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2017-07

ダンディ忘れたつもりはない - 2017.07.23 Sun

ぼけぇぇ............... と起きてきて空見上げたら、みるく色。
霧かと思ったら だった。
蒸し暑いぞ。いきなり29.2℃。湿度87%。

西の空みたら薄く青いところもあるから、雨は降らないらしい。
空気がじとじとする。
扇風機を足許に向けてまわした。

今日はと? え。日曜日か。
Every day is Sunday族には先週が3連休という認識あったが、
もう次の日曜日がきたってか。

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55〜300mmが届いた。
まァ、イイでしょうという品物。
オレ、上手に買うんだな、amazonの中古レンズ。

思ったよりオートフォーカスの合焦が遅い。
あと2.8000円だして電磁シャッターにしとけばよかったか。
そのはなしを傍らの内弟子にしたのだ。

オートフォーカスが遅いという実体験があるから、
不肖の弟子にも理解できたらしく、
オレの資金が足りなくて、グレード落としたと思ったらしい。

「買う前にいってくれれば.............
 瞬時フォーカスの最新を買えばよかったのに.ィ」

自分の趣味は自分の財布で賄う。
ま、オレはそういう主義だからいわなかった。
あと3万円だしてあげたのにィ............. あ、損したァ。

理由はほかにもあったからね。
電磁シャッターではリアコンバーターが使えない。
600mmにこだわったところもある。

さっそくテストした。
上孫にくれた300mmズームとそれほど変わらない。
純正レンズなりの相性は微妙なところで感じる。

ま、いいんじゃないの。これはこれで、安いからねぇ。
ちかごろは最新モデルの出るサイクルが早い。
だから、そのまえのモデル、いわゆる型落ちがぐっと安くなる。

よくしたもので、それが中古市場に出てくるから、
それを見極める力があれば、上手に買えるのだ。
さすがに、しばらくは要らないね。

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今度は東北方面で大雨らしい。
リネンさん方面は大丈夫だろうか? と、
パトさんが心配していた。

もう、どこで降るやらわからない。
警報が出て、ご注意くださいっていったって、
身一つで逃げるしかないものね。

ま、考え方換えなくてはいけない。
そういう日本列島になってしまったのだからね。
もうすこし防災関連の準備しとかなくちゃ。

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 ↑ 試し撮り☆画像クリックで拡大します

平尾昌晃さんが旅発たれた。享年79歳。
しかたのないことだけれど、すごく哀しいねぇ。
ウエスタンカーニバル世代だからね。オレたちは。

 星はなんでも知っている
 昨夜あの娘が泣いたのも.............

オレ歌ってた。
ロカビリー喫茶のステージでね。
オレの10代と直結する。

ロカビリー三人衆も先年ヤマケイさんが亡くなって、
「やすらぎの郷」にでてるミッキーさんだけになったな。
泣けるねぇ。でも...................

ま、しかたのないこと。
世の中こういうものだから。
平尾さん、やすらかに..........

 
 ↑ オレたちはこういうのを聴いていた

銀座ACBだとか、池袋ドラムだとか。
えらそうにはいえばない。所詮地方の若者にはね。
月1くらい、夜汽車の鈍行に揺られてゆくんだ。

早朝に上野までいって公園で居眠りしてたら、
おまわりさんがきて、違うっていうのに、
家出少年ちょっとこい、と駅の交番へ連れていかれたりした。

そうか、ラジオだな。
東京からの電波は高くなったり、低くなったり、雑音だけになったり。
それでもしがみついて聴いてたね。

もう、遠い、遠い、とおーいむかし。
いまでもときどきオールディーズ聴いてるよ。
耳障りじゃないからね。

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昨日も風が吹いてね。ベランにいたら前髪が乱れるゥ。
タオルをガッテン系に巻いてたら、
「このまえバンダナ買ってあげたじゃない?」とパトさん。

なんかタオルのほうが好きだな。ハチマキがね。
頭のハチをキリッと締めると、
股間きりりといっしょで、さァ、やるでぇって気になる。

前髪といえばねぇ
オレは天パだから、若いときから憧れていたことがあるんだ。
額にパラリとたれる髪を手でかき上げる仕草ねぇ。

あれがやってみたかった。これは天パじゃできっこない。
ロカビリーが流行ったときにリーゼントにすると、
パーマがいらずで、山下敬二郎風の額ぱらりができたな。

そういえば..............
オイらの先輩にリーゼントで、
いつもビシッと決めてるアニィがいた。

直髪だと後ろ髪へゆく耳のうしろが垂れるから、
暇さえあればポケットからクシだして、
両鬢からもっていって、後ろ髪の真ん中で縦筋入れる。

ま、ショーウインドのガラスに映るわが姿でいつもやってるわけで、
いまの若いもんも、50年前の若いもんも、
いってみりゃァ、なんも変わりはないのさ。

オイらも10代の終わりはリーゼントだった。
なにせ親から貰ったDNAが天パだものだから、
どうしたって山敬スタイルなんだな。なんとなくよじれて前に垂らす。

エルヴィスのようなきれいなヒサシは絶対にできっこない。
あのヒサシね。維持がタイヘンなのよ。
いまはロック野郎がスプレー1本使うっていうけれどね。

あのときだけだね。
おまえは天パでいいな、といわれたのはね。
先輩のように後ろ髪が垂れるようなことはなかったしィ。

女の子はポニーテールに落下傘スカート。
オレたちは裾の細いズボン穿いてた、っていまとおんなじ。
あの頃はマンボズボンだけどね。

「いいな、おまえ。パーマかけなくても...........」
そういわれたけれど、本人はどうにも天パがイヤで、
短くして、流行りはじめたアイビーカットにした。

以来50年、アイビーひとすじ。
案外いるよ、アイビーひとすじ爺ィがね。
今日までボタンダウンシャツにこだわり続けたりする。

ポロシャツ襟立ては絶対にしないけれど、シャツはボタンダウン。
が、これもクールビズで、ノーネクタイは襟元だらしないからって、
めったやたらとボタンダウンで、着る気が失せた。

カットもかわっちゃいないが、なにせ、てっぺんがねぇ。
ま、あるだけでもいいかって、
月にいっぺん風呂んなかでパトさんにカットしてもらってる。

ダンディ忘れたつもりはないけれど、
だんだんとどうでもよくなって、パトさんにえらい叱れるゥ。
んでも、めんどくさいがな。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした...........

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この広い野原いっぱい - 2017.07.21 Fri

予想に反して、1日中風が吹き抜けて凌ぎやすかった。
パトさんが家中のカーテンを洗いはじめて、
まァ、忙しく動くから、眠っちゃァいられなかったけどね。

カーテンも2年経つと知らぬ間に汚れてるんだ。
洗ったあとのレースの白さが輝いてるゥ。
気持ちいいね。今日は残り半分を洗うんだそうだ。

パトさん、独楽鼠のように1日中動きまわって、
10時ちかく、疲れが出てか。
「お先休みますゥ」って寝ちゃった。

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あれま、もう金曜日かぇ。
お盆が終わってほっとして、あぢィ、っていってったら、
1週間があっという間に過ぎたね。

なんかしらんが世間は空騒ぎばっかし。
お騒がせ常習かみつき議員やら、ややこし離婚騒動女優やら、
まァ、TV、ネットを賑わせる。

もう飽きてしまったからね。
なんでこんな他人事に関心あって視聴率あがるんだ??
オレは、またかとチャンネル換える。

で、たまたまBSで、映画「ジャズ大名」みつけて、
たしかまえにも観ているが、筒井康隆原作がおもしろくて、
盛大なジャズセッションを愉しんだ。

監督は岡本喜八さんなのだが、
いまWOWOで、この監督作品の「独立愚連隊」の全8作を放映中。
3本観て、これも飽きてしまった。

この映画は1950年から連作されている。
戦争ものだから軍隊と慰安婦が普通に描かれていて、
朝鮮訛りの慰安婦が劇中でいってる。

「いっぱい稼いで帰って喫茶店開くんだァ」
1960年、つまり昭和35年頃には、まだ世間が真実を認識しているから、
普通に、そういうシーンが劇中にあったのだな。

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春に大根の頭を水栽培したら菜の花が咲いた。
お盆の供え物のパイナップルも、育つそうだからやってみた。
ほのかに甘いニオイがしていたのだ。

で、その水のなかに溺れている羽虫を見つけた。
よくよくみるとハナアブが、パインが融け込んだ水を吸っていた。
へぇぇ。ニオイにつられてくるんだな。

しばらく観察していた。
蜜とは違うなァ、と思ったらしい。
何度も何度も吸って、その挙げ句どこかへ飛んでった。

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いまの若者たちが、なりたいものがないっていう。
これが閉塞感だというけれど、
なりたいものを見てこなかった、そういえないだろうか。

オレは子供のときにいろんなものになりたがった。
大人たちの技をみたとき、どれも魅力があって憧れた。
ま、職人の倅だってこともあるかもしれない。

となりのとなりは和菓子屋だったが、ご主人が戦死して、
商売してなかったから、裏に落雁の木型がいっぱい積んであった。
あのおめでたいときの引き出物の鯛とか、そういうもの。

これをちょっとお借りする。
で、近所の小川のずっと上流までいって、
ぼこぼこ水が湧いてるところの崖から粘土をとってくる。

これを落雁のカタにはめて粘土の鯛をつくるんだ。
こういうのやると、子供ながらも上手なヤツが必ずいるんだな。
大人になったら菓子屋になるゥ、といってホントに和菓子職人になった。

女の子は、ケーキ屋さんになるゥ............ といったよね。
だからカァちゃんの手伝いはよくした。
ま、こうして遊びのなかでなりたいもの、憧れるもの、つかんだのだ。

桶屋がタガをトントンと閉めてゆく。
その技をみんなが憧れてみておる、桶屋の倅が得意顔でいった。
トーちゃんみたいな桶屋になるんだ、ってね。

子供たちが思いっきり遊ぶのって、けっして無駄になっていなかった。
町内の職人の技を好奇心と憧れをもってみていた。
勉強なんかせんでもいい、親はそういってたしねぇ。

それでも立派な大人になった。
いまの世情をみて、なにか違うと思うのは、
単なる年寄りの懐古主義だとか、愚痴だとか、そういうものだろうか。

なんか喪失感がつきまとう。
どこかに、なにかをおいてきてしまったような........
これってなんだろう??

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この広い野原いっぱい♪
BSのチャンネルまわしてたら森山良子さんが歌ってた。
なんかしらん、BSではちょいちょいナツメロに出会う。

そうだね。森山良子さんがデビューしたときは、
日本のジョーン・バエズといわれたんだね。
そのジョーン・バエズの「花はどこへ行った」が1960年。

そう、ボブ・ディランもこのころ。
まさか、のちにノーベル文学賞とはねぇ。
あ、お釈迦さまでも気がつくめぇ。

ジョーン・バエズの歌は、いわゆる反戦を含めたバラード・フォーク。
そうだな。「朝日の当たる家」を聞いてたのは、
オイらの蛞蝓三畳間アパートのずたぼろ青春のころ。

生涯でも、いちばんのどん底だった。
ま、あまり思いだしたくないからやめとこ。
最近は、野原の名も知れない野の花が好きなんだね。

いつもゆく河川敷公園も、草がだいぶ伸びて、
草いきれのなかに、いろんな生き物がいて、そのままが好きだけれど」、
公園課の職員さんがきて、きれいに刈ってしまう。

「そのままにしておいて.........」
そう、思うのはオレだけかしらん。
でも、これをキレイにするのもお仕事だしね。

 

オレたちの時代はっていうか、
ひょっとしたら、オレたちだけだったかもしれないが、
家庭内で夫がやらなきゃいけない仕事は、おのずときまっていた。

現代では、イクメンだとか、なんだとか、ことさらにいうけれど、
それには違和感があるんだな。
さァ、育児するぞーなんて構えたものではなかったはず。

家事でも育児でも、役割分担だなんてものは、してあたりまえ。
それでなくちゃ、やっていけなかった。
でも、頑張れば中流に這い上がれるって幻想はあったな。

で、たしかに中流もどきになった。
そのうち子供が大きくなったら、なーんにもしなくなった。
どでんと寝転がってばかりになった。

が、「父親である」っていう存在感で、
その家庭をコントロールする役割を維持できたんだ。
なにがいまと違うんだ??

昨日書いたことにつながるけれどね。
その父親の存在感ってのは、
妻が協力してこそ出来たものだったよねぇ。

その家庭内で父親に威厳があったとすれば、
それは、とりもなおさず連れ合いの功績であると思っていい。
そうしてもらっていたかもしれない。

まァ、その威厳の、
ほんとの中身を知ってるのは連れ合いだけどね。
その実はどうであれ..............

いま、夫婦は平等であるっていう観念が先行する。
役所がつくる男女平等の幻影だな。
社会が理解して、そういう仕組みを創り、亭主が育児参加せいという。

オレが思うには、根本にあるのは愛。
夫婦が、ごく自然に二人のこと、子供のことを考えれば、
やいのやいのいわれんでもできるはず。

そうじゃないかぇ、皆の衆。 
ほなあした..........

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ぐっすりこん眠れば明日がくる - 2017.07.18 Tue

いやァ。暑かったァ。ぐったりして、こら、いかん。
我慢してたら熱中症になるでぇ.............. とエアコン入れて、
やっと人心地になった。

ほんと、油断してたらヤバイ。
そういえば、前の住み処のときは、
真夏のきついときには点滴してもらってたなァ。

いま7時23分で、気温29℃、湿度80%。
今日もアツくなりそうだねぇ。
どこやらで、ミンミン、ミンミンとセミの鳴き声がする。

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ちかごろ、すぐ忘れる。
どうでも思いださなきゃいかんことなんてそれほどない。
めんどくさかったら、そのままほっとく。

なんだったか忘れた。
「そんなことめんどくさいっ」て、オレがいい、
「そうね」とパトさんがいった。

まァね。
オレたちには、差し迫ってすることもないから、
めんどうだからあとまわし.................... ですませられる。

「そのうち、生きてるのがめんどくさくなるかなァ」
「でもね、死んでしまおうって手段もめんどくさいよ」
「そうだな。なんにしてもめんどうだから、もうすこし適当に生きとくか」

なんとも罰当たりな会話だ。
とりあえず2人にとやかくいうことはない。
それを、ありがたいと思わなきゃいけないんだねぇ。

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別にうちのバァちゃんだけじゃない。
むかしの人は物識りだったよね。いろんなこと識ってた。
それが日常にも、ポイポイ出たんだな。

バァちゃんは「尻餅ついてもウソつくな」といった。
爺ィちゃんの座ってるうしろには、
「正直一生寳」って額もかけてあったしね。

周りは大人ばかりだから、
オレの可愛いウソは不思議なくらいにすぐバレた。
いまでも、オレのウソはすぐわかる、といわれるらしいよ。

上手にウソついたつもりでも、どこか抜けてるんだな。
そこをつかれると、うッ、と詰まって、
ぐゥ、もいえなくなって、アハハァ、と笑って誤魔化す。

要するに単純なヤツなんだな。
ひとつウソつくとね、それのフォローでまたウソをつく。
結局はその繰り返し。

いまの世のなか、そんなんばかり。
二重国籍疑惑をはっきりさせるのはあたりまえ。
国を動かす立場の人間が、余所の国籍もっていていいはずがない。

それを、公表させるのは差別だと擁護する人たちがいる。
屁理屈だな。疑心暗鬼で国を任せられるか。
ま、構えて生きるのも疲れるゥ。

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ときどき、猛烈に食べたくなるものがある。
あの、塩が端っこのほうにくっついた極辛のシャケね。
あれでなくちゃシャケじゃないっていってた。

血圧のために塩分控えろっていわれて、かれこれ10年。
いまも「塩分控えて..........」と診察の度にいわれる。
あァ、あのシャケ、食べたいなァ。

昨夜のホッケの干物なんて甘塩なのだが、
わずかな塩がおいしくて、皮まで余さずに食べてしまう。
ま、それくらいでガマン。

一病息災なんだ。
かかりつけセンセのところへいって、身体を管理してもらう。
で、その指導で自らも管理する。

この努力が必要なんだな。
オレ、とりあえず90歳まは生きるんだからね。
ほんとだよ。

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あまりの暑さにぐったりしてたらパトさんが、
「エアコン入れる?」
「いれてくれぇ......................」

「去年はエアコンなんて要らないっていったよね」
「そうか」
「あなたも老人だからね。気をつけないと.......」

「あんたもな」
ま、老人には違いないわィ。2人とも。
傍らでパトさん座ったままで器用に舟を漕ぐゥ。

長寿する人のDNAがわかったんだそうな。
それによって、個人の寿命の予測がつくのだっていう。
うちは爺ィちゃんも父親も90歳超えだから、この遺伝子はもってるはず。

このDNAをもっていると、病気にならないんじゃなくて、
病気の発症が遅いらしい。
まァ、オイら、成人病の総合商社みたいな人だけれどね。

これはね、もぐら叩き。
血圧降下剤のめば尿酸値上がる。
それを下げればコレステロール増す。

あっち抑え、てこっちが増えってイタチごっこ。
「新薬が出ると、その薬が必要な病人が増える」てのは週刊誌ネタ。
たぶん、そんなもんだろうなと思う。

オレ、薬4種類飲んでる。
もう10年も続けて飲んでる。
週刊誌があれはいけない、これもいけないっていう。

でもさ、管理してもらってって、
あれこれやめたいとはいえないしねぇ。
別に、明日イっちゃっても未練はないけれどさ。

ま、センセ信じてお任せするしかないだろ?
バックには大病院がついてることだし.............
なんだりかんだりいうわりには、あんまり深くは考えていない。

「ええからべぇ」でいいんだって思う。
こんな毎日を繰り返していったらいいんだって思う。
ま、パトさんも似たものどうし。

おひとりさまのときには、「あら、おかわいそう......」といわれ、
パトさんと暮らし始めたら「いまさらねぇ........」といわれた。
おおきなお世話だよねぇ。まったくゥ。

生き様なんて自分で決めるもの。
つべこべいわずに、黙って実行するのみ。
てやんでぇ、なんていってたら、Blogの訪問者が半分に減った。

ま、テキトーでいいんだ。
どうせ、世の中なるようにしかならない。
どでんとひっくり返って、ぐっすりこん眠れば明日がくる。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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富士山には姉妹神がいらっしゃる - 2017.07.15 Sat

アツイねぇ。昨日も今日もカンカン照り。
隣の愛知県と岐阜県は大雨だったのに、こっちはまったく降らず。
富士山南は降ったようだった。

部屋の中は風が吹き抜けて夕凪で停まるまでは快適。
出掛けたパトさんが帰ってくるまで、オイら専用椅子の脚伸ばして、
ぐーすかぴーの昼寝三昧。

あれくらいの年齢で「女子」というのも厚かましいと思うが、
デパートめぐりも愉しかった様子でなにより。
オレのお土産はランニングシャツ2枚だが、ないよりはいい。

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富士山といえば、誰がやったのか「←」を誤った方向に、
岩へ書いてあるのが見つかった。
それに従えば滑落の危険もあるルートらしい。

誰がなんのためにやったのか不明だが、
山小屋が発見してロープを張ったようだった。
このニュースをみてのコメントがなんだりかんだりいう。

誤誘導にならないようにシートを被せろだとか、
その岩をひっくり返せだとか。
道を間違えて事故に至ったら、誰が責任をとるのだとか。

富士山は国立公園であるがゆえ、そう簡単には動けない。
事故を招かないために早く処置しろ、って思いは役所だっておなじ。
速やかに手続きすませて、最善の方法で処置されるはず。

頂上へいってくればすぐわかる。
日本一の高さの独立峰だってのがねぇ。
天候悪化すれば凄まじい強風が吹いて、物を吹き飛ばす。

露出した溶岩が、よいしょとひっくり返せる大きさかはわからない。
その岩の「→」を消すのにも、国立公園ゆえに、
環境省の認可が必要なのだと思う。

このコメを読んでるとなんか透けてみえるものがある。
富士山は、日本でいちばん高い山なんだということ。
そこいらの観光地の延長ではない。そこを前提にモノを考えないとね。

それなりの知識と心構えをもって登ってほしいと思う。
9合5勺の、すぐそこにてっぺん見えているのに、
ハァ、ハァ、息つきつつ、一歩ずつ登る経験すれば、それがわかる。

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 ↑ GWの富士山☆画像クリックで拡大します

静岡県の子供、といってもオレたちの頃だけれどね。
富士山の絵を描くと必ず、右側の中腹に段をつけたものだった。
これは「宝永噴火口」を見たまま描いている。

富士山はご存じのように休火山だから、いつ噴火するかわからない。
いちばん最近の噴火が、この南側中腹だったのだ。
1707年だっていうから、それほど遠くない。

家康が駿府で没したのが1616年だから、その100年あと。
ま、300年ほどまえのことだ。
実は、その噴火の49日まえに東南海大地震が起きている。

つまり、東南海地震が起きるといわれて40年あまり。
浜松あたりは、海岸線に巨大な津波防潮堤を造成中だけれど、
この地震が起きたとすると、富士山の噴火が連動しないとはいえない。

宝永年間のときは噴火が1週間つづき、江戸市中に3寸の降灰があって、
その時代であっても大混乱したというから、
現代であれば首都東京は麻痺状態になるやもしれぬ。

シン・ゴジラどころの被害ではない。
昨今の列島天変地異からいえば、ないとはいえないのだ。
このままがずっと続くとは限らない。

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オレの記憶にあるのは昭和19年 (1944) の東南海地震だが、
記録をみるとM 7.9 だったのだ。
実は、この戦争末期には大きな地震が毎年起きていた。

 1943年 鳥取地震
 1944年 東海地震
 1945年 三河地震
 1946年 東南海地震

ただし、終戦末期の大地震は軍が報道規制をして報せなかった。
連合軍に震災に乗じて攻められてはいかん、ってこと。
19年の地震は幼児だったオレにも強烈な記憶が残っている。

あの終戦前後も、いまのように地震が続いていた。
日本列島は大きなカルデラであるともいわれているし、
いつ、どこに、大地震がきてもおかしくはないのかもしれない。

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富士山の神様は、浅間神社の木花開耶姫(このはなのさくやびめ)。
平成22年にオイらがいった山梨県側の5合目にあるのは、
小御嶽神社で、こちらの神様は磐長姫 ( いわながひめ) なのだ。

このお2人の神様は姉妹なのだが、
天照大神 (あまてらすおおみかみ) の孫の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が、
木花開耶姫を見初めて、父神に妻に請うた。

そこで父神大山祇神は、その姉の磐長姫をも嫁がせた。
木花開耶姫は絶世の美女であったが、姉はそれなりであったゆえ、
瓊瓊杵は姉姫だけを返したという。

父神は姉姫の健やかさと、妹姫の美しさとを、
皇孫に伝えたかったがと大いに嘆いたという。
ゆえに頂上浅間神社は妹姫、5合目小御嶽神社は姉姫が祭神というはなし。

下の写真は、そのときに撮った山梨県側の5合目なのだが、
なんとも富士山の中腹とは思えない光景なのだ。
パンプス、ミニスカートで歩いている人もいたりしてね。

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パトさんが傍にきて、あなたは暑い、という。
さほどに熱気を噴いてるらしい、オレ。
夏のオイらはゴジラなのだな。熱気放出人間なのだよ。

パトさんも熱気は噴かないが、冷え冷え女ではないので、
冬場でも湯たんぽ人間の需要はないけれどね。
雪国の人は寒差の耐性があるようでない。

疲れはシャワーとともに洗い流し、
横になったらぐっすりこんこん。
朝起きれば、だいたい疲れも抜けている。

いまのところは疲れを持ち越さない。
今日は寺施餓鬼に行かねばならず、気忙しないから余計にアツイ。
オレはせっかち、早くから支度がすんでないと気がすまない人。

パトさんはいつもぎりぎり。
出るがでるまでなんかやってる駆け込みの人。
出掛けるとなったら、そりゃタイヘン。ケンカのひとつも...........

まァ、ノーテンキで愉しいねぇ。
苦虫つぶしたような顔して過ごしても一日は一日。
けらけら笑って過ごしても一日は一日。

さて、オレたちのこの先はどうなるか??
考えたってなるようにしかならん。
なるようにしかならんけれど、そう簡単でない未来図は垣間見える。

まァ、いいや、野垂れ死にだってというものの、それほど簡単ではない。
テキトーなところで、テキトーなホームを探して、
早めにお世話になるっていうつもりではいる。

付き合いも3年ちかくともなれば、
いっしょに暮らすかって、ま、どちらかともなくいって、
これも先々の方便だとはいわない。そういっちゃ、パトさんに失礼だ。

支えあえるなら、それもひとつの方法ではある。
お一人さまどんどん増えて、医療費どんどん増えて、愚痴ばっかり。
それよりは、独りよりは2人ってこと。

いっしょに暮らすかってのも簡単なことじゃない。
けれども計算なりたてば、いっしょに暮らせばいいんだって思う。
いうなれば、この先見据えての老々自衛だ。

ほんのちょっぴりの勇気と、時間をかけた熟慮と、
なによりも優先して、相手を認めようという気持ちがあれば、
シアワセって思えるはず。

とかなんとかいいつつも、本日15日でまるっと2年。
ま、長かったような、短かったような。
いうほど、たいしてかわりがない。これがいちばん。

なんとかかんとか、この先もやってくべぇ。
どなたさまも、袖摺りあうも多少の縁。
よろしゅうたのんますゥ。

さて、寺施餓鬼にいってまいる。
無校正ご容赦。
ほなあした...........

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10年ひとむかしで世間はひとめぐり - 2017.07.13 Thu

道路には雨の跡。北の方に真っ黒な雲がある。
午前中は時々雨の天気らしい。
今日もムシムシ。湿度計は計測不能でHIになっている。

6時に起きた。ま、いろいろと.................
昨夜は玄関から風が吹き通しで、寝室は寝苦しくはなかったが、
とりあえず起きてすぐにシャワーでさっぱり。

そういえば、昨日も朝晩と2度もシャワーした。
エアコンがんがん冷えは、まだしないことにしているのだ。
普通に汗掻いて、シャツを換える、シャワーする。

午後にお寺さんがくる。妹たちもくる。
ま、支度はすんでいるが、なにかと気忙しない。
迎え火して、彼岸の人たちを迎える。

10日にきた末寺さんに聞いてみたところ、
今年の新盆のお宅は90〜100軒だっていうから、
例年よりはやや少ないほうらしい。

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あらァ、暗くなってきたよ。真っ黒な雲が覆いかぶさったね。
ひと雨くるかな。風も変わったしィ。
ま、鬱陶しいけれどしかたない。これが梅雨だからね。

あ、降ってきた。途端に風が冷たくなる。
慌ててカラスが飛んでゆく。
そういえば、基地で飛行機のエンジンの音が一切しない。

こういう日は天候が落ち着かないのだ。
基地のちかくに住んでると、こういうこともわかる。
騒音はたまったもんじゃないけれど.........

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あのお方のスッピンの鬼気迫るメッセージは、
1度みたら2度とみたくはないから、
テレビで始まると、さっさとチャンネル換えるのだけれどね。

そういう揉めごとは、内々でやってくれぇ。
そう思うが、これもyoutubeやら、BlogやらとWeb時代ならではだな。
あれで、閲覧数に広告収入発生していたら、バカバカしいはなし。

いわゆる熟年といわれる年代っていうのは、
まさに人世の熟すときで、それまで夫婦ともに頑張ってきて、
それを爛熟させる年代だと思う。

ま、オイらがことは、とりあえずおいといて、
熟年になっての離婚だなんてこというのは、それぞれ理由はあるにせよ、
なんと勿体ないことであるものかと思うのだ。

亡き人とは、その人世の爛熟期をほんのすこししか、
味わえなかったオレだから、ま、いまの環境はおいといてだけれど、
なにが不足で別れてしまうのだろうと不可解でもあった。

あ、いま話題のかたのはなしじゃない。世間一般のはなし。
そりゃァま、あのお方を含めて、
他人にはうかがい知れぬ事情があるんだろう。

ましてや、それに対してなんかモノいうのは大きなお世話。
修羅道とどなたかが書いてたが、
当事者でなければ、わからないことは承知している。

でもねぇ、寂しさが拭えない立場にいたときは、
熟年離婚が「もったいない」としかいいようがなかった。
だから、いまは感謝の想いが強いのだな。

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いつだったか、オレがいたギョーカイの人と偶然会ったんだね。
「あれ? 元気じゃない。死んじまったって噂だよ」
なんぞと縁起でもないこという。

でもねぇ。それくらいに、見事に消えたってことだから、
オイら、してやったりとにんまりしたのだ。
未練たらしく、でろでろ幽霊みたいに関わってるのが大キライ。

そんなもん、リタイアした途端にタダの爺ィ。
ほかの人はともかく、オレはそう思って、そうしたからねぇ。
「死んだか、アイツ」といわれて本望なんだ。

だから、実名のFacebookもすぐにやめた。
なんか過去の亡霊がちらちらして、
このままだと、いつまでもでてきそうだったからねぇ。

自分がしてきたことに、なんの未練もなかったなァ。
あれってなんだったんだろう。
ほんとに燃え尽きたのかしらん。

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そういえば、現役時代の部下だった女性に、
スーパーで突然に声をかけられたことがあったのだ。
オレが1人で、野菜なんぞ手にしていたときにね。

「どうされたんですか?」というから、実はこれこれじかじか。
「えぇ?」と、ちょっと瞳を潤ませてくれて、
「うん。独りも愉しいよ」とやせ我慢して別れたけれどねぇ。

バリバリの仕事人とカート押した姿じゃギャップがあったらしいが、
彼女だってベビーカーに可愛い女の子が眠ってたから、
あのへんの5年間ってのは、そういう歳月だったのだな。

最近は、こういう「しがらみ」にまったく遭遇しない。
ま、アイツは死んじゃった........... といわれるくらいだから、
10年ひとむかし、それくらいで世間はひとめぐり。

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パトさんがビールを買ってきた。
自分だけ飲むのが気が引けたか、「飲む?」というから、
ちょっとだけ注いでもらって一気飲みした。美味い。

オレねぇ。酒はあまり強くはないのだな。
爺ィチャンは三度三度の飯どきに茶碗酒を欠かさずのみ、
その合間にも戸棚へ手を突っ込む人だった。

父親は69歳にして、
酒漬けのずたずたぼろぼろ胃袋を全摘した人だった。
ま、二人とも飲んべえの見本みたいな人だったからねぇ。

当然ながら、
ごんべもこの血を引いて飲めるものと思いこんでいた。
で、あるとき電気ブランなるポケット瓶を買ってきて.ね。

親友のカァちゃんがやってる赤ちょうちんの二階で、
二人して、これを一息に飲んだのだ。
なにせ、それが15歳であるから、とんでもないことになった。

二人とも、間をおかずぶっ倒れた。
意識不明の急性アルコール中毒になったのだ。
むかしのことだから、救急車で搬送されることはなかったけれどね。

そのあと、ふたりとも三日三晩うなり続けていた。
が、これに懲りないで、しばしば中学生宴会は続いたのだ。
あ、タバコも吸ったのだな。

けっして不良ではなかった。
二人とも成績はよかったし、クラスの人望もあったしね。
ただ、背負いきれないほどの逆境の真っ直中にあったというだけ。

ちょっとだけ背伸びをして発散していたのだ。
が、酒については、すこしづつ二人に差が出てきた。
ヤツは、どんどん強くなっていくのに、オレはいつも吐く。

それでも、ヤツのカァちゃんの目を掠めては、飲んだ。
しまいには、隣の部屋の住み込みホステスのおばちゃんたちと、
いっしょに飲んでいてカァちゃんにこっぴどく叱られた。

やがて、彼は葛藤の末に、大阪へ集団就職していった。
駅まで送っていったのが、ヤツの顔を見た最後。
3ヶ月経たないうちに、自ら16歳の命を絶ってしまった。

白い布で覆われた骨壺にむかい、オレは号泣した。
ヤツのカァちゃんがへべれけまで酒を飲んだ。
それを見ていて、酒に溺れないヘンなヤツが、この夜に誕生した。

亡き人を青天の霹靂状態で失ったとき、
ただただ呆然と、なにがなんだか分からず、疲労困憊して、
雲の上ふわふわとあるいているような毎日だった。

もう、起きているのか、眠っているのか。
わけわからん日々だったのだが、ある晩に酒を飲んでみたら、
なんかしらん、まったく酔わなかった。

これはいかん、酒は飲むまい、と心に誓ったのだね。
いまのオレは絶対に溺れてしまう。だから飲んではいけないってね。
もう、飲んでもいいかなァ、と思いはじめたのはずっとあと。

だけど、以前にまして弱くなっていたね。
いいんだ。酒も眠剤もいらない。
いつだって、こてんと眠りこけるからねぇ。

そうじゃないかぇ、皆の重。
ほなあした............

20chaplin_20131128081945c5b.gifゆぁ・はっぴー?

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