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2018-03

あの日をわすれないよ - 2018.03.12 Mon

空は真っ青。雲ひとつないなんていうより、写真が一目瞭然。
広角レンズいれてベランダから空を撮ってきた。
いやァ、春だな。どこかがむずむずするゥ。

ってねぇ、それが鼻炎の発作だったのだ。
昨日の午後に、二人して涙流したり、なんだりかんだりの挙げ句、
オイらの頭が割れそうに痛くなった。

身体が重くなってぐったり倒れ込んで、ひょっとする脳溢血の前兆かなんて、
いうくらいとなり、それでもおペケに心配させまいと黙っていた。
で、くしゃみの5連発に及んで、ひょっとして?? と鼻炎薬飲んだのだね。

20分くらいしたら、頭の後ろのほうのもやもやがす〜〜〜と剥がれた。
え? 鼻炎だったのか。って、これも春なんだ。
そういえば、オイらの年中行事だった。

「よかったねぇ、鼻炎で............」
って、これだってけっこうつらいんだぞ。
今朝も薬飲んで、ぼけぇぇぇ...................................................................

 18312-a2.jpg

昨日の新聞のNHKのテレビ欄のタテ読み、
お気づきだったかしらん??
ここに掲載しとく。

 東北が大好き!!
 あの日をわすれないよ

おペケと追悼番組観ていた。
涙もろいペケ子はティッシュ箱ごとつかんだまま。
オレも、目ん玉うるうるで、画面が見えない。

震災後に亡き人と会ったというはなしが多数あるという。
人はあまりにも別離が急であると、心がそれを受け入れがたい。
ゆえに夢か現か、わからないままに愛しき人と会い、納得を重ねる。

とまァ、女医さんの見解だった。オレには説得力がある。
「あなたは会ったことがないの?」
朝ドラの「わろてんか」で藤吉がでてくるよね。あれはなかった。
 
けれども、納得させられた夢は2回みた。
目覚めて、目ん玉濡らしながら「ありがとう」といえた夢をね。
自分の心を納得させるというのか、ひとつの段階を終えるとうのか。

心の覚悟が1ステップ上がったと感じる夢だね。
それをいいタイミングで見る。
被災地では、未だ受け入れらずにいるかたもおいでだと聞く。

いつの日か癒える。
必ず納得することができる。
それを祈りつつ「あの日を忘れないよ」と思い続けてゆきたい。

 18312-a1.jpg

オレのねぇ。
得意料理に「ブリ大根」があった。
昨夜は、そのブリ大根だった。

  ←click  

美味かった、うまかったけれども大根に違和感があった。
なにかしたんだ。なんだろう?
別に追及するわけじゃないが、どう? と感想聞かれたからね。

「美味いけどなにかヘン?」
「そうかな、なにもしないよ」

おペケが隠しきれなくて笑い出した。
大根を柔らかくするためにチンの裏技つかったらしい。
それをやり過ぎたんだな。アハ。

ま、いいじゃん、失敗は成功のもと。
でも、やっぱり手数かけたほうが自然で美味いよね。
ハイ、トホホホのおペケさんでしたッ。

 1836-aa17.jpg

オイら、へそまがりだからね。
話題の店かなんかしらんが、
行列に並んでまで食べたいとは絶対に思わないのだ。

ただのめんどくさがりだけなんだけれどねぇ。
ま、並んでまで食べるから美味いってのはあるかもしれない。
お預けくらった犬だよな。

「鰻を食べにいって急かせるのは野暮」
って言葉がむかしからあって、
客がきてからサバくのだから、多少の時間はかかって当たりまえ。

だから「うな重」でてくるまえに、ウナ骨か肝で1杯やるんだな。
座ってすぅッ............... とでてくる早いところってのは、
あらかじめ白焼きになっているわけなんだからね。

「遅いといって怒る客なんぞは野暮の骨頂てもんだ」
と、テレビのグルメ番組で、どこやらの鰻屋の親父がいってた。
ま、これはどっちもどっちだろ。

オレには鰻屋のオヤジにも違和感があった。
江戸時代じゃあるまいし、普通のことが、そんなにエバることか?
なにか勘違いだよな。

 1836-aa23.jpg

都会でバリバリ仕事をしているころのはなし。
取引先のオエライさんでね。
もう、鰻が好きで好きで、という方がおいでになった。

それであるとき、オレの田舎が浜松だということを知って、
地元のキミが推薦するうまーい鰻を食べたいと、
宿までとっての鰻三昧に故郷へ帰ってきた。

オレも、この街に生まれて、鰻は大好き。
よく食うほうでもある。
一軒目はカウンターの客が見える場所でさばいている。

客が注文してからさばく、こういう店は時間がかかって当然だ。
戦前の書物に、炭火を起こすのに5分、さばいてクシにさして5分、
白焼きに7分、蒸して30分、本焼きが5分とあった。ま、小一時間はかかる。

オイらが子供の頃、カドの鰻屋の親父は、
いつも外に向かって団扇をバタバタあおぎながら鰻を焼いていた。
夕方になると、たまったもんじゃない。

小路いっぱいに匂いが満ちる。
もう少し遊びたくても、クゥクゥと腹がなって、家のちゃぶ台が恋しくなる。
「早く帰れよ カァちゃんまってるぞ」とあおぎながら親父さんがいう。

その鰻のさばき方、関東は背開き、関西は腹開き。
関東は武士が切腹を嫌って背開きなんてのは、あとでのこじつけのようだ。
大きな違いは、白焼きからあと、蒸すか、蒸さないか。

背開き関東は、白焼きを蒸してからタレをつけて焼く。
好奇心旺盛のオレが、なぜ?? を確かめもしなかったのが不思議。
が、この蒸すというところに、背を外側にもっていく理由があったようだ。

ある番組で、関西風と関東風の境界を追跡した。
そのときは浜名湖であったような記憶がある。
だいたいの食べ物の境はこのあたり。

「天麩羅うどん」の境界は、
だいたい、これまた浜名湖とおぼろげに分かっている。
まず、汁が澄んでいるのが三河、醤油色が遠州。

天麩羅に汁をかけてくるのが遠州、
汁のなかに衣がとけ込んでこってりするし、
エビは次第に裸になっていく。

けれど、この「衣とけこみどろどろこってり」に慣れると、
天麩羅を上に乗せただけで、
ヘンに取り澄ました三河うどんが物足りないのだ。

で、鰻のはなしだったな。
まずは、ICにちかい小さな店にオエライさんをお連れした。
カウンターで、鰻をさばくところを見せたかったのだ。

が、オエライさんには、さすが........... と、これがえらいうけた。
で、よせばいいのに勧められて、緑色の生肝まで食っちゃった。
これがまた、超ニガ〜〜〜〜〜イ。

尋常な苦さではないのだ。ほんとの鰻の味などわからない。
これを勧める2代目も野暮だ。
1時間後、ホテルの近所で、生ビールのんでも味覚が麻痺している。

コーヒー2杯のんで、ようやく深夜に正常に戻ったそうな。
で、土産がうなぎパイだ。
これをいっぱい買って、極めつけは自分用の「うなぎパイVSOP」だった。

まだ、これで終わりじゃない。
舘山寺温泉のホテルを出ると東名高速へ乗り、いく先は名古屋。
そのころ有名になり出していた「ひつまぶし」であった。
当店が元祖でございます...................... という女将の店にいった。

床の下に緋鯉が泳いでいる小座敷で、でてきた「まぶし」は美味しかった。
茶漬けにするところ、絶妙の味がもったいなくて、
おいらは、そのまま食ベちゃった。

なんか、書いてるうちに鰻食いたくなったァ。
おーい、ゆくか??
ほなあした.......................

20chaplin_20131128081945c5b.gifゆぁ・はっぴー?

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