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2018-11

感謝すべき人たちを知っていたといってもいい。 - 2018.11.01 Thu

今朝の空は、しっかりと風の通り道がついて、
いかにも秋という感じ。
19.8℃、今秋はじめて20℃を割ったのだな。

いま10時だけれど20.5℃。気温が上がらない。
こさむったい。11月に入ったからな。
望遠レンズで覗いた里山は、まだ赤くはなかった。

今年の浜松基地エアフェスタは11月25日。
寒いぞ。空っ風吹いたら、たまらんち。
家のなかでダウン着て、毛糸の帽子かぶってぇ............

それでも愉しみだねぇ。
昨年は雨で中止だったから、待ち遠しい。
以前は、自転車で基地横の畑までいったんだ。

その畑ポイントがソーラーパネルを設置したらしい。
撮影ポイントがなくなってゆく。
ピアゴの屋上駐車場へいってみようか?

 10111-a1.jpg

昨夜は「豚すき」だった。
おペケは、肉といえば牛という文化の人。
オイらは、肉っていえば豚。

だから、おペケはいまごろ豚肉の旨さを知った人。
オイらはいまごろ牛肉になれてきた人。
これも地域の文化の違い。

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「すき焼きに自信ついた」
それはよかった。
実は、おひとりさまだと、すき焼き鍋は中途半端。

やっぱり、多めののネギと肉が醸し出す旨さは、
ちまちまのひとり鍋では出てこない。
すき焼きは、大勢で食べるもの。

 18111-a4.jpg

昨日の記事にコメントをいただいた。
ま、オレ自身もその件については、
むかしから釣り師としてひとつの意見をもっている。

まず 釣り人はアマチュアである。漁師ではない。
すなわち魚獲りは趣味であって、漁 (すなどり) ではない。
師だなんておこがましいってものだ。

自分の食べられる分だけ、魚の命をいただき、
より美味しく、その命を感謝していただくため、
釣ってすぐに生きシメをして持ち帰る。

これを、オレは釣りの信条としてきた。
わがやのルーツは漁を生業とした漁師であるせいか、
爺ィちゃんも父親もオレも、釣り好きだった。

で、釣り好き三代の家訓がある。
釣りは、愉しんで釣って、自分で料理をして、
家族に「あァ、美味かったァ」といってもらって一人前。

だから男子厨房に入らずの明治生まれが、
自分の釣ったものだけは包丁をもち、天ぷらを揚げた。
と、まァ、オイらはその三代目。

171010-m3.jpg

ゆえに、ずいぶんと美味い魚を食べてきた。
魚の旨さについては、ひとかどの舌をもっている。
と、いう自負はあるつもり。

昨日の記事の論点はほかにあったから、
イカの活き造りが残酷であるかは、舌足らずであったと思う。
その点で、コメ主との意見のズレはない。

そもそも活き造りなんてものは、料理ショーである。
外国人が世界遺産の和食の見事さに感心する。
それを和食職人は誇りとしている。

で、その技術の一端しとての、刺身が動くことに、
異なる文化の外国人が残酷さを感じるのも無理からぬこと。
あれは、苦しんで動くのではなく、筋肉反射だという。

だいいち魚に痛感はないという。
鈎にかかって暴れるのは、自由を束縛されるため。
ま、痛み、苦しむわけではないらしい。

これはヌーハラといっしょ。
麺をズルズルとすするのがいかんと、この国でいわれてもねぇ。
落語では、この音で蕎麦の旨さを表現する。

日本の文化伝承は他文化の人たちに意見される必要はない。
伝承すべきは伝承の努力をする。
ただ、それも時代の趨勢に背くべきではないとは思う。

 18111-a3.jpg

釣り師にいわせれば、
実際に、生け簀で活きている時点で活きているというだけ。
これも、技術を見せるショーなのだ。

活きているのをみたから新鮮だと思うだけ。
だから、これを和食の包丁の巧みさの文化とみるか。
生殺しの残酷ショーとみるかは、個人の考え方次第である。

ま、それほど目くじらたてずに、
文化の伝承として、みてあげればいい。
魚をぜんぶがぜんぶ、そうしているわけではない。

昭和30年代に製氷技術、あるいは瞬間冷凍の技術が発達して、
われわれが口にする魚の大半は苦しまずに冷凍される。
生き物の命をいただく。そしてオイらの命に代える。

それを当たり前だと思うのか。
心して感謝するのか。ま、そのへんだ。
やいのやいのいうことはない。みんなダブスタを抱えている。

 10111-a2.jpg

で、その食べ物にした命への感謝についてだ。
テレビでの食事風景では,ドラマでも食レポでも、
必ず手を合わせて、いただきますゥ.......... とやるのだな。

オレたちの年代、すくなくともオレもおペケも,あれをやらない。
オレたちの時代だって、小学校のときに給食があった。
脱脂粉乳だなんて、鼻つまんで飲み込むものもあったけれどねぇ。

でも、一斉に手を合わせたっていう記憶がないのだ。
いただ〜〜〜きますといった憶えはある。
孫たちが小学生のときに聞いてみた。

「なんで手を合わせるのだ?」
明確な返事はなかった。
手を合わせるってことが形骸化しているに過ぎない。

なんで手を合わせるのか。
食べ物を作ってくださった皆さんに感謝する........... っていう。
では、オレたちはなぜやらなかったのか。

ことさらやらなくても、
感謝するのはあたりまえだったからだ。
感謝すべき人たちを知っていたといってもいい。

いまのように捨てるほどに食い物が余ってもいなかった。
食事の姿勢や、残すことは厳格に、躾けられて、
食べるもののありがたさ、作る人への感謝がそれに込められた。

日常的に、それぞれのお仕事をする大人たちには、
尊敬の念があったし、親の背中をしっかりみて育った。
いまどき命を云々するのに、食べ物を粗末にするのは矛盾している。

それから神社の鳥居の前では立ち止まって、
ひょこんと頭を下げたしねぇ。
世間ってものが、そういう仕組みだったのだ。

子供たちは真っ暗になるまで外で遊んでたし、
代々のガキ大将が、その子供なりの秩序を教えたし、
たんこぶつくって帰ったって、カァちゃん笑ってすませちまった。

これも前に書いたエピソードだけれど、
友達の一人が桶屋のせがれだった。
とーちゃんが、とん、とん、とんと木槌ふってタガをはめてる。

オレたちは,土間の隅でそれをみている。
その仕事の手際のよさに憧れるんだな。
すると、友達がちっちゃなダンゴ鼻ひろげていうんだ。

オレも大きくなったら、立派な桶屋になるゥ。
うん。働くとーちゃんの背中に誇りをもっていたのだ。
いまは、どうだ??

学校の道徳の授業時間を増やすっていう問題じゃないと思う。
お手本になる大人だろうね。
それから、その大人の子どもへの接し方だろう。

あって当たり前の世の中。
ジコチュウでなにが悪いって世の中。
感謝の気持ちなんて、わいてはこないのか。

「なんで手をあわせるんだ?」
「だってぇ..........」みんながするからそうする。
それが形骸化してれば、屁の突っ張りにもならない。

まァ、オレがここでこんなこといったって、
これも屁の突っ張りにもならん。
現実の社会は、こういう形になってしまったのだ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............
 
20chaplin_20131128081945c5b.gifゆぁ・はっぴー?

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