに心にあるのが男。
握るもの握って、ここいちばん頑張るのも男。
それってなに? とおペケに聞かれた。

男はさ。ぎゅっとタマキン握ると力が出る。
六尺褌きりりと締めて、臍下丹田ぐっと力込めて、
普段でないような力を出すんだなァ。

父親は幼いオレに人世の栄華と没落の両方を見せてくれた。
乳母日傘の何不自由ない日常から、
会社が倒産して家財一切に赤紙べったりのどん底までをね。

こいつは強いぜぇ。
なーに頑張れば取り戻せるって姿も見せてくれた。
だから「なーに、なんとかならァ...........」と思ってしまう。

父親の背中から知らず知らずに学んだこれがオレに染みこんだ。
人世はプラスマイナスゼロ。そのうちなんとなる。
オレがなんかやらかすときに、必ず亡き人もいった。

「世帯もったときのなんにもなしに戻ればいいのだから、
 男だったらやりたいことしてきなよ」

で、5年前のいまごろおペケがいったのだ。
「いっしょに暮らしたい」ってね。
オレ、いつもあまり深くは考えていないのだな。

流れがそうであればそうしようか。
オレの人世にとって、そのほうがいいのであれば、
周りの人の考えもそっちへ向いてゆくはず。

オレの人世にとって有益ならば、
なんとかなるものはなんとかなるはず。
家康公みたいなこといって、おペケをイラつかせたらしい。

「なんとならーな」って生き様はオレのなかにある。
これまではそれできた。これから先はわからない。
わからないからって案じることない。なんとかなるからさ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

20chaplin_20190104115545e01.gif ゆあ・はっぴー?

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まさにチキチキチキバンバン - 2019.08.30 Fri

雨だ。涼しくていい がベタ付く。
おペケが悲鳴をあげた。エアコンいれるよー。
天気予報は?? はァ、1日雨だ。しょーがない。寝ていよう。

え? あんたは毎日だってぇ。
ま、そりゃそうだけれど、昨日は隣のセンセにいったよ。
なんかしらん、診療が始まらなくて2時間かかった。

若い人は、1人もいない。周りはシルバーばかり。
え? あんたもそうだってぇ。ま、そりゃそうだけれどねぇ。
待ち2時間、診療5分。暇つぶしにはいいわぇ。

しかたないから、おペケと小声でおしゃべりしている。
控えめに、くゥくゥく.......... と笑ってる。
別に、えらい愉しかァないけれど、暇つぶしにはなる。

急にムシムシしてきた。窓の外は真っ黒っけ。
三方原のほうはもくもく雲が地上にまで垂れ込めてきて、
東へゆっくりと流れる。海抜70mの高台は空にちかい。

まァ、イヤだっていっても雨だ。
憂鬱だって いっても雨だ。
しかたがない。なんとか、今日をすごそう。

こういう日はなにか、遊ぶことを探すことだ。
夢中になって、なにかすることだ。
そうだ。機材の写真撮ってサイト更新しよう。

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所詮は自己満足だが、1日のうちの何時間かで、
写真撮って、それをいくつかのBlogやサイトに上げる。
ま、これがいまの愉しみだ。

SNSで「いいね」をもらったり、コメントいただいたり、
ほんのすこしだけ、袖をすり合って、いうなればジコマン。
ま、これがいまの愉しみだ。

 

それを ↑ ここにまとめてある。
これで、だいたい半日遊べるので、いい暇つぶし。
たぶん、ボケ防止にもなると思うよ。

よかったら、
ぬしさん、遊んでいっておくんなまし。
て、花魁はおりゃせん。

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まぐろ三昧はとりあえず終わり。
まだ、塊はあるそうな。
これが解凍してみないと、善し悪しがわからない。

刺身になるか、ステーキになるか。
もうすこしあとのお愉しみですよ、っていう。
持ち駒があるのはいいことだ。

 ←click 

おひとりさまで、
腹いっぱいになればいい料理をしているころ。
片付けがめんどくさい料理は敬遠しがち。

西京漬けとか粕漬けの魚って好きなのだが、
なるべく酒粕こってりでないものを買ってくるが、
これが味にあい反したりするから悩ましい。

最近のおペケはきれいに焼けている。
「このまえ真っ黒けになったから、うふふふ........」
けっこう、けっこう。

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「あんたのブログは長いから読まない」
ときどき、鍵コメできっぱりいわれるのだな。
さもあらん。長い駄文だから、遠慮なくスルーしておくんなはれ。

むかしからいってるのだが、オレは自分の精神衛生のために、
なが〜〜〜〜〜〜〜い駄文を書いているゥ。
読んでくださるかた、ほんとにありがとう。(」*´∇`)」

いまでも、しばらく文章を書かないと、
書きたいッという欲望が、どこやらからわいてくるから不思議。
やっぱり書くことが好きなんだなァ、と思う。

これね、
書くことが愉しくなったのは小学校5年生のときだった。
なんかの感想文が市の文集に載ったのだ。これで味をしめた。

映画館入り浸りだった少年は、
最初は演技者になろうとしたが、鏡の中のだんごっ鼻に限界を知り、
このような面白いストーリーを描く人に憧れた。

それで映写室のおじさんに聞いたのだ。
オレはどうすればいい?
映画をたくさんみな、本をいっぱい読みな。

そういわれて、オイらは小学校のうちから、
大人の本を読みあさって、空想の世界に漂ったのだ。
何冊かのノートにそれを書き綴った。

ここが原点だけれど、
最近の文章のめちゃくちゃに、たまらなく恥ずかしくなる。
勉強が足りんな。つまりは感動の補充がないッ。

なんかのとき現役のころのゼニになった文章にであうと、
「へぇぇ........ これをねぇ。オレが書いたのかぇ?」
もう、あァは書けない。

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オレが編集者の頃に、いつも座右に置いた言葉がある。
そりゃ、ま、オレのことだから、
敬愛する開高健さんの言葉に決まっている。

 編集者の素養として大切なのは
 稚気、痴気、知己である

開髙大兄はこう仰っていた。
うん。よーくわかるのだ。わかるけれど難しい。
これを貫くとヘンジンになる。あげくは変酋長になる。

うん。はなはだ勝手ながら、これは編集者に限らず、
男としての素養でもあると思っていた。
オレの半生は、まさにチキチキチキバンバンだったからなァ。

それそれ、男は稚気を失ってはならない。
あんたって子どもみたい...... ってよくいわれた。
そういわれると、子どもの遊び心を忘れていない自分が愛おしくなる。

ときにはチキチキチキバンバンと、
なんのてらいもなく乱痴気騒ぎをする。
これすなわち、理性を横においての稚気と痴気。

で、これを一人でしていたら、こりゃ、おかしな人。
だから、わかりあえる知己がいるんだな。引きずり込む仲間が要る。
オレはシアワセなことに、山でも海でも、いい仲間に恵まれた。

それから編集者っていうのは,まさに知己なのだ。
人と知り合う、さらにそのまた人脈を増やすことが財産で、
アイデアが知己というレールに乗って,ベストセラーを生み出す。

これはイヤってほど感じた。
書店さんから追加注文の電話が、じゃんじゃんはいる。
よし、増刷いこう....... てときは、まさにエクスタシー。

いまだって、おんなじ。
ここ「ちゃら.....」で生まれた知己が,
オレの生き甲斐を育ててくれるのだからねぇ。ほんと。

ありがとう、みなさん。
ほんまに足を向けては寝られないのだけれど、
ここは日本列島どまんなか。

立ったまま眠るわけにもいかないので、
失礼の段お許しくだされぇ。
ほなあした........................

20chaplin_20190104115545e01.gif ゆあ・はっぴー?

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秋はなぜセンチメンタルなのか - 2019.08.29 Thu

あ、頭痛が痛い。て、誤記するほどいてぇ。
なにしたかな。昨夜も寝るのが早かった。
これは鼻炎か? 薬貰ってこよう。いまのうちに。

昨夜も涼しくって、布団にくるまってた。
窓閉めてほしいなァ........... と意識の奥で、思っているのだが、
眠いほうが勝って、目が醒めなかった。

起きてくると、空気がヒヤッと感じるた。デスクの気温計は27.2 ℃。
今日は隣のセンセにゆく。
朝イチにシャワーした。でてきたらおペケがエアコン入れてくれた。

昨日もほぼエアコン要らなかったし、
秋の気配というにはまだ早いかもしれないが、
季節の変わり目が見えてきたな、と感じる。

あと2日で9月。
月半ばには彼岸花が咲く。
今年もあと4ヶ月にしかないぞ。

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レンズを買って、関連フィルターを購入する。
これには中国製の安価なものと、
ケンコーなど、国産のそこそこ価格のものがある。

で、安いモノとそこそこのモノ、実際に使用上の違いがあるのかどうか。
ググってみたのだね。硝子の質、あるいはコーティングの差は、
多少あるけれど、写真に影響を及ぼすことはすくない。

2ヶ所にそういう記述があったので、一応信用する。
で、減光フィルターは中国製を買った。
3枚セット、ケース付きで、なんと1300円、送料無料なのだ。

レンズとおなじくamzon倉庫からなので、中一日で到着した。
で、普段レンズにつけている、UVカット、ガードレンズは、
そこそこの良品がよかろうと3000円クラスを発注した。

Yahoo! ポイントが貯まっていたので、こちらはヤフショ。
こないねぇ、今日で中5日。まだ、届かない。
ポイント購入送料ゼロだからしかたないが、Yahoo! はイライラする。

ま、価格が納得いけばamazon倉庫直が安心だし、到着が早い。
それから、中国製品おそるべし、だね。
とくに、ちかごろのレンズなどは、かなりいい。

これも日本の先進技術技術が下敷きにあるが、
そこから独自開発する力は韓国を凌ぐ段階にきている。
もはやコピーだけでは世界に通用しない。

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マグロ三昧だぞー。
今度貰ったのはいいところだったから、
昨夜の漬け丼も美味かったわぇ。

「わたしの解凍の腕もあがったァ」
おペケが自画婆ァ賛しておるが、実際に美味かった。
「これで、もういいわ」

なにがいいかというと、
おペケがこのあいだから、寿司が食べたい。
マグロのいいところ食べたい、といっていたからだ。

 ←click 

野菜食べろ............ といわれても、
ここんとこ少食になって、あまり食べられない。
昨日なんぞは、おペケも「余計だわ」っていってた。

メインを食べてしまうと、それ以上食べたくないんだ。
で、野菜食べないの? といわれても、もう満腹。
どうしたもんかねぇ。

それじゃ、あれ飲む??
あ、青汁だな。まずいな、あれぇ。
でも、野菜って、どうしても必要なものだっけ??

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3年前にオレも突発性難聴になったわけだが、
目眩を伴わなかったので、通院で治療し、
低下レベルが60%とすれば、85%くらいまで回復した。

諦めていて治療をしなかったのだが、
新しい治療薬ができたのか、
ほぼ健常者並みに聞こえるようになったのだ、

そのときは世の中ってこんなに音があったんだと思ったねぇ。
そりゃァま、21歳のときから難聴障害できたわけだから、
こんなもんだと思っていたのだからね。

で、ここんとこテレビ音声が聞こえにくく、
片耳ずつせんぼして聞いてみたら、左耳の聴力が低下している。
いつからそうなのかわからない。

しかたない。
補聴器のお世話になるか、って調べたら、
けっこう高いんだな。

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昨日、浜松に降った雨はそれほど激しくなく、
しとしとと気がついたら降っていて、まるで秋の雨みたいだった。
秋の雨って季語の中では音もなく降って、なにかもの悲しい。

秋ってのは、なぜか、
センチメンタルなほうへいってしまうのだ。
ま、そのように描かれ続けて、そういうイメージがあるゆえか。

そういう意味では、春は長い冬が終わって、
ものみな新しくなり、花々が咲き始め、気持ちが明るくなって、
なんとなくウキウキと希望が充ちてくる気がしてくる。

秋ってのは、これから寒い冬を迎えるという感覚が後ろ向きで、
縮こまってしまいそうな気分になって、枯れ葉がひらひら舞ったり、
かさかさと風に飛んでゆくのだから、もの悲しい。

秋はセンチメンタル。
人の心が感じる季節への感傷がそうさせるんだろうな。
愁いなんて字は、まさに秋の心だものねぇ。

 もの悲し音もなく降る秋の雨  ごんべ

愁眉だなんていうのも、いかにもだよ。
これは、「がんばれるーや」だっけ、あそこのよしこじゃダメ。
あの人は、女性なのにク○なんぞ連発するから、好きでない。

ま、やっぱり..................
楚々とした竹久夢二風美人が窓越しに外を眺めて、
ハラハラと散る枯れ葉に、眉根を寄せるってな。

きのうかおとついのお昼。
ご飯だよ、といわれて居間にゆくと、
おペケはいつもこの時間は「徹子の部屋」みてる。

「これ、だれ??」
「○○○子さん」
「え? みなけりゃよかったァ」

ま、これはオイらの個人的感想ではあるけれど、
男ってのはロマンをいつまでも抱いていたりするから、
70歳代になったアイドルをみなけりゃ、よかったと思うのだ。

そのあとに、倉本聰脚本のドラマやるだろ。
あれもみないね。おペケだけ観ている。
アイドルのまんま、オレの脳の中で輝いていてほしい。そう思う。

オレの永遠のアイドルは、吉永小百合さま。
このかたは初期日活の左翼傾向の新劇俳優さんのなかで育ったからか、
その思想は貫いていらっしゃる。

ごく普通の爺ィのつもりのオレは、
彼女の思いと一致するところはないが、
ま、あの三畳間のころからオレのアイドルには違いない。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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しばしばごめんなさいと詫びる - 2019.08.28 Wed

涼風は入ってくるが、ベタベタでもぅぅ... イヤ。
ときどき激しい雨。浜松市北部に大雨警報。
気温は28.5℃。湿度はHl (90%以上)で最悪。まるで雲のなか。

山歩きしていたころは、雲が眼下にあるのは珍しくないし、
下から雨が吹き上がってきたりするから、雲のなかは経験がある。
ま、駅前のアクトビル210mだって、上階は雲のなかだ。

昨夜から断続的に降っている。
突然に強く降るって亜熱帯型だし、雨の粒の大きいこと。
もうガマンしない。エアコン入れる。

おペケ財務相がいうには、
以前のエアコンだと8月の電気代は18.000円かかった。
今年は14.000円で、いまどきのエアコンは、たいしたエコだそうな。

ここんとこ涼しくていい。
デスクに座っていても髪の毛乱れる。
手櫛で掻きあげて、乱れる髪があってよかったな、と思う。

てっぺんは寂しくなったらしいが、
これは合わせ鏡しなくちゃ見えないわけで。
自分がみえばければいいとする。気にすることはない。

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昨日あたりは、頻繁に電話がかかってきて、
ま、オレじゃないよ、おペケ。
1ヶ月あとの里帰りの段取りで友人から電話がはいる。

で、聞いてみた。
「秋田へ帰るのは法事じゃないのか?」
なんか聞くとはなしに聞こえるのは遊ぶはなしばかり。

むかしのゴルフ仲間とコースでて、
帰りに東京で屋形船で遊ぶんだっていう。
「これが最後だから............ 」というけれど、さて、さて???

ま、いいや。
愉しんでおいで.......... て、オレはなんて優しいんだ。
え、 自分でいっちゃダメか?

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よそさまのBlogを見せていただいて、
わッ、わッ、わッ、のわがみっつ、みつわ石鹸みたいな、
すばらしい晩ご飯をアップしていらっしゃる。

おペケの承認欲求がめらめらと燃えても、そりゃ当然。
もう1品つけたいところを、ぐっと抑える。
いいんだよ。どうせ爺ィ婆食べおうせやしない。

 ←click 

日曜日に会ってきた姪御さんの旦那さまは、
漁業の街焼津の漁網会社のかただそうで、
遠洋マグロの切り出しみたいなところを、お土産にいただく。

それがコチンコチンに凍っているわけだから、
解凍してみないと、どこの部位かわからないのだ。
今度のヤツは大正解。トロだったぞ。うまかったぞー。

いちばんイイところを刺身で食べた。
赤身のところは、厚めに切ってマグロステーキだな。
たのしみィ。ジュルッ。

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「ご飯ですよ........」って呼ぶから、朝ご飯食べてきた。
オニギリ1個、カニカマが身体にいいとどこかで聞いてきて、
カニカマサラダと昨夜のおかずの残り。

これをバリバリモリモリ食う。
それで、サプリ飲んで、薬飲んで、血圧測って記帳する。
すべてお膳立てができている。

お昼は、パン1切れとトウモロコシ半分。
飲むヨーグルトと牛乳を混ぜたものを1カップ飲む。
果物もあるが、果糖が過度にならよう薄い1切れだけ。

夕餉は、ちょっぴりのご飯とオカズも1品減らし。
オレはもっと手を抜いていいよといい、
彼女は手を尽くした料理をもっとしたいという。

腹いっぱいになったときはシアワセに思う。
ぜんぶやってくれることもシアワセに思う。
おひとりさま9年間が、こういうのはシアワセって思わせる。

喧嘩はしなくなった。
ご機嫌が悪くなる、っていうことは相手があってのこと。
ずっと独り身できた彼女には、そういう経験がない。

最近はKYができるようになった。
Kは相手の顔色、Yは読む。
2人とも前葉頭はまだまだ健在。感情コントロールが出来ている。

 馴染みたるふたり暮らしや八月尽   ごんべ

駄句だね。
そのまんま。ま、いいか。

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いつだか、テレビでシニアの婚活パーティって番組を、
おペケと2人で見ていた。
で、女性たちの要求というか、条件が凄い。

年収500万円以上とか。
それに叶うお人もいるんだろうけれどねぇ、ザラにはいない。
オレなんざ、口も利いてもらえないな。

そういっちゃ悪いが、いうほうもフツーのおばさんだよ。
ま、それがその人にとってのシアワセの条件ならば、
他人がとやかくいうことではない。へぇぇ........ とみてればいい。

その女性には、若いときから積み上げてきて、
それが一応の完成形だったのだ。
それとおんなじものを、また求める。当然なのかな?

なんか、割り切れないものを感じたのだが、
ま、人それぞれ。
ボンビーごんべがひがむこともねぇやな。

オレみたいな割れかかった鍋でも、それでいいという、
閉じ蓋のお人がいたんだからねぇ。
ま、これも蓼食う虫も好き好きってヤツ。

1人より2人がイイに決まってる。
これはたしかだ。
同じシアワセでも2人で喜ぶほうがイイに決まってる。

で、ときどき以前に登録していたブログランキングヘゆく。
シニアエントリーはメンバーも、ほぼ入れ替わっているけれど、
上位のかたのブログには、読ませるなにかがある。

文章ってね。
普通の読解力があれば真実がなにか、透けて見える。
隠したつもりでも滲み出ているものだ。

テーマをもった記事というものは、
共感を呼んだり、ときに違和感をもったり、
と、人々の注目を浴びる。

だから、失礼ないい方をすれば、
ヒトクセあったほうがおもしろいのだ。読むほうはね。
ま、だいぶ下世話だけれど。

失礼ながら「人の不幸は蜜の味」なのだからね。
なぜBlogを書くのか。ランキング参加の目的はなにか。
単なる自己顕示欲だけなのか。

不肖ごんべ、編集者のハシクレであった。
この雑誌をいかに売るかの算段を考えるのが仕事だった。
だから、現在 (時流) を読む、人の興味を読む。

それから自己顕示欲だって人一倍強かった。
自分を売り出せなくって、メシが食えるかって部分がある。
これはプロとしてなのだ。

ただし、Blogでおなじことをしようとは思わない。
たしかに、リピータさんが多いとモチベーションはあがる。
が、そのために書く記事でのプライバシーの線引きはどこかにある。

でも自分の大事なものまで晒してはいけない。
要は、そこを突かれて狼狽えないよう、自分なりの線引きが必要だな。
そこは心臓に生えている毛との相談だ。

自分が耐えられる限界は、承知していないといけない。
それを逸脱してしまったら.............
自己分解をしかねないし、それに人を巻き込む恐れもある。

それは多分に自分のせいであることが多いのだ。
オレの場合は他人を批難するまえに、まずそれを考える。
しごくあたりまえのこと。

自己主張は強いけれど、
おなじくらい人の言葉に耳を傾ける心はもっているつもり。
だから、しばしば、ごめんなさいと詫びる。

そうじゃないかえ、皆の衆。
ほなあした..............

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とうとうへそくりの底が尽きた - 2019.08.27 Tue

涼しいな。朝は25.5℃だった。さすがに11時には28.5℃。
午後は隣のセンセの定期検診。
お変わりございませんか? ハイ、5分でおわり。

「え、今日はダメ? 木曜日だってか」
別にかまわない。オレはまだ薬あるから.........
今日はじっくり掃除がしたいんだとさ。

涼しいのにね。オレはなんか汗掻いた。
宅急便きて、届いたレンズの試し撮りして、
あっちへいってこっちいってぇ。

シャワーするの、めんどくさいから明後日にしよ。
ま、ほかにすることない爺ィはのんきなものでぇ。
あら、あら、もうお昼過ぎちゃったじゃない。

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さすがの、なにがさすがか、しらんけれど、
ボンビー、ボンビーいってるくせに道楽強い爺ィさまの財布が、
ていうか、とうとう、へそくりの底が尽きたのだ。

なにせ、この春からカメラ1台、レンズ2本の挙げ句に、
さらにもう1本買ったのだからね。
まえからの金目のレンズは何本か消えていった。

あと財布の中に13.000円。
なーに、あと3日すればおこづかいが入る。
ほかに遣うところないし。気楽なもんじゃ。アハ。

そろそろどこかへ。
涼しくなったからね。季節は秋へと変わる。
最初に彼岸花か。愉しいねぇ。

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めずらしく隣の屋根に、この春に巣立った若雀たちがいて、
それがまた元気溌剌としていて、気持ちいいのだ。
なんでも若い衆っていいなァ、と思った。

4兄弟が勢揃いして、観ていて愉しいぞ。
おペケがよくいう「若い人っていいね」って、
単純に、意識しない若さっていい。

自分が若いときにだって、全然感じなかったこと。
オレたちがこの年齢になって、
みえてくる若さの輝きっていうものだな。

 19827-ff5.jpg

おペケ絶賛 !!

食パンのゴリゴリはやったことある。
昔のトースターはよく焦げついたでぇ。
ご飯のじゅくじゅくはいいかも。

 ←click 

おペケがホッケを食べて「うまいなァ」という。
駿河湾ではホッケは捕れないから、沼津加工なのだ。
なんていっても塩加減なんだな。

パッケージに加工者の顔写真がある。
技術に自信があるんだろうね。
すばらしい。

 1927-ff1.jpg

あのね、オレたちの年代は掲示板だから、
たとえば、こういう改行に余白があると、思わず反転する。
いまの人は長文を書かない。スマホだから.......

で、字をびっしりと書くと読み憎い。
で、改行に思いを込めたりするらしい。
で、シニアの こんな スペース 開けより は好感もてる。


 字が見えましたか。
 むかしの掲示板はこうして隠し文字しました。



このスペース ↑ を反転してみてぇ。
こういう隠し技をつかったのだねぇ。
オッサンたちの世界だな。

 19827-ff3.jpg

今朝は、久しぶりにスズメの群れをみた。
スズメのエリアがヒヨドリに押されてしまい、
むかし見られた群雀なんて、郊外でも見られなくなっている。

たまに群れて飛んでるのは,みな、ヒヨドリなんだ。
それが、大きな群れをつくって市街地へ飛んでゆき、
せっかくのキレイな街造りが、あいつらのフンだらけになる。

笑うに笑えないフン害に憤慨してるっていうはなしがニュースになった。
このスズメだって、一見して可愛いのだけれどね。
望遠レンズで写真撮ってびっくりしたことがある。きつい野生の目だ。

可愛いなんてのは勝手な人間の思い込みなんだなァ....... と思う。
伊豆の某港で、久しぶりに伝統を伝えるためにイルカ漁を行うとか。
これは先祖からの伝統文化なのだ。伝えていくことに意義がある。

可哀想にィ、あんなに可愛くて知性があるのに,なぜぇ?
そういうけれどね。
この人は自分のいってることのダブスタに気付いていない。

人間は,この地球上のあらゆるものを食べてきている。
それをタナにあげてモノいってはいかん。
揚げ足とるようなこといえばだよ。

「これは仔牛の肉になりまーす」
そういわれて、「柔らかくておいしいィ」と絶賛する。
仔牛は、柔らかい肉のままの仔牛で殺されてるんだぞ。おい。

「可哀想ぅで食べらんない......」ってなぜいわないのだ?
乳牛の♂は、繁殖のための少数以外は、親のミルクだけを与えて飼育し、
その肉が軟らかいうちに殺されるんだってぇのに?

その国には,その国の食文化があり、捕獲の文化がある。
クジラ漁にしても、イルカ漁にしても、これは日本人の文化である。
ゆえに他国の文化のスタンダードを押しつけられる謂われはない。

と、まァいうけれど、大海原で出会うイルカの群れは、
そのつぶらな目とあってしまうと、捕って食おうとは思わない。
実際にまっくろけで固いイルカ肉しか食べたことがないから、食う気はしない。

クジラの肉だって、あの給食にでてきた大和煮かなんかのクサイ肉は、
かなり印象が悪くって,ま、好んで食べようとも思わない。
じゃァ,無駄な殺生か........ ということだけれどねぇ。ここなんだな。

充分な調査を行って、これくらいなら捕っていいというボーダーラインがあり、
それに則っているならば、先祖から伝わった文化は絶やさない程度に、
日本人の誇りとして伝えていくべきだと、漁師のDNAを持つオレは考える。

ま、いずれ,この地球という星にもいつか飢餓がくるという。
さすれば ダブルスタンダードもなにもない。
あっというまに、この地球のすべてを食い尽くすんだろうな。

そうじゃないかえ、皆の衆。
ほなあした..............

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脳味噌が揺れた途端にぽろッとでる - 2019.08.26 Mon

今日も涼しいぞ。夜中に寒くて窓を閉めたくらい。
「え? もう寝るの」といわれて、
たしか10時にベッドへいったから、9時間たっぷり。

なんか暑さ疲れじゃわィ。
ベランダのハイビスカスだって、午後も水やりしないと、
項垂れてるくらいだからねぇ。

おペケは案外早くて、5時前に帰ってきた。
今朝になって「これぇ」って、
なんか来月の里帰りの衣装買ってきたでぇ。

「怒る?」って別になにもいわないよ。
いまデパートへゆくってことは、たぶん、なにか買ってくる。
それくらいの予測はつくぞ。

これで、もう秋田へは帰れないかもしれない。
悔いのないようにすればいい。
昨夜いわないってことは、ちったァ、気兼ねしてるのか。

女性が着るものを買う。
それに対して、自称フェミニストのオレは、
みみっちィことは、これまでいったことが一切ない。

オレだって、先月にはカメラ買ってもらった。
「あのねぇ。歳初めにオレになにか買ってやってごらん」
ま、そうしたら1年はなにもいわないぞ。

 19826-a1.jpg

それで、帰ってきておペケが、
「今日はウナギだからね」っていう。
そうだな、しばらく食べてない。

高いからな。
別に中国産だっていいのだが、おペケはイヤだっていう。
で、浜名湖産の白焼きが1尾2200円。

Mサイズがこれならば、ここ2年ほどの相場変動なし。
なにせ絶滅危惧種だものな。
今冬が絶不漁だったか来年はどうなるかわからん。

1人1尾といきたいところだが、
ボンビー爺ィ婆ゆえ、半身ずつなんだな。
ま、これで充分ではある。

 ←click 

試験場では、人口孵化から稚魚育成に成功しているらしい。
人口孵化は何十年かまえにも成功していた。
稚魚の餌付けができなかったらしい。

ただ、今の段階では1尾の単価がべらぼうに高くて、
事業化はまだまださきのこと。
たぶん、日本のことだから近い将来に実現するでしょ。

 19826-a2.jpg

「おたくさまにFAXは?」といわれるけれど、
こっちへ引っ越すときに断捨離してしまった。
パソコンのプリンタも機種変更して、つかえなくて捨てた。

隠居爺ィ婆は、交際範囲が些少となるため、あまり必要はないが、
それでも、たまーに必要なときは、コンビニで事足りる。
電子メールあるし、SKYPEあるし、ま、必要ないのだ。

以前の住処の電話番号の局番1字ちがいに養鶏場があったらしく、
ある日から間違いFAXが多数くるようになった。
みると、有名な菓子店やケーキ屋の注文票だったのだ。

発注側の卵配送がなかったら困るだろうと、
養鶏場にこのような間違いが起きてますよ、と、
FAXをしておいたが、それでもせっせと注文票がくる。

再度FAXしたが、まだ、じゃんじゃんくる。
間違いで困るのはそちらさんだが、
関係ないこっちはFAX用紙がじゃんじゃんなくなる。

それでね。
アタマきてFAX機の電源抜いちゃった。
あとはどうなったかしらん。

 19826-f1.jpg

昨夜涼しかったから、夜中に窓を閉めた。
こういうときのオレの身体の耐性が衰えているから、
朝になって、くしゃみを3回して後は洟水ぐしゃぐしゃ。

50年前、耳鼻科のセンセも、
もちろん世間も認知していなかったころに、
なんの因果か、オレは、最先端をきって鼻アレルギーになった。

クシャミを連発すると、間違いなく笑われた。
それも指差して笑われた。
挙げ句は「風でもひいたのかぇ」って必ずいわれた。

こんな苦労を半世紀も重ねてきて、
ま、多少はアレルギーの耐性ついて軽くはなったが、
センセいわく体質は治らないのだと。

でぇ。なんということか。
アレルギー症状の人が多くて、保健医療がかさむから、
鼻炎の保険診療は打ち切りだとか。

これは腹立つよ。
その発生源はなんなのか。スギ花粉だけではないはず。
根本的な発生源は放置で、保険適用の打ち切りだとは??

責任者でてこーい。
オイ、こら、ほかに削るとこあるだろが。
ほんとにィ。オイら、激おこ。💢💢

 19826-f2.jpg
 
最近ねぇ、オレの感性イマイチだけれど、そりゃそうだ。
くっちゃ寝、くっちゃ寝ぇ、9時間も眠ってりゃねぇ。
脳味噌腐るでぇ。枯渇して、なんもでてこんわ。

五行歌も俳句も、開店休業。
こういうものは、苦吟したってロクなもんじゃない。
なんかしらん。

脳味噌が揺れた途端に、ぽろッとでてくるのがいいのだ。
脳味噌のほほんしずぎて、ぽろッとでてくる気配もない。
朝な夕なのぼけぇぇ................ だもん。

 青空に指で字をかく秋の暮れ  一茶

なんのてらいもなく、こういうのでてきたら...........
つまりは素直でないといかんのだ。
ま、だいたいごんべの幼稚な句は単純だけれどねぇ。

 うつくしや障子の穴の天の川  一茶

うひゃァ。
いまのオレにこんな感性ねぇな。
心を澄まそう。清く正しく美しき心にィ。

 薄闇に月を探すやそぞろ寒   ごんべ

あ、一茶さんと並べたらあかんでぇ。
オレのは、ええからべぇ俳句。
これからは秋の夕日は釣瓶落とし、と表現する。

これってね。
あっという間に暗くなるっていうのと、
いつも観てると、沈む時間がどんどん早くなって南へゆく。

ぼけぇぇ......................... とはしてはいるが、
カメラを手にしているので、多少は季節の推移を感じている。
写真撮るってこれだからね。

 菜の花や月は東に日は西に  与謝蕪村

蕪村さんが3月に京都へいったときの句だとか。
旧暦3月だから、いまでいうと5月半ばということ。
菜の花畑の東の月と西のお日さんは魚眼レンズでも撮れない。

こういう感性がないとねぇ。
6年ほどまえにMRIを撮った。
まだ、脳味噌と頭蓋とに隙間はなかった。

あ、そうか、してみるとサボってるだけか。
でも、シャカリキ頑張ることもないからねぇ。
ぼちぼちいこうか。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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むかしの人はほんとに物識りだった - 2019.08.25 Sun

このまえまで の暑さは、ありゃ、なんだった?
というくらいの爽やかなんだな。全国的らしい。
朝のうちは27℃。お昼になって30℃。

風が熱風ではないから、体感的には秋。
いい気持ちで眠くなるんだな。
おペケは焼津の姪と2人女子会で、そそくさお出かけ。

「あなたもゆうく?」って、そんなわきゃァはない。
退屈だから、amazon みていたら、お。
探していたレンズの、良品がでたではないか。

即、発注だね。加えて、フィルター4枚セット。
これで一応の「いいものレンズ」のラインナップが整った。
ま、ついでに古い3本を売却。1本1万円くらいにはなるかな。

以前は、それほどレンズにカネをかけず、
話題のそこそこ価格レンズをを買って、now を愉しむってやり方だった。
ところが、最近のPENTAXはサードパーティレンズが出ない。

つまり、ペンタ路線の技術が独自過ぎて、
サードパーティ(レンズ専門メーカー)が、ヤだよって、
ペンタマウントを出さなくなった。

それで、今春から返還して、Limitedやスターレンズを買ってみると。
たしかにいいものはいい。価格が張るだけのことはある。
なんて、いまごろ目が醒めてたりする。

おペケは「また買うの?」とはいわない。
お小遣いを1円も使わず、こういう愉しみに使う。
この人の道楽だもの。そう思っているらしい。

 19825-a2.jpg

涼しくて気持ちいいものだから、うとろうとろ。
目が醒めたら午後1時だよ、腹減ったァ。
おペケがパンを焼いおいてくれたから、ちょっとオーブンで温める。

お昼はパン1切れ。
シーチキン乗せて、その上にチーズ被せて焼く。
それと牛乳に飲むヨーグルト混ぜたもの。

 ←click 

それで「デパ地下でウナギ買っといでよ」というと、
「実はねぇ、もう買ってあるのよ」
それじゃ、今夜はゆく夏を惜しんでウナギだな。

 19825-aa1.jpg
 ↑オイらのお昼

オレは幼い頃から好奇心の塊だった。
だから、なぜ? どうして? が多くてマセた面倒くさいガキだった。
バァちゃんは物識りでなんでも答えてくれた。

いま、お昼食べながらテレビ観ていたら、
画面に Washington DCとある。
なんだ、この後にくっついてるDCは?

むかしは、広辞苑だったが、いまはググる。
法律上の正式名称は「コロンビア特別区(District of Columbia)」。
で、「D.C.」(District of Columbia)。

どの州にも属さない連邦政府の直轄地、なんだそうな。
Cの「コロンビア」はアメリカ大陸の発見者のコロンブスに、
ちなんでつけられたんだったぇ。なるほどねぇ。

 830158_1566630572.jpg

この間は、居眠り妖怪泥ぃと書いていて、
さて、妖怪ってヤツらの数え方はなんだって?
そう疑問が浮かび、検索してみた。

幽霊や一つ目小僧なんて擬人化した妖怪は1人。
一反木綿なんぞはモノだから、ひとつ、ふたつ。
なるほどねぇ。納得ゥ。

バァちゃんは物識りだった。たしかに。
むかしの人はユーモアセンスがあったと思う。
ま、喋るのは娯楽だからね。口伝えとか、遺るんだ。

あるとき、バァちゃんと夜になっておつかいにいった。
いまと違って街中でも星が空いっぱいに瞬いていた。
それを見て、オイらの好奇心が疼いた。

「あんな、星っていくつあるんだ?」
「あれは天の雨の漏る穴だから、雨粒の数だけある」
「ふ〜〜〜ん」

わかったわけじゃない。
はぐらされた気もしたが、なんとなく納得した。
ほんとは、エノケンさんが映画でいったんだってよ。

 19825-a1.jpg

近所の映画館のオーナーの未亡人がバァちゃんの友だちだった。
小屋主の旦那さんは戦争にいって帰ってこなかった。
こういう戦争後家はあっちにもこっちにもいた。

要するに、バァちゃんのしゃべくり友だちで、
ちょくちょくもぎり部屋に入り込んで、しゃベっている。
オレもついてゆくのだが、座席へはあの扉が重たくて座席へ入れない。

「開けてぇ..... 」座席は前のほうが桟敷だった。
普段は映画を上映しているが、ときどき、大衆演劇がかかる。
なので前のほう半分が畳なのだ、

オイら、こういうよき時代の映画館で昼寝して育った。
「帰るよー」ってバァちゃんに、
半分眠ったまま背負われて帰ったのだ。

「おばちゃん、これ......」
って、バァちゃんの届け物しながら、
桟敷へごろっと寝転がってちゃんばら映画を観ていた。

もう、すこし成長すると、
映写室に興味が移って、そっちへ入りびたり。
映写機からでた光の束が、四角の窓から放射される。

それが、スクリーンいっぱいに拡がって、観る人の夢を膨らませる。
で、映写技師のオッちゃんに、ごんべ少年は憧れたのだ。
前にも、このシーンを書いたとき、「どこかで読んだ.......」とコメがあった。

けっしてパクリじゃない。
家が映画館だったと、コメをいただいてフレンドもいらっしゃる。
やっぱり、このかたもおなじデジャブを抱いていた。

「ニュー・シネマ・パラダイス」という名作がある。
目が見えなくなった映写技師アルフレードと、トト少年のイメージが、
あれを観た人には、脳のどこかに残っているらしい。

あの四角の穴から映画を観たという方が、お二人もコメントをくださった。
ま、それだけ、映画が人々に身近な娯楽だったのは、間違いない。
いまでもたまに、あの畳に転がって、映画を観ている夢をみる。

映画の合間には、女剣劇大江美智子一座やらデン助一座という、
有名どころが、1ヶ月くらいかかったりした。
舞台前の席が畳敷きだったのも、こうした芝居がかかったからだ。

電気設備などは、うちの父親が業者をまわしていたようで、
もぎり穴を覗いて「おばちゃん、こんにちは」といえば、
映画のときも芝居のときも木戸御免だった。

芝居のときは、楽屋裏の長屋が宿舎となり、
その前で子供が遊んでいたりする。
で、おばちゃんからオイらにお呼びがかかる。

10円くれて「八幡様でも連れてっておくれ...... 」と頼まれたりする。
駄菓子屋に寄ってキャラメル買い、八幡さま境内のブランコに揺られる。
芝居の子の東京弁がおかしくて、真似しては喧嘩になった。

役者の子だから、鼻筋通って目元涼しく、手つないで歩けばみんなが振り向く。
それが、ちょっぴり恥ずかしくもあり、誇らしくもあり。 
ただ、子供といえども舞台にあがるので、遊んでばかりはいられない。

声張り上げて稽古する。
終わって駆け寄ってくるのへ「おまえ、えらいなァ」って眩しかった。
あ、オレも役者になりたい....... そう思った。

オレもカワイイっていわれてたから、帰ってバァちゃんにいってみた。
「なにいってんだよ、おまえは、惣領の跡取りだろ」
幼いころは、いろんなものになりたがるもんだ。

初日は、バァちゃんと観にいく。
バァちゃん、ハンカチで目頭おさえて、
「泣くとあとで頭が痛いよ」とよくいった。

芝居が終わって、余韻醒めやらぬ大人たちが、
連れだって近所のあんみつ屋にいくんだ。
どこそこの娘が、若手役者と駆け落ちしたってさァ...... なんて話。

おませなオイらは、餡蜜かきまわしながら、
知らないふりしてしっかりと聞いていた。
それが、終戦から、それほど経っていない下町の風景であった。

で、おばちゃんが亡くなると、どこやらから息子が現れ、
けばけばしい看板のストリップ劇場になった。
それで、オレが都会にいるうちに、楽屋から火が出て焼けちまった。

何十年もまえのはなし。
ほなあした..................

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他愛もないことでよく笑う - 2019.08.24 Sat

雨が降っていた。涼しい。え、涼しい?
「寒いよ」とおペケがいう。それほどじゃないが、
気温27℃はけっこう涼しい。昨日の暑さはどこいった?

エアコン要らないので爽やか。11時で28℃になった。
そうだね、空は秋の気配のうろこ雲。
カーテン揺らす風も、昨日の熱風ではない。

ま、8月もあと1週間だし、どこかに秋の気配はある。
おペケがピ○ゴにできたドンキの様子みにいった。
食品は、おなじ規模で残ったようだ。

スーパーのローテーションが3店ある。
バリエーションがないと飽きてしまうからね。
あと中規模の惣菜屋が2店。

「お向かいスーパーが空いてているのよ」
「あれ、かわいそうに....... 」
ドンキ改装中は混んでいたのに、途端に人が減った。

 19824-a1.jpg

いま竹製の腕時計がにわかに人気となってる。
なにが発端となるかはわからないもので、
韓国外相と握手したとき河野さんがしていたのだ。

それが一見して金時計にみえて、
twitterでどこやらのパヨ爺ィさんが、河野さんにリツイして、
「金時計とはなんとも品がない」と揶揄したのだ。

これを河野さんが見事に返した。
「竹製ですが、なにか」
金属アレルギーなので、重宝しているらしい。

で、「あれ、いいね」ってことで人気急上昇中とか。
ヤフショでみてきたら、5000〜20000円くらい。
もうすこしポイントが貯まったら買おうか。

はなしかわるこれど、
韓国のGSOMIA破棄について、
いろいろな人がいろいろなことおっしゃる。

そのなかで石破さんにははっきりいって幻滅。
共産党の志位さんといってることがおなじじゃねぇ。
このかた、総裁候補だったよな。

 19812-f2_20190824114249d8e.jpg

「ごねんね。これで....... 」
暑いものだからしばらく、おこもりのおペケだったが、
ドンキにでかけて帰ってきて、そういった。

お弁当が2つとお惣菜。
手抜きけっこう、オレは弁当が好き。
なんせ、9年間はこれで生きてきたんだ。

 ←click  

9月に、おペケが5日ほど里帰りする。
市営慰霊塔へ移すので、母親の墓仕舞いしたり、
友人に会ったり、なんだりかんだり。

で、おいてゆくオレを心配するけれど、
たしかに、めんどくさいといえばめんどくさいが、
5日くらい、なんとでもするわぇ。

 19812-f1_201908241143204fb.jpg

オレはせっかちだから、「人の話を聞きなさい」と、
おペケに再々叱られるのだが、
これは性格だから、一時は注意するが治らない。

遠州森の石松といっしょ。
オイらのも死ななきゃ治らねぇ、ってヤツ。
いまさらどうにも。

 あんたはねぇ、
 尻をまくるのがはや過ぎるゥ。

そういわれたことがある。
自分でもそう思う。あまり執着はしない。
どんどこ先を急ぐ。

せっかちだから、先を急ぎたがるのだ。
先へゆくには、くよくよしてちゃいけない。
その先には新たないいことが待っているかもしれない。

そもそも深く考えないってイイ加減。
少なくとも、過ぎたことにこだわるよりはいい。
どんどこ先ヘゆく。

ときにこれが好判断であることもあり、
もうちょっと我慢すれば解決したかもしれないってことも、
そりゃま、どっちもある。

なぜか「行き急ぐ」のだが、
いつまでも囚われているよりはイイと思ってる。
「おまえは、いい加減な子だねぇ」

オイら育てたバァちゃんがそういったんだ。
よくも悪くも筋金入り。
ま、なにごともええからべぇがよろしいようで.........

 19812-f3_2019082411425088c.jpg

向かいのアパートの屋上のアンテナで、
カラスが、カァ、カァ。
オレが「うるせぇ.......... 」といったら飛んでった。

「あら、聞こえたわよ」とおペケが大笑い。
なんかしらん、このふたーりは、ほんとによく笑う。
ボンビーだって、笑っていられりゃいい。

苦虫噛み潰したような顔していても、
笑顔絶やさずいても一日は一日。
おなじ1日なら、アホみたいに笑って暮らせりゃシアワセ。

ちょっとまえ後妻業だといわれた人がいた。
何人かの夫が疑惑の死を遂げているあの人のことね。
騙される人がいる。つまりは..............

シニアの婚活問題などがメデイアを賑わせている。
当事者のオレたちにしてみれば、ことさら騒ぐこたァない。
現実のまっただなかにいるから、そう思ってた。

ことさら、いまの爺ィ婆がっていうわけじゃない。
人間はいくつになっても人間なんだ。いつの世でも人は人。
いまの世のなか核家族のなれの果てで、お一人さまが多いってだけ。

寂しいか、っていわれりゃ、そりゃァ寂しいぞ。
暢気かっていわれりゃ、そりゃァ、たまらん暢気だぜぇ。
どっちも偽りはない。

いってみれば、
どう残りの生き方考えるかってことだけのはなし。
人それぞれがね。

テレビなんぞで、やいのやいのと取り上げるのは、
大きなお世話だ、放っといてくれぇ、と思ってる。
人それぞれに思いがあり、人それぞれにおかれた環境がある。

で、縁あって、こうして2人でいれば、
1人より2人がいいに決まってるゥ。
一巻の終わりにしちゃうかは、人それぞれだからねぇ。

いまさらねぇ、2人ってのも................
そういわれたこともある。
いつもいうように、自分のシアワセは自分で決める。

ちょっとした勇気と、けっこうしっかりした計算と、
擦り合わせに耐えるタフな心と、ま、いろいろあるけれど、
いまさらの2人暮らしもわるかァない。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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この血に混じる潮の求めたものか - 2019.08.23 Fri

朝一番 の雨。けっこう激しかった。慌てて窓閉める。
断続的に降って、10時30分頃になってやっと明るくなってきた。
昨日は36℃、今年最高の暑さ。これがピークか。

朝の雨で、バラの葉っぱにしずくが宿っている。
写真を撮っている間にも、時折が雨が降った。
それでも蒸し暑い。涼しくはならない。

ハイビスカスが元気だねぇ。
大輪の花を次々と咲かせてくれる。この花はタフだ。
去年からのハイビスカスだからね。

わが家の猫の額ベランダ花壇も、もはや飽和状態。
で、バラのつぼみを点検する。今年はアブラムシがつかない。
ペチュニア2鉢おいたのだ。この臭みはアブラムシ除けになるとか。

昨夏はかなりしつこくやられたのだが効果があったらしい。
あるいは壁面塗装のせいかなとも思う。
カナブンとかの虫たちも寄りつかなくなっている。

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夏休みの姪が韓国旅行にいっている。
自分が旅行にいくときに揉めないでよー、とかいって出ていった。
料理美味しいよ、人は親切だよって、twiterが続いた。

ま、それはホントのことだろうと思う。
ごく一般的にはそうなんだろう。
で、文政権はGSOMIAの廃棄を決めたらしい。

つまり、防衛上の情報交換を今後しないということ。
実際には、それほど韓国側からは得るものはなかったという。
これによって不利益を被るのは韓国である。

たしか、日本は6基の観察衛星を運用している。
アメリカから情報は入るし、観察衛星をもたない韓国には、
それほど情報依存することはないようだ。

ただし、問題はそれではない。
不利益承知でこれをするのはなぜか。
文政権がレッドチーム化での半島統一を明確にしたってこと。

それが、彼の念願の「韓国チュチェ革命」であるからだ。
それでいいのか、韓国の国民よ、っていうことだ。
文大統領の任期はあと3年。

トランプ大統領のtwitterはまだこれに触れていない。
とりあえずはアメリカの出方に注目だが、
米軍の半島撤退ともなれば、日本の情勢も大きく変わってくる。

姪が「またきたい」とツイしていた。
現地にいっている彼女にとって、それは実感だろう。
文政権は韓国国民のいっときの迷いであると信じたい。

 19823-s1.jpg

おペケがモノ忘れする。
「ね、アレってなんだっけ?」といわれ2人で考える。
だいたい、思い出すのはオレ。

オレが、忘れたら「あれ、なんだっけ?」と同じことを聞く。
思い出す努力はしないといけない。面倒くさくても放棄しちゃダメ。
「私のほうが先なのかしらん?」

ま、そんなこと考えるこたァないんだ。
おペケのペケはオレがフォローし、オレのペケは彼女がフォローする。
それでいいのよ。

 ←click 

「お味はどう?」
「うまいよ。でもこのまえのほうが.........」
「わかった。そこを工夫してみる」

まず、お互いの関心事を、わがことのように考える。
ときどき「聞いていないっ」って怒られるのは、いつもオレ。
無関心ってダメだね。

モノ忘れしたらいっしょに考える。
思い出して、笑うんだ。
思い切りね。

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なにせ暇人、退屈だもんだから、午後からWebで遊ぶ。
このBlogのタイトルバックを変えたり、
「一日一写」のリニュしたり、やり出すと面白い。

 「一日一写」←click

ここをポータルページにしてつないでゆく。
そう思っているのだが、さて? 来訪者はあるのか。
また、ごそごそやっただけのことかも。

livedoor Blogはけっこうイケる。
もともとは黎明期からリードしてきたYahooが、
この部門から撤退をはじめたから、勢力分布は変わりつつある。

ごんべ老人はなにせ暇人、
なんか面白いことなかろうかと、
もっぱらWeb界隈を徘徊しておるでの。アハ。

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独身貴族時代のおペケは、あちこち海外旅行したらしい。
自慢じゃないが、って自慢にゃァならないが、
オレはパスポートをもったことがない。

いやァ、行きたいと思ったことすら、一度もないんだな。
行きたい所はいっぱいあったし、その思いのいくつかは果たした。
オカネだって、かなり注ぎ込んだしねぇ。

すべては巨魚が棲むという絶海の孤島になんだな。
だから資金が貯まれば、次のアドベンチャー釣行を計画して、
いそいそと家を出て、潮にまみれて帰ってくる。

九州界隈の離島に往くと、飛行機をつかうわけだが、
1週間も岩磯の上で野営していると、なんとも怪しくなる。
風呂へは入るが髪や髭はむさくるしい。

しからば、はじめから伸ばしておけばいいか、
って、発想がいまに至るが、
いまじゃ、ケンタッキーの爺ィちゃんと化した。

ただし、山男だったごんべが、
絶海孤島の磯釣りに足を突っこんだころには、
もうすでに未踏の釣り場はほとんどなかったんだな。

先輩たちの飽くなき探求心によって、鳥島も硫黄島も、
例の尖閣列島も、トカラ列島も、返還前の小笠原諸島も、
すでに先輩諸氏の足跡が刻まれていた。

未踏地ゆえに、とんでもない成果が報告されていたし、
なんにしても、おのれのロマンとして、足跡を残したかった。
こんなんで海外旅行へゆくオカネがない。

と、まァ、海外旅行へゆかなかった言い訳が、
長々とここまで続いたが、太平洋の大海原に佇む無人島へ、
渡船をチャーターしてゆくオカネは、なんら惜しくないんだな。

だからといって、冒険に見返りはめったにない。
巨魚との遭遇を求めてゆくが、実際にはいっただけでいいのだ。
なぜだ? といわれても、なにがオレを動かしたかはわからない。

たぶん、そこに海があって孤島があるからゆくのだ。
そこに足跡を残して、武者震いしてくればそれでいい。
これを先輩たちは「男の浪漫」だといった。

これは山登りにも通じる。
山頂に立つ。これの意義はいった人にしかわぁらない。
が、連れ合いにとっては、傍迷惑なロマンであったに違いない。

巨魚との出遭いは、あるにこしたことはない。
が、オレは大海原の懐ふかく抱かれておのれを知る。
これでよかった。

ごんべの先祖は生粋の漁師であったから、
この血のなかに遺る遺伝子のなせるわざであったかもしれない。
潮騒を聞くと、あれほどに安らいだのだからねぇ。

そうか、あれはこの身体の血の安らぎであったのだ。
この血に混じる潮の求めたものだった。
さすれば、オレの人生を面白くしてくれた、先祖にも感謝だな。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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カツオはまさに堅い魚であった - 2019.08.22 Thu

38℃の予想。それに近づいてきたようだ。
「うわァ、アツい」と、ゴミ捨てにいったおペケの悲鳴。
バラの新芽が項垂れていて、慌てて水やりした。

基地で練習機のエンジン音がする。
昨日と今日は広報館でイベントがあるらしい。
ゆきたいけれど、この暑さじゃねぇ。

リタイア爺ィにはこれといって予定はない。
なにして過ごすか? なんて考えなくても、もたもたしてれば、
あっという間に一日過ぎる。

あ、生産性なんてなにもない。
ぐたーとしてれば、今日もなんとかなんべぇ。
って、ええからべぇだねぇ。

みてぇ、この空。
太陽が沈んだあとの残照なのだが、
この時間帯を「黄昏時」という。

「たそがれ」っていうのは「誰ぞ彼どき」なのだそうだ。
暗くなって、あなたはどなた? ってこと。
そのむかしは、日が暮れたら真っ暗。

では朝はなんだ? って調べてみた。
「かわだれとき」だそうな。
彼は誰れ時なんだっていう。.ひとつ利口になったヮ。

 19822-a1.jpg

江戸時代の庶民は、
暗くなったら寝てしまったらしいよ。
時代劇に行灯が出てくるが、あれは武士階級のはなし。

庶民は油もいいものでなかったから、眼病が多かった。
で、八ツ目鰻が薬として売れるんだ。
目が八つもあるんだから利くだろうってね。

ま、多少は精ががつくから効いたのかもしれないが、
あれは魚類学的にいうと鰻じゃない。口吻類だ。
ゆえに、庶民は暗くなったらさっさと寝てしまう。

その代わり朝ははやいよ。
お天道さまと一緒に起きて働くんだな。
江戸川柳にこんなのがある。

 四つ目では眠り八つ目で目を開き

媚薬だとか精力薬の類いを売っていたお店の屋号が四つ目屋。
こっちでは、なにやらあってうっとりと眠る。
八つ目鰻のほうは、煎じたのを飲むと目が治るってこと。

 19822-a2.jpg

オイら、ガキの頃に、笊箕 (ザルミ) をもって川んなかで、
足がさがさと水を掻きまわし、小魚録ったものだ。
ときどきメセロ、鰻の細いヤツがはいった。

まさか、この鰻が海へ出て遠く沖縄までいって、
産卵するなんで夢にも思わなかった。
学校の横の小川の石垣で一生を終えるとばかり思っていた。

そのむかし、ウナギは山芋が化けるといわれたのだ。
かのアリストテレスでさえ、泥から生じるといっている。
それで、日本の鰻の産卵場がみつかったのが、昭和32年だからね。

ウナギ博士といわれた松井魁博士が、
沖縄と宮古島付近を日本のウナギの産卵場だと推定した。
その鰻は幼態を レゾトケパルスという。

水深400mの深海で生まれてレゾトケパレスに変態し、
2年か3年の月日をかけて、はるばる日本の沿岸にやってくる。
それが激減しているから、うな重が高いのだ。

 19822-a3.jpg

先日も秋刀魚漁の大型漁船が出て行ったニュース見たけれど、
これが不漁なんだってね。まったく獲れないとか。
一昨年が不漁で、去年はそこそこ獲れて、今年はダメだという。

サンマ1尾500円とかシャレにならんでぇ。
やっぱり120円暗いでないとねぇ。
イワシは安い。サンマが無理だったらイワシだな。

 ←click 

鰯の頭も信心から...... という。
これは邪鬼が嫌う臭いなんだってね。
それからいっしょに門へ飾る柊はトゲなんだな。

 19822-f1.jpg

それじゃ、今日は魚のはなしでゆく。
昨夜はカツオのお刺身だった。美味かったねぇ。
これは、福島で水揚げしたものだった。

カツは春先から三陸沖まで北上してゆく。これが上りカツオ。
むかし御前崎港でクロダイ釣りをしていると、
昼過ぎには頻繁にカツオ漁から漁船が戻ってきた。

高知の大型船が荷を下ろして、慌ただしく出港していく。
帰りに、市場に寄ってみると、手頃なサイズが1200円くらい。
もちろん、釣りの獲物はあっても買って帰る。

包丁を入れた切り口の玉虫色がなんともいえない。
いわゆる、上りカツオは脂もほどほどでさっぱりしている。
オレは、これが好き。ニンニクを1粒擦って、あァ至福。

高知の大型船は、多少の時化でも堂々と遠州灘を突き進んでゆく。
黒潮ロードを伝わってカツオの群れを追うのだ。
地元では、この世間船に技術をだいぶ教わったとか。

 19822-f2.jpg

カツオは漢字では魚偏に堅い…と書く。
これは延喜の頃、流通するカツオは鮮魚ではなかった。
つまり、素干しや煮魚として流通していたからだ。

まさに、堅い魚であった。
鮮度を保って運搬するる方法がなかったのだ。
製氷が自在になったり、冷凍技術が進歩したのは戦後のこと。

江戸時代だと鎌倉沖で獲れたカツオは、
特別に仕立てられた早舟で築地の浜に運ばれていった。
これは百足船といい、大勢で漕いで急いで持ち帰る。

ちなみに、この頃に京の都で需要の多かった魚は、
アユ、カツオ、サバ、タイであった。
上方のタイ、江戸のカツオだったのだね。

戦国時代になると、
勝魚ということで、出陣や凱旋などに縁起魚とされて、
祝宴には欠かせないものとなった。

刺身、つまり生食する慣習は後北条以降であるという。
江戸時代に、カツオは鎌倉沖が漁場だった。
これは、鮮度を保って売るには、鎌倉沖が限界だったといえる。

カツオを走り魚というのは、
その日のうちに売ってしまおうと、
天秤を担いだ売り子が町中を走ったことからだ。

ちなみに、マグロは赤身のみ。
トロは痛みが早いので捨てていたらしい。
トロが持て囃されるのは、冷凍技術が発展してからのはなし。

鎌倉の漁場から芝浜まで一刻も速く戻らなければならない。
早ければ値もいいのだ。
その輸送舟はムカデのように多くの櫓がついていた。

 初鰹むかでのような舟に乗り 江戸川柳

 鎌倉を生きて出でけん初鰹 芭蕉

 目には青葉山ほととぎす初かつお 素堂

上り鰹の初物を珍重したのは、江戸っ子であった。
見栄っ張りの江戸っ子は、おう、鰹食ったかい.....という言葉に弱かった。
女房を質に入れてもとは、その見栄っ張りの極致だな。

 兼好がなんといっても飲める奴

吉田兼好は徒然草で、「鯉を食べた日は髪がそそげず」と鯉をたたえた一方で、
鰹は「身分のある者の前に供する魚でなく、下僕もこれを捨てた」と、
綴って江戸っ子には憎まれたそうな。

 井戸端で見せびらかして刺身をし

そりゃ、一両も出して買った初鰹だ。
できるだけ多くの人に見せびらかしてから食う。
見栄っ張りが得意満面になる。

 はつかつお女房は質を請けたがり

女房は鰹を食べるよりも、着るものを質屋から請け出してほしい。
蚊帳を質に入れて鰹を食い、ブ~ンと飛んでくる蚊を手で打ちながら、
どうするんだィ、おまえさん..... と喧嘩が始まる。

てなことで、今日はカツオの蘊蓄。
ほなあした.....................

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お気楽ちょうちんでシアワセ - 2019.08.21 Wed

いやァ、よく寝たァ。いつもよりだいぶ余計に眠った。
なにかのアレルギー反応が出て、全身がかゆいのなんの。
こういうときは、抗アレルギー剤飲んで眠る。

夜は案外と涼しっかったので、ま、泥ぃのように眠った。
それでも7時に目覚めたら、おペケもまだ眠ってた。
2人とも、そりゃァ、よく眠る。

だいたいが、2人とも眠るって努力をしたことがない。
起きている努力もしたことがない。
眠ければ眠る。なにかおもしろそうなことあれば起きている。

 まァ、気儘だねぇ。
 まァ、この先もこんなんで通ってゆければ、
 まァ、オレたちってシアワセにちがいない。

たまには本を読もうかと、ページ拡げても、
あッという間に眠くなる。
このまえ買ったカメラの、オーナーブックの頁が進まない。

頁めくって作例写真だけみて、記事が読めない。
ダメだね、こりゃ。
でも、時間はいっぱいあるからね;ぇ。

 19821-a2.jpg 19821-a1.jpg

空にこけら雲というか、イワシ雲。
まだアツいけれど、週末は秋雨前線の雨だっていうし、
何かしらん、急に秋って言葉が出てきた。

もう21日か。早いな。
もう1ヶ月すると彼岸花が咲くよ。
そうなると、今年もあと4ヶ月。

 いわし雲寝呆けしままの目に眩し   ごんべ

今朝あたりは、けっこう涼しめの西風。
空は真っ青。南は湧きあがる入道雲。
この部屋は西風の入る窓がひとつしかない。

書斎のデスクで30℃超えたよ。
おーい、エアコンいれようかぇ。
ガマンしない。これが災害級酷暑の対策方法だね。

19821-as1.jpg 19821-as2.jpg

なんかのんびりしている。
オレも腹減ってないから、せかしたりしない。
「そろそろいい?」

最近は夕餉が6時半だな。
昨日はそれまでキッチンで音がしなかった。
「なんでぇ?」

「レトルトだからよ」
うん。オレがそうしなよ、といったのだ。
ラクチンしなよってね。

 ←click 

オレのポテトのポタージュスープが美味かった。
わたしのパンプキンははそれほど美味くない。
ま、これは嗜好だからね。失敗はその次の美味しいのもと。

 19821-aa1.jpg 19821-aa3.jpg

カメラのK−70のほうのホットシューカバーが、
いつの間にか外れて落としてきたらしい。
あの、外付けフラッシュを付ける接点のところね。

もっと古いカメラから外して付けたのだが、
どれもゆるくてすぐに落っことしそう。
で、買おうかと検索してみた。

普通のプラ製は300円くらいである。
で、凝ったものだと3000円くらいする。
それほど、こんなものにカネかけなくても...........

と、探していたら、あったね。977円。
シャッターボタンも付いてる。
探してみるもんだな、ちょっとだけカッコよくなった。

 19821-as1_201908211239581ea.jpg

余所の人のことはあまり書きたくはない。
自分を正当化するつもりで、書き募って、それを他者からみれば、
自分も同類ってことも多々あるもんだ。

自分のこたァ、誰も見えないんだな。
それだけに、自己弁護ばかり、自尊心維持ばかりのこと書き連ねるのは、
みっともないと思っている。

いまのお隣の国だってそうだろ。
自分の政権維持のために、反日やって、やり放題して、
このままじゃ経済すっころりんだってみえてきた。

途端に、話し合いしてやってもいいんだぞ、などと上から目線。
ま、こんな言い分は無視。
なんだかしらんが、関わりはもちたくないね。

ただ、ひょっとするとひょっとするかもしれない。
ほんとのことをいう人たちが出てきている。
ま、難しいとは思うけれどね。

 19821-as2_20190821123928af5.jpg

あ、いいたいのは、そのことじゃなかった。
個々のはなしだった。
誰しも人世にはいくつかの挫折点がある。

大なり小なりの波はあるはず。
それを乗り越え、今日という日があるわけだが、
その人世の道程もいろいろ。

オレって、そのターニングポイントを、
あまり苦労もせずクリアするっていう星の下に、
生まれてきたらしい。

だから、いつも楽観主義でいられる。
これはありがたいことだ。
どう考えても悲観主義のぐだぐだよりはいい。

楽観主義っていうのは、人世道程を経てきて、
あとでできあがった習慣、
あるいは経験知で身についたものだっていう。

人の世を、そうして通ってくれば、そう考えるようになる。
人の世の通りかたで人は創られる。
オレがのほほんとしていられるのは、その性格からだ。

迷うことはない。
オレにとってのイイ道にきっと出会える。
ま、オレの人世振り返って、そう思えるのはシアワセ。

それが、たとえちいさくても、
でかくするのはオレ自身だし、
だからといってシャカリキになることもない。

どーせ、なるようにしかならん。
基本的にそれくらいに思っとけばいい。
ま、それに、かくたる信念があるわけじゃない。

こうして通ってきたからには、
この先も、ま、なんとかならァ....... てな、
お気楽ちょうちんなだけだけれどねぇ。

みんなで袋貼りして、それを収めて工内職賃もらい、
そのカネで帰りにそーめん買って、大鍋の煮麺みんなで食べた。
底に笑いがあって、 それをシアワセに思った。

そこいらが原点だからね。
そのそーめんのシアワセのまえは、いっちゃなんだが、
オレは、乳母日傘のおぼっちゃまだった。

落差は激しいけれど、それほど深刻にならない。
ま、バァちゃんがなんでもしてくれるって、
三文安の他力本願もあるけれど、この性格ってラクチンだ。

ちょっと余所で聞いたはなし。
いまの若者には、就職の「内定愁訴」ってものがあると聞いた。
してもいない仕事に、ああでもないこうでもないって、なんだろ?

やりもせんでなにがわかる?
悩んだ挙げ句に、内定取り消しするんだっていうが、
そりゃァ、新しいことに不安がないわけじゃない。

それで、辞めるとなったら、退職代行屋があるんだってね。
なんか、無責任ではないのか。
やってみなければわからない。それからでも、遅くない。

かくいうオレだって、サラリーマンを15年やった。
ま、そのほとんどは、すちゃらか社員だった。自慢にゃならない。
辞めようと決めた矢先に、会社が希望退職募ったからね。

この退職金+αが脱サラ資金になった。
なんだったろう、オレにとっての、あのタイミング。
支度金つきで脱サラできたなんてねぇ。

お、オレの人世っていけるじゃんって思っちゃう。
これは大きなまわり合わせだった。
人それぞれのシアワセなんて自分で決めるもの。

ま、その結果として、
いまだに、自慢にゃならないボンビーであろうとも、
それはたいした問題じゃない。やせ我慢じゃないでぇ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..................

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ええカッコのままで終わるのがいい - 2019.08.20 Tue

わりと早く起きた。パソコン開いたら、ク○重。
このク○アツさに、パソコンまでごねたか。
風車ばかりまわって、かんべんしてーな。で、クリーンナップ。

データ多いけれど、メモリーは1T入れてあるから、
せいぜい2/5くらいしか使ってない。
それの修復に1時間かかって、なんとか動くようになった。

やれやれ。ほんと、やれやれだ。
こういうク○アツいときは、あんまり悩みたくないんでねぇ。
ワシ、じゃなかったオレ、頭使いたくない。

「こっち、アツいわ」
おペケが書斎に入ってきてそういう。
午前中は太陽がこっちにあるからね。

昨夜の11時40分ころ、寝ようかと思ったら雨音がした。
ひと雨くると多少は涼しくなる。寝室は涼しかった。
多少はコンクリートジャングルが冷えたか。

あまりの暑さに、いつも元気な子供たちも外へでてこない。
夏休みなのに声が聞こえないって、
この夏はやっぱりおかしい。オリンピック大丈夫かァ。

これがヒートアイランド現象。
縁台に、爺ィちゃんがうちわもって座ってた。
打ち水して、軒で風鈴がちんちろりん。

いまこんなんしてたら熱中症やでぇ。
ま、午後になって誰1人外におらんもの。
こんなク○暑くて秋がくるのかしらん? って思う。

それがくるんだから、あと1ヶ月の辛抱やねぇ。
それまでエアコン効いた家なんかで、じっと引きこもる。
爺ィは無理したらいかんでぇ。

 19820-a1.jpg

今日は「蚊の日」だそうな。なんで?
ググってみた。1887年(明治30年)の今日に、
ロナルド・ロスって人がマラリアの原虫を発見.した。

なるほどね。
それで明日の21日は、静岡の「県民の日」だな。
これ、公的施設の入館が無料になる。

「どこかにゆく?」
って、おペケがいうけれで、ま、やめとこ。
ダメだ、こりゃ。

 ←click 
 
「できましたァ」
オレ、カメラもってのこのこ食卓にゆく。
で、写真係を終えて椅子に座る。

おペケは独身遺族時代には、
うまいもんいっぱい食べてきたらしいけれど、
普段はおんなひとりのそこそこ。

他人に食べさせる料理はめったにしてこなかったわけで、
遅ればせながら、いま料理が楽しいっていう。
レパートリーも増えてきた。

味も、オレ好みにカスタマイズされて、
ちかごろはガマンすることはまったくない。
だから夕餉が楽しいのだ。

オレが愉しければおペケも愉しい。
つくってもらうことに感謝して食べる。
ありがとさん。

 19820-s1.jpg

で、すげぇ、腹が減った。
キーボード叩く手が止まってる。なにも浮かばない。
飯食わなきゃダメか?

「いつも1時だからガマンしなさい」
今日は「冷やし中華」だからねっていう。
で、再びパソコン前に座った。

また、パソコン不調。
強制終了を繰り返す。もう.......................
そうこうしてる間に40分過ぎた。

ぼけぇぇ.............. としてたら眠くなった。
マウス握ったまま、こくんッ、ちょっとだけ落ちた。
ダメだ、こりゃァ。←今日2度目だァ。

 19820-ss3.jpg

オレは、むかしからけっこうマメなフェミニストだから、
女性へのサポートはさりげなくするクセはついてる。
が、手をつないで歩こうよ? っていわれると、イヤだっていう。

そもそもオレたちの年代ってのは、
人前でべちゃべちゃ、ちゃらちゃらするのは、こっ恥ずかしい。
テレなのか、自意識過剰なのか。よくわからんが、イヤなんだよな。

それが、さりげなくって出来るほどスマートじゃない。
ま、ヘタなんだろうな。
すぐ下の妹も、「この年代は絶対にしないね」といってた。

そりゃま、おペケと撮影にゆくとね。
いるよ、手を組んだカップル。珍しくはない。
「あそこまでするとねぇ」というおかたもけっこういる。

そういっちゃわるいけれど、
イヤらしいっぽいカップルは、どこへいってもいるが、
さりげなく、誰がみてもスマートっていうおかたは、めったにみない。

「もうちょっとまてよ」とオレはいうのだ。
否応なしに介護で手ぇつなぎするんだから...............
それじゃ、いやだ。ってのもわからんわけでもない。

おペケが、メニエルで入院したあと、
しかたないから腕組んで歩いたじゃないか。
恥ずかしかったよ。

どうせ、これからは老人社会になる。
だから、わざとらしくなく、
ごく自然にお互いをいたわれるようにはしたい。

そういうカタチは身につけておきたいと思う。
そのうちに、イヤでも、あんたの手を借りる日がくる。
いまは1人でも歩けるから......................

ま、これではおペケは納得しないよな。
それなりのときに、それなりの場所でだよな。
でも、それなりってどこだろ?

 19820-ss1.jpg

オレたちの山仲間は50歳半ばに、聖岳がみえる広河原で、
ぐでんぐでんになるまで飲んで、そこで2日間過ごし、
まァ、オレたちゃこれでいいや.って、みんな山を離れてしまった。

「もう、あのころとは違うからさ........ 」
理由はこんなわけわからないものだった。
つまり、もうこの先はいいや、って思っただけのこと。

で、磯釣りをしなくなったのは60歳のときだった。
がま○つとダ○ワのインストラクターの後輩が、
伊豆半島先端の下田沖にある神子元島青根につれていってくれた。

わりと波の落差はあったものの、
不覚にも、飛び移った際に滑落し、転落は免れたものの、
後輩のまえで醜態さらして、己の限界を知った。

もうこれ以上やってはいけない。
帰りの車のなかで「オレ、磯やめるゎ」と引退宣言した。
あれで、伊豆半島の海とも縁が切れた。

そこに海があるからといって、いってはいけない。
己を知ることが、世間に迷惑をかけないことなのだとね。
後輩たちはなにもいわなかった。

彼らもオレのプライドを守ってくれたのだ。
まだまだイケると思っちゃいけない。
まだまだ頑張れると思っちゃいけないんだな。

それが仲間の足を引っ張ることもありえる。
ときには、仲間の命にかかわる遊びだけにね。
思いとは相反するのだが、それをわきまえなくてはいけない。

若いうちに限界を知っておくことは大切なことだと思う。
そこに山はあるし、海もあるけれど、
オレたちはあの頃のオレたちではない。ただ、その一点だけ。

いや、生涯現役だと精進している方々はそれでいい。
オレたちはオレたちのの退き際の美学ってものを、
自分たちの思いだけで実行しただけだ。

 男は遊びに浪漫を抱くべし。
 されど退き際をも知るべし。
 浪漫を浪漫として抱き続けるために。

これはオレが師とした人の引き際の言葉。
いろんな影響をうけたお方だったが、
最後は、海に思いを馳せつつ壮絶な癌死をとげた。

引き際の美学だなんていうけれど、
要は、ええかっこしィなだけだと思うよ。
へたばって、あいつらに労れたくないって、それだけのこと。

ええカッコのままで終わるのがいいじゃないか。
ま、体力落ちたら無理しない。
それがいちばん、身の程知るってことだな。

そうじゃないかえ、皆の衆。
ほなあした..............

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三度に一度はブレーキかけよう - 2019.08.19 Mon

あんねぇ。もうかんべんしてーな。
ってくらいアツいなァ。ワシ、もうもたんでぇ。
あ、とうとうオレがワシになってもうた。

体が懸命になって体温を下げようとしている。
この余計な働きのせいで疲れてしまうのだそうな。
血管を広げて皮膚表面まで血液が流れやすいようにしたりね。

だから、アツい時の血圧はたいてい低い。
血管拡げると、血液の熱を逃がすことができるので、身体の冷却が進む。
って、Webでたったいま読んできたヮ。

汗を流す。
汗が蒸発することで皮膚は冷却される。
が、これするために身体が、また、うんとこさ働くからねぇ。

それで、ワシもおペケもなにせんのに、
て、おペケは動いてばかりだけれどね。
かくして、2人とも午後には疲れ果てて眠くなる。アハ。

アツいだけで疲れるんだよ。
高齢者は動いちゃだめぇ。
エアコン利かせて眠っとれ、ってこっちゃ。

 19819-aa1.jpg

共同通信社の世論調査によると、
安倍内閣の支持率は50.3%であったそうな。
前回調査の48.6%から1.7ポイント増。不支持率は34.6%。

共同崇信といえば、「反」のほうだし、
日韓あげて反安倍やってるのに、なんであがるんだ?
って、皮肉いってる人がいたよ。

それで、どこも報道しない自由ってのをやっているが、
韓国の反安倍デモよりも、歴史の真実を直視せよとのデモ人数のほうが、
多かったとのはなしがネットにはある。

もしも、このパンドラの箱が開くのなら、
わだかまりのない両国のおつきあいができるけれど、
それじゃ都合の悪い人がいっぱいいるんでねぇ。

こういうことをいうとネトウヨだと決めつけるのだけれど、
つまり、いわゆるネトウヨを叩くことだけでしか、
存在を示せない人がいるんだな。

 19818-m1_201908191119141df.jpg

「ごはんですよ」と呼ばれ、仏壇に手を合わせ、
テレビを横目で見ながら、オニギリ1個の朝食たべて、
そのあとがめんどくさい。

サプリ飲んで、薬4種類飲んで、血圧測るわけで、
めんどくせーといいながらやってると、
「代わってやれるもんじゃないからね」と傍らでいう。

そりゃそうだ。
めんどくさくてもなんともならない。
そりゃァ、オレのわがままだーな。

 ←click  

いまは糖質をできるだけカット。
昼は食パン1枚にシーチキンとチーズ乗せ、
レンジで焼いてもらっている。

ほんとに食べないんだけどな。
減りもしない増えもしないが、小デブはアツい。
それで、脂肪あっても冬が寒いのはどーして?

 19819-s2.jpg

何時間ここに座っていたら、
パソコン依存症になるのかはしらんが、
4時間はいるから、立派な依存症だと承知している。

おひとりさまのむかしからいってるけれど、
これがなかったら、オレ、退屈死してるよ、きっと。
ま、救われててきたのはたしかだ。

「てんちゃら.........」やっつけて、もとい、書き終えて、
それから写真ブログをUPして、twitterのタイムラインをチェック。
メールチェックに、あれやらこれやら。

ほかにやることないのか? て、ない、ない。あるわけない。
なんとなく笑って、なんとなく、
なんとなーく1日過ぎたらシアワセ。これでいい。

 19819-s1.jpg

オレは、真性爺ィだから自分のこと爺ィって書く。
そこへゆくと、女性はなかなか往生しないというか、
しぶとというか、いつまでも「おばさん」といいたがる。

こんなこというとブーイングきそうだけれどねぇ。
60歳後半でもおばさんだもの。
まァ、その気持ちはわからんでもない。

おペケが基礎化粧品で悩んでる。
で、オレがところへ相談にくるから、友だちに聞いたらどう?
ババ同士でわかりあえるだろ? と、いったらえらい睨まれた。

オレだって、あえて爺ィと書いてるときは、
まだまだァまだァ......... と思ってたんだ、腹んなかではね。
これが真性爺ィになってくると、爺ィとはだんだん書きづらくなる。

そういうもん。
でぇ......................
それを通り越すと な〜〜〜に、どうせ爺ィだわィって思う。

そこの過渡期なんだ。つまり、女性におけるおばさん期
なかなか往生できないわけ。
ま、余人はとにかくオレは、いつもいってることがある。

日頃からクソ爺ィにはだけなりたくないと想ってるとね。
さっきも書いたが、これは真性爺ィの自覚だよな。
爺ィは、爺ィの分を知らんといかんのだよ。

あ、女性のこたァしらん。
つまりは、人としての柔軟性だろうと思う。
融通の利かない頑固爺ィにゃ、金輪際なりたくねぇ。

どこかで怒鳴ってる爺ィがあるらしい。
あァはなりたかァーない。
って、部分的にはなってますよ........ って壁から声あり。

そりゃァま、ちっとはあるか。
でも、それ自覚するとしないでは大いに違うやろ?
え? 違わんか。

 自分の妻や夫を自分の思うように
 変えようなどと思ってはいけません。
 その試みは愚かです。

 そんなことができると思ってはなりません。
 人は自分で変わろうと思わないかぎり、
 変わることなどできはしないのです。
                 
これはジョセフ・マーフィーさん。
そうなのか。自分が歩み寄るしかないのか。
でもそれがなかなかできないのが爺ィなのなのかもねぇ。

じゃァ。努力しよう。
そう思うだけでもちったァーましではないか。
三度に一度はブレーキかけよう。

そうじゃないかえ、皆の衆。
ほなあした..............

20chaplin_20190104115545e01.gif ゆあ・はっぴー?

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慣れっていうものは恐ろしいのだ - 2019.08.18 Sun

花鉢の水やりはオレの役割なので、ベランダへ出たけれど、
そのたった3分でくらくら目眩。
もうたまらんでぇ、と居間へ逃げ帰る。やれやれ。

かなわんで、この暑さ。
「去年もこんなに暑かったっけ?」
「あなたの耐性が................... 」

そうかもしれん。オレがひとりで応えてるんか。
年齢ひとつ重ねると、その分だけこらえ性がなくなる。
こういうの、あっちへ指1本ずつはいってくってことかのー。

「えらいこっちゃで................. 」
「なに年寄りぶってるの、シャワーでもいっといでぇ」
と、おペケに尻ひっぱたかれたでぇ...........

太陽はでてないんだ。今日は。
曇っているのだけれど、空気がアツい。
もう、なんとかしておくれぇぇ。

 19818-aa6.jpg 19818-aa3.jpg
 ↑ 昨日の夕日

昨夜は、こんな ↑ 夕日が落ちて熱帯夜。
寝室も朝までエアコン入ってた。
昨日と今日の境目くらいに寝て、8時までっぐっすり。

昨日も眠かったァ。
エアコンで快適な居間のオレの定積で、うとろうとろ。
おペケも定積みたら身体がえらい傾いていた。

なんか、疲れてる。暑さ疲れ。
尋常でない暑さへの耐性が衰えて、疲れになって溜まる。
オレの場合は、眠って、眠って、これを治す。

昼間から1時間眠ってしまって、夜が眠れるかぇ?
そう思って、夜更かし準備に、
この前買ったカメラのオーナーズブック拡げたが、1ページも読めない。

本を床にバサッと落とし、それで目が醒めて、ベッドゆこうって.........
朝8時に起きてきたから8時間弱。
ほんと居眠り妖怪の意のままだな。泥ィのように眠る。

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 ↑ ご長寿メダコ

このメダコは、寿命はとっくに過ぎているはず。
最初は5匹だった。1年くらいで一人ぼっちになった。
あれから2年。1尾で悠々と泳いでいる。

長生きだよなァ、おまえも。
がんばらな、あかん。な、おペケぇ。
あれ、いないよ。え、シャワーいった?

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なんかねぇ、大阪の妹のお土産の西洋おせんべいがあって、
「お茶にする?」なんておペケがもってくる。
なので、夕方になっても腹がへったという感覚がない。

遅くていいよ、とぎりぎりのばして、
食卓座ったら「おでん」だったので、いっぺんに食欲でた。
その、目先換えるってのも大切だな。

そういえばオレ、阪神タイガースファンだったわけよ。
甲子園にナイター観にゆくくらいのね。
いつ、どうして醒めたか。語れば長くなるからやめとくヮ。

 19818-r6.jpg

オレの最初のパソコンはwindows 98だった。
いつごろだったか、忘れたけれど、浜松へ帰ってきてからだ。
それで、2000年だった思うけれど、初代 iMacを買った。

25万くらいしたと思うよ。高級とってたからね。
スケルトンでカッコよかった。
でも、まだピピポパパ、ってダイアル接続で重かった。

電話代は6万円前後払っていたね。
10 時間までは定額、それを越すと超過電話料金ってシステム。
ま、なにもできなかった。

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で、2002年にADSL接続となって、使い放題。
初代が壊れたわけではなかったが、
2代目のサッカーボールががでたから、ボーナスで買った。

やっぱり30万円ちかくしたかな。
デザインはユニークだが、2年使ってクラッシュ。
修理に出したが、調子悪くて、調子悪くてねぇ。

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2回ほどAppleへ:戻して結局直らず、
タイミングよく出た3代目 iMac に換えた。
ここで現行スタイルとなり値段が10万円前後に下がった。

これが2004年かな。
で、2011年に4代目、20014年に5代目。2017年に6代目。
いま、5代目はおペケが使っている。

わがMac愛は、ひたすらAppleに捧げているわけで、
ま、もう1台くらいは使うかもしれない。
がんばろ。

 19818-aa9.jpg

2017年に日本列島の上を北朝鮮のミサイルが飛んでった。
それで、Jアラートが鳴って国民に注意を促す。
ってことがあったよね。

ミサイルが飛んでくるっていうのに、なにを注意するんだ??
避難壕 (シェルターっていうのか) があるわけじゃなし。
あのころ、こういうtwitterをけっこう見たんだな。

幼いながらも、実際に空襲の街の中にいたオレからすれば、
なんでもかんでも文句たれるんだなァ、いまの人はって思っていた。
もっとも、ケチ付けるのが目的の人たちも多数いるけれどねぇ。

もしも、なんらかの事態が起きた場合、行動をとらないものは死ぬ。
これはたしかなことだよ。幼心にもその機微をみた。
その場において、できることをする。それが命を救うのは間違いない。

爆風ですっ飛んだり、爆弾の破片で負傷したり、
そういう阿修羅の経験があれば、ぶーたら文句はいってない。
自らを守るのは、自らでしかない。

目と耳を塞いで伏せろ。物陰に入れ。大人がそう教えた。
オレは一度だけ米軍艦載機の低空飛行に遭遇したことがある。
畑に伏せて震えていた。操縦席の米兵のゴーグルのなかの目を見たよ。

実際を知らないから文句いうのか。
文句いうまえに、どう行動すべきかを考えておいたほうがいい。
それが自分の命を救うことになるかもしれないよ。

 19818-m1.jpg

去年の10月か、台風のあとの4日間の大停電。
普通にあるべきものがない。それは大変な不便さなのだ。
慣れっていうものは恐ろしい。

あって当たり前と考えている。
世の中、そこから発していかないといけないんだね。
いまどきの世のなか、これが当たり前。

震災のとき、世界から日本人の国民性は驚嘆を持って賞賛された。
けれども、喉元過ぎれば..... ていう国民性だって隠れている。
目線をあわせて物事考えること。これがいちばん大切だと思う。

瓦礫処理がされないと、被災地の復旧ははじまらなかった。
で、それを最初に静岡県の掛川市が引き受けた。
その搬入を妨害したのは、余所からきた「市民」だった。

あのとき、現地のぼた山のように積まれた瓦礫の処理を受け入れる地方が、
極端に少なかった。受け入れる側に不安感が拭えない、これはたしかだ。
震災直後に分かち合った、一緒にがんばろう、という気持ちは消えたのか。

なぜ、ここへもってこなければいけないのか。
きつい言葉で反対する光景も目にしたけれど、エゴばかりではないように思う。
ここに至るまでの政府や、東電や学者たちのいい加減さに不信感があった。

あの時の政府は「民主党」だったね。
いま人気のれいわ新撰組の党首は、
ベクれるとかいって、福島の食品を拒否していたではないか。

オレたちの世代は、
実際には、そんなに多くの戦争の記憶があるはずのない年齢なのだが、
この目で見たように、空襲や街が焼け落ちた日のことを語ることができる。

昔の人は、自分の身の上に振りかかったことを、
ほんとうによく語ったからだろうと思う。
老人たちは語り部であったわけで、子供たちもまたそれをよく聴いた。

物事を伝える。
それをよく聴く。そして考える。
これが、現代に一番欠けることではないのか。

ウソで固めた歴史を徹底して教える国がある。
それが基準でものごと判断するのだから。わかり合えるわけがない。
淡く、淡く、あまり深入りせずに付き合ってゆく。それしかない。

こういうことだろうな、と思う。
オレたちは戦後の混乱した社会のなかで、
あの人たちがなにをしたかも見てきたからねぇ。

そうじゃないかえ、皆の衆。
ほなあした..............

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幼いころはいろいろな職業に憧れるもの - 2019.08.17 Sat

あぢィ。台風が抜けたらク○アツ。
爺ぃは出て歩いたら死ぬでぇ。って、どこもいかんけど。
書斎で32.5℃。エアコン入れる? に異存なし。

昨夜はわりと涼しかった。寝室を風が通り抜けた。
7時間ぐっすりこんこん。
昼間の炎暑も夜がこれだと助かる。

朝のうちは無風。そよともない。
風があるとエアコンは要らない。
書斎の窓から北をみてると、あ、あのたり雨が降っているとわかる。

黒い雲が垂れ込めて、いかにも降ってる感じ。
めったにこっちへこないんだ。
郊外のほうは、ときどき馬の背を分けるって雨がある。

まえの住処ヘ往く途中のJA本店前の大きな五叉路、
あそこは、交差点からこっちだけ降ってるのがよくあるよ。
そうそう、電車の踏切までゆくと田圃のうえに虹が出た。

だいたい、その境が東名高速あたり。
通り雨が降ると確実に涼しくなる。
いわば盛大な打ち水だ。

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おひとりさま9年、最後のほうになると、それなりベテラン。
いろんな知恵が付いてくるよ。
しかも女性では気がつかないようなね。

ま、所詮は男の誤魔化し料理だけれど、
たまには、コロンブスの卵的発想もあるらしい。
一芸に通じればよろず誤魔化し上手。

たとえば、スーパーへいって惣菜コーナーで、
アジフライのパックを買ってくる。
5枚は、たしかに多いのだが、1枚物より安い。

だから1枚か、2枚はその晩にチンして食べて、
翌る日またおんなじはイヤだから、冷凍保存してしまう。
それをまたチンでは、それほど美味しくない。

ゆえに今度は煮付けるんだな。
これを思いだしておペケにやってもらう。
すげぇうまいもんでもないが、アジは懐かしの味。

 ←click 

おペケは自分のBlogのこと考えるから、
もう1品くらい並べたいらしい.。
ま、それはブロガーの心理として納得する。

食べられないんだからよしなさいよ、って、
彼女はなんだか不満だね。
「あそこんち、いつもすげーな」って余所のBlogはある。

そりゃま、リッチなのだが、
オレんちは爺ィ婆だからこれでいい。
つつましく、つつましく、さらにつつましくゥ。

 19817-m1.jpg 19817-m2.jpg

「デジタル写真には湿り気がない」
かの天才アラーキが著書で公書かれていた。
2003年くらいのことだな。

分かったような分からんような。
オレは、まだフィルムで写真を撮っていたから、
実感はなかったのだ。

なんでフィルムかというとPENTAXは、
最初のistDの発売が他社に出遅れていたからなのだ。
で、PENTAXは銀塩の風味を残したデジタルカメラを創った。

アラーキこと、写真家 荒木経惟氏にはずっと憧れていた。
いまはなき「噂の真相」なる雑誌の連載「写真日記 包茎亭日乗」は、
そのころのオイらバイブルでもあった。

どこよりも先に、ヘアーヌード写真を乗せた雑誌でもあった。
反政治権力、反権威スキャンダリズムを標榜していた。
あるご縁で編集長、岡留安則氏を訪ねたこともある。

自分たちの出版社を起ち上げるまえの混沌とした時期だった。
もっと若いときは、戦場カメラマンキャパに憧れていた。
ま、そういうものが若さでもあった。

せいぜいが、開高健氏の書くもの読んで分かったフリするくらい。
このお方は、ベトナムで九死に一生を得て、
私にはボキャブラリーが不足している、といって一時期筆を折った。

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ノンポリ日和見のオレに、
この心情の真の理解が出来るわけもない。
で、なんとなく流されてサラリーマンになった。

彼女、つまり亡き人が身ごもったからだ。
オレはいったいなにをしているのだとの焦燥感が日々募っても、
とりあえずは妻子を養わなければならない。

40歳を目前にしてやっと脱サラした。
それくらいの意気地はもっていた。 やらずしては何事も分からない。
娘が地元の県立大学へゆき、好きなことしていいですよ、といわれた。

目標が定まらないままずるずるでは、人生の無駄遣い。
といいつつも雌伏3年、やっと潜り込んだ出版社で、
ひたすら仕事を覚えて次のステップを待ったていた。

このころ、後部座席にカメラ一式積み込み、
家を飛び出してあてもなく彷徨った、
なにかがわかったわけじゃない。

いまもあまり写真の講釈はいわないし、
講釈振りかざすところは避けている。
ま、写真は感性あるのみ。自分だけわかればそれでいい。

その場に流れつかなければ撮れはしない。
いまか。横着至極なダメカメラマンだな。
それでいい。自分が愉しればねぇ。

 19817-f2.jpg

釣りをしているとき、よくキャリアを聞かれた。
「もう、随分長いことやってますねぇ。
 両手両足の指全部つかっても数えきれないほど......... 」

なんて、とぼけていたのだが、
「カメラ歴は何年ですか?」と聞かれると、
これまた両手両足の指全部つかっても数えきれないのだ。

初めて、フジカシックスというカメラを持ったのは小学生。
将来のなりたい職業が具体的にならない幼いころは、
いろいろな職業に憧れるものだ。

近所の映画館の女主人が、バァちゃんのしゃべくり友達で、
もぎり室へ入り浸りだったから、妄想好きなごんべ少年は、
映画のストリーを書く人になりたいと思っていた。

「二十四の瞳」の木下恵介監督の生家が近所だったし、
漠然ながらも、そういう仕事がしたい、と思ったのだ。
叔父の一人に、文学青年のなれの果てがいた。

で、その夢のためには、なにをしたらいい? と聞いたら、
なんでもいい、知識を詰めろ。本を読め............. といったから、
とりあえずは、本ばかり読んでいる少年になった。

短歌で名をなしながら早く逝ってしまった伯母の書斎に入り浸る。
ある日そこにフイルムがいっぱいあるのをみつけ、
無造作においてある、蛇腹式のカメラを見つけて、父親にもらい受けた。

これはどこかが故障でまともに写らなかった。
それをいうと、父親が中古のフジカ・シックスを買ってくれた。
たしか3.000円。昭和30年頃だった。

このカメラで撮った写真はいまも何枚か残っている。
6×6判で、このモデルに距離計はなくて、ピントは目測でした。
最終的に、あのカメラをどうしたかは、まったく記憶がない。

たぶん、好奇心の塊の技術者の倅は、分解したのだと思う。
なんでもバラして、メカを観ないと気の住まないヤツだった。
それから数年、中学生くらいのとき、2眼レフの全盛期になった。

ヤシカフレックスだとか、リコーフレックスだとかね。
あれが欲しかった。父親にねだった。
学校の帰りに、カメラ屋のウインドに張り付いてため息をつく。

顔馴染みの写真屋のオジさんは、店内に招き入れて、持たせてくれた。
上から覗き込むファインダーの世界が愉しくて、夢中だった。
それで、父親が2眼レフを買ってくれると約束したのだ。

けれど、父親は次第に下町の家にこなくなり、
そのうち、この家の家財にも赤紙が貼られたりした。
父親の会社が、倒産していたのだ。

顔馴染みのカメラ屋さんはそんなこと知らないから、
大いなる期待をこめていろいろと見せてくれた。
オレも、知らぬ顔して、ウインドーの2眼レフを再々手にしていた。

やがて、下町の家は人出にわたって、2眼レフは幻となった。
修学旅行のとき、京都の土産物店に500円で買えるカメラがあった。
さんざん迷って、買ってしまったから修学旅行の小遣いは、これで終わった。

いわゆるトイカメラ、一応はカメラの格好をしていたし、一応は撮れた。
が、フィルムが特殊で入手できず、
このときだけに終わったような記憶がある。

自分で買った最初のカメラがこれだった。
そうしてみるとオレのカメラ歴も ずいぶんと長いねぇ。
ま、あまり上達はしていないようだ。

さて、昼寝でもするか。
ほなあした..................

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蟷螂の斧ほど虚しいものはない - 2019.08.16 Fri

空気がベタベタする。サウナのなかはこんなか?
これまでにサウナってのは一度しかはいったことがない。
放浪の旅の途中で、泊まる所がなくってね。

サウナに、寝られる場所があるからいったのだが、
なんたって、そこはサウナだから、ま、いっぺんくらい経験するかと、
入ったはいいが、所詮閉所恐怖症には無理だった。

1分もたずに飛び出て、ひぇぇ........... と入ったところが水風呂で、
ダメだ、こりゃァ..... と、いかりや長さんみたいなこといって、
ヘンなヤツって周りの人に睨まれた。

あれはたしか新潟県上越市だったよな。
今朝のあまりの空気の熱さと、べたつきに思いだしたが、
あれはオレの一生の不覚の出来事。

窓の外の視界もなんとなく霞んでいて、
駅前のタワービルのてっぺんが靄っているのだ。
なんか、視界がせまい。

そういえば、うちの妹たちも風呂が大キライで、
それはひとえに、みんな天パだから、湯気に当たると、
ヘアスタイルが収拾がつかないって一事にある。

その妹たちが、すぐ下の妹のところで女子会だっていうので、
おペケも呼ばれて、オレ、送っていった。
それで、うちに戻って、することもなし昼寝。

 19816-a1.jpg
 ↑ 遠くが霞む

おペケが4時に帰ってきた。
なんだりかんだり話を聞いてると、夕餉の支度の時間になった。
「炒飯でいい?」

「炒飯だけじゃ足りないな。なにか乗せてぇ」
「なにのせる?」
「焼き肉とか」

「肉焼けましたァ、で、これどうするの?」
「ハサミもってきな」
オレは例のごとく刻むのだ。

ま、いうなれば、炒飯ねこまんま。
「なるほどね」とおペケがいい、
「わたしは大きなままにするわ」

 ←click 

だいたい、オレのは標準が「おひとりさま飯」なわけで、
乗せちまえば、皿1枚余計に洗わなくていいとか、
よくいえば合理的、ま、めんどくせーこたァしないが基本だーな。

 19816-af2.jpg 19816-af1.jpg

妹たちも3人が後家さんになった。
すぐ下とその下がとなり合わせで、いま風の墓を買ったらしい。
無宗教で法事なんぞも一切なし。植樹だけするそうな。

ま、オレは総領で継いだ墓があるわけだし、寺の法要もせにゃならん。
それを放棄しようとも思わん。
ただ、その次っていうと余所へ嫁いだ娘だからねぇ。

面倒は見てくれるといっているが、
オレの代で墓仕舞いして、永代供養塔に移すつもり。
まァ、しゃーないわな。そういう時代だからねぇ。

お盆も終わった。
その、遠いところを帰省しなくていい、google MaP使って、
墓参りだっていうので、うちの墓も検索してみた。

なるほどね。
航空写真で見ることは出来る。
これですますかは別として、墓参りもデジタル時代かぇ。

 19816-af4.jpg

人はロンリーハートにあるとき、他の人のハートにも敏感になる。
それで他の人のハートが覗けた気がする。
これは経験したからほんとだな。

それでどうするかは人それぞれ。
オレは見守るしかできない。関わってはいけないものね。
が、聞いてあげることはできる。

大人の涙って滅多に流すものじゃない。
オレは、3回くらいしか泣いたことがなかった。
けれど、釣りの相棒なくしたときは、通夜の枕辺で号泣した。

あの人を失ってからは、涙腺のせんぼが緩くなった。
なんでやの、というくらい、
他の人のハート覗いてはとめどもなく泣いた。

たぶん、自分自身の悲しみによって、素直な心になったのだ。
おのれの悲しみに重ねてしまうというか。
ま、ただ単に年齢のせいで、涙もろくなっただけという説もある。

あれは、ある種の老人性感受性の目覚めだよ。
涙腺のせんぼの自動開閉センサーが、いつの間にか変わったのだ。
あの人を失い、それによって目覚めた心情ともいえる。

 19826-af3.jpg

だからねぇ。
そこを通り抜けた先輩たちの言葉は素直に聞いた。
で、先輩はこういった。

 泣けるときは、手放しで素直に泣きなさい。
 泣くっていうことは、ガス抜きなんだからね。

そうなんだよ。ガス抜きだ。
だから、オレが、なんかしらん、すぐに泣くもんだから、
婿殿がそれみて、戸惑って、おろおろしたり。

あとで、当のオレがそれを面白がったりした。
素直になる、これが悲しみが教えてくえたことだね。
だけど、負にあるときの人間の脳のメカニズムは優れている。

つくづく、そう思う。
9年間のおひとりさま経験は伊達じゃないからね。
自然と上手に立ちまわるようになる。

自分のハートを立ち直すのは、自分でしかない。
この鉄則も学んだ。
だから、どなたがオレとおなじ道を踏んでも多くを語っちゃダメ。

語らないようにしている。
たとえば、どなたかがおなじような別離に戸惑っていたとして、
オレになにが出来るのか?

そっと見守ってあげたり、一緒に振り返ってあげることはできる。
けれども、それ以上は踏み込んではいけない。
オレにはなにもできない。

オレがズタボロになり、おろおろと彷徨ったとき、
先輩たちは、手を差しのべはしなかった。
話は聞いてあげるよ。が、自分で這い出てこいよ主義だった。

それはともすると共倒れになってしまうから、
先輩たちの自制でもあったと思う。
このちっちゃな心遣いのプレゼントが、なによりもうれしかった。

だから、それから接する人にもオレはそうする。
傷心だからこその、デリカシーの壁はある。ここが肝心なのだって知った。
踏み込んでしまいすぎての不協和音はわりと起きるんだ。

それは双方にとって辛いこと。いくつかはそんな涙だった。
だからこそ、静かに見守ることで、
その共鳴の余韻を消さずにいけたら、それでいい。

触れあえそうで、すれ違ったことも何度かある。
で、それで生じた不協和音には、非情になってもいい。
なぜならば、自分のハートがいちばん大切だもの。

それを守るのは最優先にする。
さっさとと逃げる。それ以上は触れあわずに、そぅぅ.......... と逃げる。
ネットの世界の原則はスルー、逃げるが勝ちってこともある。

黙ってりゃ通過していくよ。
そうしておいて自分の平穏な心を取り戻せばいいんだ。
オイらが9年間で学んだ知恵というか、処世術っていうか。

よくある「蟷螂の斧」ほど虚しいものはない。
誰がためにそうまで気張るんだ。
肩の力を抜いたほうが 人世愉しいのにねぇ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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白くて柔らかなコッペパンに感激した - 2019.08.15 Thu

台風は九州と四国の間の豊後水道あたりか。
当地はびっしりと灰色の空だが、雨は降っていない。
肌にまとわりつくような、湿った空気が気持ちわるい。

自衛隊には盆休みがないのか。
昨日は自衛隊機が飛んだけれど、今日は音がしない。
台風関わりの天候による理由かと思われる。

昨日はなにをしたのか?
なにも浮かばないのだから、なにもしてないんだ。
ぐーたらして一日が終わった。

午後にテレビ観ていて、30分くらい眠った。
おペケは、夕餉あとにパソコン前でマウス握ったまま眠っていた。
それでいて、夜は2人とも7時間以上眠る。

ただ、寝室のエアコンを入れると寒い。
停めてくれぇ、といったらおペケは、アツいと文句いう。
年齢差5歳弱、けっこうすれちがうぞ。

「え? なに、もうゆくの」

 ☆
 ☆ 

大阪の妹が帰省していて、すぐ下の妹宅で女子会だそうな。
なので、この☆の行間で送ってきた。
「あんたもくればいい」

ここまできたら女も男もない、っていうけれどね。
ぺちゃぺちゃ喋ってると頭が痛くなる。
ま、オレはうちで昼寝のほうがいいからやめとく。

帰ってくる途中でサイレンが鳴った。
今日は終戦記念日、「全国戦没者追悼式」がある。
運転中だったので、気持ちだけの黙祷。

浜松はB29のホームタウンといわれた。
ほかの都市に爆撃にいっても、必ず浜松によって爆弾を落とす。
重要な軍需産業があったかららしいが、多くの犠牲者がでている。

 戦災による死亡者3,000有余人、重軽傷者5,000有余人、
 建造物の被害は全壊、全焼、その他を合わせ3万1,000有余戸、
 全市が見渡す限りの焼け野原と化し、93%の家屋が焼失した。

全国の主要都市はみな爆撃をうけている。
いま、みんながシアワセに住んでいる、その土地で、
多くの人が亡くなったのだ。74年目だそうだ。

幼子だから、この日の記憶はない。 
ただ、大人たちが落胆していた雰囲気は察していた。
B29の飛ばない疎開先の空の青さが記憶にある。

 19815-a2.jpg

「今日は肉だからね」とおペケがいう。
「よく焼いて......... 」
オレね、なかが赤いような肉はダメなんだ。

「もういっぺん焼いて」
出てきたステーキをこんがりと、再度焼いてもらった。
「これ、ステーキじゃない」

でも、いいのだ。
小学生のとき近所に韓国の飲み屋があった。
この店がのちにこの街でいちばんの焼き肉店になるのだね。

オレ、そこへ濁り酒を買いにいかされた。ほぼ毎日。
一升瓶を風呂敷に包んでね。そこで大人がモツを焼いてる。
どぶろくを飲んでる。

酔っ払いが、ボーズ、これ食え。
なんか、生だった。ぬるっとした感触、吐きそうだった。
あれ以来、モツは食べない。肉もこんがりでないと食べない。

 ←click  

一切れください、とおペケが食べた。
「あ、いいかも.......... 」
ま、そういうもんだ。

 19815-s3.jpg

これが、もう少し時代が経つと、どぶろくから焼酎になった。
父親と爺ィちゃんの晩酌をオレが買いにゆく。
寶焼酎と清酒は2級酒。妹たちでは一升瓶はもてない。

オレは中学生になって食い盛り。
おつりでコッペパンを1個、これがお駄賃。
ほとんど帰りにポケットからちぎって食べちゃう。

そのコッペパンが、真っ黒けから白くて柔らかになった。
ぎゅうっと握るとちっちゃになってしまうコッペパン。
その変化に、だんだんと時代がよくなるな、と感じていた。

そのまだ、どぶろくを買いにいかされている頃。
浜松の飛行場に見たこともない大型飛行機が飛んできた。
胴の太い4発の輸送機を学校の運動場で見上げた。

いつもみているのは、成層圏を飛ぶ双胴のグラマンだったし、
見慣れぬ飛行機が下りたので、
ガキ大将が引率して、ぞろぞろと航空隊跡へ見にいった。

飛行場にはテントがずらりと並び、米軍の兵士が歩いていた。
朝鮮戦争が勃発していたのだ。
最前線戦に送り込まれる部隊が、ここで出発を待っていた。

なぜか、黒人兵が多かった気がする。
黒い肌の大きな兵士はは怖かったが、案外と優しい目をしていて、
フェンスまで歩み寄ってきて、ガムをくれたりした。

この兵士たちは九州に送られて、
最終的には朝鮮半島の最前線に立たされたのだ。
とくに肌の黒い兵隊たちはね。

 19815-s1.jpg

あの優しさのなかに哀愁のこもった目が忘れられない。
で、一つの部隊が飛び立つ。
すると、ガキ大将からまた召集がかかる。

狙いはテント跡の遺留品であった。
横文字の得体の知れないもの、これが子供たちの宝ものになった。
狙いはほかにもある。缶詰の空き缶が谷間に捨ててあったのだ。

アーミー色の軍用缶詰は、ほのかに肉やパイナップルの匂いがした。
なんとなく秘密っぽいものもあった。
チンチンの絵を描いた性病予防の薬も落ちていた。

子供たちは、この空き缶にヒモをつけて、
ポッコン、ポッコンと歩いた。
爺ィちゃんは木の蓋をつけて、フナ釣りの餌を入れた。

 19815-s3.jpg

偶然にテレビで観た「この世の外へ クラブ進駐軍」という映画が、
オレの心になぜか残っている。
戦後の心の荒廃からジャズに希望を見いだした若者達のストーリーだった。

断片的にでてくる時代背景が興味深かった。
これらは、オイらの育った下町の小路の先の風景と重なるのである。
焼け跡の、家とは名ばかりのバラック。

闇市でやたらと目に付いたハングル文字。
そうなのだよ。オレたちの脳裏にはそれがこびりついている。
バッチギをくらったこともあるからね。

就学前だから朧気な記憶だが、こういう映像をみると、それが鮮明に蘇る。
ジャズとアメリカ兵とダニーボーイ。
まるで、三題噺のようだが、これが、この映画のテーマ。

さっきのはなし、ここの基地にも連日のように大型の輸送機が離着陸した。
基地の有棘鉄線の向こう、滑走路の端に胴体の太い飛行機が止まっていた。
その手前にカーキ色の幕舎が並ぶ。

近くの谷にで拾ったカンヅメ缶の、
かすかに残るパイナップルの甘い香りはアメリカの匂い、
ラベルに描かれたヤンキーの文化は、強烈な印象を子供たちの心に残した。

初めて、有棘鉄線の向こうに黒人兵をみた。
彼らがくれたチョコレートやガムの甘さは、
サッカリンやズルチンの時代にあって、この世のものと思えなかった。

彼らたちは、朝鮮戦争の最前線に赴き、
その大半が死んでいった。その数、米兵だけで15万人。
戦争を放棄した日本は、この戦争特需によって戦後復興の礎を築いた。

進駐軍という名の米兵たち、
そして朝鮮戦争に送られていった彼らの思い。
オレの心にも染みついている戦争の影。

こうした映画に巡り会うとしみじみ感じる。
いまや、風化してボロボロになり、
アメリカと戦争したことすら知らない若者がいる。

♪Dnny Boy。
上記の映画の中で、意味をもつソングとして扱われていた。
第一次大戦直前にヒットした曲だが、次のような詩をうたっている。

 おおダニーボーイ いとしきわが子よ
 いずこに今日は眠る いくさに疲れた体を

 やすめるすべはあるか おまえに心を痛めて
 眠れぬ夜を過ごす 老いたるこの母の胸に

 おお ダニーボーイ 
 おお ダニーボーイ帰れ

 「Danny boy (Judith Durham)」←click

故郷を遠く離れて日本に進駐していた、
若い兵士たちの胸にもずしんとくる歌詞であったろう。
それを知っているオレたちも歳をくったものだな。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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山の中で出遭ったはなし - 2019.08.14 Wed

先ほどは激しい雨が降ったが、いまは青空。
浜松基地の練習機が2nd 訓練で飛び発ったから、
しばらくは天候も安定と思われる。

昨夜も風があったから寝室はエアコンなし。
明け方は布団を探したくらいだった。
けれども、空気がベタベタとまとわりつく感じ。

9時までは居間もエアコンなしだったが、
雨が降って窓を閉め、エアコンのお世話になっている。
台風は、10時現在で種子島付近。

最近の台風は九州、四国へゆく。
お気をつけください.とはいうけれど、どもならん。
人間なんて、自然の猛威には、通り過ぎるのを待つだけ。

自然といえば札幌の街中へ夜な夜な出没したクマが、
とうとう駆除されたらしい。可哀想だが致しかたない。
人里の菜園などの食料を覚えてしまったのだからねぇ。

クマの領域へ人間が入ってゆく。
そうであっても人に危害がありそうならば駆除する。
それを思うと切ないものがあるんだねぇ。

もうひとつ。ネットニュースでみたのだが、
どこやらの登山で人気がある山にクマが出て、登山禁止になった。
すると登山愛好者が、早く駆除せぇ...... と行政を攻めるのだそうな。

本末転倒も甚だしい。
なんか、みんなジコチュー。
切ないなァ。

 19814-a1.jpg

うん。また魚の匂いがした。どうしたのか?
ここんところ、魚料理ばっかり。
「あなたが喜ぶから......... 」というけれどねぇ。

肉は嫌いじゃないけれど、どとらかというと牛が苦手。
ま、前任者の亡き人が肉を一切食べない人だったから、
魚料理の比重が高かったし、オレが釣ってくるしィ。

 ←click  

あのころは海へ車で5分の団地に住んでいた。 
「ちょっといってきてぇ............. 」とときどき要請がある。
「あいよ」と釣り竿を担いで出てゆくんだ。

いま太陽が水平線の彼方に沈むというゴールデンタイム。
どこにクロダイが潜んでいるかは先刻承知。
そこに仕掛を落として、家族人数分3匹をちょいといただいてくる。

ウソのようだが、ほんとのはなし。
オレは、あそこのテとラ堤でクロダイ1万匹を釣った。
それに、あそこのクロダイはどこよりも美味かった。

カラス貝がいっぱい付着していて、
それをたらふく食らい、遠州灘の荒波を泳ぎまわって、
運動量は随一というクロダイが、ほんと美味かった。

とくに秋口は、塩焼きにすると皿に黄色い脂が滴った。
浜名湖よりも、御前崎港よりも、清水港よりも、
ほんとうに美味かったのだが、もう食べられない。

 19814-s3.jpg )814-s1.jpg

山でクマと遭遇したことは2回ほどある。
イノシシは1回、猿の群れが1回。
猿は正直いって怖かった。

ボスと5mくらいの距離でにらめっこ。
1対30匹、ずっと威嚇されて、
群れが通過するまで20分くらいタマキン縮んでた。

ニホンカモシカは、じっとこっちをみているだけ。
でも雄はでかいからね。角も立派だし。
こっちがお邪魔してるんだから、そっと通り過ぎる。

いちばんイヤなのは、ヤマヒル。
遠山川水系の河原で、男2が人、素っ裸になって、
あっちにいた、こっちにいたと、とりっこしたことがある。

いつのまにか、服の中に潜り込んで血を吸っている。
ヒルだけは、いま思いだしても、ぞわァ。
ほら、こんなに鳥肌たつよ。

 1989-h2.jpg
 
ある渓流でのこと。
そろそろ昼飯をと一足早く上がり、相棒の釣り終わるの見ている。
護岸のコンクリートに座り、足をブラブラ。

何げなくウエーダーの太股あたり、手をやるとコロッとした感触。
ウヒャ~〜〜〜〜〜。
まさかと指につかんだものをみれば、まさしくまさかの蛭。

オイらの大嫌いな生き物だ。
もう一度、ウヒャ~と声上げると、
なにごとならんと相棒がとんできた。

「ヒル、ヒル」
待てよ、ここにいたということは.......
もういても立っていられない。

まずウエーダーを脱ぎ、シャツを脱ぎ、パンツ一丁で全身点検。
横腹に1匹、尻に1匹。
血を吸って真ん丸になったヤツがいた。

お前も脱げ。
緑に染まった渓流のなかで、大の男が素っ裸。
お互いの体を眺めまわしているのもヘンな構図だよなァ。

 1989-h1.jpg
 
この前の大噴火する前の御嶽山だから、
だいぶ前のはなしだけれどね。
その日は2日目で、御嶽水系濁川を攻めていた。

相棒を先行させ、赤紐を目につく木の枝に結んでおいてもらう。
ここから入渓したよ、という目印だ。
それで、大した釣果もないままに、赤紐に行き着いた。

道路に上がり、川を覗きながら相棒を探す。
意外と足が速かった。
30分ほど林道を歩いて、落ち込み下の大きな渕で相棒を見つけた。

一心に釣っている。せかすこともない。
背中のザックから宿で作ってもらった特大の握り飯を出しで頬ばる。
それにしても大きな握り飯。

特大が1個だけ。
山菜の煮染めをおかずに、
その大きな握り飯にかぶりついていた。

と、相棒の向こう側の斜面の笹薮が動いた。
なんだろう、と見ていると、
笹の切れ目から黒い頭が出た。

熊だ。子熊を連れている。
握り飯どころではなくなった。
声をだしていいものか。

これをどうやって相棒に伝えよう。
半ばパニック。ふと気がついた。
小石を拾って、彼の釣っている渕に投げる。

3つ目の石が竿先にポチャン。
やっと気がついて彼が辺りを見まわす。
で、続けてもう1個。

こっちを見上げ、オレの姿を認めると、なにを思ったのか、
腰ビクに手を入れて尺はあるイワナを取り出し、
高々と指し上げて見せる。

そうじゃない、熊だ。
全身を使ってのゼスチャーで伝えた。
ニコニコ笑ってるときじゃない。

さすがに、オレのただならぬ気配を察知し、
相棒が上がってきた。
なにがあったのかという。

「熊だ、熊がいた」
「どこにィ.......」

見ていない彼は呑気なもの。
あそこ......
指さした先には親子熊。

こっちの気配を察して立ち上がった。
さァ、逃げた。走って逃げた。
かなり下ってきて、ここならよかろう。

ゼイゼイと息を切らし、われにかえると、
その手には指を突っ込んだままの特大握り飯があった。
って、クマと出遭ったときのはなし。

エッセイ集、釣り百話より抜粋。
ほなあした.............

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みんな一生懸命に生きている - 2019.08.13 Tue

ぐたァ................. なんやの、この暑さ。うんざり。
気温は32,3℃、湿度80%。風はある。ま、熱風だな。
カーテンが孕んで、顔にかかって鬱陶しい。

洗濯ばさみと紐とバーベルもってきて重しをした。
ヨットだったら相当早く走りそうな風。
台風余波なんだな。雲が南西へ向かって走ってゆくよ。

あれぇ。網戸が風で開いていった。アハ。
こんなことってあるんだ。
このまえ、ぜんぶ張り替えて直してもらったからね。

もうダメだよ。ガマンの限界だ。
エアコン入れてよー。
このままじゃ、ぶっ倒れるゥ。

 19813-a4.jpg

最近のwebでデジタルタトゥーという言葉ができた。
つまり、一度webにアップしたものは、消しても消せない。
そういう意味。必ず誰かがデータを録っている。

で、「消したら増える」という言葉もある。
こりゃまずいと消したならば、
消したはずのデータがよけいに拡散するという現象。

愛知県の大村知事がかなり激しい言葉で発言していたが、
その一連のご自分の発言、掲載した写真のすべてを削除した。
これには関連した意見投稿も付随するから、削除すべきものではない。

まさか、webを甘く見ていたってことはなかろうが、
この期に及んでの全削除は、あまりにも情けない。
いままでならいざ知らず、最近は既存メデイアのほかにネットがある。

誰がどんな場合にどんな発言をしたか。
これが間髪を入れずにでてきて、その人とその人の周囲と、
思想が明らかになり、色わけがなされる。

ごく一般のわれわれが対象になることは、
そこへあえて飛び込んでゆかない限りないけれど、
わかりやすい反面で社会がどんどん狭くなってゆくようだ。

 19813-a1.jpg

またまたキッチンから魚を焼く匂いがしてきた。
「いいアジがあったのよ」
タタキにするか、焼くかというから、焼いてもらった。

あれぇ。魚が続くねぇ。
別にオレはそれでいいんだけれどねぇ。
で、聞いてみた。

「なんでだ?」
「あなたが喜べばそれでいいのよ」
なるほど。

 ←click  
 
4年も食べてるから、オレの舌もおペケナイズされてきた。
と、同時におペケの味もごんべ家に近寄ってきて、
ま、ちょうどいい味が出来かかっているんだな。

 19813-a2.jpg

まァ、このBlogだって、
すべてはおのれが生み出したものだから、
おのれが責任であるのはいうまでもないこと。

所詮はWebの世界に浮かぶ泡みたいなものなんだし、
削除したら、ま、95%は消滅してしまう。
ま、オレがごときをコピペ録ってる人もないだろうしねぇ。

googleにしばらくキャッシュは残っても、
これもいつしか消滅する。
で、あとの5%はなにかというとだね。

はからずも自分が撒き散らしたプライバシーの端くれ。
ま、これだって案ずることはない。
人の噂も七十五日っていう。

本人が思うよりずっとはやく消えてゆくわいな。
と、思っていたら............................
情報過多の現代は、情報を受ける側も発信するわけなのだ。

理不尽がまかり通るくらいに蒸し返す。消えないらしい。
Webの海に漂う泡 (あぶく) になっちゃうのだ。
つまり、こっちが消しても相手に付随して残ることもある。

それもこわい。
ゆめゆめ忘れることなかれ。
Webってものの正体をね。

 19813-f1.jpg

他人事じゃないのが、暇にまかせて広げたweb page。
オレがおっチンでしまうと、どうなると思う?
ノート1冊にパスワード管理しているが、おペケが全部を削除は不可能。

いま、放置されてWebの海を漂うゴーストページも膨大な数だとか。
1ヶ月に1回以上記事が更新されているブログは、全体の2割弱。
さらに、新規開設されるブログ数は毎月40万~50万だって、すごいねぇ。

パスワードに閉ざされた、そのうちの何割かは、
ゴーストページになって永遠とはいわないが、Webの海を彷徨うんだ。
そういえば、飯島愛さんのBlogが7回忌で削除された。

「飯島愛のポルノ・ホスピタル」がそれで、
最後のページには、その数5桁に及ぶコメントが入っていて、
削除されるまで増え続けていた。

彼女が召されたのは、うちの人とおなじ2008年。
オレは、とくに飯島愛さんの人となりを知るわけでもない。
デビューAVとギルガメでのTバックのお尻はみたことがある。

ただ、メデイアを通しての彼女には、ずっと好感をもっていた。
AVという世界からスターダムにのぼり、いつでも自分に正直に生き、
自分の居場所を見つけるために、一生懸命な人だった。

一生懸命に生きる、これなんだと思う。
だからこそ、若者の共感をよび、
Blogにコメントが絶えることがなかったのだ。

天国の愛ちゃんとファンを結ぶポストのようにね。
ちかごろの若者はなんていっちゃいけない。
みんな一生懸命に生きているんだな。

 19813^f2

飯島愛さんもそうだったけれど、いわゆる孤独死っていうもの。
オレはなにも畏れてはいなかったし、それも上等だと思っていた。
所詮人間は一人で生まれてきたんだ。最期だって一人でかまわない。

それをどう思うかは、それぞれの価値判断なわけだし、
だいいち、不幸の基準も人それぞれ、シアワセの基準だって人それぞれ。
こんなもん一概にいえるもんじゃない。

定年まで勤めきって退職金をもらい、
二世帯で住む家を建てて、
あァ、毎日がシアワセっていう人もある。

自分のやりたいこと頑張って,最後はボンビー独り住まいでも、
あァ、オレの生涯に悔いはないって人もある。
人それぞれだから、他人の価値判断はどうでもいい。

あァ、オレの人世おもしろかったァ。
目瞑るとき、そういえるえばいいんだな。
けっして負け惜しみじゃなくてね。

そういえば奔放一代の父親も、
死期を覚ったとき、オレの手の甲に、
爪がくいこむほど握りしめて、いいおいていったのだ。

19歳年下の義母をたのむとくどくどいい、
自分自身のことは、
オレの一生は、ほんとうに愉しかったよゥ.......... ってね。

 少しでも興味を持ったこと、
 やってみたいと思ったことは、
 結果はともあれ手をつけてみよう。

 幸福の芽は、
 そこから芽生え始める。

これは,父親の若いときの親友だった本田宗一郎さんの言葉。
工場が道を挟んで向かいあわせだったのだが、
あの時代の男たちは,自分の夢にむかって突き進んだのだ。

だから、愉しい人世だったよゥ....... といえる。
オレが、脱サラしたと報告にいったとき、
オヤジは頬に笑いを浮かべ、うれしそうにいってのけた。

 さて、おまえの人世をおもしろくするのは、
 これからだな。

おもしろかったといえるように生きてみろ,
頑張ってみろ。
それ含んだ言葉だったと思う。

いま考えてみると、あのとき、
オヤジは本田さんとおなじことをいったのだ。
ま、くどくどいうことはないか。

オレの人世それなりに愉しかったんだから........ 
あ、これからもね。
本人がそう思えればそれでいいってことだ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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オレなりの処世術なんだと思う - 2019.08.12 Mon

暑さとの戦いだね。一日終わると疲れる。
なんにもしないのにね。
あ、ちょっとだけやったか。ほんのちょっと。

「メダコ、やろうか」とおペケ。
「いいよ」とオレ。メダカの水槽掃除を2人でする。
3ヶ月にいっぺんくらいする。

オレがポンプ廻りを分解して洗って、
おペケが水槽の掃除。藻が付くんだね。
「あ、疲れたァ」ってほどの仕事じゃない。子供の水遊びみたい。

水だらけになって、Tシャツ換えたらちょっと涼しい。
もう、このメダコは1匹になってから2年になる。
最初は5匹だった。1年でコイツだけが残った。

メダカの寿命はとっくに過ぎてる。元気でいろよ。
手を洗って一息していたら、ドクターヘリがきた。朝から2回目。
お休みだから遠隔地の緊急搬送が多いのかな。

 19811-w2.jpg 19811-w1.jpg

魚焼く匂いだぞ。
なんだろ? って覗きにいった。
いいイワシだ。ここらへんではお目にかかれない。

マイワシは七つ星。体側に☆がある。
こっちではマイワシはめったに釣れない。
だいたいはカタクチイワシ。これはシラスのおニィちゃん。

 ←click  

美味いねぇ。
「これで魚が3日だよ」とおペケ。
うん。Gさまは魚なら喜んで食べてる。

 19812-a3.jpg

日本人ってまだまだ行儀がいいよね。
お隣ソウルの市役所でいい大人が日本製品排除だって、
破いたりなんだりしてゴミ箱に捨てる。

安倍さんの顔に泥塗ったり、日の丸焼いたり。
それを臆面もなく日本製カメラで撮って世界に配信って、
みっともないと思わないのかな。

ま、日本でもそれに似た行為する人があるけれど、
それはまァ、いわゆるパヨ系だから、
一般市民はそんな行儀悪いことはしない。

だから、昭和天皇の写真を焼いたり、虚偽の産物の慰安婦像や、
英霊を辱めるような展示物に、微塵も芸術性なんぞ、
感じることもないし、不快感をもつだけ。

だいたい、この一件の概要がわかってきた。
臆面もなく、公費使ってやるよな、愛知県知事はってこと。
ま、底でつながっているみたいなので、知れてみれば他愛もない。

 19812-f2.jpg

たとえば、
腹だしてうたた寝していたら、タオルケットをかけてくれる。
こういうことは、傍にいてくれれば普通のこと。

たとえば、
暑がりのオレがふとんを蹴飛ばしてしまっても、
朝の冷えてくるまでになおしておいてくれるのもそう。

たとえば、
デスクでうとろうとろ、うたた寝していたら、
ほどよい時間に、ほら、ベッドへいきなよって起こすのもねぇ。

こういう、ごく普通のことが普通でなくなるから、
あたふたどたばたうろうろがっちゃんこと、
おひとりさま劇場が開幕するんだ。

初めの年なんぞ、夜中に冷たくなって転がっていて、
お、さぶぅ........... と震えながら布団搔き寄せたり。
けれど、これも2年目ともなると逞しくなる。

自衛本能が芽生えてくるんだ。
言い換えればだね。
失われたゆえに敏感なセンサーがで備わってくる。

で、いまは傍にオレをフォローしてくれる人がいる。
たしかに、ありがたみを、これでもかと再認識はしたけれど、
こうなると、自衛本能が元の木阿弥。

それに伴ってありがたみも、むにゃむにゃ。 
喉元過ぎればなんとやら、ま、そんなもんだがや。
でも、心のなかには、いつも感謝がある。

 19812-f1.jpg

オレは、イイ加減な性格でよかったと思う。
これが、きちんきちんとしなきゃ、気がすまない人だったら、
とっくに擦り切れておっちんでるな。

で、いつだったか、イイ加減だ、イイ加減だァ、といつも書いてたら、
心理学を学んだっていう人が、わざわざコメントおいていってくださった。
あなたは、ほんとは神経細かな人だ。って大きなお世話だねぇ。

己のことだわな。そういうところもあることは、先刻承知している。
だからこそ、イイ加減に暮らそうと、
のんべんだらりんちゃらんぽらんそわかって、オマジナイ唱えてる。

って、ことなのにねぇ。
そりゃま、おひとりさまのときは、擦り切れておっちんで,
あの人のところにいくのも,わるかーないとと思ったこともないとはいわない。

イイ加減ひょろりも、オイらの一面ではあるのだ。
天然のイイ加減が過ぎて、たまには怒られる。これは後天的性格なのだな。
だから抜け出すのは早いね。

イイ加減にケロッとしてる素振りができる。
その両面が理解してもらえなきゃ、しゃーない。それまで。
実は子供のときからそうだったのだ。オレなりの処世術なんだと思う。

 19812-f3.jpg

まァ、辛気くさい話が続いたから、
さっきのイワシのことでも書こうかねぇ。
後存知のように、イワシは魚偏に弱いという文字を当てる。

食物連鎖のリングのなかでいったら、
プランクトンの次だから、たしかに弱いのは弱いんだ。
なのでイワシの種の保存は数で勝負なんだね。

したがって、産卵数は多い。
食われて減るのであれば産卵数を多くするのが自然の摂理。 
弾丸魚に襲われたら仲間の一部が犠牲になることで、生き延びる。

カツオがイワシの群れの中に突っ込む。
イワシの群れは玉状になる。これが俗にいうイワシ玉。
空からはミズナギドリ等の鳥が狙っている。これがトリヤマ。

イワシの群れは、ひたすら玉になって運命に身をゆだねるのだ。
食われることにも一つの法則があるようだ。
カツオが群れを攪乱するように群れの中へ突っ込んでゆく。

そのなかでパニックを起こした個体、
つまり、整然と玉になっている中で異常行動を取った個体は、
確実に狙われて食われる。

種の保存には、弱いものは切り捨てる、という残酷な掟があるからだ。
これを、御前崎港の沖堤防で体験した。
堤防の壁から5mくらいの幅でイワシの群れが次々と泳いでくる。

どうやら堤防をまわっているようで、
1時間経っても2時間経っても群れはエンドレスだった。
そのうち20cmくらいのマイワシだったから、食べるって欲が沸いてきた。

この群れの中にサビキを入れてみる。
整然と前を向いて泳いでいくイワシの群れは見向きもしない。
サビキを避けて、ぽっかりと穴が空いている。釣れない。

いらついた誰かが、タモで掬ってやろうと群れの中に突っ込んだ。
すると、パニック状態で整列の乱れた所だけ、サビキ鈎に飛びつくのだ。
が、それも一時で、また整列してサビキの所に穴が空く。

だから、掻き回し役と釣り役とを、交互にやって釣りまくった。
そのうち、イワシ釣りにも飽きてきたころ異変が起きた。
掻き回さないのに群れが乱れはじめた。

ヒラマサが2尾現れたのだ。けっこう大きかった。
「あれが釣れないかな」と後輩がいった。
「やってみな」

クロダイ釣りにいったのだから、結果はわかっている。
仕掛が違う。糸も細い。敵う相手ではない。
それがわかっていて、みんなが笑って囃し立てた。

後輩が、ヒラマサの鼻先に仕掛を落として、寄せてくると、
なんと一発で食った。
合わせた。突っ走る。突っ走る。

違和感を感じたヒラマサが一直線に沖へ向いて走った。
リールから糸がすっ飛んで出ていく。
「どうしよう?」

「どもならん」
「あァ........................ 」
糸がなんのショックもなく切れて、竿先がハネ戻った。

ちょうど夏休みのいまごろだった。
あのころは面白いことあったなァ。ほんと。
などと思いつつ、ほなあした..........................

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なにもせずに通れるわけでもない - 2019.08.11 Sun

いやァ、あぢィ。いいたくないけれど暑い。
いってもしょーがないけれど、いいたくなる。
これすなわち凡人なり。

 安禅必ずしも山水をもちいず 
 心頭滅却すれば 火自ら涼し

甲斐に攻め入った信長が、風林火山武田軍を追いつめる。
塩山の恵林寺を焼き討ちしたとき、
快川国師がこの言葉を唱えて火定した。

凡人のわれわれは暑いものは暑い。
オレ、夏にはけっこう強かったけれどね、もうダメ。
小デブになって以降は5月からアツイ。

ほんとうにさ。
こんなアツいなかでオリンピックやって大丈夫か?
なんか、ヨーロッパのTVかなんかの都合だろ。

ま、オイらはテレビ観戦だからいいけれどねぇ。
まえのとき、1964年は10月10日が開会式だった。
今度は倒れる人が多数でそうなんだねぇ。

 19810-yy1.jpg 19810-yy2.jpg

アツいから食欲ないかっていうと、これがあるんだな。
ご飯の量は減らしているけれど、
あまり食べたくないって思うのは暑さのせい。

食べ始めると、けっこう食べる。
おペケだって、けっこう食べる。
2人揃ってね、けっこう食べる。

 ←click  

買い物いってきて、おペケが両手に荷物もって、
部屋と駐車場とを2往復。
こんなに食べちゃうんだからねぇ、と溜息つく。

そうなんだよな。
でも、食えるうちがハナ、食えなくなっちゃおしまい。
それでいいんだって.............

 19811-a4.jpg 19811-a2.jpg

twitterの投稿写真みていて思うのだが、
ちかごろの猫や犬ってのは、「らしからぬ」格好で寝たりするんだな。
オレみたいにヘソ天で、四肢ひろげて、ドデンと寝てたりする。

それがまた可愛いィなんぞと...........
ま、それ以上は書くのをやめとくが、犬は犬の猫は猫の本分忘れてるな。
これは、種の保存上からいえばよろしくない。

この100年間に100種類以上の種が地球上から消滅した。
すべてとはいわないが、大半は人間のエゴなのだ。人間の都合なのだ。
愚かなことなのだけれどねぇ。

なんか本末転倒。
生き物は人間のオモチャじゃないし、いまどきの命のへ考察にも違和感がある。
長いこと自然のなかで遊んできたオレにはね。
 p01.jpg
いままでは、あれもこれも使ってみたい、そんな欲望があった。
それが、今年になって突然に「いいもの」に目覚めた。
大人な道具で、大人ないい写真を撮る。

で、Limited lens を2本買い、さらにカメラもLimited J を買い、
あと1本、☆60〜260mmを買い換えたら、
とりあえずのラインナップは出来たかなと思う。

ただし、大人な物は値段が張る。
なので、次のスターレンズもあと3ヶ月くらい貯めないとね。
ね、愉しいね。

 19811-f2.jpg

オレはせっかちだから、たまには早とちりもある。
あっても後悔はしない。それが糧になる。
人世の見極めなんて、経験知の多さが決め手。無駄にはならん。

近頃は、その滾るような情熱は、さすがに薄れてきた。
めんどくさいが先にたつ。
やっと人並みに一歩下がって、というゆとりができてきた。

あの頃のオレは、こてんぱんのずたぼろ雑巾だった。
髪が一夜で半白になった。
耳の障害が酷くなって聞こえなくなった。

夕まづめが怖かった。
闇のなかから、何かが出てくる。幽霊でも妖怪でもない。
わが心の弱さである。

精神的ダメージだけではなくて、
難聴などと肉体パーツにも異常がでることを知った。
で、そこから這い上がってくると、朧気ながらなにかが見えてきた。

その最中は家中の電気を点けて眠った。
浅い眠りをいく つかつなげて朝がきた。
いまの寝坊助とは大違い。その末に、なにかが見えてきたのか?

なにも見えない。
なにかを悟ったのか、なにも悟ってはいない。
ただ、時が過ぎただけだ。

 孤独とは物事を深く考えるチャンス。
 友達が多い事は必ずしも幸せではない。

これは美輪明宏さんの言葉。
物事をいっぱい考えた。考えた末の結論は、
それをすべて忘れることだった。

いま、奥方を亡くされて、
オレが経験した、この坩堝のなかにいるお方がある。
ただ、時が過ぎれば軽くなる。それしかいえない。

 19811-f3.jpg

いつだったか、あんたは天然だっていわれた。
たしかに、オレは天然パーマで若いときから苦労してる。
え、そうじゃないって??

ま、天然くるくるぱーだって自覚はある。
よくいえば、とっちゃんぼうやならぬ、じィちゃんぼうや。
「あなたは、子供だものね?」とおペケにいわれる。

釣り仲間にも「フツー、大人はそういうことはしないよ」って、
さんざんいわれたものだ。
思いきり遊ぶのに、なんの衒いがいるものか。

いいじゃないかぇ。
あいつは陰険なヤツだなんていわれるよりはね。
バカって思われてるほうがよほどいい。

オレがこの歳までノーテンキでいられるのは、
オレを育てたバァちゃんのおかげだと、おペケがいう。
三文安で、けっこう。

そうさせてくれた亡き人もそうだし、
それを受け継いでくれてるおペケもそうだし、
感謝でしなかない、ほんとに。ありがとさん。

大袈裟にいえば、生きるってのは思うようにはならん。
「なんで、こうなるんだ」
と、嘆くことは生涯に何度もある。

オレは思春期の多感なときに、最初のこいつをくらった。
親友の自死があったりして、ぼろぼろになったはずだったが、
案外と逞しく、これを超えてきた。

「生きてりゃなんとかなる」
予科練崩れでヒロポン中毒の叔父がそういった。
ポン中で野垂れ死にしたくせにオレにはそういった。

それから、会社が倒産し、借金を抱えながらも、
どん底から起ち上がってゆく、逞しい父親の背中からも学んだ。
ボンビーだったけれど、この家庭にはいつも笑顔があった。

「なーに頑張ればなんとかなる」
思うようにちかずけようとする努力があるのとないとでは、
えらいちがうもんだ........... って、そのころ思った。

オレ、たまに運命論者的なことをいう。
世の中の出来事ってのは、
あらかじめそうなるように定められている。

人間の力じゃどーにもならない。
そういう星の下に生まれたんだ。
これが運営論者だね。

おのれが、そういう人世経てくると、
そう考えるようになる。
これはあたりまえかもしれない。

その人世の岐路に立ったとき、
それなりの努力をしたかでもる。
自分の思いを果たそうとする努力は、しなくちゃいけない。

運がいいっていう人は、
自らがそっちへ向かってるんだって思う。
運を呼び込む努力がある。

人っていうのは、みんな悲観主義をもっている。
が、悲観主義者でいるよりは、
楽観主義者のほうがいいに決まってる。

「なーになんとかならァ」
そう思えるのは人はラクチン。
でも、なにもせずに通れるわけでもないからね。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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気持ちが華やかならば必然と愉しくなる - 2019.08.10 Sat

列島の正面にあった台風10号、西へ寄っていった。
東海地方への直撃は免れたかと思う。
いまのところ15日に四国へ接近のコース。

青空が広がって、今日もアツい日になりそう。
あ、そういえば世間は盆休みの夏休み連休らしい。
下の道路も、いつもの慢性渋滞がないみたい。

今朝方、ちょっと涼しくかったせいか偏頭痛がする。
冷房にやられたかも知れない。
なかなかデリケートだな。オレも。

起きてきて冷たい冷茶をひとくち飲む。
珈琲より先にこれ。
ま、これでその日の体内時計がリセットされる。

どれだけお茶を飲むかという統計で、静岡県は1位なのだ
2位の熊本を大きく離している。
小学校の水飲み場にお茶の出る蛇口があるくらいだからねぇ。

ただし、普通の蛇口からがでるわけじゃない。
給食室で沸かしてタンクに入れ、専用の蛇口に繋がっている。
これを都市でいうと、1位は静岡市、2位がわが浜松市。

30歳代、40歳代の釣りばかりしている頃は、
コークばかり飲んでいて、オニギリ食べるのにもコークがばがば。
さすがに、体重増えてきてからは控えている。

でもねぇ。いまの季節に汗ぼたぼたで、
Tシャツが肌に張りついて、帰ってきたときは、
もちろん、氷たっぷりいれたコークだね。

一気にごくごく飲んで、
ぶはァ........ といわないと渇きは癒えない。
そりゃま、ビールがいいにきまってる。

が、ノンアルコールじゃ、飲まないほうがいい。
プリン体カットもあるけれど、あくまでもカットだからね。
いろいろと大人の事情があるんだわさ。

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こう暑いと、短パンの膝までの長さが鬱陶しい。
もう、切ってしまいたいくらい。
おペケが「パンツいっちょでいいよ」っていう。

オレ、それができない。
ジーパンを切ってしまおうか、そう思う。
太股でね。

短パンキャリァはけっこう長いよ。
オレ、クラスで1人の、白襟上着の半ズボン少年だった。
付属小学校は、白い学帽カバーもついてた。

山歩きも短パン+ハイソックスだったし、釣りもそれだった。
だから、いまごろになって膝上の腿に日焼けシミがでた。
顔も真っ黒だったが、幸いこちらにはシミはない。

やっぱり越中褌がいい。
あの、横からサトイモが半分覗いてるヤツ。
あれは涼しそうだ。

 19810-f1.jpg 19810-f2.jpg

「キンメだよ」とおペケがいい、
オレが喜んでテーブルにつく。
魚が大好きなのだ。毎日でもいい。

キンメって美味い魚だ。
伊豆へ釣りにゆくと、よく買ってきたな。
伊豆沖の群発地震がくるとなぜか獲れなくなる。

けっこう魚ってデリケートでね。
なにかを察知して、餌をとらなくなったりする。
伊豆直下地震のときはブダイが大漁だったと聞いた。

 ←click 

ご飯食べ終えて「足りた?」といわれる。
足りたような、足りないような。よくわからん。
腹いっぱいには食べない。

それが普通になると、足りたのか、足りないのか、わからん。
腹八分目。なにごとも目一杯はダメ。
ちょっと不足なくらいがいい。

 18912-f4.jpg

な〜〜〜〜〜んにもしない日常だが、
そのめんどくさがりを培養増幅したのは、
ま、どうせ、誰もきやしないさ...................... って、これだな。

どーでもいいや感っていうか、あるいは開放感っていうか。
おひとりさまに慣れてくるとねぇ。
この誰にも支配されないっていうのは、たしかにラクチン。

だから、ヤメモは3日やったらやめられないっていう。
なにせ、これを9年ちかくやった。
この年齢での、この歳月は、けっこう人間を換える。

で、7年分のめんどくせーを断捨離しまくって、引っ越して、
本来のマメなオレに戻ったつもりだったが、
その実、まえよりなんにもしなくなっているんだな。

してくれる人がいる分、なんにもしないで通れる。
これにも4年。もう、元には戻れんぞ。
ごめん。

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そりゃま、還暦超えたらそれなりの加齢を感じる。
65歳超えたら、またまたそれなり。
で、古希を迎えてもおんなじ。たぶん、80歳超えもそう。

ま、これくらいまでくれば開き直る。
最初の還暦超えってのは、あ、60歳になっちゃった。
さァ、爺ィだぞ。やれ、高齢者だぞ、って大袈裟。

それをはるかに超えた連中だっているわけだから、
この空大騒ぎ、実はデリカシーがなくて、
失礼きわまりないのだが、当事者が気がつくわきゃァない。

それで、もうひとつ上の古希超えたら還暦なんぞは、
洟垂れってなもんだ。
米寿超したブロガーだっているんだしィ。

あ、加齢のはなしだったね。
オレの変換辞書からは削除したたいが、それがなかなか。
加齢をイヤってほど感じさせられる、今日この頃。

 華麗とは?
 はなやかで美しいこと。はでやかなこと。
 また、そのさま。

これでいこうよ。華麗にねぇ。
人の世なんて上を見ればキリがない。
下を見たってしょーがない。

自分の日々を存分に生きれば美しいし、
気持ちが華やかならば必然と愉しくなるよ。
作家の大佛次郎氏がこういってる。

 若い人には若い日の花があるのと同時に、
 老いたる人には老人の日の花があるのだ。

現実には、自分を顧みても、
さしたる花があるとも思えないが、
ま、気持ちだけはこれでなくちゃ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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ゆうやけこやけの赤トンボ - 2019.08.09 Fri

夕凪で風がピタリと止まる。そこからは熱帯夜。
ここんとこ毎日、寝室はエアコンつける。
で、おペケの調整が絶妙で、暑からず、寒からず。

ま、よく眠れること。え?
その先はいわない、いわない。シィ................
だいたい、朝まで一気に眠って、快適睡眠。

居間も、ほぼエアコン入れっぱなし。
それでも、電気の使用量はそれほどたいしたことはない。
たとえば+1万円くらいなら、我慢しちゃ損々。

去年は風がバンバン入って、
カーテンが帆船の帆みたいに風をはらんで、
ヨーソロといたいくらいだった。

今年も風はあるけれど、それが熱風。
なんとなく疲れるね。そんななかいるとね。
爺ィ婆はあんまり頑張っちゃダメぇ。

 1989-a1.jpg 1989-a2.jpg

それでもおペケはちょこまか、ちょこまか。
なにがそうなのか忙しいのだ。
で、午後になって、突然ガマンの限界がきたらしい。

「あ、鬱陶しィ、美容院へいってくるゥ」
「え、この時間からか?」

で、熱風のなかを飛び出していった。
帰ってきたら6時前。
「こういうときはあれね」

 ←click 

「ま、いいヮ」
ってことで、夕餉はあれだった。
想像つくでしょ、こういうときのあれ。

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オレもおペケもよく独り言をいう。
これ。おひとりさま後遺症というか、習性というか。
よーし、飯食うか........ なんてのは、要するに始動点呼だ。

右よーし、左よーし、出発進行ゥ。
これ、だな。
ま、独り言で弾みつけて行動するとか。

立ち上がるときに、よいこらしょ。
なんてのも似たようなもんだ。
言葉で行動を促す。

「あァ、美味かった、ごちそうさん」
食べおわってそういう。
これは自分へのねぎらいだな。

美味しく食べられるシアワセの確認点呼だ。
ま、そんな勿体つけることもないけれど...........
いうなれば、一人での独り言は、こうした構成になっている。

いまでも独り言をいう。
これは高齢者ゆえか、後遺症かはわからない。
すると....................

「いま、なにかいった??」
と、おペケがが反応するから、
めんどくさいことになるゥ。アハ。

 われわれは、自ら幸、不幸をつくって、
 これに運命なる名称をつける。

いい得て妙。
おひとりさまで納得しているときは、独り言で動き、
おふたりさまになったら、ちょっとだけ自分を抑えて会話する。

が、会話のなかで我慢をさせたり、それは違うと押さえつけたり、
相手のいうことを変えようとしたり、責めたりしてはいけない。
上の空でもイイから、へぇぇ、なるほど、そうなんだといえ。

相手のいいたいことをいってもらう。
これができそうでできない。
おひとりさまが長ければなおさら。お互いにね。

 17830-s3.jpg

JR東海のリニア新幹線は静岡県も通るんだ。一応は。
南アルプス貫通トンネルで通っていくのだから、
はっきりいえば傍迷惑もいいところ。

その残土で渓を埋める。大井川の水量が減る。
で、その残土処理場所が、南アルプスエコパーク申請場所なのだ。
だから、自然保護の見地で、かなり厳しくみている。

ま、リニア景気にわく人々からみたら、意地悪しずおか だろな。
いままで、そうやって、なしくずしで自然破壊をしてきた。
おなじ轍を踏むのは愚かなこと。

冷静に、自然環境の成り行きをみているし、
ましてや、「水利問題でいじめられっぱなし」の大井川だからね。
それを愛知県の大村知事が、上から目線で批判した。

で、静岡県民の大半は、わるいけれど、
なんだこいつの態度は? だった。
なるほど、こういう ↓ お方だったのだな。

 あいちトリエンナーレ 2019' 問題

テレビでは詳細はやらない。
新聞も左翼系が「表現の自由」のみを強調する。
だから、ネットを見ない人は、なにが問題かわかっていないはず。

この展覧会でなにが展示されたか。
昭和天皇の写真を焼く動画。それから、いわゆる慰安婦像。
あの特攻隊を侮辱する展示物などなど。

これを観てどう感じるかは、人それぞれだろうが、
公費11億円をかけて、日本を貶す展覧会を、
愛知県がやることに大きな違和感がある
これらを、すべて承知して開催し、多くの批判に対して、
開き直っているのが、愛知県の大村知事。
リニア問題での上から目線も、こういうお方だったと納得。

 「虎の門ニュース 8.8」←click 真相がよくわかる

 15914-my04_20160828084615da6_201908091141487b8.jpg

この童謡が好き。
ハーモニカで吹いてたりしたら、
なんかしらん、涙ぐんじゃう。

 ゆうやけこやけの赤トンボ
 おわれてみたのはいつの日か

これの「おわれて」を「追われて」だとずっと思っていた。
そうじゃなくて、「背負われて」なのだね。
この作詞者は三木露風。

このおかたは5歳のとき両親が離婚して、自身は祖父に養育された。
子守り奉公の「ねぇや」に面倒を見てもらい、
その背中で観た夕日の印象がこの童謡になったらしい。

オレにはバァちゃんの大きな背中で観た夕日という記憶がない。
あの街からだと、夕日はみえなかったのか。
そうだな。西側は高台だし、お城の森があったからね。

だいいち、お城の記憶は、あそこが動物園になるまで曖昧。
高町の石畳の坂を下りてきて、国道1号が曲がるロータリーがあった。
あれから北は、都市計画道路だし、お屋敷街だったような。

ただ、遊び疲れて転がった土手でみた富士山は憶えている。
楽器の中通り、日本楽器 (現ヤマハ)の工場から北は田圃。
ずぅぅ................. と北の山がみえて、その向こうに富士山があった。

ガキ大将がどこかからリヤカーをもってくる。
すると、町内のバラックの間をガキどもが、
ぞろぞろとそのあとを歩いて、鉄くずをを拾うんだね。

焼けトタンだの、焼夷弾の破片だの、古釘だの。
バラックを壊して家が立つとそこに土があり、鉄ッけのものが、
いっぱい落ちていたものだ。

ビルが建つと艦砲射撃の不発弾がでたし、
錆色した爆弾の欠片の焼け爛れた鉄の塊は珍しくはなかった。
これを拾って古鉄屋へもってゆく。

「悪さするんじゃないぞ、余所のもん、もってくるなよ」
おぢさんがそういいいなながら鉄屑を買ってくれた。
ま、せいぜいが50円くらい。

これをガキ大将が、カンカラにいれて、
神社の縁の下へかくしておく。
なんに使ったか?

みんなで映画を観にゆくとき必ずいるからだ。
「カァちゃん、ゼニくれん」っていうヤツがねぇ。
そいつの分をカンカラからだして映画にゆく。

1枚の写真で、こんなこと思いだしたよ。
なんか、ガキ仲間は共同体だったな。
絆があったように思う。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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その色のうしろがわには忌まわしい記憶がある - 2019.08.08 Thu

そろそろエアコンどう? とおペケがいう。
10時まで我慢した。気温は32℃。.風はある。
で、「あ、これかァ」と背中の扇風機みつけた。効いてる。

「いれてもいいよ」
ぶっ倒れてからでは遅い。
今日は立秋、暦のうえでは、もう秋。

そうだよ、あと1ヶ月の辛抱。
9月半ばには、この暑さがウソのように涼しくなる。
頑張れぇ。オレとおペケとみなさんにエール !!

台風9号は中国大陸へ向いている。
10号は列島の真っ正面だが、このあとは太平洋高気圧次第。
高気圧のヘチを伝わるので、それがどこにあるか。

ベランダへ出て、花鉢に散水した。
風がけっこう吹いている。髪の毛が乱れる。
手櫛で掻きあげて、乱れる髪の毛あってよかったな、と思う。

ま、てっぺんは寂しくなったらしいが、
これは合わせ鏡しなくちゃ見えないわけで、
自分がみえなければいいんだわさ。気にすることはない

 1988-a1.jpg

午後から、車やさんへ持ち込みの半年点検。
どういう契約だったか忘れたが、点検は無料。
で、テレビみて、待っている。

おペケは、サービスの飲み物をとりにいってくれた。
「あれ、観てごらんよ」とおペケを呼んだ。
ちょうど、小泉進次郎氏と滝川クリステルさんの結婚IV。

ここんとこロクな話題しかなかったから、おめでたい話はいい。
もしも進次郎氏が総理になったら、トップレディにふさわしいねぇ。
お・も・て・な・しで様になりそうだな。

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本来、アメリカで派生したニュース性、
あるいは個人主張のあるBlogとは違い、日本のブログは日記が多い。
たしか、2004年くらいから始まったのだ。

当初は、おなじ話題でブログが繋がってゆき、
ときには交流を深めて話題を盛り上げ、
ときには、ニュース性のあるテーマで議論を交わす。

このつないでゆくツールが、コメントの横にあるトラックバック。
だが、瞬時に展開する掲示板からtwitter へと、
スピードのあるツールが出現するに及んでいつの間にか形骸化した。

で、データが2011年とちと古いが、ブログ総数2700万人とか。
そのうちアクティブブログが300万だそうな。
2010年以前、いちばん閲覧の多いのが、FC2といわれた。

この会社の急成長が伺われるねぇ
実は、オレ、ここが社員7人からのお付き合い。
相当にちゃらんぽらんな会社だった。

で、ここはいわゆるアメサバっていうヤツだけれど、
てっとり早くいえば、いま、皆さんが読んでいるこの記事は、
アメリカのサーバーにあるわけで、そこに接続しているってことになる。

ゆえに、あちらの商売上でアダルト部門があって、
ときどきこれが問題起こすのだが、ごく初期のネットでは、
アメサバゆえのフリーなところや、レンタルが安いのがよかった。

たしか、35米ドルで5GBのホームページスペースをレンタルできた。
アメリカにあるサーバーで、アメリカ並みの料金っていうのはいい。
で、いくらアメサバでも、投稿者は住んでる国の法律に従う。

でねぇ、なんで日本のブログの閲覧数がダントツ多いかだね。
深く考えると眠れなくなっちゃうが、
地下鉄をどこから地下へいれたか.よりは、わかりやすいと思う。

これを支えているのは、
世界に類を見ない「相互ポッチン」の特殊性なのだといわれる。
ま、これ以上は書かない。さもあらんと思うだけ。

 1988-a3.jpg

それで車点検から帰ってきて、あまりの暑さに、
「アイス食べる??」
「お、それそれ......... 」と夕方近くにアイス食べた。

アイス饅頭ね。これが美味いんだァ。
そうしたら晩ご飯どきになっても腹が減らない。
「どうしよう??」

「遅くしなよ」って7時半になってからの夕餉。
で、食べ始めると、なんのことはない完食なのだ。
暑くても食欲はある。これがなくなっちゃ、おしまい。

 ←click 

夕餉おわって、なにかテレビ観ていたが、
それがなんだったか忘れた。
ま、忘れるくらいたいしたもの、観ていなかったらしい。

おペケは、ときどき舟を漕いでいる。
夏は朝が早いから、早くから眠くなるって道理。
真夏の五輪期間は、この調子でゆくと地獄の暑さだね。きっと。

で、当初はサマータイムにするとかの提案があったが、
結局は断念だそうな。
いまどきは、コンピュータプログラムがあるからムリ。

オレが小学生のとき、サマータイムがあった。
なんか早起きして、眠くて、眠くて、ラジオ体操にいった。
2時間繰り上げるってタイヘンだった記憶がある。

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オレは、50歳になるまで、ずっと同じ夢を見続けた。
外へ布団を敷いてなにかに怯えながら寝る夢。
たぶん、昭和19年の東南海地震のトラウマだったろうと思う。

幼子だったから、直接の記憶はないのに、
その夢だけを、繰り返しくりかえし、半世紀近くも見続けた。
なぜ、50歳を超えたらみなくなったのか、それもわからない。

ひょっとすると、それは.................
大空襲でこの街が焼け野原になった幼児体験から、発するのかもしれない。
が、50年もうなされ続けたなにかが、この脳にこびりついている。

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太陽が沈んでから、しばらく残照が西空を染める。
1日としておんなじ雲がない。色も違う。昨夜は盛大だったね。
ふと見ると中空にお月さんがあった。

ただ、夏のこういう赤い空は不気味でイヤなんだ。
20年前の近未来映画「インデペンデンス・デイ」を想い出す。
直径24kmにも及ぶ円盤型UFOがニューヨークの空に現れる。

その不気味さが、さらにはオレの原体験の大空襲の夜の記憶に
つながってゆき、脳裏に焼き付いた街が燃えさかる色となるのだ。
なんか頭の鉢を締め付けるような不快感がある。

太平洋戦争末期の昭和20年7月29日の夜。
浜松の市街は、天竜川沖合からの米英海軍の激しい艦砲射撃を受けた。
70分間だったという記録があるが、打ち込まれた砲弾はなんと2160発。

音の記憶はないが、真っ赤胃に染まった夜空の記憶は消えない。
浜松はホームタウンといわれ、ほかの都市への空襲の往き帰りにも、
爆弾を落としてったから、すでに市街地は焼け野原となっていた。

そこへ容赦なく20秒に1発の砲弾が飛んできたのだ。
凄まじい一夜であったことが、幼児のオレの脳裏に刻まれている。
いま残照をきれいだなと思ってみれない。

その色のうしろがわには忌まわしい記憶がある。
夏になると繰り返し、これを書く。
そのうち、これを知る人もいなくなってしまうからね。

オレは、幼子であったから、2月から7月末までの空襲が、
実際の記憶なのか、のちの大人たちの話による刷り込みなのかはわからない。
けれども、頭のハチを締め付けるような不快感はいまも五感にある。

あの不気味なB29の爆音と空襲警報のサイレンは、
脳味噌の襞のどこかにひっかかっている。こんな断片の記憶であっても、
これだけ残るのだから、経験した人たちは消えっこないのだ。

原子爆弾というものの実体を知ったのは、小学生になってからだった。
引率されていった美術館で「原爆の図」をみたのだ。
座り込んでしまう女の子がいた、立ちすくむ男の子がいた。

この絵の地獄が、ほんの少しでもわかる世代であったからこそ、
強い衝撃を受けたのだ。
あれは「戦争を終えるためにしょうがない.」などとすまされる出来事でない。

戦争被害をこれ以上広げないために必要な原爆投下だったと、
アメリカの教科書に書いてあるらしい。
あの原爆を落としたB29のエノラゲィは保管されている。

が、そこには、この飛行機がなんであるか、説明文はまったくないのだとか。
正当化であれ、なんであれ、かの国は教えている。
で、その唯一の被爆国である、この国の教育はどうなんだろうか。

あるいは、執拗に焼夷弾と爆弾の空襲を受けた地方都市は、
無差別な大勢の市民の殺略をうけたのだが、
それを次世代に伝えているのだろうか。

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どうやら愉しいのは俗人らしい - 2019.08.07 Wed

暑いよ。クラクラする。まるでフライパンの上だよ。
書斎で30.1℃。居間ではエアコンまわってる。
ぐったり。ご飯食べる? と呼ばれても、その気がない。

昨夜も、宵のうちから眠かったが、
夕餉あとに30分ほどうとろうとろして、0時までは頑張った。
それで寝室へいったら、あれぇ、エアコン入れてない。

これでは眠れない、と、バタバタしてたらおペケが目覚めて、
「どうするの?」って、「エアコン入れる」。
ベッドの裾をまわったら、何かに躓いて、どたんと尻餅つく。

いてぇのなんの。尾てい骨が疼いた。
半分寝ぼけて朦朧としていたが、それでも、ちょっとしたバランスが崩れ、
倒れたりするので、骨密度40歳並みのオレだが、注意にこしたことはない。

昼間から1時間眠ってしまっても、夜が眠れない? ってことがない。
が、寝過ぎたから、夜更かしの準備はしておいた。
新しいカメラのオーナーブック拡げたが、1ページと読めない。

日付が変わったころから眠くなり、
気が付いたらマウス握ったまま眠ってた。
前の日に9時間眠って、午後に2時間眠って、夜1時間眠って、

朝7時に起きてきたから7時間。
まったく居眠り妖怪の意のままだな。泥ィのように眠る。
ま、こんな暑い日は眠るに限るよ。

 1987-a1.jpg

駐車場から「荷物多いからきてぇ」とお呼びがかかる。
2人が両手にひとつずつもって、階段を上がる。
あ、食品の買い出し。

これだけ食べてしまうんだ。2人なのにィ。
「もうすこし節約しようか」とおペケがいう。
「いいんだよ、このペースで...... 」

 ←click 

「スーパーがエラい遠かったようで..... 」
「んだのよ。あらァ、寂しかった??」
寂しかァないけれど、腹へったァ。

ピアゴがドンキになって開店した。
「いっしょに見にゆく?」
「やだよ。暑いから...... 」って爺ィは動かない。

 1987-a2.jpg

朝倉さやちゃんという民謡日本一の歌手がいる。
静岡の6chで「朝倉さやの一人観光協会」という帯番組をもち、
話してる3分の2は笑ってるってキャラで和ませてくれる。

いまや静岡の爺ィ婆のアイドルなんだな。
彼女が多発する言葉に「ありがとさま」ってのがあって、
彼女の作詞、作曲の「ありがとう」って曲がある。

オレにとっての「ありがとう」は亡き人が、
心に刻んでいってくれた言葉なのだね。
彼女が障がい者になったとき、世間さまにむかっていつもいった言葉。

 世間のみなさんが支えてくださる。
 だから感謝を忘れては申しわけない。
 ありがとう、っていおうね。

あの人は、ほんの些細な関わりにも、ありがとうをいった。
心が寒いときでも、これをいうと、ほっと安堵した。
添っていて気がつくと、素直に「ありがとう」といえる自分がそこにいた。

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オレがおひとりさまになったばかりのころ。
自意識過剰で、自分が世間から疎外されて1人ぼっちだと思い込んだ。
こんなに悲しんでいるのに、世間はいつもと変わらない。

これが悔しくて、悔しくて、拗ねていた。
で、すこし落ち着いてくると、けっして世間のなかのひとりじゃない、
そう感じて、素直にありがとうっていえるようになった。

「ありがとう」
そういうと、お相手の顔が和む。
それがうれしくて、ごく自然にいえるようになった。

いま傍におペケがいる。
「わたしと暮らしてよかったといわれるように頑張るゥ」
そう健気にいってくれる人がいる。

もちろん、「ありがとさま」を忘れてはいない。
ま、4年経ってときどき忘れる。でも思い出したときにいう。
「ありがとうな」

ありがとうって魔法の言葉。
いうことで、心と心がつながる。
ほんとだよ。

 

そういえば、あの人は心臓が停まる3時間前に、
「ねぇ、こっちへきてぇ」とオレを呼び、
そんなことしたことがないのに、オレの肩へ頭を預けていった。

「ありがとうね。シアワセだったよ」
「なんだよ、死んでしまうようなこというな」

このシーンを思い浮かべて書くと、いまも瞼が濡れる。
「あんた、いい別れができたねぇ」
その当時にババフレがいってくれた言葉も忘れない。 

別離に、いい、わるい、があるとすれば、
オレは、あの人に感謝しなければいけない。
あれをいってくれたことで、オレはかなりラクになった。

「うん、わかった、寝なよ」
そういって、あの人をベッドに寝かせて30分ほどしたら、
「ねぇ、こっちへきてぇ」と、また呼ばれた。

それで「ありがとうね」っておなじことをいう。
あまりにも切なくなって、あの人の肩を抱きよせた。
別離に二度も「ありがとう」をいってくれた。オレは果報者だ。

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人間は忘れる動物であるっていうことを先日書いた。
物事を1時間後には50%、
1週間後には5%くらいしか覚えていないのだそうな。

で、自分の思いは、あくまでも自分の思いなんだからね。
他人が、自分の思考とおんなじであるわけがないし、
ただし、類似体験を経た人の脳の操作には似たものがある。

ゆえに、ときにはおんなじところで、感情が交差することは間々ある。
たしかに交差はする。

けれども、そこには錯覚も生じやすいからややこしい。
電極おなじだと弾くんだからね。
つまり、心の底までおんなじでにはなりえない。

ネットの世界のゆきちがいなんて、大抵はこれ。
そもそも自分の脳や心をコントロールするのは、自分でしかないわけで、
たしかに似たことを考えていると思えば、触れあった気がする。

ただし、触れあえる他人の心があるとするならば、
それは、大小問わず妥協でしかない。
似ているから過大な期待ももってしまうが、どこかですれ違う。

そこで、自分の主張を通そうとすれば、たあいもなく崩壊してしまう。
蜜月はけっして長くはない。
けれども、その錯覚に身を委ねることはラクチンなのだ。

だから、多くの場合に人々はあえてそうする。
が、これは誤魔化しなのだ、妥協なのだ。
それが心底で揺れる。

委ねていいのかと疑いつつ、現の快楽に溺れたりもする。
忘れる動物であるがゆえに、ややこしい。
なにを忘れ、なにを記憶しておくのか。人みな違う。

所詮、人と人の交差は妥協であるという所以である。
妥協するならば、とことん妥協してしまえばいい。
ヘンに自我をいれるからややこしくなる。

 自分が他人にしてほしいと思うことを、
 他人にも同じようにしてやるべきではない。
 その人の好みが自分と一致するとは限らないからだ。
           
バーナード・ショーはこういった。
へそ曲がりのオレには、これがよくわかる。
他人の思いの押しつけは、ありがた迷惑だからねぇ。

え? では他人に干渉されるのがいやならば、
1人っきりになるしかないじゃないか。
ま、そういうことになるんだな。

しかし、独りになりきれずに抱え込むんだ。
悩んだりするんだ。
特効薬は、ええからべぇ。

人になにをいわれようとも、ちゃらんぽらん。
あいつはダメだねぇ。
あいそもこそも尽き果てたといわれたら、それが思う壺。

やっと孤高の人になれるんだな。
そこまで徹したら仙人になれるかもしれない。
けれど、どうやら愉しいのは俗人のほうらしいよ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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それってシアワセなことだと思う - 2019.08.06 Tue

朝焼けを久しぶりに観た。
昨夜は「眠るゥ」といったのは21時だった。
小用に起きると、窓が赤くなっていて、いま陽がでるところ。

カメラを.......... と思ったが、気力がなかった。
もちろん、もう一眠り。次に起きたら6時だった。
ますます朝型になる。今夜も21時には眠くなりそうだ。

前の住処では、朝焼けの富士山をよく撮っていた。
ここは富士山が見えないからねぇ。
あまり早起きしない理由はこれ。

早起きするから眠い。
って、9時間は眠っているが、まだ眠い。
「暑いからなにもせずにいなさい」

おペケにこういわれて、それじゃァと居間の定席で眠る。
目覚めて「3分くらい眠ったか?」と聞く。
「ハイハイ、3分ですよ」

こういうときは30分は眠ってる。
こんな自堕落な毎日だが、この暑さは尋常じゃないからね。
ま、爺ィはこれで酷暑をやり過ごす。

婿殿はジムに通ってムキムキマン、パキパキの腹筋が自慢なのだが、
オレにも「ジムにいきなさい」と顔をみればいう。
やーだね。こんな自堕落爺ィがゆくわけがない。

で、歯医者の隣がジムなので、受付でパンフもらってきた。
「あ、これは無理だわ」と即座にいったね。
なんだりかんだりとけっこう会費が高かったのだ。

それで、おペケに聞いた。
「ジムとゴルフとどっちがいい?」
「そりゃァ、ゴルフに........... 」

「な、そうだろ」
「オレだってレンズ買ったほうがいい」
 かくして、ジムの話は流れたのでありました。

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日本人ってのは、みんなせかせか。
それが元気の証しだって迷信があったのかもしれない。
ましてや、ちかごろは体を動かすことが美徳だって風潮がある。

でねぇ。世間に高齢者が多くなって、
中途半端な爺ィは自分の衰えを認めようとしない。
ま、ときにはこれが迷惑かける。

70歳爺ィが単独で南ア前衛に登り、滑落して助けを求めた。
やめときゃいいんだ。その年齢までいったらね。
ま、オレがいうのも大きなお世話かぇ。

つでにいっとく。
やれメタポだとかなんだとか、大きなお世話だわィ。
ほっといてくれぇ。

ちかごろの週刊誌は高齢者雑誌になっていて、
めったやたらと、いままで医学常識といわれてきたものに、
反論しているのが面白いねぇ。

だいたいが老人は過度の運動をしないほうがいいんだ。
なぜかというと、老人と呼ばれる人々の年齢が上がってるからだそうな。
60歳前後のプログラムを70歳以上がやったら、誰がみたってダメぇ。

65歳過ぎたら、ぼけぇぇ............ としているほうがいい。
なんにもしないほうが長生きできるかもよ。
オレのは単なるものぐさなだけだけれどねぇ。逆もまた真なり。

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韓国が反日一辺倒になってきた。
大統領周辺が次々と日本けしからんといいだして、
不買運動はますますエスカレートしてゆく。

1ドル=1200ウオン台に突入して、通貨危機はすぐそこなのに、
反日で目をそらそうってことか。
まさか、こんななかで、日本へスワップ要請もできまい。

北朝鮮と経済協力したならば、すぐにも日本に追いつくと、
とうとう文大統領のホンネがでてきたが、
そうなったら世界の大半の国は相手しなくなるよ。

このウオン暴落で,
1997年当時の通貨危機再来があるやも知れず。
この1週間で何かがみえるとの噂しきり。で、どうする??

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歯だけは自慢だったが、いまはガタガタ。
一応は、ブリッジで全部の歯が揃っているようにみえるが、
あまり、そっちでは噛みたくはないわけで........

いいたかァないが、カタいものは辛くなった。
とろっとろっの角煮みたいな柔らかいもを、
「いいじゃん、これぇ」っていうようになってしもうた。

 ←click 

でも、左半分は大丈夫なので、少々固くても食える。
料理人おペケには異論があろうと思うが、
できれば柔らかいほうがありがたいのだねぇ。

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これ、オレが2005年に書いた、このブログの一節。
あれから15年になろうとしている。
世の中は変わっただろうか。

 ある衝撃的な事実を知った。
 小学生で3人に2人、中学生で2人に1人。

 これがなにかというと、「人間は死んでも生き返る」と答えた数。
 オレたちが子供のとき、こんなことを考えたヤツがいただろうか。

 親との葛藤があったとき、その苦悩から逃れるために、簡単に殺す。
 それは、目先の苦しさを回避することのみの思考である。

 ゲーム脳のせいなのか。核家族のなれの果てなのか。
 オレにはわからない。ただただ、いく先がおそろしい。

先日、オレたちの時代の父親像を書いたけれど、
あの人なりの子どもへの接し方が、折に触れて思い出される。
いまになってみると偉大な父親だった。

最近になって、妹たちと話す機会が多くなって、
父親なりの子供たちへの愛が浮かび出てきたからかもしれない。
ある意味、子どもは勝手に育つものでもある。

オレたちは兄妹は、それぞれがそうだった。
子は親の背中を見て育つけれど、
まァ、どこまでが親の責任なのかねぇ。

オレは、獅子のようになんべんも崖から落とされた。
おまえは跡継ぎだからといわれたのだ。
けれども幸か不幸か、2代目の役立たずといわれずにすんだ。

オレが継ぐ前に父親野会社は倒産してしまったからね。
で、なんべんも崖から落ち、その度に谷底から這い上がってきて、
自分でしたことは自分で始末する、それを徹底して叩き込まれたのだ。

ある意味でほったらかし。
それだからこそ、自由におのれの将来を描き続けることができた。
それではそれで、シアワセだったと思う。

自分の夢の実現ヘの途は、
並大抵ならぬ努力の向こうにあることを、
身をもって教えてくれた父親だった。

41歳で起業したとき、それを報告にゆくと、
わずかながらも出資をしてくれた。
要らないといったら、おまえの夢に加担したいといった。

3年経って、それを返しにいった。
いつになく酔いがはやく、
いつになく饒舌だったのを記憶している。

そのとき、オレの心のなかの氷河がちょっとだけ溶けた。
若い頃は理由なき抵抗であった。
オレの行く手に立ちはだかっていた父親の背中が大きすぎたのだ。

奔放な人だった。
オレにもおんなじ血が流れている。そう感じたこともある。
が、それを抑えたままでいままできた。父親は反面教師でもあった。

そんなオレを包んでくれたのが亡き人だった。
余所の女性のところへは一度もいかなかったが、海へすっとんでいった。
が、これぽっちの文句もいわずに往かせてくれた。

育んでくれた父親にも、いっぱい包んでくれたあの人にも、
大いなる感謝をしている。
母親にも感謝したいが、あまりにも接した時間が短かった。

そしていま、愛をそそいでくれるおペケにも感謝してる。
オレは「ありがとう」っていわなきゃいけない人が多いのだな。
が、それってシアワセなことだと思う。

ほんとうにありがとう。
オレはそういって目を瞑る。
って、まだあっちへイッちゃいけないね。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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だんだんと耐える力が衰える - 2019.08.05 Mon

あぢィ。いいたかァないけれどあぢィ。
書斎で30.9℃。生温い風が通っている。
この風が吹き抜けるうちはエアコン要らない。

なんか眠いな。7時に起きてきたからね。
ここんとこ朝型人間。といっても陽は電柱の上にある。
なので夜が早い。11時過ぎると眠くなる。

自分で珈琲注いで、ぼけぇぇ...............
南向きの窓から空をみあげていたら、アオサギが飛んでいった。
頭はまだ覚醒していない。

このクソ暑いのに負けず花がいくつか咲いている。
朝はベランダに陽が差し込まないので、新しいカメラもってきて、
いくつかの写真を撮っていると、おペケが起きてきた。

新しいカメラのシャッター音が、シャキッといい音。
これは、いいカメラだな。
買ってくれたおペケに感謝。ありがとう。

twitterで、ガーデンパークの向日葵が見頃とあった。
が、躊躇する。この暑さじゃねぇ。
ぶっ倒れるわ。あそこは日陰がないもの。

twitterでけっこう情報がみられるのだね。
ローカルアカウントをフォローしておくとつながってゆく。
オレのアカウントは2010年に登録して、いまフォロワーは171人。

むやみに増やしたってウザいだけ。
相互の情報が役立つアカウントだけつないでおけばいい。
@gombessa をよろしく。

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この間の、目玉焼きの甘酢あんかけがヒントで、
ワカサギの唐揚げをしてくれぇ......... と頼んでおいた。
で、キッチンからお呼びがかかった。

甘酢の案配がこれでいいかという。
ちょっと酢が強かった。砂糖がドバドバとはいった。
そんなに? といったけれど、これがGJだった。

 ←click 

これはねぇ。オレのおひとりさま料理の十八番。
見事にオレ味を出してくれたから、美味しかったァ。
たくさん食べたねぇ。

1984-f1.jpg 19840f2.jpg

おペケがゴミ捨てにいってきて、ふゥ............ と溜息、
「おーい、大丈夫かァ」といったら、
「まだ、大丈夫ですゥ」という。

風は通っているが、生温い。
「いれようか?」
と、エアコンいれたよ。倒れてからでは遅いがな。

オレは、汗ッ搔きでもある。
相棒ごんたクンが、そばへ寄ると熱いというほどに、
ゴジラみたいな熱気吐いている。

その自覚はある。自分が分泌する体液のなかでは、
いちばん多いのが汗かもしれない。
案外と尿をしない人で、夜だって一度も起きない。

オレって、夜眠れないってことはないし、
起きたら5分でご飯食べられる。
だいたい、10分したら「てんちゃら........」書き始められる。

さすがに、この暑さが脳天炙り、キーボードに手をおいても、
なにひとつ言葉が浮かんできやしない。
ダメだこりゃァ。

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この眠る、という習性は、零細ボンビー出版社で身についたもの。
いまでも、この身体のどこかに染みついてる。
いつ、どこでも、眠ると決めたら眠ることができた。

人ってものは、すぐにラクチンに慣れる。
けれども、会得したものは身を助けるらしくて、
夜を徹して遊び、世を徹して仕事したのが、どこかに未だに残る。

が、眠るのも体力なんだ。
まだ、そうはなっていないが、眠りすぎると疲れるらしい。
それから疲れのバロメーターでもあるね。

古希超えたばかりのころは、
不死身のごんべなんて強がりいってたけれど、
そのあと帯状疱疹、足の免疫不全だとか、なんだりかんだりあった。

つまりは免疫不全、要するに基礎体力の減退といわれると、
強がりいっていても、納得せざるをえない。
ある意味で、くしゅんと青菜に塩だな。

さらに6年過ぎたからね。なんだりかんだり後期高齢者だからね。
あのな、おまえ。いつまでも体力過信しちゃいかんよ。
なんとかの冷や水だからな..................... と思い知らされる。

 1984-aa1_201908051045273ff.jpg

あのころは年齢的に,そういう過渡期にあったらしい。
だから、「ムリしちゃいけないんだぞ........ 」というアラームだと、
理解して悟らなきゃいかんのだ。

「一昨年までは、弱気吐かなった。去年もまだ...... 」っておペケがいう。
そうなのよ。だんだんと耐える力が衰える。
だからさ、頑張っちゃってはダメ。

前兆あったらムリしない。これすなわち往生。
おまえ、立派な爺ィなんだから往生こけぇ............... ってこと。
そのアラームが、めったやたらの眠気でもあるんだ。

食後1時間もすると定位置ソファーにすっぽり。
30分もしないうちに意識がどこかへいっちゃう。
こうして、うとろうとろ.............. してるのは天国だねぇ。

テレビ音声は、うたた寝の子守歌。
ヘンなモノで、静かになっちゃうと目が醒める。
テレビ切って「寝るわよ」とおペケがいなくなったら正気になる。

ま、眠れるうちが華だという。
寝坊助すてれんきょーに小すてれんきょー。
2人揃って、今日もぐーすかぴーのちゃんらんぽらん。

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釣り師は、包丁一式と砥石をもっている。
魚を釣ってきたら、まず調理のまえに、自分が納得いくまで,
包丁に砥石をかけるんだねぇ。自分のことはね。

それが「包丁研いでくださいね..........」と亡き人がいっても、
「うん、わかった」とはいうけれど、これなかなかやらない。
自分がやるとなると、よく研ぐのだな。

で、玉葱すぱァー、ニンジンすぱァー。胡瓜すぱァー。
ま、よく切れること、切れること。
孝行に気付いたときに女房はなし。

ごめんな.............. って、
いまごろになって詫びてもしゃーないね。
で、おペケはっていうと、自分で研ぐから頼まれたことがない。

まァ、オレは単身生活長かったから、
いうなれば、男一人食ってく工夫は、ベテラン中のベテラン。
イイ加減に食えりゃいいって、発想ならばのはなし。

イイ加減料理のレパートリ ィはけっこうもっている、
で、「ほう、なかなかやるじゃん.......」て、
うるさがたのオババ連中にいわしめるのだから、たいしたもんだ。

イイ加減にやって覚えたものだから、セオリーを知らない。
それで、ベテラン主婦の皆さんに「やるじゃん」といっていただけた。
なーに、型破りの意外性だけ。

これって「掟破りのイイ加減は、コロンブスの卵である」なんだな。
ある人がいった。「あんたに教わるとはねぇ」ってね。
「オレに教わっちゃ、主婦の沽券にかかわるのかぇ?」

よせばいいのに、そう憎まれ口いったら、しばらく訪問なかった。
口は災いの元であるってね。
ともあれ、最後の尾ほうは料理するのが愉しかった。

料理するのはキライじゃない。
でも、ほんとは、そんなに好きでもない。
やらずにすめば、どでーんと寝ていて、な〜〜んもしたくない。

さすがのおペケも、このクソ暑さに
昨日は「なにもしたくないィ」というのだ。
「いいよ。今日もできあいでぇ............ 」

これがあたりまえ。
したくなかったらしなくてもいい。
が、ややあって「やるゥ」とおペケが根性入れた。

「おーし、がんばれぇ」って、
オレはなにもしないけれど、エールだけ送っといて、
「笑点」観てたらいつの間にか眠ってた。

なんにもしないけれど、
そのかわり「美味かったァ」となんべんもいったからね。
かんべんな。

てなことで、どちらさまも暑さに気を付けて.......
ほなあした.................

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父親は自覚と自信とに満ちて存在していた - 2019.08.04 Sun

暑くて、疲れ果てて、眠くて、早く寝てしまった。
10時には寝室へいったから、6時30分に起きても、
8時間はぐっすりこんこん。

今朝がた夢を見て、なんか寂しくて、
おペケはまだ眠っていたけれど、自分で珈琲注いで、書斎へきて、
ぼけぇぇ.............................................

昨日が月命日で、墓参りいってきたせいか、
久しぶり、ほんと久しぶりに亡き人の夢をみたのだ。
10年を過ぎると姿がないんだな。

10時に帰るからと言い置いて仕事にでていった。
あの人は結婚式場のプロフェッショナルだったからね。
10時を過ぎても帰らない。イライラしながら酒を飲んで待っている。

0時をまわっても帰らない。
これはなにかあったぞ。行動を起こさねば............
ってところで目が醒めた。

まだ、こんな夢を見る。
もう帰らないという夢を見る自分がいる。
これが、オレの心の片隅にあるんだな。

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お昼まえに丘の上にいった。
太陽が照りつけていたが、風があったので、
それがなによりだった。おペケの日傘に入って歩く。

妹の誰かがきてくれたようで、お線香が消えたばかり。
「お昼のパンがないから寄って....... 」というので、
帰途にコンビニへ寄った。

「今夜はコンビニ飯にするか」
「よければ............. 」

ってことで、久々のローソンご飯。
ファミマがちかいので、たまにはローソンもいい。
おペケは、ラクチンできて異存なし。

 ←click 

帰ってから、このクソ暑いのに書斎のデスク弄り。
窓が背後だと眩しくて、目が疲れる。
なので、窓を横にする位置にデスクをおいてみた。

「雰囲気変わっていいじゃない」
「地震がきたら、オレは本箱の下敷きだよ」

ぐらっときたら、居間へ逃げる。
これね。しっかりと頭へ叩き込んでおこう。
ムギュゥってのもイヤだからね。

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犬でも猫でも、幼いうちは可愛いなァ。
豆柴なんて、ころころしていて、まさに犬っころ。
腹を地面に擦りそうな、あの可愛い盛りはすぐ終わるけどね。

オレがNコロに乗ってたころ、うちにも芝犬がいた。
こいつ成犬になってうちへきたから、
気ばかり強くて、オレにもときどき反抗したんだな。

だから、あるときヤツの鼻っ柱をオレが噛んでやった。
おまえのボスはオレだからな、って。
それでも、認めたがらなかったね、あいつは頑固だった。

でも、弱点があった。車に酔うんだ。
そのくせ、海に連れていけとせがむ。
車のそばにゆくと、もうちぎれそうに尻尾ふってる。

なのにドア開けて「おいで.............」というと、ちょっと躊躇う。
走ってすぐだね。ほんとうに情けなさそうな顔して、オレに訴える。
窓開けてぇ........... って。

ウインドウをあけてやると、顔だけ外へだしている。
ときどきヒックヒックしながら海に着くと、
砂浜に転がり波と戯れて、愉しくてしかたがないって顔してる。

ひとしきり遊んで「帰るよ」っていうと聞こえないフリ。
「おいてくよ、もう」と窓閉めると、
しかたなく寄ってきて、「入れてぇ......」。

そのくせドアあけると逃げてゆく。
そんなこと2、3度するんだな、いつも。
最後に、ほんと情けない顔して車に入ってくるんだ。

テレビで柴犬見ていて、
タロウのこと思い出した。
オレが犬を飼ったのはアレが最後。

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いまもむかしも離合集散は人の世の常。
これはイヤってほど知ってる。
縁があって人は出会い、その縁が切れて離れていく。

(えにし) っていうものはそういうもの。
このBlogでも、いくつかの縁に恵まれ、
そしていまは、そっと離れて見守る人もい。しかたない。

オレ、淡々としているよ。
人世には星の数ほどの出会いがあり、そして別離がある。
そういうもんだと、達観してしまった。

その間際は、じたばたし、狼狽え、なにかに縋り、泣き、笑い、
ま、お相手によっては、いろいろあるのはいたしかたない。
それが生きてゆくってことであるし、その試練で人は成長する。

が、個々人がどんなに試練を経験し、学んでも、
それは、その人のみのもので、試練は連綿と繰り返される。
人とはそういうものらしいなァ。

と、このごろようやくにして、
わかってきたような気がしなくもないこともない。
↑ いったい、どっちだァ?

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オレの父親っていうと明治の終わりの生まれだから、
いまどきの父親像とは大きく違う。
でも、背中をみて育って、それなりの絆があったように思う。

昨今は、その父親をを殺めてしまうという、
心の闇をもった若者がいるし、そのまた逆もある。
なんで尊属殺人が多いのだろうか。憎しみは近いほど強いのか。

または、世間的には立派なポジションにあっても、
子供をコントロールできていない父親がいたりする。
オレには解せない。

オレたちが受けた父親の愛っていうのは、
ま、すくなくともオレたちが受けた愛ってものは、
現代の父親とはまったく違うものだった。

骨太で、黙ってしたがえば間違いないんだ。
そういう自信に溢れた背中を見せた。
あれってなんだったろうかと、つらつら考えてみた。

そこには、自分が男としての地位を確立すれば、
即ち家族はシアワセであるという思いが、
自覚と自信とに満ちて存在していたからだろう。

それは、家族にとって苦痛を与える反面もあるけれど、
それなり立派なものではあったと思う。
オレが思うには、もうひとつ大事なことがある。

そういう夫を敬い、ついてゆく母の姿なのだ。
すくなくとも、子供の前で父親を罵倒する母親はいなかった。
これは大切だと思う。

倅もまた、その背中をみて、善い悪いも学んだのだ。
そういう父親像が、いまの時代にそぐうかは別としてね。
この時代になって、失ったものは多いはず。

わが父親は反面教師であった。
おのれが味わった思いを、父親として子どもに与えてはいけない。
頑なに、この思いが心のなかに巣くっていた。

オレ自身は、生半可な父親でしかなかったが、
これは貫き通したと思っている。
いまでは、娘に説教される父親だけれど........

なんかしらん。いまごろになって、
あの父親なりの愛が理解できるのだねぇ。
あんた、いい父親だったよ、そういって酒酌み交わしたい。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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いわゆるKYじゃダメだね - 2019.08.03 Sat

暑くたっていいじゃないか、夏だもの。
なんて強がりいってる余裕はないよ。ほんと暑い、クソ暑い。
この爺ィは24時間エアコンに保護されておりまする。

さて, 本日は3日。丘の上に往く。
あの広い墓地がねぇ、暑いんだァ、タイヘンだよ。
空は? 薄曇りだから、多少はいいかな。

夕方になって、北の方から黒い雲が広がってきて、
一雨きたら涼しくなるよ、っていってたが、降らなかった。
ゴロゴロと鳴ってたようだが、夕立はなかった。

おペケっていう人は、稲妻のギザギザが好きな人で、
「きゃァ、怖い」とはいわず、「あ、キレイ」というヘンな人。
気温は31.2℃。湿度は68%。

むかしから、怖いものは地震雷火事親爺っていう。
天候異変の怖いものっていうことだが、
親爺は大山嵐 (おおやまじ) のこと。これがなにかというと台風。

雷ってのは2番目なのだが、これが空を走りまわると、
なぜか不安になるのはたしかだ。
怨念や言霊に縛られて暮らしていたころはとくにね。

たとえば政変があったりして、
敗者の怨念が空を飛びまわるような捉え方をしていたらしい。
菅原道真が流されて憤死した。その怨念が都の空を毎夜飛んだという。

雷鳴が鳴り響き、都に疫病が流行った。
それで、神社を造って道真を慰霊するというか、封じるのだ。
この国の神社って、そういう怨念封じがけっこうある。

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韓国のホワイト国解除の閣議決定がされた。
あちらさんは大騒ぎであるけれど、
なすべきことをすればいいだけのはなし。

禁輸するわけじゃなし、
兵器にもなり得るから訳わからん行き先には、
出しませんっていうだけ。審査してのちだしますというだけ。

 韓国の文在寅大統領は2日午後に臨時閣議を開き、
 冒頭発言が異例の生中継で公開された。
 文氏は、日本の決定が「非常に無謀」だとして,
 「深い遺憾」を示した。

なるほど、「遺憾砲」がでたか。
対韓国での理不尽に対してこれまで、日本政府が、遺憾を連発してきた。
あちらからいわれてみると「遺憾砲」ってのはたいして効かないねぇ。

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毎朝似たような写真2枚撮って「朝フォト」 へ載せる。
珈琲とカメラもって4LDKをひとまわり。
なにかしらん被写体があるわけで、ま、そのうち眠気も醒める。

見慣れた風景だけれど、おなじ風景はない。
観る眼が新鮮であれば、なにかが目にとまる。これだ。
それほど力まないで、被写体みつけるって目を養ってるつもり。

おペケが、毎日、毎日、よく見つけるね。
そういってくれた。ありがと。
意識して撮ってはいない。ごく自然に撮ってる。

毎朝、自然体の訓練してる効果だろうか。
まだ、目が醒めていないから、これがホントの自然体か。
そうなら、うれしい。

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おペケも電子レンジ料理というものを、やっとするようになった。
オレは冷凍食品多用で生きてたようなところがあるから、
それほど抵抗はないし、かなり美味いとも思う。

で、昨日の料理は新レパートリー。
目玉焼きの甘酢あんかけ。それみてオレも閃いた。
今度これやるとき、ワカサギも買ってきてぇ。

ワカサギ唐揚げのまずあんかけだね。
オレ、これをけっこうやってたぞ。
絶対に美味いと思う。

 ←click 

新聞の料理ランでみたらしい。
半熟玉子がやややや柔らか過ぎた。が、ペケは成功の元。
次は美味しくなろうってあすなろみたいな。

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それで、いわゆるグルメ番組観ていると、
女性レポーターが、ひとくちごとに感嘆の声を上げる。
「わざとらしいね」とおペケがいい、オレも同感。

「はや過ぎるだろ」
もっと味わえや、ってツッコミ入れる。
うまいっていうタイミングがあるだろ、って思う。

そのタイミングでアクションするか?
ってわざとらしいと興醒めだねぇ。逆効果差わ。
味わいってものがあるはず。

大御所、イシちゃんの顔芸もハナについたしなァ。
バナナマン日村さんの食いっぷりはすばらしい。
彼のは美辞麗句はないが、ほんとうに美味いってのが伝わるね。

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なんでもクレーム入れる世の中って住みにくいね。
いいやすい世のなかだからって、どんどん社会が狭くなってゆく。
今朝、twitterにこんなツイがあった。

 警察官がコンビニにいるのを苦情、
 救急隊員が自販機でジュース買うのも苦情、
 自衛官は迷彩で歩いていて苦情。

 電車の運転士、水飲んで苦情。
 医者、飯食うのも苦情。
 クレーム入れる人たちは、何を考えているんですか?
 彼らを人間だと思っていないのですか?

情けない世の中だよねぇ。
オレは、あと10年くらいでいなくなるかもしれない。
その先の............... ま、やめとこと。

話題変えよう。
「ちょっと迷って........ 」
おひとりさまのときは、このフレーズがよくでてきた。

実際に迷うのじゃない。
「これ、どうしようか?」
「そうね、入れておけばいいんじゃない」

2人だとこの相互肯定があるから、決めやすいけれど、
自分に問うて、ちょっとだけ迷って、
「どうする?」って脳内会話があってから「そうだな」と決める。

この決めるまでの間のプロセスが、
ちょっと迷って.......... だったんだ。独り身の間だな。
会話はあるほうがいい。そう思う。

 自由とわがままの違いは、
 他人を妨げるかどうかである。  福沢諭吉

で、むかしから「夫婦は空気みたいなもん」だっていう。
たしかに阿吽の呼吸はできてくるから、
それはそれでいいかもしれない。

おペケとも4年なりに、それが出来あがっている。
でも、空気では駄目なんじゃないかって思う。
ほんとうに。大事なもの失って気がついたオレがいうんだ。

お互いの存在を認めあい、
慈しみ合わなくてはいけない。
とくにシニア以降は、そうなんだと思うよ。

かけがえのない歳月なんだよ。
わたしたちにとっては.......... とおペケ。
今日を一緒にいられることを大事にしなきゃァ。

空気みたいなもん。でいいかもしれないが、
お相手の空気読めなきゃダメだねぇ。
案外と世間には、わけわかめのおとっつあんは多い。

まさかの定年離婚、あるいは熟年離婚ってヤツ。
三行半をつきつけられて、
どーしてだ? オレが何をしたッ? って慌てたって、もう遅い。

それがなぜか、わからんお人だから、そうなるのだ。
いつまでも、いままでのままでいようとするから、そうなるゥ。
なにも感じなかったら、そりゃ鈍感過ぎるゥ。

晴天の霹靂びっくりこくのは男性だから、
妻の胸のうちなどなにも知らぬ。
まさに、知らぬはオヤジばかりなり。

女性は、こうと決めたら強いからねぇ。
世間体が...... なんていわない。
哀れ、おとっつあんは..................................

けれど、離婚も、再婚も、まずは経済力なのだ。
オレたちだって踏み切れるかどうかは、それだったからね。
その憂いがなかったからこうしていられる。

どっちにしたって老いることからは逃れない。
迎えないわけにはいかない。
その日々をどう迎えようかってことだからねぇ。

「空気みたいなもん」でいいのかもしれないよ。
ただし、空気の揺らぎを通じてお互いを感じあうことだと思う。
オレも、えらそうなことはいえない。ときどきそれを忘れる。

いわゆる「KY」じゃダメだね。
つまり、空気が読めないではダメ。
YはYでも空気の揺らぎを読めなくちゃ.........

ごんべ、ただいま修業中でござい。
ほなあした.......

20chaplin_20190104115545e01.gif ゆあ・はっぴー?

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新しいカメラが愉しいよ - 2019.08.02 Fri

空が真っ黒となり、一雨きて涼しくなるかと期待したが、
なんやら降らずに雲だけ東へ消えた。
あぢィ。昨日の昼間からエアコンまわりっぱなし。

初熱帯夜だからエアコンなしでは眠れなかった。
我慢するこたァない。快適温度で朝まで一気に眠った。
で、今日はパンツの日。なんのことはない8ン2だからね。

そういえば、昨日は(.人.)オッパイの日だった。
これもなんてこたァない、81ってだけ。
で、今日をホワイトデーにするかってはなしもある。

つまり、今朝の閣議で韓国をホワイト国から外す決定をした。
ま、当然のこと。これは国際的な義務なだけ。
兵器にも転用可能な戦略物資を管理できない国への当然の措置だ。

不明な点があると問い合わせても3年間返事なし。
いままで、まァまァできた。これからきっちりしましょてこと。
勘違いして、日本品の不買運動してるらしい。

いま、あちらのネット検索では「ホワイト国」が上位にある。
ホントの意味を知らされていなかった。意地悪の規制強化だと思っていた。
ま、いまさら知っても遅い。

韓国のどこかのユニクロが店を閉めたとか。
そのへん両国はこんがらがってるから、
自分たちで自分たちの雇用を減らしているってこともある。

もうひとつある。↑ これだ。
あちらのニュースでは、慰安婦像が日本初上陸と放送した。
この案件は、昨日からtwitterで大炎上している。

なんにしても、このような展示が名古屋で準備され、
大村県知事が得々と裏Vサインで写真をのせているアホらしさ。
それに気付いた国会議員や、地方首長、高須センセなどが動いた。

国内のメデイアは、安定の無視。
ここまで大きくなると、そのままの展示では開催されないと思うし、
また、それでないと許されるべきではない案件ではある。

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新しいカメラが愉しい。
このカメラのISO感度MAXは、実に819200。
で、実用範囲6400で撮ってみた

うひゃァ、三脚要らない。
そのまま撮れちゃう。すげぇ。すげぇ。
これって、かなり使えるゥ。

これだけ光量あったら昼間といっしょだよ。
ホタル撮りいいかも。
ナイト撮影にゆきたいね。

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カメラを買ってワクワクするのは久しぶりだ。
このKPはミドルクラスといわれてるわけで、
機能も最上位だから憶えることがたくさんあるのだな。

ごんたクンがいみじくもいったのだ。
「だんだんと、ついてゆけなくなる」ってね。
オレは、使い倒して覚えてゆくほうだけれど、これにはまいってる。

つまり、イージーな使い方したならば、宝の持ち腐れもいいところ。
ミドルを使うこたァない。
ひとつずつ覚えて良さを引きだしてゆかねば...........

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昨夜は熱帯夜だった。
書斎まではエアコンもそれほどとどかない。
足下へむけて、扇風機をまわしている。

何時頃だったか、視界の橋をなにかが動いた。
ん? とみると大きなゴキブリ。
そうなんだね、ここんとこ続けてゴキが出る。

しかも立派な成虫で新聞紙丸めて叩いてもへっちゃら。
入居時に4万円で消毒したが、
それが効いてるうちは1匹もでなかったのだ。キレたか。

で、おペケは寝てしまったし、しかたないから、
殺虫剤で噴きながら追いまわして仕留めたが、
腕や顔に多少はかかったか、なんとも痒い。

眠いのは眠いし、ベッドに転がり込んで、
ボリボリ掻いていたらおペケが目を醒まして、
「どうしたの?」というから、これこれしかじか。

「シャワーいっといでぇ........... 」というが、
眠くて朦朧としている。で、濡れタオルを作ってくれたので、
それで拭ってなんとか。

 ←click  

さすがのおペケも、暑くて、アツくて、
なんにもしたくないといい、
「喝いれてぇ、シャキッとするように」という。

「そんなもん、シャキッとなんかせんでいい」
「そうなの」
「だらだしとれや、たまには...... 」

1982-a2.jpg

前の住処の郊外のおんぼろマンション4階は
だいたい風が吹き抜けていって、
夏でも夜中には寒くなって窓を閉めるくらいだった。

そのかわり蚊の大軍が襲ってきたねぇ。
だから、電気蚊取りは欠かせなくて、
パソコンの前を酩酊した蚊がひょろりと飛んでいったりした。

不肖ごんべ、なぜか蚊の集中攻撃を受ける側の人なのだ。
ましてや、あそこでの標的はオレひとりきり。
万全にしとかないと、刺されて蚊のアレルギーで七転八倒になる。

ここいらはコンクリートジャングルゆえ、
ボーフラが沸くほどの水たまりがないのか、
蚊はいないんだな。

あの、オレが所帯もったころには蚊帳を吊ったんだ。
なんか情緒があって、ふわふわって揺すってから
なかに入ってくるあの人がいつもより艶めかしくみえたものだった。

で、梅雨がやっと明けたと思ったら、
急にアツくなって、北海道がいちばんアツかったりする。
なんだか、地球がおかしい。

が、いまに生きてる人間たちが、いままでと違うといってるだけで、
連綿と続いてきたこの星の歴史からいえば、
ほんのまばたきの間の変化かもしれないんだよね。

あの恐竜だって絶滅したくらいの、
1コの星である地球の変化は当然なんだ。
だから、人間は驕っちゃいけないのにねぇ。愚かな争いが起きる。

オレたちの年代は大人たちが戦争して、多くの人たちが傷つき、
多くの人たちがそれを引きずって悩み、
それでも、心を新たにして復興のために頑張ってきた。

オレの中学のときの親友のとーちゃんはは半島の人だったから、
彼の思春期の悩みも知っているし、
あのとーちゃんがのしあがってゆくのもみていた。

そのオレがいつのまにか爺ィになった。
そのあいだ反日を教えこまれ、さらに、それで、
国民をコントロールしてきた国と、どうやってわかりあえるのか。

ただ、いつも譲ってきた日本が今日という日に、
もう、や〜〜〜〜めたといい切ったのだ。これは意義がある。
内なる敵は多いけれど、割り切ってゆくしかない。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

20chaplin_20190104115545e01.gif ゆあ・はっぴー?

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