topimage

2018-04

けっして薄情なわけではない - 2018.04.14 Sat

曇りだぞ。雨は夜更けに♪ なってからの予報。20.4℃。
7時台に起きてきた。昨夜が早かったからね。
珍しく日がかわらないうちに、ベッドへいった。

早起き連鎖が2日続いたから、体内時計をかえようと思う。
なにを了見入れ替えたかというと、
9時に起きたりすると、午前中が短くてかなわんのだ。

すぐにお昼になってしまうのが、なんともつまらん。
なので夜型を改める。
ま、いつまで続くかわからん。

ほぼ1日、新しいカメラで遊んでいた。
とにかく撮る。撮ってフィーリングをつかむ。
オレはいつも弄って覚える。

解像度はかなりイイ。
なのでマクロレンズの花なんぞが逆効果。
写り過ぎてしまう。まえのS2をマクロ専用にしよう。

好きなことしてると愉しい。当たり前だな。
おペケは昨日買ってきた服着て、
化粧バッチリしてどこかへ出かけた。

服を慣らすんだっていう。よくわからん。
別行動だけれど、お互いにいい日だったから、
まァ、それでいい。

 18414-aa1.jpg

それで通れれば、それでいい。
去年の秋頃の弱ったおペケはどこへいったやら?
元気溌剌飛びまわるのがうれしい。

ムリするなよ、っていう。
ちょっと遠いスーパーでも「いってよ」といわないからラクチン。
さっさと車乗っていくからね。

オレが小一時間、ぼけぇぇ............. としてると帰ってきて、
駐車場から電話がかかって、
下まで荷物を迎えにゆくのが、ぐーたら爺ィの役目。

 ←click

外へでたときは、惣菜でイイからね、といってある。
おひとりさまのときは、そんなもんだったから、
たまには、そんなもんでいいのだ。

「料理が好きだからいいのよ」というけれど、
頑張りすぎなのはよくない。
オイらみたいに、ええからべぇでいいんだけれどねぇ。

 18414-m3.jpg

以前の住処は、大型合併するまえは隣の市との境で郊外だった。
郷里へ帰ると決めてマンション探しをしたときに、
田圃へたなびく籾焼きの煙みて、あ、ここだと決めたのだ。

都会で呼吸器病んだ亡き人に、
空気の澄んだ郊外がいいと思った。
たしかに、そうだった。10年ほどは健康を取り戻したからね。

で、合併後はドーナツ化現象のド真ん中にあって、
車であれば20分以内に、大型ショッピングモールがいくつもあり、
週末なんぞ横の道路は、イ○ン渋滞となった。

だから車で走れば便利だし、
それぞれの大型店の構成の違いが愉しめたのだが、
その代償というか、近所の小売り店のほとんどを飲み込みんでしまった。

ご近所スーパーや、肉屋、八百屋、酒屋まで、
次々とシャッターを閉めて、
買い物袋提げて、晩のおかずをちょいと....... なんてのを失った。

同じ県内でも、頑なに大型店舗を拒み続ける従来型都市もあれば、
この街のように無秩序と思えるほど受け入れてしまい、
その結果として中心街過疎や、小売店閉鎖を嘆いている都市もある。

全国的な地方都市の傾向ではあるだろう。
しかし、あの郊外の長閑さをそろそろ脱出しようと考えたのは、
そういう買い物過疎の状況からでもあったのだ。

 18414-m5.jpg

「そこのカツオ、下ろしてくれるゥ」
「あいよ」
なんていう会話がなくなってしまった。

これを味気ないと思うけれど、流通の変化だからしかたがない。
地方都市の宿命でシャッター街が増えてゆく。
一方ではコストコなどの進出で、消費者は選択の余地が広がってはいる。

大型店を拒否して、なんかしらん、
物価競争もないって環境は、のほほんとしていいかもしれない。
消費者がそれでよければそれでいい。

ただ、オレたちのこれから先を考えると選択肢は限られる。
車がいつまで使えるのか、買い物難民にならないか。
それを考えなければいけないからねぇ。

なので、おペケとマンション探しのとき、
これから先をどう暮らすかを、まず考えたのだ。
で、人口密度が高いというか、人が大勢住んでるド真ん中へ居を構えた。

街道筋に従来型の小売店がならんでいる。
それでいて、15分以内に中型スーパーがいくつかある。
「なにかにつけて、いいところよ」とおペケがいう。

それがなにより。
自衛しなくていかんのだ。
年齢なりに自分の殻にあった生活をね。

 18414-m2.jpg

いわばヤドカリなのだな。
自分の身体に合わせた家を背負うヤドカリでね。
脳裏に残っている言葉がある。マツコさんがこういった。

 シアワセの定義なんて存在しません
 だってキリがないんですもの
 シアワセも悩みも

まさに.........
シアワセの判断は自分がするもの。自分が感じるもの。
他人の評価はうれしいけれど、それだけのもの。

なにがシアワセなのか、と悩んだっていい。
悩んだ分だけのシアワセはきっとある。
もっともっとと、思わなければ、必ずあるんだね。

爺婆の分相応にあればいい。
そう思えるとラクチンだからね。
そうでなくても、そう思えばいい。そのうちほんとになる。

世の中は皮肉なものだと思う。
熟年離婚する人もあれば、
連れ合い失って哀しみの坩堝にはまる人もある。

ましてや、家族の絆に憧れて、それを大切にしてきたオレが、
なんで独り身の晩年を送らねばならんのか、そう思った時期もあった。
ま、これも定めであればしかたがない。

定めではあるかもしれないが、そのままでいいかは考える。
考えて受け容れる。それが次のスタートだな。
嘆くばかりでは、まえに進めない。

他人のことはどうでもいいって、いつもいう。
けっして薄情なわけではない。
自分が逆境にあったときのこと考えてそういうのだ。

他人にその人の心の懊悩がわかるわけもないから、
とやかくいうべきではない、と思ってる。
せいぜいできるのは、聞いて、頷いてあげることくらい。

ブログで垣間見る他人の人世も、
あ、こういうお方もあるのだなァ、と思うだけにしておく。
所詮それくらいしか関わることはできないのだからねぇ。

それぞれの人世を肯定も否定もする立場にはない。
それぞれのお方がシアワセになりさえすれば........ と思うのだが、
そう想うことすらもおこがましいのかもしれない。

 幸福であるだけでは十分ではない。
 他人が不幸でなければならない。

ま、他人の不幸は蜜の味だからねぇ。
人の心の真理ではあろうけれど、こういうのは嫌い。
自分は自分でいいではないか。

 他人の幸福をうらやんではいけない。
 なぜならあなたは、
 彼の密かな悲しみを知らないのだから。

ま、これだな。
オレが人のこというのはおこがましいと思う所以。
そうじゃないかぇ、皆の衆。

曇りは寒いな。21.5℃から上がらない。
ほなあした..............

20chaplin_20131128081945c5b.gifゆぁ・はっぴー?

←更新ブログはこちらからどうぞ!!
←メッセージはこちら
←コメントをどうぞ。

*ごんべの「写真ホームページ」です
 

お暇なときにどうぞ !!
←文中の5行詩と駄句を収載しています 

 

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

Pictlayer

写真は画像クリックで拡大
オリジナルサイズでどうぞ


ADMIN

It is when now?

ブログパーツ時計

メールフォーム

 管理人への連絡はこちら
 要返信はメアドご記入下さい

 

twitter

フォローよろしく !!
  

写真アルバムへゆく

*アルバムを観る
 

*スライドショー
 

   

Counter

  total
  today
  yesterday

ただいまのお客様は

My Blog & site

 

 
 テンプレ/レンタル























ご訪問に感謝!!

プロフィール

ごんべ

Author:ごんべ
またの名をGombessaとも
ただ単に ごんべとも称する

すべての更新情報

 
 ごんべのWeb siteすべて
 の更新情報はこちらです

LINK

TUNE IN
浜松エフエム
NHK らじる☆らじる
Abema RADIO



*写真ブログの過去ログ
 

*自然を愛するカメラマン
 

 

プルダウンリスト

Twitter

 

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する