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2017-09

世渡りの方便だったのか - 2017.09.26 Tue

いい天気。さわやかに秋晴れだ。気温はデスクで26.4℃。
7時間ぐっすりこんこん、寝足りてなお、ぼけぇぇ..........................
窓開けたら、ふわァァ........... とカーテン膨らんできた。

風が冷やっこいのだ。
秋を感じる、なんて9月も終わりに近づいたもんな。
早いもんだ。今年もあと3ヶ月だなんて。

コスモスだァ、紅葉だァ................ で今年が終わる。
毎年こんなこといって、毎年、あっというまに終わる。
ま、これがeveryday sunday族の余生だけどな。

まだ、Tシャツ短パンだけれど、臑がちっとばかし寒い。
さすがにパトさんは長いものになった。
これで短パン脱いだら、すぐに炬燵になるよ。

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「ご飯ですよ........」って呼ぶから、いって朝ご飯食べてきた。
ご飯といっても飯粒はない。刻みキャベツをてんこもり1皿に、
小女子煮干しをパラパラと乗せて、さらにはツイン目玉焼き。

これをバリバリモリモリ食うわけで、とりあえずは昼までもつ。
それで、サプリ飲んで、薬飲んで、血圧測る。
すべてお膳立てしてもらってる。

お昼は、パン1コとトウモロコシ半分。
そうだ。飲むヨーグルトと牛乳を混ぜたものを飲む。
慣れてきたから腹も減らない。

夕餉は、ちょっぴりのご飯とオカズも1品減らした。
実は、それで喧嘩した。双方の思いがあって、どっちも理がある。
なので3時間で仲直りした。

オレはもっと手を抜いていいよといい、
彼女は手を尽くした料理をもっとしたいといい、
双方がいいたいこといって結論がでた。

腹いっぱいになったときはシアワセに思う。
ぜんぶやってくれることもシアワセに思う。
おひとりさま9年間が、こういうのはシアワセって思わせてる。

だから喧嘩することはないんだな。
ご機嫌が悪くなる、っていうことは相手があってのこと。
ずっと独り身できた彼女には、そういう経験がない。

そこに気づいてくれた今回の喧嘩はイイ結論だった。
ひさしぶりの擦り合わせ。
前葉頭はまだまだ健在なり。感情コントロールすべし。

 17923-ff27.jpg
 
で、ちょっと迷って........
おひとりさまのときは、このフレーズがよくでてきた。
ほんとは迷ってるわけじゃない。

 「これ、どうしようか?」
 「そうだな、入れておけばいいんじゃないか」
 「うん、そうするか」

いまはパトさんとの相互肯定があるから、決めやすいのだが、
自分に問うて「どうする?」って脳内会話があって
ちょっとだけ迷って (考えて) から「そうだな」と決める。

このプロセスの何秒間かが「ちょっと迷って」だったんだ。
こういうのが独り身の「間」なのだな。
会話する、相互肯定がある。それがいいに決まってるゥ。

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前回の「おんな城主 直虎」では、
武田信玄があっさりと倒れてしまったが、
この作者はメロドラマには力をいれるが、時代の変化には淡泊だね。

三方原の戦いも逃げ帰った家康の、しがみ像ポーズですませ、
いまだにサダヲ家康は情けない解釈のまんま。
どこかで名誉回復するのかしらん??

信玄は井伊谷を抜け、峠を越えて寒狭川のあたり、
織田徳川連合軍と対峙するうち持病の結核が重くなり、
甲斐へ戻る途中で病滅したといわれる。

ただし、跡を継いだ勝頼がなかなかに手強かった。
駿河を手中にして、遠州へ攻め込んで、
高天神城で熾烈な戦いを徳川と展開するのだ。

このとき織田信長は大きな敵を相手にしていた。
将軍義昭が毛利に逃げ込み、織田の反勢力を集めつつあった。
信長に首根っこつかまれた家康は、手強い勝頼に苦戦していた。

甲斐は山国だ。
武田が毛利に呼応するには、遠州の海を制覇しなければならない。
掛川あたりの湊がどうしても欲しかった。

ま、こういう時代背景のなかで、
虎松、のちの井伊直政が家康に仕えることになるのだが、
ドラマは、かしらと道行きだの、別れるだの...........

なんだかなァって感じ。
愛想が尽きてきたけれど、あと3ヶ月観るんだな。
文句いいつつね。

 17923-ff33.jpg

オレねぇ、イイ加減な性格でよかったと思う。
これが、きちんきちんとしなきゃ、気がすまない人だったら、
とっくに擦り切れておっちんでるゥ。

でぇ、イイ加減だ、イイ加減だァ、といつも書いてたら、
心理学を学んだっていう人が、わざわざコメントおいていってくださった。
あなたは、ほんとは神経細かな人だ、って大きなお世話だねぇ。

そういうところもあることは先刻承知している。
だからこそ、イイ加減に暮らそうと、
のんべんだらりんちゃらんぽらんそわかって、オマジナイ唱えてる。

おひとりさまのときは、擦り切れておっちんで,
あの人のところにいくのも,わるかーないと思ってたが、
イイ加減ひょろひょろも、オイらの一面ではあるからね。

天然のイイ加減が過ぎて、たまには怒られる。
あるいは、その神経質なところが、屁でもないことにひっかかって、
躓いて落ち込むこともある。

は、抜け出すのは早い。イイ加減にケロッとしてる素振りができる。
オイらの、その両面が理解してもらえなきゃ、しゃーない。そこまで。
こいつは子供のときからそうだったのだ。

栴檀は双葉より芳し、イイ加減男は死ななきゃァ、なおらねぇ。
これはねぇ。父親との葛藤でオレのなかに巣くってる感情なんだと思う。
これって理由なき抵抗かもしれない。

バァちゃんに甘やかされて育った。
けれども、父親は怖かった。
たまに、こっぴどく叱られる。オレ、縮みあがった。

おまえはオレの跡継ぎだ。しっかりせぇ。
思春期になって、夜中に帰ってきたら、起きて待っていて、
こっぴどく怒られたこともある。

こいつを、母親と離してしまった。
それが不憫だっていう父親の気持ちが、ずっとあったのを、
後年になって知ったのだが、オヤジのなかにも屈折した愛情があった。

オレはオレで、自分の子どもには、
絶対に寂しい思いをさせまいという強い意志があって、
ここまでの生涯貫いてきた。

これは誇りに思う。伴侶に対して、子どもに対してね。
一方で父親の奔放な血も流れているわけで、
そりゃァ、タイヘンなんだよな。ここはイイ加減じゃいられない。

たしかにイイ加減なのだけれど、これが先天的なのかはわからない。
イイ加減で通ってきてしまったから、イイ加減なのか。
それとも三文安のバァちゃんっこはそうなのか。

ま、ええからべぇの使い方が上手なのはたしかだね。
とぼけて通ってしまえれば、それはラクチン。
そうか、イイ加減はオイらの世渡りの方便だったのかもしれない。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

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