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2017-07

カァちゃん笑って「今度は勝つんだよ」 - 2017.07.31 Mon

「起きるの? 早いよ」といわれたが、寝足りていた。
6時10分だった。しばらくは、ぼけぇぇ......................
夜になると涼しいから熟睡できる。8時間眠れば御の字。

「おんな城主 直虎」はBSで6時から観た。
井伊の存続危機。今川から徳川へと揺れる井伊家。
時代が動き始めて佳境になったが、テンポ遅いなァ。

7時からは格闘技。
天才、那須川天心選手はやっぱり強い。
紀左右衛門の妻あびるさんが、いつもの甲高い声をあげる暇もなかった。

あとは印象に残らなかった。
なんて失礼ながら..........
そういえば、快挙はこっち ↓ だな、ハングリーの勝利。

 「ゾウシミン vs 木村翔」 ←Click

WBOチャンプ、中国のゾウシミンに上海の完全アウエイで、
挑んだのが7位の木村翔選手だった。
このゾウシミン選手は、五輪の2大会で金メダルという英雄。

ま、あちらさんは、いろいろろあって無名の木村選手ならってことで、
マッチメイクしたと思われるのだが、
オレは、WOWOWで、このまえのイギリスでの試合をみたんだな。

ゾウ選手はアマチュア出身のいわゆるタッチボクシングをする。
パンチに破壊力はない。華麗に動きつつ、パンチをあてて逃げる。
たしかイギリスでも試合後にブーイングが起きた。

で、一方の木村選手は何度も挫折を味わった苦労人。
ま、五輪金メダルの英雄とは違う。
プロボクシングとはこういうもの、ってのを中国の大観衆の前で見せた。

これでフライ級チャンプは、
WBAの井岡、WBCの比嘉、WBOの木村選手と3人。
統一戦の噂もあるから、なんかぞくぞくするねぇ。

 13814-ht15.jpg

オレは、たぶん、ヘンジンだと思う。
でも、そういうポジションが、嫌いじゃないんだな。
片隅で拗ねていたいっていうスネオクンなんだ。

自己顕示欲はそこそこある。
マイノリティーのポジションにいて、
ささやかに抵抗しつつヘソ曲げて、いつの間にか爺ィになった。
 
21歳で結核療養所に押し込められ、
くる日もくる日も、病室の窓から田圃の一本道を誰かこないかな、
なんぞと眺めていてごらんな。

胸の内のもやもやが次第に、どうにもならない虚無に変わってゆき、
少しずつヘソが横のほうへ移動して、
なんかものごと斜にかまえてみるようになる。

おまけに、薬物が身体を蝕んで、わけわからん目眩がしたり、
偏頭痛に苛まれたりすると、ま、どーでもいいやと、
とうとうヘソが背中へまでいっちまった。

でもねぇ。
いまの世の中ってヘンジンがやたら多くないか。
さすがの、オイらがひいちゃうような...........

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手筒花火は愛知県豊橋と静岡県新居が発祥だという。
当時、原料の硝石はすべて輸入だから火薬は貴重なもの。
地域を限って火薬の使用を家康公が許したらしい。

竹を切ってくるところから火薬詰めまで手造りで行う。
いまや、かなり広範囲で夏祭りに手筒花火が奉納されるようになった。
火の粉を浴びて若い衆が熱さに耐える。

最後に、底抜けで火薬が地面に散る。
これが勇壮だね。
ここ10年ほど最前列で火の粉浴びて写真を撮り続けてきた。

今年はどうしようかと思う。
なんかファイトがなくなってきたのだ。
ダメだね、これじゃ。

 14814-ht14.jpg

イジメによる児童の自殺が後を絶たない。
あれはなんだろう。オレたちの時代には?? あったのかな。
貧しかったけれどねぇ。自死したはなしはあまり聞かなかった。

そうだな。
大人は戦争から命からがら戻ったんだし、オレたちだって、
爆弾や焼夷弾の落ちてくる街で生きのびたんだ。

それまで、死はすぐ隣にあった。
けれども、終戦で生きる喜びを知ったのだな。
生きるってことの大切さを知っていた。

それから、オレたちの子供のときには、
日常的に、それぞれの仕事をする大人たちに尊敬の念があった。
つまり、それは父親への尊敬でもあったのだ。

小学校の奉安殿は壊されたが、通学のときに神社の鳥居の前では立ち止まって、
ひょこんと頭を下げたし、すれちがう人に 元気に挨拶をした。
世間ってものが、そういう仕組みだったのだ。

で、オレたちガキは遊ぶのが仕事で、真っ暗になるまで外で遊んでたし、
代々のガキ大将が、その子供なりの秩序を教えたのだ。
取っ組み合いのケンカで痛みを知って、人への手加減を覚えた。

喧嘩の挙げ句に、たんこぶつくって帰ったって、
カァちゃん笑って「今度は勝つんだよ............」
そういって、すませちゃったしねぇ。

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オイらの脳味噌の片隅には、真っ赤に燃える町中の風景がある。
大空襲の夜の光景だが、成層圏で唸るB29の爆音や、
双胴のロッキードの機体を見上げた記憶はある。

小学校のとき、この町の基地に、
大型輸送機が激しく降り発つようになった。
朝鮮半島で戦争が始まっていたのだ。

ガキ大将に率いられて、滑走路脇まで何度か見にいった。
目的は、そうした部隊が残す空き缶や、
わけわからぬがアメリカの匂いのするもの。

空き缶は、嗅いでみるとほのかにパインの香がしたし、
レッテルのカラフルな色とデザインは、
国防色ばかりで育ったオレたちを浮きたたせるに充分だった。

そもそも外国人をみたことがないのだから、
黒い肌の兵隊をみただけで興奮した。
そう、次々とくる兵隊は、黒い肌をしている人たちが断然多かった。

後で知ったことだが、彼らは九州から朝鮮戦争の最前線へ送られていった。
一時は釜山ちかくまで後退し、
その最前線で、彼らたちの大半は命を落としたという。

基地の金網フェンスの向こうに幕舎がならんでいた。
ときどき兵士がフェンスまで寄ってきて、なにやら話しかける。
ギブミーチョコレートとは映画のなかのはなし。

オレたちは、そんなことは知らなかった。
ガムを1枚ずつもらった記憶はある。甘かったねぇ。
世の中にこんな甘いもにがあったのか、と思った。

砂糖なんてめったに手に入らかったらしい。
サッカリンだな。合成甘味料。
ま、オレたちはあまり知らなかったけれどね。

草いきれの中に寝転がって、蒼い空を見上げた少年の日。
なにを考えていたのだろうか? 
やっと、世の中は「もはや戦後ではない」といわれるようになった。

中学生になって、
初めて半バスを穿いたときのうれしさは忘れない。
ハーフのバスケットシューズ。

それまで再生ゴムの学童靴で、汗掻くと臭いし、足が真っ黒になった。
タイヤ裏の草履や下駄で学校へ行ったんだからね。
そうそう雨の日は番傘だったね。

めざましく復興していくこの国の急ぎ足に、
何も疑わず、何の憂いもなく、
身を委ねていれば、輝く未来があるように思った。

それから、わずか10年後にオリンピックが開かれ、
「あの日ローマで...........」眺めた月を東京の空でみたのだ。
そして東海道新幹線が開通する。

その東京オリンピックの4年後の1968年が「明治100年」。
明治維新から100年と大人たちが感慨をもったのを憶えている。
考えてみれば、鎖国解いて散切り頭を叩いてからわずか100年だからねぇ。

そして戦後も70年余り。
あのとき大人たちがもったとおなじ感慨をオレたちがもつ。
オレも長く生きたもんだねぇ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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云うは易し、行うは難し - 2017.07.30 Sun

今朝もアツい。あと1ヶ月半だな。7月も終わりだもの。
熱帯夜のないのが助かるゥ。夜は熟睡にちょうどいい気温だしィ。
明け方は肌寒くなって布団探すからね。

朝は8時まわるとじりじりとアツくなる。
外へでていったパトさんが、うんざりした顔で帰ってくる。
「アツいわよ、外は........」

昨夜もどこかで花火がでていた。
夏の土曜日はどこかで花火がでているよ。
鎮守さまの夏祭り。

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あんたのBlogはちんたら長い......... って、
捨てコメが1年に1回はある。ありがたいこっちゃと思う。
わざわざコメントおいていってくださるんだからね。

なんだ、この長い文章は.............
そう思ったら、なんのギリもないんだから、普通はスルーだよね。
それを、わざわざいわずもがなを投下してくださるんだから.......

こりゃァま、感謝しかない。いやほんと。
Webってそういう世界だからね
そうして泳がなくちゃ、擦り切れちまうからね。

文章の面白さってものは、はなし上手、まとめ上手とおなじなんだ。
はなしのもっていきかたってのはセンス。
上手いなァ、と思うかたがいらっしゃるんだな。

逆立ちしたって敵いっこないおかたが、おいでになるものだ。
はなしが面白い。だから文章が面白い。
これは天性なのだね。それに人生経験の味付けがされている。

ま、だいたいBlogの文章のむこうに、そのかたが見えてくる。
背景が見えてくる。お人柄が見えてくる。
それで文章に惚れる。そのかたの生き方に惚れる。

オイらのちんたら長い文章には、そういうもんないか。
まァ、いいや...................
って開き直って今日も長い文章書くぞ。

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腹へったなァ。
キーボードにおいた手が動く気配がない。なにも浮かばない。
飯食わなきゃダメか。

で、「ご飯できましたッ」っていうから食べてきた。
キャベツ1皿に卵掛けご飯。うまかった。
それで、再びパソコン前に戻ってきた。

あいかわらずなにも浮かんでこなかった。
そうこうしてる間に40分過ぎた。
ダメだこりゃァ。

ぼけぇぇ.............. としてたら眠くなった。
マウス握ったまま、こくんッ、ちょっとだけ落ちた。
ほんとにダメだこりゃァ。

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ごんたクンにわけてもらったサボテンが、ぐいぐいと大きくなる。
うちへきてから1.5倍になった。
ちょっとピンクかかった花が咲くから「おくれ.......」ってね。

うちのは純白の花が咲く。
これはこれで清楚でいいけれど、薄いピンクもイイねぇ。
はやく咲いておくれぇ。

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以前は男性トイレでよくみたねぇ。
「一歩前へ。その積極性があなたの人生を変える」
ま、汚すなってことだけれど、これって真理ではあるな。

まァ、人世変えるってのも大袈裟だけど、
その日一日でも、1歩前に出たら愉しいのはたしかだし、
その一日の積み重ねが、アクティブ人世につながるかもしれないとは思う。

そうして生きてくると、すくなくとも、
60歳ちょいでボケるなんて言葉はいわない。
やり甲斐、遊び甲斐が目の前にあれば、なんの迷いもない。

誰かがいったよ。
「大人が本気で遊んだら、それが仕事になるんだ」
それを実践できたオレはシアワセもんだーなァ。

社畜って言葉もイヤなもんだが、
これに愚痴をいうとね、そんなもん、1匹狼になってみろ。
できなかったら、ぐだぐだいうな。そういうんだな。

たしかにそうだけれど、ここ10年くらいのITバブルだって、
成功して、その力を削がれずに維持してるのは、
ほんのひと握りにすぎない。大多数は弾けてとんで、消えちゃってる。

オレは、ちょうどいいタイミングでバブル期になったから、
脱サラして、そりゃァもう有頂天でふわふわ歩いていた。
時代に恵まれていたといえる。

スキルがあって、やる気があって、なおかつ努力を重ねて、
それでやっと夢の欠片に手が届くんだ。
云うは易し、行うは難し。

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オレはアウトドアで35年も遊んできたから、
大自然っていうもののを畏怖する気持ちももっている。
人間なんてちっぽけなもんだってね。

地球という星が誕生して約46億年。
人類の先祖の霊長類が、この星に出現したのが、6.500万年前。
たかだか2.600万年、人間の存在はこんなものだ。

これを忘れちゃいけない。地球の瞬きくらいの時間しか経っていない。
この46億年にわたって、地球は暑くなったり、
冷えてみたりを繰り返してきた。

いまがずっと続くわけがない。
この考えが欠けていないか。いまがよければ主義じゃないか。
原発だってそう...........................

ほんの少しの、この星の変化に狼狽えるのは、
人間たちの大いなる錯覚であり、奢りを背負っているからだ。
と、どこやらの学者がいってた。

地球という星の恒久の時間の流れに比べてみれば、
地殻の変動などは一瞬の瞬きに過ぎないのではないか。
この思いが抜けているんだな。

人類のもった文明なるものがゆえに、その変化を加速させている。
これもたしかなこととではある。
が、それに歯止めをかけることは,たぶん出来ない。

トランプ大統領はビジネス畑の人である。
見事に目を瞑った。
結局は人類の欲望のままに、いくところまでいってしまうのだ。

オイらは、そのうち消滅するから、知ったこっちゃない、
オレだけじゃない。みんなそうなんだな。
心のどこかにひっかかっているけれど、停めることはできない。

小松左京著「日本沈没」を読んだとき、オレは戦慄した。
まるっきりないはなしではない。
日本列島は、そういう生い立ちをしたんだからね。

 NHKスペシャル・謎とき! 日本列島誕生 本日21:00

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした...............

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他愛ないからいいんだと思う - 2017.07.29 Sat

ぼけぇぇ...................................... の時間が長かった。
7時だったけれど、目が醒めない。
もうひと眠りできたのだが、アツくて寝てられないからねぇ。

11時にベッドへいったから8時間眠ってるのに?
ロングスリーパーは長生きできないっていうが、そうなのか。
ただ長いだけの浅い眠りがいけないらしい。

セミが鳴く。
街中は木がないのだが、ちょっとした庭の植え込みで鳴くんだ。
あ、デスクの温度計が32℃を超えた。

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なにかと政界から芸能界までお騒がせ女性の件が続いた。
首相お気に入り防衛相が辞任、二重国籍曖昧の野党代表も突然の辞任。
このハゲーと暴言の議員は、まだやるつもりで新秘書がきたそうな。

旦那こきおろし掃除棒女優はだいぶ食傷気味なのだが、
午後の某8chでは、二度も姿捉えたと誇らしげにいうMC女史のくだらなさ。
ほかに報道することあるだろうが、と怒りを超えて呆れ果てたねぇ。

新幹線車中でお疲れなのか、恋人ツナギで眠りこけて写真撮られ、
一線越してません、ってのもわけわからん。
いったいぜんたい、あんたらなにやってんの。

こうなると、なにやらのエリカさま議員は影が薄いぞ。
twitterで吠えても、こうも相次いではねぇ。
なんかバカバカしくなってきた。

責任者でてこーい。ほんま。
ずいぶんむかし、そういう漫才師がいたけどねぇ。
その総理も支持率ガタ落ちだしなァ。

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昨日の夕暮れは10分ほど待って、雲間に姿隠す太陽を捉えた。
毎日太陽は沈むけれど、おなじ夕景はまったくない。
カメラもってチャンスの刻をを待つ。これが愉しいねぇ。

やったね。
書斎へ戻る途中でキッチンへより、「ほら」と、
内弟子にみせて「いいね」といわれれイイ気持ち。

他愛ないけどさ。
他愛ないからいいんだと思う。
ま、のんべんだらり、なにごともなく日々過ぎるのがね。

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オレはねぇ。流れる水が怖いんだ。それから、閉所恐怖症でもある。
6歳のとき、天竜川の急流に流され、
渦に吸い込まれて溺死寸前になった。そのトラウマらしい。

激流の水流の前では、膝がガクガク笑う。
それから、真っ暗な渦のなかへ吸い込まれていくときの恐怖は、
閉所恐怖症というトラウマをも脳に刻み込んだ。

だから、唯一苦手な釣りが、激流での鮎釣りなのだ。
天竜川は名にしおう激流の鮎釣りだから、
やってはみたものの、膝くらいのちゃぽちゃぽでしか竿をだせない。

天竜川の鮎は、これでは釣れるわけもなく、興味も薄れて上達しなかった。
何年やったか、結局は鮎釣りはトバぐちかじっただけだった。
いま、天竜鮎は消滅にちかいらしいけれどね。

それを克服するために、20歳代になってから渓流へ入った。
最初は沢歩きで、やがては岩肌に取りつき、
高所は平気だったので、源流歩きばかりしていた。

それから、南アルプスの尾根歩きへはまりこんでいく。
6年間長距離ランナーとして鍛えてあるから、基礎体力はある。
最初は先輩たちと甲斐駒へ登った。

たった一回で単独行に転じた。
それは、自分の体力への奢りであったが、当時は気がつかない。
やがて、ひょんなことから渓流釣りの虜となっていく。

 釣り百話「疲労凍死寸前」←Click
 若かりし頃の愚行を、よろしければどうぞ。

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南アルプス前衛の聖岳は3013m。3000m級としては最南端に位置する。
その西側の枝沢の水を集め、延々と下って、
時岡ダムで天竜川に合流するのが、オレの大好きだった遠山川。

本谷の川幅いっぱいに恐怖を覚えるほどの流れが迸り、
一日詰めてもやっと加々良沢あたりだった。
初めてこの渓を訪ねたのは、川沿いに軌道跡が走っていた頃。

本谷に取水堰ができ、北又沢にも幾重ものダムができた。
久々の出遭いは降雨跡とあって、往時を偲ばせる水量だったが、
渓に降りてみれば、あの淵にも、この瀬にも昔日の面影はなかった。

それでも夕闇迫る頃、お師匠さんたちの叩いた毛鉤を、
幾匹かのアマゴとイワナがくわえてくれた。
囲炉裏端で、串焼きの渓の精たちと手打ちの蕎麦を食らう。

3本のビール、お師匠さんたちの尽きない話、
遠山郷の夜は静かに更けていき、遠く渓を流れる水の音。
串に通した田楽芋、民宿のオバちゃんが囲炉裏で焼いてくれた。

都会から帰ったその年に、遠山川を訪れた。
あれから20年になるんだな。
久しぶりにヒョー峠を越えてみたい思いが沸々と滾る。

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この疲労凍死なり損ないに遭ってから、仲間の大切さを学び、
磯釣りクラブなるものの門を叩いたのだった。
全日本磯釣り連盟といい、錚々たる先駆者が犇めいていた。

昭和42年のことだったが、もう、すでに未踏の地ははなかった。
先輩達は、返還前の小笠原へ墓参団に混じって渡り、竿を出していたし、
米軍の管轄下にあった硫黄島や鳥島などにも、足を踏み入れていた。

あの尖閣列島だって、竿をだした記録があった。
おまけに、徒弟制度のような経験の序列が生きていて、
新米は所詮新米でしかなかったのだ。

先輩についてゆき、身体で憶えるのだ。
もっとも、3mもの波の落差のあるなかで、渡船の舳先から、
岩礁へ飛ぶことは、理屈でできるわけもない。

これは、しっかりと訓練して身につけるしかなかった。
出来た者、備わった者から、危険度の増す岩礁へ飛ぶことを許された。
それは、やはり、わが身を守るための秩序でもあったのだ。

舳先に並んで順番を待っていると、もう、胴震いするのだねぇ。
恐怖からではない。武者震いだ。
大海原の真っ直中で、母なる海に抱かれるロマンに、男たちは興奮した。

そこにいるだろう大魚との闘いに憧れ、
それに挑む自分自身に興奮するのだから、ま、いうなれば自己陶酔。
釣れても釣れなくてもいい。

この大海原に抱かれる遊びを35年もやった。
亡き人は、この道楽を「亭主元気で留守がいい」と許してくれた。
どんなに感謝してもしきれない所以である。

その母なる海へ還りたい。
その海底へ肉体をとどめたまま横たわりたい。
しごく当たり前の欲求ではないか。

ま、それも許されないようなので、
三カ所に骨の欠片を投げてほしい、と婿殿に頼んである。
パトさんにも先日頼んでおいた。

わが釣りのふるさと浜名湖、黒潮洗う御前崎の岬先端、
そして、伊豆諸島を見下ろす石廊崎先端。
ま、それくらいでもオイらの魂は安らぐに違いない。たのむよ。

どういうわけか、海はどんなに波が逆巻いても怖くない。
それは、わが家のルーツが、どこやらの漁師町の網元であったからか。
オレの体を流れる血の問題であるらしいのだねぇ。

あぢィねぇ。33℃だ。
ほなあした..............

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まっくろけの顔に玉の汗だった - 2017.07.28 Fri

結局は雨降らず。今朝も曇りだが空は明るい。
29.0℃。湿度86%のなかで、ぼけぇぇ.............. としている。
キッチンからなにかのニオイがしてきた。腹減ったなァ。

昨夜のすき焼きにうどん入れるらしい。
「すき焼きでイイ?」と3時頃聞かれた。文句はいわないよ。
「じゃァ、部屋冷やすか...........」ってエアコン入れた。

で、食べ始めた。味がなんか?
「ネギが時季じゃないから...............」
そうなんだな。ネギからの甘み供給がないんだ。

「真夏のすき焼きはダメだぞ」
パトさんの肉いっぱい食べて、
この暑さ乗り越え作戦はちと中途半端だったか。でも美味かったどー。

「なに食べたい?」と聞かれれば「アジの干物」なのだが、
足の裏ずっきんずっきん痛くなるからプリン体はダメ。
痛みは一昨日だけだったが、怖い。こわい。

「食べるものないじゃない」って、パトさんがネットで調べた。
食べたからってすぐにはではないみたいよ、っていうけれど痛いのはオレ。
ま、次回の検診でセンセに相談してみよう。

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ガシャン。
大きな音がして自転車の高校生が、遊歩途から3mすっ飛んだ。
跳ねた車は10m通過して停まった。

かわいそうに、跳ねられた男子高校生は動かない。
オレ、書斎の窓から見ていた。
救急車がきて、パトカーがきて、検証がはじまった。

遊歩道は一旦停止ではない。
横断者注意と道路に大きく書いてある。
学童自転車横断注意の看板はある、

上から見ていると徐行する車は半分はない。
車と自転車の鬩ぎ合いをハラハラしてみている。
今年になって2件目。

見ていると無謀な運転手が多いのだ。
ここは一旦停止にしてもらいたい。
と、同時に自分たちの安全運転をあらためて心に刻んだ。

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ここんとこお説教爺ィみたいになってるけれどねぇ。
はからずも、寂しさウリにしたようなBlog書いてたから、
シアワセをテーマにしたいと、ちょっと力んではいる。

 幸せだけを語りなさい
 あなたの苦悩を除いたところで
 世界は悲しみに満ちているのだから........

まさに、この通りだ。
のんべんだらりんちゃらんぽらんでいいんだ。
哀しみを振り返らない。

そこいらに転がってる悲しみはパスする。
むかし、カフカフ仲間の先輩にに教わったけれど、
上を見ればキリがなし、吾唯足知る。

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夕方のローカルニュース番組観ていたら、
静岡ローカルタレントおばさんがミニスカート穿いてた。
けっこう似合ってたんだな。

考えてみればパトさんはミニスカ初めて穿いた世代だし、
オイらだって、三つ釦に細いズボンのアイビールックっていう、
「平凡パンチ」表紙の大橋歩さんが描くあれだったもんな。

で、ググってみたら、ミニスカブームの発端は1967年(昭和42年)。
10月18日、細い足を短いスカートから出したツイッギーが来日したんだ。
だから、この10月18日は「ミニスカートの日」なんだってね。

ミニスカの考案者は、ロンドンのファッションデザイナー、マリー・クワント。
1959年に、ファッション界の常識を破った画期的なミニスカートを発表、
って、書いてあった。

どんどんスカート丈は短くなったよね。
ツイッギー来日の翌年には、なんと膝上30cmだったんだ。
やるじゃん、おばさんたち。って、そのときゃおばさんじゃないか。

マクロスカート、ホットパンツ。
ま、大胆だったねぇ。
いまどきの若いもんはなんていっちゃいけない。

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あの頃マクロミニで闊歩していた女性たちもいまや還暦超え。
年金がァ、なんていうお年頃になった。
ま、儚きは世のならい。しかたないわいな。

何十年という歳月せっせと積んだ年金だって、
当人が死亡したら、はい、それまで............ だからねぇ。
一時金のなんぼかくらい出てもいいと思うけれど、そこは非情。

5万円の葬儀費用だったか支給されておしまい。
年金なんざ、長生きしなければ元は取れない仕組みになっている。
長生きしなされや。

オレの場合は、受給を3年間据え置きにしたので、
これの利子が年間50ン万円、年額に加算されるようになっている。
これに対して税金がぼっと課せられるから、得だったかはわからない。

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この暑さだからねぇ。
我慢しないことにしている。暑かったらさっさとエアコン入れる。
「去年は、そういわなかったよね」とパトさんがいった。

おひとりさまの後半頃からだな。
あまりガマンしていると、オレは熱中症で死んでしまうかもしれない。
本人それでもかまわないけれど、暑さの折後始末で迷惑かける。

「こんなこと、なかったよな」
と、このまえ、ごんたクンと電話していていったのだ。
二人とも、釣り竿担いで炎天下を走りまわっていたのにねぇ。

「それだけ年齢いったのよ.............」とパトさんに指摘された。
あえて、以前のように反論しないのだ。
だってそうだもん。

オイらがクロダイ釣り師全盛の頃のはなしだ。
このころの天竜川河口三軒屋に、50cmオーバーは珍しくはなかった。
ダイバーが潜って、巨大クロダイが群れていて恐ろしいと上がってきたぐらい。

あのころはメジャーを当てる程度だから正式ではないが、
55cmぐらいまでは、7、8枚釣っていたと思う。
なんせ、ハリス5号で引き抜く世界だったからねぇ。

ある人に魚拓提出の大会に参加してみないか、といわれた。
50cmあれば優勝は、まず、間違いないと煽りたてられ、
次第にその気になっていったのだ。

崩れ突堤の右端、コンクリートの塊が折り重なっていた。
その下の砂利底をタモで掬うと、小エビが採れる。
クロダイが、そこにいさえすれば一発で食うというエサだ。

潮の飛沫浴びながら、コンクリート塊の端に立ち、
前のテトラ脇に振り込むと、一発でひったくるように持っていった。
魚の食いも荒ければ、釣るほうも荒かった。

ハリス4号にモノいわせて強引な取り込みする。
ダバダバ、ダバダバァ........... と這い上がる波に乗せて足下に引き上げ、
タオルで押さえ込む。

が、このときばかりは簡単にいかなかった。
相手が50cmを超えていたのだ。
やっと足下に持ってきたはいいが、重くて引き波にさらわれた。

で、4号のハリス持って引っ張りっこ。
そのまま、魚が横滑りして、コンクリートの割れ目へはいった。
糸は切れていないが、手が届かないのだ。

「どうしたッ」と相棒がくる。
「おッ、デカい」というなり、笑い出した。
「コイツをどうやって、引っ張りだすかだなァ、それが問題だ」

コンクリートの下へも、波が入る。4号ハリスだけが支えだ。
「これで、どうだ」と相棒が、投げ竿用の竿立てを借りてきた。
「やるぞ............」と上から突き刺す。が、これは甘かった。鱗が硬くて刺さらない。

おまけに、クロダイが最後のひと暴れをしたところへ、
さらに波がきて奥へサラっていった。
まァ、このクロダイに縁はないのだ............. とハサミ取り出してプッツン。

相棒と顔見あわせて、ニッと笑った。
2人ともまっくろけの顔に玉の汗だった。
あれは30歳半ばだったか。夏のまっさかりの頃だった。

老いた元釣り師は想い出に生きるらしい。
ま、思い出だけは書きおうせないくらいあるからねぇ。
ほなまた.............

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見てきたようにウソをいい - 2017.07.27 Thu

雨降りそうで、降りそうで、真っ黒な空なのに、
結局うちの付近では1滴も落ちてはこなかったのだ。
今朝は湿度も76%で、自衛隊の練習機も飛んだから崩れはないようだ。

ま、こんな不安定な天候だと疲れるゥ
「涼しいなァ」といってるうちに風とまって「あぢィ」。
そのうち、左足の裏が突っ張ってきて、歩けなくなった。

「いてぇ、いてぇ............」
歩くと痛い。尿酸値高いので痛風予備軍なのだが、
いやァ、はじめての傷み。

ネットで調べた。とりあえずは冷やせ、とあった。
濡れタオルで足を巻いて2時間ほどじっと座っていた。
すこしラクになった。

今朝は痛みも消えていたが、ビールかな?
これといったプリン体摂取もなかったように思うが??
いやァ、ついに痛風かぇ。

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 ↑暗雲たれこめ.....

高校野球の静岡県決勝戦を観ていた。
途中雨で中断し、再開後は雨中どろんこのグラウンドで、
かわいそうに23対10というスコアで決着ついた。

泥だらけの勝利で、藤枝明誠が初の甲子園へゆく。
打撃のあるチームだから、ま、代表校として妥当かなと思う。
もう、むかしながらの渋い高校生戦略ではダメだね。

清宮クンのようなパワーバッター抱えてガンガン打ってゆく。
そういうチームつくりに変わってきているようだ。
甲子園での活躍を期待したい。

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パトさんが故郷へ大雨洪水見舞いの電話をしていた。
お友達は無事だったようだ。
リネンさん地方は大丈夫だろうか?

お殿さま知事がゴルフしていて、汗掻いたから風呂入って、
ついつい、いっぱいやっちまったものだから、
翌日の災害会議にまにあわず、お灸すえられて大あやまり。

なんだかねぇ。
あの県も人口が100万をわってしまったらしい。
タイヘンだなァ。

 17727-a3.jpg 17727-a2.jpg

いつも「てんちゃら........」を書く途中で、
朝ご飯食べたり、新聞読んだり、顔洗ったりしてるからねぇ。
ネタを忘れてしまったり、ネタがなくてうろうろしたり。

「今日の予定は?」
と聞かれても、終わってみないことにはわからない。
車の18ヶ月点検の予約をとった。早いねぇ。もう1年半だよ。

「ご飯食べると、すぐに眠くなるゥ」
パトさんさんがお友達にそういい、あちらからも賛同を得て、
「あなたも.........」と大笑いしていた。

なんで女性は、あァも眠いンだろうね。
静かだから、なにしてるんだ? ときどき覗きにゆく。
ゲームしたままで居眠りしてる。

至福のときだから、そっと帰ってくる。
いつ眠ったか境がわからない。オレもよくある。
それがたまらなく気持ちイイからねぇ。

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むかし、自らを泥鰌と名乗った総理がいたよねぇ。
「解散しましょうか」「約束しましたよ」とかいって、
ほんとに解散して選挙に負けて、また野党に戻ってしまった。

ま、どぜうはキントトにもなれなかった。
いまの為体みておると、アレはなんだったのだと思う。
明治大正に、ドジョウってのは木っ端役人のことだったそうな。

 念仏を四五へんいれる泥鰌汁

この江戸川柳は、わかる人にはわかる。
オレが幼いころは、梅雨時のちょっと雨がよけいに降ったあとは、
田圃一面水が溢れて、それも適度にね。

街んなかちょっと外れると、もう一面の田んぼだったから、
その田んぼの脇の水路やなんかに、泥鰌がでてくる。
それを石箕を持って捕りにいくのだ。

当時は貴重なタンパク源だったからね。
農薬が入るまえだから、泥鰌、タニシ、ザリガニは、
なんぼでもいたのだ。

オイらがドジョウを捕ってくると、
バァちゃんが、鍋に入れて火にかけるのだが、
炎熱地獄の泥鰌がぱちぱちとハネるから、蓋して抑えてる。

さすがのバァちゃんも、ナンマンダブ、ナンマンダブ。
さんべんくらいは、念仏を唱えるのだね。
柳川風に卵でとじたり、甘辛く煮詰めたりした。

ドジョウはわりと骨が太くて、身もぬるっとして、
子供のオレは好きではなかったように思う。
でも、こういうもの食べてたから、いまだに骨密度が高いのだね。

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昨夜ね。NHKのBSだったか。
イワシボールのなかへイルカとバショウカジキが突っ込んで、
狩りをするシーンを観たのだが、それで思い出したことがあった。

ある沖堤で体験したこと。
堤防の壁際から沖へ5mくらいの幅で、
イワシの群れが次々と泳いでくる。

どうやら、その堤防をまわっているようで、
1時間経っても2時間経っても群れはエンドレスだった。
クロダイ釣りにいったのだが、こういう日はえてして釣れない。

20cmくらいのマイワシだったから、焼くと旨いぞーと狙いをかえ、
このイワシの群れの中にサビキ仕掛けを入れてみた。
が、整然と前を向いて泳いでいくイワシの群れは見向きもしない。

疑似餌のサビキを避けて、ぽっかりと穴が空いている。
それで、誰かがタモで掬ってやろうと群れの中に突っ込んだ。
整然としたイワシの列がパニック状態になった。

すると、パニック状態で整列の乱れたところだけ、
サビキ鈎に飛びついてきて釣れる。
が、それも一時で、また整列してサビキのところに穴が空く。

で、パニック起こし手と釣り手に役割分担して、釣りまくった。
クーラーボックス満杯の五つ星マイワシは、
塩焼きとなり、てんぷらとなり、まだ残ってつみれにもなった。

イワシなどの小魚は群れをつくることで、大魚から身を守る。
つまり、それが小魚の防衛本能なのだ。
口を開いて泳いでいればプランクトンの摂取はできる。

それが乱れたとき、防衛本能より就餌本能が勝る.らしい。
サビキ仕掛けに付ける集魚板、あれは仲間がパニック起こしたようにみせかける。
就餌本能への誘いになるから効果があるのだ。

ある遊漁船の船長がいった名言がある。
「疑似鈎は動かさないと、タダの水中のゴミだからな」
まさにその通りなのだ。

疑似餌は、エサだと見せかけると同時に、
もう一つイワシの例のように、
パニックを起こしたかのように、演出するのが釣り人の腕前。

だから、サビキ仕掛けに集魚板を考えた人はえらい。
なかなか魚を釣るって奥が深いんだよ。
ただ、竿もって遊んでるんじゃないんだからね。

海の中は見えない。だから想像力なんだね。
想像してああでもないこうでもない、とずっと考えてる。
で、その想像力たくみなヤツが釣り上手なんだね。

 元釣り師見てきたようにモノをいい  ごんべ

まんざらウソでもないけどね。
ほなあした.............

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ハメなんとかといいまして...... - 2017.07.26 Wed

いやァ、あぢィ。辛抱たまらず起きてきた。
「まだ、はやいよ」というとおり、6時だったけれどね。
日が昇った途端にアツくなる。寝ちゃいられない。

書斎の窓が北向きとはいえ、太陽のあがるところが見える。
だから、いまの時期は10時くらいまで日が差し込む。
これがはなはだ暑いのだ。

朝は、カーテンが風を孕んでるいるくらいで涼しいが、
昨日あたりは、高校野球の準決勝みていて延長15回に3点いれて、
勝ったと思ったら投手が力尽きて、その裏にさよなら負け。

別に母校じゃないけどね。
実家の裏でブラスバンドの練習うるさかった浜松商業の応援に力はいって、
なんかしらん汗びっしょりで、エアコン入れた。

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土用丑の日ゆえ、パトさんがウナギの白焼き勝ってきた。
浜名湖産が1尾2000円だから、1人前は半分。
ま、これで充分だ。

うまいねぇ。
1人前1000円だからステーキよりは安いけど、
しょっちゅうは食べられねぇ。

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オレは68歳だったからはやいっていやァはやいし、
ま、そんなもんでしょといわりゃァそうだが、
別離ってのは、相通じるものはあるので、あまり触れないのだ。

あ、海老蔵さんのことね。
Blogを頻繁に更新することで、心の安定を保ってるようなところはある。
それは、オレもおなじだったから理解できる。

が、あらぬこと書かれて、芸能人はタイヘンだね。
それにしても、ネット記事のライターの下衆なこと。
内容書かないけど、PV稼ぎゃイイっていう、ほんとゲスの極みだね。

ライターの矜持なんてありゃしない。
芸能関係者後か、歌舞伎関係者だとか、オブラート被せて、
人がいったことにして云いたい放題だから、余所事ながら読んでて腹立つ。

あれでPV稼ぎゃイイってのも因果な商売だと想うよ。
ヤフコメ民にさへ「地獄へゆくよ」といわれてる。
芸能レポーターもたいがいだけど、いい商売じゃない。

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人それぞれの絶対的価値観が違う。男と女でも違う。
その均衡を保つことが難しいってことは、
古今東西の物語や、ことわざがさんざんいってるわけだな。

どう生きるかってことは考えるとめんどくさい。
簡単にいっちまえば、すくなくとも周囲の人に迷惑はかけないように、
2人でぐじゅぐじゅしてればいいのじゃないかって思う。

 60歳代は、
 自分にはもう誤りを犯すだけの時間が残されていないから、
 密度の高いものにしなければならないのだ。
                   (ガルシア・マルケス)

 70歳代は、
 自分の余生がわかりはじめているから、残りの時間を、
 いい加減に過ごしても悔いのないようにしなければならない。
                          (ごんべ)

わけわかった? いってるオレもわけわからん。
ま、どうせ、わけわかめなら愉しいことだけ考えていよう。
めんどくさいことはあとまわし。

すべからくこれでも困るけれど、
ま、ええからべぇで生きていけりゃ、それにこしたことはない。
そうじゃないかぇ、皆の衆。ってここで終わっちゃいけないね。

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また、聴力が落ちているみたい。
1年まえの突発性難聴の治療をしてちょっとだけ聴力が戻った。
それが元に戻ったというか。

もともとの薬害難聴は障がいに入るほどではなく、認定すれすれ。
若い頃っていうのは、そういうことをいやがるので、
慣れでここまできてしまったが、たぶん健常者の1/3しか聞こえてない。

加齢が加わって、いつかは補聴器がいるとは思っているが、
オレが怪訝な顔してればパトさんが通訳してくれるから、
まだ切実に困ってはいない。

ま、都合の悪いときは聞こえないフリしてりゃいい。
これって案外と便利でねぇ。
わざと頓珍漢な返事してりゃいいんだから..........

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ここんとこパソコン画面の小さな字が読めない。
え? また眼鏡が合わないのか、って恐怖でしかないねぇ。
この眼鏡は1年とちょっとだよ。

だいたい、5万円前後でなんとかなっていたが、前回は6万円だった。
1年ちょいで見えないんじゃ、たまらんち。
30歳代半ばの免許証写真がでてきた。それみてパトさんがいったね。

「あれ? 眼鏡かけてないの............」ってそうなんだね。
乱視のケはあったけれど、目ン玉きっと見詰めれば、
2つに見えるもんが1つになったから、なんとかなっていた。

いまは、酷い乱視に老眼がはいって、さらに視軸の矯正をするという、
複雑怪奇な目ン玉になっている。
って、自慢にもならねぇ。眼鏡代金が高いだけだ。

42歳くらいから、ワープロのキーボード叩くようになった。
最初は2行しかなかった液晶画面が大きくなり、
それを眺めるのが仕事になると、なんやしらん、加速度的に視力が落ちた。

偏頭痛がするっていう状態で眼科へゆくと。
検査のあげくに眼鏡しなさいってことになった。
ショックだったのが老眼だったこと。

それまで、薄暗い渓流だって細い糸でハリ結んでいたからね。
えぇ?? 老眼ですか、っていったって見えないものは見えないのだ。
決定的になったのは、ある渓流の、ある滝壺でのこと。

めったに出遭えないような大物渓魚をかけたのだ。
が、瞬時にしてバラした。結んだハリ元の糸がほどけたのだ。
これは釣り師として、かなりの恥ずかしいことなんだな。

糸が切れたのではなくて、
結びがあまくて、ほどけたのだからね。
ショックで滝壺に飛び込みたいくらいだった。

長年のカンでなんとか結んだけれど、それがあまかったのだ。
帰ってすぐに友人が大番頭をしている眼鏡屋にいった。
彼は、とうとうきたかと笑った。

遠近両用乱視の眼鏡ができてきた。
えぇ?? 世間はこんなに明るかったのか。そう思った。
これはこれで衝撃的だったねぇ。

それで、ワープロからパソコン操作が仕事の一部となると、
さらに、オイらの目ン玉は加速度をつけてダメになっていった。
乱視を矯正してるはずなのに、渓流釣りにいって目印がダブってみえた。

それでまたまた眼鏡屋の大番頭がところにいったのだ。
今度は視軸が縦にズレ始めていた。
目ン玉支える筋力が劣化して、縦の斜視なんだっていう。

それがどんどん進むから2年ごとに眼鏡を換えるっていう状態で、
大番頭が高笑いするだけのはなし。
セルが流行ったり、縁なしが流行ったり、ま、それも愉しかったけどね。

とりあえず眼鏡屋へ調整にいってくるか。
ほなあした.................

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ダブルスタンダードそのもの - 2017.07.25 Tue

曇りだァ。湿度が90%を超えている。
北陸が大雨なんだってね。今朝も、蒸し、むし、ムシ。
当地は降らないが梅雨が戻ったような空だ。

鬱陶しいことはたしかだ。
今日は風もないし、朝方に汗掻いて目が醒めた。
自衛隊基地でエンジン音がしない。天気悪くなるのかな。

宵のうちから眠ってしまったので6時前に起きてきた。
セミが網戸にとまっていた。捕らえても鳴き声がしない。
メスだな。宙へ投げてやると元気に飛んでいった。

パトさん故郷の姪御さんからメールの返信がきた。
最強の晴れ女がいない街はあちこちで道路が寸断だそうで、
前代未聞の降雨被害だっていう。

いまだかつて経験したことのない気象状況が起きる。
どこで起きても不思議はない。
地球という星がそういう活動期になっているんだな。

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今日は「土用丑の日」だからパトさんが静岡産ウナギを買ってきた。
別に丑の日だからって食べることもないけどさ。
ま、別に暑さの折から滋養つけるのはわるかァない。

おとなりの国では、この滋養のために犬肉を食べるんだっていう。
誤解を怖れずあえていえば、別にそういう風習なんだから、
他国がとやかくいうことはない。

たしかに、可愛いペットというイメージの犬を食べる気には、
オレはならないけれど、その国の食文化として伝わってきたものを、
余所の国の人がとやかくいうことはないのだ。

ひるがえって、わが国にはイルカ漁がある。
太地が有名だけれど、伊豆半島にだって追い込み漁はあるのだ。
それを理由に、伊豆をユネスコがジオパーク認定しないってのもおかしな話。

文化の伝承として行っている漁を、捕鯨の延長でとやかくいう。
そもそも鯨だって、どんどん増えているのに、
それをデータも見ようとせず禁じようとするのはダブルスタンダードそのもの。

それをまた、あんなに賢いのにかわいそう............... だとかいう。
じゃァ、あなたは牛肉を食べないのか、豚肉を食べないのか。
人間はほかの生き物の命をを頂いている。

まずは、それを感じてほしい。
食べものを粗末にしないこと。感謝の気持ちをもつこと。
自分のなかのダブルスタンダードに気づいてほしい。

食文化が違うだけのこと、ほっといてくれ............... と思う。
増えすぎたといってカンガルーを殺す国がある。
ライオンを撃ち殺させることで、観光ハンターを呼ぶ国がある。

無闇に殺すことを良しとしているわけではない。
自国のスタンダードで、他国の風習に物云うな、と想うのだ。
その自国内で、時代推移を考慮しつつ、考えてゆけばいいではないか。

他国のスタンダードで介入するのは大きなお世話。
そして伝承文化を失うに至ってはナンセンスでしかない。
あえてそういうのだが、いかがなものか?

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それほど遠くない昭和35年、南氷洋に捕鯨船団を送っていた国は、
ノルウェー、イギリス、ソ連、オランダ、南アフリカ、パナマなどで、
なんと21船団もあったのだ。

が、20年後にはソ連と日本だけが船団を送るだけになった。
つまり、鯨の油脂だけを必要とした国は、
採算が合わなくなったからやめただけのことなのだけれどねぇ。

それがいまやこぞって捕鯨を責める。
だから、大きなお世話だというのだ。
メルヴィルの「白鯨」のなかに、こんな一節がある。

 アメリカ捕鯨船の外観上の特徴は、
 揚げられているボートのほかには、油煮釜の群れである。

当時の欧米では、鯨の脂皮を煮出して採った鯨油が、
ローソク、灯油、機械油野原料として主流を占めていたのだ。
なぜ、アメリカが捕鯨をしなくなったか。

それは大量の石油資源が西海岸で発見されたからにほかならない。
技術が進歩して、魚油、植物油、牛油などが鯨油に替わった。
とすれば、自分の都合だけではないか。

その撤退のきっかけには、
鯨の保護だとか、捕鯨が残酷だからとかの理由は微塵もない。
採算が合わないという資本の論理が唯一の理由なのだ。

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仏教が入ってからの日本は、動物の肉をたべることを戒めた。
鯨も哺乳類ではあるが、そこは海のなかの生き物。
それから連綿として捕鯨文化の伝統は引き継がれてきている。

わが民族は、油脂だけを得るために命を賭けた捕鯨をしたのではない。
鯨のすべてを利用したのだ。髭すらも釣り竿の穂先として珍重した。
とくに戦後は、食糧危機を救うという大きな期待を担っての捕鯨であった。

昭和22年、肉摂取量で鯨肉の占める割合は40%台だったという。
オレも給食で食べた経験がある。
ま、けっして旨いとはいえなかったけれどね。

仏教の戒律ゆえに動物の肉を食べることを避けた.。
が、四囲を海に囲まれたこの国での鯨は海の幸であり、
髭すらもの残さず利用する習慣は、文化はそのものであったのだ。

いま、この日本でも捕鯨に反対する人は多い。
残酷だとか、可哀想だとか。
これには戦後の食文化の急激な変化が関わるだろう。

単に食べるものが欧米化して、
考えがあちらに似てきた、というだけではない気がする。
スーパーにいってみれば、食品の生きている姿を想像できるものはない。

だから、お頭付きのパックを買ってくれば、
「お魚さんの目が怖くて、食べらんない」のだ。
そうではないのか?

牛丼でもハンバーガーでも、
その肉を得るために動物を殺すという行為が必ず伴う。
人間は食糧を得るために生き物を殺す。

この行為は、捕鯨反対国でも、捕鯨国でもおんなじ。
鯨を殺す行為と牛を殺す行為との差はない。
そこにあるのは、食文化の違いだけなのではないか。

すべては文化の違い。
決して、鯨を保護することが世界のスタンダードにはなり得ないのだ。
ある種の鯨は、増え過ぎて海の生態系を崩しはじめているという。

まったく、それを認めようとしない捕鯨禁止国の役員は、
民間の鯨保護団体からでているという。
大いなる矛盾を、自分たちの文化で押しつけるだけなのだ。

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オレはねぇ。何度も大海原でイルカの群れと遭遇したことがある。
船縁をトントントンと叩いてやると、群れのなかの好奇心の強いヤツ、
オレみたいなヤツが船と併走して着いてくる。

で、波間にひょいと身体をひねってこっちを見る。
目と目があったりするんだな。
ま、無闇にこのイルカを捕って食おうとは想わない。

2002年のIWC総会で政治的な犠牲を被った民族がある。
アラスカエスキモーの伝統捕鯨、年間50頭の捕獲が許可にならなかった。
これは、あきらかに捕鯨反対国のダブルスタンダードの犠牲だ。

大国のエゴは、極地に暮らすエスキモーたちの生活のなかで、
大きなウエイトを占める捕鯨を奪ってしまった。
つまり、民族の文化を封じてしまったのだ。こんなことが許されていいわけがない。

IWC総会に日本は調査捕鯨の資料を提出している。
が、数の論理で討議の机上にも乗せようとしないらしい。
ある種類の鯨は増え続けているという。

それらの鯨が海の生態系を崩しつつある事実が数字に表れているという。
調査という名の商業捕鯨とやり玉にあげて、無視されている。
大型の鯨になると一日にトン単位のエサを食べるという。

オキアミ、イワシ、サバ、サンマが巨大な胃袋に吸い込まれていく。
この際、鯨を食べなくとも生きてはいける。
が、イワシやサンマが食べられないのはつらい。

牛肉の輸入が減っても我慢ができる。
けれどサンマのない生活は日本人にとって一大事。
可哀想という前に現実を直視しなければいけないと思うのはオレだけか。

これが、日本の捕鯨を維持するための切り札であることは否めない。
本質は、増え続ける鯨が生態系を崩しつつあるという事実にある。
増えすぎたある種が生態系を崩し、その結果、その種も滅びる。

それが自然の摂理なのだ。
ま、これを捕鯨するための屁理屈と考えるかは、人それぞれ。
ただし、日本人が欧米のダブルスタンダードに染まるのは哀しい。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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土用丑の日に佐鳴湖追憶 - 2017.07.24 Mon

昨夜寝るのが早かったから、6時に起きたのだが、
いやはや暑いやら、梅雨終わったのに、
いつまでもじとじと湿度88%の蒸し、むし、ムシ。

NHKで、日本列島ができた経緯をみていた。
大陸から引っ剥がされ、そこへ火山島が次々とぶつかって、
いまの列島ができてゆくのがおもしろかった。

そうなんだね。
伊豆半島は火山島がぶつかって半島になった。
その継ぎ目は丹那断層で、トンネル掘るのに苦労したんだ。

伊豆半島がなかなかジオパークに認定されないが、
オレたちは海のほうから絶壁をみたりしているから、
その火山島の形成の片鱗を見ていたりする。

来週は後編なので見逃さないようにしたい。
関ヶ原がどうしたって歴史もおもしろいが、
さらに遡って地球も星なんだよな、って頃もおもしろい。

日本列島はこういう生い立ちだからねぇ。
いつ、いま現在の日本列島が覆ったって不思議はない。
日本沈没もありゃ、小松左京さんの創りだしたもんじゃない。

そう思えるから観たほうがいいね。
ほんと。

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新しいオモチャがきたから、愉しいなァ。
レンズもデジタル設計ならば、それなりなんだね。
あれぇ、という微妙な「違い」がわかってきた。

まだインドアばかりだが、そのうち。
お城公園へいってこようかな。
日陰だけ歩いてね。

次々と興味湧いてるよ。
これでなくちゃ......................
行動力が湧いてくればレンズなんて安いもの。

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平尾昌晃さんの旅発ちを悼む声が多い。
ヤフコメ民あたりだと「カナダからの手紙」なのだが、
オイらたちは、ジャストミートなわけだ。

ジャズ喫茶に通ったというおかたのコメントいただいた。
オレ、さすがに日劇へはいけなかったが、
ジャズ喫茶なら知ってるどころか、真っ直中だもんな。

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 平尾さんやすらかに.....

ま、いろいろあらーなだけど、よき時代だったと思う。
アメリカ文化がどんどん入ってくる。
そのまえったら、三浦浩一、春日八郎だからねぇ。

そこへギター掻き鳴らして、監獄ロックだからね。
そりゃ夢中になるよ。
オレが初めて買ったLPレコードが、ポール・アンカだった。

 

本年の「土用丑の日」はいつなのかと調べたら、
なんと二の丑の日があるんだな。2回あるってこと。
7月27日と8月6日なわけで、鰻屋さんが大喜びとかなんとか。

土用っていうのは、立秋の前18日間をいうので、
そのなかに丑の日が2回あるってことらしい。
ま、鰻屋さんが喜ぶんならいいんじゃないかってことだ。

うちの父親は「鰻釣り名人」として、一斉を風靡したことがある。
当時の「12チャンネル」の釣り番組「われら釣り天狗」に、
2回も出て、オレも賑やかしに出演した。

その釣り場は、街の中にある佐鳴湖で、
当時は富栄養化で全国湖沼のワースト2だった。
水の透明度が低いので、夜行性の浜名湖上りの天然うなぎが釣れた。

父親は昼釣りで40匹も釣ってたから、
放送後は全国的に有名になって、とくに関東からどっと人がきた。
いまはボートを出して釣ってる人を見かけない。

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その釣り番組にオレとごんたクンがかりだされた。
といっても周辺で竿だしている背景でしかなくて、
画面に出たのはたったの10秒。竿振り込んで、手洗ったらおわり。

このビデオ、いまでもよく観る。
同じテープに阪神タイガース優勝の軌跡が入っている。
岡田、掛布、バースの連続アーチが撮ってあるからだね。

3日とあけず船を漕ぎだす父親に出演交渉がきたのだ。
1回目の放映のあと、東京、大阪から釣り客がどっと押しかけ、
にわかに佐鳴湖はうなぎ釣りで有名になった。

父親は名人として一躍スターとなった。
名人の出る日に行きたい、いっしょにいってほしい。
こんな電話に、明治生まれの気骨が馴染むはずもない。

小薮からでて入野まで漕いで逃げる。艪さばきは達者だったからね。
で、遠来のお客さん、追い切れずに桟橋で待っていて、
ハリの付いたウナギを売ってくれと迫る。

自分は食べないのだから、と差し上げる。
で、ますます人気がでて、追いかけまわされ、
ワシの最後の楽しみ奪うなよ................ と本気で悩んでた。

このとき、父親は78歳。
1日に50匹から60匹のウナギを釣ってきた。
これを自分でさばき、白焼きにして他所にあげる。

養殖ウナギが出荷されるサイズになるのに、天然物は7年かかる。
太さは同じでも、体長が短い。寸の詰まったのが天然ウナギ。
霞ケ浦が釣れなくなったからだと、関東の釣り客が押し寄せた。

直接電話のかかってきた人たちを、父親は自分の家に泊めた。
酒酌み交わして、釣り談義して、もしかすると幸せの絶頂だったかもしれない。
オレは愚痴ひとついわない母親に、ときどき資金を握らせていた。

ところが、酒なくて何が己のという父親が重度の胃潰瘍になった。
胃を全摘出したのだが、佐鳴湖通いはやめない。
心配した母親が、オレにいっしょにいってくれという。

まあ、嫌いなことでもないし、3度に1度は付き合おうかと、
ついていくのだが一緒の船に乗ったのは最初だけ。
オレの漕ぐのが気にいらないのだ。

桟橋はなれてすぐに、どけッ、という。
艪を握った途端、シャンとするんだな、これがね。
ま、余分な手はださないことにした。

しかたないから別の船だして、遠くから見守っている。
釣り自体は面白かった。
で、ある日。にわかに、土砂降り、おまけに強い風も吹いた。

さっさと桟橋に戻った父親を追って、オレも必死に艪を漕ぐ。
進まないんだな。まるで進まない。
しかたなく、最後は向こう岸に流れ着いての雨宿り。

まあ、置いていかれるのは子供の頃から慣れている。
こと釣りに関してはスパルタもいいところ。
獅子は子を崖から........ って方式で鍛えられたからねぇ。

30分ほどして、土砂降りが嘘のように日が差した。
で、やっとのことで桟橋にたどり着くと、おまえ、釣れたか?
その日はよく釣れてね、内心、ひょっとしたら...........

父親を抜いたのじゃないか、と思っていた。
勢いよくビクを取りに戻る。
なんと、船べりに吊るしたビクはなかった。

風にあおられ、湖芯でグルグルまわっているうち、
ビクごとリリースしてしまった。
踏んだり蹴ったりとはこのことじゃァ.............

土用丑の日で父親想い出したね。
ほなあした............

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ダンディ忘れたつもりはない - 2017.07.23 Sun

ぼけぇぇ............... と起きてきて空見上げたら、みるく色。
霧かと思ったら だった。
蒸し暑いぞ。いきなり29.2℃。湿度87%。

西の空みたら薄く青いところもあるから、雨は降らないらしい。
空気がじとじとする。
扇風機を足許に向けてまわした。

今日はと? え。日曜日か。
Every day is Sunday族には先週が3連休という認識あったが、
もう次の日曜日がきたってか。

 17722-e1.jpg 17722-e2.jpg

55〜300mmが届いた。
まァ、イイでしょうという品物。
オレ、上手に買うんだな、amazonの中古レンズ。

思ったよりオートフォーカスの合焦が遅い。
あと2.8000円だして電磁シャッターにしとけばよかったか。
そのはなしを傍らの内弟子にしたのだ。

オートフォーカスが遅いという実体験があるから、
不肖の弟子にも理解できたらしく、
オレの資金が足りなくて、グレード落としたと思ったらしい。

「買う前にいってくれれば.............
 瞬時フォーカスの最新を買えばよかったのに.ィ」

自分の趣味は自分の財布で賄う。
ま、オレはそういう主義だからいわなかった。
あと3万円だしてあげたのにィ............. あ、損したァ。

理由はほかにもあったからね。
電磁シャッターではリアコンバーターが使えない。
600mmにこだわったところもある。

さっそくテストした。
上孫にくれた300mmズームとそれほど変わらない。
純正レンズなりの相性は微妙なところで感じる。

ま、いいんじゃないの。これはこれで、安いからねぇ。
ちかごろは最新モデルの出るサイクルが早い。
だから、そのまえのモデル、いわゆる型落ちがぐっと安くなる。

よくしたもので、それが中古市場に出てくるから、
それを見極める力があれば、上手に買えるのだ。
さすがに、しばらくは要らないね。

 17722-aa3.jpg  17722-aa1.jpg

今度は東北方面で大雨らしい。
リネンさん方面は大丈夫だろうか? と、
パトさんが心配していた。

もう、どこで降るやらわからない。
警報が出て、ご注意くださいっていったって、
身一つで逃げるしかないものね。

ま、考え方換えなくてはいけない。
そういう日本列島になってしまったのだからね。
もうすこし防災関連の準備しとかなくちゃ。

 17722-s1.jpg
 ↑ 試し撮り☆画像クリックで拡大します

平尾昌晃さんが旅発たれた。享年79歳。
しかたのないことだけれど、すごく哀しいねぇ。
ウエスタンカーニバル世代だからね。オレたちは。

 星はなんでも知っている
 昨夜あの娘が泣いたのも.............

オレ歌ってた。
ロカビリー喫茶のステージでね。
オレの10代と直結する。

ロカビリー三人衆も先年ヤマケイさんが亡くなって、
「やすらぎの郷」にでてるミッキーさんだけになったな。
泣けるねぇ。でも...................

ま、しかたのないこと。
世の中こういうものだから。
平尾さん、やすらかに..........

 
 ↑ オレたちはこういうのを聴いていた

銀座ACBだとか、池袋ドラムだとか。
えらそうにはいえばない。所詮地方の若者にはね。
月1くらい、夜汽車の鈍行に揺られてゆくんだ。

早朝に上野までいって公園で居眠りしてたら、
おまわりさんがきて、違うっていうのに、
家出少年ちょっとこい、と駅の交番へ連れていかれたりした。

そうか、ラジオだな。
東京からの電波は高くなったり、低くなったり、雑音だけになったり。
それでもしがみついて聴いてたね。

もう、遠い、遠い、とおーいむかし。
いまでもときどきオールディーズ聴いてるよ。
耳障りじゃないからね。

 17723-s2.jpg

昨日も風が吹いてね。ベランにいたら前髪が乱れるゥ。
タオルをガッテン系に巻いてたら、
「このまえバンダナ買ってあげたじゃない?」とパトさん。

なんかタオルのほうが好きだな。ハチマキがね。
頭のハチをキリッと締めると、
股間きりりといっしょで、さァ、やるでぇって気になる。

前髪といえばねぇ
オレは天パだから、若いときから憧れていたことがあるんだ。
額にパラリとたれる髪を手でかき上げる仕草ねぇ。

あれがやってみたかった。これは天パじゃできっこない。
ロカビリーが流行ったときにリーゼントにすると、
パーマがいらずで、山下敬二郎風の額ぱらりができたな。

そういえば..............
オイらの先輩にリーゼントで、
いつもビシッと決めてるアニィがいた。

直髪だと後ろ髪へゆく耳のうしろが垂れるから、
暇さえあればポケットからクシだして、
両鬢からもっていって、後ろ髪の真ん中で縦筋入れる。

ま、ショーウインドのガラスに映るわが姿でいつもやってるわけで、
いまの若いもんも、50年前の若いもんも、
いってみりゃァ、なんも変わりはないのさ。

オイらも10代の終わりはリーゼントだった。
なにせ親から貰ったDNAが天パだものだから、
どうしたって山敬スタイルなんだな。なんとなくよじれて前に垂らす。

エルヴィスのようなきれいなヒサシは絶対にできっこない。
あのヒサシね。維持がタイヘンなのよ。
いまはロック野郎がスプレー1本使うっていうけれどね。

あのときだけだね。
おまえは天パでいいな、といわれたのはね。
先輩のように後ろ髪が垂れるようなことはなかったしィ。

女の子はポニーテールに落下傘スカート。
オレたちは裾の細いズボン穿いてた、っていまとおんなじ。
あの頃はマンボズボンだけどね。

「いいな、おまえ。パーマかけなくても...........」
そういわれたけれど、本人はどうにも天パがイヤで、
短くして、流行りはじめたアイビーカットにした。

以来50年、アイビーひとすじ。
案外いるよ、アイビーひとすじ爺ィがね。
今日までボタンダウンシャツにこだわり続けたりする。

ポロシャツ襟立ては絶対にしないけれど、シャツはボタンダウン。
が、これもクールビズで、ノーネクタイは襟元だらしないからって、
めったやたらとボタンダウンで、着る気が失せた。

カットもかわっちゃいないが、なにせ、てっぺんがねぇ。
ま、あるだけでもいいかって、
月にいっぺん風呂んなかでパトさんにカットしてもらってる。

ダンディ忘れたつもりはないけれど、
だんだんとどうでもよくなって、パトさんにえらい叱れるゥ。
んでも、めんどくさいがな。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした...........

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ムリがあっちゃいけない - 2017.07.22 Sat

うん? 風がなんもない。8時から30.6℃だぞ。
昨日は終日ぶんぶん風が吹き抜けてた。
なんか落ちて見にゆくくらい。天気不安定だったからね。

黒い雲が流れてきて、覆い被さるとポツポツときて、冷やァ。
もくもくと入道雲出て、カァッと灼熱。
ただし、風は1日中吹いていて、体感温度は案外低かった。

その風がない。
今日はエアコン入れないとダメかな。
ま、うちでゴロゴロしてるだけだから文句いっちゃいけない。

 17722-a1.jpg

な〜〜〜んもしない、な〜〜〜んもしない。
昼から1時間のチャンネル権はパトさんにある。このごろね。
「徹子の部屋」で「やすらぎの郷」だよな。

あまりのイイ風で、専用椅子足乗せてながながと伸びてたら、
しらないまに眠って、目覚めたら「みやね屋」だった。
まわりみまわしてパトさんいない?

そっとベッド覗いたら、案の定のぐーすかぴー。
なんともはァ、2人して1時間あまりの昼寝爆睡タイム。
暑いからねぇ。眠って凌ぐのもいいかなァ。

こう書くとパトさんからクレームがでる。
「わたしゃ眠ってばかりはいない」ってね。
昨日もカーテン洗ったし、ま、よく動くよ。ごくろうさま。

昼間もうとろうとろ、夜もしっかり眠った。
これで通れるんだからラクチン。
頑張るときゃ頑張ったんだから、ま、これでいいでしょ。

 17722-a2.jpg

老後困窮やら、老後破綻やら、最近はよく話題になる。
ま、誰だって年はとる。誰だって老後はくる。
そこをどうやって生きてゆくのか、ってことだな。

オレたちだって例外じゃない。
相方と肩寄せあって、これから共に生きていくには、
ま、切実なる問題ではあるのだよ。

1人ではできなさそうなことも、
1+1=1.8くらいになるとの計算は充分に尽くしている。
0.8という付加価値どう考えるかだな。

そりゃァま、計算尽くだけではないけれど、
この基盤がなかったら悲惨だものねぇ。
ここいらへんの熟慮はしている。

愛があれば頑張れる、なんてのは、せいぜい40歳までだろうね。
ここまできたら、残念ながら愛だけでは生きられない。
計算もしっかりしなきゃ。

二人肩寄せあってそれなりに生きるしかない。
多くは望まない。それなりでいい。
ま、まいにちゴロゴロしていられるだけでもシアワセ。

 17722-a3.jpg

書斎の椅子はハイバックのロッキングチェアだから、
マウス握ったまま眠りこけるには、すこぶる都合がいい。
ここにずんぶり埋もれて、文庫本手にするとすぐに眠ってしまう。

文庫本というのは、ほんと都合イイのだ。
なぜかというと.............
ハードカバーは重くて、持ったまま、眠れない。

で、いまどきの電子書籍っていうのは、食指が動かない。
本というものは、しっかりとインクのニオイがして、
書架において背文字を愛でながら、時折、開いて著者の思いに耽るもの。

本を読む人には2つのタイプがあって、
読んでしまえばただの古紙っていう人と、オイらのように、
後生大事に、いつまでもしまっておく人とがある。

これでも2/3は捨てててきた。
まだ、本箱2本が目のまえにある。
読んでない本が5冊ばかり。すぐ眠ってしまって.............

  syosai_20170722093153292.jpg

結局のところ、電磁シャッターという瞬時フォーカスレンズは、
見送って普通の55〜300mmを買ったのだ。
いま現役で使ってる一眼カメラは2台だが、適合の都合でそうした。

極上の中古で大丈夫だから、30.000円ちょい。
ま、半額以下で買えるんだから、
ギコギコの古いヤツ使ってることはない。

これで手持ちレンズはすべてデジタル仕様に買い換えた。
ずばぬけていいレンズではないけれど、オイらには手頃。
これくらいでいいんだ。

で、20日に発注して、本日の配送。
amazon側が即日発送でなくなったから以前より1日遅い。
クロネコさんは変わらないようだ。

なにがなんでも翌日配達でなくちゃ........
ていうんじゃないから、これでいいんだな。
ムリがあっちゃいけないと思う。

 1677-a2_20170722095000a62.jpg

これでも多少は気を遣ってるんだ。
あ、文章のことね。なにせ慢性ボキャブラ不足というか枯渇だな。
だいたい本読んでボキャ補充するのだが、それもめんどっちィ。

読む気になっても、活字目で追ってるとすぐ眠くなる。
さっきも書いたが、気がつけば、
眠ってるという完全にダメだこりゃ状態だからねぇ。

検索して無理矢理引っ張ってきたりはするが、
これも誤用じゃ恥ずかしいからねぇ。
あれ?? と思ったら確認作業は怠らないつもり。

検索して、それをまた逆検索して確認。
けれど、誤用だって気がつかなきゃ、どーしようもない。
このあいだもどこかで、「だんこん」っていうから目が点になった。

あ〜ら、恥ずかしや、男根だなんて...........
スケベ心払ってよく見りゃ、なんのことはない、
団塊 (だんかい) のことだったァ。

シニア世代のインターネット進出で顕著になったことがある。
それは、なんかしらん、自ら文章を崩してること。
え? 小学校で教わったでしょ、てな。

これって、自分でタイプするからだよね。
わけもなく行間あけた文体がけっこうあるけれど、
シニアの句読点もなく、スペース開けた文章ね、あれは読みにくい。

日頃の新聞でも雑誌でも書籍でも、そういうもの。
見慣れた文体を逸脱すると、読みにくいと大多数の人が感じる。
見出し文字に奇をてらうことはあるけれどね。

たとえば、このBlogのフォントは「ヒラギノ角ゴ Pro W3」なのだが、
これはOSが代わっても見やすい字体が採用されている。
これが、明朝だったら違和感あったりするよ。

オイらも一応は元エディターのハシクレだから、
多少のことはわかるけれど、なにせ零細企業であったがゆえに、
ライターでもあり、カメラマンでもありってな、なんでも屋だった。

文末に (笑) と思わずつけようと思ったくらい、なんでもやる。
ただし、校正要員は元新聞社の校閲専門職OBを雇っていた。
オレらは2 B鉛筆握りしめ「ええからべぇ文章」を書き飛ばすからねぇ。

それでも、ゲラあがるときには立派な文章になってるっていう。
そういうシステムだから、えらそうなことはいえない。
オレたちゃアイデアだけもってりゃいんだ。

むかしから、読みにくければスルーってのは、
ネットの大原則だから、よほど読みたいっていう文章でないと、
まァ、いいや........... になりがちなんだな。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした............

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この広い野原いっぱい - 2017.07.21 Fri

予想に反して、1日中風が吹き抜けて凌ぎやすかった。
パトさんが家中のカーテンを洗いはじめて、
まァ、忙しく動くから、眠っちゃァいられなかったけどね。

カーテンも2年経つと知らぬ間に汚れてるんだ。
洗ったあとのレースの白さが輝いてるゥ。
気持ちいいね。今日は残り半分を洗うんだそうだ。

パトさん、独楽鼠のように1日中動きまわって、
10時ちかく、疲れが出てか。
「お先休みますゥ」って寝ちゃった。

 17721-a1.jpg

あれま、もう金曜日かぇ。
お盆が終わってほっとして、あぢィ、っていってったら、
1週間があっという間に過ぎたね。

なんかしらんが世間は空騒ぎばっかし。
お騒がせ常習かみつき議員やら、ややこし離婚騒動女優やら、
まァ、TV、ネットを賑わせる。

もう飽きてしまったからね。
なんでこんな他人事に関心あって視聴率あがるんだ??
オレは、またかとチャンネル換える。

で、たまたまBSで、映画「ジャズ大名」みつけて、
たしかまえにも観ているが、筒井康隆原作がおもしろくて、
盛大なジャズセッションを愉しんだ。

監督は岡本喜八さんなのだが、
いまWOWOで、この監督作品の「独立愚連隊」の全8作を放映中。
3本観て、これも飽きてしまった。

この映画は1950年から連作されている。
戦争ものだから軍隊と慰安婦が普通に描かれていて、
朝鮮訛りの慰安婦が劇中でいってる。

「いっぱい稼いで帰って喫茶店開くんだァ」
1960年、つまり昭和35年頃には、まだ世間が真実を認識しているから、
普通に、そういうシーンが劇中にあったのだな。

 17720-f1.jpg

春に大根の頭を水栽培したら菜の花が咲いた。
お盆の供え物のパイナップルも、育つそうだからやってみた。
ほのかに甘いニオイがしていたのだ。

で、その水のなかに溺れている羽虫を見つけた。
よくよくみるとハナアブが、パインが融け込んだ水を吸っていた。
へぇぇ。ニオイにつられてくるんだな。

しばらく観察していた。
蜜とは違うなァ、と思ったらしい。
何度も何度も吸って、その挙げ句どこかへ飛んでった。

 17720-f2.jpg

いまの若者たちが、なりたいものがないっていう。
これが閉塞感だというけれど、
なりたいものを見てこなかった、そういえないだろうか。

オレは子供のときにいろんなものになりたがった。
大人たちの技をみたとき、どれも魅力があって憧れた。
ま、職人の倅だってこともあるかもしれない。

となりのとなりは和菓子屋だったが、ご主人が戦死して、
商売してなかったから、裏に落雁の木型がいっぱい積んであった。
あのおめでたいときの引き出物の鯛とか、そういうもの。

これをちょっとお借りする。
で、近所の小川のずっと上流までいって、
ぼこぼこ水が湧いてるところの崖から粘土をとってくる。

これを落雁のカタにはめて粘土の鯛をつくるんだ。
こういうのやると、子供ながらも上手なヤツが必ずいるんだな。
大人になったら菓子屋になるゥ、といってホントに和菓子職人になった。

女の子は、ケーキ屋さんになるゥ............ といったよね。
だからカァちゃんの手伝いはよくした。
ま、こうして遊びのなかでなりたいもの、憧れるもの、つかんだのだ。

桶屋がタガをトントンと閉めてゆく。
その技をみんなが憧れてみておる、桶屋の倅が得意顔でいった。
トーちゃんみたいな桶屋になるんだ、ってね。

子供たちが思いっきり遊ぶのって、けっして無駄になっていなかった。
町内の職人の技を好奇心と憧れをもってみていた。
勉強なんかせんでもいい、親はそういってたしねぇ。

それでも立派な大人になった。
いまの世情をみて、なにか違うと思うのは、
単なる年寄りの懐古主義だとか、愚痴だとか、そういうものだろうか。

なんか喪失感がつきまとう。
どこかに、なにかをおいてきてしまったような........
これってなんだろう??

 17720-a2_2017072108004558f.jpg

この広い野原いっぱい♪
BSのチャンネルまわしてたら森山良子さんが歌ってた。
なんかしらん、BSではちょいちょいナツメロに出会う。

そうだね。森山良子さんがデビューしたときは、
日本のジョーン・バエズといわれたんだね。
そのジョーン・バエズの「花はどこへ行った」が1960年。

そう、ボブ・ディランもこのころ。
まさか、のちにノーベル文学賞とはねぇ。
あ、お釈迦さまでも気がつくめぇ。

ジョーン・バエズの歌は、いわゆる反戦を含めたバラード・フォーク。
そうだな。「朝日の当たる家」を聞いてたのは、
オイらの蛞蝓三畳間アパートのずたぼろ青春のころ。

生涯でも、いちばんのどん底だった。
ま、あまり思いだしたくないからやめとこ。
最近は、野原の名も知れない野の花が好きなんだね。

いつもゆく河川敷公園も、草がだいぶ伸びて、
草いきれのなかに、いろんな生き物がいて、そのままが好きだけれど」、
公園課の職員さんがきて、きれいに刈ってしまう。

「そのままにしておいて.........」
そう、思うのはオレだけかしらん。
でも、これをキレイにするのもお仕事だしね。

 

オレたちの時代はっていうか、
ひょっとしたら、オレたちだけだったかもしれないが、
家庭内で夫がやらなきゃいけない仕事は、おのずときまっていた。

現代では、イクメンだとか、なんだとか、ことさらにいうけれど、
それには違和感があるんだな。
さァ、育児するぞーなんて構えたものではなかったはず。

家事でも育児でも、役割分担だなんてものは、してあたりまえ。
それでなくちゃ、やっていけなかった。
でも、頑張れば中流に這い上がれるって幻想はあったな。

で、たしかに中流もどきになった。
そのうち子供が大きくなったら、なーんにもしなくなった。
どでんと寝転がってばかりになった。

が、「父親である」っていう存在感で、
その家庭をコントロールする役割を維持できたんだ。
なにがいまと違うんだ??

昨日書いたことにつながるけれどね。
その父親の存在感ってのは、
妻が協力してこそ出来たものだったよねぇ。

その家庭内で父親に威厳があったとすれば、
それは、とりもなおさず連れ合いの功績であると思っていい。
そうしてもらっていたかもしれない。

まァ、その威厳の、
ほんとの中身を知ってるのは連れ合いだけどね。
その実はどうであれ..............

いま、夫婦は平等であるっていう観念が先行する。
役所がつくる男女平等の幻影だな。
社会が理解して、そういう仕組みを創り、亭主が育児参加せいという。

オレが思うには、根本にあるのは愛。
夫婦が、ごく自然に二人のこと、子供のことを考えれば、
やいのやいのいわれんでもできるはず。

そうじゃないかぇ、皆の衆。 
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いつイッテQでもかまやしない - 2017.07.20 Thu

梅雨明けした模様だそうな。アツいねぇ。
いきなり29.5℃だもん。さっきまで風が入って、
カーテンが顔に覆い被さったのに、ピタリととまった。

顔まで被さってうるさいから、紐つけて重しもしたのに、
ごはん食べてるうちに風が凪いでしまった。
昨日は凌ぎやすかった。

部屋んなか風が吹き抜けて、
エアコンなんぞいらなかったのにねぇ。
今日は茹でごんべになりそう............

 17720-a5.jpg

今朝がたも涼しくて、窓閉めて........ と思わずいったくらい。
居間の窓は四枚戸なので全開にすると、けっこう開きが広い。
酷暑のせいか蚊も蠅もでないので、網戸もフルオープン。

いやァ、すごい開放感ですぐに眠くなるんだな。
うとろうとろして1日過ぎてしまう。
いやァ、全国猛暑だね。こういう酷暑ピークは出歩かないこっちゃ。

 17720-a3.jpg

パトさんの運転免許の高齢者講習の案内がきた。
彼女は初めてなのだ。
めんどくさいね。あれぇ。

オレは、むかし免許試験場だった自動車学校へいったら、
公安直轄なので、やたら厳しくて怒られてばかりだったから、
完全民間の自動車学校を奨めた。お茶菓子まででるそうな。

まだ、もうすこしは免許も手放せない。
市が出していたバス電車タクシー補助も打ち切られたし、
手放したらどこへもゆけないヮ。てやんでぇ。

 17720-a1.jpg

ここしばらく体重計に乗っていなかった。
で、今朝おそるおそる乗ったのだ。
あれぇ、増えてない。妹の手土産せんべい、しこたま食べたのにィ。

男の場合は、腹は太くなるが、髪の毛は細くなる。
ま、たいしたもん食っちゃいないのに、なんでこうなのか。
朝はキャベツに、ほんのちょっとの卵掛けごはん。

昼はパン1枚に焼き豚1枚だしね。
晩だって、「ごはんめも」見ていただけばわかるが、
たいして食べちゃいないんだ。

昨日ね。
髭の手入れしていて気がついたのだが、
なんかしらん、このごろ髭も髪にも黒い部分がでてきた。いまさら?

髪も髭もほとんど真っ白だし、てっぺんの手触りは頼りないし、
それはそれで、一向にかまわないのだ。
腹だってまんまる膨らんでるが、ま、それも含めて年齢相応だィ。

隣のセンセは「塩分控えて......」のほかは一切いわない。
が、メタボだ、尿酸値だ、コレステだァ、やれほれという世間が、
うるさくて大いに気にくわねぇ。

あれ食うな、これ控えろ。
そうまでして生きたかねぇや、
てやんでぇ、大きなお世話だァ、って尻まくりそうになる。

いつイッテQでもかまやしないが、
せっかくの内弟子も傍にいることだし、
いやいや、もうすこし遊ばねば........... これが唯一の抑えだな。

 17718-aa2.jpg

することはなにもないってことは、書くこともなにもないんだ。
書斎の窓開けて、キョロキョロしてる。
こんな日はスズメもカラスもツバメも飛んじゃァない。

「なに着てるの」
「寝間着のTシャツ..........」
「脱iいでください」

「今夜寝るための準備ィ...........」
「ハイ、ハイ、脱いでぇ」
といって、モノグサごんべは剥がされるゥ。

 17718-aa4.jpg

昨日1日ああでもないこうでもないと脳内検討の結果で、
ひとつまえのモデルのレンズを買うことに決めた。
極上中古で30.000円だからねぇ。このへんで妥協しとくかァって。

 17720-aa1.jpg

これを書き終わったら発注しておく。
ま、土曜日くらいに着くかな。
どうせ、底抜け沼の道楽だからさ、これくらいでいい。

今年の「浜松基地エアフェスタ」は10月15日。
あ、愉しみだねぇ。
フォーカス速いっていうから...........

 17718-aa5.jpg

ひところバカッターてのがあったね。
仲間うちのウケ狙いのつもりの投稿が後始末の賠償責任生じ、
当人に賠償能力ないから親が肩代わりするっていう事件が続出した。

twitterで声優に「おまえ殺す」といって逮捕された。
逮捕されるってことハタチ過ぎて識らないのか。
世間知らずじゃ通らない。

いきなり世間からダメージ背負わされてる。
世間に対する認識が幼稚であったとしても、自業自得であるから、
ま、やっちゃったんだから背負いなさいや、てこと。

とあるニュース番組の街頭インタビューでは,
半数以上の親が、そういう場合の後始末をするのは当然といった。
親の責任としてわが子を守るっていうが??

20歳を過ぎた息子の不始末を親が責任をとるべきかな? と思った。
アメリカあたりでは、20歳を過ぎれば親に責任はないとされるらしい。
よくいうよね、不始末しでかした子を育てた親の責任ってね。

人は成長してゆくと、家族環境の影響っていうのは。
社会から受ける影響にくらべて次第に弱くなってゆくもので、
20歳くらいではゼロになるという説もあるらしい。

働きもせず親がかりのニートとなるとはなしは別だがねぇ。
まァ、普通はそうして成長してゆくってこと。
それとは別に、子供に対する親の成長がないってのは深刻でもある。

ちかごろの家庭内における父親のポジションの低下著しいのが、
家庭崩壊とかにつながっているのではないかと思うのだ。
つまり、社会にでるまえの秩序というものだね。

それには母親の常日頃の夫への言動も関わってくる。
まァ、どうしようもない夫であっても、
子供のまえでは、一家の柱としてたてるものはたてる。

つまりは父親の存在感だよね。
それを、子供たちのまえでこきおろしていてばかりでは、
父親の影響力もなんもそこに存在しなくなる。

父親はこわい人。けれども一家を支えてくれる大切な人。
母親はそれをサポートする優しい人。
ま、ひとむかしまえの家庭というものかもしれない。

でも、信頼や尊敬がある家庭ってのは健全だったよ。
いまだって大多数の家庭はそうだと思う。
すくなくても、事の善し悪しの判断ができる子供は育ったよな。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした.............

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滲みてきて気持ちわりィ... - 2017.07.19 Wed

パソコンの最終チェックして寝るのだが、
マウス握ったまま眠ってしまい、気がついたら1時だった。
2時間も眠ってしまうなんて、どうなってんだ?

もう、めちゃくちゃ眠い。それで暑さに比例して眠くなる。
今朝は6時30分まで一気に眠った。
眠っても、眠っても、眠い。

27℃だった。この2℃差で涼しいと感じる。
いまは風は涼しい。これが11時頃になると熱風に変わる。
オイらが青色吐息になるゥ。

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このあいだ、越広角レンズ買った。
で、次に関心が移っているわけで、上孫に55〜300mmを、
お盆にくれたので300mmズームに関心がある。

時代はフルサイズへ移行だという。
画像センサーが、36mmフィルムとおなじ大きさの、カメラのことだが、
それに対してAPS-Cサイズがなくなるとも思えない。

でもAPS-Cサイズレンズは値落ちしている。
フルサイズの20万だとか30万円のレズは、さすがに買えない。
なのでAPS-Cサイズでいいや....... ボンビーなオレは思う。
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それでね。これが52.000円なのだが、電磁シャッターとやらで、
性能はフォーカス瞬時だとすばらしいが、使える機種が限られるのだ。
手持ちカメラの1台はOKだが、さて??? と迷う。

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このあいだから、このブログエディーターの自動バックアップが、
ときに効かず書いた記事がすっとんだりする。
今日あたりは、ほぼ書き終わっていてのに、ぜんぶトンだ。

もう、やめたッ。
っていうくらいにモチベーションがねぇ、音立ててシューと萎むね。
コンチクショーだね。腹立つゥ。

なんでこうなるかというと..........
薄々はわかってる。OSだね。chromeの最新が使えなくなっている。
でも消えたものはしかたない。腹立てつつも、書き直しだーな。

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最近は立派な一眼レフもったカメラwomenも多くなったね。
バズカー砲みたいなレンズ抱えて、うるさがたに交じっていたりもする。
オレは、せっかちだから趣向が違うけれどね。

好奇心旺盛なカメラwomenは同類だから、
三脚でんと据えたうるさがたよりは、好感を持っている。
ま、このブームもひょんなことが発端らしい。

CANONの若い社員が、行き詰まってた一眼レフの需要喚起で、
「若い主婦層というコンセプト」を思いつかなかったら、
いまの、いわゆる女子カメブームはなかったかもしれないのだ。

ひょんなことからひょんなことになって、
ひょんなことが、いつの間にかスタンダードになる。
ま、これは世のならいだからねぇ。

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カメラオフ会で、あるカメラwomenに聞かれた。
「どうして、あなたはべったり座るんですか?」
「ほかの人がべったり座ってないからですよ」

たしかコスモスの撮影だったと思う。
地面にべったり尻下ろしてるのはめずらしくはない。
ときには、地面の湿りがパンツに滲みてくる。

意味がすぐには通じなかったらしい。
つまり、ほかの人と違うアングル見つけるのが写真だから、
みんな立ってるのに、オレも立ってちゃつまらん。

おんなじもの撮っていては、おんなじ写真でしょ。
と、オレなりの理屈をいったのだ。
すると、かのカメラwomenも、お尻べったり座り始めた。

これには、ちょっとしたエピソードがあったのだ。
オレが上孫にデジカメを渡したのは、
彼女が6歳、小学校あがるまえだったね。

で、その撮ってきた画像にショックを受けた。
つまり、オレの1m70cmの視角と、彼女の1m05cmの視角の違い。
おなじ場所で撮っても、違う写真だったからね。

彼女は普段からこういう景色をみているのだ。
だから彼女にはなんでもないのだが、
1m70cm視角のオレにはえらい新鮮だったのだ。

これは写真のセオリーだったじゃないか。
背負った子に教わった気がした。まさに目から鱗だった。
セオリーではあったのだけれど、おざなりにしていた。

それ以降は、ローアングルだけにこだわったわけじゃないが、
あえて、ほかの人と違うアングルを探した。
尻べったり座るのはいつものことになったのだ。

そりゃま、ときにはパンツまで滲みてきて、気持ちわりィが、
これは一時のガマンだからねぇ。
もしも、それをしなかった後悔はすっと続くのだ。

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で、そのオフ会が終わったとき、
「ありがとうございました.........」
そのカメラwomenがいってくれた。納得顔だった。

途中でちらっとみたら、地面にべったり座ってた。
たぶん、お尻に滲みてきたはず。
それよりも、新鮮な写真が撮れた気分のほうが高揚するからね。

最近は、内弟子と写真撮りにゆくようになった。
好奇心もてぇ......... とオレがいうものだから、足が遅いのだ。
なにかをいっしょうけんめい探してる。

早くおいで........... とはいわない。
ベンチで休んで待っている。
すると、せっかちオイらの見つけなかったもの撮ってくる。

で、その場ではいわないのだ。
なんか意地悪が芽生えた。実は、これが大切なんだ。
おなじもの撮ったってしかたがない、って感情の芽生え。

ときにオレが本気で悔しがる。
ときには悔しがったフリをしてみせる。
これが彼女の感性を磨くんだ。

ともすればイージーになりかねないのだが、
ちょっとだけ、日常視角から換えてみる努力を忘れないってこと。
そもそもオレが三脚キライなのはそれが理由なのだね。

ま、所詮は自己満足のアマチュア写真ではある。
それでも果てはない。努力するのみ。
その努力結果の感想を伝えながら褒めてあげる。

これはカメラmanとしての素直な気持ち。
ひそかに内弟子からも学んでいるんだし、
そう、感性はそれぞれ違うのだから、ハッとすることはある。

なんとかもおだてりゃ木に登るっていう。
内弟子褒めて、その気になって愉しけりゃァ、オレも愉しい。
双方の得だものねぇ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした.................

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ぐっすりこん眠れば明日がくる - 2017.07.18 Tue

いやァ。暑かったァ。ぐったりして、こら、いかん。
我慢してたら熱中症になるでぇ.............. とエアコン入れて、
やっと人心地になった。

ほんと、油断してたらヤバイ。
そういえば、前の住み処のときは、
真夏のきついときには点滴してもらってたなァ。

いま7時23分で、気温29℃、湿度80%。
今日もアツくなりそうだねぇ。
どこやらで、ミンミン、ミンミンとセミの鳴き声がする。

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ちかごろ、すぐ忘れる。
どうでも思いださなきゃいかんことなんてそれほどない。
めんどくさかったら、そのままほっとく。

なんだったか忘れた。
「そんなことめんどくさいっ」て、オレがいい、
「そうね」とパトさんがいった。

まァね。
オレたちには、差し迫ってすることもないから、
めんどうだからあとまわし.................... ですませられる。

「そのうち、生きてるのがめんどくさくなるかなァ」
「でもね、死んでしまおうって手段もめんどくさいよ」
「そうだな。なんにしてもめんどうだから、もうすこし適当に生きとくか」

なんとも罰当たりな会話だ。
とりあえず2人にとやかくいうことはない。
それを、ありがたいと思わなきゃいけないんだねぇ。

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別にうちのバァちゃんだけじゃない。
むかしの人は物識りだったよね。いろんなこと識ってた。
それが日常にも、ポイポイ出たんだな。

バァちゃんは「尻餅ついてもウソつくな」といった。
爺ィちゃんの座ってるうしろには、
「正直一生寳」って額もかけてあったしね。

周りは大人ばかりだから、
オレの可愛いウソは不思議なくらいにすぐバレた。
いまでも、オレのウソはすぐわかる、といわれるらしいよ。

上手にウソついたつもりでも、どこか抜けてるんだな。
そこをつかれると、うッ、と詰まって、
ぐゥ、もいえなくなって、アハハァ、と笑って誤魔化す。

要するに単純なヤツなんだな。
ひとつウソつくとね、それのフォローでまたウソをつく。
結局はその繰り返し。

いまの世のなか、そんなんばかり。
二重国籍疑惑をはっきりさせるのはあたりまえ。
国を動かす立場の人間が、余所の国籍もっていていいはずがない。

それを、公表させるのは差別だと擁護する人たちがいる。
屁理屈だな。疑心暗鬼で国を任せられるか。
ま、構えて生きるのも疲れるゥ。

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ときどき、猛烈に食べたくなるものがある。
あの、塩が端っこのほうにくっついた極辛のシャケね。
あれでなくちゃシャケじゃないっていってた。

血圧のために塩分控えろっていわれて、かれこれ10年。
いまも「塩分控えて..........」と診察の度にいわれる。
あァ、あのシャケ、食べたいなァ。

昨夜のホッケの干物なんて甘塩なのだが、
わずかな塩がおいしくて、皮まで余さずに食べてしまう。
ま、それくらいでガマン。

一病息災なんだ。
かかりつけセンセのところへいって、身体を管理してもらう。
で、その指導で自らも管理する。

この努力が必要なんだな。
オレ、とりあえず90歳まは生きるんだからね。
ほんとだよ。

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あまりの暑さにぐったりしてたらパトさんが、
「エアコン入れる?」
「いれてくれぇ......................」

「去年はエアコンなんて要らないっていったよね」
「そうか」
「あなたも老人だからね。気をつけないと.......」

「あんたもな」
ま、老人には違いないわィ。2人とも。
傍らでパトさん座ったままで器用に舟を漕ぐゥ。

長寿する人のDNAがわかったんだそうな。
それによって、個人の寿命の予測がつくのだっていう。
うちは爺ィちゃんも父親も90歳超えだから、この遺伝子はもってるはず。

このDNAをもっていると、病気にならないんじゃなくて、
病気の発症が遅いらしい。
まァ、オイら、成人病の総合商社みたいな人だけれどね。

これはね、もぐら叩き。
血圧降下剤のめば尿酸値上がる。
それを下げればコレステロール増す。

あっち抑え、てこっちが増えってイタチごっこ。
「新薬が出ると、その薬が必要な病人が増える」てのは週刊誌ネタ。
たぶん、そんなもんだろうなと思う。

オレ、薬4種類飲んでる。
もう10年も続けて飲んでる。
週刊誌があれはいけない、これもいけないっていう。

でもさ、管理してもらってって、
あれこれやめたいとはいえないしねぇ。
別に、明日イっちゃっても未練はないけれどさ。

ま、センセ信じてお任せするしかないだろ?
バックには大病院がついてることだし.............
なんだりかんだりいうわりには、あんまり深くは考えていない。

「ええからべぇ」でいいんだって思う。
こんな毎日を繰り返していったらいいんだって思う。
ま、パトさんも似たものどうし。

おひとりさまのときには、「あら、おかわいそう......」といわれ、
パトさんと暮らし始めたら「いまさらねぇ........」といわれた。
おおきなお世話だよねぇ。まったくゥ。

生き様なんて自分で決めるもの。
つべこべいわずに、黙って実行するのみ。
てやんでぇ、なんていってたら、Blogの訪問者が半分に減った。

ま、テキトーでいいんだ。
どうせ、世の中なるようにしかならない。
どでんとひっくり返って、ぐっすりこん眠れば明日がくる。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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オイらなり美学のつもり - 2017.07.17 Mon

明け方に雨が降ったようで、気温が下がって慌てて布団を探した。
夜間は寝室に風が吹き抜けて、快適に眠れるのだ。
熱帯夜以外はエアコンも扇風機も要らない。

今朝は居間と書斎の通りにも風が吹き抜けているが、
日中になって30℃を超えると、熱風になってきて、
「お〜〜い、エアコン」になってしまう。

あまり我慢していると家の中で熱中症になりかねない。
汗掻いたらシャワーする。
ムリしないことがいちばんなのだな。

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パトさんは片付けで、1日中動きまわっていて、
「おんな城主 直虎」が終わったころから辛抱たまらず、
マウス握ったままで船漕いでいた。

オレ、寝室へいったのが10時ころ。
それで、今朝7時までぐっすりこんこん。え、9時間か。
眠剤飲んでる高齢者がけっこう多いようで、どこが違うのかな。

眠れないってことがない。
これってシアワセなことなんだよね?
ありがたいこっちゃ............

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 ↑ 掛川城

昨日の「おんな城主 直虎」は、デス・ノート。
今川滅亡の発端を描いていた。
あのあと、武田派今川との同盟を破棄し、由井で相まみえる。

由井はいまでも、狭い崖下に東海道線、R1、東名高速が、
並んでいる交通の難所だが、それゆえに今川はしばらく耐えたが、
あえなく駿府に敗走し、さらには掛川城まで下がって家康の庇護を受けた。

このあたりで、家康との主従は逆転し、井伊もおのずと徳川へ従うこととなる。
つまりは、徳川 vs 武田の構図ができあがってゆく。
今川氏真はどうしたかというと、77歳まで波乱の人世を送ったとある。

井伊家は今川家の自壊によって、徳川へ従うことになった。
直虎が育てた虎松が成長して直政となり、
やがては、徳川四天王のひとりとして、家康の天下取りを支えることとなる。

武田の滅亡は、この大河で描かれるかは不明だが、
家康との三方原合戦のあとで信玄が病死し、
後継の勝頼が徳川、織田と長篠の合戦に敗けて、武田氏崩壊の途を歩む。

この長篠の戦いは、信長の鉄砲隊の三段打ちが勝因とされているが、
三方原で信玄がとった戦法で、織田本隊を山陰に隠して温存し、
武田の将兵を鉄砲で防ぐうちに、織田軍が背後にまわった作戦が勝因だという。

このように戦国勢力が大きく変動する時代にあって、
直虎率いる井伊がどのように生き残ってゆくのか、
後半がダイナミックな展開となるよう期待するのだけれどねぇ。

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まだ、ちょっとあるが8月1日はオッパイの日で、
8月2日はパンツの日だっていう。
ま、どっちもゴロ合わせには違いない。

パンツは男性が贈るとあるのだが、どうなってるんだろ。
パンツって好みがあるものだからね。
ジーンズばかり履いてるオイらはボクサーブリーフ愛用。

いわゆる猿股でかパンだと、
ジーンズ穿いて太股あたりのもたつきが、なんとも許せない。
ここはすっきりとボクサーブリーフの小さめ。

されどビキニブリーフ履くほどの悪趣味はない。
これは六尺褌きりりと締め上げるっていう、
男は男であることを忘れるなって、オイらなり美学のつもり。

ゆるゆる猿股でかパンで、
隙間から里芋ころりん覗いてるなんてヤダねぇ。
男ならイチモツきりりと締め上げろや.............. ってことだな。

臍下丹田からキン○マきりりと締め上げると、
男は「さ、やるぞ」と肝っ玉座るんだな。
ほんとにィ。

なんなら普段から六尺褌きりりでもいいのだが、
これだとシーンズ履けない。
もうすこししたら越中褌にしたいと思っている。

越中ってのは横は紐だし、いうなればデカパンと変わりないが、
あれはあれで開放感がすこぶるいいからねぇ。
女性にも愛好者がいるらしいよ。

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和室の仏壇まわりをパトさんが片付けてくれた、
なんとかかんとか、彼女のおかげで、初盆も終わってひと安堵。
ま、ひと仕事終え、もうしばらくはないやってね。

人は死ぬことが避けられない。
どういう形であれ、必ず訪れるものだからね。
別離っていうものはしかたない。人の世はそういうものだから.........

あっちへいったらどうなるかはわからない。
が、寺の行事にしたがっていれば、
よくしたもので、残ったものの心の整理はつけられる。

自分がどうやって彼岸へ旅発つのかもわからない。
人に死の瞬間が訪れたとき、
sexの100倍ものシアワセ物質が脳内で分泌されるっていう。

で、sexの快感があれだろ??
その100倍っていったいどんなんだ??
ま、要するに死ぬのは怖くないってはなしだな。

神からの最後のギフト?」←Click

お釈迦さまは、死の世界は無であると説いたのだよね? たしか。
地獄だァ、天国だァ、ってのはあとの坊さんがつけたことらしいのだが、
「有」に対しての「無」といったってオレも皆目わかっちゃいない。

煩悩抱えているのが「有」だろうなっていうくらいはわかる。
先日の寺施餓鬼でも、そんな法話が30分あったけれど、
さっぱり主旨がわからなかった。

じゃァ、死ねば人は「無」なのか?
オレにしたって、あっちへいった人のこと、
なにかといえば、この「てんちゃら........」に書いてきた。

それから、松を炊きながら、
「ここだよ、帰っておいで.........」なんてやってるわけだ。
ひょっとして、あっちは無かもしれない。

が、こっち側にいるオレたちは、亡き人を「無」にしてはいないのだ。
なにかにつけ偲んだりしている。
その心残りへケジメを付けてゆくのが寺の行事なのだと思う。

もう、これくらい経ったのだから、あなたも心残りを捨てなさい。
そして、あなたの気持ちを解放させなさい。
それが、あなたのこれから生きてゆく途なのですよ。

イギリスの物理学者、スティーブン・ホーキング博士は、
「天国や死後の世界は実在せず、それはおとぎ話にすぎない」
との主張を展開している。

そうかもしれない。それでなければ、
あっち側の世界は物理的に霊魂でいっぱいになっちゃう。
とりあえずは「無」であろうと思う。

臨死体験者がきれいなお花畑を歩いていたっていうよね。
それがあっちへの途だっていう。
シアワセ物質が脳内に充満していれば、さもあらんと思う。

ま、すべては、あっち側へいってみなけりゃわからん。
いくら現世の人に聞いてみたって、
想像でわけわからんことをいう......... ってことだけはわかっている。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............


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明日を愉しみに床につけられれば... - 2017.07.16 Sun

いやァ、暑かった。今朝も窓から熱波が押し寄せてくる。
いきなり30℃だもんね。世間は3連休の中日。
2人とも疲れたとみえて、いやァ、よく眠ったこと。

午後から寺へ盆施餓鬼にいった。
1時半から本堂はほぼ人で埋まり、20人を超す僧侶によって、
盛大な寺施餓鬼セレモニーが2時間行われた。

曹洞宗天林寺。
文安二年(1445年)に開かれた古刹であって、
ここがわが家の菩提寺なのだが、檀家は2000軒余り。

いまどきはなにかと寺離れというが、
大きな寺ゆえに、案外とビジネスライクでもあって、
なんの負担も感じたこともないんだな。

なんせ暑い。お坊さんもタオルが放せない。
風が本堂へ入っていたし、扇風機はぶんぶんまわっていても、
200人余りが座っているわけでタイヘン。

お経はピンマイクでスピーカーを通す。
3人ほどのお坊さんが木魚、鉦などの演奏というか効果をだし、
それがなんとも厳かであった。

それらの進行の合間をご詠歌のご婦人がたがつなぐ。
オレねぇ。なんかしらん、その哀切のこもったしらべに、
いつのまにか、意識してないのにうるうるしてしまったのだ。

それをパトさんがみていていった。
「知らないまに偲んでいたんだね............」
そうかなァ?? そうなのだな。

まったく意識していなかったが、
彼岸からきていた、カミさんがねぇ。
なんか「ありがとうね.......」といってくれたようで...........

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腹減ったのか、減っていないのか。わからない。
それでレトルトカレーにしてもらった。
辛さが食欲を刺激したらしく、ぺろっと食べた。

8時まわったら眠いのだ。
「わたしはお先に.............」とパトさんは9時にベッドへいった。
オレが辛抱たまらなくなったの11時。ばたんきゅ............. だった。

お寺へもすぐ下の妹2人がいってくれた。
ま、母親のことでもあるので、妹たちの協力がありがたかった。
6月の末に夢をみたのだ。

奥の部屋のドアを開けたら、
母親がベージュのカーディガンを着て座っていた。
オレ、びっくりした。

「あれ、どうしたの」
「あんたの世話になるからよろしくね」

妹たちにこの話をした。
ベージュのカーディガンはあったそうな。
「きたんだね...........」

ま、夢のことだから.........
オレのところへ最後にくるとは思わなかっただろうな。
世の中って思惑通りにはいかないもんだ。

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大阪の妹がパトさんに手編みのレースをくれた。
こういうのが好きだから、大喜びしていた。
オレの椅子へかけてくれたが、居眠りするとずっこけてる。

ただ、このお盆にしてもパトさんの存在が大きいわけで、
オレひとりではどうにもならないことも、
ぜんぶしてくれたから、妹たちのねぎらいも感じていた。

ありがたいと思ってる。
言葉にしてよ............. というけれどねぇ。
ま、ごくろうさんでした。

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あれほどに、カミさん恋しと泣いたのに??
という反応のかたも、当然あったはず。
ま、カミさんはカミさん。オレの心から消えることはない。

オレにとっては、44年間暮らしたカミさんの存在は、
なにがあっても消せないもの。
だからねぇ。いわれたこともある。

けろっとして、パトさん、パトさんてなんなの?
ま、それもごもっとも。
めんどくさいよなァ、でも...........

ありがたいことに、パトさんは、
そこいらへんのオレの心の綾を理解してくれている。
あえて触れなくとも通じている。

つまり、過去と現在と未来が、
それほどの違和感なく続いてゆけるからこそ、
こうしていられるのだ。

それでなかったら、一緒に暮らそうかといいはしない。
だから、なによりもなによりも、パトさんには感謝してるよ。
これこそあたりまえ。

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迷っているとき、親友ごんたクンが背中を押してくれた。
「1人より2人が絶対いいに決まってるゥ」
ほんとに、そうなんだよなァ。

一人だけではどーにもならないことがある
二人だったらなんとかなることがある。
これからの人世で二人が支えあえることがある。

人世は慈しみをもって共に暮らす人が必要なのだ。
オレは8年間一人で暮らしてきて、
カミさんへの思慕をもちながらも、そう思ってきた。

どんなに思いを募らせても、どうにもならない。
どんなに手を差し延べたって、この手は虚空をつかむだけだからね。
人は支えがいるものだよ。やっぱり。

 同床異夢とは、
 同じ布団で寝ていても同じ夢は見られないことです。
 愛の情熱は三年位しか続きません。
 夫婦は苦楽を共にして愛情を持ち続けるのです。

瀬戸内寂聴さんの言葉。
2人いっしょに暮らしていれば、
同じ思いを描き続けようと努力することはできる。

たとえ一致する思いに溢れていなくとも、
たとえわずかであっても、
ほとんどの人が、それがシアワセってものだって知っている。

それでいい。
欲をかかなくっていい。
明日を愉しみに床につけられればね。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした.............

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富士山には姉妹神がいらっしゃる - 2017.07.15 Sat

アツイねぇ。昨日も今日もカンカン照り。
隣の愛知県と岐阜県は大雨だったのに、こっちはまったく降らず。
富士山南は降ったようだった。

部屋の中は風が吹き抜けて夕凪で停まるまでは快適。
出掛けたパトさんが帰ってくるまで、オイら専用椅子の脚伸ばして、
ぐーすかぴーの昼寝三昧。

あれくらいの年齢で「女子」というのも厚かましいと思うが、
デパートめぐりも愉しかった様子でなにより。
オレのお土産はランニングシャツ2枚だが、ないよりはいい。

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富士山といえば、誰がやったのか「←」を誤った方向に、
岩へ書いてあるのが見つかった。
それに従えば滑落の危険もあるルートらしい。

誰がなんのためにやったのか不明だが、
山小屋が発見してロープを張ったようだった。
このニュースをみてのコメントがなんだりかんだりいう。

誤誘導にならないようにシートを被せろだとか、
その岩をひっくり返せだとか。
道を間違えて事故に至ったら、誰が責任をとるのだとか。

富士山は国立公園であるがゆえ、そう簡単には動けない。
事故を招かないために早く処置しろ、って思いは役所だっておなじ。
速やかに手続きすませて、最善の方法で処置されるはず。

頂上へいってくればすぐわかる。
日本一の高さの独立峰だってのがねぇ。
天候悪化すれば凄まじい強風が吹いて、物を吹き飛ばす。

露出した溶岩が、よいしょとひっくり返せる大きさかはわからない。
その岩の「→」を消すのにも、国立公園ゆえに、
環境省の認可が必要なのだと思う。

このコメを読んでるとなんか透けてみえるものがある。
富士山は、日本でいちばん高い山なんだということ。
そこいらの観光地の延長ではない。そこを前提にモノを考えないとね。

それなりの知識と心構えをもって登ってほしいと思う。
9合5勺の、すぐそこにてっぺん見えているのに、
ハァ、ハァ、息つきつつ、一歩ずつ登る経験すれば、それがわかる。

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 ↑ GWの富士山☆画像クリックで拡大します

静岡県の子供、といってもオレたちの頃だけれどね。
富士山の絵を描くと必ず、右側の中腹に段をつけたものだった。
これは「宝永噴火口」を見たまま描いている。

富士山はご存じのように休火山だから、いつ噴火するかわからない。
いちばん最近の噴火が、この南側中腹だったのだ。
1707年だっていうから、それほど遠くない。

家康が駿府で没したのが1616年だから、その100年あと。
ま、300年ほどまえのことだ。
実は、その噴火の49日まえに東南海大地震が起きている。

つまり、東南海地震が起きるといわれて40年あまり。
浜松あたりは、海岸線に巨大な津波防潮堤を造成中だけれど、
この地震が起きたとすると、富士山の噴火が連動しないとはいえない。

宝永年間のときは噴火が1週間つづき、江戸市中に3寸の降灰があって、
その時代であっても大混乱したというから、
現代であれば首都東京は麻痺状態になるやもしれぬ。

シン・ゴジラどころの被害ではない。
昨今の列島天変地異からいえば、ないとはいえないのだ。
このままがずっと続くとは限らない。

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オレの記憶にあるのは昭和19年 (1944) の東南海地震だが、
記録をみるとM 7.9 だったのだ。
実は、この戦争末期には大きな地震が毎年起きていた。

 1943年 鳥取地震
 1944年 東海地震
 1945年 三河地震
 1946年 東南海地震

ただし、終戦末期の大地震は軍が報道規制をして報せなかった。
連合軍に震災に乗じて攻められてはいかん、ってこと。
19年の地震は幼児だったオレにも強烈な記憶が残っている。

あの終戦前後も、いまのように地震が続いていた。
日本列島は大きなカルデラであるともいわれているし、
いつ、どこに、大地震がきてもおかしくはないのかもしれない。

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富士山の神様は、浅間神社の木花開耶姫(このはなのさくやびめ)。
平成22年にオイらがいった山梨県側の5合目にあるのは、
小御嶽神社で、こちらの神様は磐長姫 ( いわながひめ) なのだ。

このお2人の神様は姉妹なのだが、
天照大神 (あまてらすおおみかみ) の孫の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が、
木花開耶姫を見初めて、父神に妻に請うた。

そこで父神大山祇神は、その姉の磐長姫をも嫁がせた。
木花開耶姫は絶世の美女であったが、姉はそれなりであったゆえ、
瓊瓊杵は姉姫だけを返したという。

父神は姉姫の健やかさと、妹姫の美しさとを、
皇孫に伝えたかったがと大いに嘆いたという。
ゆえに頂上浅間神社は妹姫、5合目小御嶽神社は姉姫が祭神というはなし。

下の写真は、そのときに撮った山梨県側の5合目なのだが、
なんとも富士山の中腹とは思えない光景なのだ。
パンプス、ミニスカートで歩いている人もいたりしてね。

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パトさんが傍にきて、あなたは暑い、という。
さほどに熱気を噴いてるらしい、オレ。
夏のオイらはゴジラなのだな。熱気放出人間なのだよ。

パトさんも熱気は噴かないが、冷え冷え女ではないので、
冬場でも湯たんぽ人間の需要はないけれどね。
雪国の人は寒差の耐性があるようでない。

疲れはシャワーとともに洗い流し、
横になったらぐっすりこんこん。
朝起きれば、だいたい疲れも抜けている。

いまのところは疲れを持ち越さない。
今日は寺施餓鬼に行かねばならず、気忙しないから余計にアツイ。
オレはせっかち、早くから支度がすんでないと気がすまない人。

パトさんはいつもぎりぎり。
出るがでるまでなんかやってる駆け込みの人。
出掛けるとなったら、そりゃタイヘン。ケンカのひとつも...........

まァ、ノーテンキで愉しいねぇ。
苦虫つぶしたような顔して過ごしても一日は一日。
けらけら笑って過ごしても一日は一日。

さて、オレたちのこの先はどうなるか??
考えたってなるようにしかならん。
なるようにしかならんけれど、そう簡単でない未来図は垣間見える。

まァ、いいや、野垂れ死にだってというものの、それほど簡単ではない。
テキトーなところで、テキトーなホームを探して、
早めにお世話になるっていうつもりではいる。

付き合いも3年ちかくともなれば、
いっしょに暮らすかって、ま、どちらかともなくいって、
これも先々の方便だとはいわない。そういっちゃ、パトさんに失礼だ。

支えあえるなら、それもひとつの方法ではある。
お一人さまどんどん増えて、医療費どんどん増えて、愚痴ばっかり。
それよりは、独りよりは2人ってこと。

いっしょに暮らすかってのも簡単なことじゃない。
けれども計算なりたてば、いっしょに暮らせばいいんだって思う。
いうなれば、この先見据えての老々自衛だ。

ほんのちょっぴりの勇気と、時間をかけた熟慮と、
なによりも優先して、相手を認めようという気持ちがあれば、
シアワセって思えるはず。

とかなんとかいいつつも、本日15日でまるっと2年。
ま、長かったような、短かったような。
いうほど、たいしてかわりがない。これがいちばん。

なんとかかんとか、この先もやってくべぇ。
どなたさまも、袖摺りあうも多少の縁。
よろしゅうたのんますゥ。

さて、寺施餓鬼にいってまいる。
無校正ご容赦。
ほなあした...........

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笑って誤魔化しときゃいいんだ - 2017.07.14 Fri

慌ただしく1日が過ぎて、二人とも疲れて果てて、
早寝のわりには、いつまでも眠っていて、
アツくなって寝てられないと起きてきたら、7時をまわっていた。

兄妹たちが、わが家に集まって、初盆の供養をした。
お寺さんは、若いお坊さんがおみえになって、
「今日のお経は短いですから..........」とほんとに短くてすぐ終わり。

ま、それからぺちゃくちゃとおしゃべり会がはじまって、
なんだかんだで、一同が帰ったのが4時だった。
娘が残って1時間ばかりはなして、やれやれ。

遠州地方では13日に、初盆の家を縁者が訪れて、お見舞いする。
これを「盆義理」といって、親戚、隣保と、お詣りに訪れる。
勤め先関係までが義理を果たすので、盆義理というらしい。

それはもう立派な祭壇をもうけて...... というのがこれまで。
最近は、葬式もそうだけれど、簡素化の風潮があって、
花飾りだけという家も増えたそうな。

わが家では、兄妹だけのセレモニーだから、
生花を添えて、それなり母への供養は、
パトさんのいろいろと気遣いのおかげですませられた。

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だから、今日は上2人の妹たちと「女子会」の食事だそうな。
11時にお迎えがきて、駅前のホテルオークラでランチだっていう。
パトさんが頑張ってくれたから、慰労会だな。

「愉しんでおいで............」
オイら、スパゲッティでもチンして食べるから..........
てなわけで、ござい。

あしたは、寺施餓鬼でお寺へゆく。
帰りに山門前の送り火で、白木の位牌を天に返す。
お盆のオレの役割もそれで終わり。

昨夜、うちの近所は降らなかったが、
例によって高台の東側は土砂降りだったようで、
twittreにも、土砂降りのなかで遠州大念仏が......... との呟きがあった。

遠州大念仏というのは、三方原の戦いに端を発するといい、
浜松城内にかろうじて逃げ帰った徳川軍が、
城内の端にある犀ヶ崖に布を渡して橋に見せかける奇策を講じた。

追ってきた武田の軍勢が布の橋を渡って谷底へ落ち、
多くの将兵が命を落としたという。
その供養のために庵を建て、放歌踊りで慰霊したのが大念仏の起源。

この大念仏講がいまも何組かあって、
13日に初盆の家をまわって念仏踊りを奉じるのだね。
下の写真は、数年前に撮ったもの。

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夕餉には、パトさんもなにかとタイヘンだろうからと、
仕出し弁当を頼んであったのだ。これが大正解。
9時にパトさんが「疲れたァ..........」とベッドへいった。

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ま、ごくろうさま。
よく気遣ってくれました。
それを認めてくれて、パトさんの存在が確立されるんだな。

不祝儀ばかりで彼女の存在示すっていうのも、
そういう年齢的まわり合わせだからしかたがない。
今日のランチもそういう意味合いらしい。

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パトさんがランチにでかけて、オレはそこいらにあるもの。
「ま、なんでもいいや.........」ってね。
「なにか晩用にデパ地下で買ってこようか」というけれどね。

なにが食べたいかって聞かれても、これってものがない。
食欲はたしかにある。
が、グルメ欲がなくなったというのだろうか。

グルメ、グルメっていうけれど、オレはへそ曲がりだから、
他人に煽られて行列並ぶ人じゃないし、
まァ、美味いもん食えばそれなり美味いけれど、そんなに感激はない。

これは多分に、
美味いもんは自分で獲って食うという習性が、
ずいぶんと長かったからではないかと思う。

ま、とんだところでシッペガエシだけれど、
たとえば、自分で食うと決めて、自分で獲って、自分で処理し、
自分で調理したものほどのご馳走はほかにないからね。

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下孫が大学受験をしていた頃に、家では勉強に集中できないと、
オレのひとりくらしのところへ1週間くらいきたことがある。
その勉強スタイルをみていると、3つくらいが同時進行してるんだな。

耳にイヤフォン入ってるし、ノート取りながら眠ってるし、
それで勉強できてるのかぇ、と聞けばダイジョーブだという。
オレも、典型的な「ながら族」だけど、その上をゆくね。

でね。おひとりさまの頃、気づいて、
なるべ 2つのことを同時進行しないことにしていた。
しばしばドジが発生するからだな。

これは台所限定ではあるけれどね。
魚を焼きつつ野菜炒めをしたら、魚のほうをころっと忘れ、
焦げ臭いニオイに気付いてレンジ開けたら、魚の切り身がほとんど炭とか。

ま、こういうトホホホな一件が、珍しいことではなかった。
このくらいのドジは、再々だから笑って誤魔化す。
「アハハハ、炭になっちゃったァ.......」と笑って誤魔化す。

だから自分がやってみて、
いくつかの家事を並行してこなす、世の主婦の方々には、
いやァすごいもんだと尊敬の念を抱いたのだ。

けれども、あまり買いかぶるのもなんなわけで、
パトさんもしばしばドジって、笑って誤魔化してるから、
尊敬はするけれど、ありがたみはほどほどだったり。

そのほとんどが物忘れだよね。
ついうっかりが常態化してくると、次はむにゃむにゃ。
なぜそうなのか? っていったて、忘れるのだからしかたがない。

「ほら、あれって誰だっけ?」
「顔は浮かんでるのよ。なまえがァ..........]
あれ、あれ、あれなんだけどなァ........... ってこんなことばかり。

ま、いわんとすることはわかっているからね。
こういうときはお互いに待つのだ。
急かさないで待ってれば、そのうちひょいとでてくる。

これはね。思い出す努力しないとダメなんだってね。
忘れることで、何十万個の脳細胞が失われ、
それをまた思いだすことで、その何割かの細胞が復活するのだそうだ。

普通でも人間の脳細胞は、毎日、10~20万個が失われているという。
で、20~90歳で失う脳細胞は、20~40億個。
それじゃ、オレの脳細胞なくなっちゃうよ、と思う。

ところが、人間の脳細胞は1兆個あるらしいから、たいして減っちゃいない。
だから、豪気に忘れりゃいいんだ。
忘れたら、笑って誤魔化しときゃいいんだわさ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした.............

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10年ひとむかしで世間はひとめぐり - 2017.07.13 Thu

道路には雨の跡。北の方に真っ黒な雲がある。
午前中は時々雨の天気らしい。
今日もムシムシ。湿度計は計測不能でHIになっている。

6時に起きた。ま、いろいろと.................
昨夜は玄関から風が吹き通しで、寝室は寝苦しくはなかったが、
とりあえず起きてすぐにシャワーでさっぱり。

そういえば、昨日も朝晩と2度もシャワーした。
エアコンがんがん冷えは、まだしないことにしているのだ。
普通に汗掻いて、シャツを換える、シャワーする。

午後にお寺さんがくる。妹たちもくる。
ま、支度はすんでいるが、なにかと気忙しない。
迎え火して、彼岸の人たちを迎える。

10日にきた末寺さんに聞いてみたところ、
今年の新盆のお宅は90〜100軒だっていうから、
例年よりはやや少ないほうらしい。

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あらァ、暗くなってきたよ。真っ黒な雲が覆いかぶさったね。
ひと雨くるかな。風も変わったしィ。
ま、鬱陶しいけれどしかたない。これが梅雨だからね。

あ、降ってきた。途端に風が冷たくなる。
慌ててカラスが飛んでゆく。
そういえば、基地で飛行機のエンジンの音が一切しない。

こういう日は天候が落ち着かないのだ。
基地のちかくに住んでると、こういうこともわかる。
騒音はたまったもんじゃないけれど.........

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あのお方のスッピンの鬼気迫るメッセージは、
1度みたら2度とみたくはないから、
テレビで始まると、さっさとチャンネル換えるのだけれどね。

そういう揉めごとは、内々でやってくれぇ。
そう思うが、これもyoutubeやら、BlogやらとWeb時代ならではだな。
あれで、閲覧数に広告収入発生していたら、バカバカしいはなし。

いわゆる熟年といわれる年代っていうのは、
まさに人世の熟すときで、それまで夫婦ともに頑張ってきて、
それを爛熟させる年代だと思う。

ま、オイらがことは、とりあえずおいといて、
熟年になっての離婚だなんてこというのは、それぞれ理由はあるにせよ、
なんと勿体ないことであるものかと思うのだ。

亡き人とは、その人世の爛熟期をほんのすこししか、
味わえなかったオレだから、ま、いまの環境はおいといてだけれど、
なにが不足で別れてしまうのだろうと不可解でもあった。

あ、いま話題のかたのはなしじゃない。世間一般のはなし。
そりゃァま、あのお方を含めて、
他人にはうかがい知れぬ事情があるんだろう。

ましてや、それに対してなんかモノいうのは大きなお世話。
修羅道とどなたかが書いてたが、
当事者でなければ、わからないことは承知している。

でもねぇ、寂しさが拭えない立場にいたときは、
熟年離婚が「もったいない」としかいいようがなかった。
だから、いまは感謝の想いが強いのだな。

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いつだったか、オレがいたギョーカイの人と偶然会ったんだね。
「あれ? 元気じゃない。死んじまったって噂だよ」
なんぞと縁起でもないこという。

でもねぇ。それくらいに、見事に消えたってことだから、
オイら、してやったりとにんまりしたのだ。
未練たらしく、でろでろ幽霊みたいに関わってるのが大キライ。

そんなもん、リタイアした途端にタダの爺ィ。
ほかの人はともかく、オレはそう思って、そうしたからねぇ。
「死んだか、アイツ」といわれて本望なんだ。

だから、実名のFacebookもすぐにやめた。
なんか過去の亡霊がちらちらして、
このままだと、いつまでもでてきそうだったからねぇ。

自分がしてきたことに、なんの未練もなかったなァ。
あれってなんだったんだろう。
ほんとに燃え尽きたのかしらん。

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そういえば、現役時代の部下だった女性に、
スーパーで突然に声をかけられたことがあったのだ。
オレが1人で、野菜なんぞ手にしていたときにね。

「どうされたんですか?」というから、実はこれこれじかじか。
「えぇ?」と、ちょっと瞳を潤ませてくれて、
「うん。独りも愉しいよ」とやせ我慢して別れたけれどねぇ。

バリバリの仕事人とカート押した姿じゃギャップがあったらしいが、
彼女だってベビーカーに可愛い女の子が眠ってたから、
あのへんの5年間ってのは、そういう歳月だったのだな。

最近は、こういう「しがらみ」にまったく遭遇しない。
ま、アイツは死んじゃった........... といわれるくらいだから、
10年ひとむかし、それくらいで世間はひとめぐり。

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パトさんがビールを買ってきた。
自分だけ飲むのが気が引けたか、「飲む?」というから、
ちょっとだけ注いでもらって一気飲みした。美味い。

オレねぇ。酒はあまり強くはないのだな。
爺ィチャンは三度三度の飯どきに茶碗酒を欠かさずのみ、
その合間にも戸棚へ手を突っ込む人だった。

父親は69歳にして、
酒漬けのずたずたぼろぼろ胃袋を全摘した人だった。
ま、二人とも飲んべえの見本みたいな人だったからねぇ。

当然ながら、
ごんべもこの血を引いて飲めるものと思いこんでいた。
で、あるとき電気ブランなるポケット瓶を買ってきて.ね。

親友のカァちゃんがやってる赤ちょうちんの二階で、
二人して、これを一息に飲んだのだ。
なにせ、それが15歳であるから、とんでもないことになった。

二人とも、間をおかずぶっ倒れた。
意識不明の急性アルコール中毒になったのだ。
むかしのことだから、救急車で搬送されることはなかったけれどね。

そのあと、ふたりとも三日三晩うなり続けていた。
が、これに懲りないで、しばしば中学生宴会は続いたのだ。
あ、タバコも吸ったのだな。

けっして不良ではなかった。
二人とも成績はよかったし、クラスの人望もあったしね。
ただ、背負いきれないほどの逆境の真っ直中にあったというだけ。

ちょっとだけ背伸びをして発散していたのだ。
が、酒については、すこしづつ二人に差が出てきた。
ヤツは、どんどん強くなっていくのに、オレはいつも吐く。

それでも、ヤツのカァちゃんの目を掠めては、飲んだ。
しまいには、隣の部屋の住み込みホステスのおばちゃんたちと、
いっしょに飲んでいてカァちゃんにこっぴどく叱られた。

やがて、彼は葛藤の末に、大阪へ集団就職していった。
駅まで送っていったのが、ヤツの顔を見た最後。
3ヶ月経たないうちに、自ら16歳の命を絶ってしまった。

白い布で覆われた骨壺にむかい、オレは号泣した。
ヤツのカァちゃんがへべれけまで酒を飲んだ。
それを見ていて、酒に溺れないヘンなヤツが、この夜に誕生した。

亡き人を青天の霹靂状態で失ったとき、
ただただ呆然と、なにがなんだか分からず、疲労困憊して、
雲の上ふわふわとあるいているような毎日だった。

もう、起きているのか、眠っているのか。
わけわからん日々だったのだが、ある晩に酒を飲んでみたら、
なんかしらん、まったく酔わなかった。

これはいかん、酒は飲むまい、と心に誓ったのだね。
いまのオレは絶対に溺れてしまう。だから飲んではいけないってね。
もう、飲んでもいいかなァ、と思いはじめたのはずっとあと。

だけど、以前にまして弱くなっていたね。
いいんだ。酒も眠剤もいらない。
いつだって、こてんと眠りこけるからねぇ。

そうじゃないかぇ、皆の重。
ほなあした............

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センサーはシアワセにだけ反応する - 2017.07.12 Wed

7時に目覚めたら、雨が降っていた。黒い雲が覆い被さっている。
いきなり気温が30℃、湿度87%だよ。
とりあえず扇風機まわして、ぼけぇぇ....................................

天気予報観たら朝だけ雨。日中は曇り。明日もおなじ。
梅雨前線が下りてきている。
ひょっとしてお盆はこんな天気かしらん。

蒸し、むし、ムシ。
いやァたまらんけれど、被災者の方々のご苦労を思って我慢。
あら、遠州南に洪水警報が出たぞ。

え? 西と北は青空だけれどねぇ。
海のほうが真っ黒だな。
洪水警報だから、朝降った雨が川をいっぱいにしたか。

テレビで、山が管理できていないと、専門家が指摘していた。
管理ができていない山が全国にいくらでもあるそうな。
間伐が行われ広葉樹が根を張っていれば、山滑りや土石流が起きにくい。

いままでにない雨量があれば、全国至る所で溜めきれないという。
明治政府が杉の植林を国策とした。
いま、それを管理する人がいなくて、災害の一因になる。皮肉だねぇ。

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昨日は、隣のセンセにゆく日で、あまり混んでいなくて、
診察終わって12時30分ごろ。
前回に、高齢者検診をしてあったので、その結果を聞く。

すべて良好。あるいは昨年検査と同等。
「いいですね」とセンセにいれると安堵するんだな。
で、門前薬局で順番待っている。

その道路の向こう側は、
静岡へきたらゲンコツハンバーグって「さ○やか」なのだが、
いやァ、平日なのに駐車場満車。

車が3台ほど入ったが。ぜんぶ他地域ナンバーだった。
岐阜ナンバーだとか。
ま、これで twitterr なんぞに「ついに対面とか」アゲるんだな。

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 ↑ さっきそら☆画像クリックで拡大します

若い人たちは、ご飯食べたり、なんだりかんだり。
それがtwitterやインスタを賑わすわけで、
クチコミがある意味でブームを創ったりする。

ちょっとネットで見たはなしだと、
レコード屋さんに若い女性がやってきて、
怒濤のごとく写真だけ撮ってさっとでてゆくそうな。

 「インスタ女子」

インスタがための偽行動だと? ま、目くじらたてることもない。
ま、レコード屋さんの店主がいう通りだな。
でもねぇ。爺ィにゃ理解できない、ええカッコしィ。

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昨夜も就寝は早かったから、8時間は眠ってる。
なんだろね。年齢ゆくほどに、よく眠るゥ。
そのうち永久に眠るけどね。

なにも考えることがないってのはシアワセなんだと思う。
愚痴をいうこともないし、他人を誹ることもないし、
唯々眠気を耐えているだけだの毎日だからねぇ。

これじゃ、まるっきり恍惚老人みたいだな。
まだ、そこまでいってない。
毎日まいにち、こうしていられることに感謝。

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オイらは、ええからべぇがキャッチフレーズだし、
いつでも「そのうち、なんとかならァ」と思ってるから、
必然的に、なにがなんでもこうせにゃならぬ、ってのが苦手。

それは「わがまま」ってことかもしれん。
おひとりさまのときは、自分さえよければいいんだし、
いまのところ相方が許してくれてるが、それから先はわからん。

こんなはなしがある。
一休禅師が亡くなるとき弟子たちに1通の手紙を渡したそうな。
どうしようもなく困ったときにひらけ......... といってね。

で、月日が流れ、それを開かねばならぬときがきて、手紙を開けた。
そこには「心配するな、なんとかなる」と書かれていた。
案ずるな。前へ進め。なんとかなる。

「心配するな、なんとなる」
相方にそれでいいか、っていったのだ。
あのとき、イイよっていったんだから、船が沈んだらいっしょ。

たしか、50年前にもいったような気がするゥ。
なんだ、なんだ。
オレの人世「なんとかなるゥ」でここまできたのかぇ。

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釣りの仲間が52歳で脳溢血のため半身不随となった。
それでも「釣りがしたい」と
もう、めったやたら、ぼろぼろ、ぽろりと泣いたんだな。

あの涙もろさは大脳の疾患による機能低下だっていう。
だから急に涙もろくなったなんていうのは、
なにかの前兆かもしれないのだ。

この人だって、あとで聞いてみると前兆があったらしい。
腕が肩から上にあがらなくなっていた。
なのに、それを訴えて病院へゆくと釣りにいけなくなるから我慢した。

もう、なにをか況んやだけどねぇ。
オイらたちには、わからないことでもない。
頑張ってしまうんだ。もしやの不安と戦いながらねぇ。

彼はそのあとリハビリを頑張って、車の運転もするし、
元気にはなったけれど、釣りはできなかった。
片手利かないからエサがつけられない。でも行きたい。

で、背負ったりしてなんとか船に乗せ、
沖に出て疑似餌ですむサバ釣りにいった。
これだと、電動リールのボタンを指で押せばいいからね。

サバがぐいぐいと引く。竿を満月に引き絞る。
それを腕に感じ取った彼が笑った。
うれしそうに声を出して笑って、途中から男泣きに変わった。

サポートしたオレたちも笑った。
そして泣いた。
男の遊びって、こういうもん。

このごろテレビを見ていて、知らない間に涙で頬を濡らしたりする。
なんかしらん、涙もろくなった。
なぜか悲しいシーンでは泣きはしない。

ま、いってみれば加齢による前頭葉だっけ?
それの機能低下だなんていってしまうと身も蓋もないが、
要は感情抑制のコントロールができにくいんだよな。

オレも感情抑制のコントロールがままならない。
それを自覚するのだが、意味ない怒りんぼをのぞいては、
これはこれでいいんだと思う。

老化だろうとなんだろうと、感動したら素直に泣きゃいい。
ほかの人がシアワセをつかんだとか、そういうのに弱くなった。
こういうのは、年齢相応の経験知からくるんだってね。

つまり、自分の体験を上乗せして、感動しているわけで、
そうだったよな。そうなんだよな。
オレも、あんなときはうれしかったよなァ。

オイ、オイってね。
ちかごろの感激はシアワセの共感でもあったのだ。
他人のシアワセのお裾分け。

もう悲しみはいいよ。いらん。
この感情がどこかに根強くあるんだねぇ。
知らぬ間に拒否している。

涙腺のせんぼの自動開閉センサーは、
いつの間にか、シアワセにだけ反応する。
そのほうがいいねぇ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..........

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2025年問題って知ってるかィ - 2017.07.11 Tue

あぢィねぇ。朝から29℃だからねぇ。もうかなわん。
朝のうちだけ、北向きの書斎に風が入る。
まだ温風というほどでないので、風さえあれば凌ぎやすい。

夜も玄関の窓と寝室の窓を開けておけば、風が通るので、
朝方はけっこう冷えてドアを閉めるくらい。
ま、考えてみれば7月半ばだもの、アツくてあたりまえだよね。

12時ちょっと前に和尚さんがおみえになって、約1時間の家施餓鬼。
1つの行事が終わって、ホッとして、
なんだりかんだりと動くと、アツくて、くたびれたァ。

なにせ、檀家が2000余軒なので、末寺の和尚さんがおいでになる。
お経の声が素晴らしくいい方だった。
今年の新盆のお宅の数を聞いてみたら、90〜100軒だそうな。

娘夫婦がきてくれたので、
お昼ご飯にパトさんが得意の「そうめん」をつくり、
美味しいといって食べてくれたから、パトさん大喜び。

それから2時間ほど談笑して帰っていった。
横浜の大学で学んでいた下孫が就活仲だったのだが、
一流企業に内定だそうで、それがいちばんのうれしいニュース。

次の帰省に連れてきてくれるというから、愉しみだ。
そういえば、横浜へいったお祝いの食事会以来なのかなァ。
4年近く会ってないんだね。

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上孫は、専門学校から障がい者施設の職員になったのだが、
あるとき突然に手造り豆腐の会社の職人さんに転職した。
最初は湯葉のニオイを全身に漂わせて修業に励んでいたってはなし。

あれから2年だから、もう頼れる職人さんになったかしらん?
この子は幼稚園のときからデジカメもたせたこともあって、
爺ィちゃん仕込みのカメラ好きだったが、いまも写真は続けているらしい。

娘といっしょにスケート選手の追っかけをしていて、
タブレットにあるアイスショーの作品見せてもらったが、
写真甲子園が夢だった上孫の成長した作品に感激したのだねぇ。

そういえば、娘はサッカー雑誌の記者だったわけで、
オイらの写真好きDNAがこうして、
娘から孫へと受け継がれているのを感じてうれしかった。

「内弟子も頑張れよ」
突然にいわれて、傍らの内弟子が、きょとん?
ま、あんたはテキトーでいい。いっしょにいってくれればね。

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それで昨日は2周年だったのだ。ここへ引っ越してきてね。
「なんか美味しいもの食べるゥ??」っていうから、
「別にィ?」ってそっけないけど......................

「あなたも疲れたろうからコロッケでいいよ」
「うん、そうする」
ってねぇ。でてきたのは牛タンステーキだった。

で、今日から3年目にはいるゥ。
あいもかわらずの、のんべんだらりちゃらんぽらん。
いつまでこの径つづくやら、いっしょに愉しく歩んでいこかいな。

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午後の国会中継を観ていた。
前川さんが何をおっしゃるかとね。
大騒ぎして、なにも新しい事実はでてこない。なんか虚しいのだ。

それから夜のTV局の思惑編集のニュース番組も観た。
ほんと、なんか虚しいのだねぇ。
ま、わけわかめ政府への信頼失せて、内閣支持率は下がった。

けれども、敵失甚だしくとも、政権が野党に再び戻ることはなかろう。
党首の二重国籍疑惑はどうなった??
どっちもどっちの曖昧模糊。国民には鬱積感しか残らんわィ。

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昨日の新聞の週刊誌の見出に「予測ではなくて現実」とあった。
つまり、人口が減って、この国は否応なくこうなるってね。
そのなかに、2025年に団塊世代が75歳になる................... というのがあった。

あの塊が一斉に後期高齢者になるのだ。
オレたちはプレ団塊の一足先だし、
ましてや、オレはその塊からのハミダシもんだから、予想もつかない。

バブルの真っ最中には、うろうろとどこへでもクビを突っ込んで、
軽佻浮薄をよしとし、それをゼニコに変える因果な商売だったからねぇ。
男は黙って貴乃花では、オマンマは食えなかったのだなァ。

あのバブルの真っ最中は愉しかったよ。
浮かれて、浮かれて、それが商売になったっていう。
大きな携帯電話、肩から提げて釣り場から「しもしも」なんてね。

いまはギャグだけれど、真っ直中では笑いごとじゃない。
いま思えば浮かれていたよなァ。
あれがずっとずっとずーと続くと思っていた。

団塊連中だって、塊になってわっせわっせ。
オレは、それからハミ出していたから、よくわからんけれど、
ま、よき時代をわっせわっせは違いない。

で、わっせわっせで後期高齢者になだれ込む。
いわゆる「2025年問題」っていうもの。
なにが問題なのか? って次のデータだよね。

 後期高齢者が2000万人以上。
 65歳以上は3600万人以上。
 日本の人口の3分の1くらいが高齢者となる。

2020年が東京オリンピック。
そのわずか5年後だよ。いまから数えて8年後だからね。
人口の1/3が高齢者になったら....................

社会はまわしていかなきゃならない。
要介護者が増えれば介護職も多く要るってあたりまえだしィ。
これは予測じゃないね。現実として捉えないといけない。

戦後に強くなったもの。
ナイロン出現で強くなった靴下と女性だっていわれたのだが、
現代の女性はもっともっと強いんだな。

どこぞの代議士の罵倒を聞いてごらんよ。
なに勘違いしてるんだろうね。
強くなった女性には曖昧なんてないように思ってしまう。

そこいくと、男には進歩がないなァ。
塊から解かれても、
なんも変わらない爺ィさんいっぱいいるからねぇ。

ハミダシもんのオレには、よくわからんけれど、
あれはあれで、塊のなかにいるのもタイヘンなんだろうな。
ま、気張っておくんなはれや。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした...........

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まだ魂は浮遊してはいない - 2017.07.10 Mon

体内時計が朝型になっていて、なんと10時に眠くなる。
素直にベッドへゆくことにしているから、起床は6時なのだ。
7時間眠ってるからよかろうと起きてきた。

窓の外は で、北のほうからイ○ンへ下るあたりだけ、
黒い雲が垂れ込めていて、
あそこだけ雨が降るっていうのがよくわかる。

あるときなんぞ、JAの手前の大きな五叉路に停車していたら、
こっちの道路は渇いていて、信号が青になったら、
雨降っている向こう側へ入ってゆくというへんてこりんもあった。

その向こうの山の吹き下ろしやなんかで、
湿った空気の通り道があるんだなって、
ぼけぇぇ................ としてるわりに考えていたりするんだ。

一連の母のお盆の行事で、今日は家施餓鬼というもので、
お寺さんがおいでになって、新盆を迎える母の供養をしてくださる。
午前中に生花や供え物が届いたりする。

施設にいる間はすぐ下の妹が世話してくれた。
両親ともに、介護でオレたちの手をそれほど煩わせずに、あちらへ旅発ち、
まことに子供孝行であったねぇ。

位牌になってからは、
長男であるオレのところで引き取ったわけで、ま、これも世の倣い。
出来うる限りのことはしてあげるつもり。

それで6時に起きたけれど、ちょっとだけ眠い。
とりあえずシャワーして目を覚ませてこよう。
ハイ、小休止。

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これで、13日に盆のお経にきて、ここで先祖を迎え、
15日には寺で寺施餓鬼があって、門前の送り火で送る。
本堂に末寺の和尚がぜんぶ集まるので、壮大な施餓鬼になんだね。

ま、いろいろとお布施もタイヘンではあるけれど、
これも両親の供養であるから、世にいうほどの抵抗感はない。
するべきことはする。ただそれだけ。

要は、いま生あるわれわれの気持ちの問題。
宗派に則った供養がしてあげられれば、こちらの気持ちも安らぐ。
それが子供の役割であると思っている。

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昨夜は満月で、宵の内は雲のなかで朧だったお月さんが、
世が更けて顔をだしたので、パトさんが財布もって外へゆく。
お月さんを財布へ取り込む仕草をすると、オカネが入るんだそうな。

他愛のないことだが、本人が満月の度にやるんだから、
ま、なにもいうことはない。
どこからも入ってきそうにないけれどね。

今夜は十六夜 (いざよい) だね、日本は優雅だなァ。
猶予う。ためらう、躊躇する。
十六日にはお月さんが、躊躇うかのように遅れて出てくる。

月の出は、毎日40分ほど遅くなるのだが、
満月のあとのそれを、躊躇いながらでてくるって、
感じる情緒は日本人ならではのものだねぇ。

翌る晩が立ち待ち月、さらに 居待ち月、寝待ち月、更け待ち月 と、
まァ、奥床しい表現をするものだが、
さて、こういうのが引き継がれてゆくのかしらん??

はなしかわるが、沖の島が世界文化遺産に認定された。
ユネスコが、その値打ちを理解したかどうかはわからないが、
全域が認められたのは、ま、めでたきこと。

天孫降臨以前のアマテラスが云々とういう場所。
ま、ヤマトの神々に関わる場所ゆえに、立ち入りが厳しく制限され、
そのまま文化財が保存されたから、海の正倉院といわれる。

真の文化財遺産として今後も保存されるべきで、
世界遺産といえば、すわ観光にとなりがちだけれど、
ここばかりはそっとしておいてほしいね。

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今日は曇り空。
ぼけぇぇ......................... と眺めていても、
空が低いから圧迫感がある。

こんなにも、こんなにも、空が恋しい。
中島みゆきさんが、そう歌う。
オイらもいつもそう思っている。だからねぇ。

オレも、むかしは鳥だったのかもしれない。
空を何時間も何時間も眺めていても飽かないからねぇ。
いろんなところの空をみてきたな。

富士山のてっぺんでも、北岳のてっぺんでも、聖岳のてっぺんでも。
神津島の前浜でも、潮岬や足摺岬の磯の上でも、
五島列島や、男女群島でも、八丈島や、浜名湖のボートに上でも。

夜通し満天の星を見上げていて、朝を迎えることもあった。
空には、どんなときも、抱擁してくれる力がある。
哀しみに打ち拉がれたときも、歓喜のあまり震えるときにもね。

独りぼっちが好きになったときにも、
オレの心をほんわり優しく包んでくれて、
しばらくそうしてればいいんだよ、と諭してくれた。

オレが、ぼけぇぇ....................................... としているとき、
心にいろんなところで見上げた空を浮かべている。
まだ、魂は浮遊してはいないけれど...........

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ブログなるものが普及しはじめた2004年ごろ。
大前研一氏が週刊誌コラムのなかで、その普及を予見して、
ブログはブログなり、読んでもらえる要素がある、と書かれていた。

なるほどと納得したのだねぇ。
オレの文章は、めったやたらと長いから、とりあえず3行でくくろう。
文法を無視してでも、句読点を多くして、読みやすくしよう。

というわけで、3行くくりの文体を10年余り書いている。
ちかごろは、ボキャブラ尽きたし、文章もめちゃくちゃだけれど、
できるだけ読みやすいことだけ考えてればいいかってねぇ。

小学生の本読みじゃあるまいし、大人は一語一句は読まない。
さァ................. と字面を流してゆくから、
語尾まで読まなくても、意味が通じる文章にしよう。

と、まァ、そう思ってから、かれこれ10年余。
ブログの流行とともに、いろんな文体でてきたね。
若者たちは行間をあけて、そこに感情を込めたりした。

シニアによくあるのは、なんのつもりか、一語ずつにスペースを開け、
おまけに句読点もないって文章がちょくちょくある。
ま、表現方法は自由だからね。自分がよけりゃなんでもいい。

ただし、読みづらかったらスルーされる。
書いても読んでもらえない。ただそれだけ。
独り善がりは、そういうこと。

現代の日本人は、多忙を極めるという。ま、せっかちなんだ。
なにごとも1から順に知っていく、ということ、まァ、をしない。
なにごとも一足飛びに、上げ底で知ろうとする。

せっかちなのか、合理的なのか、
知らなくてすむものは知ろうともしないのか。
これが現代風潮の最たるものなのだ。

オレは編集者だったから、
企画する段階で、これを考えないと本が売れない。
そういうものだった。

だから句読点から句読点まで、一語ずつ読むのではなくて、
パッと見て意味が通じれば、Webの文章なんてそれでいいのだ。
読むというより、見るって感覚かな。

なので、若者の文章が行間あけても、
その行間のニュアンスを若者言葉のフィーリングで感じとったら、
それで充分に通じるわけだよな。

そういう意味だと、
句読点 のない スペース だらけの 文章が 読みにくいのだ。
目でぜんぶ拾わなくてはいけない。せっかちならやめてしまう。

自分が書きやすくても、読みにくくて、
読んでもらえなければ、なんのために書くのやら。
このあたり理解されるがよろしいかと思う。

逆に改行もない字詰めべったり。
これは老眼には、はなはだツライのだな。
それから文頭一字下げもwebでは意味がなくなったねぇ。

ネットにはネットの読みやすい書き方がある。
読みづらければ、よほどの興味がない限りスルーされる。
ま、オイらの文体だって長いだけで、読みにくいといわれたからね。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした............

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楽しい顔で食べれば皿一つでも宴会 - 2017.07.09 Sun

朝から29℃。風もないし、穏やかな日曜日。
日中もは暑かったし、夜も熱帯夜にちかく、本年初エアコンだった。
ま、ええこんころもちで、テレビ見てるのか? 眠ってるのか?

そういえば、静岡駅で42歳の女性がアツイといって、
ブラパンだけになって逮捕されたってはなし。
ま、いくらなんでも駅前で裸になっちゃまずいよなァ。

裸になりたいくらい、ってのはよくわる。
オイら、人一倍の汗っかきだから、夏は人混みにゆきたくない。
できれば、越中褌いっちょで歩きたいよ。

むかしの路地は、あれいっちょで縁台将棋なんかしてた。
庭のタライで行水とかね。
あのころは......... なにかとラクチンだったよねぇ。

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パトさんがお盆に必要なもの買ってきてくれて、仏壇周りの支度ができた。
で、明日はお寺さんがきて盆施餓鬼。
生花も発注してあるから明日午前中には届く。

この母は、こういうこと一切の費用を遺していってくれた。
質素を胸とすべしの遺訓にしたがって、
できうる範囲内で、お寺さんのセレモニーはしてあげる。

お釈迦さまは、死の世界は無であると説いた。
地獄だァ、天国だァ、ってのは、あとの坊さんがつけたこと。
死の世界は「無」なのかどうか??

イギリスの物理学者、スティーブン・ホーキング博士は、
「天国や死後の世界は実在せず、
 それはおとぎ話にすぎない」との主張を展開している。

じゃァ、死ねば人は「無」なのかというと、
盆の入りには松を炊きながら、
「ここだよ、帰っておいで.........」なんてやるわけだ。

要は、こっち側にいる人たちが「無」にしてはいないのだな。
気持ちのなかで、あっちの人をこうして慕い、
自分の心の安らぎのために、お迎えする行事をする。

つまりは、自分たちの安堵のために、
亡き人をお迎えして、できうる限りのことをしてあげる。
それでいいのだと思う。

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浜松の街中は7月がお盆なんだね。
8月がお盆である地域の人に「ヘンじゃない?」っていわれる。
別にヘンじゃない。それなりのワケはある。

東京の一部などでも7月がお盆の所もある。
そもそも、旧暦の時代のお盆は7月だったのだ。
明治維新で、旧暦から新暦にかわったときにこうなったらしい。

新暦と旧暦では季節のズレが出る。
それで農作業などに差ぢつかえのある土地では、
1ヶ月遅れの8月にしただけってはなしだからねぇ。

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昨夜のテレビ番組の餃子対決をみていた。
「宇都宮vs浜松vs八幡」なんだけれど、福岡、八幡は初見参。
で、番組的には浜松餃子が勝ったのだけれど、これもナンセンス。

宇都宮も、浜松も、八幡も その土地に根付いて、
地元で愛されてきたのだから、みんな美味しいのだ。
なんて、浜松が勝っちゃったから余裕でいっちゃった。

お好み焼きもおもしろかったねぇ。それぞれの主張がおもしろい。
「富士宮やきそば」がどうなったか、見たかったが、
映画「シン・ゴジラ」が始まったのでチャンネル換えた。

で、その「シン・ゴジラ」だが、オレには違和感があったのだな。
ま、リアルタイムで、数々のシチュエーションのゴジラを観てきたからか。
若者たちが何度もみて絶賛する、ってほどではなかったねぇ。

「リアル vs虚構」だという。
ま、政府や役人が国難にあったとき、どんな制約があるかのリアル。
これは「さもあろう」と思ってみていた。

が、ゴジラの出来も悪かったし、虚構は虚構で、
パニック映画としては、中途半端だったような印象があった。
評価は、アニメ世代との違いだったのだろう。

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「今日は9日だからね」とパトさんがいう。
「そうだ、明日はお寺さんがくるゥ」
「え、それだけ??」

わかっているよ。
一昨年の今日、この家に引っ越してきたんだ。
「はやいもんだねぇ」って月並みの言葉だけれどね。

「わたしの逆流性食道炎がでなくなったね」
「肝っ玉すわった、あんたでもストレスあったんだな」
「そんな、か弱いわたしを..............」

そう、さすがのパト大明神も、ないようでいて、
胃炎をおこすほどのストレスに悩まされていたのだね。
オイら? まったくない。頼りきっている。

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一昨年の7月19日に、しばらく休んでいたブログを再開して、
引っ越してのちのサブタイトルが、
「ゆったり まったり ふたーり」になったことを書いたのだ。

あ、やっぱり!! と思われたかたもおいでだったし、
どうもアヤしい?? と思われたかたもおいでのようだったしィ
ま、ごんべごときどうしようと、それほどのこたァない。

パトさんは、ブログにわたしのこと書かなくてもいい、といった。
世間にいう必要はないってね。
ただ、オレは隠しごとして通れる人じゃないからねぇ。

ま、当時も書いてるが、責任というと大袈裟だし、
愛というとこそばゆい。
ま、ありのまま、がいいと思ってパトさんが登場したのだ。

ともに、ゆったり、まったり、暮らしてゆくためにね。
あれほど泣いたのにィ?? そういう反応もあって当然だが、
亡き人は亡き人。それはオレの心から消えることは、いまもない。

なにがあっても消せないものだから、
あなたの心にはわたしの入る隙間がない、といわれると、そりゃァオシマイ。
それを承知で寄り添ってくれるから、オレがのほほんでいられる。

オイらとしては、すこぶる快適。
なんにもしなくてイイ、これはたまらなくイイ。
9年ちかくもやってきたことが、10日間で霧散したのだからね。

一人だけではどーにもならないもの。
二人だったらなんとかなるもの。
これからの人世で二人が支えあえるもの。

ささやかだけれど、日々、これを支えに2年を過ごしてきた。
パトさんの胃炎もでなくなったことだし、
ま、なんとなく、これでよかったんだよなと思う。

隠してきたわけじゃななかったが、
ま、人それぞれだから、ことさらいう必要もないしね。
年齢なんてのもまったく関係ない。

最後までこだわったのは、
周囲に祝福されなければいけないってこと。
が、これも一人娘を含めて、呆気ないほどすんなりといった。

先日も妹がいってくれた言葉がうれしかった。
「ほんとに、パトさんがいてくれてよかったァ」
この言葉が、最大のプレゼントになったかなと思う。

ちょっとばかりの勇気と、
ちょっとばかりの計算と、
だいぶ重ねた2人の心の摺り合わせと、ありがとうの気持ち。

 楽しい顔で食べれば、
 皿一つでも宴会だ。
        ..............ブルデンチウス..........

今夜も宴会。
毎日が宴会。
食卓にことさら並べなくてもね。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした...........

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どこかに秘めた木阿弥だからねぇ。 - 2017.07.08 Sat

昨夜もはやかったから、その分起きるのもやかった。
窓から爽やかな風が入ってくる。27.5℃。湿度81%。
あ、いい気持ちィ。

寝足りている。6時だった。
なにか夢を見ていた。が、ベッドから3歩あるいたら忘れた。
その気分が一瞬で削がれるのだ。しばしばね。

窓開けた途端にどこかからあがってくるのか、
タバコの煙というかニオイ。
慌てて窓を閉める。なんとも不快になるゥ。

タバコやめて15年。こんなイヤなものを吸い込んでいたんだなァ。
つくづくそう思うのだ。身体にいいわけがない。
マンションのベランダ喫煙。これが問題となっているらしい。

喫煙する人の家の中だけで処理して、外にだすなというわけだ。
受動喫煙の問題が近隣トラブルにも発展しかねない。
ま、喫煙者が減っているから、ますます深刻だろうね。

ネット検索すると「タバコの害」が相当数hitする。
と同時に「タバコに害はない」もなかなかに多いのだ。
ただし、社会の趨勢は「嫌煙」が大筋。

こんな不快なもの。身体にいいわけがないじゃないか。
この朝の清浄な空気を汚さないでもらいたい。
でも、吸う人ってますます肩身狭いよなァ。

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キレイだねぇ。サクランボ。山形の佐藤錦だよ。
「美味しいよ。食べてごらん」とパトさんがいう。
酸っぱいものは苦手だから、オレ、なかなか手を出さないのだ。

1粒食べてみた。出来心だ。けっこう甘いんだな。
産地が遠いからか、日常的にサクランボを口にする習慣はない。
ま、そういうものだ。

静岡県人は日常的にお茶を飲む。老若男女問わずね。
小学校で限定的ながら、
水飲み場の蛇口からお茶がでるところもある。

お茶の消費量が減っているという。
ま、現代はいろいろな飲みものがあるから、お茶離れがある。
でも、なにかと健康にはいいんだからねぇ。

わが家は「深蒸し茶」を日常的に飲んでいる。
これが日常だから、どーってことはない。
静岡茶を飲んどくんなはれぇ。

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リタイアしたら、なにもしなくてもいい自由があって、
なにをしてもいい自由があるっていう。
ま、自由ってことはラクチンだァ。

せっかくの自由な時間なのに、
なにをしたらいいかわからないってのも哀しいぞ。
なにをしたいか? なんて、なにかしたいから探すもんじゃない。

なにもしなくてもいいようになるのを待ちかねて、
愉しみにしていたなにかをはじめるものだ。
って、これでも64歳までお給料をもらってたオイらは思ったのだ。

で、なにかしたいって、さんざんいったって、
にわか仕込みの、なんかしたいってゆく果ては、家でごろごろ粗大ゴミ。
これじゃ、ほんとにつまらん。

日本人は遊びがヘタだっていわれてきた。
だいぶ、遊び上手にはなってきたらしいけれどねぇ。
ちかごろは働くのもヘタになってきていないかぇ?

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オレは愚図だけれどね、鼻っ柱はけっこう強い。
いや、強かった、と訂正しておく。
そうでなかったら、1匹狼で世間を渡ってはこれない。

三文安いバァちゃんっこは、おのれを奮い立たせるために、
いつも意図して鼻っ柱強く生きてきたのだ。
幼いころから、オレは強くなるって言い聞かせてきたからね。

それでまた、生涯雇用捨てて脱サラしたからには、
ある程度のリスクを背負うってことだし、
タイムスタンプがちゃんなんて、安閑としちゃいられない。

だから、以前はよく逆噴射した。
つまり、おのれに被害が及ばないうちに、すたこらっさ。
そこは冷静に判断しなけりゃいけない。

で、冷たいヤツだっていわれた。
でもねぇ。アマちゃんではいられない。
ただし、これも晩年はたしかに減ったねぇ。

逆噴射ボタンを押す前に、ちょっと考えるようになった。
50歳超え多当たりから、「努めて鈍感力を養うべし」と心得た。
ま、沸騰するばかりが人世じゃなし。

それでも、64歳まで頑張ってリタイアした。
「おまえな、リタイアしたんだから、タダのジジィだぜ」
そう自分に言い聞かせたのだ。

なにがあっても、エラそうなこというな。
なるべく鈍感でいい。
どこまで、それでいられたかはわからない。

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あの人を失ってから、とくに、そう思うようになった。
「あんた、優しくなったね」といわれた。
オイらはホトケのごんべになった。

オレがほんとうに優しくなったかは、よくわからない。
寂しさに塗れ、自分が優しさを欲したゆえに、
接する人に努めて優しく............ そう思っていたのはたしかだ。

でもねぇ。いわれたね。
「あんた、わかった、わかったといっているわりには、
 なにもわかっちゃいないよ」

悲しさと寂しさに打ち拉がれ、そこから這い上がってきて、
人の情けをありがたく思い、愛というものの機微がわかった気がして、
ま、えらそうに「てんちゃら...........」に書いたこともあった。

ほんとうにわかっていたら、
「なにもわかっちゃいないよ、あんた..........」
なんていわれるわけは、ないんだ。

失ってわかるもの。
そのさなかにあっては、さっぱりわからないもの。
この期に及んでもすべてを理解できてはいない。

所詮、愛とは砂上の楼閣みたいに儚いもの。
「失楽園」のいまは亡き渡辺淳一さんがこう書かれていた。
人間の感情とはめんどくせーものだ。

そのめんどくせーもの背負ったくせに、
ええからべぇなのは生まれつき、育成しなくったってハナから鈍感。
その使いわけは人の世のなかで学んできた。

これがねぇ。
蹴っ躓いて、転がって、そこで初めて気づいて、
利口になったかというと、さほどにもないのが人間ってもの。

結局は、最後までわからないまま。
ここでオイら流のええからべぇが頭もたげる。
だから、物事そんなに深く考えなくてもいいんだ......... ってね。

ま、元の木阿弥だな。
筒井順昭という武将が病死したとき、死を隠すため、
声の似ていた木阿弥という男を寝所に寝かせて外来者を欺いた。

で、その子順慶が成人して、もうよかろうと喪を公表したから、
順昭の替わりを務めた木阿弥は、
お役御免で元の木阿弥に戻ったというはなし。

オレもねぇ。
まんざら只の木阿弥ではないんだな。
あの9年間を、頭のどこかに秘めた木阿弥だからねぇ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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自分の周りに5.5mの円を描く。 - 2017.07.07 Fri

穏やかな朝。イイ だ。梅雨はどこいった? という天気。
水害にあわれた方々にお見舞いもうしあげる。
過去には静岡県にも七夕豪雨があって、被害が大きかった。

テレビで惨状を目にする。
他人事ではない。
「こんなことはいままでなかったのに....」が普通になってしまうのだ。

避難勧告が出たら、まずは自らの身を守ることを考える。
せめてライフラインが停まったらどうするか?
あらためて、考えておかなければと思った次第。

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いつ眠ったかわからない状態で、宵のうちから眠ってしまい、
10時ちょっと過ぎに「寝るゥ」とベッドへいった。
玄関の出窓と窓を開けておくと、寝室を風が吹き抜けてゆく。

エアコンを入れたことのない寝室だから、
こてんと眠ったら、朝方冷えてきて布団探すくらいで、
ぐっすりこんこん熟睡する。

パトさんにも居眠り妖怪が取っ憑いていて、
静かだな....... と思えばこっくりこっくり、舟漕いでる。
昨日はどこまで濃いでいったやら........

なんて書くもんだから、抗議があった。
「わたしがいつも眠ってばかりみたいじゃない」
まァ、ときどきってことにしとくか。

オレが寝るとき、まったく動かず、寝息も聞こえず、
心配になってそっと触ってみたりする。
あ、温かいから生きてるな............. ってね。

お盆の支度で、ちょこまか、ちょこまか。かと思うと、
ゴルフ練習にいって50球うってきたり、ま、よく動く人だからね。
だから船漕ぐのもしかたない。

おつかれさん。
ま、元気なことはいいことで............
これでフォローになったかしらん??

 1775-w02.jpg 1775-w03.jpg

大病院がちかくにあるから、家の前は救急車街道。
まァ、救急車がひっきりなしに通るのだ。
それから病院屋上のヘリポートにドクターヘリが下りる。

緊急搬送できる大病院がちかくにあることは安心。
浜松医療システムで、掛かり付けからスムースにゆけることに、
なっているから緊急たらいまわしはない。

普段から掛かり付け医が、体調管理してくれて、
そのバックには大病院があるっていうのも、安心材料だし、
ここは大病院城下街みたいなものだから、引っ越してもきた。

「ここはイイところ」
パトさんがいつもそういう。オレもそう思う。
われわれ年代はそれなりシュミレーションしておかなければね。

 1776-f1.jpg

パトさんは朝イチから美容院へいった。
髪染めまでしてくると半日仕事だな。
オイら。ぼけぇぇ..................... することがない。

夕方ね、とんとん、とんとん。リズムよく野菜刻んでる音が、
キッチンから聞こえてくるのが、違和感なくなった。
ずっと、ずっと、このままできたような.............................

ついこのあいだまで、とんとことんとこ、
それなりの包丁の音たててオレがやってたんだな。
よくやるよ、おまえ.......... って思いながらねぇ。

包丁のしゃきしゃきって音のなか、蛇口から迸る水音のなか、
ま、なんかしらの感情がちょっとあって、それがオレを支えてきた。
なのに、いまはなんもしないのが安らぐ。

パトさんのたてる、とんとん、とんとんの音が心地よい。
ま、そういうもんだなァ。
ありがとさま。

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オレもパトさんも寝坊助だけれどねぇ。
人が眠るっていうことは意志の問題なのだと思ってる。
寝坊助のオレがいっても,説得力ないかもしれないけれどね。

起きているのも、眠ってしまうのも、それは、その人の意志。
眠くて眠くてしかたない人があれば、
どんなに眠ろうとしても眠れない人がある。

散歩して、これこれ歩いて、さすれば眠れるようになる。
とかなんとかいうけれど、眠れなかったら起きていればいい。
テレビは遅くまでやってるし、本を読んだっていい。

眠くて眠くてしかたないのなら、眠ればいいんだ。
他人に憚ることはない。自分のペースでいいんだよねぇ。
寝不足溜めると身体に悪いとかなんとか。惑わされなきゃいい。

オレねぇ。眠剤ってあまり飲んだことがない。
なくたって眠れるからいらない。
眠れなかったら、朝まで起きてれば、そのうち眠くなる。

夜になったら眠らなきゃ............
そう思わなければいい、と思うがこれって、
無責任なのかしらん?

 1776-f4.jpg

会社が合併吸収で退職者募集をして、それに乗じて脱サラをし、
そのあとブータローを2年とちょっと、
なんとか起業してからは、寝る間を惜しんで、その愉しさに没頭した。

そのころ、強がりいてったね。
大会社も零細企業も、平等なのは24時時間だってね。
だからブラックそのもの、ほとんど会社にいた。

自分のために自分がすべきこと。そのために会社にいる。
ブラックだろうが、なんだろうが。
仕事がある。それが好き。だから文句はいわない。それだけ。

あのころ、人世の持ち時間っていうものを存分に使ったのだよ。
一生のうちで眠る時間が決まっているのだと,どなたかが書いていた。
いま、その分をぐーすか眠って取り戻しているんだ。

人世を通せば、プラス・マイナス・ゼロ。
睡眠もおんなじかもしれない。
サラリーマンとしての時間は15年だけだから、オレの人世ジグザグ。

ま、トータルで平均点ならば上出来だと思ってる。
つらいことがあっても、眠ってしまえば明日がくる。
明日は明日の風が吹く。いつの間にか身についたイイ加減楽観主義。

オレだって生身の人間だもの、たまには落ち込みもし、愚痴もいう。
だけど、これって虚しいばかり。
じゃァ、どうする? て眠ってりゃ無だ。

リタイアしたときにオレなり、すこーしだけ考えた。
自分の周りに5.5mの円を描く。
その円のなかで蠢いてりゃいいんだとね。

鮎の釣り竿だと9m、10 mというのがある。
これだけ広げちゃうと扱いも大変だし、ポイント掌握もタイヘン。
半径5.5mというのは,尺貫法でいうところの3間半。

磯の釣り竿だと、いちばんとりまわしのしやすい長さなんだね。
あまり広くはないが、それくらいが、せいぜい、
これから先のオイらの分ではないのかと思ったのだ。

パトさんとふたーりで、その輪の中にいる。
その輪の外はあまり積極的な関わりもたなくていい。
まァ、のんべんだりんちゃらんぽらんのマイペース。

このなかでやっていけりゃシアワセっていうもの。
眠けりゃ眠る。眠れなきゃ起きてる。
なんとか人世つないでいけりゃいいんじゃないか。

 若い者は「夢」の奴隷であり、
 老いた者は「後悔」に仕える。

ハーヴェイ・アレンの言葉。
そうか、オレが眠ってばかりいられるのは、
後悔することがすくないからか。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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ありがとう、もうじき2年目。 - 2017.07.06 Thu

穏やかでイイ だよ。気温28.8℃。湿度77%。
昨夜もはやく寝たので7時前に起きてきた。
爽やかでいいねぇ。

ぼけけぇ............... としていたら、パトさんが呼ぶ。
「セミがとんできて壁にぶつかって落ちたァ」
なんとオレみたいな、慌てもんのセミがいたもんだと見にゆく。

ベランダに翅の透き通ったクマゼミが転がってた。
拾おうと手を伸ばしたら、あれぇ、飛んでいったよ。
壁にぶつかって脳震盪でも起こしたかァ。

これで目が醒めた。
ついでにベランダの猫の額花壇を見て和む。
昨日、妹がきてまた1鉢置いていった。

花があるって愉しいね。
「ちょっときて、咲いたよ」と、会話が弾む。
だから、どんどん増える。

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ルペドキアを買ってきた。
この派手な大輪はオレが好き。写真映えする。
パトさんの寄せ植えの猫の髭も可愛い。

サボテンは、ごんたクンところのが、
淡い紫色の花で美しいから、2鉢分けてもらったのだね。
まだ、3年くらいは咲かないかな?

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すぐ近くの妹がきて、母の仏前に西瓜をあげてくれた。
好きだったらしい。
まだ、支度をしかけたところで、汗ぐっちゃで迎えた。

近所の農家直の野菜をもらった。
キュウリ、トウモロコシ、茄子、三方原馬鈴薯、トマト。
さっそく夕餉にでてきたが、なんとも瑞々しい。

キュウリ揉みとトマト。
「これならあなたでも食べられるね」
ほんと、甘いトマトだった。

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先日も遭遇したけれどね。
ポロシャツの襟を立ててるおっさん。
オレは、アレがカッコイイとは思わないんだなァ。

ま、別に本人がカッコイイと思ってしてるんだから、どうでもいい。
だけど、アウトドアシーンならともかく、街中ではねぇ。
オレ自身はポロシャツ好きだけれど、ダサいから襟立はしない。

なんで襟を立てるのか?
ファッションだっていう。まァ、ガタイのイイ、スポーツマンは似合うな。
ゴルフのときに襟首の日焼けを防ぐってのもわかる。

でもねぇ、街中の屋内でピンと立てるか、ってこと。
つまり、オシャレっていうのはTPOだから、
なんでも立てりゃいいってもんじゃないよなァ。

オレたちが小生意気なハイティーン時代には、
裕次郎さんがタオル地ポロシャツのイタリアンカラー立てて、
まっしろなハンチングを斜めにかぶってたねぇ。

ユ○クロでポロシャツ1枚買ってきた。
前ボタンは開けるけれど、このクソ暑いのに襟は立てない。
おっさんのあれはダサいと思うからね。

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今朝のセミの壁激突失神をみていて、こいつ、どこからきた?
そう思って当たりをみわしたのだよ。
街中の便利さを選んだから自然はないねぇ。

カメラをもってベランダへ出ても、無機質な風景しかない。
ま、大袈裟にいえば、1つを得れば1つを失う。
これはしかたがないこと。

どっちが、これからのオレたちにとって必要かってこと。
ゆったり、まったり。
わたしゃ、一人でもここにいるって、パトさん、えらいお気に入り。

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なんとまァ、アツイねぇ。30℃超えたよ。
200円おくれ......... といって下までゆき、自販機で冷たいもの買ってきた。
もう、お茶だとかじゃダメだねぇ。ナントカサイダーごくごく飲んだ。

ぷわァ、ちょっと、ひといきついたよ。
それにしても、ちかごろ、あんまり深くは考えない。
まァ、なるようにしかならん。

そう思い出したのはおひとりさま3年目くらいかな。
最後は「なるようにしかならん」とええからべぇ、
そう思って、ちゃんちゃんでおしまい。

ま、だいたいオレの人世そんなもんで、
それで通ってきちゃうと、いつでもええからべぇになる。
そのわりに、大胆なことするんだな。

大胆にでても、なんとかなるって思ってるからね。
いい気なもんだ。
これを楽天主義というかは知らないが、本人はラクチンだ。

脱サラもそうだし、起業したのもそうだし、
ヘッドハンター受けるのそう。
で、あっさりやめちゃうのもそうだしィ。

ここへパトさんが越してきて、11日で2年になる。はやいねぇ。
それで、オレがここへきたのが15日。
ま、そのことは、ええからべぇじゃなかった。

根まわしに1年かけたから、昨日も妹に、
「パトさんがいてくれてよかったァ...........」といわれるのだ。
ま、そういうことは地道に根固めする。が、あとはええからべぇ。

2人のことだって、これからさき、オレはこれがラクチンか。
という判断が+だったら行動に移るし、
ごんべの人世においては、それほど特別のことではない。

どうみても深刻じゃないね。どっちかといえば、ええからべぇ。
決断したら、あんまり深くは考えない。
まァ、なるようにしかならん。

オレの運がまだあったなら、いままでみたいに、なんとかなっていく。
そうであければ、このはなし、どこかで詰まる。
最後は、いつものように「ええからべぇ」にそう思っておしまい。

相手のあることだから、あまりええからべぇでも困るけれどねぇ。
類は共を呼ぶっていう。そこはそれ、まァ、よくしたもんで、
これまたけっこう大胆な生き方してきたパトさんと出会うんだな。

たいして、世間の束縛を感じてない2人だし、
奔放にも生きてきたから、オレたちの晩年にはふさわしいかもしれない。
割れ鍋に綴じ蓋とはよくいったもの。

がちゃ割れの鍋にはもったいないくらいの蓋だけれど、
それがシアワセと感じてくれたならば、
それだけでいいことだ。おかげさまにて、もうじき2年目。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした............

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どこかがいつも醒めている - 2017.07.05 Wed

20時に浜松南60kmを通過というわりに静かだった。
浜松だけ結界されていたように、無風で雨もなし。
あれぇ、晴れ間がでているじゃない? といってるうち通過した。

ぱと最強晴れ女大明神伝説健在なり。
この人がこっちへきてから一度も台風が吹き荒れていない。
あとで拝んでおこう。

で、今朝はめずらしく5時前に目が醒めてしまい、
書斎の椅子に座って、ぼけぇぇ.................. としていたら、
ほんの一瞬だけ太陽がでてきて、写真撮っていたら急に激しい雨。

台風が通過したあとの梅雨前線で、雨が降ったようで、
太陽が地平線を離れて、すぐに雲が覆って、
激しく窓を叩くから慌てて閉めた。

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午後からイ○ンへ出掛けた。
なんか人が多いねぇ。あ、そうか、世間はボーナスシーズンか。
初めに、ユ○クロいったら、車のドア千切られるような強風。

台風が近づいてる気配だが、空は青空だった。
ユ○クロでシャツを何枚か買い、
イ○ンの衣料で、また何点かを買い、最後に食品へゆく。

おひとりさま時代のオイらのテリトリーだから、
ま、懐かしの食品はあるわけで、
「帰ったら5時まわるからいい?」てことでおべんとう。

で、外へでたら雨が降っていた。
「窓を閉めてきてよかったァ」というが、たぶん、家は降っていない。
案の定、道路は渇いていたね。

高台は降らないんだな。
イ○ンのあたりは、もう、やたらと雨が降る。
そういう地形みたい。

 1775-rr1.jpg

「昨日が寿司だろ。で、今日もか?」
「だって、いつも手を抜けっていうじゃない」
「ま、そりゃァ、そうだけどねぇ...............」

ま、いいや。おべんとうがけっこう美味しいんだ。
以前は週イチで食べてたもんな。380円だしィ。
でも、シャケが薄いよな、透けて見えそうだけどな。アハ。

「いっぱい買い物したのに、ご飯だけケチったか」
「あら、ほんと」
とかなんとかいいながら、たまに食べたらなつかしの味。

お総菜がおいしかった。
オイら、おひとりさま奮闘の味だからねぇ。
たまにはいいか。

 14827-km02_20170705065716081.jpg

考えたコトあるゥ??
漬け物嫌いにとっての外食は差別が多いってこと。
タクワン嫌いの権利はないからねぇ。傍で思うより肩身が狭い。

誰が日本人はタクワン食うんだって決めたんだ?? あァ??
キレちゃいけないけれど、キレそうになる。
嫌煙権だとか、肖像権とか、いろいろ世の中では主張するけどさ。

たとえば、昨夜のべんとう選ぶにも、
最終的に、漬け物がごはんに接していないかで選ぶんだ。
マイノリティだから悪いのか。

スーパーの弁当の「ご飯の上に漬け物のって」いてだね。
その扱いが乱暴で、めしに色漬けて散乱している。
あれがあたりまえだって、誰が決めた?

漬け物嫌いマイノリティへの配慮なんてありゃしない。
昨夜のべんとうは、シャケは薄っぺらだったが、
タクワンがしっかり隔離されていたから選んだのだ。

ご飯の上に柴漬けが散らばっていたりすると、
オレは、その会社の姿勢まで疑ってしまう。
ま、余計な文句はいわないけれどね。買わなきゃいい。

漬け物の件に関しては、パトさんにもいったよ。
「オレと暮らすと漬け物食べられないけどいいか」って、
「それでもいい」ってきたんだから、しゃーない。

ほんと、1回も食べないね。
漬物も食べずに傍にてくれるんだ。
ありがたいと思わなくちゃいけない。ありがとさま。

 14827-km14.jpg

漬け物嫌い、で検索するとけっこうhitするんだな。
ご同輩がけっこういるもんで...........
「なんで嫌いなの?」て、この無神経な疑問にも腹がたつ。

嫌いに理由はない。
物心ついて以来、食べたことないから嫌い。
「ヘンな人」っていわれるけど、それでけっこう、けっこう。

どんなに美女で、どんなに肉感的な唇でも、
漬け物のニオイがしたらキスどころか、100年の恋も醒めて、
すっ飛んで逃げるくらいだな。

 14827-km12_20170705065534198.jpg

現代人はなにかと「自然体で.........」なんて使うのだが、
これを考えてみると、ジコチューなだけではないのか?
自然の流れ、つまり、自分にとって心地よい流れだからね。

自然体でお付き合いしてみましょうか?
ある若者が、やっと彼女ができて、いわれたそうな。
これって、自分基準だよな。

付き合ってみて、2人のなかに、不自然さがなかったら、
結婚してもイイよってことだよね?
ひょっとして、自分基準のテスト期間ってこと?

で、自分の流れが維持できなかったら、
おひとりさまでいたほうが気楽でいいのよ........... ってことになる。
わからないわけではない。オレだってそうだった。

自分の気持ちに逆らえば、
それは自分に心地よい流れじゃないのだ。
妥協の余地がなければ、それはどこまでいっても平行線。

ここまで一人できたんだもの、
この先一人でもかまわない、になっちまう。
が、2人いっしょに暮らすなんてのは妥協でしかない。

ちかごろパトさんとケンカしなくなった。
ま、あれは擦り合わせの摩擦熱だからね。したほうがイイ。
するだけすれば、しなくなる。ほんとにィ。

男としてみたら、あまり主張もせず、
周りと妥協して静かに従ってくれる人が自然体だが、
いまどきそうもいかないからねぇ。

「朝ご飯食べてしまってよ」っていうから食べてきた。
そうだ。仏壇に手を合わせなくちゃ、薬ものななくちゃ。
早起きしたわりに、なんにもしてない。

ぐーたらしていても腹は減る。
悲しみの坩堝で喘いでいても、たしかに腹は減る。
官能の嵐に身を委ねていても、腹は減る。

ただね。オレは、いつも中途半端。
のめり込んでいるようで、そうでもない。
どこかが、いつも醒めている。

腹も減らないまでの悲しみを知らないのか。
腹も減らないまでの情炎を知らないのか。
単に、ええからべぇなのか。

情念は、もういらない。
めんどくさい......... ていう人多いけれど,あれはウソだな。
人は生涯煩悩背負って、ひィこら、ひィこら。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした............

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今年初の熱帯夜で暑かった - 2017.07.04 Tue

アツかった。熱帯夜だった。
寝苦しい、ってしっかり眠ったけどねぇ。
今朝も8時で30℃超え。

台風は明日の21時に直撃の模様。
1発目でくるか。こなくてもいいのにィ。
太平洋の高気圧のヘチまわったら、このコースだな。

今朝は、嵐のまえの静けさよ、ってところ。
雲が多い空だけれど、薄い青もところどころにある。
風はまったくない。

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「終わった? いきますか」とパトさんがいう・
「どこへ?」
「今日は3日ですよ」

ありゃァ、忘れてたわいな。
あの人の月命日だった。
Tシャツ短パンのままで、丘の上にゆく。

アツいけれど、風が強くて、体感的には辛くなかった。
盆月なので、お墓をちょっと丁寧に拭いて、
お線香あげて手を合わせたら、さすがに汗が落ちた。

アツくて、たまらんち。
帰ってきてシャワー。汗流すといっとき爽やか。
朝からTシャツ3枚目だァ。

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半分まできてしまった「おんな城主 直虎」だけれどねぇ。
この先の配役が発表になったようで.........
武田信玄に松平健さん。お、というくらい適役かな。

ドラマでは海老蔵信長もちらっと出た程度で、
なんかしらん、気賀あたりの小競り合いやってるが、
信玄、信長に翻弄される井伊を描いてほしいが、揉みくちゃは徳川だしね。

於大の方を栗原小卷さん。
於大は家康の生母で、あちこち転嫁させられた苦労人。
家康の正室、築山殿とは折り合い悪かったという。

ま、描くところはいっぱいあるが、井伊がァ........... となると?
そりゃァま、なんというか、ないわいなァ。
後半へかけて、直虎から直政へとダイナミックに展開してほしい。

「信玄に松平健。於大に栗原小卷」 ←Click

 1774-aa3.jpg

本人は稚気痴気ばんばんのつもりでも、
世間から見たらヘンなやつナンだろうな、オレって。
そういう自覚はあったが、別にィ、どーてこたァない。

窓から外を、ぼけぇぇ.............
で、ジョロにいっぱい水入れて、居間を通り抜けてゆく。
最後のサンダル履くとき躓いて、水がバシャとこぼれた。

頓着なく濡れたサンダルはいたから、靴下びちょぬれ。
おひとりさまのときは、そのまま躊躇なくあがったが、
いまは、叱られるからしかたなく靴下換えてるゥ。

ときどき5歳の子供とおんなじことする。
脳味噌のどこかが、そのまんまなのだ。
だから、釣り仲間にもいわれたね。

「ふつゥ、大人はそういうことしないよ」
だけどねぇ。自分の探求心を抑えたくはない。
馬鹿げたことでもやってみないと、ほんとのことはわからない。

やらずに後悔したくないと思ってる。
やってみて、馬鹿げた結果だったら、大笑いすればいいだけのこと。
なんにも恥ずかしくはないさ。

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オイらの文章もめちゃくちゃがちゃがちゃで、
前職なんぞ恥ずかしくていえやしないって程度だな、ちかごろ。
ま、ゼニに関係ない文章だからこれでいいや。

文章の面白さなんてものは、話し上手、まとめ上手とおんなじ。
もって生まれたセンスってものが多分にある。
それに、品性だとか、そのかたが文章の向こうにみえてくる。

オイら逆立ちしたって、敵いっこないおかたが、
何人さんかいらっしゃるのだねぇ。
巧拙は別として、背景も見えてくるし、お人柄が見えてくる。

だから文章に惚れるし、そのかたの生き方に憧れるってあるよ。
ま、あまりイイ感じでなかったらスルーすりゃいい。
そのほうが精神衛世上はいいからね。

自らを守りたければ、ブログなんぞ書かなければいい。
これはあたりまえのはなし。
ましてや、人の目により触れるランキングなんぞで晒さなければいい。

が、人はなぜか人に認められたがるのだ。
これすなわち承認欲求だと。人の性 (さが) であるという。
ランキングなどでランクに一喜一憂するのも他者承認欲求なのだ。

かくいうオレだって、
自己承認欲求があって「てんちゃら...........」書いてる。
人は一人ではいられないらしい。

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オイらの爺ィちゃん は、それほど寒くはない、秋のはじめに、
寒いといって昼間から布団に入り、ややあって.
「酒を一杯くれぇ」といった。

バァちゃんが湯飲み茶碗になみなみ注いで、もっていくと、
ごくごくと喉を鳴らして一気に呑み、呼吸整えて、
「あァ、うまいなァ」ってにっこり。

しばらくは、鼾が聞こえていたが、
それが途絶えて、静かになり、
なにかを察したバァちゃんが見にいくと、息をするのもやめていた。

93歳の大往生だったねぇ。
3度の飯にも酒を飲み、ときどきはその合間にも、
戸棚に手を突っ込んだ。

あァ、うまいなァ........... が最期の言葉とは、いかにも爺ィちゃんらしい。
ゲーテは「もっと光を........」といい、ブラームスは、ジィさんとおんなじで、
ワイン飲んだそのあとに「あァ、うまい」といったそうな。

オレがいちばん好きっていうものおかしいが、
そこに至るシチェーションやら心情やら、心惹かれるのは、
天正11年4月24日、越前北ノ庄城での柴田勝家、於市の方の辞世。

「さらぬだに打ちぬる程も夏の夜の夢路をさそう郭公かな」は、お市の方37歳。
「夏の夜の夢路はかなき跡の名を雲居にあげよ山郭公」と応えた勝家61歳。

武将勝家は、於市が初めての女性 (にょしょう) だったともいわれる。
もっとも、当時の武将の多くは衆道好みでもあったからねぇ。
於市といえば、信長の妹。このおかたも運命に翻弄された。

浅井亡きあと勝家に再嫁したが、勝家とは仲睦まじかったという。
浅井とは、いわゆる政略結婚。
織田のマドンナであった於市は勝家には望まれて嫁した。

その歳月も長くはなく、本能寺の異変以降の激変で、
秀吉に攻められた北ノ庄城で、勝家の「落ちろ」という勧めを断って、
三人の娘を託してのち、天守の炎に包まれて果てたという。

於市は秀吉の横恋慕を嫌ったというが、
のちに長女の茶々が秀頼に織田の血をつないだのは、ご存じの通り。
若き日の於市と家康に一夜の契りがあったとする小説もある。

その家康は「嬉しやと二度さめて一眠り うき世の夢は暁の空」
あれほど身体には気をつけていた人が、
鯛の天麩羅がうまいといって食べ過ぎたという。

けれども、その頃に激痩せし、腹が痛いと屡々訴え、
腹に大きなしこりがあったというから、
現代では胃ガンでなかったかと推察されている。

享年75歳。
大御所としてあった駿府で波乱万丈の生涯を終え、
江戸を一直線に望む久能山に葬られた。

いまは、辞世の言葉まで終活ノートとやらに書くんだそうな。
オイらは「あ、愉しかった」といえればいい。
浮世の露と消えて、それでおしまい。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした................

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「ぐひひひィ.....」と喜んでる - 2017.07.03 Mon

いやァ、アツイ。昨日もそんなこといったかぇ。
いま7時。いきなり29.4℃だもんな。
空は真っ青だし、アツくて寝ちゃいられないしィ。

昨夜は11時に寝てしまったから、ま、7時起床でもいいんだけどね。
午前11時から、佐々木五段 vs 藤井四段の将棋をみてたんだ。
午後9時過ぎに終わるまで、ずっとみてると疲れるなァ。

これも好きでないとムリだ。
解説は喋りすぎでイラつくけどね。
そんなこと興味もないわァ、て思う。センス磨けよってね。

「おんな城主 直虎」の時間帯は、白熱していたから、
テレビとパソコンをいったりきたり。
どっちかわからんっていう大詰めで、abmaがサバ落ち。

大勢の人の視聴が集中したんだね。ネットテレビはこれがある。
それで息詰まるようななかで、藤井四段が上着を着て、佇まいを糺した。
「負けました」と深々頭を下げて30連勝ならず。

連勝を停めなければ........ っていう佐々木五段の心意気が、
ずっと伝わってくる対局だった。
いやァ、いい対局をみたなァ。それで疲れたァ。

ひふみんは「藤井クンが勝ちます」といいきったが、
ちょっと身贔屓すぎではないのかぇ。
レジェンドもちょいと鼻についたよ、テレビ局さん。

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一方で東京都議会の選挙報道が過熱していた。
オイらたち地方にしてみれば、東京ローカルをなんで大騒ぎ??
なんだけれど、自民惨敗とあれば、国政に響くやもしれぬ。

ま、なんだりかんだり安倍自民関係でありすぎたよねぇ。
奢りかどうかは知らないが、あれくらいあると倦怠感というか、
イイ加減にしなさいよって感情は、自民に対してある。

蓮舫民進は眼中にないってところがよーくわかった。
たしかにいくつかの疑惑は重なったが、
あの人たちの追及する姿には、虚しさや、嫌悪感しかなかった。

ま、籠池さんの懐から出た100万円の札束みたいなもの。なかはまっしろ。
あなたたちには任せられない。この思いは根強いからね。
だって、あの2年で見ちゃったものね。

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あぢィな。
ご飯食べてきたら30℃超えてたよ。
もうたまらん。袖なしのTシャツになったよ。

なんかしらん。隣国の議長かなにかがきて、云いたい放題いったそうな。
この人たちに国際感覚っていうものがあるのかしらん?
安倍さんと同じ椅子を用意しろ、なんて拘りはあるけどねぇ。

なんだって? 冬季平昌五輪に観光客をたくさん寄こせだって?
それでないと、東京五輪には1人たりとも寄こさない、って脅しかィ。
そんなもん。開催国の努力だろが??

なんだって? お国の優秀な若者があまってるから、日本で使えってか。
そちらの経済が停滞してるから就職先がないだけだろうにィ。
恩に着せられてまで使うことはない。

まてよ??
雇っておいて、真実を再教育して返す、っていう手もあるけどな。
なにが真実なのか? 暮らして見ればわかる。

ズレてるねぇ。
折から文大統領がアメリカへいったけれど、なに媚米外交だと?
いまさら手の平返したって、足許みられてるじゃないのか。

 「こんなはなし」 ←Click

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「ねぇ、ちょっとみてぇ.......」とパトさんが悲鳴をあげた。
マウスの左クリックが効かないっていう。
ちょっとみて「家電へゆこ」。

で、いちばんちかくの家電へ走って、いちばん安いマウス買った。
赤いメタリックの1480円。
それから手首のラクチンなマウスパッド。

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つないで「直ったァ」。
ま、だいたい、そんなもんだな。
ハイ。ごくろうさん。

この手首枕のあるマウスパッド。
ラクチンになるよ。手首の腱鞘炎は解消する。
おすすめだね。だいたい2000円前後。

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シアワセ、シアワセって、あんた、うるさいよ。
って、いわれてるかもしれない。
そりゃまァ、普通の人は普通の日常かもしれないけれどねぇ。

どったんばたんのおひとりさまヒーローを演じていた身には、
いまがねぇ。ちっちゃなシアワセ に包まれている。
それほどたいしたことじゃない。

ご飯ですよ、といわれて食卓にいけばいいだけのシアワセ。
腹いっぱい食べちゃうシアワセだ。
お小遣いを3ヶ月貯めたらレンズが買えるシアワセ。

そうだよね。
そんなに力むこたァないんだ。
ちっちゃなシアワセ重ねて日々過ぎていけばいい。

なにも、大きな望みはないよ。
できるだけ長く、こういう日が続いてゆけばいい。
そう願うだけだからね。

 他人を幸福にするのは
 香水をふりかけるようなものだ
 ふりかけるとき
 自分にも数滴はかかる

ユダヤのことわざらしいのだが、イイ言葉だな。
はからずも、不肖ごんべの処世術でもある。
オレは寂しんぼだったから、幼いときからこれだった。

相手に優しくすれば、その何分の一かは自分に戻ってくると、
知っていたのだねぇ。
自分が優しくされたいから、相手にも優しく接するってこと。

でも、過剰に求めちゃいじぇない。
それは思いが不発に終わったときの衝撃をやわらげるため。
こういうこと、幼くして知ってしまった。

「自分に数滴でもふりかっかったら..........」
それがシアワセだと思うくらいで、ちょうどいい、
ってのもね。

 14722-km12_20170703072940350.jpg

古希超えて何年かたったから、
なんぼ鍛えてあるからといったって、
あちこち筋肉落ちてしまって、それほどのこたァない。

だから、歩いてもマイペースが、いちばん。
パトさんが3歩下がってついてくるから、ときどき振り返ってみる。
振り返っていないことがある。どこかで粘ってるぅ。

だいたいが、せかせか、きょろきょろ、とっとこ、とっとこ。
パトさん、なにか見つけるとけっこう粘る。
だから、追いつくのを座って待ってる。この休憩がちょうどいい。

「なに撮ったらいい??」と内弟子にいわれ、
融け込めば見えてくるなんて,エラそうにいいながら、
まっさきに歩いていっちゃうのは、誰でもない師匠なのだな。

もう、融け込んじゃって、
「あれぇ、あんた、いたの?」ってな。
頭からっぽなんにもないってことも往々にしてある。

せっかちだから、この先にもっといいものないかしらん? 
いつもこれで、先へさきへと、なんかしらん急ぐ。
で、こういうのを世間では、せっかち という。

「だから、あなたと散歩するのはイヤッ」
そういって、亡き人はは一緒に散歩いってくれなかった。
TV番組ポチたまの「まさはる」みたいなもんだな。

「どっかに食べるもんないィ.......」って、
とっとこ,とっとこ。
って、オレは犬といっしょかぇ。

わけわからんんものに、いつまでもとらわれてるのがキライ。
この先にもっともっといいもんあるんじゃないか、いつもそう思ってる。
するとね。もたもたしてる内弟子がなにか見つける。

だいたいは屁でもないものに粘ってるが、
たまにめっけもんがある。
オレがせっかちゆえに見落として、あとで悔しがる。

最近は、そういうのをわかってきたから、内弟子も黙ってる。
現像まで黙っていて、「こんなのあったか?」といわせて、
「ぐひひひィ.....」と喜んでる。

たいしたもんじゃないが、切磋琢磨だな。
でも愉しいよねぇ。
一応はライバルだからねぇ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした...........

20chaplin_20131128081945c5b.gifゆぁ・はっぴー?

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なんてシアワセなヤツなんだろうねぇ - 2017.07.02 Sun

いやァ、イイ天気だ。8時に起きてきたら窓の外が眩しい。
いきなり29.3℃もある。アツくなりそうだね。
もうちょっと目が醒めたら朝シャワーしてこよう。

昨夜11時からボクシングみていたんだな。
いつのまにか眠ってしまい、気がついたら1時だった。
それで8時までということは、10時間か。どんだけ眠るん??

宵に、和室の窓から外覗いたらお月さんがあって、
そのすぐ下に宵の明星が付き添っていた。
カメラ、カメラと、午後に届いたばかりの超広角レンズの出番がきた。

 1772-a1.jpg

そう、超広角 TAMRON 10~24mm が届いた。
いやァ、箱に多少の使用感はあるけれど、レンズは新品そのもの。
なんの問題もないね。これで31.000円って安いや。いい買い物したよ。

ま、最新モデルがこの春にでていて、外観はかなりスマート。
これがタムロン? っていうカッコよさだったから、
前モデルのこれは安くなるんだな。

最近は、通販の中古レンズを買うにも上手になった。
ずレビューをなるべく多く読んで評判をつかむ。
それから、新古という展示品は避ける。使ってないのに使用感がある。

 1771-aa1_20170702092736b86.jpg 1771-aa2.jpg

箱明けたら「でけぇ」と思わずいってしまった。
8mm魚眼ももっているが、これもでかいが、
10mmというとやはり鏡胴が、これだけ太くなるんだな。

魚眼は、画面が歪むのが味なわけだが、この10mmでは、
まったく歪みがないから、かなり面白い。
使いこなしが愉しみだね。

前景の選択とか、構図の取り方とか、イイ加減に撮ったら、
まったく間延びした写真になってしまう。
そのへんの広角修業が愉しいと思う。

なんでカメラ好きは「レンズ沼」などといいつつも、
レンズを次々と買いたくなるのかっていうと、
自分のイメージの固定化を嫌うんだ。

つまり、自分の腕のヘボは棚に上げてだねぇ。
画角が違えば多少は、多少はマンネリを脱出したかのような、
違った絵になるから新しいレンズを欲しがる。

で、そのうちの何割かは、なんだこれ........... で終わる。
けれど、自分で撮ってみなければわからない。納得できない。
かくして定期的に財布が軽くなるゥ。

 b-1.jpg

オイらの出掛ける支度ができても、
鏡台のまえでバタバタやってるから、
だいたいは「まだァ、早くしてよ」ということになる。

「あらま、はやいわね」というが、男はズボン穿くだけだ。
支度が早いのは、おひとりさまの習性かもしれん。
ゆきたいと欲したときに「よし、往くッ」って即断即応だな。

この「いざ」ってタイミングを失すると、
「往きたくない」ったらてこでも動かないからねぇ。
だから、自分が往くって決めたときの行動はちゃかちゃかと早い。

「それ、それ、それぇ......」とか、
「うわァ、うわァ、うわァ.........」てな具合に、
パトさんが煽ってくれれば往く気になるが、支度が遅い。

で、パトさんがどの帽子を被るか、見ているんだ。
まともなペアはどうも気恥ずかしい。
どこか一部分がおなじ素材くらいが、いいじゃないかってね。

 1771-m4_20170702095958c09.jpg

オレが生まれるちょっと前の1938年のこと。
南アフリカ共和国のイーストロンドンという街の河口で、
トロール船が1匹の硬い鱗の鎧を着た魚を捕獲した。

生きた化石といわれるシーラカンスは、
3億5000万年前から地球上に棲んでいることになる。
脊椎に進化する前の段階のまま、太古から現代まで生きてきた。

このとき捕獲したのが、現地名ゴンベッサ(シーラカンス)だった。
日本へは末広恭雄博士の執念が実って、1982年にシーラカンスを持ち帰った。
その後、油壺の水族館に展示され、オレは見にいった。

その末広さんのロマンを尊敬するオレが、
ハンドルネームGombessaと名乗ったのは2003年頃だった。
Blogが流行り始めるちょっとまえのこと。

ま、ブログのハンドルネームにするには、別に重複してもかまわない。
全国に、オレのあとから3人くらいがGombessaと名乗っていた。
それから2008年にtwitter アカウントをこれでとった。

twitterは世界共通だから、このアカウントは世界中にオレしかないはず。
アメリカ・カルフォニアのJKが、「あなたに先につけられてしまったわ」と、
DMで悔しがってきて「Gombessa girl」と名乗っていた。

なので「ごんべ」はカラスがタネをほじる「ごんべぇ」ではない。
「ごんべぇ」でも「せんべぇ」でもない。
生きた化石シーラカンスをもじった「Gombessa」なのだね。

あ、そういえば、
CB無線でやりとりするころは「シーラカンス」がハンドルネームだった。
深夜にR1を走るドライバーさんと、浜名湖のボートから交信していた。

 1771-m2.jpg

それでも64歳まで頑張って、リタイアして念願の、
空ゆく雲をぼけぇぇ.................. と眺める生活が始まった。
で、走り続けてきた「はぐれマグロ」はマンボウになりたがった。

マンボウという魚に、大海原で3度くらい遭遇したことがある。
マンボウの昼寝という。実際はどうかわからないが、
波間に漂うように浮遊しているのだ。

船頭が手カギで簡単に捕らえてしまう。
けれども自然の摂理は巧妙なんだね。
とくに種の保存のメカニズムはよくできている。

このまえウマヅラハギの異常繁殖の例を書いたけれど、
マンボウはどうかというと、
魚類のなかでも最多の産卵をするのだそうな。

それは、いかにも無防備な魚だからだといい、
マンボウに限らず、
外敵に弱い魚は多く産卵することで種の保存を図る。

その、いかにも飄々としたライフスタイルに見えるところが、
オイらのハートをつかむのだね。
シーラカンスとは違う魅力があるのだなァ。

とくにリタイアしてからだけれど、
波間に漂うマンボウに過去のつながりは要らない。
そう思った。

愉しいねぇ。のんべんだりん、ちゃらんぽらんがねぇ。
なかなか思うようにはいかないが、
ちゃらんぽらんの理想は波間に漂うマンボウにある。

新しいモノ好きだから、すぐにFacebookも登録した。
で、しばらくしたら、「はぐれマグロ」時代のつながりが、
どっと押し寄せてきたから、びっくりこいてアカ削除した。

あ、そうか。
これは、つながりを求めるSNS だったのか。それじゃ要らないってね。
波間に漂おうとしたマンボウには過去のつながりは要らない。

オレは海が好きだ。
生涯の半分は潮騒の音とともにあった。
この血には漁師のDNAも流れているらしい。

海は広いし、大きい。地球表面の71%が海なのだ。
海の平均水深は3.795m、なんと380気圧。
海に棲む魚の数は15.800~23.000種だという。

ちなみに海洋動物は157.000種類。
シーラカンスが発見されたように、まだまだ径の世界がある。
まだまだ未知の魚がいるのかもしれない。いや、絶対にいる。

ロマンに溢れているではないか。
末広博士のロマンを尊敬するオレが、世界にむけて、
ハンドルネームGombessaと名乗ることに誇りがある。

そうか。
名乗って15年になったんだね。
男のロマンなんてね、ほんとは傍迷惑なもの。

どうやら、これをまっとうできそうで、
オレはなんてシアワセなヤツなんだろうねぇ。
そうじゃないかぇ、皆の衆。

藤井四段、佐々木五段の対局始まったね。これ見よう。
実況は「こっち」で.........
ほなあした.............

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