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2017-07

楽しい顔で食べれば皿一つでも宴会 - 2017.07.09 Sun

朝から29℃。風もないし、穏やかな日曜日。
日中もは暑かったし、夜も熱帯夜にちかく、本年初エアコンだった。
ま、ええこんころもちで、テレビ見てるのか? 眠ってるのか?

そういえば、静岡駅で42歳の女性がアツイといって、
ブラパンだけになって逮捕されたってはなし。
ま、いくらなんでも駅前で裸になっちゃまずいよなァ。

裸になりたいくらい、ってのはよくわる。
オイら、人一倍の汗っかきだから、夏は人混みにゆきたくない。
できれば、越中褌いっちょで歩きたいよ。

むかしの路地は、あれいっちょで縁台将棋なんかしてた。
庭のタライで行水とかね。
あのころは......... なにかとラクチンだったよねぇ。

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パトさんがお盆に必要なもの買ってきてくれて、仏壇周りの支度ができた。
で、明日はお寺さんがきて盆施餓鬼。
生花も発注してあるから明日午前中には届く。

この母は、こういうこと一切の費用を遺していってくれた。
質素を胸とすべしの遺訓にしたがって、
できうる範囲内で、お寺さんのセレモニーはしてあげる。

お釈迦さまは、死の世界は無であると説いた。
地獄だァ、天国だァ、ってのは、あとの坊さんがつけたこと。
死の世界は「無」なのかどうか??

イギリスの物理学者、スティーブン・ホーキング博士は、
「天国や死後の世界は実在せず、
 それはおとぎ話にすぎない」との主張を展開している。

じゃァ、死ねば人は「無」なのかというと、
盆の入りには松を炊きながら、
「ここだよ、帰っておいで.........」なんてやるわけだ。

要は、こっち側にいる人たちが「無」にしてはいないのだな。
気持ちのなかで、あっちの人をこうして慕い、
自分の心の安らぎのために、お迎えする行事をする。

つまりは、自分たちの安堵のために、
亡き人をお迎えして、できうる限りのことをしてあげる。
それでいいのだと思う。

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浜松の街中は7月がお盆なんだね。
8月がお盆である地域の人に「ヘンじゃない?」っていわれる。
別にヘンじゃない。それなりのワケはある。

東京の一部などでも7月がお盆の所もある。
そもそも、旧暦の時代のお盆は7月だったのだ。
明治維新で、旧暦から新暦にかわったときにこうなったらしい。

新暦と旧暦では季節のズレが出る。
それで農作業などに差ぢつかえのある土地では、
1ヶ月遅れの8月にしただけってはなしだからねぇ。

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昨夜のテレビ番組の餃子対決をみていた。
「宇都宮vs浜松vs八幡」なんだけれど、福岡、八幡は初見参。
で、番組的には浜松餃子が勝ったのだけれど、これもナンセンス。

宇都宮も、浜松も、八幡も その土地に根付いて、
地元で愛されてきたのだから、みんな美味しいのだ。
なんて、浜松が勝っちゃったから余裕でいっちゃった。

お好み焼きもおもしろかったねぇ。それぞれの主張がおもしろい。
「富士宮やきそば」がどうなったか、見たかったが、
映画「シン・ゴジラ」が始まったのでチャンネル換えた。

で、その「シン・ゴジラ」だが、オレには違和感があったのだな。
ま、リアルタイムで、数々のシチュエーションのゴジラを観てきたからか。
若者たちが何度もみて絶賛する、ってほどではなかったねぇ。

「リアル vs虚構」だという。
ま、政府や役人が国難にあったとき、どんな制約があるかのリアル。
これは「さもあろう」と思ってみていた。

が、ゴジラの出来も悪かったし、虚構は虚構で、
パニック映画としては、中途半端だったような印象があった。
評価は、アニメ世代との違いだったのだろう。

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「今日は9日だからね」とパトさんがいう。
「そうだ、明日はお寺さんがくるゥ」
「え、それだけ??」

わかっているよ。
一昨年の今日、この家に引っ越してきたんだ。
「はやいもんだねぇ」って月並みの言葉だけれどね。

「わたしの逆流性食道炎がでなくなったね」
「肝っ玉すわった、あんたでもストレスあったんだな」
「そんな、か弱いわたしを..............」

そう、さすがのパト大明神も、ないようでいて、
胃炎をおこすほどのストレスに悩まされていたのだね。
オイら? まったくない。頼りきっている。

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一昨年の7月19日に、しばらく休んでいたブログを再開して、
引っ越してのちのサブタイトルが、
「ゆったり まったり ふたーり」になったことを書いたのだ。

あ、やっぱり!! と思われたかたもおいでだったし、
どうもアヤしい?? と思われたかたもおいでのようだったしィ
ま、ごんべごときどうしようと、それほどのこたァない。

パトさんは、ブログにわたしのこと書かなくてもいい、といった。
世間にいう必要はないってね。
ただ、オレは隠しごとして通れる人じゃないからねぇ。

ま、当時も書いてるが、責任というと大袈裟だし、
愛というとこそばゆい。
ま、ありのまま、がいいと思ってパトさんが登場したのだ。

ともに、ゆったり、まったり、暮らしてゆくためにね。
あれほど泣いたのにィ?? そういう反応もあって当然だが、
亡き人は亡き人。それはオレの心から消えることは、いまもない。

なにがあっても消せないものだから、
あなたの心にはわたしの入る隙間がない、といわれると、そりゃァオシマイ。
それを承知で寄り添ってくれるから、オレがのほほんでいられる。

オイらとしては、すこぶる快適。
なんにもしなくてイイ、これはたまらなくイイ。
9年ちかくもやってきたことが、10日間で霧散したのだからね。

一人だけではどーにもならないもの。
二人だったらなんとかなるもの。
これからの人世で二人が支えあえるもの。

ささやかだけれど、日々、これを支えに2年を過ごしてきた。
パトさんの胃炎もでなくなったことだし、
ま、なんとなく、これでよかったんだよなと思う。

隠してきたわけじゃななかったが、
ま、人それぞれだから、ことさらいう必要もないしね。
年齢なんてのもまったく関係ない。

最後までこだわったのは、
周囲に祝福されなければいけないってこと。
が、これも一人娘を含めて、呆気ないほどすんなりといった。

先日も妹がいってくれた言葉がうれしかった。
「ほんとに、パトさんがいてくれてよかったァ」
この言葉が、最大のプレゼントになったかなと思う。

ちょっとばかりの勇気と、
ちょっとばかりの計算と、
だいぶ重ねた2人の心の摺り合わせと、ありがとうの気持ち。

 楽しい顔で食べれば、
 皿一つでも宴会だ。
        ..............ブルデンチウス..........

今夜も宴会。
毎日が宴会。
食卓にことさら並べなくてもね。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした...........

20chaplin_20131128081945c5b.gifゆぁ・はっぴー?

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