topimage

2019-11

なにごとも、さりげなく、さりげなく...... - 2019.11.15 Fri

起きてきて、書斎に座ったら20.4℃だった。
寒くはないぞ。長袖のヒート下着を着た。
珈琲飲みながらベランダへでた。風がないから温い。

まさに小春日和だな。
遠州は風が吹かないとこうも温かい。
しばらくベランダの椅子に座っていた。いい気持ち。

昨日の午後に、おペケにせかされて衣装替え。
夏物をしまって冬物を出す。
あるわ、あるわ。窮屈なTシャツがいっぱい。

「捨てる?」
「まだ........... 」

断捨離できないオイらであった。
「衣装ケースいっぱいだよ」
聞こえないふりのオイらであった。アハ。

 191115-a2.jpg 181113-a3_2019111511363451c.jpg

地球がこんなにも動いているって知ってる??
左の写真が昨夜撮ったもの。右の写真が3日前のもの。
ゴルフ用品店の広告塔を挟んでこれだけ動く。

「その理由」 ←click

リンクしたページにわかりやすい図がある。
地軸の傾きの変化なのだが、文字にするとようわからん。
この図をみるとなんとなくわかった気がする。

気にもしなければ、知らずに通ってしまうが、
「だいぶ日が傾いてきたねぇ」とこれは意識している。
西日が部屋の中にはいってくるからね。

地球は動いている。
オレたちはその上に乗っかっている。
それだけでも意識すると、気持ちが変わると思う。

 191115-a1.jpg

故郷の知人が栗を送ってくださった。
おペケが栗ご飯にしようと剥き始めたのだが、
これが虫食いが多くて、食べられるものが少ない。

せっかくの大きくていい栗なのに、
黒くなったところをとってしまうと、小さくなる。
たまりかねて、直送の生産農家に電話した。

おペケの正義感なのだ。
故郷の名産がこんなんでは名を落としてしまうという。
そうしたら、代替えを送るという。

要らないといったが、送るという。
が、それっきり、半月経っても音沙汰なし。
なんかすっきりしない結末だった。

 ←click

昨夜は、その虫食いを避けて小さくなってしまった栗で、
「栗おこわ」を炊いた。美味しかった。
食べながら、もう忘れよう............. おペケがそういった。

 171122-a1.jpg

室生犀星の詩には、単に故郷を想うのではなく、
金沢から東京に出てきて、食い詰めては故郷に帰る、
自分の惨めな気持ちが込められている。

 ふるさとは遠きにありて思ふもの
 そして悲しくうたふもの
 よしや
 うらぶれて異土の乞食となるとても
 帰るところにあるまじや

犀星は、家庭の事情のため、人の世の孤独を知り、
貧しさに苦しみ、愛情の飢えに悩んだ。
オレは、あの蛞蝓三畳間でこの詩に自分を投影していた。

おペケがいうのだ。
「あなたは郷土愛が強い」
うん。だいぶ屈折しているが、そうかもしれない。

故郷の有り難みは、
離れてみて、初めて、
ひしひしと胸にせまるもの。


まったくその通りだと思うので転載させていただく。
野党の「自分のことは棚に上げ」て、
「余所のことは追及」する狂態にはほとほと嫌気がさす。

オレのこのポジションを、
ネトウヨというのであれば、それでけっこう。
わけわからんこと繰り返す野党に憤りすら感じる。

 191115-a3.jpg

人と人との触れ合いは、触れ愛。
人はいろんな思いを、触れ愛で誤魔化して生きているんだ。
愛といっても、 love じゃない human loveね。

午後に、映画を見はじめたのだが、テーマが重くて見られなかった。
まだ、見られないモノがある。
他人の絵空事と思うことができないものがある。

自分でも意外だったが、心の傷っていうもは深いものだな。
何年経っても、心に瘡蓋が残っている。
知らず知らずに避けている。

いっぽうで触れ愛に癒されて、きれいになった部分もある。
もちろん、おペケとの日常でも癒やされる。
これは近しい愛にもとずくもの。

人と人が心のアンテナで交わす人間愛。
どこかで、自分の心と触れ合う部分があれば心が和らぐ。
それは心の糧になる。

接する人へも優しくなれる。
誰しもたまには隙間風が吹くけれど、
その触れ合っている時間だけでも温まればいい。

ほんとの自然体ってこれではないのか。
自分自身のハートに心地よい流れ。
そして、お相手のハートにも和かな流れ。

残念ながら、
これがわかったのは年齢がいってからだったし、
大事なものを失ってからだった。

 大部分の人たちの才能は、
 おしまいには一つの欠点となるものだ。

 老人になるにつれて、
 この欠点はますます顕著になってくる。

サント・ブーヴという人がこういった。
年齢がゆくと、くどいというのがこれだろうね。
自分はなにも気がついていない。

年齢がいったならば、
なにごとも、さりげなく、さりげなく..............
しゃしゃりでてはいけない。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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曲げきれない中途半端なヘソ曲がりのまんま - 2019.10.12 Sat

ときどきき強く降る。浜松直撃は免れそうだ。
進行方向の左側、どれだけの風が吹くかだ。
静岡県の中部から東部方面は避難勧告がでている。

嵐の前の静けさよ。
閉め切っているから蒸し暑い。気温27.1℃。湿度88%。
おペケが近所スーパーにゆき、しこたま買い込んできた。

「大晦日みたいに人がいたァ」だそうな。
けっこうタナはすっからかんだよ、って台風特需だな。
「あ、わたしおペケだねぇ」って、なにが?

アイスをいっぱい買ってきて、停電になったらぜんぶ溶けるぅ。
ま、最強晴れ女大明神のご利益でもって、停電にならぬよう祈っとくれ。
それにしても蒸すねぇ。おーい、除湿いれないか。

お昼になった。風雨ともにそれほど強くない。
twitterみたら東京都内でトラックがひっくりかえったり、
千葉で竜巻起きたりしている。

どうやら台風は伊豆半島先端を掠めるコースかな。
進行方向左側はそれほどにないので、アイスが溶けずにすむか。
おペケ大明神拝んどこ。

 191012-a1.jpg

これはねぇ。
おひとりさま4年目の記事。
なんか達観してるよ。

 お昼のラーメンがうまかった。
 何の抵抗もなくやってる自分が、愛おしい。
 額に汗書いて食べてる自分が、愛しい。

 頑張るよな、おまえ。
 別にぃ、しかたないじゃん。
 2人のオレが、脳内で慰めあってる。

 なんでもない昨日が今日につながっていて、
 そのなんでもない今日が明日につながっていく。
 それだけのこった。

人間はラクチンすると鈍するね。
いま、なにも考えたないもの。
ご飯出来ました......... と呼ばれてのこのこでてゆくだけ。

  ←click

下の写真が朝ご飯。
おかずじゃない。ご飯抜きだから..........
キャベツだけ。

ダイエットもさることながら、検査数値がいい。
それからお通じがすこぶるいい。
もう、15年も食べてるから、これだけでも充分。

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オレたち世代ってのは、
戦後のアメリカナイズされたなかで育ちはしたけれど、
案外とウブっていうか、シャイっていうか、意気地なしっていうか。

なんか中途半端なところはあるよ。
子供んときは戦争帰りの若い衆が、昼間っから、あっちでくっつき、
こっちでくっつきしてたし、戦中の反動でアプレゲールが溢れていた。

いまよりは堂々としていたかもしれない。
エログロ、ナンセンスなんでもござれ............
大人のカストリ雑誌を盗み見してんだなァ。

で、世の中落ち着いてきて、
自分たちが色気付く年代になったのだけれど、
こと女性となると、テレてしまってダメなんだよねぇ。

オレは、女性にはマメなフェミニストだから、
サポートはさりげなくする。
けれど、手つないで歩こうか? っていわれるとイヤだという。

おペケにいうんだ。
もうすこし経ったら、手をつないでおくれって............
それじゃ、足許おぼつかなくなってからじゃないってぇ。

 191012-f1.jpg

そういえば、二年前のおペケが倒れたとき、
テレていてもしかたないから、サポートして歩いた。
車がずらっと並んだ横断歩道なんて、こっぱずかしいったらありゃしない。

ま、これからは、さりげなく、不自然でないように、
手を組んだりしようか? とは思う。
だけど、それをスマートにするのはむつかしそうだな。

どうせ、これからは老人社会になるんだから、
わざとらしくなく、ごく自然にお互いをいたわれるように、
日頃から手をつないで歩くぐらいはしておこうか.......... とは思う。

そういったら、おペケは喜んだ。
まァ、テレるな。
やっぱり、足許おぼつかなくなってからかねぇ。

 191012-f3.jpg

オレ、なんでも「いい加減」で通ってきた。
ま、釣りもカメラも道楽だけれど、人世もちょっといい加減。
人生と書かないんだ。オレのは人世だもの。

屁理屈いうとね。
シャカリキに生きたってうより、人の世をひょろりひょろり、
と、漂ってここまできちまったような。

オレ、なにするにも現場主義なんだね。
事前の準備もそれほどあるわけではない。 職人の血筋だからね。
父親のDNAは受け継いでいるらしく、現場のカンはある。

いい加減だなんていいながら、
けっこう理屈いうじゃないかっていわれる。
そうだよ、結果に対しての屁理屈は滔々とたれるのだな。

経験したことは解説がつくからだ。
ほんとのおもしろさは結果じゃなくて、このプロセスなんだ。
すべからくプロセスがあって結果がある。

そのプロセスのなかで、なにを考え、なにを実行したか。
事後に、このプロセスを整理していくのが屁理屈なんだと思う。
これは後でしかできないよねぇ........... って理屈っぽいか。

ま、そもそも爺ィ婆が理屈っぽいってのは、
それだけ数多くの経験知という引き出しの数をもってるからだ。
こりゃァ、駆け出しの若い衆に負けるわけにゃいかん。

でも、行動力衰えているから、その分だけ理屈で丸め込もうとする。
これは老害だな。嫌われるもとだ。
押し通すと、イヤなクソジジィになっちまう。

意見を異にするのは、個々のプロセスが違うからだよね。
だから、押しつけちゃいけない。
自分と違うからといって、怒っちゃいけない、笑っちゃいけない。

ひょろりひょろり漂ってりゃいい。
って、いまのオレは思ってるから、そうしてる。
21歳のときに受けた写真講座で、某著名カメラマンが、こういった。

 ドングリの背比べから抜けようとすると、なにが必要か。
 それはヘソ曲がりだ。それが個性だ。
 現場では努めてヘソ曲げろ。

なるほどと思った。
あのときから、オイらのヘソは曲がったけれど、
曲げようとしても曲げきれない、中途半端なヘソ曲がりのまんま。

そうなんだよな、皆の衆。
ほなあした..............

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そんなに急いでどうする? - 2019.09.12 Thu

パソコンデスクで寝落ちして、ベッドへたどりつき、
バタンキュで眠ったのが11時頃か。
居間が冷えているので、寝室がやや暑く感じる。

それもほんのいっとき、身体が慣れてくると、
寝るにはそれくらいがちょうどいい。
今朝は明け方に布団を探したくらいに冷えた。

いま10時半、エアコン入れてない。
気温は30.3℃。風が温風ではないから暑くない。
そうだな。もう12日だから、すこしは秋らしくないとね。

秋の気配というには早いかもしれないが、
季節の変わり目が見えてきたな、とは感じる。
なんかバタバタしている。あ、おペケがね。

郵便局いって、あそこいって、ここいって、あっちへいって、
最後にゴルフの練習場にゆくから、帰りは遅くなるゥ.............
そういっておペケがバタバタとでていった。

そろそろ帰るころかなという時間に、
北のほうから暗くなって、ゴロゴロと鳴り出し、
篠突くような雨が降り出した。

ま、どこかにいるでしょ。
って思っていたら、駐車場で車からでられなくてっていて、
小降りになってから、ただいまァ。

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鯖缶は身体にいい.。納豆は身体にいい。
とかなんとか、いっぱいある。
ま、いいものは、悪いものよりはいいとは思う。

でも、悪いもっていわれるのも、
食べるっていう要素には欠かせない。
塩分へらせっていうのに、塩辛が欠かせないとか。

ってさ。
人間は食いたいもの食べるのがいちばん。
成人病の総合商社だってオレがここまで生きてるから大丈夫。

🔽 ごはんめも


ご長寿の方が共通しておっしゃるのは、
「気儘がいちばん」だよね。
つまり、ストレスがない。これってオレじゃないか。

なーんも考えてない。
それでぐ〜〜〜たらして1日暮れる。ええなァ。
これでテキトーなとこまで生きられたら最高だァな。

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もう、9月なんだから、やっぱり、この暑さも異常。
残暑だなんてもんじゃない。
なんてね、たしか去年のいまごろもそういってた。

ってことは、こうなるのが普通なのだな。
つまり、日本列島はもはや亜熱帯ってことだ。
まだ、Tシャツ短パンのままだし、汗掻いて何枚も着替える。

まだ、彼岸花が咲いたとの情報はない。
万葉の森公園の彼岸花みてきたいが、まだ、暑いからな。
ま、体調次第ってことでムリしない。

はやく涼しくならないかなァ。
外に連れていったことのないレンズが2本、カメラが1台。
おんもに出たいと泣いてるよ。

 19912-f2.jpg

なにかと問題のJR東海のリニア新幹線。
静岡県も通るんだ。一応、地図の上ではね。
南アルプス貫通トンネルだから、その残土で渓を埋めるだけ。

おまけに、大井川の水源になっている南アルプスの地下掘るんだから、
その地下水がどこへいくやら、これは大井川水系各市町村には死活問題。
愛知県のええ加減知事が上から目線でいうことではない。

すでに山梨県では水源が涸れた地域もあるとか。
で、その補償は50年間で、そのあとは荒廃あるのみ。
だからこそ、ちったァ、開通遅れたって、しっかりせにゃいかん。

で、その残土処理場所が、
南アルプスエコパーク申請場所のなかだっていう。
こういうこと平気でやるんだよ。

いままで散々やってきて、
大規模な自然破壊して、生態系壊して、
それを、また、繰り返すんだよ。

いつのころだったかいったよね。
「せまいニッポン、そんなに急いでどこへゆく」ってね。
ほんと、東海道新幹線があるだろうにィ。

ここに一番ちかい駅は、飯田市の元善光寺付近らしいが
JR東海は地方駅なんかどーでもよくて、
東京←→名古屋を40分で走れればいいってのが本音だろ。

どっちにしろ,オレは木枯らし紋次郎。
「あっしにゃ,かかわりのないことで.........」
リニア開通までこの世にいるかそうかわからん。ほんとに。

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その元善光寺というお寺さんに興味があるんだな。
ひとっ走りしようと思うけれど、
中央道ちかくまで山道がけっこうあって躊躇ってる。

最後にいったのは亡き人とだったかしらん。
郡上八幡へいった帰りに、中津川から中央道へ乗り、
昼神温泉から峠をいくつか越え、奥三河から東名高速へでた。

あの頃は60歳代なかば、平気だったけれど、
いまは体力ないかも、っていうより気力がない。
三信遠を結ぶ道路を造っているけれど、これが遅々として進まない。

飯田線ごとごとっていう手もあるか。
なにに興味があるかというと、この「元」なのだ。
へそ曲がりごんべの琴線にふれるのだ,こういうのが.ねぇ。

善光寺といえば,牛に引かれて...... っていう大きなお寺。
かなりまえに放浪旅の途中で寄ったことがあるけれど、
そもそも、ここのご本尊は,元善光寺にあったものらしい

皇極天皇元年(642年)のこと、
勅命により本尊は芋井の里へ遷座され..... とある。
なんでも、難波の堀でみつかったご本尊らしい。

ご本尊さまは月のうちの半分は、
元の善光寺に帰られるのだそうで、
どちらか一方だけゆくのは片詣りといわれる。

元のほうにも、ご胎内巡りがあるっていう。
もっとも、閉所恐怖症のごんべ,10万円もらっても暗闇はイヤ。
100万円だと?? 脂汗垂らしてゆくかもしれない。

長野って好きなんだね。南信州はよくいってたし、
浜松市と飯田市も隣合わせになった。
秋が深まったら、途中までいってみようか。

南信州は、塩の道でつながっていたから、
方言なども似たものがある。
いま、静岡でほぼ絶滅の「ずら」は長野で生きている。

塩の道は、相良から信州へ市を運んだ道。
都邑までは、秋葉山詣での秋葉街道としての賑わいがあって、
秋葉神社以北は、細い山道が三州街道と合流するまで続く。

現存するところを歩いたことがあるが、
ビックリするほどの細道で、これを塩を担いで歩いたのだ。
むかしの人は大変だったと感じるけれども、翻ってリニアだよね。

ほんとうにリニアって要るのか。
自然破壊と引き換えにするほどのものなのか。
JR東海の横暴さをみていると、そう思う。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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みんな一生懸命に生きている - 2019.08.13 Tue

ぐたァ................. なんやの、この暑さ。うんざり。
気温は32,3℃、湿度80%。風はある。ま、熱風だな。
カーテンが孕んで、顔にかかって鬱陶しい。

洗濯ばさみと紐とバーベルもってきて重しをした。
ヨットだったら相当早く走りそうな風。
台風余波なんだな。雲が南西へ向かって走ってゆくよ。

あれぇ。網戸が風で開いていった。アハ。
こんなことってあるんだ。
このまえ、ぜんぶ張り替えて直してもらったからね。

もうダメだよ。ガマンの限界だ。
エアコン入れてよー。
このままじゃ、ぶっ倒れるゥ。

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最近のwebでデジタルタトゥーという言葉ができた。
つまり、一度webにアップしたものは、消しても消せない。
そういう意味。必ず誰かがデータを録っている。

で、「消したら増える」という言葉もある。
こりゃまずいと消したならば、
消したはずのデータがよけいに拡散するという現象。

愛知県の大村知事がかなり激しい言葉で発言していたが、
その一連のご自分の発言、掲載した写真のすべてを削除した。
これには関連した意見投稿も付随するから、削除すべきものではない。

まさか、webを甘く見ていたってことはなかろうが、
この期に及んでの全削除は、あまりにも情けない。
いままでならいざ知らず、最近は既存メデイアのほかにネットがある。

誰がどんな場合にどんな発言をしたか。
これが間髪を入れずにでてきて、その人とその人の周囲と、
思想が明らかになり、色わけがなされる。

ごく一般のわれわれが対象になることは、
そこへあえて飛び込んでゆかない限りないけれど、
わかりやすい反面で社会がどんどん狭くなってゆくようだ。

 19813-a1.jpg

またまたキッチンから魚を焼く匂いがしてきた。
「いいアジがあったのよ」
タタキにするか、焼くかというから、焼いてもらった。

あれぇ。魚が続くねぇ。
別にオレはそれでいいんだけれどねぇ。
で、聞いてみた。

「なんでだ?」
「あなたが喜べばそれでいいのよ」
なるほど。

 ←click  
 
4年も食べてるから、オレの舌もおペケナイズされてきた。
と、同時におペケの味もごんべ家に近寄ってきて、
ま、ちょうどいい味が出来かかっているんだな。

 19813-a2.jpg

まァ、このBlogだって、
すべてはおのれが生み出したものだから、
おのれが責任であるのはいうまでもないこと。

所詮はWebの世界に浮かぶ泡みたいなものなんだし、
削除したら、ま、95%は消滅してしまう。
ま、オレがごときをコピペ録ってる人もないだろうしねぇ。

googleにしばらくキャッシュは残っても、
これもいつしか消滅する。
で、あとの5%はなにかというとだね。

はからずも自分が撒き散らしたプライバシーの端くれ。
ま、これだって案ずることはない。
人の噂も七十五日っていう。

本人が思うよりずっとはやく消えてゆくわいな。
と、思っていたら............................
情報過多の現代は、情報を受ける側も発信するわけなのだ。

理不尽がまかり通るくらいに蒸し返す。消えないらしい。
Webの海に漂う泡 (あぶく) になっちゃうのだ。
つまり、こっちが消しても相手に付随して残ることもある。

それもこわい。
ゆめゆめ忘れることなかれ。
Webってものの正体をね。

 19813-f1.jpg

他人事じゃないのが、暇にまかせて広げたweb page。
オレがおっチンでしまうと、どうなると思う?
ノート1冊にパスワード管理しているが、おペケが全部を削除は不可能。

いま、放置されてWebの海を漂うゴーストページも膨大な数だとか。
1ヶ月に1回以上記事が更新されているブログは、全体の2割弱。
さらに、新規開設されるブログ数は毎月40万~50万だって、すごいねぇ。

パスワードに閉ざされた、そのうちの何割かは、
ゴーストページになって永遠とはいわないが、Webの海を彷徨うんだ。
そういえば、飯島愛さんのBlogが7回忌で削除された。

「飯島愛のポルノ・ホスピタル」がそれで、
最後のページには、その数5桁に及ぶコメントが入っていて、
削除されるまで増え続けていた。

彼女が召されたのは、うちの人とおなじ2008年。
オレは、とくに飯島愛さんの人となりを知るわけでもない。
デビューAVとギルガメでのTバックのお尻はみたことがある。

ただ、メデイアを通しての彼女には、ずっと好感をもっていた。
AVという世界からスターダムにのぼり、いつでも自分に正直に生き、
自分の居場所を見つけるために、一生懸命な人だった。

一生懸命に生きる、これなんだと思う。
だからこそ、若者の共感をよび、
Blogにコメントが絶えることがなかったのだ。

天国の愛ちゃんとファンを結ぶポストのようにね。
ちかごろの若者はなんていっちゃいけない。
みんな一生懸命に生きているんだな。

 19813^f2

飯島愛さんもそうだったけれど、いわゆる孤独死っていうもの。
オレはなにも畏れてはいなかったし、それも上等だと思っていた。
所詮人間は一人で生まれてきたんだ。最期だって一人でかまわない。

それをどう思うかは、それぞれの価値判断なわけだし、
だいいち、不幸の基準も人それぞれ、シアワセの基準だって人それぞれ。
こんなもん一概にいえるもんじゃない。

定年まで勤めきって退職金をもらい、
二世帯で住む家を建てて、
あァ、毎日がシアワセっていう人もある。

自分のやりたいこと頑張って,最後はボンビー独り住まいでも、
あァ、オレの生涯に悔いはないって人もある。
人それぞれだから、他人の価値判断はどうでもいい。

あァ、オレの人世おもしろかったァ。
目瞑るとき、そういえるえばいいんだな。
けっして負け惜しみじゃなくてね。

そういえば奔放一代の父親も、
死期を覚ったとき、オレの手の甲に、
爪がくいこむほど握りしめて、いいおいていったのだ。

19歳年下の義母をたのむとくどくどいい、
自分自身のことは、
オレの一生は、ほんとうに愉しかったよゥ.......... ってね。

 少しでも興味を持ったこと、
 やってみたいと思ったことは、
 結果はともあれ手をつけてみよう。

 幸福の芽は、
 そこから芽生え始める。

これは,父親の若いときの親友だった本田宗一郎さんの言葉。
工場が道を挟んで向かいあわせだったのだが、
あの時代の男たちは,自分の夢にむかって突き進んだのだ。

だから、愉しい人世だったよゥ....... といえる。
オレが、脱サラしたと報告にいったとき、
オヤジは頬に笑いを浮かべ、うれしそうにいってのけた。

 さて、おまえの人世をおもしろくするのは、
 これからだな。

おもしろかったといえるように生きてみろ,
頑張ってみろ。
それ含んだ言葉だったと思う。

いま考えてみると、あのとき、
オヤジは本田さんとおなじことをいったのだ。
ま、くどくどいうことはないか。

オレの人世それなりに愉しかったんだから........ 
あ、これからもね。
本人がそう思えればそれでいいってことだ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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父親は自覚と自信とに満ちて存在していた - 2019.08.04 Sun

暑くて、疲れ果てて、眠くて、早く寝てしまった。
10時には寝室へいったから、6時30分に起きても、
8時間はぐっすりこんこん。

今朝がた夢を見て、なんか寂しくて、
おペケはまだ眠っていたけれど、自分で珈琲注いで、書斎へきて、
ぼけぇぇ.............................................

昨日が月命日で、墓参りいってきたせいか、
久しぶり、ほんと久しぶりに亡き人の夢をみたのだ。
10年を過ぎると姿がないんだな。

10時に帰るからと言い置いて仕事にでていった。
あの人は結婚式場のプロフェッショナルだったからね。
10時を過ぎても帰らない。イライラしながら酒を飲んで待っている。

0時をまわっても帰らない。
これはなにかあったぞ。行動を起こさねば............
ってところで目が醒めた。

まだ、こんな夢を見る。
もう帰らないという夢を見る自分がいる。
これが、オレの心の片隅にあるんだな。

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お昼まえに丘の上にいった。
太陽が照りつけていたが、風があったので、
それがなによりだった。おペケの日傘に入って歩く。

妹の誰かがきてくれたようで、お線香が消えたばかり。
「お昼のパンがないから寄って....... 」というので、
帰途にコンビニへ寄った。

「今夜はコンビニ飯にするか」
「よければ............. 」

ってことで、久々のローソンご飯。
ファミマがちかいので、たまにはローソンもいい。
おペケは、ラクチンできて異存なし。

 ←click 

帰ってから、このクソ暑いのに書斎のデスク弄り。
窓が背後だと眩しくて、目が疲れる。
なので、窓を横にする位置にデスクをおいてみた。

「雰囲気変わっていいじゃない」
「地震がきたら、オレは本箱の下敷きだよ」

ぐらっときたら、居間へ逃げる。
これね。しっかりと頭へ叩き込んでおこう。
ムギュゥってのもイヤだからね。

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犬でも猫でも、幼いうちは可愛いなァ。
豆柴なんて、ころころしていて、まさに犬っころ。
腹を地面に擦りそうな、あの可愛い盛りはすぐ終わるけどね。

オレがNコロに乗ってたころ、うちにも芝犬がいた。
こいつ成犬になってうちへきたから、
気ばかり強くて、オレにもときどき反抗したんだな。

だから、あるときヤツの鼻っ柱をオレが噛んでやった。
おまえのボスはオレだからな、って。
それでも、認めたがらなかったね、あいつは頑固だった。

でも、弱点があった。車に酔うんだ。
そのくせ、海に連れていけとせがむ。
車のそばにゆくと、もうちぎれそうに尻尾ふってる。

なのにドア開けて「おいで.............」というと、ちょっと躊躇う。
走ってすぐだね。ほんとうに情けなさそうな顔して、オレに訴える。
窓開けてぇ........... って。

ウインドウをあけてやると、顔だけ外へだしている。
ときどきヒックヒックしながら海に着くと、
砂浜に転がり波と戯れて、愉しくてしかたがないって顔してる。

ひとしきり遊んで「帰るよ」っていうと聞こえないフリ。
「おいてくよ、もう」と窓閉めると、
しかたなく寄ってきて、「入れてぇ......」。

そのくせドアあけると逃げてゆく。
そんなこと2、3度するんだな、いつも。
最後に、ほんと情けない顔して車に入ってくるんだ。

テレビで柴犬見ていて、
タロウのこと思い出した。
オレが犬を飼ったのはアレが最後。

 1983-mm2.jpg

いまもむかしも離合集散は人の世の常。
これはイヤってほど知ってる。
縁があって人は出会い、その縁が切れて離れていく。

(えにし) っていうものはそういうもの。
このBlogでも、いくつかの縁に恵まれ、
そしていまは、そっと離れて見守る人もい。しかたない。

オレ、淡々としているよ。
人世には星の数ほどの出会いがあり、そして別離がある。
そういうもんだと、達観してしまった。

その間際は、じたばたし、狼狽え、なにかに縋り、泣き、笑い、
ま、お相手によっては、いろいろあるのはいたしかたない。
それが生きてゆくってことであるし、その試練で人は成長する。

が、個々人がどんなに試練を経験し、学んでも、
それは、その人のみのもので、試練は連綿と繰り返される。
人とはそういうものらしいなァ。

と、このごろようやくにして、
わかってきたような気がしなくもないこともない。
↑ いったい、どっちだァ?

 1983-mm1.jpg

オレの父親っていうと明治の終わりの生まれだから、
いまどきの父親像とは大きく違う。
でも、背中をみて育って、それなりの絆があったように思う。

昨今は、その父親をを殺めてしまうという、
心の闇をもった若者がいるし、そのまた逆もある。
なんで尊属殺人が多いのだろうか。憎しみは近いほど強いのか。

または、世間的には立派なポジションにあっても、
子供をコントロールできていない父親がいたりする。
オレには解せない。

オレたちが受けた父親の愛っていうのは、
ま、すくなくともオレたちが受けた愛ってものは、
現代の父親とはまったく違うものだった。

骨太で、黙ってしたがえば間違いないんだ。
そういう自信に溢れた背中を見せた。
あれってなんだったろうかと、つらつら考えてみた。

そこには、自分が男としての地位を確立すれば、
即ち家族はシアワセであるという思いが、
自覚と自信とに満ちて存在していたからだろう。

それは、家族にとって苦痛を与える反面もあるけれど、
それなり立派なものではあったと思う。
オレが思うには、もうひとつ大事なことがある。

そういう夫を敬い、ついてゆく母の姿なのだ。
すくなくとも、子供の前で父親を罵倒する母親はいなかった。
これは大切だと思う。

倅もまた、その背中をみて、善い悪いも学んだのだ。
そういう父親像が、いまの時代にそぐうかは別としてね。
この時代になって、失ったものは多いはず。

わが父親は反面教師であった。
おのれが味わった思いを、父親として子どもに与えてはいけない。
頑なに、この思いが心のなかに巣くっていた。

オレ自身は、生半可な父親でしかなかったが、
これは貫き通したと思っている。
いまでは、娘に説教される父親だけれど........

なんかしらん。いまごろになって、
あの父親なりの愛が理解できるのだねぇ。
あんた、いい父親だったよ、そういって酒酌み交わしたい。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

20chaplin_20190104115545e01.gif ゆあ・はっぴー?

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