07.04.2009
しちめんどくさいごたくを並べたがる
窓際に寝ていると 次第に寒くなってくる。
よくしたもので、寝返りをする度に、窓をすこしずつ閉めたり、
調節するのだから、人間のメカは大したもの。
昨年のいまごろ、たしか、梅雨寒で風邪をひいた憶えがある。
ああ、一人きりになるということは、そういうことなのだ...
と、ちょっとばかりセンチメンタルだった。
冷えてきたけれど、おとーさんは大丈夫?
必ず気遣ってくれる人がいればこそ、のほほんと眠っていたわけで、
ま、一年経てば、これだけ逞しくなるのだねぇ。
7時間のペースで爆睡する。
10時に寝れば5時に起きる。それも早すぎるので11時に寝る。
6時起床でパソコン前へ座り、これを書く。体内時計が落ち着いたようだ。
永田七恵さんの訃報が伝わってきた。
旧姓は佐々木さん、女史マラソン界の礎を築いたアスリートだ。
53歳は若すぎる。
それから、アメリカの俳優、カール・マルデンさんが旅発った。97歳。
名脇役であった。このまーるい鼻に見覚えがあるかと思う。
話題の映画には、必ずといっていいくらい出ていて、脇なのに存在感があった。

自分の生きてきた時代がひとつずつ欠けていく。
しかたのないことだけれど、たまらなく寂しくもある。
ご冥福を祈りたい。
映画好きごんべが、映画を観なくなった。
カミさんを失ってから、1時間も集中して見るということができない。
あるいは、必要以上に感情移入してしまい、疲れるのだね。
ただ、時代を待っていることがある。
BS、CSで録画したのVHSテープが800本。映画にして約2000本。
これを、簡単にデジタル化できる時代を待っていたのだ。
まだ、機器がよくなりそうなで、情報を捉えつつ、その日を待つ。
そろそろ整理にかかろうかと、思う次第。

人を愛すること 愛されること...
そのどちらも、同じくらい難しい。
例によって、わが敬愛した小説家、開高健氏の語録からである。
愛することの質量とも、同じように難しい。なかなかできない。
その前に、愛せるかを考え込んで躓いたり、黙り込んでしまうのだ。
人世は複雑だ、そして深いよ...
二十数年も経って、ごんべは、この言葉を噛みしめている。
あなたにとって、一番難しいことはなんですか。
「人生、人生そのもの」小説家は、こう即座に回答している。
若いときの愛は、まるっきりとはいわないが、生殖本能が司る。
そういう風に造られている。
ところが、還暦オーバーたって、たいして変わりはしない。
能力が落ちている分だけ、精神面のフォローが勝り、
しちめんどくさいごたく...
を、なにかといえば並べたがるだけなのだ。
とりあえず、悲しみの底から這い上がって、
愛とは優しさ、相手を思んばかる心... だと知った。
ほんと、人生は難しい。
もういいよ、といったって、まだ続いている。
深い、この期に及んでも、底がまったくみえはしない。
どうなるのだろうね、オレは... ときどき、そう思う。
ただ、このやもめ爺ィは、一年余経ってふてぶてしくなった。
半月、掃除もしない部屋で平然と暮らしている。
そういうものだ。
怠けもんの神さん、
朝からケタケタ笑ってるぞぉ...

この期に及んでなにをやっているんだろうね、という気持は強い。
ハト党首の故人献金がどうの...
と、選挙を前にして足引っ張るつもりだろうが、もう、うんざりだ。
それは国民がしっかり考える。
では、そっちにもないかといえば、なんかしらんが、むにゃむにゃ...
選挙を前にして足引っ張るより、建設的、前向きな政策を示して欲しいのだ。
まさに、旧態然。ああ、なさけなや...
オレたちの国の総理大臣あんなもんか。政権政党あんなものか。
♪シラケ鳥が南の空へ... 飛んでいく。
ん? シラケていちゃいけない。
あの人たち、ほんとに物事分かってるのかい... と思う。
このズレは決定的かもしれない...と思う今日この頃である。
一周まわったらイイ運動になるという広大なお屋敷で育ち、
祖父に、戦後の宰相吉田茂、奥方は元首相の娘という違う世界のお方で、
庶民派ぶったって、ウケるのはアキバの若い衆だけ。
何かちがう...
この感覚が次第に増幅していくのは、オレだけか?
これってこわくないか。
野党も含めて、赤絨毯にいる人たちのズレてる感覚、
イヤッというほど見せられて、
オレたち国民のほうが、学習させられているのに気づかない。
アベ、フクダ、アソウ...
ここ3代の総理大臣は世襲ばかり... これが、そもそものズレなのだね。
よく考えてみれば、尋常なことじゃない。
そういえば、明日は県知事選挙だった。
ガチガチ保守の石橋叩いても渡らないという県中部がどう選択するかだ。
だいたい、全国に先駆けて物品の販売リサーチをする所だからね。
開港以来、搭乗率70%に満たないのが、ほとんどの富士山静岡空港。
この赤字補填は、われわれの税金から出るのだからね。
知事は辞めたって、決めごとは残る。中央のことより、自分のことなのだ。
ま、注目には値する。
賢いのはどっちだって話だからね。結局のところ...
優しさの塊の人も、そうでない人もごんべに愛のポッチンを!!
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よくしたもので、寝返りをする度に、窓をすこしずつ閉めたり、
調節するのだから、人間のメカは大したもの。
昨年のいまごろ、たしか、梅雨寒で風邪をひいた憶えがある。
ああ、一人きりになるということは、そういうことなのだ...
と、ちょっとばかりセンチメンタルだった。
冷えてきたけれど、おとーさんは大丈夫?
必ず気遣ってくれる人がいればこそ、のほほんと眠っていたわけで、
ま、一年経てば、これだけ逞しくなるのだねぇ。
7時間のペースで爆睡する。
10時に寝れば5時に起きる。それも早すぎるので11時に寝る。
6時起床でパソコン前へ座り、これを書く。体内時計が落ち着いたようだ。
永田七恵さんの訃報が伝わってきた。
旧姓は佐々木さん、女史マラソン界の礎を築いたアスリートだ。
53歳は若すぎる。
それから、アメリカの俳優、カール・マルデンさんが旅発った。97歳。
名脇役であった。このまーるい鼻に見覚えがあるかと思う。
話題の映画には、必ずといっていいくらい出ていて、脇なのに存在感があった。

自分の生きてきた時代がひとつずつ欠けていく。
しかたのないことだけれど、たまらなく寂しくもある。
ご冥福を祈りたい。
映画好きごんべが、映画を観なくなった。
カミさんを失ってから、1時間も集中して見るということができない。
あるいは、必要以上に感情移入してしまい、疲れるのだね。
ただ、時代を待っていることがある。
BS、CSで録画したのVHSテープが800本。映画にして約2000本。
これを、簡単にデジタル化できる時代を待っていたのだ。
まだ、機器がよくなりそうなで、情報を捉えつつ、その日を待つ。
そろそろ整理にかかろうかと、思う次第。

人を愛すること 愛されること...
そのどちらも、同じくらい難しい。
例によって、わが敬愛した小説家、開高健氏の語録からである。
愛することの質量とも、同じように難しい。なかなかできない。
その前に、愛せるかを考え込んで躓いたり、黙り込んでしまうのだ。
人世は複雑だ、そして深いよ...
二十数年も経って、ごんべは、この言葉を噛みしめている。
あなたにとって、一番難しいことはなんですか。
「人生、人生そのもの」小説家は、こう即座に回答している。
若いときの愛は、まるっきりとはいわないが、生殖本能が司る。
そういう風に造られている。
ところが、還暦オーバーたって、たいして変わりはしない。
能力が落ちている分だけ、精神面のフォローが勝り、
しちめんどくさいごたく...
を、なにかといえば並べたがるだけなのだ。
とりあえず、悲しみの底から這い上がって、
愛とは優しさ、相手を思んばかる心... だと知った。
ほんと、人生は難しい。
もういいよ、といったって、まだ続いている。
深い、この期に及んでも、底がまったくみえはしない。
どうなるのだろうね、オレは... ときどき、そう思う。
ただ、このやもめ爺ィは、一年余経ってふてぶてしくなった。
半月、掃除もしない部屋で平然と暮らしている。
そういうものだ。
怠けもんの神さん、
朝からケタケタ笑ってるぞぉ...

この期に及んでなにをやっているんだろうね、という気持は強い。
ハト党首の故人献金がどうの...
と、選挙を前にして足引っ張るつもりだろうが、もう、うんざりだ。
それは国民がしっかり考える。
では、そっちにもないかといえば、なんかしらんが、むにゃむにゃ...
選挙を前にして足引っ張るより、建設的、前向きな政策を示して欲しいのだ。
まさに、旧態然。ああ、なさけなや...
オレたちの国の総理大臣あんなもんか。政権政党あんなものか。
♪シラケ鳥が南の空へ... 飛んでいく。
ん? シラケていちゃいけない。
あの人たち、ほんとに物事分かってるのかい... と思う。
このズレは決定的かもしれない...と思う今日この頃である。
一周まわったらイイ運動になるという広大なお屋敷で育ち、
祖父に、戦後の宰相吉田茂、奥方は元首相の娘という違う世界のお方で、
庶民派ぶったって、ウケるのはアキバの若い衆だけ。
何かちがう...
この感覚が次第に増幅していくのは、オレだけか?
これってこわくないか。
野党も含めて、赤絨毯にいる人たちのズレてる感覚、
イヤッというほど見せられて、
オレたち国民のほうが、学習させられているのに気づかない。
アベ、フクダ、アソウ...
ここ3代の総理大臣は世襲ばかり... これが、そもそものズレなのだね。
よく考えてみれば、尋常なことじゃない。
そういえば、明日は県知事選挙だった。
ガチガチ保守の石橋叩いても渡らないという県中部がどう選択するかだ。
だいたい、全国に先駆けて物品の販売リサーチをする所だからね。
開港以来、搭乗率70%に満たないのが、ほとんどの富士山静岡空港。
この赤字補填は、われわれの税金から出るのだからね。
知事は辞めたって、決めごとは残る。中央のことより、自分のことなのだ。
ま、注目には値する。
賢いのはどっちだって話だからね。結局のところ...
優しさの塊の人も、そうでない人もごんべに愛のポッチンを!!
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07.03.2009
怠けもんの神さんのこのこでてきたわ...
早起きして 霊供膳の料理をし、
さっと掃除したあとシャワー浴びていると、娘がきてくれた。
冷やし中華を用意してあったので、二人で昼飯を食べる。
用意してあったのが意外だったようで、娘が喜んでいた。
うん、近ごろのごんべは、"気遣いの塊"なのだねぇ。
おとーさん、掃除したの? トイレまで綺麗になっている!!
そうなんだね。
ものぐさごんべも、やるときはやるのだねぇ。
今日ばかりは怠けもんの神さん、どこかに隠れんぼ。
で、食べ終わったところへ、お寺さんがきて20分ばかりの読経。
般若心経があまりにも上手で、唱和ができなかった。
この"おっさま"は、母親のところへ長くきてくれた人で、大ベテラン。
何千軒かの檀家をかかえる、ごんべの寺は、こういうお勤めおっさまが何人かいる。
"おっさま"というのは和尚様。
だから、最近は"サラリーマンおっさま"であるのだね。
だから、法事万端ビジネスライクで、こちらも割り切りができて甚だよろしい。
ま、経営が比較的楽だから、こういう現代風にもできるのだが、
昨今は、檀家の少ない寺の経営も大変なのだと聞く。
無宗派墓地だの、納骨施設だの、カネかからぬ仕組みが次々できるからね。
かくいう、ごんべの所だって、オレがおっちんでしまったら、
あの丘の上の墓地は永代供養をお願いするつもり。
婿殿にはお願いしてあるが、その先はどうなることやら...
ま、どっちでもいいのだ。
ごんべの望みは、息絶えたら、肉体のあるまま、海底に横たわることだからね。
何もしないのに疲れたといったら、常に動かないからでしょ... といわれた。
当たらずとも、遠からずか。
毎朝、2時間も散歩する人とは一緒にはならない。
で、50回X4セットのスクワットだけれど、いまちょっとペースダウン。
夜中に足が攣ってエラい目に遭っている。
一晩に3回も、うぅぅぅ...と唸りつつ、のたうちまわるのもつらい。
結局はこれも、常日頃の怠慢のツケといわれればそれまで...
あ、怠けものの神さん、どこやらから出てきたわ。
銀行いこうと思ったけれど、ま、来週にしとこ。

この街は なぜか新盆が 不必要に派手なのである。
それは、ひとえに業者ペースであるわけで、
なにも、それにならって大金払うこともないのだね。
その大半は、盆飾りというとてつもない祭壇であって、
よーく考えてみれば、それがなくてはいけないこともない。
ごんベの場合は、親戚の花屋さんに依頼して、花いっぱいの祭壇をつくった。
カミさんは、好きだったガーベラに囲まれて笑っていた。
みんなで心をこめて、
一鉢ずつ花を飾ることで、心をこめて、お迎えできたと思っている。
で、業者とはちょっとしたトラブルがあったのだけれど、それはどうでもいい。
本来あるべき姿、つまり、故人を心から偲び、供養するということ、
そこから逸脱して、儲け主義にハマることは、まったくないのだねぇ。
人は必ず死ぬ... のだけれど、その周辺の商売には嫌悪感がある。
それは、いったい誰がそう決めたの? ということで塗り固められていた。
傷心のごんべは、その慇懃無礼な言葉に深く傷ついた。
もう、思いだしたくないから、これでヤメ。
13日に迎え火を焚いて、15日には、寺へ送っていく。
こうした行事はしようと決めている。
これは、生きている人の心の問題なのであり、
寺の行事に則って、カミさんを偲び、身近に想い出してあげて、
何日かを、身近に過ごせればいいのだね。
娘も同意してくれているし、
なによりも婿殿が協力してくれるのがうれしい。

奥さまを いっぱい思ってあげなさい。
やがては、あなたが、その愛に報われる日がきます。
奥様は、あなたが、幸せになってほしいのです。
こんな、お言葉を、この一年間にいっぱいいただいた。
当初は、悲しみの真っ直中にいて、正直、この言葉が理解できなかった。
いまは、素直にというか、カミさん離れがすんだというか...
で、いまはすごく素直な気持ちになって、毎日を送っている。
おこがましいかも知れないが、人それぞれの愛が素直にみえる。
それを受けて、ごんべもまた、素直に思いやりを出せる。
なんか、優しさの本質を知ったような気がするのだね。
相手を思んばかる気持、ひいては愛というもの... が心地よいのだね。
それは、大切な人の死という...大きな穴ぼこの辺で学んだもの。
いまは、この心を静かに育んでいきたい。
いまごろになって、自然体という言葉の持つ意味がわかってきたのだ。
愛の本質をほんんの少しでも、知っただけでいいじゃないか。
なぜか、いつもせっかちな、ごんべが、悠長である。
ごんべには時間がるようで、ないようで...
これから先の時間をどう考えるか... で、それは判断される。
あなたが好き...
求めているクセに、いわれたことも、いったこともなかった。
で、それを失ってからわかったって、もう遅い。
だからこそ、いまが優しさの塊になれるのだね。
つくづく思う今日この頃である。
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さっと掃除したあとシャワー浴びていると、娘がきてくれた。
冷やし中華を用意してあったので、二人で昼飯を食べる。
用意してあったのが意外だったようで、娘が喜んでいた。
うん、近ごろのごんべは、"気遣いの塊"なのだねぇ。
おとーさん、掃除したの? トイレまで綺麗になっている!!
そうなんだね。
ものぐさごんべも、やるときはやるのだねぇ。
今日ばかりは怠けもんの神さん、どこかに隠れんぼ。
で、食べ終わったところへ、お寺さんがきて20分ばかりの読経。
般若心経があまりにも上手で、唱和ができなかった。
この"おっさま"は、母親のところへ長くきてくれた人で、大ベテラン。
何千軒かの檀家をかかえる、ごんべの寺は、こういうお勤めおっさまが何人かいる。
"おっさま"というのは和尚様。
だから、最近は"サラリーマンおっさま"であるのだね。
だから、法事万端ビジネスライクで、こちらも割り切りができて甚だよろしい。
ま、経営が比較的楽だから、こういう現代風にもできるのだが、
昨今は、檀家の少ない寺の経営も大変なのだと聞く。
無宗派墓地だの、納骨施設だの、カネかからぬ仕組みが次々できるからね。
かくいう、ごんべの所だって、オレがおっちんでしまったら、
あの丘の上の墓地は永代供養をお願いするつもり。
婿殿にはお願いしてあるが、その先はどうなることやら...
ま、どっちでもいいのだ。
ごんべの望みは、息絶えたら、肉体のあるまま、海底に横たわることだからね。
何もしないのに疲れたといったら、常に動かないからでしょ... といわれた。
当たらずとも、遠からずか。
毎朝、2時間も散歩する人とは一緒にはならない。
で、50回X4セットのスクワットだけれど、いまちょっとペースダウン。
夜中に足が攣ってエラい目に遭っている。
一晩に3回も、うぅぅぅ...と唸りつつ、のたうちまわるのもつらい。
結局はこれも、常日頃の怠慢のツケといわれればそれまで...
あ、怠けものの神さん、どこやらから出てきたわ。
銀行いこうと思ったけれど、ま、来週にしとこ。

この街は なぜか新盆が 不必要に派手なのである。
それは、ひとえに業者ペースであるわけで、
なにも、それにならって大金払うこともないのだね。
その大半は、盆飾りというとてつもない祭壇であって、
よーく考えてみれば、それがなくてはいけないこともない。
ごんベの場合は、親戚の花屋さんに依頼して、花いっぱいの祭壇をつくった。
カミさんは、好きだったガーベラに囲まれて笑っていた。
みんなで心をこめて、
一鉢ずつ花を飾ることで、心をこめて、お迎えできたと思っている。
で、業者とはちょっとしたトラブルがあったのだけれど、それはどうでもいい。
本来あるべき姿、つまり、故人を心から偲び、供養するということ、
そこから逸脱して、儲け主義にハマることは、まったくないのだねぇ。
人は必ず死ぬ... のだけれど、その周辺の商売には嫌悪感がある。
それは、いったい誰がそう決めたの? ということで塗り固められていた。
傷心のごんべは、その慇懃無礼な言葉に深く傷ついた。
もう、思いだしたくないから、これでヤメ。
13日に迎え火を焚いて、15日には、寺へ送っていく。
こうした行事はしようと決めている。
これは、生きている人の心の問題なのであり、
寺の行事に則って、カミさんを偲び、身近に想い出してあげて、
何日かを、身近に過ごせればいいのだね。
娘も同意してくれているし、
なによりも婿殿が協力してくれるのがうれしい。

奥さまを いっぱい思ってあげなさい。
やがては、あなたが、その愛に報われる日がきます。
奥様は、あなたが、幸せになってほしいのです。
こんな、お言葉を、この一年間にいっぱいいただいた。
当初は、悲しみの真っ直中にいて、正直、この言葉が理解できなかった。
いまは、素直にというか、カミさん離れがすんだというか...
で、いまはすごく素直な気持ちになって、毎日を送っている。
おこがましいかも知れないが、人それぞれの愛が素直にみえる。
それを受けて、ごんべもまた、素直に思いやりを出せる。
なんか、優しさの本質を知ったような気がするのだね。
相手を思んばかる気持、ひいては愛というもの... が心地よいのだね。
それは、大切な人の死という...大きな穴ぼこの辺で学んだもの。
いまは、この心を静かに育んでいきたい。
いまごろになって、自然体という言葉の持つ意味がわかってきたのだ。
愛の本質をほんんの少しでも、知っただけでいいじゃないか。
なぜか、いつもせっかちな、ごんべが、悠長である。
ごんべには時間がるようで、ないようで...
これから先の時間をどう考えるか... で、それは判断される。
あなたが好き...
求めているクセに、いわれたことも、いったこともなかった。
で、それを失ってからわかったって、もう遅い。
だからこそ、いまが優しさの塊になれるのだね。
つくづく思う今日この頃である。
優しさの塊の人も、そうでない人もごんべに愛のポッチンを!!
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07.02.2009
もう、そこにはいません...って大きなお世話
なぜか 疲れた のだけれど、理由はわからない。
娘夫婦と丘の上に行って墓掃除をし、
その帰途でホームセンターに寄り、金魚5匹と盆用品を買ってきた。
それだけのことなのだけれど、家に帰ったらぐったりして、
3時間ばかり、いつの間にか居眠りしていた。
目覚めたら薄暗くなっていて、しかたないからコンビニヘ走って、ノリベン。
夜も更けて激しい雨である。
慌てて、軒下に干してあったジーンズ2本を取り込み、窓を閉めてまわる。
で、パソコンデスクへ座ったら、まだ眠いのだ。
なんだろう? まだまだ片意地張っていたのか?
だから、ひとつの区切りが過ぎると、意識しなくても脱力感に襲われるのか?
ま、そのうち、なんとかなるやろ... 部屋の隅の怠けもんの神さん、笑ってるがな。
て、いうわけで、まだ、激しい雨が降っている。
いるも朝書くのだけれど、いま、25時になろうとしているところ。
朝は忙しそうなので、ブログはアゲておこうと奮起したのだね。
450円也...のコンビニ弁当も、味的には悪くはないけれど、
素材的になんでもいいわけではないから、こればかりで... とはいかない。
これを食べたあとで、けんちん汁をつくった。
仏壇へ、盆供膳をアゲなければいけない。
煮豆とひじきの煮物、茄子の賽の目切り。精進料理が三点いるのだ。
だから、朝は大変なのだね。
ちかごろは、こういうことが面倒だし、オカネもかかることなので、
宗教にとらわれない墓地、あるいは納骨場所へ移る人が多いのだという。
ごんべ自身も、そんなに信心心があるほうではないが、すべきことはする。
寺からいわれた準備万端はしておくし、坊さんに唱和して、般若心経もよむ。
一心に、般若心経唱えていると、終わるが早いのだね。
それから、供養をすることは自分のため、自分の心を落ち着かせるため。
たとえ、絵空ごとであっても、いいのである。
もう、そこにはいません...って、大きなお世話なのだ。
カミさんは、いつまでも、ごんべの脳の中にいる。
だから、心を込めてできることをする。
亡くなった人のお世話を面倒がる気持は、ごんべにはわからない。

2000年問題 というのがあった。
2000年に変わった瞬間に、
パソコンが誤作動するかもしれない... という例の騒動である。
当時の職場は、1フロアにパソコンが40数台ならんでいたので、
幹部社員は全員が出社して、
パソコンの前に陣取って2000年を迎えるという経験をした。
何ごともなく、それがすんでADSLにし、
ホームページ公開したのだから、もう9年になる。
このブログのリンクをたどると、もうじき40万hitという老舗HPがあるのだね。
もういろいろなこと経験させてもらった。
社会的経験も充分なおかたが、なぜかネットでは、
みずから修羅場を招き、火だるまになって自滅するなんて、茶飯事であった。
だから、この世界いったい、果てはどこへいってしまうのやらと思わせたのだが、
そこはそれ、そういう修羅場を幾度かくぐってくると、
ま、その成り行きで、程々が一番という処世術も身に付いてくる。
2000年当時はそれでも、まだ、ある程度のルールが生きていたのだが、
簡単、誰でも、というブログ普及すると、
なにをかいわんや...の状況がなきにしもあらず。
だから、この程々なるものは、自分を守るバリアでもある。
なにごとも、過ぎたるは及ばざるが如し。
適当なところへ、とどめておくのがよろしいようで...

仕事していたころ は財布に、万札5枚はないと不安だった。
で、カードにまとまったカネを入れておいてもらったのだが、
これもいまはまったく必要がなくなった。
だいいち、カード一枚で集中管理に切り替えたから、現金持たず、
自分のカネと家計のカネの境がなくなっている。
大人の男のつきあい、これがなくなると、なんともラクチンなものだ。
だから、男として、もっていなければならない... というオカネも必要なくなった。
それが意外なことに、一年経ったら寂しくないのである。
いつなんどき、ホテルを予約するかも... なんてことも一切霧散。
よしんば、いま、チャンスがあったとしても、もう、手続きが面倒くさいや。
精神的な探求心はかなり衰退しているのだね。
機能的には、まだまだ健在ではあるから、念のため。
90歳過ぎた父親に、83歳までは現役だった...と聞いた。
へぇ、人間は罪深いものだなぁ...と思ったね。
女性は、大岡越前守の母親が、火鉢の灰を掻きまわしたという話がある。
先日、どこかで聞いた話。
四苦八苦は、4×9=36 8×9=72 合わせて108 つまり、煩悩の数なのだ。
しがらみを断つということは、煩悩を減らすことにもつながるようだ。
ま、枯れちまうことはなかろうと思うけれど、先のことはわからない。
人を恋する心は、40歳だって、50歳だって、60歳だって、
まったく変わらないし、わくわく胸高鳴らせるのだって一緒。
まさか、何もかわらないなんて...
だから、ちょっとしたことでキレる「新老人」なるものが登場したのだね。
いま、わりと高年齢層主体のSNSで遊ばせてもらっている。
この先輩、同輩が、よくキレるのだね。
たぶん、そういうところで、ネットでの交流を初めてやっているので、
リアルもバーチャルも一緒、そのクセ、協調性がないという最悪な状況なのだ。
そろそろ倦んできたので、
オサラバしてもいいかな... と思っている。
アイビーな人も、そうでない人もごんべに愛のポッチンを!!
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娘夫婦と丘の上に行って墓掃除をし、
その帰途でホームセンターに寄り、金魚5匹と盆用品を買ってきた。
それだけのことなのだけれど、家に帰ったらぐったりして、
3時間ばかり、いつの間にか居眠りしていた。
目覚めたら薄暗くなっていて、しかたないからコンビニヘ走って、ノリベン。
夜も更けて激しい雨である。
慌てて、軒下に干してあったジーンズ2本を取り込み、窓を閉めてまわる。
で、パソコンデスクへ座ったら、まだ眠いのだ。
なんだろう? まだまだ片意地張っていたのか?
だから、ひとつの区切りが過ぎると、意識しなくても脱力感に襲われるのか?
ま、そのうち、なんとかなるやろ... 部屋の隅の怠けもんの神さん、笑ってるがな。
て、いうわけで、まだ、激しい雨が降っている。
いるも朝書くのだけれど、いま、25時になろうとしているところ。
朝は忙しそうなので、ブログはアゲておこうと奮起したのだね。
450円也...のコンビニ弁当も、味的には悪くはないけれど、
素材的になんでもいいわけではないから、こればかりで... とはいかない。
これを食べたあとで、けんちん汁をつくった。
仏壇へ、盆供膳をアゲなければいけない。
煮豆とひじきの煮物、茄子の賽の目切り。精進料理が三点いるのだ。
だから、朝は大変なのだね。
ちかごろは、こういうことが面倒だし、オカネもかかることなので、
宗教にとらわれない墓地、あるいは納骨場所へ移る人が多いのだという。
ごんべ自身も、そんなに信心心があるほうではないが、すべきことはする。
寺からいわれた準備万端はしておくし、坊さんに唱和して、般若心経もよむ。
一心に、般若心経唱えていると、終わるが早いのだね。
それから、供養をすることは自分のため、自分の心を落ち着かせるため。
たとえ、絵空ごとであっても、いいのである。
もう、そこにはいません...って、大きなお世話なのだ。
カミさんは、いつまでも、ごんべの脳の中にいる。
だから、心を込めてできることをする。
亡くなった人のお世話を面倒がる気持は、ごんべにはわからない。

2000年問題 というのがあった。
2000年に変わった瞬間に、
パソコンが誤作動するかもしれない... という例の騒動である。
当時の職場は、1フロアにパソコンが40数台ならんでいたので、
幹部社員は全員が出社して、
パソコンの前に陣取って2000年を迎えるという経験をした。
何ごともなく、それがすんでADSLにし、
ホームページ公開したのだから、もう9年になる。
このブログのリンクをたどると、もうじき40万hitという老舗HPがあるのだね。
もういろいろなこと経験させてもらった。
社会的経験も充分なおかたが、なぜかネットでは、
みずから修羅場を招き、火だるまになって自滅するなんて、茶飯事であった。
だから、この世界いったい、果てはどこへいってしまうのやらと思わせたのだが、
そこはそれ、そういう修羅場を幾度かくぐってくると、
ま、その成り行きで、程々が一番という処世術も身に付いてくる。
2000年当時はそれでも、まだ、ある程度のルールが生きていたのだが、
簡単、誰でも、というブログ普及すると、
なにをかいわんや...の状況がなきにしもあらず。
だから、この程々なるものは、自分を守るバリアでもある。
なにごとも、過ぎたるは及ばざるが如し。
適当なところへ、とどめておくのがよろしいようで...

仕事していたころ は財布に、万札5枚はないと不安だった。
で、カードにまとまったカネを入れておいてもらったのだが、
これもいまはまったく必要がなくなった。
だいいち、カード一枚で集中管理に切り替えたから、現金持たず、
自分のカネと家計のカネの境がなくなっている。
大人の男のつきあい、これがなくなると、なんともラクチンなものだ。
だから、男として、もっていなければならない... というオカネも必要なくなった。
それが意外なことに、一年経ったら寂しくないのである。
いつなんどき、ホテルを予約するかも... なんてことも一切霧散。
よしんば、いま、チャンスがあったとしても、もう、手続きが面倒くさいや。
精神的な探求心はかなり衰退しているのだね。
機能的には、まだまだ健在ではあるから、念のため。
90歳過ぎた父親に、83歳までは現役だった...と聞いた。
へぇ、人間は罪深いものだなぁ...と思ったね。
女性は、大岡越前守の母親が、火鉢の灰を掻きまわしたという話がある。
先日、どこかで聞いた話。
四苦八苦は、4×9=36 8×9=72 合わせて108 つまり、煩悩の数なのだ。
しがらみを断つということは、煩悩を減らすことにもつながるようだ。
ま、枯れちまうことはなかろうと思うけれど、先のことはわからない。
人を恋する心は、40歳だって、50歳だって、60歳だって、
まったく変わらないし、わくわく胸高鳴らせるのだって一緒。
まさか、何もかわらないなんて...
だから、ちょっとしたことでキレる「新老人」なるものが登場したのだね。
いま、わりと高年齢層主体のSNSで遊ばせてもらっている。
この先輩、同輩が、よくキレるのだね。
たぶん、そういうところで、ネットでの交流を初めてやっているので、
リアルもバーチャルも一緒、そのクセ、協調性がないという最悪な状況なのだ。
そろそろ倦んできたので、
オサラバしてもいいかな... と思っている。
アイビーな人も、そうでない人もごんべに愛のポッチンを!!
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