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2017-07

どこかに秘めた木阿弥だからねぇ。 - 2017.07.08 Sat

昨夜もはやかったから、その分起きるのもやかった。
窓から爽やかな風が入ってくる。27.5℃。湿度81%。
あ、いい気持ちィ。

寝足りている。6時だった。
なにか夢を見ていた。が、ベッドから3歩あるいたら忘れた。
その気分が一瞬で削がれるのだ。しばしばね。

窓開けた途端にどこかからあがってくるのか、
タバコの煙というかニオイ。
慌てて窓を閉める。なんとも不快になるゥ。

タバコやめて15年。こんなイヤなものを吸い込んでいたんだなァ。
つくづくそう思うのだ。身体にいいわけがない。
マンションのベランダ喫煙。これが問題となっているらしい。

喫煙する人の家の中だけで処理して、外にだすなというわけだ。
受動喫煙の問題が近隣トラブルにも発展しかねない。
ま、喫煙者が減っているから、ますます深刻だろうね。

ネット検索すると「タバコの害」が相当数hitする。
と同時に「タバコに害はない」もなかなかに多いのだ。
ただし、社会の趨勢は「嫌煙」が大筋。

こんな不快なもの。身体にいいわけがないじゃないか。
この朝の清浄な空気を汚さないでもらいたい。
でも、吸う人ってますます肩身狭いよなァ。

 1778-rr5.jpg

キレイだねぇ。サクランボ。山形の佐藤錦だよ。
「美味しいよ。食べてごらん」とパトさんがいう。
酸っぱいものは苦手だから、オレ、なかなか手を出さないのだ。

1粒食べてみた。出来心だ。けっこう甘いんだな。
産地が遠いからか、日常的にサクランボを口にする習慣はない。
ま、そういうものだ。

静岡県人は日常的にお茶を飲む。老若男女問わずね。
小学校で限定的ながら、
水飲み場の蛇口からお茶がでるところもある。

お茶の消費量が減っているという。
ま、現代はいろいろな飲みものがあるから、お茶離れがある。
でも、なにかと健康にはいいんだからねぇ。

わが家は「深蒸し茶」を日常的に飲んでいる。
これが日常だから、どーってことはない。
静岡茶を飲んどくんなはれぇ。

 1776-a1_201707080716544b5.jpg

リタイアしたら、なにもしなくてもいい自由があって、
なにをしてもいい自由があるっていう。
ま、自由ってことはラクチンだァ。

せっかくの自由な時間なのに、
なにをしたらいいかわからないってのも哀しいぞ。
なにをしたいか? なんて、なにかしたいから探すもんじゃない。

なにもしなくてもいいようになるのを待ちかねて、
愉しみにしていたなにかをはじめるものだ。
って、これでも64歳までお給料をもらってたオイらは思ったのだ。

で、なにかしたいって、さんざんいったって、
にわか仕込みの、なんかしたいってゆく果ては、家でごろごろ粗大ゴミ。
これじゃ、ほんとにつまらん。

日本人は遊びがヘタだっていわれてきた。
だいぶ、遊び上手にはなってきたらしいけれどねぇ。
ちかごろは働くのもヘタになってきていないかぇ?

 1777-f1.jpg

オレは愚図だけれどね、鼻っ柱はけっこう強い。
いや、強かった、と訂正しておく。
そうでなかったら、1匹狼で世間を渡ってはこれない。

三文安いバァちゃんっこは、おのれを奮い立たせるために、
いつも意図して鼻っ柱強く生きてきたのだ。
幼いころから、オレは強くなるって言い聞かせてきたからね。

それでまた、生涯雇用捨てて脱サラしたからには、
ある程度のリスクを背負うってことだし、
タイムスタンプがちゃんなんて、安閑としちゃいられない。

だから、以前はよく逆噴射した。
つまり、おのれに被害が及ばないうちに、すたこらっさ。
そこは冷静に判断しなけりゃいけない。

で、冷たいヤツだっていわれた。
でもねぇ。アマちゃんではいられない。
ただし、これも晩年はたしかに減ったねぇ。

逆噴射ボタンを押す前に、ちょっと考えるようになった。
50歳超え多当たりから、「努めて鈍感力を養うべし」と心得た。
ま、沸騰するばかりが人世じゃなし。

それでも、64歳まで頑張ってリタイアした。
「おまえな、リタイアしたんだから、タダのジジィだぜ」
そう自分に言い聞かせたのだ。

なにがあっても、エラそうなこというな。
なるべく鈍感でいい。
どこまで、それでいられたかはわからない。

 1777-f2.jpg

あの人を失ってから、とくに、そう思うようになった。
「あんた、優しくなったね」といわれた。
オイらはホトケのごんべになった。

オレがほんとうに優しくなったかは、よくわからない。
寂しさに塗れ、自分が優しさを欲したゆえに、
接する人に努めて優しく............ そう思っていたのはたしかだ。

でもねぇ。いわれたね。
「あんた、わかった、わかったといっているわりには、
 なにもわかっちゃいないよ」

悲しさと寂しさに打ち拉がれ、そこから這い上がってきて、
人の情けをありがたく思い、愛というものの機微がわかった気がして、
ま、えらそうに「てんちゃら...........」に書いたこともあった。

ほんとうにわかっていたら、
「なにもわかっちゃいないよ、あんた..........」
なんていわれるわけは、ないんだ。

失ってわかるもの。
そのさなかにあっては、さっぱりわからないもの。
この期に及んでもすべてを理解できてはいない。

所詮、愛とは砂上の楼閣みたいに儚いもの。
「失楽園」のいまは亡き渡辺淳一さんがこう書かれていた。
人間の感情とはめんどくせーものだ。

そのめんどくせーもの背負ったくせに、
ええからべぇなのは生まれつき、育成しなくったってハナから鈍感。
その使いわけは人の世のなかで学んできた。

これがねぇ。
蹴っ躓いて、転がって、そこで初めて気づいて、
利口になったかというと、さほどにもないのが人間ってもの。

結局は、最後までわからないまま。
ここでオイら流のええからべぇが頭もたげる。
だから、物事そんなに深く考えなくてもいいんだ......... ってね。

ま、元の木阿弥だな。
筒井順昭という武将が病死したとき、死を隠すため、
声の似ていた木阿弥という男を寝所に寝かせて外来者を欺いた。

で、その子順慶が成人して、もうよかろうと喪を公表したから、
順昭の替わりを務めた木阿弥は、
お役御免で元の木阿弥に戻ったというはなし。

オレもねぇ。
まんざら只の木阿弥ではないんだな。
あの9年間を、頭のどこかに秘めた木阿弥だからねぇ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

20chaplin_20131128081945c5b.gifゆぁ・はっぴー?

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