topimage

2018-05

母の三回忌に寺へゆく - 2018.05.03 Thu

雨は小康状態。晴れ女大明神 頑張ったァ。
昨夜は相当に降っていたけれどね。
今日の法事、なんとか11時までもってほしい。

母の三回忌。お寺で10時開始。
1時間くらいだから、そこだけやんでいてくれればね。
最強晴れ女おペケ大明神はこういった。

「わたしが、そこだけはやんでもらいますゥ」
7時に起きてきた。とりあえず雨は落ちていないぞ。
北の方の空も明るい。なんとかなるかな。

 ←click 

昨日もお昼は女子会だといって、妹2人がきて寿司ランチ。
ま、半年にいっぺんだから話は弾む。
雨が降り出したなかを送っていって、帰ってきたら遅くなった。

「いいよ、寿司の残りで.......」
「そう、ごめん」

といってるところへ、宅急便さん。
GWなのにごくろうさま。
おペケの故郷の友人から山菜が箱いっぱい届いた。

「送ってけて、まんずまんず、ありがてぇことなァ」
だそうで、大喜び。
娘夫婦が法事のあとで寄る。

オレも外出ばかりで、ちとくたびれたで、は。
外食のつもりだったがゆきたくね。
どうするか?

 1853-r1.jpg

ただいま1時40分。
雨は降っていない。ずっと降らなかった。
さすが最強晴れ女おペケ大明神、素晴らしい。薄日が挿している。

本日は浜松祭りの初日。
こちらも、風が強くて大凧の揚がり具合も最高だと思う。
凧揚げ会場は中田島海岸の西側。

浜松の凧揚げは、男子の節句を祝って初子、つまり、
前の年に生まれた男子の名前と家紋を付けた凧を揚げてお祝いする。
高々と揚げただけでなく、この凧の糸を摺り合わせて切り合う。

糸といっても麻のロープだから、
糸を出したり、引いたりして、摩擦力で相手を切るわけで、
その駆け引きや凧を空高く維持する技が競われる。

この凧揚げ場から引き揚げるとき、威勢よく若い衆が錬りながら帰った。
これが夜になってからの御殿屋台引きまわしと、初子祝いの激練りとなった。
本来は男の祭りだが、このご時世だから女の子も祝っている。

戦前のことだが、凧揚げ場が練兵場の隣にあり、
糸切り合戦の佳境に、兵舎の兵隊さんが進軍ラッパを吹いて、
景気づけをしてくれたそうな。

以来、浜松祭りとラッパ隊は切っても切れない関係となった。
このラッパの音とわっしょいの掛け声がすれば、
1年中どこでも浜松っ子は血が滾る。

祭りはさておき、
法事終わって、娘たち夫婦と大きなそば屋さんで、
それぞれ腹いっぱいに美味いモノ食べた。

それから家で1時間談笑して、いま若夫婦が帰ったところ。
眠いのだ。
我慢できないからデスクで眠った。

 18430-as13.jpg

1日にフラワーパークを5000歩あるいてきて、
2kg弱体重が減ったのだが、昨日はお寿司を腹いっぱい食べ、
今日も外食で腹いっぱいとなり、結局のところ体重は元の木阿弥。

以前は春の気配で薄着になってくると、
慌ててストレッチなんぞはじめたものだったが、
最近はな〜〜〜〜〜んもせん。

今日あたりもけっこう応えているゥ。
ちょっとだけ腰へきて、眠くて、瞼が垂れ下がってくる。
居間がさっきから静かなのだよ。

見に行ったら、おペケ大明神、神通力使い果たしてか、
テーブルに突っ伏して眠ってたよ。
おペケ、頼りになるのだよ。お疲れさん。そして、ありがとう。

 18430-as14.jpg

娘んとこの猫の仔、どうした? って聞いたら、
いま入院しいるという。
梅の木からガレージの屋根に飛んで、滑って落ちたっていう。

動けなくなったらしい。
この仔の名前はサッパという。漁港へサッパ釣りにいって、
そこの釣具店から貰ってきた仔だからのネーミング。

先代のミーは野良の仔だった。
雪が降ってる真夜中にでも外へ出してくれとせがみ、
朝まで帰ってこなかったそうだ。

今度の仔も野生児になりそうか? と聞いてみると、
住んでるのが郊外だからやんちゃだけれど、いまどきの猫という。
それほどの野生はないらしい。

オレが幼い頃、縁側の下にシェパードがいた。
そう、エル号って名前だった。
軍用犬だったか、警察犬だったか、お役御免になったお年寄り。

オレが寂しくって、人肌恋しいときはエルの横にもぐり込んだ。
エルに巻き付いていると、いつしか眠ってしまう。
目覚めると、エルが慈しみのこもった目でオレを見詰めていた。

ペロリとだんご鼻の頭を舐めてくれたのだが、
エルの眼差しが脳の襞の奥に残っているらしく、いまも蘇る。
おひとりさまのとき、午後の日差しのなかで眠ってしまったことがある。

薄くらい中で目覚めて、ふッ、とエルの眼差しを思いだした。
昨日なにをしたっけ? ちょっと考えないと思いださない。
なのに、遠い昔のエルのまなざしを思い出したりするのだねぇ。

 18430-ff17.jpg

今日は義理の母の三回忌だったが、3日だから亡き人の命日でもある。
家に帰ってから、あの人の好きだった珈琲を仏壇にあげ、
娘夫婦に手を合わせてもらった。

そのあとで、娘がおペケに向かってこういった。
「いつもお世話いただいてありがとうございます」
これは彼女の母親に対しての、おペケへの心遣いへの感謝。

それを聞いていてうれしかった。なによりもうれしい。
おペケは、それをごく自然体でしてくれる。
それが娘に通じていて、オレもうれしいのだな。

オレはたしかに愚図だし、なんか、いつでも引きずって、
いるようにみえるらしいがそうでもない。
愚図ではあるが、もうひとつの性格のせっかちが、先を急がせもする。

これがねぇ。
下の下の妹がまたせっかちでねぇ。
その妹がいうには、父親の遺伝子なのだそうだにィ。

で、女性は別離にも強いという伝説もある。
どうせ、ここまで一人できたんだもの、この先一人だってかまやしない。
って、別離の名台詞がある。

これをいわれたら口説きようはない。
女性は後を振り向かないってことになってる。多
分にそうだな。

これは、自己擁護がかなり強くて、
ま、いうなればジコチューに生きられるってことか。
そこで振り切ってしまえるのだな。

で、男性はっていうとはひきずる。
ごんべは、幼い頃から寂しがりぼっちだったので、
案外と世の男性よりも切り替えは早いと思う。

ま、これをやせ我慢ともいうけれどもね。
幼いときに、自分には母親がいないと気付いてから、
寂しさはいつもつきまとうが、早く切り替え、次へゆこうと考える。

まァ、この処世術ってのがいつしか身についた。
わかったようなこといったって、わかりゃしない。
人は、最後には己を守るものなのだ。

それは、他人には絶対に崩せない心の城壁である。
それを貫いて、そこまで生きてききたのだから、
それはもう堅牢な城壁だ。

守りに入ったら、手強いのは当然。
そうい信念みたいなもの、
女性はもっているような気がするのだな。

だから、オレはそういうのにぶつかると、
いつも尻まくって逃げてきた。ま、意気地はない。
なぜだって? オレはそんなに強くはないからな。

おペケも、なにを隠そう強いのだ。
だが、オレとはおなじ弱点櫓もっている。
彼女は父を知らない。母を知らないオレとが出会った。

だいぶ出会うのが遅いけれどね。
お互いにないものを求めるらしいのだな。
これがオレとおペケの場合の割れ鍋の閉じ蓋ってことらしい。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

20chaplin_20131128081945c5b.gifゆぁ・はっぴー?

←更新ブログはこちらからどうぞ!!
←メッセージはこちら
←コメントをどうぞ。

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

Pictlayer

写真は画像クリックで拡大
オリジナルサイズでどうぞ


ADMIN

It is when now?

天気予報

-降水短時間予報-

メールフォーム

 管理人への連絡はこちら
 要返信はメアドご記入下さい



 

twitter

フォローよろしく !!
  

写真アルバムへゆく

*アルバムを観る
 

*スライドショー
 

   

Counter

  total
  today
  yesterday

My Blog & site

 

 
 テンプレ/レンタル























ご訪問に感謝!!

プロフィール

ごんべ

Author:ごんべ
またの名をGombessaとも
ただ単に ごんべとも称する

すべての更新情報

 
 ごんべのWeb siteすべて
 の更新情報はこちらです

LINK

TUNE IN
浜松エフエム
NHK らじる☆らじる
Abema RADIO



*写真ブログの過去ログ
 

*自然を愛するカメラマン
 

 

プルダウンリスト

Twitter

 

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する