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2018-06

いわゆるデジャブ、既視感っていうヤツ - 2018.06.20 Wed

灰色の空。いかにもっていう梅雨の空だ。
ま、しかたがない。梅雨期だもの。
毎日サンデー爺ィは傘さすのが面倒だから、ひきこもり。

来週火曜日までの予報は雨。とくに週末は マークだな。
さすがの最強晴れ女大明神も、今度ばかりはダメそう............
と、久しぶりの東京ゆきの天気は諦めムード。

ま、行動するときだけ小降りになると思うって、大明神はいってる。
信じるものは救われるっていうから、なんとかなんべぇ。
衣装も新調したことだし。

湿度87%はイヤだね。ジメジメ。
浜松の看護師殺人も主犯格自殺でうやむやになりそう。
まだまだ、なにか裏がありそうだが...........

三重のドンファンの件も進展ないし、世の中なんか憂鬱ばっかり。
唯一、昨夜のサッカー初戦の勝利が救いだな。
よくやってくれました。スカッと。

木梨憲武さんが勝つと予言していたのだな。
オレは2-1で惜敗と予想したが、こんなもん、当たらなくていい。
なんにしても、ありがとさん。

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 ↑ こんな空

三方原というとこの住まいから北だけれど、
オレの子供の頃は一面の麦畑、農桑高校の桑畑。
もっと北へゆくと、まさに開墾と呼ばれた赤土の原っぱだった。

赤土の台地だから水が問題なわけで、
ひとむかし前はポンプでの揚水が必要だった。
友人が家電屋だったのだが、これが揚水ポンプを扱った。

なので、家電は売れなくてもいい。
大型家電店がないころに、彼からとんでもなく安い価格で、
テレビやらなにやら買っていたのだ。

家康が武田軍に敗れた古戦場の三方原。
「みかたがはら」だが、オレたちは「みかたっぱら」という。
まさに「原っぱ」だったからねぇ。

満州開墾の人たちが入植して苦労されたようだが、
いまや家びっしりの住宅街。
その境目あたりのここの街道はいつでも渋滞している。

 ←click 

前フリがえらい長かったけれどねぇ。
「みかたっぱら」は馬鈴薯の産地なんだな。
赤土を改良して、男爵の美味しいのができるんだ。

それをふと思い出しておペケに聞いた。
「新じゃがはまだかぇ?」
「もうでてるよ」

「やってよ。去年はドライカレーでよく食べたよ」
あま〜〜い甘々娘トウモロコシもいまだよな。
美味しいものの季節になってきたよ。

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どうにもやりきれないときに、
世の中の理不尽さを感じることはあるけれど、
だからといって、そこから逃れることは難しい。

1日を思いきり生きて、疲れ果てて、ぶっ倒れて眠るしかない。
それしか、理不尽さから逃れる術はなかった。
悔いと寂しさとがないまぜとなり、その重さに疲れ果てて眠る。

もちろん、これでいいのか、おまえ、と悩む。
そんなときに救ってくれたのがネットの仲間たちだった。
共通点は、かけがえのない人を失ったってこと。

ジタバタしながらも、
お互いを客観的に眺めて、言い合える仲間たちだった。
あれは、ありがたかったと思う。

おペケが「みなさんは、どうしているのかしらん」というから、
手がかり求めてみたが、まったく消息はつかめなかった。
ま、それでいんだな。心のなかに秘めておく。

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小柄なおペケがいつもいう。
この街には大きい人が多いってねぇ。
男も女も、背丈も恰幅もよくて、とにかく圧倒されるってね。

気にもしていなかったが、そうかもしれない。
端的にいえばメタボが多い。
浜松医大のセンセが理由のいくつかを書かれていた。

気候が温暖で日照時間が長い。やっぱりこれ。
明るくて、屈託がないからねぇ。
これがあるから、のんびりした気質なのだ。

誰彼なくはなしかける。
話好きだ、とおペケが感じているらしい。
引っ込み思案はないかもね、開放的のお人好し。

だからかどうか、特殊詐欺の被害が多い。
もう人を信用する。
困ってると放っておけないのだ。

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浜松医大のセンセがいうことに、
就労率が高く、高齢者の社会参加が活発。
市内には企業の数が多く、経済的に落ち着いている。

世界ブランドの企業がいくつかある。
それを支える中小企業がある。
古くから東西の文化が行き交う東海道筋に位置している。

たしかに、好奇心旺盛で社交的な市民性だね。
高齢者になっても、邪魔者にならないってのが大きいだろう。
だから、健康寿命が全国でも上位だし。

明るくて、屈託がなくて、よく食べる。
それで大きくなるのか?
あまり実感はないけれど、政令都市のなかで幸福度1位。

シアワセか?
うん。そう思わなくちゃねぇ。
ただし、健康保険料は高い。高齢者が多いからねぇ。

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いつだったかなァ。
相棒ごんたクンとどこかへいった帰りのこと。
フロントガラスの向こうに入道雲があった。

「夏らしい雲だねぇ」と彼がいい、
「そうだな..................」とオレが答えた。
あ、どこかで見たな。

いわゆるデジャブ、既視感っていうヤツ。
体験したことがないのに、いつか視た光景だと感じる。
わりと、こういうのがある人だな、オレ。

外に布団を敷いて寝る夢をずっと見続けた。
それと同時に、城郭から燃える街をみおろしている夢も。
なぜか50歳を過ぎて、この両方とも見なくなった。

これは夢のなかの既視感。
長年見続けたのはなぜだろうか?
外へ布団を敷く夢は、たぶん、幼いときの東海地震のトラウマ。

城郭から見下ろす故は、ひょっとしてオレの前世は、
会津の白虎隊員だったのではないかと思ったりしていた。
で、あるとき浜松城の一角で既視感があったのだ。

あ、ここから城下を見下ろしたことがある。あれだ。
オレが長いこと見続けていた夢はここだった。
ここでの戦といえば三方原合戦だな。

オレは三方原から命からがら逃げ帰った徳川の兵だったのか。
既視感というのは、体験したことのないものいう。
が、作左曲輪の一角で感じたのは、不思議な感じだった。

やっとここに辿り着いた、そういう安堵感があった。
スピリチュアル感覚なんぞ、まったくもってないオイらの、
勝手に脳内夢想が展開する戯れ言だけれどね。

だいぶまえ、どこへいったのか、
おペケと赤電の踏切でチンチン、電車の通過を待っていた。
あ、いつかあった光景だな、これが蘇った。

これはデジャブではない。
オレの心の隅にこびりついたもの。
そう、あれは亡き人とどこかへいった帰りだった。

赤電の踏切越しに見た風景だったような気がする。
なぜ、憶えているかというと、
「わたし、いつまで傍にいられるかなァ.........」

と、独り言のようにあの人がいい、
オレはチンチンと鳴る警報で聞こえなかったふりをした。
それが蘇ったが、おペケにはいわなかった。

ここまで生きてくると、この脳内には相当量の記憶が詰まっている。
消えかかったり、奥のほうへ押し込められたり、
なんかの拍子で、その奥のほうとつながってみたり。

それが実体験であるのか、デジャブであるのか、
わかっているうちはなんとかなる。
見境つかなくなったら、それは認知症なんだろな。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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何もせずにいればそれでいいのである - 2018.06.13 Wed

曇りがち、という天気。青い部分より白い部分が勝っている。
梅雨前線はだいぶ沖合にあるので、今日明日は晴れ。
なんか空梅雨の様相だが、こういうときは集中豪雨があるんだな。

昨日は静岡で32℃、浜松で30℃。いずれも山間部。
そうだな、わが家の室内でも28℃はあったから、
空気に、もわァという夏を感じた。

といって、ベランダと書斎の窓を開けると風が吹きぬけ、
たちまちメモ用紙がパラパラ散らばり、頭髪は逆立って始末におえない。
だから、体感温度は30℃という感じはなかった。

こうなってくると「冷やし中華はじめましたァ」の季節だな。
オレ、ラーメンより、こっちが好き。
昨日の昼は、「マルちゃんの冷やし中華」を作ってもらった。

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うまかったァ。いいね、これ。また買っておこう。
ピ○ゴ内に「すがきや」があって、ここの冷麺が大好きだった。
ここへ越してきて最初の夏だけで、撤退してしまって残念。

静岡の人が「さわやか」に特別の感情を持つのといっしょ。
東海地方の人は高校生くらいから、
なぜか「すがきや」に親しみがある。

 ←click 
 
部活返りにちょっと寄るとか。
延び盛り食い盛りの若者の腹を安く満たすからね。
オレもおひとりさまのときは、けっこうお世話になった。

おひとりさまのランチってしにくいんだな。
地方では、お一人様席ってすくないしね。
なので、イ○ンやセー○ーのフードコーナーへゆく。

なんか違和感がない。
っていうか、疎外感がないんだな。
1人ってのは、けっこう気を遣ってめし食ってるんだ。

昨日のおペケ冷やし中華はいい出来だった。
ごまだれがなんといえず...........
ありがと。

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ちかごろ、ブーメランという言葉をよく耳にする。
つまり、自分の発した言葉なり文章がぐるっと一周まわって、
わが身を責めるというか、舌禍となって戻ってくること。

政治家がいった言葉がしばしばブーメランになって、
世間から指摘され、人には厳しくて自分にはアマいのか、
と責めたてられるが、めったに責任はとらない。

ひるがえって、オレたちブロガーだってそうなのだ。
不用意に書いた言葉に苦しめられるのはよくあること。
かくいうオレだってなんべんかある。

オレは、指摘されたらとりあえず素直になる。
詫びるべきは詫びる。これを基本にしている。悪ければば詫びる。
それでもなお、責め立ててくるおかたがけっこういる。

それが、あまりにも理不尽な域まで達すると、
わが身というか、ハートを守るために、点火せざるをえない。
ま、ちかごろは燻って逆噴射にまでは至らない。

だからといって、
無難なことばかり並べていてもおもしろくはない。
それなりに覚悟はして書いているつもり。

だいたい、逆噴射すると、その人なりが見えてくるんだねぇ。
岡目八目傍で見ている分にはおもしろいが、
まァ、ネットの基本は原則スルー。逃げるが勝ち。

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そりゃァま、人それぞれに、
その人なりの「絶対的価値観」をもっているわけで、
それはすなわち自分だけの尺度なのだ。

だから、それをもって他人を測られてはたまらん。
人付き合いに成熟していない人もいる。
とくにシニアの分野だと、それがあるようだ。

自分が潰れるだけでなく、他人まで巻き込む人がいる。
そもそも、そういう意識がまったくない人までいる。
いうだけいって、ブーメランがいやで、コメ欄閉じてしまう。

そのくせ、思惑を押し付けて、ねじ伏せようとする。
あとには虚しい思考砂漠が残る。
こんなところを上手に泳ぐ方法は、たぶん、ない。

そなんななかで心の均衡を保つなんてことは至難のわざ。
だから、逃げるが勝ち.......... しかない。
すたこらさっさと逃げて、貝になっていればいい。

そりゃァ、誰しも承認欲求はもっている。
でも、そんなもの、ネットのアブクなんだな。
軒先までいかないうちにパチンと弾けて消える。

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呆れた顔で「また、レンズ買うの?」とおペケがいう。
オイらもおペケも、宵越しのカネはもたねぇってタイプだから、
いろんなものけっこう買うからねぇ。

お互いに一言だけ報告する。
で、あとは「別に、お好きにしなさいな」ってこと。
毎日の「ふたりの暮らし」が快適なら、それでいい。

2人あわせて、いうほどのボンビーでもなし。
このへんの感覚は、2人ともぴったりと合致するんだな。
コガネモチの経験はある、ボンビーも知っている。

所詮中途半端なコガネモチくらいだから、
オオガネモチの気持ちがなんともわからない。
が、「宵越しのカネはもたねぇ.......」という快感は充分に知ってる。

50億あってもシアワセかって思う?
2人とも波瀾万丈というほどでもないけれど、
栄華のてっぺんと、没落ボンビーどん底の両方を知ってる。

これは、まことにありがたい体験なのだ。
「どうせ天下のまわりもん............. 」と開き直っていられる。
おペケも似たようなものだから、そりゃァま強い。

どうせ天下のまわりものだけれど、 
これからの老い先は、決まっただけしかまわってこない。
それだけの覚悟をもっときゃいいんだ。

そこだけ、そこんとこ肝心。
2人でイケイケにならぬよう一言だけいい合う。
現状把握をしあう。

貧すれば鈍するっていう。
どんなに、才能や徳をもったお人でも、
生活に窮すると、せかっくの才能が発揮できないってこと。

でもねぇ。
ほんとの大金持ちは、カネによって愚鈍にはならない。
ますます賢明で、ますますオカネが集まるのだ。

これが、ごく普通の世間ってものだな。
ま、オイらがなにをいっても、
所詮は中途半端貧乏人の遠吠えだからやめとこ。

でも、いくら始末したってもっちゃいけないんだ。
多少のイケイケで日頃の生活が活性化アクティブになれば、
それでいいんじゃないかと思う。

 ケチであるためには、
 根気も若さも健康も必要ではない。

 また収入を貯蓄するには少しも急ぐこともいらず、
 身体を動かす必要もない。

 ただ自分の財産を金庫に入れておいて、
 食うや食わずにしていればいい。

 これは老人に都合のいいことだ。
 何もせずにいれば、それでいいのである。

これで、なにがしかを誰かに遺して、
おっちんでいって、
なにがシアワセといえるんだろうか??

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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きゃ~るがなくんで雨ずらぁよ - 2018.06.12 Tue

まァ、ええ天気じゃのー。まさに五月晴れじゃァ。
なんで6月半ばなのに五月晴れ? ってことだが、
この言葉もできたのが旧暦の頃だったから、昔の5月は梅雨真っ只中。

梅雨の晴れ間を「五月晴れ」というわけで、ややこしやーだね。
でも、新暦になって100余年、ま、5月の空をいってもイイかとされる。
だからね。今朝の空みたら。ほんとの五月晴れだねぇ。

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一点の雲もない。気温は27.8℃。
居間と書斎の窓を開けたら風が吹き抜けて、
Tシャツ短パンでは寒いくらい。

シンガポールの米朝の握手を観てきた。
なんか、昨日今日とニュースがありすぎって感じ。
オレにとっては、ボクシング先輩の袴田巌さんの再審が重大関心事。

高裁が認めなかった。これはショック。
弁護側が用意した新証拠、新たなDNA鑑定を一蹴したわけで、
多くの謎をこれまでの時間かけたのに、こういう結果というのは不可解。

しかし、直ちに袴田さんを収監しないという。
ま、それは拘禁による精神不安定が未だ抜けない袴田さんには、
ありがたいことだが、ま、高齢ゆえに曖昧なまま...... という思惑がみえる。

浜松市民の大半は袴田さんを支援している。
しかるに被害者の側には支援がなかったとの記事があった。
それは、周辺の方々が手をさしのべることではなかったのか。

理不尽はどちらにも降りかかるもの。
どうにも、やりきれない高裁の判断ではあった。
すっきりしない。

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カレーとラーメンはしばらく食べないと欲求がわく。
食いてぇ......... って渇きがあるんだな。
で、浜松っこは、これに餃子が加わるのだ。

昨夜は、予告なしに餃子がテーブル上にあった。
そろそろと脳にどこかに、
餃子の二字があったからうれしいヮ。

 ←click 

餃子は浜松人のソールフードだからねぇ。
ソールフードとはアフリカ系アメリカ人の魂といわれ、
引き継がれてきた料理という意味だそうな。

で、いまどきは浜松人のソールフードだという、
使われ方をするわけで、ま、それほど大袈裟じゃないけどね。
ただ、一定期間をおくとなぜか渇望する食べものではある。

三方原台地にバイパスがある。
これの北端の別称を「満州道路」という。
満州の道路のように、大地を一直線に貫いていたからだ。

満州開拓の夢破れ、帰国して三方原台地に再び入植した方々の目に、
この道路に満州の風景が重なったに違いない。
浜松餃子のルーツはここにある。

満州帰りの一部の人たちが、
豚とキャベツの産地であることから、満州仕込みの餃子を商った。
奇しくも、宇都宮餃子のルーツも満州にあるらしい。

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今年の餃子消費日本一の座は宇都宮にわたった。
かなりの差で、浜松は2位に甘んじた。
さもあらんと思ったのだな。

熱しやすく、冷めやすい。
これが浜松人でもあるからね。
1位になったら、そこで終わってるのかもしれない。

常に前進を求める。
が、一定の評価を得ると冷める。
というか、興味がほかに移ってゆく。

ま、これを「やらまいか精神」という。
つまりは先取の気風だといい、県庁所在地でもない、
大都市の周辺でもない浜松が政令都市でいられる所以がこれ。

どんどん先へ向いてゆく。
ゆえに世界的企業を輩出するが、いってみれば田舎都市である。
大好きだけれどねぇ、オレ。

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オレが肉っていえば豚なのだが、おペケの肉は牛だ。
これって、考えもしなかったが、産地との関わりなんだな。
浜松には遠州豚があるが、著名な牛肉はなかった。

牛は松坂だし、飛騨なのだねぇ。
鶏は名古屋コーチンか。養鶏は盛んだった。
それと、郊外には豚小屋がけっこうあった記憶がある。

しかるに、おペケの秋田には由利牛があり、お隣は山形牛。
比内地鶏もあるしね。
食習慣ってね、知らない間に産するものによるんだな。

最近はおペケも豚肉を食べるようになった。
美味いというようになった。
オレも牛肉に馴染みがでてきた。そういういうもんだ。

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秋田といえば秋田音頭だねぇ。
秋田名物八森ハタハタ、男鹿では男鹿ぶりこ。
が、有名だけれど。

 秋田の名所 海では男鹿島 山では鳥海山 
 田沢の緑に 十和田の紅葉 絵かきも筆投げたァ

なぜか静岡には民謡が少ない。
気候温暖、常に歴史の表舞台ということでは、
切々たる歌はできにくいのかもしれない。

なかでも、下田節が好きだな。
伊豆半島を越せない風待ちの船が、港に長逗留する。
そこには女性もいるわけで..........

 伊豆の下田に長居はおよし 縞の財布が輕くなる 
 下田の沖に瀨が四つ 思ひ切る瀨に 切らぬ瀨に
 取る瀨に遣る瀨が ないわいな

きゃ~るがなくんで雨ずらぁよーの囃し言葉で有名な、
「ちゃっきり節」があるけれど、
これは昭和初期に北原白秋が作詞した新民謡だからね

歌はちゃっきり節、男は次郎長♪ と歌われるが、
現静岡鉄道のCMソングだった、というから、
時代の最先端をいったんだね。おもしろいもんだ。

歌謡曲だと、かのディックミネさんが歌ったヒット曲で、
「清水港の名物はお茶の香りと男伊達ぇ............」だね。
つまりは、清水湊といえば次郎長さん。

オレたちの年代だと、
東映のシネマスコープ画面に登場する片岡千恵蔵あたりの次郎長。
小便臭い場末の2番館で、時代劇三本立てに見入ったもんだ。

次郎長さんはただの博徒ではなかった。
慶応四年八月、榎本武揚の率いる威臨丸は官軍の軍艦に追われて、
品川沖を脱出し暴風に流されて清水湊に入港する。

これを追って官軍がくる。
その刃に掛かって二十数名の旧幕臣が戦死した。
ところが新政府に憚って誰一人その死体を弔おうとはしない。

巴川の浜に放置されたままを観て、
たまりかねたのが侠客次郎長こと、山本長五郎さんで、
子分たちとともに兵士の死体を丁寧に葬った。

感激した山岡鉄舟が「壮士の墓」という墓銘を書く。
これを機に博徒次郎長親分の人生は変わっていくんだね。
西郷の江戸入りに尽力したとか。

やがて維新となり、失業武士を集めて、
富士山麓の開墾に着手し、「次郎長新田」の名を残す。
維新になって苦労した武士たちのはなしは、県内にも数多い。

先日書いた深蒸し茶のルーツも、
元武士たちが入植して茶畑を開いたというはなしにつながる。
三方原台地の開拓も元武士たちが苦労したという。

維新の裏側には、北の大地をはじめ、
こういうはなしがいっぱい、いっぱいあったのだ。
オレんちのルーツも、相模の食い詰め武士だからねぇ。

てなわけで、とりとめもなくオシマイ。
ほなあした....................

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案ずるな、なんとかなる.......... - 2018.06.08 Fri

明るい曇り。青い所もみえる。予報は午後3時頃から雨なのだ。
天気図みたら、高気圧が梅雨前線押し下げているが、
これが移動して前線が北上してくるのだな。わかりやすい。

今日の予定は午後2時に歯医者。
最強晴れ女おペケ大明神といっしょだから、
それまでは大丈夫だろ。たぶん。

歩いて100mくらいのところに歯医者がある。
けっこう流行ってるようで、混んでいて
いれてくれる歯は、なんかごっついが頑丈でしっかりしている。

ということは、いまある歯をかなり削ってブリッジなんぞするから、
この土台がダメになったらどうすんの? って不安もある。
この周辺は歯医者と美容院が多いのだ。

おペケは今度の治療が思うようにならなかったら、ほかに換えるという。
とにかく歯っていうのは、生きてくために食べる、
愉しく生きるために、美味しく食べるって根本だからねぇ。

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 ↑ サボタは今夜咲く??

おペケの姉上から「故郷の味」が届いた。
オレねぇ。山菜のなかでは唯一食べられるものが、
根曲がり筍なんだけれどねぇ。

それを送ってくださった。
さっそく皮付きのまま焼いてもらって食べた。
ま、1年に1回くらいはおいしいね。

 ←click 

おペケにとっては慣れ親しんだ故郷の味だから、
もう、たまらんって顔して食べていた。
茄子の飯漬なんて漬け物だが、オレはしらんぷり。

1パックくらいは我慢してあげないとね。
ただし、傍へきたら逃げる。
しばらくは、すたこらさっさと逃げるんだな。アハ。

茄子の飯漬にちまき、故郷は遠くにありて、
故郷の便りをありがたく食らう。これ至上のシアワセなり。
気持ちのリフレッシュだな。

オイらも都会生活で、
シラスに恋い焦がれた経験があるからねぇ。
故郷とはありがたいもの。
 
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 ↑ 「故郷」が届いた

ちかごろは、あちこち筋肉落ちてしまって、
スタミナもそれほどのこたァない。
だからこそ、のんべんだりんのマイペースが、いちばん。

けれども、性格がそうはさせない。
だいたいが、せかせか、きょろきょろ、ばたばた、とっとこ。
こういうのを「せっかち」という。

そのむかし、カメラのオフ会にいって、
みなさんの風景写真のなかに、
オイらが写り込んでるのが多いといわれた。

なんでか? というとだね。
まっさきに、とっとこいっちゃうのは、
ほかでもないオレなのだ。

せっかちっていうのは、
「この先にもっといいものないかしらん?」
いつもこう思ってるわけで、好奇心の塊がとっとことっとこ。

わけわからんんものに、
いつまでもとらわれてるのがキライ。
この先にもっともっといいもんあるんじゃないか?

いつもそう思ってる。
ま、せっかちの言い訳みたいなもんだが、
おペケも案外とそうだから、イライラしないですむ。

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オレは閉所恐怖症。狭いところがめっちゃ怖い。
なにかのトラウマ抱えている。
考えてみれば,思い当たる節があるにはあるのだ。

ひとつは天竜川に流されて、沈床の脇から本流の渦に呑まれ、
真っ暗な底にひきこまれ、溺死寸前のときの恐怖の記憶。
これは、股より深いところの水が怖いっていうトラウマも伴う。

あとひとつは防空壕の闇。
これには、しっかりとした記憶もある。
戦争中の浜松はB29のホームタウンといわれていた。

これがなにかというと、浜松には軍需工場が集中していたので、
どこかの都市に爆撃にいったB29爆撃機が、
爆弾をのこしてきて、帰路に浜松へ落としていったらしいのだ。

この恐怖がひょっとすると、オレの閉所恐怖症につながるかもしれない。
年端もゆかぬ幼子の戦争体験は得体の知れぬ虫の這いまわる防空壕であったし、
時間かまわず起こされて、脇に抱えられて入った闇の空間だったと思う。

あの闇には、夜空に不気味に鳴り響く空襲のサイレンがついてくるし、
夜の空を這いまわる探照灯の灯りも恐ろしいものだった。
ある日、防空壕にいると途轍もない音と地響きがした。

警報が解除になって外へ出たら隣家が家ごと吹っ飛んでなかった。
防空壕にいてみんな生き埋めだってよ、そんな話をバァちゃんがした。
震災と津波でも、こういうトラウマを背負った子たちがいるはず。

オレの狭い所が怖いという心の不安は、
恐怖をやりすごす防空壕の真っ暗闇に凝縮されている。
あのときの怯えが半世紀以上を経てもなお、オレを苦しめる。

かの戦争や、震災もしかり、自分の主義主張にすりかえて、
世の中に広めようという輩がいる。
オレはけっして右傾ではないけれど、そういう理不尽は許せない。

 1868-a1.jpg
 ↑ 昨日夕焼け

西洋にはこういう言葉があるらしい。
「神は乗り越えられる試練しか与えない」
ま、牧師さんがいいそうではある。

一休禅師はこういってるそうな。
「大丈夫心配するな。なんとかなる」
禅の教えでは、のほほほんとしておれというのだな。

ときには、ぺしゃんこに潰れてしまうけれど、人間って強い。
人間には忘却というシステムがある。
流す涙粒の数だけツライ部分が洗い流され、愉しい記憶だけが残る。

オイらがあのさなかに、ある先輩にこういわれた。
まだツラサに苛まれるならば、涙の数が足らないのだ。
もっともっと泣きなはれ......... ってね。

月命日参りの帰りに寺の方丈へ寄ったこともある。
どうすれば、この「なにかをしてあげたい」との、
いたたまれない気持ちがおさまるのか、と和尚に聞いたのだ。

そうしたら、写経帳をくださった。
「無心で書きなさい」ってね。
帰りに文房具屋へよって筆と墨汁を買った。が、ひとつ忘れていた。

で、いざはじめたら、2枚ほどであまりの悪筆ゆえに、
「なんじゃい、これは.............」と笑いがこみあげてきて、
大笑いして挫折したのだが、それでかなりラクになったのだ。

そう、オレは生来の悪筆なのだ。
小学校の国語の時間の参観日にバァちゃんがきて、
のぞき込んだ書き取り帳の字の汚さに情けなくなったという代物。

 おまえの字はなんだ。
 めめずだって、もっと上手にのたくる。

そういってバァちゃん笑ったが。
オイらは、うまいこというなァ.............. と感心していた。
ま、あれよりは多少は字らしくなったけれどね。

で、原稿用紙へ2Bの鉛筆で書き殴る商売になったら、
また字がおかしくなった。
書く速さを尊ぶから、「字のようなもの」なのだな。

だからね。
自分のマスからはみ出た般若心経の字をみて、大笑いし、
なにか胸のつかえがすっと落ちたのだ。

そこだよな。
案ずるな、なんとかなる。
一休禅師のいうことがすこーしわかったのだ。

刻の経過は辛さを和らげるクスリ。
いまを和らげる特効薬はぐ〜〜すか寝てしまうこと。
眠って起きればれば、そこに明日がある。

眠るまえに、明日の朝がくるのを愉しみに想う人は、
シアワセなんだっていう。それほどに思ったことはないが、
明日という日がいつも愉しみなのはたしかだ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

20chaplin_20131128081945c5b.gifゆぁ・はっぴー?

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苦虫かみつぶしたような難しい顔? - 2018.06.04 Mon

午後から丘の上にゆくつもりが、頭痛がやまなかった。
一昨日の気温が低かった日に鼻風邪をひき、
それが鼻炎を誘発したらしいのだ。

「ムリしないで..........」
「そうするか」
ってことで、おペケだけがでかけることになった。

まずお寺へいって、そこから彼女は駅にゆき、
オレは「家康祭り」を覗きにゆく。
そんな予定だったがオレだけキャンセル。

今月の後半に彼女は東京へゆく。
親友のなんとか婚式のお祝いに招待された。
駅で切符買ったあとにデパート寄ってくるらしい。

オレは鼻炎薬飲んでたちまち眠くなって、
何時間かして目覚めたら、まだ、帰ってきていないぞ。
女性って凄いよな、デパートで2時間も過ごせるんだからね。

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  ↑ 昨日の夕景

電話が鳴った。夕方6時だった。
「いまからデパ地下へゆくから、なんでもいい?」
ま、これがストレス解消になるなら............

寿司と餃子を買ってきた。
包み紙をみて「あれ、懐かしいねぇ」
若いときによく通った店だった。大将は元気だろうか。

あの頃は焼き鳥屋で、常連で作っている草野球チームに、
オレもはいっていて、なにせ甲子園ピッチャーを擁していたから、
連戦連勝で相手をしてくれるチームがなくなっちゃった。

 ←click 

それと浜松餃子。
ちょっと浜松餃子らしからぬ餃子で、それが美味かった。
浜松餃子の定義は、餃子を提供して3年の実績があればいい。

だから、レシピの縛りはなくて、
餃子学会の規定を充たしていれば、浜松餃子として認められる。
だいたいは皮が薄くて、キャベツが多い、いわゆるジューシー。

昨夜食べたのは皮が厚くてもちもち。
大きめで肉の多く具がぎっちり詰まっていた。
たまにはこれもいいね、ってことで2人の意見集約。

 1864-a5.jpg 1864-a6.jpg
  ↑ 昨日の夕景

10時まではテレビみていた。
なにをみていたかはおぼえていない。
オイら専用ソファーにずんぶりハマって半分眠っていた。

そうか、DASH島みていて、
カタツムリの料理が気持ちわるくて、チャンネル換えたんだ。
オレはナメクジも大きらいだからね。

それで10時頃に辛抱たまらずベッドへいった。
目覚めたら6時。偏頭痛はとれていた。
いったんは書斎にいったが「寝る」とベッドへ戻った。

次に起きたら8時30分。10時間ちょっと眠ったか。
さすがに寝足りた感じ。
頭はぼぼけていて、なに書いてるかわからん。

月命日参りは、オレの約束事だから、
これが終わったらおペケの運転でいってこよう。
眠いねぇ。

 1863-f1.jpg
 
愉しく暮らす。これはシニアの基本だーな。
われわれは老人は、サンデー毎日であるからにして、
苦虫かみつぶしたような難しい顔していたってしゃーない。

この、苦虫かみつぶしたような............. って体験が?
あ、思い出した。オイらが食い過ぎて腹痛いっていうと、
真っ黒な板状のもの、バァちゃんがもってきて飲めっていう。

いやァ苦かったな。あれなんだった?
ダラスケ? 御百草? 熊の胃? 記憶たどるとこんなのだよな。
ググった。あったね。陀羅尼助ってこれだな。

なんせ苦いから、イタズラあとのお仕置きみたいなもんだ。
だから、少しばかりの腹痛は黙ってるゥ。
ありゃァ、ちょっとまわり道くねくねだったね。

自分を愉しく、まわりも愉しく。これだね。
もちろん、パートナーとはいつも笑って暮らす。
おペケも笑っていたいという。オレだってそう。

昨夜の寿司も、どっちがどっちを食べる?
そんな他愛のないことやりとりして、結局は半分っこ。
おペケはそもそもこういうご飯は食べたことのなかった人。

オイらは、単身生活からおひとりさまと、
こういうもんで、大袈裟にいえば、ここまで生きてきた人。
だから、半分はこういうものでいいよ、というのだ。

「美味いんだね」とおペケがいう。
「あたぼうーよ」とオレ。
ま、その余った時間はほかにまわせばいいのだ。

 1863-f4.jpg

オレは、全身これ好奇心の塊で、幼少よりここまで生きてきた。
次から次へと興味の対象をみつけてくる。
だから毎日愉しい。

あるシニア女性が、毎日おんなじことの繰り返しで、
これでいいのかしらん? と思い始めて、そんなこと吐露していた。
たしかにそう悩むかもしれないね。

日々変わらない。それも考えようによってはシアワセのひとつ。
でも、その枠のなかで、人世の喜びをもつってのは自分次第でもある。
自分で見つけなければ、向こうからはやってこない。

ときどき覗きにゆくブロ友にもいらっしゃるが、
湿っぽいことや愚痴、これっぽちもいわず気持ちがいいんだな。
人世謳歌していらっしゃる。

実際にはどうであれ、裏側はこれっぽっちも見せない。
はっきり申しあげれば、
覗かなきゃよかったってブログもあるわけで、それを貫くのはご立派。

オイらも自分を愉しく、まわりも愉しく。そう改めて思う。
きてくださるかたがあるうちは、努めて明るく、
この「てんちゃら.......」を頑張って書こうと思う次第。

むつかしい顔してたってしゃーないよ。
なるようにしかならない。
あの、楽観主義論のアランがこういっている。

 われわれは現在だけを耐え忍べばよい。
 過去にも未来にも苦しむ必要はない。

 過去はもう存在しないし、
 未来はまだ存在していないのだから。

モノは考えようってことだな。
耐え偲ぶってってのもつまらん。だから笑うんだ。
箸が転がっても笑うんだ。

オレが独りで暮らし始めたころ、
炒飯つくって食卓までのわずか3歩で手がすべって、
床にひっくりかえして呆然としたことがある。

それを拾い集めて始末しているとき、自然と笑いがこみ上げてきた。
たしかに情けなかった。でも、どうせ自分で始末するんだ。
笑おうと思った。泣くがいやさに笑って候。

ただし、こういう説もある。
笑いを抑えられないってのは、自分の感情をコントロールできないってこと。
感情をコントロールする脳の機能障害が疑われってね。

人の感情は脳の偏桃体という部分が司る。
この部分に機能障害が起こると、感情をコントロールできず、
怒りっぽくなったり、過剰に泣き叫んだり、情緒が不安定になる。

そんなオレをみて娘がいった。
「いま、おとーさんは普通じゃないから.............」
壊れかけていたかもしれないな。

けれども、泣き叫ぶよりは笑うほうがいい。
他人がみるとおかしいかもしれないから、引きこもって、
お笑い番組ばかり観て笑っていた。

いまはもう、そういう背景はないけれど、笑うんだ。
いま現在を笑って過ごす。
過去はもう存在しない。未来はどうなるかわからない。

案じるよりは笑え。
そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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