topimage

2018-04

なんか付録がいっぱいついていた - 2018.04.09 Mon

春寒や、ってあとがでてこないが、寒いんだな。
書斎で17.2℃だから、エアコンまわってる。
ぼけぇぇ.............................. と起きてきた。

「ニュースだよッ」とおペケがいう。
大谷選手が12奪三振ってすげぇーな、いっぺんに目が醒めた。
まさにスーパースター。ケガしないように頑張ってぇ。

それで居間に座っちゃったから、小一時間テレビ観てしまった。
炬燵といっしょ、エアコンはいってるとアツい、消すと寒い。
どうすりゃいいのさ思案橋な季節。

  ←click

めでたくもありめでたくもなし。
誕生日なんてのは、ここまでくると冥土の旅の一里塚。
夕餉は料亭のデリバリ仕出し弁当だった。

ま、おペケにも、なんにもせんでええディ.......... ってのを、
つくってあげて、ちょっとだけビール飲むっていう、
ささやかな夕餉なんだな。誕生日だってもこれで充分だ。

オレ、この前いつビール飲んだかな?
美味かったの、なんの。毎日飲みたくなっちゃう。
ダメ、ダメぇ。プリン体はダメ。

以前、センセに聞いたんだ。
「70%カットのビールなら飲んでも??」ってね。
そうしたら「30 %でも残ってる」って非情な答えであった。

以来控えているから普段は飲みたいとは思わない。
でも、たまに飲むと美味くてたまらない。
ま、がまん、がまん、がまん。三度も書いちゃったァ。

 1849-rr2.jpg

3年くらいだと思うが、お寺の隣に住んだことがある。
小学校2年から6年までだから、わんぱく小僧のまっ盛りに、
あの家に住んだのは、オレにとってすばらしいこと。

だってね、東に1段西に2段の大きな畑があって、裏は竹藪だし、遊び放題。
あ、書きたいのはそれじゃなかった。
その隣の寺でオイらの誕生日には「花祭り」をやるんだ。

本堂のまえにお釈迦さまをおき、
杓で甘茶をかけるという花祭りがあって、一緒にゆくガキ仲間に、
おまえの誕生日いいよな....... といわれた憶えがある。

お釈迦様は七歩あゆんで右手で天をさし、左手で地を挿して、
天上天下唯我独尊といったそうだが、
オレ、同じ日に生まれたけれど、ま、煩悩多き只のひと。

この日に生まれたから賢くなくちゃいけないと、
バァちゃんにプレッシャーかけられてからは、余所へいって、
お釈迦さまと生まれた日がおんなじなんて、絶対にいわなかった。

あの甘茶なるもの、甘味料のすくない時代にあっても、
独特の甘みで、あまり美味しいとは思わなかった。
ググってみたら、アマチャやアマチャヅルを煎じたものらしい。

うん、たしかに、そんな味だったなァ。
お釈迦さまに頭をぺこりと一つ下げ、和尚さまに甘茶をいただく。
素直だったよね、むかしの子供っていうのはね。

1847-f3.jpg

オレの誕生日っていうのは、亡き人の命日の直後だから、
花散る季節ってのは、ずっと悲しみの連鎖だった。
あの人が倒れた時間を1人で越すことができなかった時期もある。

skype仲間がビデオ通信で誕生日宴会やってくれ、
オイらのそんな日をいっしょに過ごしてくれたのだ。
やさしい仲間たちだったねぇ。

で、いまは、おペケがいるから思い出しても、
胸がキュンと締め付けられることはない。
そのときどき支えてくださる人がいる。ありがたいことだ。

 音もなく花散る朝やはしづま忌  ごんべ

1849-rr1.jpg

いくつになったかって??
アハ。さっき足の指と手の指ぜんぶ使って............
って、このネタは昨日使っちゃったな。

 ごんべ爺ィの誕生日なり花祭  ごんべ

幼いころ、わが家の祝い事は、いつでも「ちらし寿司」だった。
バァちゃんが大きな寿司桶で白いご飯を冷やす。
それをわくわくしながら見てるんだ。

「ほら、ぼけぇとしてないで、これで煽ってぇ..........」
て、大きな渋団扇を渡されるゥ。
そのうち金糸玉子とおぼろが乗ってぇ.......... なつかし。

おひとりさまの頃の8日の過去ログ見たら、
なになに? ちらし寿司と、カツオの刺身と、アサリ鍋と、
缶ビール1本か。あら、やってるじゃん。

  春宵にほろ酔いなり誕生日  ごんべ

1848-f2.jpg

そのむかし、うちの横を走っていた軽便機関車は、
雨が降ると車輪が滑るから、線路に砂を撒いて坂を登っていった。
もう、半世紀以上も前の光景だけれど、音が記憶に残っている。

その線路跡の遊歩道がいまの住処の横にある。
なんか、それを思うと始めと終わりがつながるのだ。
オイらも、辛くなると、余計に頑張りたくなるへそ曲がり。

 ときどき
 押しつぶされそうになる
 なにもしたくなくなる
 なんだ坂、こんな坂
 踏ん張るけれど
 ちかごろ馬力がへってきたから
 車輪が滑る

4月の寒さってイヤだな。
なぜかセンチメンタルになる。
この寒さが心へ隙間風を吹き込むんだな。

オレは、ゆえあって バァちゃんに育てられた。
その、猫っかわいがりしてくれるバァちゃんが、
オレのカァちゃんじゃないって、いくつのときかに気がついた。

幼子が感じ取るんだ。子供って親が思うより賢いもの。
そういう微妙な感情ももっているもの。
そのときから、母恋しという感情をずっと背負いつづけている。

だからね、オレはどんなことがあっても、
自分の子供にはオレとおなじ思いはさせない、と誓ったのは当然。
それをまっとうした。それをオレ自身が誇りに思っている。

親の都合は、子供の都合ではない。
親の都合を、子供に一生背負わせてはいけない。
こんなのあたりまえ。

それで、おペケのことを娘にいうときも、ヘンにこだわっていた。
「あんたがイヤならよすよ」とアラフィの娘にいった。
「私は別にかまわないよ」とあっけない返事だった。

その瞬間に、オレが背負っていたものが消えた。
けっこう重かったんだな。
でも、貫いてよかったという自己満足はある。

いわゆる熟年といわれる年代は、まさに人世の熟すとき。
それまで、夫も妻も頑張ってきて、
それを爛熟させる年代というか、時期だと思う。

しかるに、その人世の爛熟期を、ほんのすこししか、
味わえなかったオレはというか、味あわせられなかったオレは、
先立たれた寂寥感に、なんか付録がいっぱいついていた。

考えてみると、幼いときからの寂寥感もそこに混じっていて、
伴侶失って「なんだ、またかよ..........」っていう、
またしてもオレに与えられた試練に、理不尽なものさえ感じてた。

オイらの好き放題を支援してくれた伴侶への感謝と、
さァ、これから返そうという気持ちの不発が、ぼっちの寂しさを、
倍増させて、ただただ悔しいって思ったのだ。

おペケは、そんなややこしいヤツのところへきてくれた。
オレのそういう面倒くさいところを、すんなりと、許容してくれた。
ほんとうにありがたいと思う。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

20chaplin_20131128081945c5b.gifゆぁ・はっぴー?

←更新ブログはこちらからどうぞ!!
←メッセージはこちら
←コメントをどうぞ。

*ごんべの「写真ホームページ」です
 

お暇なときにどうぞ !!
←文中の5行詩と駄句を収載しています 

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

Pictlayer

写真は画像クリックで拡大
オリジナルサイズでどうぞ


ADMIN

It is when now?

天気予報

-降水短時間予報-

メールフォーム

 管理人への連絡はこちら
 要返信はメアドご記入下さい



 

twitter

フォローよろしく !!
  

写真アルバムへゆく

*アルバムを観る
 

*スライドショー
 

   

Counter

  total
  today
  yesterday

My Blog & site

 

 
 テンプレ/レンタル























ご訪問に感謝!!

プロフィール

ごんべ

Author:ごんべ
またの名をGombessaとも
ただ単に ごんべとも称する

すべての更新情報

 
 ごんべのWeb siteすべて
 の更新情報はこちらです

LINK

TUNE IN
浜松エフエム
NHK らじる☆らじる
Abema RADIO



*写真ブログの過去ログ
 

*自然を愛するカメラマン
 

 

プルダウンリスト

Twitter

 

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する