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2017-10

てんやわんやが続くゥ - 2017.10.17 Tue

今日も雨。気温は203℃と低い。
昨夜、スーパーへ、半袖Tシャツで汗かきながらいった。
なんと、レジの並んでいる前の女性はマフラー巻いてたよ。

別に恥ずかしくはないが、1人半袖で汗かいてた。
病院から10分ほど歩いて、その延長だったからねぇ。
これは痩せるかもね。オレのほうが............

疲れ果てて10時にベッドに転がり込み、なんとも3年ぶりに、
隣のベッドが空っぽという感慨を味わうまもなく眠ってしまった。
アハ。10 日間がんばるゥ。

今朝は6時に起きて、病院へもってゆくもの、どこにあるやら???
やっと下着を見つけて、なんだこんなとこか。
歯ブラシ、サンダルなど、ぜんぶ揃えるのに3時間かかった。

すぐ下の妹も、おなじ病気で、おなじ病院の耳鼻科へ入院したので、
相談してみたら、もってゆくべきもの、男では気がつかないもの、
教えてくれたので、それもなんとか揃えることができた。

元の木阿弥というか、任せっきりになっていると、
よもやの今回のようなときに困る。さっぱりわからない。
すこーしだけ反省して、参加してゆこうと思ったが、さて??

娘がいうのだ。
すこし働きすぎなのよ。もっとサポートしなさい。
うん、そう思う。

疲れていたところへ、急に寒くなったからね。
ま、10日間はなにもしなくていいのだから、ゆっくりしてもらおう。
またまた、期間限定おひとりさまでございますよ。

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10時に娘がきてくれて、まず病院へいって、頼まれたものを渡し、
まだ足りないものを病院の売店で買い、さらにメモをして、
それから区役所で特定疾患の申請をし、ついでに事前選挙をしてきた。

突発性難聴は静岡県の特定疾患に指定され、
一定額以上の支払いは県が補助してくれるといい、
なんかしらんがめんどうだが、ありがたいこと。

難治性であって、その原因究明、治療法の開発等を目的として、
公費負担を行うという主旨らしい。
うちあたり2人とも罹ったのに、症例が少ないってほんとかしらん?

それから、入院保証人の書類を書いてもらうために、
娘のいえまでいって、お昼を食べながらお姑さんと話し、
また家まで送ってもらった。

ま、病院にいる人もタイヘン。
留守番もタイヘン。
健康でないといけません。

娘にもいわれた。
「もっといたわってあげなさい」
反省をちょっとだけして、分担をすることにしたが、さて???

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完全看護。面会時間厳守。
2時からなので、明日も散歩のつもりで歩いてゆく。
で、洗濯機まわして、食器洗って...........

1人でいると寒いなァ。
こんなんで9年近くもいたんだなァ。
「1人よりは2人がいい」ってのはしみじみ。

そういえば、お昼はセブンイレブンのサラダ麺を食べた。
うまいんだな、ひさしぶりだとねぇ。
晩用にも、サラダ買ってきたし、おひとりさま生活蘇るね。

明日あたりからは、ご飯炊いて、なにかつくろうかな。
ちょっと張り切っていたりする。
でも、娘からのアドバイス。

「完璧にやっちゃダメよ。
 あれ、あれぇって部分も残しておかないとね」

なるほど。わかる気もする。
ふふゥ。
洗濯機まわしながら 笑ったのだった。

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さっきから押し入れ開けてごそごそにやってる。
さぶィんだよね。
炬燵布団だそうかと思って....................

炬燵の布団屁足入れると、火のない炬燵は余計に寒いのだ。
スイッチ入れていちばん弱くするが、すると熱いんだ。
ちょっろ思案橋だね。

 足いれると熱いし
 出れば寒いいまどきの炬燵
 あっという間に
 今年も
 あと2ヶ月ちょっと

なんだな。
洗濯物部屋干しして、何ヶ月ぶりかで炬燵の座椅子。
足伸ばしたらすぐに眠くなったァ。

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あれは,オレが不慣れだったせいなのか?
はたまた単なるボケなのか、あるいはええからべぇなのかは、
わからないが、しばしばドジなことをしたよね。

魚を焼きつつ、野菜炒めをしたら、魚のほうをころっと忘れたり。
焦げ臭いニオイに気付いてレンジ開けたら、
ブリの切り身が、ほとんど炭になっていたという、ドジぶり。

まァ、あまり珍しいことではない。
このくらいのドジは、日常茶飯事だから、
「アハハハ、炭になっちゃったァ」と大笑いして誤魔化してたな。

まさに、主夫は一日にしてならず......... って実感した経験があるから、
いくつかの家事を並行してこなす、世の主婦の方々に心から敬意している。
あなたがたはほんとにエラい。

なぜだ? っていわれたって、忘れるものは忘れるんだからしかたがない。
いまだって洗濯機まわしたこと、コロッと忘れてた。
音がしないから終わったかな?

物忘れでひとつで、何十万個の脳細胞が失われ、
それを思いだすことで、何割かが復活するのだそうだ。
人間の脳細胞は、毎日、10~20万個が失われているという。

それでで、20~90歳までに失う脳細胞は、20~40億個。
が、人間の脳細胞は一兆個あるらしいから、たいして減ってはいないのだ。
だから、忘れたっていい。

昨日、パトさんの脳のスキャン画像みた。
脳味噌が頭蓋骨に隙間がなく入ってた。
しばらくは認知症も大丈夫だろ。

それにしてもさぶい。今日は長袖トレーナー着てるよ。
小デブは暑さには汗まみれなるけれど、
皮下脂肪がある分だけは、痩せ人間より寒さには強いはずだが寒い。

あらァ、20℃割ったものね。
昨夜も、寒いからって薄い布団を1枚乗せたのだね。
そうしたら、朝方汗かいてた。

たしかに、痩せると寒いのだよ、8kg痩せたときに、つくづくそう思った。
あまり、寒がる人じゃなかったのに、痩せてから初めての冬に、
ほんとうに寒くて震えていたものね。脂肪抱えてると毛布一枚ちがうと思う。

だから、極限の状況に遭遇したとき、デブはヤセよりも生きながらえる。
そのむかし、和泉雅子さんが北極まで橇でいき、
帰ってきたら、まんまるオバちゃんになっていたよね。

オイらのはそのために蓄えているわけではないけれど、
いまからこうも寒くては、それに耐えるために、
ダイエット頑張るのをやめとこうかしらん。って、すぐラクなほうへゆく。

娘にもいわれた。
「プールいって泳ぎなさい」
やなこったィ。

とりあえず病院まで毎日歩くよ。
怠けもんの神さん、ほら笑ってるよ。
ほなあした.................

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かくかくしかじかでちかれたび - 2017.10.16 Mon

今日も雨。昨日も雨。
エアフェスタは一部のみの飛行となった。
本番のブルーインパルスは展開を中止して、地上滑走のみ。

パト晴れおんな大明神のご利益はなかったと思ったが、
周辺は大雨で、浜松のみ結界を築いたかのような小雨だった。
ま、頑張ってくれたのだと思う。

そのパトさんが、昨日の昼から左耳が突発性難聴になり、
早朝には目眩がするというので、薬を飲ませて寝かせ、
オレ、ひさしぶりに雨んなかを、ゴミだしにいってきたのだ。

今日一日は休んでいてもらう。ここんとこ頑張りすぎたんだな。
それからいっぺんに寒くなった。
今朝は9時で21.9℃だもの。

このめまぐるしい変化に、
ついてくのがタイヘンだね。
たくさん着込んだよ。

 161020-gp37_20171016095626dcc.jpg

パトさんが、予行のブルーインパルスを見ていて、
あのスモークってカラーだったらキレイなのにね、といった。
それで思い出したが、むかしはカラースモークだったのだ。

ちょっと調べてみたら、それほど昔ではなかった。
平成10年まではカラースモークだったらしい。
車の屋根に色がついたとのクレームによって中止となっている。

オイルと染料の混合物をジェットエンジンの排気口に吹き付けて、
それを燃やして気化させることで、
カラースモークを出す仕組みなんだそうな。

で、2020年東京オリンピックにはブルーインパルスが、
再び国立競技場の空に五輪のマークを描くわけで、
これがグレーのスモークでは絵にならないよね。

で、環境に考慮したカラースモークの方法を目下開発中だっていう。
1964年のときは練習ではうまく輪がつながらず、
本番で初めて成功したというが、いまのブルーは大丈夫。

いまも、五輪に似たサクラというフォーメーションがあって、
これは六つの輪を重ねるので、ま、楽勝だな。
2年後の東京の空を愉しみにしている。

 161020-gp31.jpg

結局は雨のエアフェスタとなった。
ブルーインパルスの展開が中止になったのは、
ここ10年は記憶にないのだけれどねぇ。

F-2 ファントムは雨の中を頑張ってくれて、
最後に基地の上で翼を振り、急上昇して雲の中へ消え、
本拠地の岐阜へ帰っていった。

ブルーは地上滑走だけで、飛ばなかった。
9時30分頃、機影は雲のなかでみえなかったが、
飛行音がしたので、松島基地へ帰投したものと思われる。

 

で、昼になった。
パトさんの目眩が悪化した。トイレにいけずおう吐する。
掛かりつけセンセに相談すると、大病院へいきなさいという。

救急車のお世話になった。
すぐちかくの大病院へゆき、救急検査を受ける。
CTスキャン異常なし。

脳出血などの症状はなく、単に突発性難聴による目眩と診断され、
10日間の入院加療となった。
検査や手続きなどで半日かかり、やっとベッドが決まって6時。

それほど遠くないので、歩いて帰ってきて、
そのまま迎えのスーパーへいって、とりあえず弁当3コと、
お惣菜少々を買い、やっと本日初のご飯を食べた。

明日は、区役所へいってくる。
突発性難聴は静岡県の定める「特定疾患」で、
その認定を受けると、医療費助成が受けられるそうだ。

娘に電話して、これこれしかじかで入院した、
「なにかあったらサポート頼む」
といったところ、明日、すぐにきて準備をしてくれるという。

2人で突発難聴やってるんだから、
わたし、往きますゥ。
ってねぇ、ありがたいこっちゃ。

アハ。って笑ってちゃいけないが、
明日から「てんちゃら.......」あげる時間が不定期になるので、
しばらくよろしくお願いいたします。

ふぅぅ。
ほなあした.............

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声にならない声で呟いた - 2017.10.12 Thu

まだ晴れている。午後から曇りで夜半に雨。
明日から来週火曜日まではずっと降ったり、曇ったり。
フェスタには最悪の予報がでている。

昨日も、浜松基地所属の部隊が予行を繰り返していた。
T-4練習機が富士山編隊できて、基地上空で菱形編隊になるとか。
ロクマルヘリが旋回して落下傘降下するとか。

北向きの書斎の窓全開、西向きの出窓全開、南向きのベランダ全開。
オイらも撮影の予行で、家んなか飛びまわっていた。
その合間にパトさんが割りこんで「うわァ........」なんて賑やかなこと。

「運動したからおなか減ったでしょ......」
ま、家んなか飛びまわるだけで、運動したかどうか。
でも、一日経つのが早かったァ。

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雨の予報だけに、あとはパト最強晴れおんな大明神だのみ。
「たぶん、雨は夜降って昼間は大丈夫だと思う」
大明神のご託宣だけど、背景がグレーだと機体が映えないのだ。

去年の秋からレンズを4本買ったのかな。
いつも150〜600mmが頭のなかにあって、高価格だから諦めていたが、
飛行気を家で撮っていると、どうしても不満が残る。

来年の秋までに用意しよう。キッパリ
レンズ沼は底がない。
どっちみち飛び込んだのだ。とことん遊ぼ。

 171011-fes03のコピー

昼ご飯食べて、テレビも消して、それぞれのデスクで、
それぞれのこと、まったりとしている。
テレビいれても小池劇場の裏側チラチラみえて、これも腹いっぱい。

なんか、最近はパトさんと間に、
まったりゆったりのんびりが生じてきて、
お互いにそれほど干渉もせず過ごせるようになった。

 夫婦間の愛情というものは、
 お互いがすっかり鼻についてから、
 やっと湧き出してくるものなのだ。

その通り。
やっと、その心境になってきた。
そして.............

 結婚前には両目を大きく開いて見よ。
 結婚してからは片目を閉じよ。

そして、ええからべぇ。
これに尽きる。
ゴンベイズムが浸透してきたな。

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 ↑ 昨年のブルーインパルス展開

日常的に自衛隊の飛行機が飛んでいる街に住んでいる。
いまもT-4中等練習機が頭の上を飛んでいった。
ま、喧しいには違いないが、慣れというか、それほどに違和感はない。

憲法改正反対、9条護れという。
憲法を改正したらどうなるか。徴兵制になるんですよ。
あなたたちの息子さんたちが戦場にいくんですよ。

どこかの左系候補がこう演説していた。
現実から乖離している。どのようにこの国を守ろうとするのか。
彼らの口から聞いたことがない。

いわゆる冷戦時における戦略的な配備により、
沖縄の基地の状態はお気の毒であると、いつも思う。
それは、自分も幼いときから飛行音の下にあったから理解できる。

が、丸裸になるわけにはいかない。
だとしたら、この国を守るべく備えはなくてはいけない。
だから、平等に負担すべきだとは思っている。

あっちへいけ、こっちへくるな。
これは自分の都合だけのエゴである。
この国を、自分たちの意志で護るという気持ちが欠けてはいないか。

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昭和27年に保安隊航空学校設立。
これが陸上自衛隊航空学校の前身なのだ。
日本の空に、戦後はじめての日の丸をつけた飛行機が飛んだ。

浜松基地は航空自衛隊の発祥地とされる。
昭和29年に航空自衛隊操縦学校、整備学校、通信学校が設立された。
このころ飛んでいたのは、オレたちが赤トンボといってた複葉機だった。

遊びの合間に見上げると、遠州の空っ風にあおれて、
ひょろり、ひょろりと飛んでいた。
そして、昭和35年には北基地にブルーインパルスが誕生した。

ブルーインパルスはいつも頭の上を飛んでいた。
とくに昭和39年の東京五輪の前には、くる日もくる日も、
この空に五輪を描いては、失敗していたのだ。

忘れもしない10月10日の国立競技場の空をブルーインパルスが飛んだ。
そのとき唯一成功した五つの輪が国立競技場の空に描かれた。
あの感激はいまも忘れない。

昭和56年にブルーインパルスが松島基地へ移駐する。
で、あれは昭和57年だった。
航空祭のさなかに展開中のブルー1機が墜落した。

当時のブルーはT−2だったのだが、
「下向き空中開花」演技中に、4 番機が垂直下降したまま地上に激突し、
パイロット1名が殉職した。

この映像がyoutubeに存在する。
いつだったか、この映像を見て、なぜか涙が頬を伝った。
オレ、あの現場にいたんだなァ。

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小学校の低学年のころ、自衛隊へ向こう道路は、
戦時中の艦砲射撃でできた穴を補修したつぎはぎだらけだった。
戦後まもなくはアメリカ空軍不時着飛行場として使用されていたのだ。

朝鮮戦争のときには米軍用機が再々飛来した。
学校の窓から降りたのをみると、放課後に飛行機を観にいった。
胴の太い輸送機が着陸すると、米兵が続々と降りてきた。

大木な身体をした黒人兵が多かった。
彼らは、ここから九州へゆき、朝鮮半島の最前線へ送られていった。
そして大半は還らぬ人となったという。

飛行場のフェンスの向こうに幕舎があって、
ときどきフェンスまで寄ってきてガムをくれた。
その黒人兵の優しい目を知っている。

手招きされて,おそるおそるフェンスに近寄っていくと、
キレイな包装紙のチョコレートをくれた。
サッカリンしか知らない舌には天国のような甘さだった。

その包み紙の色彩に、
あ、アメリカってこんなにも豊かなんだな.。
この国と戦っても負けるわけだと、子供ながらに思った。

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都会の片隅に暮らしていた頃は、安保闘争の真っ最中だった。
喀血するまえだったが、頻繁に微熱をだしていたから、
デモに参加したのは数えるくらいしかない。

で、療養所からでたあとのこと。
ある日、先輩が会いたいという。久しぶりに準急に乗って上京した。
喀血したときに、ずいぶんと世話になった先輩だった。

「オレな、あと少しで死ぬんだ」
先輩は、いきなりこういった。肺癌だった。
先輩のアパートで、無造作に見せられた札束が150万円。

退職金だという。
「これでオレの最後の勝負さ」
明くる日、競艇場へいった。大胆に買う。

取る。
さらに大胆に買う。
最終レースのときには400万円になっていた。

ダスターコートに札束をねじ込み、そのまま女を抱いて眠る。
で、翌日は最終レースまでいかないうち、
コートのポケットはペシャンコになっていた。

「あァ、おもしろかった。ジンクス、破れなかったな」
余命の少ない人の大勝負は勝てない。
勝負ごとにはそういうジンクスがあるという。

「ありがとう。これで、思い残すことはことはない」
こういった先輩の亡くなったという報せは、
療養先の田舎町まで届かなかった。

あの大勝負の3ヶ月あとに、誰にもいわず旅発っていったらしい。
東関東のある街に、先輩の生家を訪ねた。
意外なことに長い塀に囲まれた旧家が、探す家であった。

仏間に招かれ、線香を上げさせた貰った。
彼もまた安保闘争の先頭に立ち、苦悩の青春を送った一人であった。
帰りの電車の中で、窓ガラスに写るわが頬に涙が一粒。

♪夜が明ける 日が昇る、 朝の光のそのなかで.........
彼らたちの好きだった「アカシアの雨がやむとき」を,
声にならない声で呟いた。

普段は忘れているけれど、
この70年間を生きてきたオレたちにも、様々な想いがあったのだな。
ま、伝える人も少なくなったけどねぇ。

今日は空が静かだな。
ほなあした.............

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いてててぇぇ.........と七転八倒 - 2017.10.06 Fri

さぶィ、と朝からパトさんがカーディガン出してきた。
ストーブ入れたいというが「1枚着ればいいだろ」っていうのが、
冬でも雪の降らない浜松流なんだな。

雪国では寒くなったらどんどん寒くなる。
冬がきたねぇ、といえばストーブの支度だし、極寒さに備える。
寒さがしれてる浜松では、寒い日だけ1枚着てしのぐ。

だからおもしろいことに..........
今朝みたいな小寒い日は、オレの方が寒さの耐性がある。
暖房に頼る雪国育ちのほうが、中途半端な寒さに弱いらしいんだな。

そうはいっても、今朝の気温は22.4℃。それほどじゃない。
あれま、カーディガンのうえにダウンベスト着たよ。
いくらなんでもはやくないかィ。

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 ↑ T-4頑張る

それで起きてきて、まだぼけぇぇ................ としているうちに、
窓の外で轟音がするから、てっきりファントムが飛んできたものと、
寝ぼけもすっとんでカメラひっつかんで構えたのだ。

「え、T-4じゃないか?」
って、なんかしらん、今年の浜松基地、エアフェスタ 2017は、
やたらとここ所属のT-4練習機が張り切ってる。

昨日は9機編隊で飛んできて、基地のうえでダイヤ編隊組んでた。
ソロですっ飛ばしたらBI仕様じゃないが、おなじ機種だし、
乗る人が乗ればそれなりにかっ飛ぶわけだからね。

14日予行、15日本番。
あと10日をきったわけだからねぇ。
毎日盛り上げてくれるよ。

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小寒い。予報だと9時から雨だが、まだ降ってはいない。
「丘の上へ行った日だけ晴れてたね」
そう、最強晴れおんなパト大明神がいうのだ。

「10年間も一回休まずにいくなんてエラいよね」
そう、いってくれる。
なんだかしらないが、それを続けている。

広い墓地で、必ず何人かのお詣りの人にであう。
それをみてパトさんは、
「こちらの人は亡くなった人を大切にするよね」って感心する。

うちの寺は檀家が多いからそう思うのかもしれない。
個人的には、10年1回も休まないでゆくと、
なんか、行ないと申し分けないような...... そういう義務感が生じる。

最初は、オレがいっぱい背負った「悔い」だった。
なんかしてやりたい.......... って、
やりきれない強い気持ちの「もっていき場」でもあった。

いってくると、オレ自身の気持ちが軽くなった。
「一回も欠かさないっていうのは、あなたが健康だからよ」
そういわれると、そうだな。健康でなくちゃいけない。

率先して、いっしょにいってくれるパトさんにも感謝。
「わたしもここへいれてもらうんだからね」
ありがとうな。ほんとうに................

 17106-f04.jpg

「あなたってね、ウソのつけない人なんだね」
そうなんだな。方便のつもりでウソついてもね。
相手にはぜ〜〜〜んぶバレている。

うまくいったはずなのに、ストーリーがどこか破綻しているらしい。
これは子供の頃からそうなんだ。
「おまえのウソはすぐわかる」ってバァちゃんにいわれた。

そのあえてついたウソをどういう具合に処理してくれるかで、
相手の気持ちがわかるってこともある。
ま、人を騙すようなウソはついたことがないけれどね。

ちっちゃなときに「小さな法螺吹き」とバァちゃんが名付けた。
いっぱい夢想するんだな。
それをすぐに口にするから、ちっちゃなホラになる。

そりゃァ、三つ児の魂百までもっていうでしょ。
いまでも多少はその傾向がなきにしもあらず。
あ、ホラがじゃないよ、夢想するほうね。

いつまでも夢見る夢坊でいられるって、
オレ自身はいいと思ってるが、女性は夢子さんではいられないみたい。
だから、愛想を尽かされることは間々あった。

いいんだよ。
だんだん、子どもに戻ってゆくんだからさ。
いつまでもシャッチョコバッていたってしゃーないわィ。

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この10月ってうのは夏の疲労がでてくる季節なんだな。
オレが罹病したのも9月の終わりだった。
頭半分に激痛がきて、もしや、頭の血管がァ....... と慌てたのだ。

掛かりつけセンセに診てももらうと、
頭半分に発疹があって、これは帯状疱疹ですね、といわれた。
暑い盛りの8月に伊勢神宮へいって、へとへとになったあとだった。

その神経痛が5年ものこり、
真夏の酷暑疲れがでてくる秋に痛みが走った。
それでリリカ嬢じゃなかった、リリカ錠という薬をもらってあったのだ。

これを飲むと、よく効くのだがめったやたらと眠くなる。
さすがに6年目では出てこなくなったから、
ついこのあいだ冷蔵庫保管のリリカちゃんを捨てた。

あのツアーでは、仲間の1人もこれに罹病したんだな。
いま思うとかなりの強行スケジュールだったわけで、
クソ暑い8月のさなかに、外宮、内宮としっかり歩いてお参りしたからね。

おかげ横町もくまなく探索して汗びっとびとの頑張りが仇になった。
ま、あれくらいから、「オレはもうムリができんのだ」って気がついた。
そういう自覚をもっていないとヤバイのだと思うようになった。

さしものタフ爺ィごんべ。
思いたかァないがそう思ったのだ。
けれども、いつまでも神経痛が走るとは知らなんだ。

センセによると、人によっては4年か、5年はでてくるそうな。
痛かったな、これが.......
ましてや,オレの患部は頭の右半分から、眉毛あたりにかけてだった。

これが、いてぇのなんの、思わずうゥッと頭抱えるくらい。
ひょっとして、これは脳の血管がァ..... てな、
余計な心配がでそうな、とんでもない痛さなんだね。

水疱瘡のウイルスって身体の中にのこっているんだってね。
免疫力の高いうちはこれを抑え込んでいるが、
これの抑えが効かない年齢になると出てくるらしい。

あれ? 今年はでないな、そう思っていたら、
昨夜になって、右足の脹ら脛の裏に激痛が走ったのだねぇ。
ずずずずーんと走って、いてててぇ。もう七転八倒。

なんだこれぇ?
通風はここへはでないし、リリカちゃんは捨てちゃったし、
ウイルスがこっちへ引っ越したのか??

もう勘弁しておくれ。
ほなあした...............

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人類にとってシアワセなのか - 2017.10.04 Wed

今朝は曇りだよ。午後はちょっと晴れるらしいが、
明日は曇りで金、土は雨だっていう。
さすがは最強晴れおんなパト大明神だね。昨日は快晴秋晴れ。

丘の上にゆく日に「雨が降ったことがないでしょ」てほんとだ。
いやァ、いい天気だったァ。
真っ青で、鱗雲がゆっくりと東へ動いていた。

「あきのそら.........」とか俳句が浮かんだそうで、ブツブツいってる。
広い墓地を抜け車に戻ったら「やめた.....」てなんだいそれ。
考えると疲れるそうだ。疲れてまでひねるこたァない。

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 ↑ 秋の空

ほんといい天気だったが、ひろ〜〜〜い墓地にはオレたちだけ。
「なんで...........」
「お彼岸のあとだからじゃない」

檀家が2000軒という古刹だからいつもどなたかがいる。
どちらのお墓にも花がそなえられていた。
兄妹のだれかがきてくれたようで、うちも花がきれいだった。

傑堂義俊禅師が、文安二年(1445年)に,
引間城の鬼門にあたる麓に亀鶴山万蔵院を構えたのが、当寺の始まり...........
と、天林寺ホームページの縁起にある。

三方原合戦のときは、戦禍にあい井伊谷へ引っ越したそうな。
オレたちが子供の頃は天林寺山といってたが、
こんもりとした山の上に立派な本堂庫裏と墓地がある。

いまは天林寺山のどまんなかに、
国道152号線が切り通しで通っていて、車が絶えることがない。
本堂から墓地へは橋が架かっている。

この国道152号線は浜松から長野県茅野市を通って、
同県上田市まで総延長264km。
オレねぇ、何度も全走破したことがある。相当な山道だ。

もう、いまはゆきたくないね。アハ。
半日かけて、岐阜県の郡上八幡から帰ってきたこともある。
しかも、郡上から下呂まで峠越えてね。もうイヤだ。

 17104-a4.jpg 17104-a5.jpg
↑ R152

(゜∀゜)キター!!!! って飛び出したよ。
ファントムが基地を2周まわってさっさと帰った。
またもや撮り損なったけど、曇りだからいいや、って負け惜しみ。

なんせ速いからねぇ。
だんだんと盛り上がってくるよ。
天気がいいことを祈る。パト大明神頼んだよー。

 17104-w1.jpg
 ↑ これだけぇ....

ご飯支度の時間になってもパソコンに向かってるから見にいった。
ゲームしていたから、「腹減ったァー」。
「すぐできますぅ」っていう。

ほんとにすぐできた。
料理写真撮ってていて笑ったァ。
「これでいいよ」

「手を抜きなよ」とオレがいった。
「やりたいんだから..........」とパトさんが抵抗した。
ちょっとだけ喧嘩した。

 しゃかりきの料理しなくていいという人と.........
 好きなんだからやりたいという人と............

オレのいうことは間違ってるかな。
手抜きでいいから自分の時間つくっておくれ。
オレはこれで喜んでるんだからね。

だんだんとそうしようよ。これから先はさ。
それなら、あんたが手伝え..........
っていうのは、とりあえずはなしね。アハ。

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昨日、どこかの記事で読んだのだけれど、
日本三大砂丘の1つだった中田島砂丘は消滅するかもしれないという。
悲しくなるほどにスケールダウンしているのが現状なのだね。

で、その痩せた砂丘のまんなかに、津波防波堤を造る。
その記事には、一言も書いてなかった。
肝心のなぜ砂浜を失うに至ったかのプロセスがあるはずなのだ。

天竜川河口は波蝕が激しくて、無粋な波消しブロックが並んでいる。
場所によっては、30年前より100mあまりも渚線が後退した。
なぜだと思う??

つまりは、需要と供給のバランスが崩れたってこと。
これしかないと思う。
釣り人は敏感に自然の推移を感じ取っている。

何度も折りに触れて書いてきたが、何度でも書かせてもらう。
天竜川が吐き続けてきた砂礫や砂利が、
下流部の3つのダムによって海へ流れてこなくなったからではないのか。

天竜川下流部には、佐久間ダム、船明、秋葉と3つののダムがある。
ダム底には砂礫が溜まり、貯水量にも関わるようになっている。
本来ならば海に流れて、砂嘴活動によって砂浜を造ってきたものだ。

夏になれば、あれほど竿が林立した天竜川の河原に、いま釣り人の姿はない。
流れへ足を入れれば、踏んでしまうほどいた天然アユはいなくなった。
天下の急流を遡るための逞しい尾鰭をもった天竜アユのDNAは絶えてしまった。

なぜか??
ダムが機能を失うほどに溜め込んだ細かい砂、それを流すためだという。
細かい砂が石を覆い、アユの餌となるケイ藻がつかない。

たしかに、人々は高度成長を謳歌し、ダムを造ることはその象徴であった。
けれども、それで得られた便利さの陰で失ったものが数多ある。
そして、失ったものは二度と復活が望めない。

JR東海のリニア新幹線だってそうなのだ。
その便利さは、大きな代償を伴う可能性があるということ。
そして失ったら戻らない。

だから、二度とおなじ轍を踏んではいけないのだ。
オレたちは釣り師として、その推移を微細にわたって感じとってきた。
釣り師の自然から感じとる考察は、たぶん、学者よりも深いはず。

なぜならば、そこに棲む魚とより多く接するためには、
その環境の変化を微細に察知しなければ釣果にはつながらないからだ。
それも釣り師の腕前のうちだからね。

いつだったか、天竜川河口へキス釣りに行った仲間から電話があった。
砂の様子がおかしいという。
いってみた。渚の砂に足首がもぐってしまう。

思いあたるのは、ダムの機能を失いかねないほど溜まった砂礫を、
台風後の出水に乗せて流したこと。新聞は一石二鳥だと報じていた。
が、ダム湖に溜まった泥水から沈殿した砂は粒子が細かい。

砂が流れてこずに海岸浸食がはじまった。
それならば、溜めてしまった砂を流せばいい。
そういう単純な思考が通用しないのが自然なのだということ。

粒子の細かい砂は渚線に留まらず、沖合までが浅くなり、
いくつかの沖瀬を形成し、そこに棲む魚の生態もかわってしまった。
砂浜復活にはつながらなかった。遠浅になっただけ。

微妙なのだ、自然というものはねぇ。
釣り師だけが関心をもっていればいい、という問題でもない。
でも、だれもが黙っている。

市民を護るための津波防波堤で砂丘を失うかもしれない。
これは何度も何度も中田島砂丘に遠足にいった浜松っ子には、
涙ちょちょ切れの寂しいことだけれどしかたがない。

その原因はダムにあるかもしれないということ。
単純に砂礫が海へ到達しないだけかもしれないということ。
これだけ大きな犠牲をはらってきていることを知っておいてほしいのだ。

静岡県は、かなり厳しい目でリニア工事を見守っている。
けっして意地悪ではない。
大井川水域に影響がでる可能性がある。

連綿と続いてきた自然の営みを失うという轍を踏んではならない。
逞しい尾鰭をもった天竜鮎を失い、中田島砂丘を失い、
それでもなお、自然を犠牲にし続けることって、果たして人類にとって幸福なのか。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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